『もう夜明けは訪れない』
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これは自分への罰なのだろうか、と。
終わりのない絶望の中、二度と明けぬ悔悟の闇の中で、ルキナは独り何もかもを喪った心を抱えて、そう考える。
かつて……仲間達と共に『絶望の未来』で終わりの見えない戦いに身を投じていた時にすら存在した、心を支える為の縁はもう既に無く……。
『絶望の未来』を変える為に、神の力を借りて過去へと跳躍したその時に、罪悪感と無力感と使命感の他に確かに存在した、淡い淡い『希望』ですら……最早この心には残されていない。
この心に残っているのは、何処までも続く絶望と後悔だけ。
そして、自分の全てを……文字通り、身も心もそして自分に繋がる全てを、奪い汚し貶めた、この世の何よりも憎い存在への、深く昏い憎悪と怒りだけであった。
邪竜に囚われたルキナは、純潔も愛する人との思い出も、その何もかもを汚された。
邪竜は、ルキナが守らねばならなかった筈のこの世界の『希望』たる父クロムを殺したばかりか。
……この世界にとっては『異物』でしかない筈のルキナが、それを想う罪を知りながらも……それでも惹かれ、心から互いに愛し合った、唯一の愛しい人の全てを喰らった。
そして、ルキナが愛した男の顔で、最早別の存在がそれを模倣しているだけと知りながらも愛しいと感じてしまう声で。
ルキナを捕らえその居城に幽閉した邪竜は、その日からルキナを幾度となく犯し続けていた。
心から憎悪し、何があっても赦す事の出来ぬ怨敵である邪竜に身を弄ばれるなど……愛しい人にすらまだ捧げられていなかった純潔を汚されるなど。
ルキナにとっては到底耐え難い屈辱と暴虐であり、この世の全てに絶望するに値する地獄であり……。
汚されたこの身もそして汚した邪竜も、等しく地獄の業火の中で骨すら遺さずに焼き滅ぼしてしまいたい程の苦痛であった。
……だが、何れ程ルキナが憎悪しても、決して身を赦してなるものかと全力で抵抗しても、それが叶う事は無かった。
かつて『絶望の未来』では『最後の希望』だなんだと人々から担ぎ上げられていたにせよ、所詮ルキナは神剣を振るう事の出来る「人間」でしかなく。その神剣すら奪われ、逃げ出せぬ様にと縛められた今はただの無力な小娘に過ぎぬルキナと。
かつてルキナ達が居た「未来」で暴虐の限りを尽くし命ある者全てを等しく滅ぼし世界を平らかにし、そして時を渡ってやって来たこの世界に居た自分自身を呑み込む事で更なる力を得た強大無比なる邪竜とでは、そもそも勝負にすらならない。
邪竜の溜息一つで人間など跡形も無く消し飛ばされてしまうし、その指先一つで街が根刮ぎ消えるのだ。
小さな一匹の蟻が靴に咬み付いてきたところで人間はそれを気に留める事などしないし、そもそも何十匹もの蟻を踏み潰していようと気付かぬ事が殆どであろう。
……邪竜とルキナの間に在る、存在の……その力の格差とは、それ程までに絶望的なものであった。
ルキナが何を考えていようが、どれ程抵抗しようが。
邪竜は指先一つでその意志も抵抗も何もかも磨り潰してしまえる、それどころか人間の心を操る事すら邪竜には容易い。
その気になれば、邪竜はルキナを従順な性奴隷に変え自ら悦んで股を開く様な淫らなケダモノに堕としてしまえる。
だが、少なくとも邪竜は、ルキナの純潔を奪いその身も心も蹂躙しながらも、そうやってルキナの心をその力で無理矢理に造り変えて壊そうとはするつもりはなさそうであった。
だがそれは、邪竜に慈悲の心が在ると言う訳ではない。
そんなモノが、邪竜の心に在る筈は無い。
