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「運命の時」まで「父」を守り、そして無事にギムレーへと覚醒させる。……それが、マークの目的だった。
『黒炎』の情報でペレジアにまで誘き寄せられた「父」達は、そこで所持していた不完全な『炎の紋章』を奪われた。
それは想定通りの行動ではあったが、ファウダーは「父」を操る事で聖王から『炎の紋章』を奪わせたのだ。
それは「父」を追い詰め絶望させる為の筋書きではあるのだろうけれども、ルキナ王女を排除出来ていない状態でその様な奥の手を晒す事は余りにも不可解な事であった。
父はこの様な行動をファウダーに赦したのだろうか?
それともファウダーの独断による暴走なのだろうか?
マークは色々とその事態に関して考えてみたが、その答えは出なかった。
もしそれが父の命に依るモノであるとするのならば、どうしてマークは何も知らされていなかったのだろうか。
無論、「父」の傍に居るマークに父の手の者が不用意に接触する事は出来ないのは分かっている。
だがそうだとしても幾らでも方法はあった筈だ。
実際、そう頻度は多くは無かったが、こうして潜入してからも、夢などを介して父がマークに接触してきた事は幾度もあった。
方法が無い訳では無いのだ。なら、何故。
ファウダーの独断専行であったと考える方が納得がいくが、その様な行動を父が許すとも思えなかった。
だが、しかし、と。そうマークが困惑しているその最中。
マークが危惧していた事態が起こってしまった。
かつての未来で起きた「裏切り」の絡繰りを理解してしまったルキナ王女が、未来の脅威を排除しようとして「父」にファルシオンを向けたのだ。
結局、「父」への「情」によって彼女は「父」を殺す事は出来なかった。
……尤も、ルキナ王女がその剣を止めない様であれば、マークが彼女の命を奪っていただろうが。
何であれ、ルキナ王女のその行動が「父」に何か悪影響を与えてはいないだろうか、それが父の計画を狂わせてしまうのではないかと、そう心配したけれど。
しかしマークの心配を他所に、想定外のアクシデントは起きたが、それでも順調に「運命の時」へと向けて全てが動いていた。
……少なくともそう見えていたのだ。
だが、マークは「父」の強かさと慎重さを見誤っていた。
……その事態に気付いた時には、もう手遅れであったが。
仲間達から分断された状態でファウダーとの戦闘を余儀なくされた「父」達は、ファウダーによって一時的に自我を操られた「父」がその手で聖王を殺す事によってその絶望を以て邪竜ギムレーへと覚醒する。
それが父の描いた筋書き……かつて父が「人」であった時にその身が経験した「過去」であった。
その「過去」をなぞる様に、全ては動いていた筈だった。
だが……それはマークにとって予想もしていなかった形で覆されてしまった。
父にとって、そしてマークにとって、「取るに足らない」と判断されていた盤上の駒。
既に取り除かれたと誰もがそう思っていた筈の者は、己の死を装いながら潜伏し、ギムレー教団の監視の目が「父」に集中していた事によるその監視網の隙を突いて、「運命」を覆す為に暗躍していた。
そして、その全ての筋書きを用意したのは「父」であったのだ。
何も知らずに「運命の時」を迎える筈であった彼はその実、その未来を父の記憶を「悪夢」と言う形で断片的に覗いた結果朧気ながらも予見していて。
それを覆す為に、自らに何者かの監視が付いている事を察知した上で行動していたのだ。
それを、マークは見抜けなかった。
いや、マークどころか、聖王も、そしてルキナ王女も。
「父」と、その手駒として動いていた西のフェリア王バジーリオ以外の誰も、「父」がその様な策を用意していた事を知らなかった。
敵を騙すには先ずは味方からと言わんばかりに、「父」はその全てを必要最小限の者達以外から隠し通していた。
「神軍師」と言うその称号も、伊達では無かったと言う事であるのだろう。
……だが、そうやってファウダーに操られる未来を変えたのだとしても、そしてファウダーを倒したのだとしても。
それでも、この場に『宝玉』と『炎の台座』が揃っている以上は、「父」を邪竜ギムレーに覚醒させる事は可能な筈であった。
