ターフの魔術師   作:スーミン・アルデンテ

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第10話:7枠13番

 旧校舎での用を終えたルドルフは生徒会室へ戻らず、第一練習場へと足を向けた。学校は夏休み前で生徒会としての業務は一段落ついており、彼女が特にいなければならない用はない。

 夏とはいえ西日がさす時間帯だったが、練習場にはトレーニングに励むウマ娘たちが見える。そしてそれを見つめるトレーナーも。

 

「会長、どうした? 今日は生徒会に顔を出すと聞いていたが」

「ええ、用のついでなので、お構いなく」

 

 ルドルフが断りをいれると、ラインハルトはその整った顔を正面に戻した。目前にレースを控えた者がいないため、彼が出張る必要はさほど無かったが、彼女らの若き閣下は練習している者を見かければ、それが自主トレであっても、姿を見せるのが常だった。

 トラックを流していたマルゼンスキーがこちらに気づいた。

 

「グラス、テイオー、集合よー! 」

 

 声をかけられた2人の行動は早かった。特にグラスは一目散に駆け出し、マルゼンスキーをかわした後ラインハルトの前に一番に到着するなり、優雅に一礼した。

 

「お疲れ様です、閣下。会長も」

 

 空色の瞳をうっとりとさせ、グラスはラインハルトだけを見ていた。が、熱烈な視線に当てられた当の本人は意に介していない。

 その美しい彫刻を思わせる相貌をわずかに綻ばせて、蒼氷色の瞳をグラスに向ける。

 

「ああ、疲労は残っていないようだな」

「ええ、おかげさまで気持ちよく勝つことができましたので、身体も浮かれているのでしょう」

「お前には宝塚すら役不足だったか」

「スペちゃんやエルが出てくれてたら良かったのですけれど、合宿前なので仕方ありませんね」

 

 マルゼンスキー、テイオーも揃うと、彼女らはラインハルトの前に整列した。これはギャラクシーにおいて慣習と化している。誰が始めたかは定かではないが、このような肩肘張った形でもないと双方とも会話に困るのがチームの現状だった。原因の大半はラインハルトに帰される。このギリシャ彫刻を思わせる完璧に整った美貌をもつトレーナーは他人との会話が絶望的に下手なのである。初年度にルドルフを担当した際にはあまりに会話がないため、彼女はなんとかきっかけを作ろうと懸命にユーモアを磨き、改善に取り組んだという。

 もっとも試みは無駄に終わった。ラインハルトが興味を示す話題といえばウマ娘のこと、レースのことぐらいのもので、ルドルフのジョークは一顧だにされなかった。彼女は生徒会長になって初めて自身のギャグが日の目を見る機会を得た、と喜びを表していたが……。

 結局、彼女とラインハルトの間に私語が交わされ始めたのは、コンビを組んで半年経ってからで、ジュニア・トゥインクルにおいて皐月賞を獲ったときのことであった。第三者から見れば他愛のないやりとりだったが、当人たちからすれば大きな進歩と言える。その後夏休みを経て、編入生のマルゼンスキーを迎え新たにチームを組んでからのラインハルトにはやや改善の姿勢が見られた。しかし、未だ硬さが抜けきらない。

 

「テイオーはどうだ? 菊花賞まで先は長い。今から背伸びするのは考えものだぞ」

「んもー、そんなことは分かってますってば」

 

 テイオーは口を尖らせる。が、ラインハルトの心配も無理はなかった。皐月賞、ダービーは間隔が短く、調整が間に合ったとはいえ、かなりの負担が脚にかかったはずである。当初はダービーから夏合宿までの間の自主トレ禁止を言い渡されていたはずだが、そんなことはお構いなしにテイオーは放課後練習場に顔を出し続けており、ラインハルトも根負けしたのか、最近は何も言わなくなっている。

 彼女の熱心さにはルドルフもオーバーワークを懸念せざるを得ないが、当の本人が楽しそうに走っている姿を見ると、ついつい小言を引っ込めてしまうのであった。

 

「ねえねえ、私は? 私には何かないのかしら? 」

「貴様は言うことがないからな」

 

 彼が言葉を切ると、マルゼンスキーは露骨に肩を落とし、瞳を潤ませながらトレーナーの顔を覗き込んだ。彼は一つ鼻を鳴らすと、嘆息しつつ、

 

「調子はどうだ」

 

 と、問うた。

 その瞬間、マルゼンスキーの顔はみるみる笑顔に満ち溢れ、

 

「もちろん、チョベリグよ。マルゼンちゃん観測史上この上ナッシング」

 

