ありふれない天の鎖の投影魔術師は世界最強   作:小説大工の源三

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今回は長めになりました


フェアベルゲン

樹海の中で人と亜人が一緒に歩いている。そんなあり得ない光景に虎の亜人は驚きを隠せない。そして人をここに立ち入らせたことに苛立ち、さっきを人を案内する兎人族の族長である、カムを鋭い殺気で睨みつける。

 

「何故ここに人間を入れた!」

 

「あの、私達は……」

 

カムが何か弁明しようとしたのだが、虎の亜人は近くにいる白髪の──シアの存在に気づくと、目を大きく見開いて声を上げる。

 

「白い髪の兎人族…だと?……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない!全員この場で処刑する!総員かッ!?」

 

ズガンッ!

 

虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその時、士郎の指先から魔力の塊──『サイコショット』を放ち虎の亜人の頬を掠め、後ろに立つ樹木を抉り飛ばす。

あまりの破壊力とスピードに虎の亜人は驚愕して、動けなくなってしまった。

 

「今の攻撃は、君達が瞬きする間に皆殺しにできるほど撃てる。周囲を囲んでいる奴らも射程範囲。つまり君達がいる所はキルゾーンだ」

 

「な、なっ詠唱が……」

 

詠唱もなく見たことのない強力な攻撃を連発出来る上に、味方の居場所も把握されている。そう告げられて吃るしか出来ない虎の亜人。それを証明するように、士郎の指先は彼の腹心に奇しくも向けられていた。

 

「兎人族を殺すというのなら、ボクは容赦なく、君達を殺す。当たり前でしょ?殺そうとしたんだから殺される覚悟があるんでしょ?」

 

士郎は身内に甘い分、敵対者には容赦がない。

さっきの発言なんかはほぼ脅しだ。

鋭い殺気を威圧と共に士郎は放ち始める。あまりにも濃厚なそれをぶち込まれている虎の亜人は冷や汗が滝のように流れる。それでもフェアベルゲンの戦士なので、恐慌に陥りそうな自分を押さえつける。

 

(冗談だろ!こんな化け物が人間だと言うのか!?)

 

「まぁ敵対しないで帰るんだったら、ボクは何もしないよ。敵じゃないなら殺しはやらない主義だからね。どうする?」

 

虎の亜人は確信した。自分が攻撃命令を下せば、自分だけでなく周りの仲間達も逃げられることなく殺すことができると。

虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

 

「その前に、一つ聞きたい……」

 

「?」

 

「何の為にここに来た……」

 

「大樹の下に行きたいだけだよ」

 

「大樹だと……?」

 

「そこに本当の迷宮があるかもしれないからだ。この樹海が迷宮と言うにはあまりにも、簡単過ぎる。亜人が迷わないで出歩けるなら『解放者』の試練にはならないからね。それに【オルクス大迷宮】の魔物はここにいる魔物よりずっと強い」

 

士郎の話を聞き終え、虎の亜人は困惑を隠せなかった。士郎の言ってることがわからないからだ。樹海の魔物が弱いと言ったことも、【オルクス大迷宮】の奈落の底、『解放者』のことも聞き覚えのないことばかりだ。普段なら『戯言』と言って切りすてただろう。

しかしこの場で士郎が嘘をつく意味がないのだ。圧倒的な優位を持つ彼が嘘をつく必要はない。フェアベルゲンに興味がなく、大樹自体が目的なら、部下の命を無駄にするより、目的をすぐに果たさせた方がいい。

 

「お前たちが同胞や国に危害を加えないのなら、俺は大樹の下に行くことくらいは構わない。だが一警備隊長ごときの俺が独断で判断できない。だから一度本国に話を聞く。お前の言ったことを知る者がいるかもしれない。お前たちが我々に危害を加えないと言うなら、一度伝令を見逃し俺たちとここに待機しろ」

 

彼にとって限界ギリギリの譲歩だった。

ここで人間を見逃すのは初めてのことで、周りの仲間達もザワザワと話し出す。

 

「それで構わないよ。その言葉曲解せずにきちんと伝えてよ?」

 

