主人公を貶める意図もございません。
「ちょっとまって」
世界のブリュンヒルデらしからぬ、情けのない声が出た。
落雷が如く訪れた衝撃の新事実。頭を鈍器で殴りつけられたかのような衝撃が走り、「ああ、世界戦でこんな一撃貰ったっけ……」と、半ば走馬灯のように一度現実から彼女は逃避した。
思い出されるのは一夏が幼い頃の思い出ばかり、「千冬姉! 千冬姉! 」とジャレついてくる幼い弟は、日々のストレスでささくれ立っていた彼女の心を癒していたものだった。
数年もすれば家事の手伝いをこなすようになり、更に時間が経てば台所は彼の独壇場となっていた。
本来であれば自分がやるべきであろう仕事を押し付けて申し訳ない気持ちになりつつも、それでも彼の成長を密かに喜んでいたものだった。
そんな彼から告げられた「できちゃった」発言。
いかに精神力の鍛えられた彼女であろうと、やはり驚きは禁じ得ない。
千冬は目頭を強く抑え、口を開く。
「あー……その……なんだ。冗談ではない、らしいな」
無言で頷く我が弟。千冬は額を抑えた。
「デュノア。いやシャルロット。
私の愚弟が、いやなんと詫びて良いのか……」
「そんな!? 謝られる事なんて何も! 私だってもっと注意をしておくべきだったんです。織斑先生が頭を下げる事なんてありません!! 」
突然の謝罪に驚くシャルロット。
彼女は非常にバツの悪い顔をする千冬に向けて更に言葉を返す。
「それに僕……嬉しいんです。
一夏の、一番好きな人の子供を授かることが出来て。まともな家族なんて、子供の頃の母さん以来にできるかも知れないから」
「シャル……」
一夏は感動した。
己の不始末が原因のこの事態。これを彼女はしっかりと幸せと受け止めてくれる事に心底感動した。
未だ成長しきれぬ身体に起こる不調に対し、彼女は幸せを見出し、更には自分を好きだと言い続けてくれる。
これほど男冥利に尽きる事はない。
千冬もその言葉に先ずは救われた。
何はともあれ本人が許すどころか怒りすら覚えていないのだ。両人の問題はひとまず心配ないだろう。
となれば後は周囲の問題だけだった。
「そう言ってくれると嬉しいが……問題はそう簡単な訳ではない」
千冬はある程度のカリスマを取り戻し、彼らに語りかける。
彼、「織斑一夏」という人間は、世界で唯一の男性IS操縦者。
存在自体が希少価値の高い逸品であるために、一挙手一投足が監視の対象となる。
彼女、「シャルロット・デュノア」という人間は、世界が誇る大企業「デュノア社」の一人娘でありフランスの代表候補生。
彼女の行動一つが国の意向であり、意見たりうる責任のある立場である。
ならばそんな二人が付き合い、いや、付き合うだけであれば未だ問題は無い。
付き合っているだけであれば、それは「日仏の恒久的な友好関係を築く」という建前も用意することが可能であり、各国の追及も然程酷くはならないであろうからだ。マスコミの報道も、熱愛発覚!? 程度のものだろう。
しかし「できちゃった」。「できちゃった」だけは非常に拙かった。
日本とフランスの貞操観念はどうなっているのか? 不潔では無いのか? そもそも合意があったのか?
「シャルロットの、ひいてはフランスの仕掛けたハニートラップでは無いか? 」
この様な心ない意見が出てきてもおかしくは無いのだ。
だからこそ、故にこそ千冬は頭を抱えた。
どう動いて、どう言い訳をしたところで、穏便に済ます方法が思いつかないのである。
それこそ、「天災」が巻き起こらない限りは非常に難しい問題なのである。
更に此処がいくらスポーツとしての競技性があるIS操縦者を育てる機関とはいえ、ISはとどのつまり兵器。
母体をそんなストレスのかかる環境に置いておく訳にはいかなかった。
「糞……シャルがそんな事、する訳が無いだろうっ!? 」
「これを利用して蜜を啜ろうとする外道が世界には蔓延っているのだ一夏……
すまないお前たち、いくら私に権力があるとはいえど、流石に限界がある」
「僕たち……これからどうなっちゃうの……? 」
「何も『堕ろせ』と酷な事は絶対に言わん。
あの朴念仁の一夏が初めて惚れた女だ。私も全力を尽くす。使えるものならばなんだって使って、お前たちをサポートして見せるとも」
一夏は千冬から説明された事象に対して憤り、シャルは不安を更に膨らませる。
彼らがISという力を所有していたとしても、やはり高校生は高校生。先の見えない未来というものは不安となる。
そんな彼らを安心させる為にも、千冬という「
世界最強、ブリュンヒルデ。その威光を完全に取り戻した彼女は一夏たちを守るべく決意する。
必ず、必ずや家族を守り通す事を。絶対にまだ見ぬ甥っ子の可愛い顔を拝む事を。
「千冬姉……」
「織斑先生……」
「大丈夫、絶対に大丈夫だお前たち。
何も心配する事はない。めでたいじゃあ無いか。私は素直に嬉しさを感じているんだぞ? 」
千冬の話す言葉に、遂に一夏とシャルロットの涙腺が決壊した。
溢れ出る涙は安心から来るもので、決して恐怖からのものでは無い。
涙を流す彼らを見て、千冬はそっと彼らを抱き寄せた。
「シャルロット、学校では控えて欲しいが。そうでは無い時は私の事を下の名前で呼んでくれ。
折角、家族になるんだから」
「うぅ……ありがとう、ございます……」
涙を目尻に溜めながらも、シャルロットは笑顔を見せる。
一夏も彼女の様子を見て嬉しそうに笑い、姉の顔を見る。
「まあ、それはそれとしてだ。一夏」
「へ? 」
背筋が、凍った。
「避妊も碌に出来んとは何事だっ!! この大馬鹿者っ!! 」
「ご、ごめんなさいぃっっ!? 」
コンドームは避妊効果を出すだけではなく、性病への感染リスクを下げる効果もある。
愛する女性の身体を守る為には必須のアイテムなのだ。
一夏はその身一身に千冬の雷を受け、即座に正座する。
まだまだ夜は始まったばかりである。
多分失踪します。(予防線)