ブラック・ブレット―楽園の守護者―   作:ひかげ探偵

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本当に遅れて申し訳ない。

今回もノリで駆け抜けた感が否めないっす!

でも楽しんで読んでもらえるとうれしいです。



第八話 葛藤

 

 

 

 

 

 

犯罪者の子は犯罪者か?

 

 

この問いに俺は否と答えたい。

 

 

 

犯罪者を作るのは周囲の環境だ。

無論、それだけが全てと言う訳ではない。

最初からある種の異常性を兼ね備え周囲に馴染むことが出来ない変異種とも言うべき者も確かに存在する。

 

 

しかしどうだろう。

小さいころから「犯罪者の血を受け継いでいる」などと言われまともに育つことなどできるのか?

 

 

周囲から陰口を言われた時、貴方はどう思う?

いい気分はしないだろう、しかし耐えられない程ではない。

――割り切れる、無視できる、許容できる。

 

 

なら子供だったらどうか。

精神的にまだ不安定で見える世界が狭い彼ら、彼女らはどう感じる?

――追いつめられる、逃げ道を探す。

 

 

家族、友達などに頼る、それを選べたならばいい。

だがその中から選べず死、あるいは狂うことを選んでしまったら――。

 

 

もし選択肢を間違えていれば貴方はこの世界に存在していなかったのかもしれない。

もし選択肢を間違えていれば貴方は今の貴方ではなかったかもしれない。

 

 

 

 

貴方の前にもし傷ついている人がいるのなら手を差し伸べてほしい。

それは別の選択肢を選んだ貴方だったかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、藍原延珠は賑わう街を一人、黙々と歩いていた。

俯く彼女の表情にいつも見せている眩しい位の笑みは微塵もなかった。

ふと歩みを止め一つの店に顔を向ける。

そこは昨日、蓮太郎と訪れたおもちゃ屋。

 

……昨日、妾に助けを求めた少女に手を差し伸べられなかった場所。

 

その事を考えるだけで暗い気持ちが胸の奥からわき出てくる。

だが今はそれ以上に一つの出来事が彼女を傷つけていた。

それは学校で自分が呪われた少女達だという事が発覚したということだ。

どこからその話が漏れたのかは分からない。

ただ事実として延珠の秘密にしていた事がクラスのみんなに知られていた。

おそらく明日には学校の全員にその事が知れ渡っているだろう。

 

行く宛もなく彷徨うように歩き続けていても何も考えないでいれば思いだされるのは今朝の学校でのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝いつものように自転車で学校へ向かい途中で蓮太郎と分かれ、妾は学校へと向かった。

唯一違ったのは毎日校門で妾を待っていてくれているはずの舞ちゃんがそこにいなかったことだろうか。

今思えば理由など簡単に分かるがその時の妾は用事でもあったのだろうと思い一人で中へと入っていった。

靴を脱ぎ下駄箱に仕舞い、上靴に履き替える。

何百回と繰り返した何時もと同じ慣れた動作。

そこからは二階にある妾たちの教室へ向かうだけ。

しかしそこでは感じる違和感。

 

 

 

 

――教室が驚くほど静かだ

 

 

 

 

いつもであれば元気に遊ぶ男子たちの声やおしゃべりする女子たちの声が少なからず聞こえてきていたはずだ。

しかしそんな和気藹々とし雰囲気は欠片もなく、どこか張りつめた雰囲気すらもその扉から感じる。

何か釈然としない違和感を抱きながら妾は教室のドアを開けた。

 

「みんなおはようっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無言。

 

 

 

 

一言の声もなくただ妾を三十人を超える男女の冷たい視線のみが妾を射抜いていた。

思わず気圧され、しかし笑顔で問いかけた。

 

「み、みんなどうしたのだ? 様子がおかしいぞ」

 

しかし誰も何の反応も返さない。

ただ見ているだけ。

 

「っ!みんな一体どうしたというのだっ!?」

 

そう叫ぶと一人の男子がこちらに近寄ってきた。

 

「な、なあ藍原、お前って……」

 

何かを躊躇う様に言葉を切る。

そして決心したような表情をしてこちらに問いかけた。

 

 

 

 

「……お前って呪われた少女なのかよ」

 

 

 

 

頭を鈍器で殴られたような衝撃が妾を襲った。

男子は頭を掻いてから引き攣った笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「な、な~んて……ははっ冗談だよな」

 

「わ、妾は……」

 

答えられない。

そんなの嘘だ、そう答えるだけでいいはずなのに言葉が口から出てこない。

 

 

 

だってそうであろう?

 

もし嘘だと言ってしまえば妾は自分で自分の存在を否定しているようではないか。

 

 

 

「お、おいっ、嘘だろ? 嘘って言えよ」

 

何も答えない妾に戸惑いが伝播して広がっていく。

 

「お、おいマジかよ」「ウソだろ!?」「でも否定してねぇぞ!」「ば……化け物っ」「あいつガストレアだったのか!?」

 

「違うっ!妾はガストレアなんかじゃない!!」

 

「じゃ、じゃあ俺達と同じ人間なのかよ!赤眼じゃねぇのかよっ!?」

 

妾は、人間だ。

でも確かに赤眼――呪われた少女でもある。

その事実が妾に答えさせることを渋らせた。

 

その間にもクラスメイトのざわめきがどんどん大きくなっていく。

それに焦った妾は急いで何かを喋ろうとした。

 

「で、でもっ!妾は、妾はみんなのことを――」

 

その途中、一番遠い、教室の奥に舞ちゃんの姿を見つけた。

 

「ま、舞ちゃ―――」

 

最後まで喋ることは出来なかった。

舞ちゃんは妾が声をかける前、目があった瞬間クラスメイト達の背後に隠れたのだ。

 

「な、なんで……ま、いちゃ、ん……」

 

後に残るのは妾を非難するクラスメイト達。

敵意の目を向ける者、怯える目を向ける者、中には泣き叫ぶ者すらもいる。

かつて笑いかけてくれたクラスメイト、その姿は既に欠片もない。

その様子はまるで人間がガストレアと相対した時の様だった。

 

耐えきれず妾はクラスの外へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出せば涙が目の端からこぼれ落ちる。

拳を力の限り握りしめ歯を食い縛る。

 

「わら、妾は……何故っ、こんなっ……っ!」

 

溢れそうになる涙を拭い再び、しかし今度は急ぎ足で歩き始める。

何処かへ行くという確固たる目的はなかった。

ただ足は学校とは反対方向へと向かっていく。

 

 

 

歩く。

 

――クラスメイト達に化け物と呼ばれた――

 

 

 

あるくあるく。

 

――クラスメイト達に向けられた視線に籠っていた殺意――

 

 

 

アルクアルクアルク。

 

――妾から身を隠す寸前、舞ちゃんの目に宿っていたあの感情は――

 

 

 

噛み締めた唇からは血が流れ落ち、強すぎる握力で握りしめた手のひらからも血が溢れた、しかし今はそれすら気にならず脇目もふらず駆け出す。

 

 

 

蓮太郎は民警だ、ヒーローだ、人間だ。

 

 

なら妾は?

 

妾も民警だ、みんなを守るヒーローのつもりだった……でも人間か?

 

 

プロモーターは言う、(イニシエーター)は道具だと。

大人は言う、(呪われた少女達)は化け物だと。

クラスメイトは言う、(藍原延珠)はガストレアだと。

 

 

 

 

道具?

化け物?

ガストレア?

 

 

 

妾は何なのだ?

 

人間ではないのか?

 

人間ではない別の何かなのか?