「無論だ。聞こえたなザム!長老様方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

気配が一つ遠ざかるのがわかった。

士郎は手を下ろして、威圧を解く。空気が弛緩する。ホッとすると同時に、他の亜人が戦闘態勢を取る。まだ警戒しているのだろう。

 

「いいね君。よく理性的な判断が出来た。気に入ったよ」

 

「……お前たち人間に気に入られても嬉しくない」

 

「連れないねぇ……」

 

─────────────────────────

 

 

それからしばらくしてエルフ耳の亜人がやってきた。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族か?名はなんという?」

 

「士郎、天野士郎。貴方は?」

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。『解放者』とは何処で知った?」

 

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だよ。証拠なら……そうだ、ハジメ、オスカーの指輪とヒュドラの魔石出してくれる?」

 

「わかったよ」

 

ハジメは『宝物庫』から指輪と魔石を取り出し、アルフレリックに見せる。魔石見たアルフレリックと虎の警備隊長は驚く。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石は初めて見た……こちらの指輪も……お前さん方は確かにオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

アルフレリックの言葉に周囲の亜人族は驚き、カム達ハウリアも同じように驚いた。

フェアベルゲンには人間が招かれたことがなかったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。

 

「待って?ボク達は大樹の下に行きたいんだけど……もしかして今はまだ行けないのか?」

 

「うむ、その通りだ。いま大樹の周辺は霧が濃い時期でな、我々亜人ですら道に迷う。霧が晴れるまで10日かかる。亜人族なら誰でも知ってるはずなのだが」

 

ハジメと香織、ユエがギギギと首を動かしてカム達を見る。

 

「ねぇカム?行けるんじゃなかったの?」

 

「任せてっていたよね?よね?」

 

「……まさか忘れてた?」

 

その後カムか言い訳して、家族にまで責任を押し付けて、ユエの風魔法で吹き飛ばされたのだった。

 

「ホント残念ウサギ達だな……」

 

「ええ……」

 

「……」

 

幸利は頭を押さえて呟き、優花はため息を吐いた。雫は何も言えなくなっていた。

その後シア達ハウリア族に手出ししないことを約束して進む。

 

─────────────────────────

 

 

虎の亜人である、ギムの先導の元、士郎達はフェアベルゲンに向かう。

既に1時間以上は歩いている。ザムという伝令は相当な俊足だったようだ。

突然霧が晴れた一本道が現れる。足下に誘蛾灯のように青白い鉱石が埋め込まれている。解析魔術で調べると、どうやらこれが霧を晴らしている物らしく、魔物も寄り付くこともないようだ。

アルフレリックが足元の鉱石──フェアドレン鉱石のことを説明する。

そうこうしてる内に亜人族の国【フェアベルゲン】に着く。

樹木で出来たアーチに30メートルを超える、防壁にボク達は驚く。門を潜るとそこは別世界のようだった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

ボク達はその光景にポカンと口を開ける。

 

「すっ………ごい………!」

 

「綺麗…………」

 

「わぁ………」

 

女子陣は声を漏らす。それほど美しい光景なのだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「うん、こんな綺麗な街を見たのは始めてだよ。空気も美味しい、自然と調和した見事な街だね」

 

「ん……綺麗」

 

「俺達の故郷は空気が汚いから、それも相まって空気が綺麗なのがわかる……」

 

「一度でいいから住んでみたい場所だよ……」

 

故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 

 

─────────────────────────

 

「……なるほど。試練に神代魔法。それに神の盤上か……」

 

現在士郎達は、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、ハジメがオスカー・オルクスに聞いた『解放者』のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないこと等だ。

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思ってハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

士郎達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が「解放者』という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、ボク達は資格を持っているというわけか……」

 

アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

男子陣とアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。士郎達男子陣のいる場所は、最上階にあたり、階下には女子陣とシア達ハウリア族が待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。男子陣とアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、女子陣を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。

 

「ねぇ?これはどういうことかな?説明してくれる?」

 

その光景に士郎がキレるの当然だった。

 

「士郎さん実は……」

 

雫の説明によると、シア達に因縁を付けて、殴りかかろうとしたらしい。雫達がそれを防いで、言い争いになったという。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

 

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

 

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

 

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

 

「そうだ」

 

あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして士郎を睨む。

 