 両手の親指を立て、ラインハルトへと突き出した。

 

「問題はないようだ。それでは、今日はこれで解散とする。各々ケアを怠らないように。特にテイオー、貴様には夏合宿までの自主トレ禁止を改めて厳命する」

「はーい!分かったよぉ」

 

 不承不承の様子を隠そうともせずにテイオーは練習場をあとにする。ルドルフは軽い怒りを感じた。グラスなどは後輩の後ろ姿に視線を突き立てていたが、ラインハルトらの手前、声色は平静を装ってその場を辞した。

 

「若いって良いわよねー。ついつい無理しちゃうのよ」

「笑っている場合か! あの態度は見過ごせんぞ」

「そう目鯨をたてるな、会長。ヤツには敵が足りぬのだ」

 

 目を細めながら彼は小さくなったテイオーの後ろ姿にかつての自分を重ね合わせていた。

 

(早く来い、ヤン・ウェンリー。ここに飢えた狼が3匹もいる。貴様は今度こそ余から逃げることなく立ちはだかってくれるだろうな)

 

❇︎❇︎❇︎

 

 ヤンは大きなくしゃみをした。

 マックイーンが悲鳴を漏らす。

 

「もう、驚かさないでくださいまし! 風邪でもひいたのですか? 」

「残念ながら、健康を保っているよ。冷房を効かせ過ぎたかな? それとも慣れない仕事に疲れているのかもしれないな」

「ならば! 私が開発した栄養剤を試してみないかい? 頭が透き通ること間違いなしさ」

「よろしく検討しておくよ」

 

 タキオンの宣伝をいなしつつ、ヤンは手元のスイッチをいじくって冷房を送風に切り替えた。夏が表立ってきたとはいえ、日が沈むと多少は冷えるらしい。ミーティングが長引いている理由は練習中に副会長が持ち込んだ一枚の紙だった。

 

「それにしても7枠13番とは…随分な外れくじを引かされたもんだね、マックイーン君」

「全くですわ。小回りの多い福島レース場で外とは」

「嘆いても仕方ない。とにかく作戦を考えよう」

 

 そう言ってヤンはホワイトボードにコースの全体図を投影した。

 

「マックイーンは承知の通り、七夕賞のコースは直線が短めな上に、その僅かな直線にも傾斜がつけられていて仕掛けには向かない。だからこそ、前につける先行策をとる、という方針に変わりはないんだが…」

「問題は枠番だね、外につけてのスパイラルカーブは圧倒的に不利だ」

「では、内につけばよろしいのではないですか?」

 

 ヤンは舌を鳴らし指を振る。紅茶を一口飲み、勿体ぶって言葉を発した。

 

「皆んなそう考えているのさ。そして、ポジションの奪い合いになる。幾分か体幹は鍛えたとはいえ、今のマックイーンが混ざることは危険を伴うだろう」

「そうとも、線の細いマックイーン君には柳に風のスタンスがお似合いさ」

「でも、それでは私は不利な大外で余分な距離を進まなくてはいけませんの? 」

 

 その後、門限ギリギリまですり合わせた結果、作戦のようなものができあがった。しかし、マックイーンの胸のうちには不安が募るばかりで、次の日の目覚めは決して良いとはいえなかった。

 眠たい目を擦りながらネイチャら3人と共に登校すると、下足室を出てすぐの掲示板に七夕賞の出走表が貼り出されていた。

 ネイチャが握った手をマックイーンの目の前に差し出す。マイクのつもりらしい。

 

「マックイーン、久しぶりのレースに向けて意気込みをどうぞ」

「ヤントレーナーに最初の勝利をプレゼントして差し上げますわ」

「おー、大層な自信ですね」

「当然ですわ。メジロのウマ娘として、ここでつまずくわけにはいきません」

 

 彼女が答え終わると、テイオーとマヤノは拍手でたたえた。

 

「ヤントレーナーは幸せ者だね。こんなにもトレーナー想いのウマ娘を持って」

「ホントだよ! マックイーンちゃん、私はその恋路を応援するよ! 」

「もう! 揶揄わないでくださいまし! 」

 

 彼女らがくだらない話に興じていると、割って入る声があった。

 

「ふ、不吉です!マックイーンさん! 13は凶を呼び込みます! 」

 

 声の主は足音高らかにマックイーンの前にヘッドスライディングすると、跳ね起き、懐から水晶玉を出した。

 

「ふんにゃか、はんにゃか〜、ご覧あれ! 」

 

 彼女が見せてきた水晶玉には「凶」の一文字が刻まれていた。

 

