『遠く時の環の接する処で』【完結】   作:OKAMEPON

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『黎明に誓う』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ルフレが、『帰って来た』と。

 ある日、そう早馬でルキナへと伝令がやって来た。

 

 この世界に『帰って来ていた』彼を最初に発見したのは、クロムとリズであった、らしい。

 何時かの出逢いを焼き直したかの様に、始まりの草原にルフレは倒れていたのだと、彼等からの手紙は言う。

 

 ルフレは、三年と言う時の流れの外からやって来たかの様に、何もかもが『あの日』のままで。

 そしてその記憶は……かつての出逢いとは異なり。

『あの日』のまま、保たれていたのだと言う。

 クロムに保護されたルフレは今、王城に居る。

 

 その伝令を受け取るや否や、ルキナは逸る気持ちすら置き去りにする様に、直ぐ様イーリスへと向かった。

 偶々逗留していたのがかつての戦友であるヴィオールの領地であるロザンヌであった為、同じく戦友でありヴィオールの臣下であるセルジュにその愛竜ミネルヴァの背に乗せて貰う形での。まさにこの世で一・二を争う程の全速力であった。

 

 ルキナが王城に辿り着いた時、辺りは草木も眠る様な夜明け前の静けさに包まれていて。

 途中で幾度か休憩を挟みつつやっと王城に辿り着いたルキナは、一瞬でも時間が惜しいとばかりに駆け出した。

 息が切れそうになっっているのは、全力で走ったからだろうか……それとも隠し切れない不安の所為だろうか。

 ルフレが療養中だと言うその部屋に、ルキナは息を整える事もそこそこに飛び込む。

 そこには──

 

 あれ程までに焦がれ想い続けていた人が、『あの日』から何一つ変わらないままの姿で、そこに居た。

 飛び込んできたルキナの勢いに気圧されたかの様に少し目を丸くするその表情の一つ一つが、何よりも愛しい。

 

 

「──── !」

 

 

 最早言葉は喉から零れ出る事は無く、ルキナは心の衝動のままにルフレへと飛び付く様にその体を抱きしめる。

 ……三年の月日を飛び超えて、漸くこの手に戻ってきた温もりがそこにあった。

 自分が見ている幻なのではないかと言う不安は一瞬にして晴れて。ただただ、愛しい温もりをもう二度と離すまいと、彼を抱きしめる手の力を強める。

 

 

「ルフレ……さん……。

本当の、本当に、ルフレさんなんですよね……?

 この手を離したら、一瞬で幻の様に消えてしまったりなんかしないですよね……?

 ルフレさんは、確かにこの手の中に居るんですよね?」

 

 

 言葉にならない程の愛しさが込み上げて来て、ルキナは震える声で何度も何度もその名前を呼ぶ。

 ああ……最愛の人の温もりがこの手にある事の、何と素晴らしい事であろう。

 こうしてその名前を呼べる事の、何と『幸せ』な事か。

 ただこうしているだけで、そこに横たわっている筈の三年の月日を、全て飛び越えてしまえる様な気すらする。

 

 ポロポロと……あの日以来流す事の無かった涙が、ルキナの頬をそっと伝って零れ落ちていく。

 その時、ルキナに抱き締められるがままであったルフレも、ルキナをゆっくりと抱き締め返した。

 最初はそっと優しく、そして次第に強く。

 

 

「ルキナ……ただいま。……遅くなって、ごめんね」

 

「……っ! 良いんです……。

 ルフレさんが、こうして帰って来てくれたのなら。

 それだけで私は……!」

 

 

 そっと零されたその声には、苦悩の影があった。

 だけれども、ルキナにとってはこうして再び巡り逢う事が叶ったと言うそれだけで、全てが満たされるのだ。

 しかしルフレは、そっと首を横に振る。

 

 

「……僕はどうしても君に謝らなければならない。

 ……僕は、君を苦しめてしまう事を……君を傷付ける事を承知の上で『あの日』、ギムレーを討った……。

 その事には、身勝手かもしれないけど後悔していない。

 けれど僕が……『あの日』君に何も言えなかった所為で、君を三年もの間、僕に縛り付け続けてしまっていた。

 クロムから、聞いたよ。

 この三年間、ずっと僕を探して……旅をしてくれていたんだろう……?」

 

 

 そう言って、ルフレはルキナの手を取った。

 剣を振るが故に、女性らしい柔らかさに乏しい手だ。

 今はそこに加えて、長くに渡る旅暮らしの影響で、様々な所に肌荒れなどが生じている。

 その手を労わる様に、ルフレは己の手で柔らかく包む。

 

 

「いえ、あの……皆さんとても私に良くして下さいましたし……そんなに辛かった事なんて無かったですよ。

 必ず帰って来るって……。そう信じられましたから」

 

 