あれは、命を憎悪し、繋がりを唾棄し、愛や絆と言った人間のそれを貶め辱める事を悦び、人々が絶望の中で死に行く姿だけを望み続ける……存在そのものが『命』在るモノとしては破綻しきった、狂い果てたケダモノだ。
ルキナの心をそう言った方法で壊さないのは、ルキナが全てに絶望しながらも無意味と知りつつも足掻くその姿を嗤う為だ。
ルキナの事は、何時でも壊せる玩具としか見ていない。
ルキナがそうして抗う事こそが、邪竜にとっては最高の娯楽なのだろう……。その為に、邪竜はルキナを『飼って』いた。
この無限に続く地獄に、果たして終わりは来るのだろうか、終わらせられる者はこの世に存在しているのだろうか。
いっそ死んでしまいたいと、何度思った事だろう。
自ら命を絶つと言う事は酷く恐ろしい事ではあるのだけれど、だがこの状況では余りにも甘美な「救い」に思える。
しかし……ルキナは自害する事すら最早叶わなかった。
邪竜は、ルキナ自身を傷付けるありとあらゆる手段を、ルキナから奪い去った。舌を咬んで自害しようとしても直ぐ様何事も無かったかの様に治療されてしまう。
死ぬ事も出来ず、だが唯一残された『矜持』の為に自ら狂い果て壊れてしまう事も出来ず……。
故に、ルキナのこの生き地獄に終わりは無い。
死ねず、かと言って今の状態を「生きている」と呼べるのかは分からない……生ける屍の様な日々。
何の『希望』も無い、心の支えすらも無い、そんな時間の中がこの先永遠に……ルキナが死ぬまで続くのだろうか。
そもそも、今の自分は、その時が来たとしても、果たして邪竜に「死なせて」貰えるのだろうか……?
それは想像するだけでも恐ろしいが……邪竜によって生きながらに『屍兵』に変えられて、永遠に呪われたままこの世にその魂を縛り付けられ続けるのではないかとすら考えてしまう。
……少なくとも、その考えを否定出来ない程の恐ろしい執着を、邪竜はルキナに向けていた。
そんな中で、ただ耐えると言う事は何にも勝る拷問であった。
耐えた所で、この日々に終わりなんて何処にも見えないのに。
「父」も……そして最愛の人であるルフレすら喪ったこの世界に、ルキナを助けに来てくれる者など誰も居やしないのに、
この世界の何処にも『希望』なんて在りはしないのに。
それなのに、何故。ルキナは耐えようとしてしまうのだろう。
それは、ルキナの……かつては『最後の希望』として邪竜を討つべく対峙したものとしての『矜持』故なのか、或いはこの胸に今も尚忘れる事も出来ず刻まれている『使命』故なのか。
……だが、それが果たして一体何になると言うのだろうか。
……ルキナには『使命』があり、それを果たす為に時を越えて迄この世界に存在しているのだけれども……それが果たされる可能性は、既に無い。この世界は、もう誰にも救えない。
邪竜を討てる者が、最早誰も居ないのだ。
「クロム」は既に殺され、こうしてルキナは邪竜の虜囚の身となり……この世界の本来の「ルキナ」はまだ乳飲み子で。
「彼女」が剣を手にそれを振るえる年頃になるまでに少なくとも十数年は掛かるが、それ程の時間の猶予は最早この世界に残されてはいない。
かつての、あの『絶望の未来』ですら、邪竜が復活してからはほんの数年程度しか人々の世は持ちこたえられなかったのだ。
それが……かつてよりも更に強大になった邪竜を相手にどうなるのかなど、最早一々考えるまでも無い。
もう間もなく、この世界は終わる。それが二年後三年後の事になろうとも、間違いなく十年など持ちはしない。
この世界を救う術など何処にも無い。
救える者も、もう存在しないに等しい。
全ての運命の歯車が狂った未来へと噛み合ってしまった「あの日」、仲間達は全員邪竜に殺されてしまっただろう。
あの混乱と破壊の中で生き延びられた者が居るとは思えない。