 

なら、なら何のために妾は――

 

 

 

下を向いていたせいですれ違う人と方がぶつかった。

見るとそこにいたのは蓮太郎より大分年上らしき男だった。

スーツを着ていて髪には白髪が混じっている。

 

「っ!危ないだろ、気をなさいっ!」

 

「……ごめん、なさい」

 

俯いた顔で途切れ途切れにそう答えた。

 

「ふん、まったく最近の子供は――」

 

長々と説教のような話を続ける。

しかし妾の耳には何も入ってこない。

 

「おいっ!聞いているのか!?」

 

「…………」

 

更に怒鳴ろうとして男は周囲の視線に気付いた。

まだ幼い少女を怒鳴ってその少女が顔を俯かせている。

その事実に周囲の人が向ける感情など明白だ。

 

「っ――次からはしっかりと前を見て歩きなさい!」

 

そう言い残し男は去って行った。

周囲の人達が何人か妾に近付いてきた。

 

「大丈夫?」「怪我はしていないかい」「まったくなんて奴だっ」

 

こちらを心配して優しい言葉を掛けてくれる。

お礼を一言述べる、そのために口を開こうとした妾の脳裏に昨日の光景がフラッシュバックした。

 

「この化け物がぁっ!」「いなくなれガストレアめっ!」「もっとやれっ!!」

 

背中に寒気がはしり指が震える。

今、この人たちに妾が呪われた少女たちだと暴露したら、妾が呪われた少女達だという事実を知ったらどのような視線を向けるのだろう。

 

何もしゃべらない延珠の様子を心配した一人が声を掛ける。

 

「? 本当に大丈夫かい?」

 

優しい。

どこまでも善意に満ちたその言葉。

 

「――うむ!大丈夫だ、助けてくれてありがとうっ」

 

妾はそれに笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りに集まっていた人の集団から抜け出した妾の足は自然と一般人の住む居住エリアを避けて外周区の方へと向かっていた。

 

人は無意識に自分の居やすい安心できる場所に帰る、という言葉を聞いたことがある。

 

……あのアパートに帰れない今、自分にとっての安心できる場所とはここのことなのだな。

 

そんな事を考えつつも人の声もせず何も気にしなくていいこの場所をどこか懐かしく思っている自分を確かに感じる。

 

ポツンと頬に冷たいものが触れた。

空を見れば自分の気持ちと同じように空がどんよりと曇っていた。

 

……もうすぐ雨が降るのかもしれぬな。

 

そんなことを頭の片隅で考えて、どうでもいいな、とすぐに無視した。

いまはとにかく一人になりたい。

 

しかしそんな延珠の思いを裏切るように目の前に人の気配を感じた。

先ほどのような事を避けるため身を逸らす―――が腕を強い力で掴まれた。

見るとそこにいたのは蓮太郎と同じくらいの男だった。

破けたジーンズにサングラス、ピアスや指輪、如何にも柄の悪そうな男だ。

 

「ちょっと待ちなよ」

 

「……なにかようか」

 

延珠の姿をじっくりとみた男は嫌な笑いをを浮かべた。

 

「結構可愛いじゃん」

 

「…………」

 

「君、こんなとこで一人で何やってんのさ?」

 

「妾は……」

 

答える事も出来ず口ごもる。

 

「ふーん。まあいいや、今暇でしょ? 一緒に遊ばない」

 

「……いやだ」

 

「えー、いいじゃん、遊ぼうよっ」

 

「放、してっ」

 

「まあまあ、いいから来なって」

 

ただの一般人、普段なら余裕で振り払える。

しかし何故か今は体に力が入らなかった。

 

「大丈夫だって、きっと楽しいからさ」

 

嫌……イヤっ!!

誰か、誰か助けてっ!

 

 

 

 

―――――――――――蓮太郎っ!!!!

 

 

 

 

「放――せっ!!」

 

「んッ――んだテメェ!痛っ」

 

男の手が妾から離れる。

そこに立つ蓮太郎の姿を思い描いて急いで顔を上げるとそこに立っていたのは――。

 

「……嫌がってる」

 

先日何度も出会ったプロモーター、鉄災斗だった。

男の腕をしっかりと掴んでいる。

 

「何だよ、テメェ!放せや」

 

男は腕を強く振るがそれにびくともせずがっちりつかんで離さない。

 

「つっ――放せ、や!」

 

離れない鉄災斗に痺れを切らした男が殴るが平然としており特に怪我を負った様子はない。

逆に腕を掴まれた男が声をあげた。

 

「いて、いてぇっ!おい、やめろ!折れる!折れるって!」

 

こちらにも骨の軋む嫌な音が聞こえてきた。

 

「わ、分かった!分かったから!もう近寄らねぇっ、だから!」

 

鉄災斗は手を離すと男を睨みつけ言った。

 

「……二度目はない」

 

何も言い返さず男はよろけながら逃げていった。

それを見届けると鉄災斗はこちらを振り返った。 

中腰になり妾に視線を合わせる。

 

「大丈夫?」

 

思わずその視線から逃れるように俯いた。

こやつもプロモーターとはいえ妾とは違ってただの人間。

そう考えると目を合わせることすらも躊躇われた。

 

「助けてもらってその態度とは、実に礼儀知らずですね」

 

「おぬしは……」

 

鉄災斗とは別の声の主、その方向に顔を向けるとそこにはイニシエーター、銀丹といわれていた少女がいた。

 

「……別に、いい」

 

「さすがマスター!なんてお優しい」

 

目をキラキラと輝かせながら鉄災斗を見据える。

が、こちらを向いた途端無表情に変わった。

 

「で、貴方はこんな所で何してるんですか」

 

あまりの豹変ぶりに驚き呆然としていたがその言葉で今朝の事を思い出して表情を曇らせる。

 

「それは……」

 

と、その時首筋に冷たいものが当たった。

空を見上げるとポツポツと雨が降ってきておりそれが次第に強まっている。

 

「とりあえず場所を変えましょうか?」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

マンホールの中へ梯子をつたって下りた時、妾は本当に驚いた。

そこにあったのがとても下水道とは思えない場所だったからだ。

壁は確かに剥き出しのコンクリートだが汚れはなく不潔には見えず床にはカーペットが敷いてある。

下手をすれば妾の住んでいるアパートよりも綺麗に見えた。

 

「……凄い」

 

「私達の暮らす生活拠点です」

 

「な、なんでこんなに綺麗なのだ」

 

「ああ、それは――」

 

銀丹から聞いた話を簡単にまとめるとここは最初単なる下水道だったそうだ。

そこを鉄災斗がこんな所で子供を暮らさせる訳にはいかないと改築増築魔改造。

外周区なんて既に廃棄されたようなものだろうと部屋を増やしたり家具を持ち込んだりなどなどetc……で今に至る、と。

 

「正直、こんな所まだまだ序の口。奥はもっとすごいですよ」

 

誉められたことを嬉しく思ったのか表情が和らぎ少し誇るようなどや顔を浮かべながらそう言う。

 

「序の、口……」

 

すまん蓮太郎、明らかに妾たちのアパートより格上だ。

 

「こっちですよ」

 

「ああ、ありがとう――えと」

 

「ん、名乗るのを忘れていましたね。既に何度か顔を合わせましたが、銀丹といいます。ギンと呼んでください」

 

「鉄災斗……災斗でいい」

 

「分かったぞ、ギン、災斗。妾は延珠、藍原延珠だ」

 

「それで先ほどの――」

 

ギンが言葉を発しようとした時、トテトテと可愛い足音が通路の奥から聞こえてきた。

ひょこひょこと二つの似た顔がこちらを覗く。

そしてこちらの姿を確認すると目を輝かせダッと駆けだして災斗に抱きつく。

 

「今帰りました、シロ、クロ」

 

「おかえりーおにーちゃん、ギンねーちゃん!」

 

「おかえりー!」

 

「……ただいま」

 

災斗が二人の少女の頭を撫でると二人が気持ちよさそうに目を細めた。

そしてパッと突然こちらを向いた。

 

