提督の鎮守府生活 〜最果てと呼ばれた西波島鎮守府での日々〜 作:ふかひれ
とある駅のホーム
ざわざわと喧騒の中にその男は倒れていた。
出勤途中だった彼はとある人物に背中を押され、電車と衝突した。
ホーム通過のタイミングであったので車両前側面への衝突後に弾き飛ばされた。奇跡的に即死は免れてはいるが、その命は最早尽きるのを待つだけであった。
音が遠くに聞こえる。
ざわざわとがやがやと声にならない声らしきものが右耳らしきものから左耳らしきものへと抜けて行く。
視界は血と涙にかすみ、ぐるぐると回る思考と視界で焦点が定まらない。
長い夢から醒めたような感覚…と言えばおかしな話ではある。
彼は寝てはいないし、夢も見ていない。
しかし、彼は数年間あの世界に居た。それは紛れも無い、誰も知らない事実であった。
全ては自分の描いた妄想だった
厳密に言うと違うのではあるが、側から見ると妄想の一言で片付いてしまう
現実を叩きつけられ、全てを奪われた。
想像の中なら本当に何でもできた。
宝くじに当たって億万長者で…孤児院の皆と幸せに暮らせる。
嫌な時には誰かがヒーローのように助けてくれる。
両親が現れて…何かの間違いだったと幸せに暮らせる。
幸せな時間がずっと続く。
誰かが困ってる時には僕が颯爽と現れ解決する。時には犯罪者だってイチコロさ!
誰かがずっと愛してくれる、必要としてくれる。
想像の中なら今のこの状況も嘘だと…こちらが作り物だと言える…
視界の端に画面がバキバキになったスマホが映った。
誰にも見せてない…投稿前の自作の御伽話。
艦これを遊びたいけど遊べなかった時にツラツラと自己満足で描いた小説。
甘ったるくて恥ずかしくて誰かに見せられるものではないから、ひっそりと保存だけしていたお話。
自分がもしも提督だったら
寝る前に頭の中で描いた理想を文章にして読み返して少し笑いながら続きを考えて眠る。
それだけが自分を支える一つの柱だった。
『ヘーイ!テートク!今日もー頑張るデース!』
頭の中なら、文章の中なら言って欲しい言葉を彼女達は私に掛けてくれる。
そんな彼女達だったからこそ俺の魂を繋ぎ止めようとしてくれたのだろう。
あの子とは1日の夫婦として過ごせてないな
あいつとの約束…守れてないな
麗…幸はきっと寂しがってるだろうな
次会ったら怒られるだろなあ
いや…そんな心配すらもう…
一番愛した彼女の顔がチラついた。
『ヘーイ』
そう呼び掛けて欲しかった。
もう一度……もう一度…。
あの温もりは本物だったんだ。
あの気持ちも痛みも愛しさも全部…。
『……これで元通りだな』
スマホの向こうに足が見えた。
何とか掠れながら聞こえる声は白…俺自身の声だった。
ある意味慈しみにも似た目線を下に向け、ハッピーエンドだと言う。
そう、ハッピーエンド。
『……何故自ら消した』
白の問いに救は力なくニヤリと笑った。
消えたのではなく消したのだ。
救の最後の抵抗。
あのまま放っておいても世界は運命に導かれて消える……白達深海棲艦達の手によって。無論、艦娘達に人々になす術はない。
だから救は掠れゆく意識の中でそれを受け入れ、消していったのだ。
『それで守ったつもりか?阿呆め!自分から消したんだぞ』
愛する人がお前らに消されるよりはマシだ–––
『……』
死んであの世界に行ったと思ったけどそうじゃなかった。
俺は今まさに死ぬんだ。
通行人は奇異なものを見る目を向けるものや、我関せずのものまで様々で…この非日常も明日には忘れ去られて日常が戻ってくるのだろう。
神崎 救という名前は知らぬものが多いだろうが、すぐに忘れ去られ記憶の片隅に追いやられるだろう。
左手を伸ばし、ナニカを掴もうとした手を優しく誰かが掴む。
もー!何やってるデスカ?
地面で寝てたら風邪ひきますよ?
ふふ…あなたの好きなお料理できてますよ?
指揮官!はやく一杯やろーよー!
あそこまで競争しよー!
みんな待ってますよ
あなたのことをずっと…
おいおい、俺の手は2つしかないんだぞー?
そんなに皆で来たら…こら金剛!引っ張るなよー!
うげっ!麗ちゃん!幸ちゃん!
え?寂しかった?ごめんて…え?間宮パフェ?!
うぅ…財布がぁ
力なくその手は地面に落ち、彼の決して長くはない人生は終わりを迎えた。
白は生き絶えた彼を見下ろしている。
『最後まで奴らの温もりに縋って死んだか』
だからなんだろう。
想像の力が生み出した世界…ロスタイムみたいなもののはずだったモノは理の外側に行ってしまっていた。
金剛が言っていた「魂を世界に繋ぎ止めてでも」は、完全に常軌を逸脱した…いや、
神というものがもし、この世にいるのなら神は世界を生み出した神崎 救であるだろう。しかし奴は生み出しただけなのだ。
死ぬ運命に寸分の違いもないはずだったのに。
ただ、艦娘達と最後の時間を過ごし、数多くの提督と同じように死んで行くだけ…のはずなのに
艦娘が…奴が死をトリガーとして思い出してしまった。これは大きなイレギュラーだ。
ふと、白に疑問が生じた。
『何故、奴らはお前の魂をあの不完全な世界に止めることができたんだ』
それこそ
神と同等のチカラを待った奴等の力添えがないと––––
いや、そもそも
なぜ奴は世界を作ることができた?
何故それが許された?
いや、それより…奴が死んだ今…いや…あの世界が崩壊した時点で俺の役割は終わったはずだ。
俺は何でここに居る?