ならば、この邪竜の居城にルキナを救いに来る者など存在しないし、それどころかこうしてルキナが邪竜に囚われている事すら知る人など居はしないのだろう……。
それでも、存在する筈も無い『もしも』の為に。
或いは世界を救えるかもしれない、有りもしない可能性の為。
こうして、正気を保ち続けてしまっているのだろうか。
だとすれば、それは。
そして。そうしてルキナが独り苦しみ続けるその様は。
邪竜にとっては何よりも愉しい娯楽なのだろう。
今の自分は邪竜を喜ばせる糧でしかない。
身を弄ばれ心をも犯されて。それでも壊れまいと足掻く玩具。
……それが分かっていても、ルキナに出来る事は何もない。
ルキナは絶望の中で静かに涙を流しながら、邪竜に犯され弄ばれた己の身体を抱き締める様にして、眠りに就く。
どうせ目覚めた所で『希望』なんて無いのだから、このまま永遠に眠れればと思うけれど、それも叶わないのだろう。
だからこそせめて。愛しい人の姿を夢に描き眠るのだった。
◇◇◇◇◇
ルキナは夢を見る。
何度も何度も同じ夢を、グルリグルリと壊れた糸車を回す様に、繰り返し繰り返し……変えられない夢を見続ける。
目覚めた所でそこに在るのは、僅かな希望の光すらない絶望の暗闇の中だけなのだけれども。
しかし、こうして見る夢もまた、ルキナを永遠に閉じ込める牢獄の様ですらあった。
夢は、何時もあの『絶望の未来』から始まる。
滅びゆく世界、死と恐怖と絶望だけが蔓延る世界……。
そんな世界で、自分達を守り命を落としていった大人達の意志を継いで、世界を救おうと……邪竜を討ち滅ぼそうと、先なんて見えないまま……それでも淡い『希望』を信じて、ひたすらに戦って戦って戦って……そうして戦う事以外の全てを忘れそうになる程に戦い続けて。……それでも世界は救えなかった。
終ぞどうしても揃える事の叶わなかった宝玉を嵌めた『炎の紋章』を……『黒炎』だけが欠けた不完全なそれを手に、滅びを最早どうやっても回避出来ない世界に、犠牲になっていった無数の人々へと懺悔し泣き崩れた日を思い出す、夢に見る。
そして、神竜の導きの下「過去」へ渡る事を決意したのだ。
守るべき世界を救えなかった罪から、背を向ける様にして。
だがしかし。そうして一つの世界を……例えもう滅びが不可避であるのだとしてもまだ僅かには生きていた命があった世界を見捨てる様にして、見殺しにする様にしてやって来た「過去」の世界ですら、ルキナは救えなかった、失敗した。
かつての世界よりも尚深い絶望にこの世界を突き落としたのは、ある意味ではルキナ達自身であった。
その事は、今も絶える事無くルキナの心を苛み続けている。
……一つの世界を見捨てて、そうして本来は在ってはならない筈の「やり直し」に手を掛けて。そうやって辿り着いたこの「過去」で、ルキナは彼に出逢ったのだ。
かつてのあの『絶望の未来』に至った、ルキナ達が生きるべきだった世界に於いても、父の『半身』とすら呼ばれ常に父を陰に日向に支え続けていた救国の軍師。
父と共に命を落とした彼……の、その過去の姿に。
「過去」への干渉は必要最小限にしようと、そう思っていたのだけれども。止むを得ぬ事情から「父」に正体を明かし共に行動する事になった。
そして、そんなルキナを何かと気遣って力になってくれたのが、彼だったのだ。
本来は「過去」であるこの世界に存在してはならぬ『異物』であるが故に、基本的にこの世界の人々と深く関わるには障りがあるルキナには、その事情を理解してその上で何かと気遣ってくれた彼の優しさが、心に沁みる程に嬉しくて……。
そうして、少しずつ少しずつ……ルキナは彼に惹かれていき、彼もまたルキナに想いを寄せて行ってくれた。
……とても緩やかで穏やかな……そんな優しい『恋』だった。
