そろそろ追加タグいるかなぁ、とも思わなくもないです
スズカは悩んでいた
先日レイクスプリンター先輩に言われた事で多少は胸のつかえが取れたとは言え、逆に先達達の想いも知ってしまったが為である
最近、トレーニングについては休みとの指示があった
どうにもトレーナー側としてもスズカのこの不調について、重く受け止めているらしく、何とかしようと手を尽くしている様であった
だが、そのトレーナーの動きとてスズカからすればあまり良い兆候とは言えず、寧ろ自由に走ることもできない為にストレスを抱える事になっている
サイレンススズカというウマ娘は確かに自己主張が乏しく、名前通り大人しい印象がある
だが、実際のところ譲れない一線以外にはあまり興味を持たないだけである
その譲れない一線が走る事についてだった
しかし、熱意あるトレーニングをしてくれているトレーナーに配慮して自分の意見を抑え込んでいるだけである
しかし、模擬レースとはいえども、自分の走りを封じられての窮屈な生活は徐々にスズカの余裕を奪い去ろうとしていた
「ですから、スズカのデビュー戦はまだ早いと思います」
「疑問っ!最初はあれだけ周囲を圧倒する力量を見せていた
にも関わらず、最近は精彩を欠いている」
「まだ、あの子にあった走りを模索しています
せめて、秋口まで待っていただくわけには」
「貴女の仰られる事も理解できる
しかし、日に日に調子を上げているならともかく、調子を落としている様にしか見えない
これでいきなり劇的に解決するとは申し訳ないが思い難い」
スズカのトレーナーの姿は理事長室にあった
というのも、模擬レースとはいえ、六戦全敗である
しかも、上位入賞するならともかくスズカの順位は精々が中程。それも徐々に順位を下げているのだ
なまじ初戦において華々しい走りを見せただけに、この結果は学園サイドとしても無視できない
『栄光世代』のおかげである程度は世間からも認められる様になったトレセン学園。今では学園に出資する企業も現れており、新しいレースについても協賛企業も増えつつある
だが、まだそれでも地盤が安定しているとは到底言えないレベル
今のところはウイニングライブの会場も確保できている
だが、トレセン学園に所属していないウマ娘はまだ全国に数多くいる
これから学園の規模を拡大させるとなれば、レースも増える事になるだろう
となれば、今の競バ場だけではパンクしてしまうのは自明である
新規に競バ場を作るとなれば、当然周辺住民の理解が必要になる
ウマ娘の知名度がある方が説得はし易くなるだろう事は間違いない
未だウマ娘を取り巻く環境は不安定であり、理事長や先代生徒会、現生徒会もこれを憂慮していた
だからこそ、芽を育てるならいざ知らず、その若芽を摘み取る様に見えるスズカのトレーナーの行為には関係者一同注視しているのだ
理事長室を辞したシンボリルドルフは生徒会室にて
「少なくとも模擬レースとはいえ、サイレンススズカが今まで6戦もしておいて、最初のレースでしか1着を取れていないのは妙な話だろう」
「そうですね、私にもスズカの奴が調子を上げている様には見えませんでした
寧ろ、更に調子を落としている様にしか」
『栄光世代』のとあるウマ娘はこう語った
「私達ウマ娘の評価が高ければ高いほどつまらない考えを持つトレーナーも呼び寄せやすい
一度、その様なトレーナーに付いてしまわれたが最後。そのウマ娘の将来を殺す事にもなりかねない
ひいては、ウマ娘とトレーナーの信頼関係にひびを入れかねない話にもなるだろう
そこについては、これから議論する事だな」
事実、かの世代においても、その様な不心得もののトレーナーが少ないとはいえ、存在していたのは事実である
不幸中の幸いとでもいうべきか、シンザンを始めとしたウマ娘達の活躍により、その件についてマスメディアが報じる事はなかったが
そして、その被害に遭ったウマ娘はトレセン学園から去り、今は普通の生活を送っているとされる
しかし、この事実はトレセン学園関係者にとって重大な問題である