父は『覚醒の儀』の手順を知っているのだ。
「父」に対してそれを行う事は十分に可能である。
だから、父はそうするのだろうと、マークはそう思っていたのだけれども。
しかしマークの予想に反して、父は「父」に無理矢理『覚醒の儀』を行いはしなかった。
父は、ギムレーとして覚醒する「父」の為に用意されていた贄を喰らう事で力を取り戻し、【竜】としてのその本来の姿を形作ろうとする。
そして、邪竜ギムレーは蘇ったと、そう宣告した。
……だが……。
用意された贄を喰らっただけでは、足りない筈なのだ。
その程度では到底足りないからこそ、父はギムレーとして覚醒した「父」と一つになろうとしていたのだから。
それを知っているマークは、贄を喰らった力で【竜】としての姿を取り戻しゆく今の父の状態が酷く不安なモノである事をよく知っていた。
本来の力の半分にも満たない状態である筈なのだ。
だからこそ尚の事。
どうして「父」を捕らえ『覚醒の儀』を行おうとしないのかが分からなかった。
邪竜ギムレーが蘇ったその余波で『竜の祭壇』が崩落し始めたその混乱の最中、マークは「父」の傍を離れて父の下へと向かった。
「父」を監視し護衛する命はまだ解かれていないが、当初の筋書きから外れた現状では、その任よりも父の事を優先すべきだと思ったのだ。
『竜の祭壇』を脱出しようと、祭壇の奥にまで入り込んでいたイーリス軍が混乱しているその最中。
マークは、確かに「父」が自分を呼んでいるその声を聴いた。
それに振り返る事無く、マークは【竜】の姿へと変わりつつある父の下へと駆け寄るのであった。
◇◇◇◇◇
父に、独断で「父」の下を離れてしまった事を咎められる事は無かった。
完全ではないものの力を取り戻した今、その程度は父にとってはどうでも良いのかもしれないし、或いはそれに気を払う余裕が無いのかもしれない。
贄を取り込む事で力を取り戻し【竜】としての身体を取り戻したのではあるけれど。それでも完全な状態ではないが故にそれは酷く不安定で。
今の父は、【竜】としての身体とは別に、「人」の身体も同時に存在させなくてはならないと言う酷く不安定で歪な状態になっていた。
「父」を取り込めば、そして彼の奥底でまだ眠りに就いている邪竜ギムレーとしての力を喰らって一つになれば、父の状態は安定し、そしてかつて以上の力を得る事も出来る。
父は、マークに対してそう説明した。
……だからこそ、マークは解せなかった。
あの時、独断で「父」の傍を離れなければ、今も「娘」としてその傍に居れば。
その隙を突いて「父」の身柄を確保する事も出来たのだろう。
その機会を、マークは自ら捨て去ってしまったのだ。
それなのに、父は何も言わなかった。
それどころか、不自然な程にマークを「父」に近付けようとはしなかった。
失態を挽回する為にも、混乱の最中に『炎の紋章』を奪取しそして『覚醒の儀』を行い神竜の力を借り受けようとしている聖王や「父」達を、『覚醒の儀』を行われる前に襲撃しようと、屍兵達を借り受けてマークが奇襲をかける策を父に進言した事もあった。
屍兵の運用にも慣れているマークならば、単調な作戦行動しか取れない屍兵自身に任せるより、そして他の教団の者達に任せるよりも、より高度な作戦を実行出来るし、借り受ける屍兵の質にもよるがイーリス軍を相手取って勝つ事だって出来るだろう。
……だが。
父は、屍兵達にイーリス軍を襲撃させたものの、マーク自身には出撃を許可しなかった。手駒としては最も有用な者である筈なのに。マークは任されなかったのだ。
初めての事態に、マークは狼狽えた。
父は、自分の愉悦に関する事以外では、極めて合理的に行動する者だ。
それなのに、最も合理的と思われるのにマークに役目を与えなかった。
それは、父から最早マークは役に立たないモノだと見做されているが故だろうか。
その想像はマークにとって余りにも恐ろしいモノであった。
役に立たないと、不要な駒であるのだと。
そう父から判断され、もう父の役には立てない。
父にとって、『無価値』な有象無象に成り下がる。
己の価値の全てが父を中心にして存在しているマークにとって、その事実は余りにも残酷で。