「やらせじゃないですか! なにが占いなんですか、まったく」

 

 取り付く島もなく、フクキタルは今にも泣き出しそうな顔になった。が、彼女は諦めない。マックイーンの足にしがみつき、身を挺して引き留める。

 見かねたテイオーが嗜めた。

 

「フクキタルさ、いつもラッキーセブン!って言ってるじゃんか。それなのに13のことばっかり。レース前のマックイーンに変なこと吹き込まないでよー」

「いいえ! 違うのです! あの7を以ってしても打ち消しきれない負のオーラを13は持っているのです。1000万を超える怨霊が憑いているのです! 」

「それは流石に私も信じられないかな。たかが占いだし…。ほら、行こう」

 

 と、マックイーンの袖を掴んでフクキタルから引き離した。ネイチャらのなすがまま教室へと連れてこられた紫陽花色の髪の少女は先程のフクキタルの言葉になにか引っかかるものを感じていた。

 

「マックイーンちゃん! 気にしちゃダメだよ。占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うもん。大丈夫だよ、マヤたちが運気をわけて守ってあげるから! 」

「マヤノ、ええ、ありがとうございます。心配ありませんわ。13はヤントレーナーにも縁のある数字だそうで」

「マジかー、それなら大丈夫そう…かな。テイオーのトレーナーなら安心できるんだけどな…」

「たしかに、閣下ならその手で跳ね除けてそうだね! 」

 

 その後占いの件は再び話題にのぼることなく授業が終わった。更衣室に行く3人を見送ってマックイーンはトレーナー棟に向かう。

 土曜日のため外に食べに行くウマ娘が多いのか、トレーナー棟までの道は人影がまばらであった。

 ヤンの部屋に入ると、タキオンが先客として紅茶を嗜んでいた。

 

「お疲れ様です。タキオン先輩」

「ああ、マックイーン君。よく来たね。じゃあ、さっそく始めようか」

 

 彼女らがトレーナー棟に来た目的は、ズバリ遠征の荷造りであった。彼女らの分ではなく、トレーナーの分であった。

 昨日、帰りがけにタキオンはヤンたちに同行する旨を伝えた。その際に、宿泊の準備のことを聞くと、その新米トレーナーは首をかしげていた。すっかり忘れていたようである。すでに出発が翌日、つまり今日に迫っていたこともあり、タキオンは開いた口が塞がらなかった。兎にも角にも、優秀な理事長秘書を頼るように言い含め、今に至る。

 

「全く、抜けているにもほどがある! 手続きを忘れるとは。彼は私たちを野宿させるつもりだったのかい? 」

「どうでしょう、ヤントレーナーのことですから、レースに夢中になって、つい抜け落ちていたのではないでしょうか」

「ふーん、キミに首っ丈だったわけだ」

「その言い方は辞めてください! あらぬ誤解を生みますわ 」

 

 準備も終わり、あとはヤン自身に着替えを入れてもらうだけの段階になったところで当人が帰ってきた。疲労の色が強く窺える。

 

「全く、参ったよ。こんな事務手続きがあったとは…」

「それで、宿はとれたのかい? 」

「ああ、2部屋予約できた。僕の分と、君たちの部屋だ」

「それは良かったですわ」

「ただ…」

「ただ、なんですの? 」

「新幹線はグリーン車しか空いていないし、ビジネスホテルにも空室がなかったから、レース場近くの四つ星ホテルを取るハメになった…」

「おやおや、災難だったね」

「給料から天引きだとさ…」

「そんなことより、キミの荷物はほぼ出来上がったよ。着替えは自分で入れてくれたまえ。それじゃ、15分後に正門前で」

 

 それだけ言い残すと、タキオンは部屋を後にした。マックイーンは項垂れるヤンを急かし、着替えも詰め、荷物作りが完成したのを見届けてから寮の自室に戻る。たった一泊二日のため、荷物自体は小さなキャリーケースに収まった。着替えの他に蹄鉄、ハンマー、学園指定の体操服。

 全てが久しぶりだった。

 ふと、部屋に吊るしてある勝負服を見やる。斜めにストライプの入ったトップスに黒のスカート、さらに金で装飾された黒いアウター。身に纏う日はそう遠くない。留め置かれてまもなく4ヶ月。

 彼女は明日の勝利を自らの一張羅に誓った。




復帰レースを前に気持ちが昂り、なかなか寝付くことができないマックイーン。
ベッドから抜け出した彼女は何気なくヤンの部屋へと向かう。
次回、ウマ娘英雄伝説『出走』
ウマ娘の歴史がまた一ページ。
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