「おねえちゃんだれー?」

 

「だれー?」

 

「わ、妾は延珠だ」

 

「延珠、おねーちゃん?」

 

「おねーちゃん、あたらしい家族?」

 

「い、いや妾は家族ではなく」

 

「……ちがうの?」

 

「家族じゃ、ない?」

 

ウルウルと目を潤ませ延珠を見つめる。

それに焦ったように手をわせわせと動かして述べる。

 

「い、いや!家族!そう妾も家族だ!」

 

それを聞いた二人はパッと泣き顔を消し笑顔で延珠に抱きつく。

 

「やったーおねーちゃん!」

 

「おねーちゃん!」

 

おねーちゃんなどと呼ばれるのは初めてで照れくさくて少し頬が赤くなっているのを自覚しながらも優しく抱き返す。

 

「さすがですね……天然の年上キラー」

 

「……純粋なだけ」

 

かなり騒いでいたのでその音に気付いたらしい紫色の髪の少女がこちらに来た。

 

「どうしたんだ、何を騒いで……って、おい濡れてるじゃないか。すぐタオルを持ってくる」

 

こちらの様子を見るとすぐに踵を返していった。

 

「このままでは風邪をひいてしまいますしね、行きましょう」

 

その言葉に従い5人で奥へと進む。

角を曲がり見た光景に再び唖然とした。

中央にひかれた白いカーペット、大きいテーブルにソファ、薄型の液晶テレビ、奥にはキッチンまでもがあるように見受けられる。

軽く見ただけで扉が4つはあり、奥にまだ部屋があるのだろう。

 

スマン、蓮太郎。

比べることすらおこがましかったようだ。

 

「スゴい、な……」

 

「当然です。マスターに出来ないことはないのですから」

 

マスターに……そういえば。

 

「おぬしがやったのか……一人で?」

 

「ん」

 

災斗の方を見ればやや誇らしげにこちらにVサイン。

正直かなり凄い。

 

「タオル持ってきたぞ」

 

一つの扉が開きそこから出てきた先程の少女にタオルを手渡される。

 

「あ、ありがとう、妾は延珠だ」

 

「ん、延珠だな、わかった。私は椿だ、よろしく頼む」

 

笑みを浮かべながらこちらに片手を差し出す。

それを握り返す。

 

……蓮太郎や木更よりもずっとしっかりしてそうだな。

 

「それより椿、他のみんなはどこですか? 姿が見えないようですが」

 

まだ他にも人がいるらしい。

かなりの大人数で生活していることに少し驚いた。

 

「いろははそこのソファで寝ている」

 

テレビの前のソファを指さしてそう言う。

位置的に丁度背もたれ部分が壁になっておりそこにいるのかは分からない。

 

「花音は別室で勉強をしていたぞ。杏、伽耶、風祢、ミコトは別室でゲームをしていたな」

 

「長老、それにマリアと青葉はどうしましたか?」

 

「マリア、青葉は松崎さんと共に外出している。もうすぐ戻るはずだ」

 

「そうですか、なら紹介は後回しでいいですね」

 

「ああ、みんな集まってからでいいだろう。それよりお前らは風呂に行ってこい。思ったよりも濡れているしそのままでは風邪をひく」

 

「確かにそうかもしれませんね……そうしましょう、マスターはどうしますか」

 

顎に手を添えて少し悩んだあと、災斗の方を振り向いた。

 

「……いい、の」

 

「な、だ、だめだぞ!妾は蓮太郎のフィアンセ!夫以外に体を見せるわけにはいかん!!」

 

顔を赤くしてそう叫ぶと回りの者達が皆、動きを止め驚いたように妾を見た。

そしてすぐに笑いだす。

 

「冗談です。マスターはそんなデリカシーの無いことはしません。ね、マスター」

 

「……も、ちろん」

 

「……そうか、ならばよいのだ」

 

「おにーちゃんはくろとはいろーね♪」

 

「しろも!しろもはいるの!」

 

「な…なら私が背中を流そう」

 

「それはダメです」

 

「なぜだ!?」

 

「倫理的な観点から見て椿とマスターが共にお風呂に入ることは認めかねます」

 

「む~!いつもギンおねーちゃんばっかりいっしょ、ズルい!」

 

「ズルいー!」

 

「シロとクロはギリギリセーフです」

 

「つばきおねーちゃんもいっしょがいい!」

 

「かわいそう!」

 

頬を膨らませ椿の両サイドからギンを責めたてる。

大して恐くない小動物が精一杯威嚇しているような厳格すら見えるそれはより一層二人の可愛らしさに拍車を掛けている。

 

「で、ですが、それはさすがに―――「くしゅんっ」」

 

ギンが反論のために言葉をつなごうとした時、小さなくしゃみの音がそれを遮った。

 

みんなの視線がくしゃみをした妾に向けられる。

それを意識して恥ずかしくなって顔を赤らめた。

 

「……この件については後ほど」

 

「……悪いが今回は譲れないぞ」

 

ギンと椿が目線を合わせ二人の間、丁度その中間で火花が散ったような気がした。

だがすぐ視線を切るとギンは妾の手を掴み先ほど椿が出てきた部屋へと連れて行く。

中に入ってみると、どうやら脱衣所のようだった。

 

「服はそちらに入れてください」

 

部屋の隅にあるかごをさしそう言い放った後、自分の服に手を掛けて脱ぎ始める。

 

「うむ、分かったぞ」

 

それに続き妾も自分の服を脱ぎかごへと入れた。

ギンの後に続き更に奥にある扉をくぐる。

 

「風呂は普通なのだな」

 

「マスターがお風呂はこれがいいと言ったので。背中お流ししますよ」

 

椅子に座らされ身体を洗われる。

その間、無言。

お互いに一言も発することはない。

 

「お湯、かけますよ」

 

「うむ」

 

温かいものが背中を通り床へと流れ落ちる。

 

「先に入っていてください」

 

ギンが背中を流すのを横目に風呂へと入り口元までお湯の中へと身を沈めた。

湯気の中、薄眼で未だ身体を洗っているギンを見る。

シミ一つない真っ白な肌にサラサラの綺麗な銀髪。

 

……ギンは綺麗だなぁ。

 

妾の知っている女の中でも一、二を争うほどに綺麗だと思う。

きっと将来はもっと綺麗になるのだろうな。

 

そして、とジッと視線をある一点に集中させる。

 

ッ!や、やはり妾より大きい!?

何故だ、妾も毎日牛乳飲んでるのに―――!?

 

「……」

 

くっ、やはり遺伝という奴なのだろうか。

妾はもうダメなのか!?

 

「……ゅ」

 

っ……やはり恥を忍んで聞くしかないのか……。

 

「延珠?」

 

「むっぁ!!な、なんだどうしたのだ!?」

 

突然の呼びかけに驚き浴槽の中でバタついてしまう。

いつの間にかギンも中へと入ってきていて隣で座っていた。

 

「いえ、何度か呼びかけはしたのですが。反応が無かったので」

 

「そ、そうだったのか、それはすまなかった」

 

大丈夫、まだ未来は分からない。

”果報は寝て待て”と言うし可能性を信じよう。

 

「それで、そろそろ聞いてもいいですか」

 

「聞く?」

 

「先ほどのことです」

 

先ほどのこと、その言葉を聞いた途端延珠の表情が曇った。

急に変わっていく状況の変換に忘れていたかった今朝の出来ごとを思い出す。

 

「それ、は……」

 

「……何か言い辛いことですか」

 

無言で頷く延珠、その隠しきれない悲痛さを見たギンは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言いたくないなら別にいいです。興味もないですし」

 

変わらぬ表情で斬り捨てた。

 

「なっ!? き、気にならぬのか」

 

「正直どうでもいいです。延珠とも1,2度あっただけですし」

 

まさかの切り返しにおもわずポカンとする延珠。

しかしその心中には微かな安心感があった。

確かに冷たい物言いだと思う。

でもだからこそ同情もなく、嘘もなく心から話を聞いてくれるのではないか、と。

 

「……聞いてもいいか?」

 

「答えられる事なら」

 

ギンは妾と同じイニシエーター、呪われた少女達。

 

「……ギンは自分が何なのか考えたことはないか?」

 

「呪われた少女達の一人です」

 

「なら!なら呪われた少女達とは何だ!」

 

「ガストレア因子を――「違う!そうではない……そうでは、ないんだ」」

 

「…………」

 

「妾達は今までたくさんの人達に生きていることを、この世界にいることを否定されてきた」

 

昔、理不尽な現実に世界の全てを憎んでいた。

でも蓮太郎と出会って世界が色を変えた。

妾が一人の女の子として、普通に生きていられないのは分かっている。

でも、もしかしたら民警として、イニシエーターとしてみんなを守っていれば妾はいいのかもしれないと思ったんだ。

 

 

 

 

学校に(友達と)いていいと!

