『怨嗟断絶のディスコード』【完結】   作:OKAMEPON

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『邪竜と駒』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 私の『父さん』は、邪竜ギムレーです。

 人間の私と、【邪竜】である『父さん』との間には、当然の事ながら血の繋がりはありません。

 捨て子だった私は『父さん』の気紛れによって拾われ、そしてその『娘』として育てられたのだそうです。

 会った事も顔も無いしその顔を覚えても無い産みの親には何の感情も抱いていませんが。その人達が私を捨てたからこそ、私は『父さん』に出逢えたんだから、ほんの少しは感謝しても良いのかな? とも思います。

 まあもしその人達が私の目の前に現れたとしても、『父さん』に害を成すなら迷わず殺しますが。

 

【竜】であるからかとても長生きで物凄い力を持つ『父さん』は、私なんかでは一生掛けても追いつけない程にとても沢山の事を知っていますし、何でも出来ます。

 きっと本当は何でも一人で出来てしまうのだろう『父さん』が、それでも私を傍に置いているのは、私を優秀な手駒にする為で……そして私が本来は『同族』である「ヒト」を殺し滅ぼそうとするその姿を間近で見る為です。

 

 ……きっと、『父さん』は本当の意味では私を『愛して』はいないのでしょう。

 ヒトとしては破綻して歪んだ醜く愚かな、そんな私の姿を見る為だけに、私は拾われ育てられたのだから。

 

 何時も私を見てくれている眼差しも。

 何時も私の言葉に耳を傾けてくれているその姿も。

 何でも教えてくれるその優しい言葉も。

 何時も優しく触れてくれる指先も。

 頭を撫でながらよく出来たねと褒めてくれるその手も。

 きっと、そこには『愛』なんて欠片も無いのでしょう。

 だって、『父さん』は【邪竜】です。

 ヒトの事なんて「虫ケラ」の様にしか感じていませんし、だからヒトの『愛情』なんて分からないのでしょう。

 私が【竜】だったら本当に『愛して』くれていたのかもしれませんが、私は【竜】には成れません。

 

 それでも。例えそこにある『愛情』が偽物でも。

 私を手懐ける為の「茶番」なのだとしても。

 私にとって『父さん』は、この世でたった一人の大切な『父さん』でした。

 何故なら。

 

 例えそこに『愛情』なんて無かったのだとしても。

 それでも……独り死に行く筈だった幼い私を抱き上げてくれたのも。例え気紛れであっても、道理も何も分からぬ手の掛かる赤子でしかなかった私をここまで育ててくれたのも。私にありとあらゆる事を教えてくれたのも与えてくれたのも……『父さん』なのです。

 名前すら分からなかった私に、『名前』をくれたのも。

 清潔な衣服を不自由なく与えてくれたのも。

 温かな食事を欠かさずに与えてくれたのも。

 安心して眠れる場所をくれたのも。

 眠れない夜に一緒に寝てくれたのも。

 その全てが、『父さん』です。

 そこに『愛情』があったかどうかなど関係ありません。

『父さん』が私を大切に育ててくれた事だけは、誰がどう否定しようとも動かぬ事実なのですから。

 そして『父さん』にとって私は、一番優秀な駒であり、最大の娯楽の対象であり、そして『我が子』としたこの世で唯一人のヒトなのです。

 この世界では棄てられた子供など幾らでも居ますし、街に出た時に私も目にした事は幾度と無くあります。

 私と同じ様な境遇の子供など数え切れない程居るのに、『父さん』が選んだのは私唯一人です。

 そこにあったのが『愛』なんて感情では無かったのだとしても。拾われたあの日から、私にとっては『父さん』だけが世界の『全て』になったのです。

 