勘違いされがちではあるが、トレセン学園とはウマ娘の為の施設と思われがちである
間違ってはいない。確かにトレセン学園はウマ娘を育てるものである
が、その一方で育てる側、つまりトレーナー側に対する施設でもあるのだ
桐生院家の様に代々ウマ娘を育てる環境のある家などそうない
殆どのウマ娘やトレーナーは限られた環境、限定的なトレーニングにより育てられてきた
一応、ウマ娘達のレースというものも、小規模ながらに存在していた為にそのレースに勝つことが目的であった
しかし、それは過度なトレーニングや時間効率のみを優先する事によりウマ娘に対する尋常ならざる負担を強いていた
ウマ娘の育成にはトレーナーのみが必要ではなく、医療知識、食環境等一個人で出来るものではない
しかも、かつてのトレーナーというものは世間に浸透しておらず、そのサポートも不足していた
故にトレーナーは中途半端な知識と経験をもって一人で育てるか、トレーナーはトレーニングに専念して、他の事は別の専門家に任せる事になっていた
その場合、現実的な問題。即ち資金の面での問題も加味しなければならなかった
1人でするならば、レースである程度の実績を残せれば問題ない
しかし、複数人で行う場合にはその人数があだになる
加えて、レース自体も少なく、知名度や認知度と少ない事から賞金自体も少額になるのは当たり前の事である
余り知られてない事であるが、トレセン学園とは『ウマ娘』と『トレーナー』双方の為の施設なのである
ウマ娘には良質なトレーニング環境を
トレーナーには手厚いサポートを
故にこそ、ウマ娘をトレーナーの都合だけで振り回した挙句、潰すなどあり得ないし、認められない
だからこそ、スズカのトレーナーは問題視されていたのだ
そもそも、一線を退いた先達達とて後進の事を気にするのは当然である
彼女たちは現役のウマ娘に比べて経験豊富である。だからこそ、落とし穴にも気付いやすいのだから
だが、往々にして余裕のない現役ウマ娘は近視眼的に物事を捉える事が多くなるのも事実
いくら周りが言おうとも、聞き入れない事の方が多いのだ
レイクスプリンターとて最初からここまで面倒見の良い性格ではなかったし、カブラヤオーとてそうである
特にカブラヤオーは元々対ウマ娘恐怖症の様な性格であり、自身のトレーナーに対しても怯えていた
「ううう、怖いよぉ」
地元のみんなの期待故にトレセン学園へと入学するまでこぎつけたカブラヤオーであったが、見知らぬ土地で見知らぬ人と常に生活するのには相当のストレスを感じていた
それでも故郷で自分たちを応援してくれている人達の事を思うと、カブラヤオーは少しずつでも前に進むしかなかったのだ
「にゃおぅ?」
「あ、ミリーちゃん」
そんなカブラヤオーだったが、同室のアグネスタキオンは常に部屋におらず、居たとしても会話は無かった。
この理事長の猫、ミリーはカブラヤオーにとって唯一の癒しと言えた。
パーソナルスペースというものは各々異なる距離である
カブラヤオーはそれが他者よりも広いのであるが、このミリーはカブラヤオーのそれを理解している節があり、カブラヤオーにとっては楽な相手であったのだ
それ故かカブラヤオーは様々な事をミリーに話す。そしてミリーはそれに相槌を打つかの様に鳴くのである
理事長はこのミリーを頻りに頼りにしていると聞いたことがあるが、彼女から見てもそれは理解できる
絶妙なのだ。距離の取り方、相槌のタイミングが
『中に人が入っている』
そう言われたとしても、理事長とカブラヤオーは信じるだろう
最近ではミリーを通して、理事長と話をする機会も多い
そこで理事長から聞くミリーのエピソードは驚くばかりであった
ミリーを通じて他者との関わりが出来る様になったカブラヤオーは6月の半ばにはトレーナーを見つけることが出来、その一年後には数々の名勝負を行える程になった
引退後にレイクスプリンターとも話をすることが出来たが、彼女もまたミリーにより視野を開かれたウマ娘であった