 

 

一人じゃなくて(みんなと笑っていて)いいと!

 

 

―――でも違った!!!

 

 

 

 

「妾はどうすればいい!?」

 

あのときのクラスメイトの言葉、今まで今までしてきたことの全てが否定された気がした。

お前が認められることはないと。

 

「妾は何なんだ」

 

 

 

 

妾は人間。

 

 

妾はガストレア。

 

 

どちらが正しいのだ。

 

 

 

 

「妾は何のために!?」

 

助けていたと思っていた人々から向けられる視線に……あの時舞ちゃんの瞳に宿っていた感情に揺らぐ。

妾の抱いていた希望(ねがい)が簡単に崩れていく。

 

「――っ妾はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知りません」

 

しかし妾のそんな葛藤をギンは再び一言で斬って捨てた。

 

「っ!?」

 

「まず私達は呪われた少女達の一人であり、ガストレアでも人間でもありません」

 

「でも!それは周りの者たちが!」

 

「どうでもいいです」

 

「な?」

 

「他の奴らなんてどうでもいいから気になりません」

 

冷たい視線が妾を射抜く。

 

「そもそも、何故あなたは周りを気にするんですか?」

 

「それは……」

 

問われて咄嗟には答えられなかった。

 

「私にはそもそもそれが分からない。どうでもよくはないですか周りの奴らなんて、それこそ生きていようが、死んでいようが」

 

「そんな、そんなのはダメだ!」

 

「何故?」

 

「だって生きているのだぞ? 死んでいいなんておかしいに決まっているだろう!」

 

「……あなたはとても優しいですね、理解できない程に」

 

何を思ったのか目を伏せてそう呟く。

掌を上げ指の隙間から流れるお湯を眺めた後、もう一度こちらに視線を向けた。

 

「ですが受け入れてください現実を。全ての人間達が私達を受け入れてくれるわけではないことを」

 

「っ――でも……・それでも妾はクラスのみんなのことを、舞ちゃんのことをっ!わ、わらわは!」

 

「人間は誰もが優しい訳ではありません、あなたはそれを知っているでしょう? 藍原延珠」

 

 

 

 

そうして思い出されるのは蓮太郎と出会う前、殺意と悪意の渦巻いた世界。

 

 

存在を否定されて罵声と暴力を浴びせられた日々。

 

 

 

 

なら妾は……間違っていたのか?

無理だったのか、所詮無駄なことだったのか?

 

 

 

知らず目尻には涙が溜まっていた。

唇を一文字に結び悲しみに耐える延珠、しかしそこに光明差し込めたのもまたギンだった。

ですが、と言葉を繋げる。

 

「諦めるかどうかはあなた次第です」

 

「え?」

 

「私は確かに周りに興味はありません。ですがあなたがどうしたいかは私の関与する所ではありません」

 

呆けた顔で延珠は顔を上げた。

ギンの妾を見る視線は相変わらず冷ややかな色を宿し、しかしそれに温かさのようなものが見えた気がした。

 

「何があったのかはハッキリとは分かりませんが大体の察しはつきます。それを踏まえた上で言うならおすすめはしません。私達と人間は確かに交わることが出来ないわけではない。ですが何度も言うようにそれは全ての人とではない、むしろ限られた、ごく僅かな人々です」

 

「……知っている」

 

妾にとっての里見蓮太郎。

ギンにとっての鉄災斗。

 

「私は人間でもない私を、私達を受け入れてくれた優しいマスター、災斗様を……ここに住む私の大切な家族を守りたい。だから家族を傷つける者は許さないし許せない」

 

「……家族、だけ」

 

「はい、家族だけ。それ以上望む気もないし必要もない」

 

「…………」

 

「それ以上望めばそれすらも壊れるかもしれません。それでもあなたは諦めませんか」

 

「妾は――」

 

蓮太郎、家族、失いたくない者。

それが壊れる。

考えるだけで身体が震える。

恐い、怖い、でも――。

 

「諦めたくない……信じたい、友達を、妾は信じたい!」

 

「そう、ですか。なら止めることはしませんよ」

 

「……うむ。妾も覚悟が決まったぞ!」

 

立ちあがり拳を握りしめて大声を出す。

 

「妾は絶対、また舞ちゃんと友達になってみせるぞ!!」

 

そういって笑う延珠、その手をギンが引っ張り再び浴槽へと沈めた。

 

「わっ、ぷっ!な、何をするのだギン!?」

 

ギンは黙って妾の背中に手を回して妾の身体を抱きしめた。

 

「あの、ギン?」

 

何もしゃべらないギンに少し恥ずかしく感じながら恐る恐る声を掛ける。

 

「そんな痛々しい笑みされたらあなたの大事な人が辛いですよ」

 

「……バレバレか?」

 

「バレバレすぎです。微塵も隠れてないし、むしろ隠す気あるんですか? やる気あります?」

 

「そ、そんなにか」

 

「はい、だから……今は泣いていいです」

 

「でも、妾はさっき頑張ると――」

 

「だから今、今だけです。ここを出たらまた笑ってください」

 

「……泣いても、いいのか」

 

「はい」

 

心のうちに何処に行くでもなく溜まったこの想い。

心を傷つける鋭い棘。

 

この痛みに耐える、とそう決意させたのはギンなのに。

その矢先にこれか。

 

「ひどいな」

 

「そうですね」

 

先程興味ないといったばかりなのに妾の事をこんなにも気にかけてくれる。

妾が悲しみに押し潰されないように。

 

「やさしいぞ……ギンは」

 

「そう……ですか」

 

「……うむっ」

 

 

――絶えず妾を傷つけようとする『世界』の残酷さ

 

 

癒すために、覚悟を決めるために思い出したくない過去を噛みしめながら妾は泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■鉄災斗■

 

 

男、鉄災斗ただいま人生の岐路に立っておりまする。

 

 

「マスターはどうしますか」

 

泣いてた延珠たんをキャプチャーして家に連れ込み――ゲフゲフ、家に保護してきた俺達。

会話の流れを見守っていた俺にまさかのギンたんからの一緒にお風呂入りませんか宣言。

 

 

YESorNO!?

 

 

どっちにするんだ、俺!?

 

 

 

 

選択肢『YES』

 

 

「行きます!!!」

 

「え? ま、まさか妾達と一緒にお風呂入りたいんですか? ロリコンだなっ!!」

 

「……私もさすがに災斗さんの人格を疑わずにはいれないな」

 

「そんな、マスター……信じていたのに」

 

 

 

BAD END

 

 

 

 

 

選択肢『NO』

 

 

「いや……悪いが淑女の裸を見るわけにはいかぬ」

 

「……鉄災斗……かっこいいぞ、ぽっ」

 

「災斗さん……やはり素敵だ、ぽっ」

 

「マスター大好きです!」

 

 

 

HAPPY END

 

 

 

 

ここまでの思考時間コンマ一秒。

 

……うむ、やはりここは紳士として断っておくか。

そして最後に訪れるのは美少女との結婚END……ぐふ、ぐふふふ。

 

あーコホンっ、悪いが、今回は―――「いい、の」

 

 

く、口が自立稼働した……だと!?

