ターフの魔術師   作:スーミン・アルデンテ

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これからも拙いながらも書き進めていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いしますm(__)m


結成! “チーム”フリープラネッツ
第13話:決断


 観客の興奮未だ冷めやまぬ中、タキオンは傍らのトレーナーの袖を引っ張り、席をあとにした。

 

「タキオン、一体どうしたんだ? 」

「どうしたって、何がだい?」

「レースは終わったじゃないか、急ぐ用事でもあるのかい?」

「まさか、知らないのか?」

「知らないって、何の話だい?」

 

 タキオンは天を仰いだ。トレーナーでウイニングライブの存在すら知らないものが地上に何人いるだろうか。ヤンはまさしくその一人であった。彼はレースに関する知識については学園が所蔵する文献を読み漁ることで吸収したのだが、肝心のライブについては無知そのものだった。

 兎にも角にも、ライブの舞台へ上がる前にトレーナーによるチェックを受ける必要がある。はやくヤンの身を控え室に持っていかねばならなかった。

 階段を下り、控え室へと続く廊下に出た。

 負けたウマ娘たちが次から次に戻ってくる。彼女たちもバックダンサーとして舞台に上がらねばならない。それぞれのトレーナーの下に行き、2、3言葉を交わしている。中には、ヤンを睨みつける者もいた。

 レース場の拍手が一際大きくなり、本日のセンターウマ娘に決まったマックイーンがやってきた。彼女はヤンたちの姿を認めた瞬間、さっきまで全力疾走していたのが嘘のような速さで駆け寄る。

 

「ヤントレーナー! 見てくださいましたか、私の走り、やっと復活を果たせましたわ」

 

 と、トレーナーの手を取り、跳ね回って喜びをはち切れさせた。ヤンは抗うこともできず、振り回されるままである。

 このままでは彼らがずっと喜びを分かちあうのではないかと疑ったからか、それとも周囲の人との軋轢を懸念したからかは定かではないが、タキオンは咳払いをして二人の間に水を差した。

 

「あまり無駄な時間を過ごすものじゃないよ、二人とも。応援してくれた観客は首を長くし待っているし、ほかのウマ娘を待たせても恨まれるだけだからね」

 

 マックイーンはすぐさま手を離し、赤面しながらそそくさと控え室へ入っていった。

 ヤンは先程まで掴まれていた手をさすっている。思ったよりも力が強くて驚いたのだろう。本当にウマ娘についてはほとんど知らないようだった。だが、1ヶ月でウマ娘を勝利へと導いたその手腕は認めざるを得ない。もっとも担当したウマ娘の素質が良かった、といえばそれまでだが…。

 

「ウェンリー君。私は決めたよ」

「何をだい? 」

「キミがチームを結成したら、即刻加入届を出すことをさ」

 

 そうか、と口で答えたヤンはどこか上の空だった。彼の頭の中ではすでに次のレースに向けて思考を巡らせているようである。その横顔はたしかに頼もしい。が、タキオンは彼の知識の欠如がなによりも懸念材料だった。このままでは4本足の方が負担が少ないんだから、手も使えば良いじゃないか、とでも言い出しそうである。餅は餅屋というように、知識の面は自分が担当すれば良い。今ついている臨時の文字を消しても構わない、とさえ思った。

 なにより、ヤンの側は居心地が良かった。研究一筋で、中等部へはついに一度も顔を出さなかった彼女は紛れもない異端児であり、学園内の話し相手も生徒会のメンバーとマンハッタンカフェ、そして今年入学してきたダイワスカーレットぐらいのものであった。どこかのチームに所属すれば今の窮状もいくらかマシだったであろうが、そもそも話の通じるトレーナーが少ない。そしてその数少ない話の通じるトレーナーのチームはもれなく枠が埋まっていた。

 天佑、という言葉が脳裏にチラつく。科学者をもって自認する彼女にとってはあまり使いたくないが、今回のケースはそうとしか言い表せない。トレーナーだけでなく担当ウマ娘も隔意なく接してくれる。今を逃せば次の機会はいつやって来るか分からなかった。

 

 

 

 控え室の扉が開き、学園指定のライブ衣装へ着替えたマックイーンが姿を現した。

 

「それでは、行ってまいりますわ」

 

 見送ったヤンはそのままレース場を後にしようとした。すかさずタキオンが彼の首根っこを押さえる。

 

