『絶望すら果てる場所で』【完結】   作:OKAMEPON

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『滅びゆく世界の片隅で』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 荒涼たる大地を抜けて歩き続け漸く……いや、とうとう。

 次なる目的地への目印が見えてくる。

 それを目にしたルキナは、無意識の内にも身を強張らせつつ、背負われたまま眠るマークのマントのフードを深く被せ直した。

 

 

 随分と人の手が入っていない事を訴えるかの様に劣化が激しいのが遠目にも分かる程の、いっそ倒壊していない事の方が不思議な程に至る所が崩落しているその廃墟は、かつて……と言ってもほんの数年前までは、ペレジアとイーリスの国境に設けられた関所として機能していた。

 が、邪竜ギムレーが復活し、地に溢れ返った屍兵で各地が分断され孤立し急速に人々が滅びに瀕する中では国境など最早深い意味は持たず。

 関所の跡地である廃墟は、ただ単にかつてはここに国境が引かれていた事を示す記念碑程度の役割しかないだろう。

 ちょっとした切っ掛けで崩壊して瓦礫の山へと変わりそうなその廃墟に態々足を踏み入れる人は無く。

 関所に残されていた物資の類いはとうの昔に根刮ぎ奪われている為に、野盗の類いが狙うモノも既に無いだろう。

 人が居ないが故に廃墟が屍兵に襲われる様な事は無く、だからこそこれ以上破壊される様な事もない。

 自然のままに何時か完全に崩壊するその日まで、人間が確かに文明を築いていた名残の様に……命有るモノが悉く絶えた世界に、この廃墟は取り残されるのかも知れない。

 だからだろうか? 

 物言わぬ筈の見上げた先に在る廃墟が何処か物悲しさを漂わせている様に、ルキナには感じてしまうのは。

 

 ここを越えれば、イーリス聖王国である。

 邪竜が復活し、人々の生存圏が日に日に減っていく中では、幾ら神竜ナーガの加護があるイーリス聖王国であっても、王都や聖地である『虹の降る山』から外れた……特にペレジアに隣接したかつての国境沿いの地域などは最早『死』の世界と化したペレジア国内の状況と大差無いのかも知れないが。

 だがそれならば、『故郷』に対して薄情な事かも知れなくとも、却って今のルキナにとっては都合が良かった。

 イーリス王家やナーガ教の影響力が薄ければ薄い程、今のルキナ達にとっては安全な土地と言えるのだから。

 

 イーリスには二度と戻る事は無いと心に決めていた筈のルキナがこうして辺境の地とは言えイーリスの国土に足を踏み入れようとしているのには、止むに止まれぬ事情があった。

 ルキナがギムレーの虜囚の身から逃れて凡そ一年が経った今となっては、最早人が住む事が出来る土地はこの大陸の中ではイーリスにしか残されていないからである。

 ペレジア国内にはギムレーに隷属するのと引き換えに荒れ果てた土地で細々と生きる事を彼の邪竜から赦されたほんの僅かな人々しか残されておらず、雪と氷に閉ざされたフェリアは東西の王都などの極限られた街にしか最早人々は残されておらずその僅かな人々も溶ける事の無い雪と氷に閉じ込められ孤立したまま次々と死に絶えていっているらしい。

 ギムレーの息がかかった者達の街に足を踏み入れる訳にはいかず、雪と氷に閉ざされたフェリアへは立ち入る術が無い。

 この大陸の外へと思った処で、外洋に出る為の大型船が尽く破壊され、港も既に維持出来ない状態になっているが故にヴァルム大陸などの他の大陸へと渡る事も出来ない。

 ……尤も、今のヴァルム大陸の状況がこの大陸よりマシなのかどうかは、ルキナには分からない事ではあるが。

 何にせよ、最早イーリスに向かうしかルキナ達には残された道は無いのだ。

 苦渋の決断ではあったが、このままマーク共々飢え死にする訳にもいかない。

 人目を極力避けつつ辺境を転々とするならばまだマークが危険な目に遭う事も無いだろう、とルキナはイーリスへと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ギムレーの元からマークを連れて逃げ出したルキナは、流れの用心棒としてその日その日の糧を得ていた。

