『天泣過ぎれば』【完結】   作:OKAMEPON

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『天泣の虹』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「『呪い』とは、詰まる所【想い】であるのよ。

 相手を憎む気持ち、怨む気持ち、祝福する気持ち、愛する気持ち。

 自分の外へと向ける強い感情……強い【想い】と言うものは、『呪い』と言うものの根源に在るものなの。

 お伽噺とかに『真実の愛』が『呪い』を解く……と言う結末になるものが多いのは、『呪い』の本質が【想い】であるからこそ。

 クロムの『呪い』が解けたのも、そう言う事なんじゃないかしら」

 

 

 クロムの『呪い』が無事に解けたお祝いにとリズに招かれたお茶会で、サーリャは静かにそう零した。

 リズに解呪の経緯を強請られた為、自分の記憶と理解の整理がてら、記憶を掘り起こして(当然思い返せば恥ずかしい告白の部分やらは言葉を濁しつつ)説明していたのだけれど。

 何故あの状況で『呪い』が解けたのかさっぱり分からなかったルフレが、お伽噺の様な『真実の愛』によるものだと力説してくるリズに圧されがちになっていた所での、サーリャの一言である。

 

 

「それってやっぱり、ルフレさんの『真実の愛』がお兄ちゃんに掛けられていた『呪い』を打ち破ったって事だよね!?」

 

 

 それはもう……宝石の様に目を輝かせてリズは興奮気味に言う。

 何時の時代のどんな女性であっても、『真実の愛』なるものはどうやら多くの場合はその心の琴線に触れる物であるらしい。

 例に漏れず、リズもまたそうであった様だ。

 

「それは、えっと……どうなのかしら。

 だって、あの瞬間まで『呪い』は解けなかったのよ? 

 それまでだって、クロムの『呪い』を解こうと、何度も心から想っていたのに……」

 

 

 流石に口付けをしたのはあの時が初めての事であったのだが。

 だがまさかそんな、とルフレは思う。

 口付け一つで解ける様なものなら、もっと早くサーリャがその方法を見付け出していたであろうから。

 第一それでは、さっさとその方法を試さなかった自分が馬鹿だと言う事になるのであるし、その所為でクロムに要らぬ苦労や苦痛を与えてしまっていたともあれば流石に居た堪れない。

 

 サーリャは淹れたての茶の香りを楽しみながら、先程の発言に付け加えるかの様に言葉を重ねる。

 

 

「【想い】が『呪い』の根源であるとしても、【想い】そのものだけで既に掛けられた『呪い』を解くだなんてのは無理よ。

 特に、クロムに掛けられていた『呪い』は古く強いものだもの。

 その【想い】の力をより強く、相手へと伝える為の媒介や形と言うものはどうしても必要なのよ……。

 呪術の様に形式を整える事で【想い】に効率的に魔力を作用させて効果を現すものもあるけれど……ルフレの場合は『涙』がその効果をもたらしていたのだと思うわ……」

 

「涙が……?」

 

 

 ピンと来なくて首を傾げてしまったルフレに、サーリャは頷く。

 

 

「涙に限らず血にも、それこそ唾液にも、そう言った体液は呪術的には【想い】と魔力を媒介する強い力があるものなのよ。

 お伽噺とかの中でも、『真実の愛』とやらの為にキスをしたりするものが多いでしょう? 

 それは『真実の愛』を伝える為の『形』と言う意味合いもあるだろうけれど、それ以上に唾液などで【想い】を強く媒介している事も示しているとされているわ……。

 と、言っても、『呪い』たい相手にそうやって接触するのは大き過ぎる危険を孕んでいるから、真面な呪術師はやらないけれど」

 

 

 真面な呪術師、と言うその定義は何処にあるのかは謎だが、どうやらそう言った接触による『呪い』は一般的では無いのだという。

 これに反応を示したのはリズだった。

 

 

「えー、何で? すっごい力があるんでしょ?」

 

「相手の血などを『呪い』の媒介にするならともかく、自分のものを媒介にしようとすると、強く繋がり過ぎてしまうのよね。

 自分と相手に圧倒的な力の差があるならともかく、そうすれば普通だと相手を『呪った』分が自分にも大きく跳ね返ってきやすくなるものなの。

 相手を害する類の『呪い』を使うなら、それじゃあ流石に危険すぎると言うわけよ」

 

 

 ルフレの場合はクロムを助ける為のものだったから大丈夫なのよ。

 そう静かに言ったサーリャはテーブルの上に其々用意されていたお茶菓子を一つ摘み、つられる様にルフレも一つそれを口にする。

 流石は王族のお茶会、茶菓子まで最高級品だった。

 貧乏舌と言うか、ある程度以上なら何を食べても美味しいと感じるルフレには繊細な味の違いと言うモノはあまりよく分からないものではあるけれど。

 自警団の仲間であるあの甘い物好きな盗賊が目にすれば、きっと目を輝かせて踊り出してしまうであろう品々なのは流石に分かる。

 

