ターフの魔術師   作:スーミン・アルデンテ

13 / 31
***七夕賞***
会場:福島レース場
場:芝・稍重
距離:2000m

〜出走ウマ娘一覧〜
1枠 1番 サンライズリリー 
  2番 グレイパール   
2枠 3番 カメリアホアホン 
  4番 ポピーライラック 
3枠 5番 エバーホワイト  
  6番 インディゴサンフラワー 
4枠 7番 イキャッタ  
  8番 オーキッドリング 
5枠 9番 ペンデュラムテール 
  10番ドスコイアンタレス 
6枠 11番トラベル     
  12番スノーホワイト  
7枠 13番メジロマックイーン 
  14番ゼントート  
8枠 15番コネクト  
  16番ハルシオン 

以上16名



第12話:七夕賞

 マックイーンは良いスタートを切った。その勢いのままハナを掴まんとする。幸先が良い。

 序盤から先頭に立たんとするは、エバーホワイトとインディゴサンフラワーの2人だった。ペースを上げ、マックイーンを追い抜かす。その後、互いに争いながら前に抜け出した。

 マックイーンは3番手。後ろにグレイパール、ポピーライラック、カメリアホアホンと並ぶ。前との差はあるが、想定内の範疇に収まっていた。

 目立った動きのないまま第1コーナーに差し掛かる。ここから、ゆるやかな下り坂が始まるのだった。

 一般的に下り坂は傾斜が味方し、スピードが上がる。が、それは甘美な罠でもある。身体はそのスピードを危険と無意識のうちに断じ、後傾姿勢をとってしまうのだ。この姿勢の欠点は2つある。一つは、ストライドが大きくなり踏み込みが強くなるため、脚に大きな負担がかかること。もう一つは、重心が後ろにあるため踏み込むたびにブレーキがかかってしまうこと。つまり、脚に負担がかかる上にペースが落ちるという、まさに百害あって一利なしの姿勢である。

 この姿勢を回避するために行うべきは何か?

 前傾姿勢と刻む走法である。

 

(そう、私はこのために体幹と階段駆けをやったのですわ)

 

 小刻みに、リズミカルに蹄鉄から振動が伝わる。

 が、耳に入る音は不協和音を醸し出していた。

 後ろの3人が並び、第1コーナーに入るころには完全に前に出る。さらに続けてスノーホワイト、オーキッドリングが並んできた。

 3位集団、つまり先行組のペースが全体的に上がっているようだった。マックイーンはずるずると順位を落とし、第一コーナーを終えるころには7位となっていた。背後から差しウマ娘の鼻息が聞こえる。逃げた2人以外は団子状態らしい。

 第2コーナーに差し掛かるころには坂の傾斜が手の平を返す。今度は上り坂だ。

 上り坂ではスピードが落ちる。が、ここでペースを上げる必要はない。あくまで細かく、軽やかに、淡々とマックイーンは脚を運ぶ。

 第2コーナーを終えると、傾斜がさらにキツくなる。下り坂のペースのまま行っているマックイーン以外の先行組、そしてそれに釣られた背後の差しウマ娘は下り坂のペースを維持したまま、向正面を駆け抜けんとする。

 

「さあ、向正面に入ってまいりました。先頭はエバーホワイト、その後ろにインディゴサンフラワー。3バ身後ろ、ポピーライラック、グレイパール、スノーホワイト、オーキッドリング。さらに続いてハルシオン、コネクト。メジロマックイーン現在9番手、復帰戦は厳しいか、やや後方に下がっているぞ。向正面を過ぎて第3コーナー! スパイラルカーブがウマ娘たちを迎えます」

 

 実況に遅れること数瞬、向正面を半ば過ぎたとき、マックイーンはペースを上げ群の外側に躍り出た。

 そのままハルシオン、コネクトを尻目に前のウマ娘を追いかける。明らかに先頭のスピードは鈍っていた。これ幸いとまた2人、3人と抜かして、第4コーナーに入る。

 スピードに乗って突っ込んだからか、多少外にふくらんでいた。が、マックイーンは手を緩めることなく、最後の直線へと向かっていく。内でもなく、かといって大外でもない絶妙なポジション。ヤンに指示された通りにコーナーを抜け、先頭を駆けていた2人に迫る。

 後ろでは群がバラけたのか、内から外から差し切らんとする者の気配で充満していた。

 

「最後の直線だ! 先頭になったのはメジロマックイーン! 逃げを打った2人をかわし、ゴールを目指す。イキャッタが追う、追う。離されまいと懸命に駆ける! おおっと、ペンデュラムテール、外からすごい脚で上がってきた! 最後方から6番手まで上がってきたぞ! まだわからない、まだわからない! 」

 

 実況の言葉通り、イキャッタは2身差につけていたし、ペンデュラムテールもまだ前を狙っていた。

 が、残り200mになったとき、彼女らは引導を渡された。マックイーンのピッチが上がったのだ。上り坂でペースが上がり、差が広がる。彼女らは食い下がろうと芝を踏みしめたが、もはや余力はなく、離されるままとなった。

 終わってみれば、後続に5身差をつけていた。危なげのない勝利であった。

 

(底知れぬ手腕ですわ)

 

 ゴール後にコースを流しながら、マックイーンは只々そら恐ろしかった。

 彼女は常に先手を打ち、相手に選択を強いるという方針でレース全体を支配した。徹頭徹尾、レースを支配したのはマックイーンだった。だが、彼女はただ脚本通りに行ったに過ぎない。その書き手はたった一ヶ月前に流星のごとく現れた一人の冴えない男である。観客席にいるその男は悪戯の成功した子供のように喜色を顕わにしていた。




ヤンの指導の元、七夕賞を制したマックイーン。
その勝利はある一人のウマ娘の心を動かした。
次回、ウマ娘英雄伝説『決断』
ウマ娘の歴史がまた一ページ。

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