 その言葉に、ルフレは後ろめたそうな表情をする。

 

 

「……いいや、ルキナ。それでも僕は君に謝るべきだ。

 「奇跡」でも起きなければ、こうして帰って来る事など叶わなかったのに……。

 僕は身勝手にも、君の手を離せなかったんだ……」

 

「そんな事は……」

 

「僕がもっと、ちゃんと君に話していれば……。

 或いは、別れの言葉を告げる事が出来ていたならば。

 こうして君が僕に縛られ続ける事も無かった筈なんだ。

 三年も、君の時間を奪ってしまった。

 いや、こうして三年で帰って来る事が叶ったのは、本当に有り得ない程の「奇跡」なんだ。

 十何年、数十年……。それこそもう二度と帰れない可能性だってあったのに……僕は……」

 

「待ちますよ」

 

「え……?」

 

 

 苦し気にそう零すルフレに、ルキナはきっぱりとそう言い切ってやった。

 

 

「例え何年何十年掛かっても、私がお婆さんになっても、……生きている内に再び逢う事が叶わないのだとしても。

 私は、ずっとルフレさんを待っていました。

 それはルフレさんに縛り付けられているからじゃない。

 私自身の意思で、ルフレさんと共に生きる明日の為に。

 それを信じて、ずっと待っていたんです」

 

 

 例えルフレであっても、その思いを否定させやしない。

 この想いは、正真正銘ルキナ自身のものなのだから。

 

 

「ずっと、ルフレさんに言いたい言葉があったんです、伝えたい想いがあったんです。

 愛していると、この世の誰よりも大切なのだと……。

『世界』を天秤に掛けてすら、貴方を喪えないと……。そう思う程、ルフレさんは何よりも大切な存在です。

 こうして再び巡り逢う奇跡が叶った今だからこそ……。

 どうか、私と一緒に生きて下さい。……今度こそ」

 

 

 今度こそ、もう二度と。この先に何があろうとも。

 絶対に貴方を離さないのだと、そう強く抱き締めた。

 暫しの沈黙の後ルフレはルキナの頬へと手を添える。

 そして、ほんの少し触れるだけの……しかし唇と唇が優しく触れ合うキスを、そこに落とした。

 初めてのその行為に、ルキナは思わず頬を朱に染める。

 

 

「る、ルフレさん……何を……」

 

「僕は、余りにも身勝手に君を傷付けてしまった……。

 勝手に選んで、そしてその結果を受け入れて……。

 それなのにどうしても。『ルキナと共に生きたい』と言う願いだけは、最後まで捨てる事は出来なかったんだ。

 ……そんな僕でも良いと、本当にそう思うのかい?」

 

「ええ、身勝手でも、我が儘でも……。

 それでも、誰より優しいルフレさんだからこそ……」

 

 

ルフレの身勝手なその『願い』を肯定するルキナのその言葉に、軽く瞑目するかの様にルフレは目を閉じる。

 

 

「……あの時の、消える間際に現れたあの蒼い蝶……。

 あれはきっと、君の……そして皆の……『想い』そのものだったんだね……。

 あれに触れた瞬間、僕を呼ぶ皆の声が聞こえた……。

 そして気が付いたらあの草原に居たんだ……。

 中でも、一番大きな声として聞こえたのは。

 ルキナ……君が僕を呼ぶ声だった……。

 僕は、君に導かれてこの世界に帰って来れた……。

 ……だから本当は、君のその想いも、知っていたんだ。

 それでも、その想いに答える資格が、僕なんかにに有るのか分からなくて……。すまない、ルキナ……。

 そして僕からも言わせて欲しい。ルキナ……どうか。

 僕と一緒に、生きて欲しい。この先の未来を、共に。

 今度こそ、僕はもうこの手を絶対に離さないから……」

 

 

 誓う様に、ルフレはルキナのその手を取った。

 その手は、温かく、その存在を証明し続けている。

 その眼差しは、『死』では無く、その先に在った『生』への輝きが灯されていた。それが無性に嬉しいのだ。

 ルフレの方がこの世界でも年上で会った筈なのに。

三年の月日を経る内に、何時の間にか。

ルフレよりもルキナの方が少しだけ歳を重ねていた。

 

 それでも、今この瞬間からは共に同じ時間を生きて、そして共に歳を重ねていける。

 ゆっくりと、二人並んで歩く様に。

 それは……途方も無い程に、『幸せ』な事であった。

 

 

 

「ええ、ルフレさん。

今度こそ……ずっと、一緒に……」

 

 

 

 誓う様に、今度はルキナから口付ける。

 

 何時の間にか、窓の外は深く透き通る様な蒼に彩られた夜明けの空へと変わっていて。

 昇りゆくその太陽と、黎明の空だけが、二人の誓いを静かに見守っているのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




これにて『遠く時の環の接する処で』は完結です。
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