この世で起こり得る何よりも恐ろしい事だった。
マークにとって、死は……自身の存在の終焉は恐ろしくもなんともない事だ。
所詮は「人」でしかないマークは父と違ってそう遠くない内に死ぬ。
寿命が尽きるのでなくても、父が世界を滅ぼし尽くした時点で不要になったマークは処分されるだろう。それは最初から分かっている。
ただ……死ぬにしても、父の役に立って死にたかった。
父にとって価値がある「死」であって欲しいのだ。
この命の最後の一滴まで、父の為に使いたかった。
だが、父にとって自分の全てが無価値になったのなら、それは叶わない。
父にとって自分が目に映す価値すら無くなってしまったのなら、一体どうすれば良いのだろう。
マークは『邪竜の娘』だ。
例えこの身が「人」以外の何者にも成れないのだとしても、それでもそれ以外の生き方など知らない。それ以外の生き方を望んでいない。
なのに、それを否定されてしまったら……。
そんな不安に苛まれ続けていたマークであったが、しかし父はマークを処分したりする事は無く、またその存在を無視する事も無かった。
少なくとも、その表層上は以前と何も変わらない様に見えたのだ。
だからこそ、マークにとっては余りにも不可解であった。
何かがおかしい事は分かるのに、その原因も、そしてどうすれば良いのかが分からない。
それなのに時間だけは刻一刻と過ぎて行くのだ。そして。
結局、屍兵達だけでは「父」たちを止める事は出来ず、聖王は『覚醒の儀』を果たして神竜の力を得てしまった。
神竜の力を得たからと言って、「人」でしかない聖王たちと、強大な【竜】である父との差がそう縮まった訳では無い。
……だが、聖王たちが父を封じ得る手段を手に入れた事には最大限の警戒をせねばならないし、何よりも今の不安定な状態の父ではその本来の力の半分も引き出せない事の方が問題であった。
時間さえあれば少しは安定させられるかもしれないが、今の状態では神竜の守りを突破して一息でイーリスの城下を焼き払う様な無茶は出来ない。
そんなマークの不安は的中し、聖王たちとの決戦の火蓋は父の【竜】の身体の上で落とされたのであった。
◇◇◇◇◇
神竜の余計な手出しによって本来なら来れる筈も無い、広大な【竜】の背の上に完全に武装した聖王たちが現れた。
考えられる事態の中でもかなり悪い方ではあったが、ある意味では標的である「父」が、のこのこと父の手の内に落ちてきたと考える事も出来なくは無い。
何にせよ、聖王たちを倒し、そして「父」を取り込めさえすれば、父の目的はやっと叶うのだ。
父と「父」たちとの力の差は未だ歴然としていて、そして手駒となる屍兵は無尽蔵に近い程にまだ残っている。
戦力としてはこちらが上である。
勝てる戦いである筈だ。
……それでも、こびりつく様な不安を拭い切れなかった。
「父」達は『竜の祭壇』の混乱の最中に喪ってしまったと思っていたマークが父の傍に在る事を驚き、そして口々に戻ってくる様にだとか、目を覚ませだのと言い募ってくる。
だが、それにマークが応える事は、当然ながら無い。
父は聖王たちを人質として「父」に自ら降伏し一つになる様にと迫り、そして「父」が迷っている間に強引に己の内に引き摺り込んだ。
そして、抵抗するその心も力も削いで、ゆっくりと同化させようとしたその時。
忌々しい神竜の邪魔が入ってしまった。
息も絶え絶えの状態になっていた聖王たちを回復させ、そして【竜】の領域の中で孤独に融けていくしか無かった筈の「父」の下へと彼らの声を届かせ、その繋がりを利用して「父」を領域から釣り上げたのだ。
父にとっては、同化しようとしていたその矢先にそれを無理矢理引き剥がされた様なものである。
神竜の横槍によって父が表面上はそうは見えなくとも少なくないダメージを負ってしまったのが、マークには分かってしまった。
これで、父は【竜】としての力を存分には揮えなくなってしまった。
もう一度無理矢理「父」を取り込む事も難しい。
少なくとも、抵抗など出来ない程に叩きのめしてからでないと出来ないだろう。
唯一喜ばしい点があるとすれば、死の淵に在った聖王たちを無理矢理回復させるなどと言った荒業を敢行した神竜の側も、もう何か余計な横槍を入れる余裕など無いであろうと言う事だ。