 しかし成る程、涙は全くの盲点であった。

 思えばルフレが涙を流したのは、ルフレの記憶にある限りではあの時でまだ二度目でしかない。

 

 

「それでクロムの『呪い』が解けた……と言うのはまあ分かるのだけど、何で『呪い』が解けた後のクロムは無傷だったのかしら」

 

 

 無論、傷が治っていなくてはクロムはあのまま命を落としていたであろうから、その事自体に不具合がある訳ではないのだけど。

 ただただ不思議に思えるのだ。

 

 

「そうね……もしかしたら今のクロムは、『解呪』されたのではなくて、新たな『呪い』で塗り潰した状態なのかもしれないわ」

 

「それじゃあまたお兄ちゃん、狼になっちゃうかもしれないの!?」

 

 

 サーリャの言葉にリズは慌てたように声を上げ、ルフレもその事に関して気が気では無かった。

 もしそうであるならば、何かの拍子であの『呪い』を塗り潰した方の『呪い』が弱まったり解けてしまった場合、クロムはあの状態……狼の姿のまま息絶える直前の状態になってしまう。

 それだけは、何としてでも避けなければならない。

 

 そう思ったルフレに。

 ……何故かサーリャは、何処か面白くなさそうな表情で答える。

 

 

「クロムに新たな『呪い』を掛けたルフレのその【想い】が無くなったりしない限りは、クロムがあの『呪い』に侵される事は無いわ。

 そんなに心配なら、キスでも何でもしておけば良いんじゃない?」

 

 

 その言葉に、リズは手を叩いて大喜びした。

 

 

「なーんだ! それなら絶対大丈夫そうだね! 

 だってお兄ちゃんとルフレさん、見てるこっちが恥ずかしくなる位にラブラブなんだもん!」

 

 

 いや確かに違うとは言わないけれども。

 それを他人に面と向かって言われるのは流石に気恥ずかしい。

 

 顔を真っ赤にしたルフレを二人が少しからかう様にして、楽しく和やかなお茶会は過ぎて行ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 ぺレジア戦争が終結してから半年の年月が経った頃。

 聖王代理は王妃としてある女性を迎える事を公表した。

 その者は、聖王の半身として名を馳せ、そしてぺレジア戦争をイーリスの勝利へと導いた功労者にして救国の英雄。

 イーリスの神軍師、ルフレであった。

 

 貴族でも何でもない彼女を王妃として迎える事に反対する貴族も居たが、時を同じくして彼女に反対する何名かの有力な貴族たちの、国に対する重大な反逆行為が露呈して多くはその権力の座を追われる事になった為、次第にその反対の声も下火となっていった。

 この当時実しやかに噂になっていた事によると、処罰された貴族の中に王妃を誘拐しようとした者が居たとか、そこに蒼髪で知られる聖王の化身の様な蒼い狼が現れて悪漢から王妃を救い出したのだとか、或いはその狼こそ聖王その人だったのではないかなどと、何とも信憑性の怪しい事ではあるが何らかの重大な事件が起きていたのは確かな様だ。

 

 何にせよ、その婚姻に反対する声が立ち消えた結果、聖王と軍師は多くの人々に心から祝福されながら、婚姻の儀を執り行った。

 

 それから少しの時を経て、見事に聖痕を受け継ぐ王女を身籠り出産した王妃に難色を示すものは最早一人もおらず。

 彼女の身元が分からぬ事を咎める者はもういなかった。

 その後、ヴァルム帝国の侵攻と、邪竜ギムレーの復活と言う、二度にも渡る大きな戦乱を乗り切った二人は。

 ギムレーとの戦いの後、その激戦の混乱故にか、暫しの間王妃の行方が分からなくなった時期を除いては、それはもう仲睦まじく寄り添い合って共に生きたのだと後世にも長く伝えられている。

 今も残されている聖王クロムの肖像画はどれも必ず寄り添い合う王妃ルフレと共に描かれている事からも、その仲の良さは伺えよう。

 

 そんな仲睦まじく理想的な夫婦として後の世の人々の記憶に残り続ける二人ではあるが、嘘か誠かは分からない噂が残されていた。

 

 聖王クロムの楽しみの一つが妻手ずからその髪を梳って貰う事であったらしいのだが、そうやって王妃ルフレにブラシを当てて貰っているその姿は、まるで大きな狼の様であったと言う。

 

 まあ、何にせよ。

 彼らが心から互いを愛し、そして満ち足りた人生を最後まで共に過ごしていた事だけは一つ確かな事の様だ。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇




これにて『天泣過ぎれば』は完結です。
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