世界の情勢は戦乱の最中であって……更には邪竜の復活も近付きつつある状況で。決して平穏では無かったのだけれど。
それでも、彼とルキナの間に流れるその時間は、とても穏やかで温かなものだった。
何か凄く特別な事をしていたと言う訳では無くて。
ただ同じ時を過ごして、そして二人で色々な事を語り合ったりしてばかりだったのだけれども。
ただそれだけなのに、その時間はとても心が満たされていて。
『絶望の未来』での終わりの見えない戦いによって心が摩耗していたルキナにとっては、何にも代えがたい温かな『光』その物の様な時間であった。
そして、互いにその胸秘めた思いを伝え合って、想い結ばれて……ゆっくりゆっくりと、その『恋』は進んでいた。
二人で手を取り合って共に出掛けたり、そうやって時間を過ごしたり……。そんな風にゆっくりとした『恋』だった。
ルキナには『使命』があったし、彼もそれの重荷になる訳にはいかないからと……。結ばれた恋人たちが、その想いを確かめ合う為の性交の類は、全く行っていなかった。
僅かに、幾度か口付けをしただけの、そんなまるで甘酸っぱい子供の恋の様な……そう言う関係性だった。
世界を救えたその先で、平和な未来が訪れたその後で、ルキナがその『使命』を果たした後で、と。そう二人で夢見ていた。
……だけれども、今になって思うのだ。
こんな形で、その想いが、細やかな夢が、その全てが、何もかも滅茶苦茶に踏み躙られて汚されてしまう位ならば。
彼に。紛う事無い、ルキナが愛した彼その人に。自分の全てを捧げたかったと、身も心も彼のモノにして欲しかったと。
……今となってはどうあっても叶わない事を、願うのだ。
そして、彼との優しく幸せだった日々の事も夢に見てしまうからこそ、ルキナにとって夢の世界は、永遠に回帰する牢獄であると同時に、唯一彼の事だけを想える場所であった。
だけれども、夢は何時も惨劇と絶望で終わる。
そこまでの彼との日々の思い出が『幸せ』その物であるからこそ……夢は、耐え難い絶望と地獄で終わってしまうのだ。
……ルキナ達は、「あの日」、運命を変えた筈だった。
彼が「父」を殺す運命は回避されて、そしてこの世界の戦乱を陰で操っていた怨敵の首魁を討ち果たして。
やっと、これで世界は救われるのだと、そうルキナ達が歓喜に沸いたその時に。あの邪竜は、姿を現した。
世界を滅ぼした後で、ルキナ達を追ってこの「過去」にやって来たと言う邪竜はその時その瞬間まで、静かにその時を……かつての自分の様に、操られた彼が「父」を殺しその絶望の中で邪竜として目覚める瞬間を、ただただ待っていた。
そして、運命が変わったその時に、漸く姿を現したのだ。
邪竜の出現を前に、誰も何も出来なかった。
彼も、ルキナも、そして「父」も。……誰も。
邪竜はルキナ達の目の前で「父」を殺し、そして突然の事に呆然となっていた彼にその邪悪なる力を向けた。
……ルキナは。愛した彼を助ける事が、出来なかった。
人ならざる者へと、邪竜へとその身体を造り変えられて、その魂ごと邪竜に喰われていくその一部始終を。
……ルキナは、見ている事しか、出来なかった……。
彼は、最後まで「父」とルキナの名前を呼んでいたのに。
ルキナに、救いを求める様にその手を伸ばしていたのに。
ルキナは、何も出来なかった。
邪竜のモノへと化していくその手を取る事も。
次第に怪物の咆哮に変わっていく愛しい人のその声に、彼の名を呼び返す事ですら。
何も……何一つとして。ルキナは、出来なかったのだ。
心から愛していたのに。そして今も、ずっと愛しているのに。
それなのに、ルキナは彼に何もしてあげられなかった。
それは、きっと永遠にルキナの心を縛り苛み続ける咎だ。
……夢の中ですら、ルキナは彼を助けられない。