少なくとも、この戦いに決着が着くまでは、現世にロクな介入など出来やしない。
「奇跡」は、一回きりなのだ。
だから後はもう、暴力と暴力のぶつかり合いで決着を付けるしかない。
父とマークにとっても、「戦い」になるのはこれが最後になるのだろう。
勝って父が完全に力を取り戻せば、この先に在るのは「戦い」ではなく、終始一方的な虐殺でしかないのだから。
マークが駒として父の役に立てるのもこれが最後であるのかもしれない。
だからこそ、負ける訳にはいかないのだ。
父と二人で屍兵の大軍を指揮し、イーリス軍へと突撃させる。
イーリス軍はその屍兵の荒波に、「父」と聖王の指揮で対抗してゆく。
人と屍兵がぶつかり合い、互いに押し合い潰し合う。
屍兵は無数に召喚され続け、一体が倒され塵に還ったとしても直ぐ様その塵を振り払う様に後続の屍兵が押し寄せていく。
単純明快なまでの物量戦を仕掛けられるのが屍兵の利点だ。
死の恐怖も何も無いが故に、命じたそれを愚直なまでに実行する。
使い方を誤ればただの木偶の坊にしかならないが、戦術を駆使し指揮出来る者が居れば、それは死を恐れない最強の群れになるのだ。
尽きる事無く押し寄せる屍兵達によって、イーリス軍は次第に押され周囲を包囲されていく。
だが、もう擂り潰されるのを待つばかりの状況になっても、「父」達の目に諦めは無かった。
そして、信じ難い事に、少しずつ少しずつであったが、屍兵の荒波を押し返してくる様になったのだ。
何故なのか、マークには全く見当も付かない事であった。
屍兵たちは死を恐れる事も無くそして疲れでその性能が劣化する様な事も無い。
思考能力に乏しい欠点はあるが、それもマーク達の指揮によって補われている。
それに対して、「人」は死や生命の恐怖に晒されてはその正常な能力を発揮出来ぬ事も多く、何よりも動き続けていれば容易に疲労しその能力は落ちる。
それでいて、どうして諦めないか。
どうして抗おうとするのか、どうしてその目には絶望以外が灯るのか。
それが全く理解出来ない事であった。
自分達に神竜が付いている事への信頼なのか。
或いは、彼等にとって、「父」や……そして聖王の存在とは、恐怖すら振り払う程の希望であるのか。
全く分からない。だが、理解を超えたそれは、傾き今にも落ちかけていた天秤の皿を押し上げ、それどころかその均衡を更に傾けようとすらしていた。
次第にこちら側に不利に傾きつつある戦況をどうにか支え立て直す為に、屍兵を指揮するだけでなくマーク自身も戦いの駒として戦闘に加わった。
魔法を放ち、剣を振るい、必死に「父」達と切り結ぶ。
父も、泰然とした態度から、本気で目の前の障害を排除する為に力を揮い始める。
それでも、止まらない。
夥しい血が【竜】の背の上に流れ、それ以上の塵が風の中に溶けていった。
中天から離れつつあった日は既に傾き、世界を赤と橙に染めている。
そんな西日が世界を照らす中で。
父は、聖王を前にして膝をついていた。
そして、魔力を全て絞り尽くすまで使い果たし、身動きの取れぬ様に拘束されたマークは、何もする事が出来ない。
ただ黙って、全てが終わってしまうのを見ている事しか出来ない状態にあった。
本来は、勝てていた筈なのだ。
【竜】と「人」。
何れ程「人」が群れようと、何に縋ろうと、その力の差は何をしても覆す事など出来ないのだから。
いや、こうなる前に決着を付ける為の選択肢は無数にあった筈だった。
それでも、マークはそれを選べなかった。
そして、父もそれを選ばなかった。
その理由が何であれ、マーク達は勝てなかった。
父は、マークは、負けたのだ。
聖王の身に宿った神竜の力によって、父は千年の眠りを与えられるのだろう。
……「人」でしかないマークが父と再び巡り逢う事は、二度と叶わない。
喪ってしまう、と。その恐ろしさにマークは震えた。
マークにとって、父は絶対の存在であった。
弱く儚い「人」と違いその身に死など訪れる事は無く。
マークが死んで骨になり、その骨が塵に還った遥かな先の未来でも永遠にこの世に在り続ける存在。
それがマークにとっての父、邪竜ギムレーと言う存在であった。