 逃げ出す際に奇跡的に持ち出す事に成功したファルシオンを手に、鍛え上げられた剣技で屍兵や盗賊の類いを斬り伏せるルキナは腕の立つ用心棒として立ち寄った村や街でそれなりに歓迎されていた。

 幾度かはその腕を買われて定住しないかと誘われた事もある。

 が、誘いの全てを尽くルキナは断っていた。

 一所に長く居着くと、マークの正体が人々に露見する危険が高まってしまうからだ。

 マークの容姿が誰の目にも触れぬ様に、ルキナは常に気を張っているのだが、滞在する日数が多ければ多い程に危うい場面が度々訪れていた。

 

 ルキナにとっては愛らしい娘であるのだが、背の小さな翼や頭の小さな角など、『人』ではない事を示す特徴も持つマークは、一度その姿が露見すれば人々から吊し上げられて嬲り殺されかねない存在である。

 かつてのルキナの仲間にはマムクートであるンンやタグエルのシャンブレーと言った、所謂『人間』とは異なる種族である者達も居たが、彼等が人々から忌避されてはいなかったのは、傍に居た人々が彼等の事情を知っていたからであって。

 彼等とは置かれた事情が全く異なるマークの存在は、例えマムクートやタグエルを忌憚無く受け入れていたかつての仲間達であってすら、忌避されないとは言い切れなかった。

「『人』ならざる者」を拒む者は決して少なくは無く、マムクートもタグエルもその所為で酷い迫害を受けてきた歴史があり、タグエルに至っては純粋なタグエルと言う意味ではシャンブレーの母親であるベルベットの代で絶えている。

 況や、『邪竜ギムレー』の娘など……それを知った『人々』からどの様な扱いを受けるか……想像するだけで恐ろしい。

『人』ではない、マムクートやタグエルと言った既知の『ヒト』の種族でもない、『邪竜』と『人』のそのどちらでもない……まさに『邪竜の娘』としか定義しようのないけれども。

 どの様な存在であったとしても、マークがルキナにとって大切な愛娘であると言う事は揺らぎ様も無い確たる事実であった。

 ……例え、マークの姿形が人に似た姿ではなく、邪竜のそれそのものであったとしても、或いはヒトならざる怪物の姿であっても、ルキナはマークを愛していたであろう。

『人』であるルキナと、そして『ヒト』ならざる邪竜ギムレーとの間に産まれた我が子が、今後どの様な成長をするのかはルキナには分かりようも無い事で。

 このまま『ヒト』に近い姿で成長するのか、或いは成長するに従って邪竜に近しい姿へと変化していくのかは未知数である。

 だが、例えどんな姿になるのだとしても、ルキナはマークを愛し守り続けるであろう。

 我が子であると言うだけでこの世の何より愛おしいのだから。

 ルキナは、自身の肩に頭を預けて安心した様に安らかな寝息を立てているマークのフードから零れ出ているその髪を、起こさぬ様にそっと優しく指先で撫でた。

 こうして触れるだけで、何時だって既に溢れそうな程にこの胸を満たしている愛しさが更に込み上げてくる。

 ……そして、それと同時に。

 どうしようも無い程の、後悔の様な……そんな申し訳無さも湧き上がってしまうのだ。

『人』の世界には居場所が無いと、そう知りながらマークを外の世界に連れ出したその代償は、決して軽くは無かった。

 

 髪で隠された頭の角には更にその上に包帯が巻かれ、その包帯すらも見せない様にマークは何時もフードを被っている。

 産まれた頃よりは大きくなった髪の色と揃いの色の翼も、何時もしっかりと服の下に隠しているし、驚いてうっかり翼を広げてしまうなんて事も無い。

 忙しなく歩いたり走ったりと誰に似たのか何にでも好奇心旺盛なマークはとても活発的であるのだけれども、ルキナの言い付けはいつもしっかりと守っていた。

 が、それでも不慮の事態と言うのは何時でも想定しておくべきであるし、マークの姿を見られた事が切っ掛けで村や街の人々から追われる事になったのも一度や二度ではない。

 自身を殺そうと追い回してくる人々が容赦なくぶつけてくる悪意のその恐ろしさに泣きじゃくるマークを抱き抱えながら、命からがら逃げ出した事だってある。

 ルフレに似たのか幼いながらも聡明なマークは、『人』からの害意に晒される内に自身が『人』にとって歓迎されない存在である事を、こんなにも幼いと言うのに悟ってしまっていた。

