ターフの魔術師   作:スーミン・アルデンテ

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段落下げを行った方が読みやすい、という方が多数を占めたため、そのように書いていきたいと思います。
アンケートに参加してくださった皆様、ご協力頂きありがとうございました。


第23話:長月半ばにして

 ヤンのチーム、フリープラネッツに与えられたのは、新設された第十八練習場である。

 トラックはやや幅広で、ダートコースを備えつけている。一周は二千メートル。外周には勾配のあるコースが併設されており、特筆すべきは上り坂が二種類用意されていることである。内には緩やかな坂、外には急な坂とトレーニングに応じて使い分けられるように工夫されていた。

 設備としては、他に二階建てのチームハウスがあるぐらいのもので、決して豪華とは言えない。が、ここがフリープラネッツのいわば牙城である。

 その主は相変わらずおさまりの悪い黒髪をベレーで隠しながら、芝の上であぐらをかいている。隣には折りたたみ式の椅子に腰を下ろし、杖を抱え込んでいるタキオン。初のチーム練習というのにギア全開でマイペースぶりを発揮する二人に対して新参者のベルノライトは茜差すトパーズの瞳を白黒させて、ただただ当惑するばかりであった。

 彼女はカサマツ出身で、オグリと共に中央へ転入を果たした。学年は高一。所属は技術科。その用具類の知識をヤンに見込まれ、オグリを通じて勧誘を受け、加入に至る。

 ヤンの下へ挨拶に赴いた際、

 

「トレーニング用具に関しては君に一任しようと思っているから、そのつもりでいてくれ」

 

 と、言い渡され、事実その通りになった。

 彼女がこの日に用意したのはメンバーの蹄鉄と三本のラダー、そして丈夫な箱である。箱に関しては、ウマ娘が跳び乗っても壊れないものを要望されたが、市販されていなかったため自作した。ボックスジャンプ用である。

 ボックスジャンプは、プライオメトリクストレーニングの一種で、動作としては非常に単純なものである。膝を軽く曲げて跳び、箱の上に着地する。主に瞬発力の向上を目的としており、その効果はシンプルな動きからは想像もつかないほど大きい。が、反面身体が出来上がっていない者が行うと、怪我のリスクが高いため、チーム内で行える者は高等部のオグリのみである。

 アップが終わり、ストレッチも済んだ面々は黙々とラダーへと向かう。このメニューを最初に行うことで、フォームやその日の調子をチェックすることができ、また顔を上げて視野を広く保つ練習にもなるため、バカにはできない。トレーニングをしている当人たちからすれば、これほど地味で面白みに欠けるメニューも少ないが…。

 ラダーも一段落つくと、集合がかけられた。

 

「さて、身体も温まったところで、追い抜き走を始めようか」

 

 三人はスタート位置に縦一列に並ぶ。先頭からマックイーン、オグリ、ウオッカの順である。ヤンの手が振り下ろされると同時にスタートし、軽く息切れする程度のスピードで進む。第一コーナーに差し掛かったところで、ウオッカが外へ抜け出し、ダッシュでマックイーンを追い抜かす。余裕を持って先頭につけた。その頃合いを見計らって、今度はオグリの豪脚が低く唸る。灰白色の長髪が風に当てられ鋭く靡き、思わず見惚れるほど美しい尾を引いた。

 最後尾から先頭まで繰り返し繰り返し疾走し、ポジションを入れ替え続ける。追うもの、追われる者、精神に降りかかる奔流は絶えずその形を変え、あの手この手で彼女たちを駆り立てた。

このトレーニングの目的は二つ。

 一つは抜かし慣れること。もう一つは抜かされ慣れることである。追い抜きはレースの最も重要な要素であるにも関わらず、その練習はおざなりになりがちである。理由として挙げられるのは、そもそも練習の段階から全力で走りつつ駆け引きをするなど危険極まりなく、またそれよりも能力を鍛えた方が良い、という定説である。

 が、ヤンは二つの事実からこの定説を無視した。一つは次元の高い話で、同条件の争いならば、よく訓練された兵を持つ側がより多くの勝利を享受したという歴史的事実。もう一つは次元の低い話で、練習で出来もしないこと —— 例えば射撃や近接格闘など —— がいざ本番になってみて突然できるようになるなど、夢物語であったという個人的事実である。

 無論、彼は形而下の能力を蔑ろにしていたわけではない。むしろその信奉者であったと言っていい。その証拠に、彼がチームメンバーそれぞれに課した個別のトレーニングメニューには彼の信条が強く滲み出ていた。

 マックイーンは緩やかな坂での坂ダッシュを通して、より多くのスタミナを。

 オグリはボックスジャンプによる瞬発力向上。

 ウオッカはラダーでフォームチェックを行ってからトラックを流すの繰り返しで基礎固め。

 と、目的ごとにトレーニングを配分し、それぞれにお目付役をつけた。マックイーンにはベルノ、、オグリにはタキオン、ウオッカにはヤン自らといった具合である。

 

 

 

***

 

 

 