「……ならば、今、ここで試してやろう!」

 

いきり立った熊の亜人は、突如士郎に向かって突進した。アルフレリックもいきなり襲いかかるとは思わなかったのか、目を見開いている。

亜人の誰もが士郎が吹き飛ばされた光景を想像しただろう。

しかし、その想像は覆された。

あっさりと士郎は熊の亜人の豪腕を受け止める。そして右手に握られる。

 

「温い拳だね……」

 

「ぐっ……は、離せ!」

 

「殴るってことは殴られる覚悟してるんだよね?殴られても文句は言わないでよ?」

 

そう言って士郎は拳を振りかぶり、熊の亜人を吹き飛ばす。

吹き飛ばされたのだった熊の亜人は壁にめり込んだ。

ただ関係を悪くしないように、士郎は手を抜いたようだ。

 

「安心して、気絶させただけだから。これからの話し合いにそいつは不合理だ」

 

─────────────────────────

 

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、ハジメと向かい合って座っていた。士郎の傍らには雫とカム、シアが座り、その後ろにハジメ達とハウリア族が固まって座っている。

長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一、二を争う程の手練だった熊の亜人(名前はジン)が、文字通り手も足も出ず瞬殺されたのであるから無理もない。

 

「で?君達はボク等をどうしたいんだ?ボクは大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもないんだが……亜人族としての意思を統一して欲しいな」

 

「こちらの仲間を攻撃しておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 

グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

 

「ん?ボクはシア達を守っただけだよ?先に手を出したのはそっちじゃないか。文句言われるのは筋違いだよ?」

 

「ぐっ……」

 

「グゼ、気持ちはわかるが彼の言っている事は正論だ」

 

「この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

 

そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目でハジメを見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックが士郎に伝える。

 

「天野士郎。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

 

「絶対じゃない……か?」

 

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回殴り飛ばされた熊人族は抑えきれない可能性が高い。人望も厚かったからな」

 

「つまり?」

 

「お前さんたちを襲った者達を殺さないで欲しい」

 

「……殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

 

「そうだ。お前さんの実力なら可能だろう?」

 

「まぁ出来るし、やるつもりだけど。懲りないんだったらそれ相応の対応するよ」

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

「別に元からハウリア族にお願いするから別にいらないけど?」

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

 

「長老様方!どうか、どうか一族だけはご寛恕を!どうか!」

 

「シア!止めなさい!皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

 

「でも、父様!」

 

土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。おそらく、忌み子であるということよりも。そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが?どうする?運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

すると今まで口を閉じていた雫が喋り出す。顔を見ると、もう我慢の限界のようだ。

 

「本当くだらない……」

 

「……なんだと?」

 

「くだらないって言ったのよ。貴方達がやってる事は、貴方達が嫌う私達人間がやってる事と変わらないのよ」

 

「我々が人間と同じだと!?」

 

「そうだね……同じ事思ってたよ。ボクだって魔力操作を最初から持ってたんだよ。そのせいで教会に追われそうだったんだからね。まぁボクには味方がいたからよかったけど」

 

一呼吸置いて士郎は続ける。

 

「もとからボクは君達に頼まないし、最初からハウリアに頼むつもりだ。それに……彼らの命を奪おうというのなら……ボク達は全力でお前達をぶちのめす……」

 

士郎は泣き崩れるシアの頭に手を優しく置いて、長老衆を睨む。つまり士郎はフェアベルゲンと敵対しても構わないと言ったのだ。

彼の言葉にハジメ達は頷く。

 

「本気かね?」

 

「勿論本気だよ」

 

士郎はアルフレリックの目を真っ正面から見る。そこに不退転の決意が見て取れる。

 

「フェアベルゲンから案内を出すと言ってもか?」

 

「何度も言わせないで欲しいね。ボク達の案内はハウリア族だけだ」

 

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう」

 

士郎はシアを一度チラリと見てからアルフレリックを再び見る。先程から、ずっと士郎を見ていたシアはその視線に気づき、一瞬だけ目が合う。その時、彼女の心臓か僅かに跳ねるのを感じた。彼女の鼓動の高鳴りは止まらない。

 

「約束したからね。案内時引き換えに『助けてやる(・・・・・)』ってね」

 