 それ故にか、母親であるルキナ以外の人間には次第に心を開こうとはしなくなっていったのだ。

 そしてそれに相反するかの様にマークは母親であるルキナに対しては、とても素直で甘えん坊な娘であった。

 マークの世界は、自身とルキナだけで完結してしまっていた。

 その事を心苦しく思う一方で。

 まだ舌足らずではあるものの一生懸命に「おかーさん、おかーさん」とルキナを呼び甘えてくるマークが、ルキナには愛しくて愛しくて仕方がなかった。

 言葉を覚えたての時は「ママ」と呼んでいたのに、気付けば「おかーさん」呼びである。

 子供の成長とは斯くも目覚ましい。

 マークの成長を日々見守りながら、ルキナはマークと共に今も宛の無い旅を続けていた。

 

 …………もしも、マークが居なければ。

 迷う事無く、躊躇う事も無く、ルキナは己に課せられた『使命』に殉じる事が出来ていたのだろう。

 愛した人の面影を持った邪竜のその胸にファルシオンを突き立てる事だって、迷いはしてもきっと出来ていた筈だ。

 それはそれで幸せだったのだろうし、その道を選べていた自分も無限にある可能性の世界の何処かには居たのかもしれない。

 だけれども、その世界にはマークが……。

 ルキナにとって、己が命よりも、背負った『希望』よりも、課せられた『使命』よりも、自らを形作っていたその全てとですら比べ物にならない程に、大切で愛しいたった一つの一番の宝物が……存在しない。

 ならば。

 少なくとも、マークの母親である今のルキナにとっては。

 そんな可能性の世界は、もう『意味』も『価値』も無いのだ。

 

 それでもやはり時々は考えてしまう。

 もしマークが、邪竜と化した彼との娘ではなく、正真正銘ルキナが愛していたルフレとの娘であったのならば。

 ルキナが滅びの運命を変える事が出来ていたのならば。

 マークに、こんな人目を忍ばなくてはならない様な生き方を強いなくても良かったのではないかと、もっと幸せな生き方をさせてやれていたのではないかと。

 幾らそう考えた所で、マークがあの邪竜の血を引いている事実は変えられないのだが、そう思わずにはいられない。

 

 ………………。

 マークを連れてギムレーのもとから逃げ出したのは、マークの未来を想っての事だった。

 例え『人』の世界の環の中に自身の居場所が無いのだとしても、『邪竜』として生きるよりは『ヒト』として生きた方が『幸せ』であろう、とそう想って。

 でもそれは結局の所、ルキナのエゴでしかないのだ。

 その環には決して入れないのに、それでも『ヒト』である事を強要される生き方が……本当の意味でマークの為になるのか、……ルキナにはもうその答えが分からなくなっていた。

 ギムレーの元に囚われていた時やそこから逃げ出した時ならば、『ヒト』として生きるべきだと迷い無く即答出来たであろう。

 けれど、外の世界でマークと共に一年間を何とか過ごしてきた今となっては、「マークにとっての『本当の幸い』」とは一体何であるのか、ルキナには……もう分からなくなってしまった。

 

 マークには、生きていて欲しい、『幸せ』になって欲しい。

 その想いはずっと変わらない。

 邪竜の血を継いでいようと『人』ではなかろうと、マークが『幸せ』になってはいけないなんて事は無いだろう。

 例え世界の全てがマークの存在を否定しその生を言祝ぐ事が無いのだとしても、世界でたった一人ルキナだけは、マークの存在を肯定しその生を……その未来を祝福し続ける。

 

 だからこそ。

 人々にその正体を悟られぬ様に息を潜める様に忍び、一所に留まる事も出来ず各地を転々とし、ルキナ以外には誰も信頼出来る存在が居ない様な……そんな今のマークの生き方が。

 それが『幸せ』であるとは、今のルキナには到底言えない。

『人』の中で生きようとする限り、今後もマークは今の生き方を続けざるを得ない。

 だが果たして、そんな生き方の中に、マークの『幸せ』はあるのだろうか……? 