理性が欲望に負けたかっ!

 

い、いや言っちゃったもんは仕方ねぇ。

このまま突っ走るぜ!!

 

 

……うん、でもちょっと待って。

実際「いい、の」ってどうよ。

ちょい今のきょどってなかったすかね?

キモいとか思われてへん?

 

 

「な、だ、だめだぞ!妾は蓮太郎のフィアンセ!夫以外に体を見せるわけにはいかん!!」

 

 

里見蓮太郎コロス。

アイツマサカ延珠タントオフロイッショニハイッタリトカシテンジャ……。

 

ハッ!

 

イヤ待て!!

ダークサイドに堕ちるな、俺!

俺も今から延珠たんとお風呂をトゥギャザーできるんだから……デュフフフ。

うん、そうだそうだ、よく考えてみれば最高じゃないのよ~。

これなんてご褒美ww

マジでかみさまあざーすww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談です。マスターはそんなデリカシーの無いことはしません。ね、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カ  ミ  ハ  シ  ン  ダ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……も、ちろん(震え声)」

 

あまりの仕打ちに俺が肩を落としているとシロたんとクロたんが俺の両サイドに組み付いた。

 

「おにーちゃんはくろとはいろーね♪」

 

「しろも!しろもはいるの!」

 

「な…なら私は背中を流さそう」

 

無邪気なクロたんとシロたん、それに顔を赤らめ恥ずかしがってる椿たんの発言。

 

おふ――ろ?

美少女三人と?

一緒にキャッキャウフフ?

おふ、ろ……。

 

 

 

 

 

〓〓〓 Imagine time 〓〓〓

 

 

 

 

純白の泡が浴槽から飛び出し辺りを白く染め上げる、正にそれは無垢なるキャンパス。

 

そしてそのキャンパスを彩る二人の少女。

華奢で小柄なその体躯は触れば壊れそうなほど繊細で保護欲を掻きたてる。

 

「おにーちゃん……くろが洗ってあげるねっ」

 

「しろはぁ~、こっちっ」

 

こちらに近づいてきたことで二人の姿がさらにはっきりと目に映った。

何やら何時もとは様子が違い二人の細められた瞳からは驚くほどの色香が漂っていた。

思わず後退した俺を逃がさんと俺の両腕に跳びついた。

両の手にそれぞれの指が絡まり滑るように移動していく。

それが二の腕に達した辺りで俺はくすぐったい感覚を感じ思わず声を漏らした。

 

「ふふ……おにーちゃんかわいい♪」

 

「もっと洗ってあげるね」

 

何故か上手い二人の洗い方(テクニック)に翻弄されていると背後の戸口が開く音がした。

背後を振り返ろうとして、しかしそれよりもはやく背中に衝撃を感じた。

災斗は反射的に身を強張らせるが背中に触れるのは決して俺を傷つけるものでなくむしろ温かく柔らかいものだった。

 

「……災斗さん、お背中お流しします」

 

声の主、それは椿だった。

それを確認し身体の硬直が解れ―――ずにむしろどんどん緊張していく。

 

俺の背中、それを包み込むように触れるソレは……ま、まさか!?

 

そう認識してしまえばこの極上シチュで俺の妄想力が留まる筈もない。

 

高まる体温。

 

早まる心音。

 

そして無慈悲にも最後の一撃が降り下ろされた。

 

 

 

「災斗さんの……大きい(背中的な意味で)」

 

 

 

 

 

 

臨・界・点・突・破!!!!!

 

 

 

 

 

 

ブボォッ!!

や、やばい!!

オ、おフロオフロお風呂オフロおふろお風呂お風呂オフロお風呂オフロお風呂オフロおふろオフロオフロお風呂オフロおふろオフロおふろお風呂ぉっっっっ!!!!!

 

バーサーク状態に成りかけた己を鋼の理性で押し止め何とか意識を取り戻す。

 

フシュッー……!フシュッー……!

ん……あ、あれ?

いつの間にやら俺の両手の花が消えている。

 

見れば椿の両サイドにシロたんとクロたんが抱きついていた。

 

……あ(察し)

やっぱ……あれなのかな……。

オカン(椿たん)>オトン(俺)みたいなのがあるのかな。

いつかは「災斗くさ~い」とか「キモッ、死ね」とか言われたり……。

 

思わずそんな未来を幻視して血の気が失せる。

 

 

もしそうなったら……うん、死のうか……。

 

などと考えていると何やら向こうは話が終わったらしい。

 

「……もういいの」

 

「ああ、もう大丈夫だ。決戦は持ち越しだ」

 

……決戦?

なんぞそれ?

 

「……そう」

 

「ああ、私は今のうちに食事の準備をしてしまうことにするよ」

 

「しろもてつだうー!」

 

「くろも!くろもてつだうのー!」

 

とりあえず相づちをうった俺はそうして離れていく三人の姿を眺めていた。

そしてその姿が扉の向こうへと消えたのを確認し和やかだった自分を完全にシャットアウトして意識を切り替えた。

 

 

こっからは油断なんてもんは許されねぇ。

全力全開……本気の本気だ。

甘い冗談などもはや許されぬ。

 

 

 

 

―――――それは一世一代の大勝負(ギャンブル)

 

 

 

 

降りるなんて選択肢は最初(はな)からない。

 

 

賭け金は俺自身。

 

ん?

自分を賭けるのにそんな簡単に決めていいのかって?

 

確かに何もしなければ身を焦がすことはねぇ。

でもよ……自分から動き――「災斗ぉ~」

 

ビクンッ!!

 

突然の声にキョドり思わず跳びはねる。

そして振り返りソファーの上で半身を起こすいろはたんを視界内におさめた。

 

瞬間移動――そう見紛う程の高速でいろはたんの前に移動する。

 

 

目は――半開き。

口元に――涎あり。

結論――かわええ――じゃなくて!半寝状態です。

 

だが、今はまずい。

寝ていてくれ!!

 

身体を優しく出来る限り自然に横倒しにする。

そして完全に横になった瞬間、いろはが再び声を発した。

 

「災斗ぉ」

 

 

ビクンッ!!

 

 

「……汗、臭い」

 

 

 

 

 

 

……………動きっ―グスっ、ださなきゃっ――ッ――なんも手にはいらねぇんだぁっ!

〈ゴシゴシ〉……財宝も、栄誉も、愛も、手に入れる奴は自分から動く奴なんだよ。

俺は後悔したくねぇ、後悔しても遅ぇんだよ!!!

……スン…だから、さ……俺は行くよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覗きにィナァっっっっ(やけくそ気味)!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジジッ―――こちらス●ーク、ミッションを遂行中。

現在は脱衣所前にて待機しています。

 

木製のドアに耳を押し付け中の音を探る。

 

「風呂は普通なのだな」

 

「マスターはお風呂はこれがいいと言ったので」

 

Ah? 

なぜ風呂場を大きくしなかったかって?

AHAHA!!そんなの決まってるじゃないか……一緒に入った時、温泉スケールじゃ密着できないからに決まってるだろ(真顔)

 

 

俺はギンたん達が風呂場に入っていった音を聞き、万機を期すため数分経ったのを確認した後、中に侵入した。

まず、目についたのは脱衣した衣服達。

 

 

――いや!!待て、さすがにこれはダメだろ!?