マークが何時か父よりも先に死ぬ事など最初から分かっていた。
だからこの命を父の為に使いたかった。
だけれども、父が先にマークの前から消えてしまう可能性など、一度も考えた事など無かった。
「封印」は、「死」とは違う。
「封印」されたからと言ってその存在が「零」になる訳では無く、千年の後には再びこの世に蘇るのだろう。
だけれども、その千年の後の世にマークは決して存在出来ない。
「時の扉」を開いてその遥かなる「未来」を目指すのだとしても、ただの「人」でしかないマークにはそもそも「時の扉」を開く事など出来はしないし、この世にマークの目的の為に千年後に繋がる「時の扉」を開ける者など存在しないだろう。
「封印」されてしまったら、マークは父を永遠に失う事になるのだ。
それは、父にとって自分が『無価値』になる事以上に、マークにとっては恐ろしい事であった。
「父さん……!」
父を呼ぶマークのその声は、聴き間違える事など無い程に震えていた。
だが誰に何を乞うた所で、父が「封印」される未来を変える事は出来ない事も分かっている。
「父」たちにとって、「人」にとって。
邪竜ギムレーの存在を許す理由などこの世には何一つとして無いのだから。
忌避され憎悪され……「人」がそう言った感情を向けるに十分過ぎる程の行いを、父とマークは「人」に対し行ってきた。
実際、逆であるならば誰がどんな命乞いをしようとも一顧だにせずに皆殺しにしていただろう。
だからこそ、マークが何を言っても無意味だ。
それでも、父を呼ばずには居られなかった。
この世でたった一人の父なのだ。
マークにとっての全てなのだ。
だからどうか、奪わないで欲しいのだ、と。
そんな余りにもムシが良過ぎる願望を、恥知らずにも、或いは己の罪科を弁える事も無く、そう叫びたかった。
だが、その言葉はマークの喉から零れ出る事は無かった。
「役にも立たない虫ケラが、我を「父さん」、だと?
身の程を弁えろ。我はお前の「父」などでは無い」
父は、未だ嘗てマークに向けた事など無い様な。
『無価値』なモノを見る様な眼差しを向けて、吐き捨てた。
突然のその言葉に、マークは思考を停止させる。
どうして、何故、と。
その様な想いばかりがグルグルと頭の中を廻り続け、何も言えない、何も出来ない。
マークへの暴言に、「父」たちは益々険しい顔を父へと向けた。
その眼には、軽蔑にも等しい感情が混ざっている。
「少しは役に立つ手駒になるだろうかと思って、器達から逸れていたお前を攫って偽りの記憶を与えてみたが……。
全く何の役にも立たんゴミでしか無かった様だな。
偽りの記憶に支配され、我に「父さん」「父さん」と纏わりつくその様は愉快であったが……」
「黙れ! それ以上口を開くな!!」
嘲笑する様にその口の端を歪めた父に、「父」は怒りを抑える事も無いままに吐き捨てた。
そして、聖王は父に止めの一撃を与える為に神竜の力を宿したファルシオンを振り上げる。
既に満身創痍の父には、もうそれを避ける力など残っていない。
己を切り裂き、千年の眠りを与えるであろうその刃を憎々し気に見上げた父は。
だが何故か、その口元に。
『娘』であるマークでなければ気付けない程本当に微かに、満足気な「笑み」の様なモノを浮かべた。
それは決して、つい一瞬前までマークを侮蔑し嘲笑うかの様に浮かべていた酷薄なモノとは全く違うもので。
それを見た瞬間、マークは──
次の瞬間、今にも途切れそうな意識の中で。
心臓が潰れてしまいそうな程の痛みと、そして肩口を大きく切り裂かれた焼け付く様な激しい痛みがマークの身を蝕んだ。
既に尽きていた筈の魔力を無理矢理に絞り出しての空間転移は、マークの身に不可逆な死を決定付ける。
だが、マークはまだここで死ぬ訳にはいかなかった。
マークは、抱き縋った父の身体を何があっても決して離さぬ様に強く抱き寄せる。
そして、突然に目の前にマークが現れそれを斬り捨ててしまった事に動揺する聖王や「父」達に構う事無く、再び空間転移の魔法を使った。
それが、己に出来る最後の献身であると、そう信じて。
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