 

 どんな生き方が『幸せ』であるのかなんて結局の所は当人が決めるしかなく、例え血を分けた親であろうとも『幸せ』を押し付ける事など出来やしないのは分かっている。

 自身のエゴでマークをギムレーから引き離して『ヒト』として育ててきた様に、今もまた自分のエゴからマークの『幸せ』を決めようとしてしまっている事も。

 ギムレーのもとで育つ事が『不幸』であったとは限らないのと同様に、『ヒト』として生きている今の生活がマークにとって全くの不幸であるとは限らない事も、ルキナは理解している。

 

 だからこそ、何れ程悩み考え続けても、ルキナの苦悩に『答え』は出ないままだった。

 

 ……結局の所、今の自分は中途半端なのだろう、とルキナは時々そう感じている。

 

 世界よりも大切なモノを見付けてしまったルキナには、かつての自分の様に、『人』やその営みが溢れる世界を何の躊躇いもなく全面的に肯定する事は出来なくなってしまっていたのだ。

 

 外の世界に出たルキナとマークを脅かしてきたのは、何時だって『人』だった。

 自身の欲望のままに、或いは自分達とは『異なるモノ』を排除しようとする集団心理のままに。

 彼等に何ら害を成した訳でもないマークを、悪魔だ怪物だと謗りながら殺そうとしてきたのは、何時だって『人』だった。

 

 この荒廃しきった世界では、ほんの細やかな切っ掛けで、いとも容易く殺し合いが起きる。

 ほんの僅かな差違がまるで絶対悪であるかの様に詰られ、抵抗すら赦さず集団に嬲り殺しにされる。

 

 ルキナは、旅をする中でギムレーや屍兵の襲撃に因ってではなく、『人』同士の殺し合いで滅びた村などを見てきた。

 それも、一つや二つなどではきかない程の数を。

 

 屍兵が蔓延り人々の生存圏が日々喪われていく中では、本来の理屈で言うのであれば『人』同士でいがみ合い殺し合っている余裕なんて無い筈である。

 生き残った人々が共に協力して屍兵へと対処しなければ、容易く屍兵の群れは人々を蹂躙してゆくのだから。

 だが、現実はそうはならなかった。

 日々困窮してゆく食料事情。

 終わりの見えぬ屍兵との戦い。

 何時自分達の生活が終わるとも知れぬ恐怖。

 それらは人々の心を削り取り摩耗させ、その心の内に潜めてきた『人』の本性を暴き立ててゆく。

 理性の仮面を剥ぎ取られた後に残ったものなんて、どれもこれも醜悪なものでしかない。

 ……そうやって、『人』が持つ浅ましさや悍ましさを、ルキナはこの一年で嫌と言う程に見せ付けられてきたのだ。

 残念ながら、今のルキナには、『人』と言う存在を、かつての様に盲目的に全肯定する事は出来ない。

 あの絶望の未来でも世界は似た様な状況ではあったけれど、あの時と今ではルキナの立場は全く違う。

 あの絶望の未来では、ルキナは人々の『希望』であった。

 人々から願いや祈りや希望を押し付けられ、ギムレーと戦う事を強いられていたのだとしても、ルキナに人々が持つ悍ましい側面がぶつけられる事は無かったのだ。

 しかし、今のルキナは幼い子供を連れた流れの旅人。

 端的に言えば、集団にとっての『異物』だ。

 人々に心の余裕がある時ならば『稀人』として歓迎されていたのかもしれないが、日々の生活すら困窮しつつある状況では『異物』は「悪」である。

 故に、『人』が持つ負の面を、嫌と言う程目にしてきた。

 

 が、かと言って『人』と言う存在その物に絶望する程に心が折れた訳でもなく、世界を滅ぼさんとする『邪竜』の存在は肯定出来ない。

 マークが『邪竜』になる事は、ルキナには許容出来ないのだ。

 

 

『邪竜』の血を引けども、マークは『邪竜』ではない。

 だが、『人』でも無い。

 人と邪竜の狭間に在るマークは、どう生きるべきなのか……。

 ルキナには未だにその『答え』は出ないままだった。

 

 

 

 一向に答えが出ないのだとしても餓えて死んでしまっては意味がなく、今日を生き抜く為の糧が必要だ。

 故に、イーリスへと足を踏み入れたルキナは、取り敢えず最も近くにあった筈の村へと向かう。

 山間部にあるその村は、周囲の山から採れる食料もあってか、あの絶望の未来でもかなり長い事生き延びていた筈だ。

 恐らく、この世界でもまだあの村はあるのだろう。

 かつての記憶を頼りにルキナはその村を目指した。

 