学園卒業時には一期生の殆どが理事長とミリーに挨拶をして其々の道へと歩み出したのは有名な話
サイレンススズカに話をしたレイクスプリンターは自分のみでは彼女の力になれぬと判断。ライバルであるカブラヤオーにも助力を頼んだ
理事長室でスズカのトレーナーが話をしていた頃
一期生であるカブラヤオーの姿はサイレンススズカの所にあった
「私はね、スズカちゃん。レースに出て私の走りを見せるのが私を支えてくれた人達への恩返しだと思ったの。だから手は抜けなかった」
カブラヤオーは一度故障し、復活を危ぶまれた事があった。
だが、彼女は半年後に復活を遂げ、2つの重賞を勝ち取った。しかし、その後、レース直後に転倒し、最後にゴール。それが彼女の最後のレースとなった
「はい」
スズカとて知っている。寧ろそのレースを見て衝撃を受けたウマ娘の1人であったのだから
レース直後に転倒し、頭から出血をしながらも最後までレースを走り抜いたカブラヤオー。ゴール直後に他のウマ娘達と抱き合っていたのは今でも思い出せる
「走る理由はみんな違う、違っていいの
でも後悔の残る走りだけはしては駄目。シンザンを見て憧れた後輩がいる様に貴女の走りもまた誰かの目標になる
そうやって、少しずつ未来に繋がっていくの」
「違っても良い」
「そう。貴女の走りは迷いがある
だから、負けても後悔しか残らない。多分勝ってもそうじゃないかな?」
「それは」
「納得できないなら、話をして
それでも駄目なら貴女とトレーナーの相性が悪かったの」
「でも」
「言い方は悪くなるけど、トレーナーには次がある
でもね、私達には次はないの」
「っ!」
トレーナーというものは経験が物を言う
故に様々なウマ娘をトレーニングするのは彼等からすれば当然の話である
だが、ウマ娘からすればそうではない。例え、不慣れであろうとも最善を尽くして欲しいのだ。彼女達はトレーニングに手を抜かないのだから
しかし、スズカのトレーナーについて話を聞いたカブラヤオーにはどうにも違和感があった
スズカの勝利を願っていないわけではないだろう
しかし、どこかに『次がある』という意識が見え隠れするのだ
カブラヤオーにせよ、レイクスプリンターにせよ、恐らくシンザンにせよ。完璧なトレーナー等いなかった
だが、そんな事は『些細な事』
重要なのはウマ娘はトレーナーの指示を信じる事。そしてトレーナーもウマ娘の信頼に応えようとする事である
それ故にレース毎に一喜一憂し、対策し、研鑽を繰り返すのだ
「貴女は恐らく熱意に負けてトレーナー契約を結んだのかもしれない
でも、その契約は絶対じゃないの」
「ウマ娘側に問題があれば、トレーナーは辞めることが出来る
トレーナー側に不備があれば、ウマ娘はトレーナー契約を打ち切れる。それがこのトレセン学園のルールなの」
「勿論、ワガママばかりでは駄目だけど、どうにもならない事は確かにあるの。よく考えて?
貴女が走る理由は何?」
「わたし、は」
スズカは走るのが好きだった
誰もいない、静かなあの世界が
「私は先頭を譲りたくないんです
傲慢かも知れませんけど、それでもっ!」
「そっか」
スズカの告白にカブラヤオーは納得した
(この娘は真っ直ぐなんだ。自分の信じた道を突き進める
確かにあのトレーナーとは合わない、か)
スズカのトレーナーはトップジローの元サブトレーナー
トップジローも真っ直ぐすぎるウマ娘だった。『あのレース』で競り合ってきて、最終的には後着したものの、気持ちの良いウマ娘であった
彼女のトレーナーは上手く合わせていたが、サブトレーナーはあのレースを間違っていると公言していたのは知るウマ娘も多かった
「サブトレーナーでありながらも中途半端な知識と経験のせいでウマ娘の事を見ている様で見ていない」
当時の彼女に対する評価であった
本来トレセン学園において、外部でのキチンとした教育を受けていない限りはトレーナーにも教育を受ける事になっていた
だが、その基準はあくまでもペーパーテストである
当然であろう。実地試験が必要だからと誰が好き好んで実験台になりたいと言うのか?