 

悪魔『ケケケッ、なぁ~に言ってやがる。今さらだろ、ちょっと進むだけじゃねぇか』

 

――いや、でも……これはさすがに……。

 

悪魔『おいおいおいおいっ!ここまで来てまさかブルっちゃったんですかぁ? いいからやれって、ほらぁ、ホラホラぁ』

 

 

くっ!俺の中の悪魔が俺に悪事をしろとっ!

助けてぇっ、天使さぁーん、俺の心の中の天使さぁーん!!!

 

 

天使(893)『…………』

 

――え?

 

悪魔『え?』

 

 

現れたのは右のこめかみから右目を経由し頬までに裂傷痕を持った黒髪オールバックのスーツおじさんだった。

厳ついその顔は明らかに一般人ではなくヤーの人だ。

ただ頭についた黄色い輪っかがめちゃシュール。

 

 

――あ、あの……。

 

天使(893)『ヤレ』

 

――はい?

 

天使(893)『ガキ共のパンツ持って部屋行け』

 

――いや、あの……それは。

 

悪魔『あの……俺もさすがにそれはやりすぎ、ってゆーか……ハハッ』

 

天使(893)『ア ァ゛?』

 

悪魔『すいませんっした!!!おいヤレ!早く持っていけや!!』

 

――テメェッ……。

 

天使(893)『おい、早くヤレ』

 

 

そう命じられる俺。

半端ない威圧感に思わず首を縦に振りそうになるのを耐える。

 

 

裏切る?

ギンたんを?

延珠たんを?

 

 

見たくないのか?

見たい見たい。

でも――

 

 

――それでも……それでも俺は裏切りたくない!!

 

天使(893)『……はっ、青臭ぇな……でも少し昔を思い出したぜ』

 

――っ

 

天使(893)『いけ、お前はお前の道を』

 

――………ハイッ!!!……ぺっ

 

 

ファーザーと情熱的なやり取りをした俺は悪魔に唾を吐きかけてから風呂への扉の前に仁王立ちした。

一枚の扉越しに聞こえる水音……この中にギンたんと延珠たんが……ハァハァっ……!

 

などとハっちゃけているとなかから真面目な声音が聞こえてきた。

 

「……ギンは自分が何なのか考えたことはないか?」

 

 

………………。

 

 

…………。

 

 

 

……。

 

 

その言葉を皮切りに聞こえてきたのはこの世界で残酷に生きることを強いられた少女の慟哭。

 

 

 

生きていていいのか、と。

 

何のために生きればいいのか、と。

 

本来なら子供が考えることも、必要もないことを泣きながら語りだす。

 

 

 

…………。

 

……うん、まあ……とりあえず延珠ちゃん優しすぎるね。

俺だったらむしろブチギレて暴走してますわ。

てゆ~かぁ、ギンたんの説教がナイスすぎるぅ!

イケメンすぎだゼ!!

そ・れ・にっ、裸で抱き合う幼女見てぇ―――――――――――っ!!!!

 

 

 

「あれ? おにーさん」

 

はいごにマリアがあらわれた。

 

「なにしてるんですので?」

 

こちらのようすをうかがっている。

 

「……た、タオルを取りに」

 

くっ、これでイケるか?

頼む頼む―――頼むっ!!

 

「おお、そういえば頭がビッショリですので!」

 

とぅるるっとぅんとぅーん!!

NICE SAFEッ!!!!!!

 

あれ?

というかマリアたんは何しにここへ?

 

「マリアは?」

 

「えっとー、わたしは延珠? という娘にせーはんざいしゃが来たと伝えようと思ったんですので」

 

ん、ああ。

蓮太郎、来たのか。

そっかそっか、来たか来たか。

 

「おにーさん?」

 

何やらマリアが不思議そうな表情でこちらを見ていた。

その頭にポンと手を置いて優しく撫でる。

 

「延珠には言わなくていい」

 

そう言うと返答を待たず俺は扉を開け蓮太郎がいるであろう通路へと向かった。

次第に声が聞こえはじめたどり着くとそこにいたのは松崎、椿、青葉、それにシロとクロの五人。

丁度、松崎の挑発染みた発言に蓮太郎がキレて怒声が通路に響いたところだった。

 

 

「俺達の事何も分かってないお前がっ!!偉そうに語んじゃねぇっっ!!」

 

さてさてさてと、ギンには延珠を任せたし……俺の担当はこっちかね、っと。

 

五人の前に立って蓮太郎を睨み据える。

 

「……吠えんな」

 

「あぁ? っお前は……」

 

里見蓮太郎よぉ……おまえさっきから何様のつもりだよ?

さっきから自分の願望垂れ流しやがってきゃんきゃん吠えやがって。

 

「カス野郎が」

 

「っんだと?」

 

こちらを睨みつける蓮太郎に一足で近づき蹴り飛ばす。

 

「ッ――!?」

 

それを受けた蓮太郎の身体は簡単に宙を舞い梯子の辺りまで一気に吹き飛ばされる。

 

「つぅ―――お、おまえ!一体何の――」

 

「表、出ろよ」

 

 

 

 

 

 

梯子を上った地上、そこでは激しく雨が降っていた。

身体が濡れるのすら気にせずに俺達は睨みあう。

少し離れた位置にいる松崎達は動くことなく、事態を静観するようだった。

睨みあいを続ける俺達、最初にその口火を切ったのは蓮太郎だった。

 

「で……てめぇはいきなり何のつもりだよ」

 

こちらを睨みつけそう言い放つ。

声には隠す気のない憤怒が見てとれた。

しかし全く気にならない。

むしろ俺にも気にする余裕がない。

 

 

「……お前は――」

 

俺だって脳が沸騰するんじゃないか、と思うほどの怒りを感じているんだから。

 

 

 

 

「男じゃない」

 

 

 

 

里見蓮太郎を睨み据えそう告げる。

 

「はっ、なんだよそれ、なにが言いてぇっ!」

 

「延珠は泣いてた」

 

「っ!」

 

それを聞いた蓮太郎の顔に動揺の色が浮かぶ。

 

藍原延珠の心の支柱は里見蓮太郎だ。

今さらそれを変えることは出来ない、だから俺が代わりにはなれない。

何かあればどんなことを口では言いつつも心では必ずお前を求めている。

 

「お前の役目だろ」

 

お前しかやれない、お前が自分で引き受けた責任。

 

「つぅ―――るせぇっ!うるせぇんだよ!!お前に何が、何が分かんだよ!!」

 

そう叫びつつ蓮太郎がこちらに向かって駆ける。

 

素早い動き、常人を凌駕するソレ。

しかし俺の目にはあまりにもノロい。

 

突きだした拳が―――

振り抜いた足が―――

 

どんな攻撃がどこからきても全てが空を切る。

一撃も、掠ることさえもない。

 

「うぉあああああああああああああっ!!!」

 

見えてんだよ雑魚野郎。

テメェ、揺らぎまくってんじゃねぇかよ。

内心でビビってんだろぉが、アァア゛?

 

「てめぇに、てめぇに俺達の何がッ!!」

 

見え見えだ、ボケ。

何も知らず正義だ何だとほざいておいて、実際の現実を知ったらビビって萎えてんだろ?

それで延珠のことほっぽり出して自分のことで一杯一杯てか?

手ぇ差し伸べたのはテメェじゃねぇのかよ。

 

「俺は、俺達は――!!」

 

おいおい舐めてんのか、こら。

 

「お前」

 

そんな安っぽい気持ちでテメェは『俺達の何が分かる』なんて言葉を吐いたのか。

分かってねぇのはどっちだよ。

弱いし言葉に重みもねぇし、なによりも男の矜持もねぇ。

そんなんで生きてて意味あんのか?