 山道を歩き続けて見えてきたその村は、人々の営みがまだ保たれているのが遠目にも見えた。

 山間の村と言う孤立気味の環境にしては、困窮している様には見えず、畑はこのご時世に関わらず青々と生い茂っている。

 辺境の村である事を考えれば、こんな時代であるにも関わらず非常に潤っているとも言えるだろう。

 あの様子だと今日の分の食料は何とか手に入るだろうと、安堵に胸を撫で下ろしながらルキナは村へと足を踏み入れる。

 

 一見して旅人と分かるルキナにあちらこちらから視線が無遠慮に突き刺さる中、それには構わずルキナは村長を探した。

 屍兵や盗賊を退治する事と引き換えに、村への暫しの逗留の許可とその間の食料を提供してもらう事を交渉する為だ。

 手近な所に居た村人に声を掛け、村長の家を教えてもらう。

 質素な建物ばかりの村の中でもやや見目が整った村長の家を見付けたルキナは、迷わずにその扉を叩く。

 少ししてから出てきたのは、初老の男性だ。

 

 

「すみません、貴方がここの村長でしょうか?」

 

「ええ、そうですとも。

 あなたは……旅人の方でしょうか……? 

 一体この村に何の用件で?」

 

 

 ルキナが用心棒として雇い入れて欲しい旨を伝えると、村長は早速交渉に入る。

 常に屍兵の脅威に晒されるこの世界では、屍兵に対抗する為に傭兵の類いは村や街が生き延びる為に必要不可欠の存在だ。

 軍の守りが厚い王都とは違い、辺境の村や街や規模の小さな村などは自衛するしか屍兵に対抗する術はない。

 何らかの要因で守り手を喪えば、一気に村が壊滅する事もそう珍しくはないのである。

 が、傭兵の類の中には破落戸や賊と大差ない様な者も多く、住人とトラブルを起こしては追い出される事も少なくない。

 この規模の村で防衛用の傭兵を雇っていないのは些か腑に落ちないが、前に居た傭兵達と交渉が決裂したのかもしれない。

 何にせよ、ルキナを雇い入れてくれる余裕があるならばそれに越した事は無いのだし、余計な詮索はするべきものでもない。

 ルキナが基本的には自身とマークの食い扶持以上を求めない事もあって、概ね交渉は問題なく進んだ。

 交渉が成立し握手を交わしたルキナは、早速村に逗留する間の仮の住まいとなる村外れの空き家へと村長に案内される。

 うとうとと目を擦るマークの手を引きながら、ルキナがその案内に従っていると、空き家への道を歩きながら、ふと思い出した様に村長がルキナへと振り返った。

 

 

「そうそう、そう言えば。

 今、村には王都から剣士様が居らしているのですよ。

 何でも、この山の向こうにあった村を襲った屍兵の討伐に、この地を訪れたそうで。

 そのついでに、剣士様は念の為この村の安否を確認なさりに来られたとか。

 この様な辺境の村を気遣って下さり、有難い事ですな。

 丁度、使って貰う予定の空き家の横の家に今夜は泊まっていかれるそうです」

 

 

 村長としては、何て事は無い世間話のつもりだったのだろう。

 だが、ルキナは『王都から来た剣士』と言う言葉に僅かに肩を跳ねさせる。

 ……王都から来たからと言って、その者がかつての仲間達やイーリス軍で共に戦った人達の誰かであるとは限らない。

 寧ろそうではない可能性の方が遥かに高いであろう。

 それでも……ルキナは顔を隠す様にフードを深く被り、腰に佩剣しているファルシオンをマントで隠す。

 王都から来たその何某は一泊したらまた王都へと発つらしい。

 今日一日を乗り切れれば、問題はない筈だ。

 大丈夫、とそう自身に言い聞かせるも、嫌な予感に対する冷や汗が止まらない。

 ルキナがそんな不安に苛まれているとは露とも知らず、村の中心から外れた古びた家が隣り合う様に二軒立ち並んだ一画へとやって来た村長は、「あちらです」とその内の一軒を指差した。

