◆◆◆◆◆
勝てる筈だった。
相手は取るに足りない虫ケラ共だと、そう思っていた。
それでも、少しでも自らの身を脅かし得る存在に対し、ギムレーは全力で相対した。
だが……油断したつもりは無いが、そこに慢心が無かったとは言えない。
何であれ、ギムレーは聖王たちに敗北した。
千年前と同じ様に……或いは二千数百年前のあの閉ざされた闇の底での戦いと同じ様に。
勝てる筈だった。負ける筈など無かった。
相手はギムレーからすれば取るに足りぬ「ヒト」でしかなく、例え【竜】にとって脅威である神竜の力を得ているのだとしても、それはほんの欠片程度でしか無く。
地を這う蟻の群れが人の靴に噛り付いても何の意味も無い様に、ギムレーにとって脅威とは成り得ない筈だった。
二千年前よりも、ギムレーは力を付けた。
千年前よりも狡猾さを学び、ヒトが持つ脅威を知った。
今度こそ、全てを滅ぼす筈だった。今度こそ、狭い瓶の中で育てた憎悪を以てこの世の全てを破壊する筈だった。
だが、それでも勝てなかった。
ヒトなど虫ケラでしかない筈なのに、それでもギムレーは三度ヒトに敗北した。
一体何が間違っていたのだろうか。一体何を見落としていたのだろうか。
一体、何を選ぶべきだったのだろうか。
運命の最大の分岐点は、過去へと向かったルキナ王女を追った事なのだろう。
或いは、無理矢理にルフレをギムレーに覚醒させて取り込めば良かったのだろうか。
恐らく、こうして敗北する事無く勝利を収め世界を滅ぼす可能性は当然あった筈なのだ。
だが、そうである筈なのにギムレーは敗北した。
存在した筈の可能性の悉くを、ギムレーは選ばなかったのだろう。
何故なのか、それはギムレー自身にも分からなかった。
敗北し、千年の「封印」を避けられぬ状況に至った時。
ギムレーの心を過ったのは『娘』の事であった。
千年の眠りは屈辱であり憎悪し忌避すべきものではあるけれども、それは「死」ではない。
だが、ギムレーが封じられ後に遺されたマークを待つ運命は、「死」以外の何物でも無いだろう。
世界の破滅に加担した者を、見逃す程聖王たちも愚かではあるまい。
マークの「未来」を考えた時、ギムレーは今の己に一体何が出来るのだろうかと考えた。
ルフレ達は今もマークに対し一定以上の「情」がある様であり、こうしてギムレーの側に付き敵対していても何処かそれを受け入れ難く思っている様であった。
だから。
ギムレーは、マークを突き離した。
洗脳され付き従っていただけの「被害者」であるのだと、『邪竜の娘』などではなく、ただのヒトの子供であると。
そうルフレや聖王たちが理解する様に。
ギムレーが封じられた後の世界で、マークが生き延びる事が出来る様に。
ギムレーの言葉によって、マークの顔色が見る見る内に固く険しいモノになるのが見えた。
信じて付き従っていた筈のギムレーに、この様な状況で斬り捨てられたのだ。
自らの存在の足場の全てが突如崩れ落ちてしまった様に感じているのかもしれない。
……マークには、恨まれるのだろうか?
それは分からない。だが、それでも良いと、ギムレーはそう思った。
どうせこの身はこの世の全てから憎まれ否定されている存在なのだ。
娘から恨まれる程度、今更何も変わらない。
千年後、そこにマークが存在する筈は無いけれど。
もしかしたら、マークの血を継ぐ者達が何処かに居るのかもしれない。
……そうであるならば、千年の後の世でその者に会ってみるのも良いだろう。
マークの様に『我が子』として傍に置くかは分からないが、それは千年の後の世での楽しみの一つになる筈だ。
だけれども、自らに終わりを齎す一撃はギムレーの身を切り裂く事は無かった。
その代わりに、ギムレーは突如現れたマークによって抱き締められ、聖王が振り下ろしたファルシオンはマークの身を深く切り裂く。
そして次の瞬間には一瞬の意識の空白の後に全く見知らぬ場所にギムレー達は居た。
空間転移の魔法であると、ギムレーは直ぐ様気が付いた。
だが、マークには最早その様な高度な魔法を使えるような魔力は既に残されていなかった筈だ。ならば。
ギムレーの身体を強く抱き締めていた筈のマークの身体が、まるで糸が切れた操り人形の様に力を喪い、ギムレーの身体に寄り掛かる様な形で崩れ落ちた。
ギムレーはその身体を咄嗟に抱き締め、抱え直す。
その背中を大きく切り裂いたファルシオンの傷痕から溢れる様に流れ続けるその赤い血は、塞がる様な気配など全く無く、その命の砂を零し続けている。
だが、それ以上に。魔力が枯渇した状態で無理矢理に魔力を絞り出した事が命を燃やし尽くしてしまっていた。
枯渇していた筈の魔力を無理に引き出し、空間転移を二度も行ったその代償は余りにも重かった。
今のマークに残されているのは、命の燃え滓に残ったその余熱だけだ。
それですら、もう間も無く尽き果てるのだろう。
それは、ギムレーですらどうする事も出来ない。
その死の定めをどうやっても覆せないのだ。
もし、今のギムレーが満身創痍でなければ、或いはこの身に本来の力が戻っていれば……。
……だが、それでも不可能であっただろう。
その命の器自体がひび割れ壊れてしまっているのだ。
