ありふれない天の鎖の投影魔術師は世界最強 作:小説大工の源三
水着アルトリア……うちには星5弓がおらんのじゃ
『アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!』
くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。
幸利としては尻の何処かに当たればいいと思って投げたのだ。しかし自分の投げた杖が尻の穴に刺さったことは想定外だった。
認めたくないのか、顔に手を当てて俯き「うわ〜やっちまった〜」と嘆いていた。
『お尻がぁ~妾のお尻がぁ~』
黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。
『ぬ、抜いてたもぉ~お尻のそれ抜いてたもぉ~』
北の山脈地帯の中腹、薙ぎ倒された木々と荒れ果てた川原に、何とも情けない声が響いていた。声質的には女性のようだ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。
「……喋る魔物なんて初めて見た」
と驚くユエの隣でシアはライセン大迷宮て排出される時に出会った人面魚を思い出していた。
士郎は黒竜の存在が信じられなかった。ユエ、幸利の重力魔法下でシアの攻撃を避けたこと、ハジメ達の攻撃が効かなかったこと、ヴェアベルトとメルリアンの氷属性攻撃を上回ったこと、そんな存在の魔物がいるのならもっと危険視され、討伐しようとした話が少なくとも本になっているであろう。ヴェアベルトも同じ結論に至り、ある存在が浮かび上がった。
「まさか、貴女は《竜人族》なのですか……」
敬意を込めた声でヴェアベルトが確認する。
『む?いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ?凄いんじゃぞ?だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が』
「とりあえずそれ抜くか……力緩めてくれ」
そう言って、幸利は杖に重力魔法をかけて引っ張る。しかしピッタリハマっているのか中々抜けない。なので幸利は身体強化をして勢いよく引っ張る。
『はぁあん!ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ!こんな、ああんっ!きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~!』
ズボッ!!
『あひぃいーーー!!す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……』
訳のわからないことを呟く黒竜は、直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。
黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。
「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」
一息ついて黒竜は自己紹介を始める。
「面倒をかけた、本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」
「聞きたい色々ある。まずなんでここに?竜人族は滅んでなかったのは喜ばしいが隠れ住んでいるのではないのか?」
「数ヶ月前に膨大な魔力反応があったのじゃ。その正体を知るために妾が行くことになったのじゃ。世界に悪影響が無いか確認するためにな」
「数ヶ月前と言うと……」
「ちょうど私たちが召喚された時だね」
「じゃあなんで暴れていたのさ?」
「それは操られてしまっていたからじゃ。ちょうど竜化した時に眠ってしまい、そのまま……」
「竜人族の悪癖が出てしまったのだな……基本尻でも叩かれない限り起きぬのだから」
「うむ、恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……」
洗脳され、出された命令が『この辺りに来た人間を1人残らず殺せ』、というらしい。タイミング悪くウィル達が来てしまった。
そして幸利のブラックロッドが尻穴にぶっ刺さって目が覚めたという。
「……ふざけるな」
事情説明を終えたティオに、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。皆が、その人物に目を向ける。拳を握り締め、怒りを宿した瞳で黒竜を睨んでいるのはウィルだった。
「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを!殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」
どうやら、状況的に余裕が出来たせいか冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂してティオへ怒声を上げる。
対する彼女は何も喋らない。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わないのか、
「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう!大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」
「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」
なお、言い募ろうとするウィル。それに口を挟んだのはユエとヴェアベルトだった。
「……きっと嘘じゃない」
「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」
「竜人族は高潔で清廉。そこの彼女は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なものなのだろう。彼女は《己の誇りにかけて》と言った。なら、それは嘘ではない。それに……嘘つきの目がどういうものか私達はよく知っている」
ユエは、ほんの少し黒竜から目を逸らして遠くを見る目をした。きっと、三百年前の出来事を思い出しているのだろう。孤高の王女として祭り上げられた彼女の周りは、結果の出た今から思えば、嘘が溢れていたのだろう。もっとも身近な者達ですら彼女の言う《嘘つき》だったのだから。その事実から目を逸らし続けた結果が《裏切り》だった。それ故に、《人生の勉強》というには些か痛すぎる経験を経た今では、彼女の目は《嘘つき》に敏感だ。真実は叔父が彼女を逃がすための策略だったが。ヴェアベルトは戦場に長く立ち、命乞いをするために嘘をつくものを沢山見ていた。彼の目標故に見抜く必要があった。結果としては多くが嘘つきだったのだが。
「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの?」
竜人族という存在のあり方を未だ語り継ぐものでもいるのかと、若干嬉しそうな声音の黒竜。
「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」
「何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……」
「今の名前はユエ。大切な人に貰った大切な名前」
アレーティアとしての人生は終わり。ユエとしての人生を歩んでいるのだ。そう名乗るのが当然だ。
「それでそっちの男は?」
「ヴェアベルト・ハリス。竜人族の歴史を探る者だ」
「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ!ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」
頭ではティオの言葉が嘘でないと分かっている。しかし、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。幸利は内心、「また、見事なフラグを立てたもんだな」と変に感心した。ハジメがふとここに来るまでに拾ったロケットペンダントを思い出す。
「ねぇ、ウィル、これゲイルって人の持ち物?」
そう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに手渡した。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。
「これ、僕のロケットじゃないですか!失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」
「あれ?君の?」
「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」
「マ、ママ?」
まさかの反応に顔が引き攣る一行。
士郎が「ごほん!」と咳払いをして、話題を変える。
「それで彼女の処遇?なんだけど」
「……殺すべきです!もしまた操られたりしたらどうするんですか!?」
ウィルは殺すことを主張する。
理由を述べてはいるが、本音は復讐だろう。
「また操られるようなことはないだろうな。《闇術師》の俺が言うんだから間違いない」
と幸利が言う。
「とりあえず保留でいいだろ。しょーじき処罰を与えるのと考えるのが怠い。さっきの杖シュートで過剰に魔力を込めすぎて、大半の魔力がないんだよ」
すると士郎がピクンと反応する。大地感知に何か引っかかったようだ。すると少し驚いた表情になる。
「ねぇ……すごい魔物が迫って来てる。3千、4千ってレベルじゃないね。桁が一つ追加されるくらいだね」
士郎の報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。
「は、早く町に知らせないと!避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」
事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。なので、愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。
と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟くように尋ねた。
「あの、士郎殿達なら何とか出来るのでは……」
その言葉で、全員が一斉に士郎達迷宮攻略組の方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。
「まぁボクはやるけど、みんなは?」
「士郎さん、因みに理由は?」
「米」
「「「「「やっぱりか!」」」」」
ハジメ達の一斉ツッコミに緊迫した空気が抜ける。愛子達もあまりの理由にズッコケる。
「ひとまず下山しよう……対策はそれからだ」
一行は一気に下山しウルの町に戻るのだった。