 物心が付く前から邪竜である『父さん』と共に過ごしている私の価値観は、きっと本来私が帰属するべきだった『ヒト』のそれとは全く異なっているのでしょう。

 ヒトが幾ら死のうと、どんな酷い死に方をしても、どんな惨い殺し方をしても、私は何も感じません。

 そんな人々をどれだけ殺そうとも、私の心が痛むだなんて事もやっぱりありませんでした。

 滅ぼす為に潜入した街で私に優しくしてくれた人達の親切にもやっぱり何も感じませんでしたし、彼等を殺す時も胸が痛くなったりする事も全くありませんでした。

 私の本性を知った人々は皆、理解出来ないモノを見る様に恐怖をその顔に張り付けながら死んでいきます。

 彼等が私を理解出来なかった様に、私も彼等を理解出来てもその価値観を共有することは出来ないのでしょう。

 でも私にとってはそれで良いのです。

 

 どんなに同じものを見たいと願っても、【竜】には成れぬ私には『父さん』と同じものを見て同じ様に感じる事は決して出来ないのでしょう。

 そうなのだとしても、『父さん』が見ているその世界を、私は少しでも同じ様に感じたいのです。

 ヒトの滅びを望む『父さん』の世界には、ヒト以外の何者にも成れぬ私の居場所は本当は無いのでしょう。

 それでも……。

 ほんの少しでも『父さん』の世界に、『邪竜の娘』である私の居場所はあったのだと。『父さん』にとって私は、僅かにでも確かに『価値』のある存在であったのだと。

 そんな淡い夢を懐きたいのです。

 

 それは愚かな事なのかもしれません。

 それでも、その『願い』を誰が責められるのでしょう。

 たった一人の『家族』から必要とされたいと願うのは、『価値』ある存在だと認められたいと思うのは。

 そのただ一人の『家族』が、この世の全てを滅ぼそうとしている邪竜ギムレーであるのだとしても。

 誰が糾弾出来るのでしょう。

 ……それが真実愚かな事であるのだとしても、私には『父さん』さえ居てくれるのなら、正しさも真実も、何も要らないのです。何故ならば。

 

 私は、邪竜ギムレーの『娘』なのだから。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 滅び行く世界でも、ヒトは無意味に抗い死んでゆく。

 或いは。死を恐れ、自らの心の拠り所を探して……そうして信仰に己の未来を委ねて、神に祈りを捧げ死に行く。

 実に愚かだ。神などに縋った所で救われる事など無く。

 そして、ヒトなど幾ら群れようとも、武器で己の身を固め、高く城砦を築いた所で、ギムレーに敵う筈も無い。

 彼我の絶対の差を理解して、それでも抗い、そして絶望のままに死に行く。ギムレーにとって良い玩具ではあるが、ヒトのそう言う精神性は理解出来るモノではない。

 

 追い詰められ滅び行く人々が縋ったのは、ギムレーに対抗出来る存在であると信じられている神竜ナーガであり。

 そしてその力の一端を行使し、かつて邪竜を封じた英雄のその末裔。聖王クロムの遺児である、ルキナ王女だ。

 ファルシオンを振るう事が出来る彼女は、彼女の父が亡き者となってからは、この世で唯一ギムレーに抗する事が出来るかもしれない存在であった。

 尤も、あくまでも「かもしれない」と言うだけであって、ギムレーにとっては何時でも殺せる虫ケラでしかない。

 だからこそ、彼女を殺すのは一番最後……彼女以外の全てを殺し尽くし、命在る者無き荒野と化した世界で、思う存分に身も心も嬲ってからにしようと思っていたのだが。

 そう言う思惑で生かしておいたのが裏目に出たのか。

 ギムレーに抗する者達の牙城となっていたイーリス城もあっさりと落とし、後は僅かに残った各地の小さな集落を虱潰しに潰すだけの状態になったその時。

 

 今の今まで静観してきた……現世に干渉する為の肉体もその媒体も持たぬが故に静観せざるを得なかった神竜が、ギムレーの襲撃から逃げ延びた……正確にはわざと見逃していたルキナ王女を己の領域に招き。

 そしてあろう事か、彼女を『過去』へと送り出したのだ。

 ギムレーの復活を、「無かった事」にする為に。

 