そこにどんな力を注いでも、それを元に戻す事など出来ない。
神すらも凌駕する力を持っていたとしても、ギムレーには何かを癒し修復する力など無いのだから。
……屍兵にする事ならば、出来たのかもしれない。
生前の性能を殆ど劣化させる事無く屍兵に変える事ならば、出来たのだろう。
それでもギムレーには、マークを屍兵に変える事が自分に出来るとは思えなかった。
「とうさん……」
半ば黄泉路を下りつつあるマークは、震える声でギムレーを呼ぶ。
それに何も言えないまま、ギムレーは血の気を喪いゆっくりと冷えていくマークの手を握った。
「にげて……ください……。わたしを、たべて……。
すこしでも力を……とりもどして……。
いつか……、力を、かんぜんに……とりもどして……。
そして……」
「もう良い……喋るな……」
黙らせたとしても、マークの命はもう助からない。
それは分かっているのに、それ以上マークの言葉を聞き続ける事に、ギムレーは耐えられなかった。
ギムレーの腕の中で、マークは震える声で問う。
「わたしは……とうさんの、やくに……たてましたか?
わたしは……とうさんの、むすめとして……ちゃんと、とうさんのために、……なにか、できましたか……?
わたしは、とうさんのむすめだと、そうおもっても……」
震えるその声には、次第に光を喪っていくその瞳には。
懇願し訴えかける様な感情が籠っていた。
……何故、その様な目を向けるのだろう。
何故、その様な事を問うのだろう。
ギムレーは、マークを突き放したのだ。
マークにとって何よりも残酷な言葉の刃でその心を切り裂いたのだ。
それで何故、どうして……。
……ギムレーには、全く理解出来ないモノであった。
だけれども。
「……ああ、そうだ。お前は、よくやった。
お前は、我が娘として……『邪竜の娘』として、その役割を十分に果たした。
……お前は、誰がどう言おうとも、我が娘だ……。
我だけの、娘だ……」
ポツリポツリと、自然と喉から零れ落ちたその言葉に。
マークは、嬉しそうにその目を細め、そしてその口元を柔らかく緩ませる。
そして、その肺に残った最後の息を吐き出す様に、静かに溜息の様に言葉を零した。
「わたしは、とうさんの……むすめ、です……から……。
とうさんの……いちばんの……──」
そして、満ち足りた様に微笑んだまま。
マークは、ギムレーの腕の中で静かに息を引き取った。
途端に、命を喪ったマークの身体は重みを増す。
ギムレーは、マークを抱えたまま、その場を動かない。
何処かに身を潜める様な力すら、もうギムレーには残っていなかった。
……マークの身に遺された微かな【竜】の力を取り込めば、少しは動ける様になるかもしれない。
マーク自身も、それを望んでいたのだろう。
だがそれでも。
己の命を繋げる為に成すべき事は分かっていても。
ギムレーには出来なかった。
だからギムレーは何も言わず、マークの亡骸をその腕の中に抱いたまま、「その時」が訪れるのを黙って待った。
その胸の中に在るのは、永遠に答えの出ない疑問だけだ。
どうして、マークはギムレーの為に命を擲ったのか。
どうして、その心を無惨に切り捨てた筈のギムレーを最後まで想っていたのか。
マーク程の理解力があれば、あの場で何もしなければ自分は助かっていただろう事位は分かっていただろう。
ギムレーの事を最後まで慕うつもりなら、あんな風にその身を擲つのではなく、ギムレーを復活させる為の組織を密かに再興すれば良い事も分かっていた筈だ。
いやそもそも、ギムレーの復活に心血を捧げなくても。
ただ生き延びてくれるだけで。
本当にただそれだけでも、ギムレーにとっては良かったのだ。
だが、マークは……──
ふと背後に気配を感じ、振り返る。
そこに居たのは予想していた者では無かったが、それでも確かに此処に辿り着いてもおかしくは無い存在だった。
「……死んだのか……?」
誰が、等と一々言葉にする必要など無かった。
だから、ギムレーは、ただ一言。
「そうだ」、とだけ答えた。
ギムレーの腕の中で静かに眠るマークに目をやったルフレは、僅かに痛みをそこに映す。
「マークは、お前の娘だったのか……?」
「……ああ、そうだ。お前のではない。
我の……。……我が唯一、『娘』とした者だ」
「そうか……」
それ以上の言葉は、互いに必要無かった。
共に、マークを『娘』とした者なのだ。
「同じ」存在である以上に、その共通項だけで十分だった。
恐らくは神竜の力によってギムレー達の転移先まで追ってきたのだろうルフレは、静かにギムレーへと向き合った。
その横に聖王の姿が見えない事は意外だったが、ギムレーの訝しむ様な眼差しに、ルフレは静かに答える。
「神竜ナーガに頼んで、クロムよりも先に僕が来たんだ。
クロムもそう時間を置かず此処に来るだろうけど……。
でも、その前に僕が終わらせる。その為に此処に来た」
ルフレのその言葉に、彼が何をしようとしているのかを察したギムレーは、「ああ……」と零す。
「お前が……我を討つつもりなのか。
……確かにそれならば、我は真に消滅するのだろうな。
……だが、良いのか?