いや……あるわけねぇよな。

だから――。

 

 

「死ねよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■里見蓮太郎■

 

 

突きだされた拳、それを俺は咄嗟に腕をクロスさせることでブロックした。

拳は完全に阻まれ俺の身体に届かない。

 

しかし――その上から衝撃が蓮太郎の身体を貫いた。

 

「が、ハッ!」

 

たった一撃、それだけで俺の身体は限界を迎えそうになる。

地に片膝をつけ荒い息を吐く、そんな俺を待つことなく追撃が迫る。

凄まじい速度で振るわれた蹴り。

 

避けるには遅すぎる、受けるのも難しい。

 

だから蓮太郎は自分から前に踏み出し災斗の足に組みついた。

これで蹴りは当たらない。

しかし、不意に蓮太郎の身体が宙に浮いた。

 

「な!?」

 

災斗は何でもないように蓮太郎が組みついたままの状態で片足を上げた。

 

ありえねぇっ!?

俺の体重幾つあると思ってんだ!

 

そのまま足を振り抜いて蓮太郎の身体を飛ばす。

落ちた場所にあった瓦礫に身を打ちつけて悲鳴を上げる。

 

「ぐはぁっ!」

 

「…………」

 

倒れた俺を冷ややかな目で睨みつけ、そう言う目の前の男。

身長も俺より低く明らかに年下、しかしその身体能力は俺など到底及ばない。

 

「く、そが……っ!」

 

あばらが折れたのか痛む胸を押さえながら悪態をつく。

そんな俺を見る鉄の目。

その眼に宿るのは――憤怒、憐憫、そして失望。

 

 

――なんでそんな目をおまえに向けられなくちゃならねぇ!!

 

 

そう叫びたい――が歯を食いしばりそれを飲み込む。

 

「分かってるよ!!俺にだって!!」

 

知ってる、ああ知ってるさ!

 

「ああ俺が悪い。延珠のことだって俺が気にかけてやらなくちゃいけなかった!」

 

油断していた。

このまま何の問題もなく生活していられると。

延珠はこのままで大丈夫なんだと。

でも、でもよぉっ――。

 

「仕方ねぇだろ!!延珠ばかり見てられる訳じゃねぇんだっ!!」

 

 

 

 

『呪われた幼女達の現実』

 

――俺の甘さを容赦なく捻り潰された。

 

 

 

『蛭子影胤』

 

――俺が足掻いたとして、勝てるかどうかも分からない敵。

 

 

 

『七星の遺産』

 

――意味の分からない、ただこの東京エリアに災禍を巻き起こすと言われたソレ

 

 

 

こんなもんに直面して、その一つですら対処に困ってんだぞ!!

俺が、俺なんかが延珠に何ができたってんだよ!?

 

 

 

 

 

 

 

「……言い訳は終わった?」

 

それを聞いた鉄はこちらを馬鹿にしたように一言、そう言い放った。

明らかな挑発、何よりも事実を突かれた俺は一気に頭に血が上った。

意味不明な叫び声を上げながら目の前の男を殴ることだけ考える。

しかし俺は立つことさえ許されなかった。

 

「ッ――ぐぅ」

 

首から上が消えたんじゃないかと思うほどの衝撃を感じた後、俺はアスファルトの上にうつ伏せで横たわっていた。

 

「……惨めだな」

 

上から掛けられた声に宿るのはまたしても失望――そして憐れみ。

 

 

――もういいだろう?

 

――それ以上惨めを晒すな、終わらせてやる。

 

 

そのような幕引きでも薦めるかのようなニュアンスがそれには含まれていた。

それは合っていたのだろう、俺の頭上に厳つい黒のブーツに包まれた足が翳される。

 

死んだか?

パンチであの威力だ、踏みつぶされれば頭など簡単に潰れんだろ。

 

傷ついた身体には力が入らず、しかし冷静にそんなことを考える。

今の蓮太郎はまさしく断頭台に固定された何も出来ず死刑を待つだけの男。

 

ここで終わり、そんな最後の時に蓮太郎が考えたことは――何もしてやれなかった相棒への謝罪だった。

 

 

 

 

――悪ぃな……延珠。

 

 

 

 

そして鉄災斗の足(ギロチン)が俺へと落とされた。

しかしそれが俺へと振り下ろされる前に激しい金属音が響いた。

 

視線を上げるとそこには何時の間にやら手にした幅広の槍をかかげそれで延珠の跳び蹴りを防ぐ鉄の姿があった。

 

「え、延珠――っ!」

 

地面に足をつけた延珠は即座に俺の近くに来ると俺の身体を掴み鉄から距離を取った。

手を放されると俺の身体は崩れ落ちた。

 

「何をぼさっとしておる蓮太郎!早く立つのだ!」

 

「お前っ、なにを」

 

「妾は蓮太郎の相棒(パートナー)、蓮太郎の傍にいて何が悪い!」

 

「でも、お前……今朝の」

 

「吹っきれた」

 

「は?」

 

「もう心配はいらん。乗りきった!妾は守るだけだ、蓮太郎を、友達を!!」

 

乗りきった――自分でか?

はは……何だよそれ、俺がグダグダ悩んでたのにこいつは一人で覚悟決めたってのかよ。

 

「……ふざけんなよ」

 

それじゃ俺はホントにこいつに頼りっぱなしじゃねぇか!

コイツの方が全然、正義の味方してんじゃねぇか!!

 

 

 

 

情けなさすぎんぞ――俺っっ!!!!!

 

 

 

 

両手で頬を思い切り叩く。

延珠が驚いたようにこちらを向いてきた。

それを見つめ返し問いかける。

 

「……なあ、延珠? 俺は今回みたいにまたお前のこと見てやれねぇかもしれない……それでも俺と一緒にいてくれるか?」

 

「当たり前だ!妾は蓮太郎のフィアンセ、絶対に離れないぞ!!」

 

すぐさま、考える事もなく延珠はそう言ってこちらに満面の笑みを向けた後、胸を張って視線を鉄に向けた。

 

「災斗、お主は強い!だが蓮太郎の愛の力を得た妾はその100倍強いぞ!!」

 

自信満々にそう言い放つ。

それに思わず目が点になった。

 

っコイツ……いきなり何を言うかと思ったら――くくっ。

 

思わず笑いがこみあげてくる。

しかしそれを堪え深呼吸をする。

 

「すぅ――――ったく、しょうがねぇ、なぁっ!」

 

んな事言われて俺だけ寝てらんねぇだろうが!!

 

まだ痛みを訴える身体に鞭を打ち立ちあがる。

しかしやはりダメージの残っていた俺の身体はよろめく、が隣に立つ延珠が俺を支え何とかバランスを保った。

俺が寄りそった状態のまま二人で鉄に視線を向ける。

 

相手は明らかに強敵――でも俺たちならやれる!

 

「こっちは二人だけどよ――第二ラウンドといこうぜ!お前は俺らがぶっ飛ばす!!」

 

溢れる自信に後押しされるように笑みを作りながら俺達は鉄と向かい合った。

 

 

「…………」

 

しかし鉄は一言も発することなく俯き立っているだけ。

その静けさを断ち切るように俺達と鉄の間、そこに三人の少女が降り立った。

 

 

 

 

 

――あ、これはヤバい。

 

先ほどまで湧きでてきていた自信は掻き消えて恐怖が俺達の闘争心を塗りつぶす。

 

 

 

 

――銀髪の少女――銀丹は冷静な口調の裏に隠しきれない今にもこちらを噛み殺さんとする激しい殺意を抱きながら目の前の敵を見据えた。

 

「延珠、言いませんでしたか? 家族を傷つけるなら許さない、と」

 

 

 

 

――紫髪の少女――椿は無手ながらも抜き身の日本刀のような研ぎ澄まされた威圧感をもって目の前の敵を黙らせる。

 

「……調子に乗るなよ、おまえら。それ以上このような茶番で災斗さんを愚弄する行為を繰り返すなら叩き斬る」

 

 

 

 