『覚醒の儀』の果たした存在が居らず、その力を行使する為の傀儡が存在しない状態でのその様な荒業の強行だ。

 事態を察知しギムレーが神竜の領域に侵攻したその時には、神竜の存在は半ば消滅しつつあり、ギムレーの吐息一つで呆気なくこの世から完全に消え去ってしまった。

 数千年に渡り因縁があった存在の呆気無さ過ぎる最後に、喜び以上に複雑な思いがあったが……。

 

 神竜の存在の消滅よりも問題なのは、『過去』へ跳んだルキナ王女の行方だった。

『過去』を変える事は非常に難しく。

 そして一つの過去を変えた所で樹木の枝の様に無数に伸びた枝の一つを切り落とした程度の影響にしかならず、大勢に影響がない事の方が多い。

 例えば、ルキナ王女が跳んだ先が十数年前の世界であったとしても、そこでギムレー復活を阻止する事はほぼ確実に不可能であるし。何より、復活を阻止した所で、それは新たな歴史の枝を作り出すだけで、今ここに存在するギムレーが消滅する訳でも無いのだ。

 だが、しかし。

 もしも、ルキナ王女が跳んだ先が、十年数十年程度の過去ではなく…………更に遥かなる過去、三千年近く昔の、ギムレーと言う存在がこの世に生み出されるその前なら。

 ギムレーがこの世に存在する事そのモノを変えられてしまえば、それは今ここに存在するギムレーにも大きな影響を与えてしまうであろう。

 例えるならばそれは、大樹の枝を切り落とすのではなく、大樹の幹その物をも切り落とす行為に限り無く近い。

 実行するルキナ王女とて無事では済まないだろうが、捨て鉢になったヒトは何を仕出かすか分かった物ではない。

 

 ルキナ王女が何処に跳んだのか探ろうとしても、その『過去』への軌跡は分かっても、それが何処に繋がっているかは分からなかった。

 屍兵を可能な限りその『過去』へと送り込んでみたが、指揮する者が居ない屍兵などただの獣と同じでしかなく。

 曲がりなりにも今の今までこの滅び行く世界を生き延びてきたルキナ王女を始末するには余りにも心許無い。

 

 ギムレーは、どうしたものかと思案する。

 ルキナ王女の『過去改変』の影響は捨て置く事の出来ぬモノであり、早急に何かしらの対策が必要だった。

 そしてその為には、その『過去』へと直接駒を送り込むなり、ギムレーが直接乗り込む必要があるだろう。

 

 駒……。今この場に於いて、その任を任せるに足る駒は、マークただ一人であった。

 マークはヒトのそれで見てもまだ幼いと言える年頃ではあるけれど、既に生半な大人達よりも強い。

 剣術などを始めとする武術も、魔法も、暗殺術も。

 歴戦の戦士たちであっても、マークに勝つのは難しい。

 特に、その戦術の知識や能力に至っては、歴史に燦然とその名を残す様な名軍師達と比べても劣らないだろう。

 幼いが故にどうしても足りない部分は、ギムレーがその血を与えるなりして如何様にも底上げ出来るのだろう。

 だが、しかし……。

 ヒトと言う存在の油断のならなさ悪辣さを思うと、如何に有能であろうと或いは超越した能力を与えていようと、それで安心出来る訳ではない。

 そして何よりも。『過去』に送り込むと言う時点で、それは駒としては回収不可能になる可能性の方が高いのだ。

 そうやって「捨てる」には、ギムレーにとって、マークは余りにも惜しい駒であった。

 だからこそ…………。

 

 

 

「仕方無い……。我が直々にあの小娘を追うか……」

 

 