我を討つと言う事は、則ちお前もまた……」
己が完全に消滅するのだと言う事実に思い当たっても、ギムレーにはそれを拒絶しようと言う意志は無かった。
そもそも、身動きすら出来ない現状では、それを避ける術など何処にも無い。
だが、ギムレーはそれで良いとして、死を恐れそれから逃げ回る事を常とする「ヒト」であるルフレにとってその選択を選ぶつもりなのかは疑問があった。
だが、ルフレは静かに頷く。
「構わない。その覚悟はもう決めている。
お前のした事を僕は絶対に許さないけれど……。
だが、お前は僕でもあるんだ。
……そして、共にマークの「父」だった。
だから、その罪も何もかもを、僕が一緒に背負ってやる。
……一緒に逝ってやるよ」
「そうか…………」
別に、ルフレが共にこの世から消え失せる事に何の感傷も無いし、何の感謝も無い。
自己犠牲に酔っているだけではないのかとすらギムレーは思う。
だが、マークの「父親」だと言うその言葉には、僅かながら共感の様なものを抱いた。
しかし、ギムレーがそれを言葉にする事は無い。
ルフレは、その身に存在していた僅かな『邪竜ギムレー』としての力を以て、ギムレーの胸を穿った。
己に終焉を齎す一撃は、思っていたよりも静かなもので。
この身が静かに崩れ消え行くのを感じるだけだった。
ギムレーは、消えゆく中で腕の中のマークを見詰める。
「父親よりも、先に逝くか……。
全く、我が娘ながら、思い通りにはならぬな……。
……その様な事を、教えた覚えなど、無いのだが……。
ああ、全く……。
ヒトと言ういきものは、……度し難い……」
最後まで、ヒトと言う生き物をギムレーが理解する事は出来なかった。
『愛』も、ギムレーには分からない。ただ。
ギムレーがマークの『父』である事だけは、確かだった。
◆◆◆◆◆
かつて、この世界には『邪竜ギムレー』と言う名の、恐ろしく強大な【竜】が存在していたと、そんな伝説がある。
人の世の歴史に二度現れ世界を脅かしたその【竜】は、英雄たちの手によって完全に打ち滅ぼされたと言う。
その後、邪竜ギムレーの名はどの様な歴史書の中からも消え去り、二度とは現れなかった。
今では、そもそも『邪竜ギムレー』などと言う【竜】は実在しなかったのではないかとすら言われている程だ。
そんなお伽噺の様な伝説の中で、かつて英雄たちが世界の命運を賭けて『邪竜ギムレー』と最後の決戦に臨んだと伝えられている場所。
……かつては「始まりの山」と呼ばれていたその地に、人々の目から隠される様に、小さな墓が二つ並んで存在する。
長い年月を経る内に小さく削れてゆき苔生したその二つの墓には、どうやら最初から名前が刻まれた痕跡が存在しなかった。
それ故に、その墓に誰が眠っているのか、どの様な理由でそこに墓が存在しているのかを知る者は、この世には誰も居ない。
ただ……寄り添い合う様に並んだ二つの墓は。
永い永い時の中で完全に風化し崩れ去るその日まで。
何を語る事も無く、静かにそこに佇み続けるのだろう。……何時かの遠い過去の名残を、そこに留めながら。
そこに眠る者達の魂の小さな安らぎを、静かに守り続けるのだ。
◆◆◆◆◆
最初は短編集の方に投稿してたんですけど、微妙に長いので独立させました。
これにて、邪竜とその娘の話はおしまいです。
FEHの『想いを集めて』で何を話すのか、楽しみですね。
もし宜しければ、感想・評価をお願いします。
FE関連の作品として、
『FE覚醒短編集』(ルフルキ&ギムルキ&クロルフなど)
https://syosetu.org/novel/152474/
『王女の軍師』【完結】(ギムルキ、マルチエンド)
https://syosetu.org/novel/142011/
もありますので、もしご興味があればそちらもどうぞ。