 案内してくれた事に礼を言って、さっさとその家の中に入ろうとした丁度その瞬間。

 隣の家の扉が、開いた。

 

 

「あ、こんな立派な家を使わせて貰って、有り難うございます」

 

「いえいえ、王都から来てまでこの村の安否を気遣って下さったのですから当然の事です」

 

 

 村長に礼を言う剰りにも聞き覚えがあるその声に、無意識のもルキナの肩が跳ねる。

 

 何で、何でこんなタイミングでこの村に──

 

 

「あれ、そっちの人は……」

 

「この方は暫くこの村で用心棒をなさって下さる方ですよ」

 

 

 この状況で二人を無視して家に入ると言うのも些か不自然で、不信感を抱かせてしまうかもしれない。

 だからルキナは顔が絶対に見えない様に深く深くフードを被り、横を向いてそこに居る人物へと軽く頭を下げた。

 そしてそのまま家へと入ろうとしたその時。

 

 

「待て、待ってくれ!」

 

 

 急に慌てた様に、『王都から来た剣士』はルキナを呼び止めた。

 

 最悪だ……、と心の中であらゆる物事のタイミングの悪さを呪いながらも、彼の声を無視する訳にもいかず、ルキナは戸口に手を掛けたまま動きを止める。

 

 

「もしかして、いや、ルキナなんだろ……? 

 俺だ、ウードだ……!」

 

 

 必死に自分を呼ぶウードに、最早白を切る事も隠し通す事も出来ぬと悟ったルキナは、一つ溜め息を吐いた。

 ここまで来てしまっては、もう知らぬ存ぜぬでは通せない。

 観念してフードを取り払い、ルキナはウードへと向き直る。

 

 

 

「……ええそうですよ、ウード。

 久し振り、と言った方が良いのでしょうか」

 

 

 

 凡そ数年ぶりに出会ったかつての仲間へと、望まぬ再会を果たしたルキナは、そう答えるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 薄暗がりに覆われた玉座に座したギムレーは、不快さを隠す事も無くに眉根を寄せて舌打ちをする。

 何時もの様に遠視の術でルキナ達の様子を見ていたのだが、どうにもあまり良くない方向へと事態が動いてしまったのだ。

 

 ルキナがギムレーの傍から逃げ出して既に一年が経っている。

 荒れ果てた外界の現実を目の当たりにすればそう時を置かずして心折れるだろうと踏んでいたのだが……思いの外ルキナは気丈にも耐えていた。

 手のかかる盛りの幼い娘を抱えながら、人々の悍ましい程の悪意に晒されながら、それでも立派にマークを育てながら生き抜いていたのだ。

 一年と言う期間は、竜にとっては瞬きの様なモノではあるが、未だ自身が『ヒト』である意識が抜けないルキナにとっては、決して短い時間ではない。

 故に、これにはギムレーも素直に感服した。

 子を想う母親の強さと言うものは、時にギムレーの予想も遥かに上回るものだと実感したのである。

 

 が、心が折れてはいないとは言えども、『現実』を目の当たりにしたが故にか、頑なに『邪竜』を悪とし『ヒト』を肯定していたその心境にはかなり変化が生まれた様だ。

 マークに対しても、このまま『ヒト』として育て続けるべきなのかとルキナが迷っているのも、ギムレーには手に取る様に理解出来た。

 後一押し、何かの切っ掛けがあれば、ルキナの心はギムレーの方へと傾くだろうと、ギムレーは感じていた。

『その時』を心待ちにしながら、ギムレーは二人を見守っていたのだが……。

 

 

「ナーガの手の者に見付かった、か……」

 

 

 ルキナとウードの出逢いによって起こり得る様々な可能性を瞬時に弾き出しては、その殆どが『望ましくない』結果に行き着く事にギムレーは再度舌打ちする。

 

 

「……潮時、だな」

 

 

 出来るならば、心折れる瞬間を見届けたくはあったのだが。

 戯れを続ける事に拘って二人を喪っては、何の意味も無い。

 何を優先させるべきか、ギムレーが迷う事はない。

 

 ── 「もう二度と」……大切な人を喪いたくはない

 

 そう感じたのは、ギムレーなのかそれとも『二周目』のルフレの心だったのか……。

 それは、ギムレー自身にすらも分からない事だった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

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