――金髪の少女――青葉は今にも跳びかかりそうな荒々しいむき出しのままの怒気を目の前の敵に叩きつける。

 

「むかつく、あんたらマジむかつく。災斗のこと馬鹿にしすぎなんだけどッ!!」

 

 

 

 

駄目だ、勝てる気がしない。

かつて本気の木更さんと相対した時のような無力感。

何をしても負ける、勝てる未来(ビジョン)が浮かばない。

 

 

 

しかし、それは他ならぬ彼らの庇う鉄によって止められた。

 

「……みんなもういい」

 

「マスター、ですが」

 

「大丈夫だから……ありがとう」

 

「……分かりました」

 

「私も災斗さんがそれよいと言うのなら」

 

銀丹と椿は渋々といった体だったがそれでも言葉を聞き入れ退いた。

しかし青葉は違い、未だ腹の虫がおさまらぬと怒鳴った。

 

「絶対に無理!あいつらの為にわざわざ災斗が悪役やってあげたのは分かる。でもむかつくものはむかつくのッ!!」

 

犬歯をむき出しにして俺達を睨みつける。

三分の一になりかなり薄れた威圧感に俺達はすこし安心する。

とはいえそれでも少女は明らかに強者としての雰囲気を発していた。

 

 

戦いは避けられない――そう思った俺達の予想をまたも鉄が覆す。

 

 

膝をつき青葉に目線を合わせた災斗はその肩に手を置く。

 

「青葉……お願い」

 

「で、でも!アタシはあんたのためにッ」

 

それに少したじろいだが、しかしと言い返す。

 

「うん……だから代わり―――」

 

 

 

 

 

『一つなんでも言う事聞く』

 

 

 

 

 

瞬間、空気が凍った。

その硬直から最も早く復活したのはその提案を受けた青葉だった。

災斗の肩をがっしりと掴む返す。

 

「今のホントよね。言質取ったわよ、嘘ついたら許さないから」

 

青葉の発する先ほどとは違った別種の恐怖にコクコクと災斗は頷いた。

 

「ならいいわ、許したげる♪」

 

またしても一変―――上機嫌になった青葉は笑顔でそう言った。

しかし、それに異を唱える少女が二人。

 

「ちょ、ま、待ってください!それはおかしいです」

 

「なぜ駄々をこねた青葉の方がそんなっ!」

 

「あー!あー!うっさい、二人とも。災斗の迷惑でしょ。黙ってなさい」

 

「青葉ァ……あなた急に手の平を返してっ!」

 

「そうだ!卑怯だぞ青葉!!」

 

「はん……負け犬ほどよく吠えるわね」

 

「「つぅ――青葉ぁ!!!!」」

 

 

 

先ほどの緊張感は何処へやら、別の案件でもめ始めた三人を無視して鉄はこちらに近づいてきた。

それに身構える。

しかしその目にはもはや戦う気など欠片もなくむしろこちらを労わっているようにすら見えた。

 

「……もう手を離すな」

 

「っ!………ああ……必ずな」

 

……さっきの金髪が言ったようにやはりこいつ俺達のために。

 

「もう間違えたりしねぇよ……少なくとも延珠がいる限りな」

 

「……ならいい」

 

スッと俺の前に手が差し出される。

俺はそれに驚き、しかし思わず浮かんでしまった笑みに顔をにやけさせながらその手を掴む―――寸前。

 

「待ちなさい!!落ち着くんだ、二人とも!」

 

大声が響き、それに続き何やらシュルシュルと摩擦音が俺の背後から聞こえてきた。

 

 

「……あ」

 

目の前の鉄から聞こえた呆けた声に視線を向けると何やらその表情が青ざめているように見える。

その目線は明らかに俺の背後を見据えている。

何やらとてつもなく嫌な予感を感じながらも俺はゆっくりと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――森

 

 

 

 

 

頭が可笑しくなったわけではない。

そうとしか言い表せない光景が目の前に広がっていた。

先ほどまでアスファルトが広がり、木の一本もなかった場所にたくさんの木々が茂っている。

 

 

「んなっ―――!?」

 

その中でも一際巨大な樹木の下、その場所には複数の人影が立っていた。

 

「これはケンカでは無いですので、泣きやむんですので!」

 

「災斗くんも今は落ち着いてるから、ほら!怖くないないよ!」

 

上からマリア、松崎だ。

そしてその二人の間には同じく二人の少女が立っていた。

 

「ぐすっ、けんか、しちゃ、だめなのー!」

 

「なかよくしなきゃだめっ!」

 

涙声でそう言っているのは茶髪の小柄な少女、二人。

似たような言葉を繰り返すだけで全く周囲の言葉が耳に入っていないように見える。

そして段々と大きくなる二人の嗚咽に連動するように伸びた蔓が荒ぶりうねっている。

 

「もうダメですので!!」

 

マリアはそう言って松崎の身体を掴むと二人から離れた。

 

 

そしてその一連の流れを眺めた鉄は心なしか震えた顔でギン達を、蓮太郎は真っ青な顔で延珠を見た。

 

「……ギン、椿、青葉」

 

「……延珠、俺達はパートナーだ、信じてるぞ」

 

切実に助けを求める二人に対してそのパートナーが出した結論は――。

 

「すいませんマスター……これは自業自得だと、受け入れてください」

 

「責任は取るべきだと、思う。申し訳ない」

 

「というかさっき勝手にケンカしたあんたが悪いッ!!一遍死になさいッ!!」

 

「蓮太郎、ソレはソレ、コレはコレだ。大丈夫、妾は蓮太郎を信じている」

 

 

 

 

 

判決:有罪(ギルティ)

 

 

 

 

 

その並はずれた身体能力をフルに活用し跳びのく四人を眺めながら蓮太郎は隣にいる男に声を掛けた。

 

「……お前なら避けれんだろ? 逃げねぇのかよ」

 

俺と違い怪我もないし、何よりもコイツの身体能力なら余裕で安全圏まで逃げれるはずだ、にもかかわらず動こうとしないこの男。

 

「……避けちゃいけないだろ」

 

呟かれた言葉を聞き、そして理解して思わず笑いが漏れた。

 

「ぷっ、はは……そうだな、俺達、男だもんな」

 

「……ああ」

 

視線が重なりあい互いにココロとココロで語り合う。

 

 

 

――さっき殴り合ったばっかだけどさ……お前とは仲良くなれそうだよ

 

――奇遇だな……俺もそう思ったとこだ

 

 

 

視線を切り、二人は黒と白の方に目線を向ける。

そこには先ほどよりはるかに荒ぶる蔓のムチ。

 

 

 

――あれは痛いな

 

――確実にな

 

 

 

だがそんな心境とは裏腹に二人は手を広げあたかもそれを受け入れるように構え直す。

心なしかその顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんでいる様に見える。

 

 

 

「「ケンカしちゃ―――っ!!」」

 

 

 

里見蓮太郎は覚悟を決めた自分自身を、受け入れてくれた相棒を裏切らないために。

 

――俺は男になったんだよ、来いっ!!!

 

 

鉄災斗はブレない。

 

――むしろご褒美ですっ!!!

 

 

 

 

「「ダメェェェ――――っ!!!!!!!」」

 

 

 

三桁に及ぶほどの蔓が二人の漢達を襲った……が、決して二人が悲鳴をあげることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後の里見蓮太郎はこう語る。

 

「鉄のパンチの百倍痛かった」

 

 

 

 

後の鉄災斗はこう語る。

 

「俺って…………M、なのかな……不思議と、嫌じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物紹介


白・黒

植物系のイニシエーター

まだ能力を上手く制御できていない。
しかし感情の高ぶりに伴い植物の異常成長や簡単な命令も可能になる。


椿、青葉については今後明かしていきます!

あと延珠の仲直りは一巻終了後に間話として書く予定ですので。

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