スズカのトレーナーは僅か一年足らずでその試験をクリアした人物であったのだ
当時のトレセン学園が明白な基準を設けていなかった事も災いし、彼女はサブトレーナーとしてトップジローのトレーニングに参加する資格を得た
しかし、同期の中で出世頭と言われていた彼女からすれば、口にこそ出さなかったが、トップジローのトレーナーの方針には反対していたのであろう
彼の方針はあくまでもトップジローの願う方向へと向かう事をサポートする事を優先していたからである
効率的とはお世辞にも言えなかった
しかし、まがりなりにもトップジローというウマ娘を育てる事に貢献した事もあり、一年の追加教育の上でトレーナーとして独り立ちすることが出来たのである
『このままではサイレンススズカというウマ娘がダメになる』
それは口にこそ出さないものの学園トップと生徒会の共通する意見であった
「ねぇ、スズカちゃん
もう一回だけ確認したいんだけど貴女のその想い、曲げない自信はあるかな?」
カブラヤオーは確認した
「はい。どれだけ辛くても」
「そっか」
スズカの答えにカブラヤオーは満足したのか、携帯を取り出して何処かへと電話を入れた
翌日、トレーナーの元を訪れたスズカであったが、トレーナーの姿は無かった
「おはよ、スズカちゃん」
「え?」
そこにはカブラヤオーと1人の男性の姿があった
「僕は学園側から君のことを頼まれたトレーナー
しばらくの間だけど、君のトレーニングを担当するよ」
「え?」
「因みに私はその手伝い」
「あの、トレーナーさんは」
何とか冷静になったスズカは問いかける
「彼女はトレセン学園の分校へと異動になった
突然のことで申し訳ないとは思うけどね」
スズカのトレーナーは結局理事長の説得にも応じる事はなかった
あくまでも自分の理論の元でスズカを育てようとしたのだ
別にそれも一つのウマ娘とトレーナーの形ではある
しかし、それに至る為の信頼関係を構築出来ていない。と理事長は判断した
少し前にも触れたが、トレセン学園はまだ歴史が浅い。加えて重要な部分であるウマ娘への配慮を怠ったのである
既にスズカのトレーナーになって2ヶ月
学園側も生徒会も暇ではない
だからとて、ウマ娘に対する注意を怠るほど彼女達の熱意や責任感は軽いはずもなかった
そして、トップジロー時代の言動も加味した結果『不適格』と判断されたのだ
「君が気にする必要はない
カブラヤオーから君の希望は聞いている。先ずはトレーニング内容を詰めていこう」
新しくスズカのトレーナーになった男はカバンから資料を取り出した
「相変わらずソツがないと言うか、可愛げがないよね」
「愛想を振り撒くのはトレーナーの仕事ではないからな
トレーナーに出来るのは、担当ウマ娘に後悔のない走りをさせる環境を作る事だ」
皮肉を言うカブラヤオーにトレーナーは無愛想に答える
「何が不都合や不明な点があれば聞いてくれ」
「あ、はい」
後にサイレンススズカは語る
「確かにトレーナーのお陰で私の走りを取り戻せました
ただ、先輩達を呼んで頻繁に模擬レースさせるのは」
と
その後、サイレンススズカは復調を遂げ、後に『異次元の逃亡者』『2段ロケット』と呼ばれる事になる
というわけでサイレンススズカ編はとりあえず終わりました
因みにサイレンススズカのトレーニングには
トレーナー(元カブラヤオートレーナー)、カブラヤオー
外部協力
レイクスプリンター、アグネスタキオン
という頭おかしいメンツになりました
ではご一読ありがとうございました