彼に何もしてあげられない。
そして夢の最後。目覚めるその直前には。
お前の所為だ。と責め立てる数多の声が聞こえる。
それは全て誰かの声であり、自分自身の声だ。
ルキナが、「過去」に来なければ。
少なくとも彼があんな惨い最期を迎える事は無かっただろう。
ルキナが自分を追い掛けて来ていた邪竜の存在に気付いていれば……少なくともその可能性に思い至っていれば。
未来は、そして今は。もっと違う物になっていた筈だ。
だけれども。ルキナには何も出来なかった。
故に、自分を責め苛み続けるその声が止む事は無い。
そしてその声が、何れ程凄惨で地獄の様な現実であっても、自ら狂い心を壊して現実から逃げる事をルキナに赦さない。
彼等はお前の現実よりも悲惨な絶望の中で死んだのだと。
『絶望の未来』で戦い続けた「自分」は糾弾する。
彼はお前の所為であんな惨い最期を迎えたのだと。
彼を愛していた……愛し続けている「自分」は弾劾する。
無数の「自分」が、永遠にルキナ自身を責め苛み続ける。
それはまさに、終わらない悪夢、終わらない地獄だ。
全てが過去の出来事であるが故に何一つとして変える事の出来ない、永劫回帰の牢獄だった。
それでもルキナは夢を見る。
もう夢でしか彼に出逢えないから。
彼の事を思い描く為に、ルキナは夢を見続けるのだ。
◇◇◇◇◇
誰かが自分の頬に触れているその感触で、ルキナはゆるりと目を覚ました。
まだぼんやりとしているその視界の中。
自分を見下ろす様に覗き込んでいるその無感情な紅い瞳に、ルキナは静かに絶望する。
邪竜に囚われたルキナは一日の大半を眠る様に過ごしていた。
邪竜の玩具として、最低限度の衣食住の保障はされているし、寧ろルキナに与えられているそれは粗末な者などでは無く確かな質のモノで……まさに愛玩動物の様な扱いだった。
ある程度のモノは、自由以外は望めば与えられる状況で。
しかし、邪竜に望むモノなど有りはしない……ルキナが本当に望むモノを邪竜が与える事は決して無いので、ルキナは何かを望んだ事など一度も無かった。
ほぼ毎夜の如く犯されるだけの日々の中では、心の慰めになるモノなど何も無くて。
邪竜に犯されている時以外には何の刺激も無い生活だった。
そんな中では、ただ眠る事だけが唯一ルキナに赦された事で。
だからこそ、ルキナは眠り続ける。
そして、その眠りが途切れてしまうのは、往々にして邪竜が訪れた時であり、その意味はただ一つであった。
ああ、またなのか、と。ルキナは静かに絶望する。
ルキナは何時もと同じ様に抵抗するが。……その抵抗は無理矢理に押さえつけられて、無慈悲に蹂躙される。
生理的な反応で嬌声染みた声が出てしまう事はあるが、そこにあるのは快楽などでは断じてなく、憎悪と絶望だけだ。
どんな行為に及ぼうとも、ルキナには全て苦痛でしかなく。
そこにあるものは絶望と怒りでしか無い。
欠片も愛せない……この世の何よりも憎悪している化け物に。
愛した人の皮を被っているだけの、愛している彼の紛い物に。
身を汚されていく。彼に捧げたかったモノを全て奪われる。
それでも絶対に、この心だけは屈してなるものかと、ルキナはそう抵抗し続けるのだけれども。
しかし、時折。
邪竜の仕草に、ふとした表情に、ルキナに触れたその指先に、ルキナの口を口付けで塞ぐ時のその柔らかさに。
彼の姿を、彼の面影を、彼の幻影を、見付けてしまう。
誰よりも愛している彼の姿を、ルキナは未だに諦める事が出来ず、邪竜のそこに求めてしまう。
それはなんと、絶望的な望みだろうか……。
「ルフレさん……」
愛するその名を呼ぶルキナの呟きは、何処にも届かない。
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