「どこに行くんだい? ウェンリー君」

「いや、僕の仕事は終わったから後は控え室で待っておこう、と思ったんだが…」

「なにを言っているんだい、キミは。ライブは応援してくれる人々に感謝を伝える場だ。そして、彼女が最も深い感謝を伝えたいのはキミだ。その当人がいなくては何も始まらないじゃないか」

 

 そのまま観客席までズルズルと引きずって行き、最前列の特等席に座った。

 ステージにライトが当たり、今日出走した16名が続々と登場してくる。曲が始まった。曲がりなりにも1500年以上も後の世の人間であるヤンからすれば、それは準古典の部類に属するメロディであり、意外性のあるものではない。だが、激しく心を打つものがあった。

 

「このライブは良いものだね」

「だろ、GⅢだからこの規模で収まっているが、GⅠともなれば、歓声も演出もこの比ではないぞ」

「センターのウマ娘は感無量だろう。バックダンサーの子たちは、ちょっと恨むだろうが」

「それは仕方ない。敗者がいるからこそ勝者がいるのさ。結果は必ず出るものだ。が、これはあくまでスポーツだろ。たかがスポーツ、されどスポーツ。勝敗にこだわるのも結構だが、なによりも大切なのは勝者を認め、さらなる研鑽を積むことさ。それが敗者の責任というものじゃないのかね」

 

 ヤンは少々意外な思いがして、タキオンの顔をまじまじと見た。彼女は研究だけに没頭するタイプではなかったのである。

 

「なにか失礼なことを考えているだろう、キミ。私だってトレセン学園の生徒の端くれさ。レースに対して少なからず思い入れはある」

 

 なるほど、とヤンは苦笑した。また一つウマ娘についての知識が増えたらしい。

 この時のやりとりをヤンは帰りの新幹線の中で繰り返し思い出していた。

 彼にとって勝利とは常に敵味方双方の血によって供されるものであった。砲火が交わされれば、その規模の大小にかかわらず犠牲は出る。それが相手側に多いか、味方側に多いか、その差が勝敗の一つの基準と言ってもよかった。もっと穿った言い方をすれば、いかにして自軍の出した犠牲を作戦目標に沿う犠牲、つまり理にかなった犠牲だけに留められるかが重要である。ヤンの用兵家としての仕事はそこにあった。因果な商売とはこのことである。

 翻って、マックイーンの勝利は確かに敗者あってこそのものではあったものの、それは敗者の存在を消し去ってしまうものではない。つまるところ、マックイーンの、そしてトレーナーであるヤンの勝利は自らの努力で得たものであって、なんら恥ずべき点はない。

 この一点をもってしてもヤンの心は平静が保たれた。緊張が解けたのか、彼はケータイの電源を切り、ベレー帽を顔に被せて眠りについた。

 

「すぐに寝てしまわれましたわね」

「相当無理をしたんだろう。なにしろ、初の担当ウマ娘の復帰戦だ。トレーナーになって一月の新米がやる量じゃない」

「本当にウマ娘に関わったことすらないのでしょうか? 」

「私も半信半疑だったが、おそらくなかったと思うね。ウイニングライブのことを知らなかったのだから」

「それは、世間知らずにも程がありますわ。生きていれば、一度ぐらい小耳に挟むでしょうに…」

「全くどこのド田舎から来たんだか」

 

 タキオンらがヤンの出自をあれこれと想像している時、突如として彼女らのケータイが一斉に通知をもたらした。

 差出人はトレセン学園理事会。

 内容を見てタキオンは怒りが込み上げるのを我慢できなかった。それはあまりにタイミングが悪く、彼女にとっては死刑宣告に等しかった。

 

『我々日本トレーニングセンター学園理事会は今回新しくチームへの加入条件として選抜レースへの出走義務化、そして選抜レース前の勧誘禁止を定めた。違反した場合、生徒は停学処分、チームは活動停止等の措置を講ずるため、注意されたし。

 なお、今回の改訂は一部のトレーナーによる青田買いを防止するものである。我が校に在籍するトレーナー諸兄および生徒諸君におかれては、添付された書類を熟読した上、よろしく了承願いたい。

 我々理事会は今後も本学の発展に尽力する所存である』

 




それは突然の決定だった。
七夕賞の前日、トレセン学園ではトレーナー陣を含めた臨時会議が開催されていた。
次回、ウマ娘英雄伝説『誰がための悪意』
ウマ娘の歴史がまた一ページ。

改行した場合の段落はじめについて

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