享楽、懊悩。メンヘラおじさん 作:ちりぬる男
「ん。帰ったぞ」
おそかったじゃん うんちでた? しこってたんでしょ
「すまん、トイレのついでに酒飲みたくなって近くのコンビニ行ってきたわ」
しこらなかったの?
「まぁ飲酒も一種のおシコりだな」
勢いよくタブを開けるとカシュっといい音がする。最近流行りの泡が出てくるやつ。近所のコンビニでなんか売っていた。みんなあそこのコンビニにあることを知らないのか、ネットニュースとかだと品切れ続出らしいのに売り切れてるところを見たのが数回しかない。
「んじゃ、おシコり報告しまーす。生ジョッキ缶ってやつ?を買ったんだけどさ、噂に違わず結構イケるね」
え、買えたの? どこで買った? 住所教えて買いに行くから 品切れで買えなかったわ しね 勝手にシコるな
「死ねはひどすぎ」
マイクが拾いやすいように喉を近づけてごくごくと喉を鳴らす。
おれも酒買いに行ってくるわ 全然売ってないんだよなぁ やべぇ飲みたくなってきた
「おれが代わりに今から買いに行ってやる。もしうちに来れたら取りに来いよ。30分以内に来なかったらおれが飲むけど」
買いにいってきていいよ 行ってこいよ しね
「死ねニキbanするぞ〜」
おうかかってこいや
「ようし。……というわけでbanした。ただbanするには申し訳ないからもう一回コンビニ行ってくるよ」
いってら おれのつまみもついでに買ってきてくれ 嘘やろ?なんやこの配信
「今更なんだよなぁ。さては新規だな?」
ようこそ底辺へ 深淵配信 この配信でアクティブ50人は異常 探せばもっとひどいところはあるぞ
「この世には異常者がたくさんいるってことだな。歓迎するぞ」
しばらくおれが酒を飲みながら明日の競馬のための新聞でも読んでいた。にしても明日は天気が読めない。重馬場になるのか?そうなると長距離だから……。
てな調子で無言の配信が続く中で
なんかやってくれ
っていうコメがたまたま目に入った。もうそんなコメ見なくなって久しいから、こいつさてはさっきの新規なんじゃないかと穿った。にしてもこんな配信に新規ってのもすごいもんだと思う。
「新規くんか?まぁいっか。曲変えるよ」
なんとなく久しぶりにCaliforneeeerというジャズバンドを聴きたくなってきたからUtubeで探してかける。
「ついでにおもじゃんしようか?ちょっと待ってな」
おもじゃんサイトで部屋を作成。部屋名は、塩の行進?とかでいいかな。パスワードも決めとこう、まぁ3人くらいならすぐ集まるでしょ。
「部屋名は塩の行進だ」
さすがガンジー 非暴力不服従 今は去勢されている 不服従だった男
「うるせぇ。パスワードはおれの誕生日。みんなわかるだろ?じゃあよろしく」
覚えてるわけないだろ パスワード言え ねぇ
「うっせ、おれは不服従の男だからな」
しばらくすると何人か集まってきた。フォロワーの、時折リプしてくるアカウントだった。
「よしお前らか、じゃあやるぞ」
おれに配られた牌は
「洗剤」「停留所」「紳士の」「満開の」「セーラ服と」「大王」「かまくら」
の7つ。
そして最初のお題は「トランポリン」
リスナーが最初に「トランポリン依存症」を出す。
「なんだよトランポリン依存症って。日常生活をトランポリンなしじゃ生きられない体のやつってどんな生活を送るんだろうな」
次のリスナーが「トランポリンマッサージ」
「跳ねてると体が刺激されて疲れが取れるってか?ありそうでなさそう」
次が「トランポリン芸能人」
「アメト○クで未だかつてトランポリン芸人みたいな企画を見たことがない」
そしておれが出したのは「トランポリン停留所」
「どうよトランポリン停留所。おもろいだろうが。ちょっと待ってな、こっちの投票もやるけど視聴者どもにも投票で決めてもらうわ。1が依存症で、2がマッサージ、3が芸能人で4が停留所な。じゃあ一番おもしろかったやつに投票よろしく。んでこっちの投票結果は……。」
トランポリン停留所
「よっしゃ!ほらどうよ。やっぱおれのセンスは神がかってるやろ!!」
視聴者投票では
1、15%
2、10%
3、70%
4、5%
となってアメト○クが選ばれていた。
「そりゃおかしいだろ!いや、芸能人おもしろかったけども!5%はないでしょ!!」
結果がすべて この世は無常 社会てつらいよね…… おもんなかったぞ
「うるせ〜〜!!もう一局いくぞ……!」
結局おれは視聴者投票では1回も勝つことができず参加者内では全勝するという不名誉をいただき、接待麻雀をする男という称号が付与されてその日の配信は終わったのだった。
「あ〜〜〜」
風呂の中でなんとなく今日の配信を思い返す。最近2週間に一回は配信をやってる。でも相変わらず何をやるのかは希薄だししゃべりたいことも希薄ならば動機だって希薄。だから自然とうっすいコメントを眺めたり酒を飲んだり、トイレにこもったりなんやかんや。ようは生活音垂れ流し放送みたいなものだ。バカでくそみたいなことをやっている自覚はあるのにコメが今までそれを咎めることは、初期こそあったけれど今はほとんどだった。もちろん視聴者数はガタガタになった。でも義務感に包まれた世界の中で自らの意思で何もしないという選択をしたのだという解放感はあって、それが気持ちよかったんだと思う。
「それが動機だったのか?」
シャワーに打たれながら、奥底の自分に対して考えを巡らせる。何をしなくちゃいけないってことはないんだ。そんな安心感をいつからか求めていた。求めていたとするならつまりはそれを失くしていたという意味で、自分には自由がなかったんだなと思う。そんで今、そういう自分を少なからず俯瞰できるようになった。
「久しぶりに何かした気がする」
そんな気分に浸っていた。
なんてことはない。こんな、くだらない配信を少しだけマシにしたような配信の中でおれは少しだけど熱くなれていた。心から楽しめていたような気がする。
もちろん明日には忘れられる熱で、明日のおれが笑い飛ばすような出来損ないの熱だとしても、今のおれにとってはただただ狂いそうなほどの熱だった。「もう一局やるぞ!」ていう自分の言葉がいつまでも頭に中でぐわんぐわんと響き渡っていた。
ナ「あ、おもじゃんかぁ。懐かし。今度配信でこれやろ〜」