 苦渋の決断にはなるが、そうせざるを得なかった。

 ギムレー自らが『過去』に乗り込むのは、屍兵やヒトを『過去』に送り込むのとは訳が違う。

 狭い穴に水を多量に含ませた海綿を押し込む様な物だ。

『過去』に辿り着く事は可能であろうが、その分喪うモノも途轍もなく多くなる。ギムレー程の強大な存在が『過去』へと遡ると言う事は、否応無しにそう言う事になるのだ。

 小石や木の葉を水面に投げ入れても大した影響は無いが、そこに水面と同じ様な大きさの大岩を投げ入ればその影響は計り知れない程に大きくなる。

 

 ある程度の均衡を保とうと世界自体に働く力によって、ギムレーの力は世界がその均衡を保てる程度にまで削られてしまうのだ。それは、ギムレーの力が強大であればあるだけ、決して逆らえぬ摂理である。

 故に、ギムレーにとっては苦渋の決断に他ならない。

 

 

「待って父さん! 私も一緒に……!」

 

 

 苦い顔をするギムレーに、マークは必死な様子で言った。

 強大な存在が過去へと遡る事の危険性を、マークもギムレーから教わった事があったが故に知っているのだ。

 

 時を超える術自体は、古の【竜族】は既に手にしていてそれを活用してもいた。

 過去へ、未来へ。そうやって時の流れを旅するだけでなく、ある程度までならば世界の時間その物を巻き戻す力すら持っていたのだ。古の時代に、異端の神竜族であったミラが作り出した『ミラの歯車』もその力を基にしていた。

 だが、時の流れにすら手を出せる力があったと言うのにも関わらず、【竜族】達は種の衰退の未来を変える事が出来ず、終には滅び去った。……一部の【竜族】は人間の姿に変わる事で何とか生き延びたが……。

 最早それは【竜族】としての力も技術も文明も喪った存在であり、【竜族】としては滅びたと言うべきだろう。

 さて、何故『時』すらその手中に収めた筈の【竜族】が自らの滅びの定めを回避出来なかったのかと言うと。

 答えは極めて単純で、『時』を操作すると言うそれ自体が、【竜族】の種としての寿命を格段に縮めてしまっていたからだ。……尤も、それに気付いた時には、【竜族】の限界は、もうどうする事も出来ぬ段階まで進んでいたが。

【竜族】の干渉によって乱れに乱れた『時』の流れは、まるで【竜族】の存在自体を排除しようとするかの方向に、その大いなる流れを動かしてしまったのだ。

 限界まで捩じられ引き絞った弦が、千切れてしまう前に弾ける事で、その全ての歪みを解消しようとした様に。

 大いなる【竜族】達は、その高度な文明の果てに『時』に手を出してしまったが故に、滅び去る事になったのだ。

『時』を操る力にさえ手を出さなければ、もしかしたら今もこの世界は【竜族】達の繁栄の中に在ったかもしれない。

 ……尤も、全てはもう終わってしまった事なのだが。

 そしてそれ故に、『時』に干渉する事は【竜族】達にとっては絶対の『禁忌』となっていた。

 尤も、人間と化した【竜族】からはその力は喪われているし、異端の神竜族であったミラとドーマが死んでからは『ミラの歯車』もその力を喪っている。

 その為、『時』に干渉する者など存在しなくなった筈なのだが……。しかし、ナーガはそれを犯したのだ。

 そこまでしてギムレーが全てを滅ぼし尽くす事を阻止したかったのか、或いはもっと別の打算があったのか。

 何にせよ、ナーガは『禁忌』を犯した。

 過去へ送り出したのはあくまでもルキナ王女と数名程度の人間だけなのは、数人の人間程度の影響力ならばそう大きな歪みにはならないと判断したのか……。

 どうであれ、ギムレーもまたその『禁忌』を犯さねばならぬのだ。娘としては、『父』がその様な危険を冒すとなると、気が気では無いのだろう。尤も、マークが言い出さなくても、ギムレーはマークも共に連れて行っただろう。

 力の減衰が何れ程のものになるかは分からないが、力を温存する為にも優秀な手駒は必要になるのだから。

 

 そして、ギムレーとマークは共に、ルキナ王女を追って『過去』への旅路を行くのであった。

 

 

 

 

 

 

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