「……約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか?峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう?なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう」

 

「むしろ問題しかないね。案内するまで身の安全を保障するって、約束したんだ。それで途中から良い条件が出て鞍替えするなんて……カッコ悪いじゃないか」

 

士郎に引く気がないと悟ったのか、アルフレリックが深々と溜息を吐く。他の長老衆がどうするんだと顔を見合わせた。しばらく、静寂が辺りを包み、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

 

「ならば、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

 

「アルフレリック!それでは!」

 

完全に屁理屈である。当然、他の長老衆がギョッとした表情を向ける。ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。

 

「ゼル。わかっているだろう。この少年が引かないことも、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

 

「しかし、それでは示しがつかん!力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

 

「だが……」

 

ゼルとアルフレリックが議論を交わし、他の長老衆も加わって、場は喧々囂々の有様となった。やはり、危険因子とそれに与するものを見逃すということが、既になされた処断と相まって簡単にはできないようだ。悪しき前例の成立や長老会議の威信失墜など様々な思惑があるのだろう。

 

「とりあえず、シア達には手を出さないんだね?」

 

「ああ、そういうことだ」

 

「ボクは大樹に行ければいいんだ。彼らの案内でね。文句はないよ」

 

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

 

「気にしないで。全部譲れないこととは言え、相当無茶言ってる自覚はあるんだ。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

 

士郎の言葉に苦笑いするアルフレリック。他の長老達は渋い表情か疲れたような表情だ。恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ!という雰囲気である。その様子に肩を竦める士郎は雫やハジメ達を促して立ち上がった。

ユエは終始ボーとしていたが、話は聞いていたのか特に意見を口にすることもなく士郎達に合わせて立ち上がった。

しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じで内心動揺しまくっていた。

 

「いつまでボーッとしてるの?行くよ」

 

「あ、あの、わたし達……死ななくていいんですか?」

 

「?もしかしてまだ信じられないの?」

 

「い、いえ、……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアにユエが呟くように話しかけた。

 

「……素直に喜べばいい」

 

「ユエさん?」

 

「……士郎に救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

 

「……」

 

シアは、肩を震わせる。樹海の案内と引き換えにシアと彼女の家族の命を守る。シアが必死に取り付けた士郎達との約束だ。

元々、『未来視』で士郎達が守ってくれる未来は見えていた、だが、それで見える未来は絶対ではない。シアの選択次第で、いくらでも変わるものなのだ。だからこそ、シアは士郎の協力を取り付けるのに『必死』だった。相手は、亜人族に差別的な人間で、シア自身は何も持たない身の上だ。交渉の材料など、自分の『女』か『固有能力』しかない。しかし、それすら使わずに彼は、家族を助ける約束をしてくれた。

道中話している内に何となく、士郎なら約束を違えることはないだろうと感じていた。それは、自分が亜人族であるにもかかわらず、差別的な視線が一度もなかったことも要因の一つだろう。だが、それはあくまで『何となく』であり、確信があったわけではない。

だから、内心の不安に負けて、『約束は守る人だ』と口に出してみたり『人間相手でも戦う』などという言葉を引き出してみたりした。実際に、彼等は何の躊躇いもなく帝国兵と戦ってくれた時、どれほど安堵したことか。

だが、今回はいくら士郎でも見捨てるのではという思いがシアにはあった。帝国兵の時とはわけが違う。言ってみれば、帝国の皇帝陛下の前で宣戦布告するに等しいのだ。にもかかわらず一歩も引かずに約束を守り通してくれた。例えそれが、士郎自身の為であっても、ユエの言う通り、シアと大切な家族は確かに守られたのだ。

先程、一度高鳴った心臓が再び跳ねた気がした。顔が熱を持ち、居ても立ってもいられない正体不明の衝動が込み上げてくる。それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……

シアは、ユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみることにした。すなわち、士郎に全力で抱きつく。

 

「士郎さ~ん!ありがどうございまずぅ~!」

 

「おっと……やれやれ……」

 

泣きべそを掻きながら絶対に離しません!とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリと士郎の肩に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬は真っ赤に染まる。

喜びを爆発させ士郎にじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

士郎達はその全てを把握しながら、ここを出てもしばらくは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。




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