 マックイーンが手を挙げ、数瞬の後に駆け出す。一息に上り切ると、すぐに荒れた呼吸を整えて小走りに下って行く。そのスパンはタイムを記録しているベルノを驚嘆せしめた。生半可な肺活量ではない。加えて、十本を終えてなおタイムが翳る気配すら感じられなかった。

 —— 生粋のステイヤーとしての素質を有す。

 と、メンバーファイルに記されていた一文が脳裏に浮かぶ。

(まだ中等部なのに、この傑出した実力。やっぱり中央のレベルは高い。でも、オグリちゃんならついていけるはず…)

 

 そのオグリはボックスジャンプ相手に苦戦を強いられていた。

 両足を揃えて軽くしゃがみ体勢を整える。あとは全身を使って跳躍し、箱の上に両足で着地するだけである。が、また物言いがついた。

 

「重心が後ろにある。そのままだと不必要な負荷がかかって故障の原因になるぞ」

 

 四度目の指摘に流石のオグリも困り眉を作った。

 

「ダメだったのか。今度こそ上手くいった、と思ったのだが…」

 

 タキオンは三脚に取り付けていたタブレットを外し、撮った動画にペンでいくつか書きつける。今回は着地の瞬間だった。

 

「持ち前の柔軟性を活かした無意識の修正がうまくいっているが、それは負担を他の部位に押し付けているに過ぎない。もう少し、重心を前めに意識してくれ」

 

 不承不承ながらオグリは頷いた。二人の間に降りた剣呑なカーテンの存在を当人たちが最も痛切に感じている。言ってしまえば、彼女らは考え方がまるで違う。理論派のタキオンに対して感覚派のオグリ。

 今の指摘にしても、オグリは言葉のみでの説明では理解しかねる。重心のことなど、今まで考えたこともなかったのだ。唐突に求められても、すんなりと受け入れることは不可能に近い。が、彼女は実践を好む者の常套句だけは決して口には出さなかった。いや、出せなかった。

 

「なら自分でやってみろ」

 

 と、脚を壊し、用心のためとはいえ杖を日頃からついている者に対して言い放つことは、まともな神経の持ち主であれば須く躊躇すべきである。

 が、本心は得てして顔の端々に顕在化する。

 タキオンはオグリのそういう気配を敏感に感じ取った。

 

「オグリ君、一度限界まで背伸びをしてくれ。そう、そのまま。いいかい、ゆっくりと踵を下ろすんだ」

 

 言われるがままに行い、踵が接地する直前、ストップがかけられた。

 

「今、キミはどこに力を入れている? 」

「お腹の少し下、おへそのあたりだ」

「そこを丹田と言う。そして、今キミの重心はほぼ親指の付け根にある。理想の位置だ」

「なるほど、ここか」

 

 納得と共に、腹の底のわだかまりがそよ風と共に去っていった。

 

「ほっほっひっふー」

「どうしたんだい、急に? 」

「丹田の位置を覚えておこうと思っただけだが? 」

「なるほど、キミはそういうウマ娘か」

 

 タキオンは苦笑せざるを得ない。理論だけでは、人は動かないのだ。他ならない彼女自身がそうであったのに、他人に物分かりの良さを求めるなど、虫が良すぎるというものだった。

 二人の様子を遠目に気にかけていたヤンは、胸を撫で下ろした。

 どうやら、決定的なすれ違いは避けられたようである。

 が、黒髪のウマ娘は自分を見てくれないことが面白くないらしい。汗ばんだ額を手の甲でぬぐいつつヤンを詰った。

 

「トレーナー! 余所見すんなよー」

 

 単調な動きに()んでいたからか、口調がやや強い。ようやく十本を終え、休憩に入る。型の反復のみで、飲み込みの早い彼女にとっては無用のトレーニングのように思われた。

 が、ヤンは引き続きラダーを使ったメニューを言い渡した。今度はラダー上をジグザグに動くよう指示されたものの、それは彼女にしてみれば文庫と新書ぐらいの違いであり、本を読まない者には同じように感じられる。

 

「ちょっと水飲んで来ます…」

 

 むしゃくしゃした気持ちを落ち着けるには距離をとるのが一番だった。

 蛇口を捻り、顔を洗ったあと、水筒から麦茶を流し込む。ふと見上げると、彼女らを見つめるスカーレットの姿が目に入った。あちらも気づいたのか、スカートの裾を翻し、足早に立ち去る。

 その顔に翳りが見られた原因は、日が傾いたことにのみ帰せられるようには思えない。

 らしくないルームメイトの姿だったが、同時にウオッカの中の対抗意識に油が注がれた。スカーレットの自己への峻烈な態度は同室の彼女が最もよく知るところである。真紅の瞳は、この程度のトレーニングで輝きを失うことなどあり得ない。

 

「よっしゃ! もういっちょやるか」

 

 喝を入れるため、両腿を二度叩いた。乾いた音が夕暮れに染まった空に溶けていく。

 

 

 

 

 




強烈な自己顕示は深刻な劣等感と表裏を共にする。
彼女は何において他に勝るのか。
次回、ウマ娘英雄伝説『緋色の涙』
ウマ娘の歴史がまた一ページ。
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