「最後に、今年度よりトレセン学園のトレーナーに就任したヤン・ウェンリー氏に挨拶してもらう。ヤントレーナー、こちらへ」
「ヤン・ウェンリーです。よろしく」
「貴様、まさかそれだけか」
わずか5秒でマイクを返されたエアグルーヴは思わず問い返してしまった。
肩透かしを食らった生徒たちは思わず笑みをこぼす。トレーナー達と打って変わって生徒たちは彼を好意的に受け入れたようである。それもそのはずで、容姿に関しては背が高く、顔はイケメンとも言えなくともない。さらに、始業式の時間を短縮した!悪印象を抱く要素は見当たらなかった。
しかし、それはあくまで人としての印象で、トレーナーとしての実力を皆そろって計りかねていた。理事長と生徒会長がその就任を後押しした、という噂は広く聞こえていたが、なにしろ彼の経歴は一切不明であるため、自然な成り行きとして誰もがその立ち振る舞いから彼の力量を推察しようとしていた。
深い緑のジャケットにアイボリー・ホワイトのスラックス、さらに上着と同じ色のベレー帽。服装は良くも悪くも目立っており、スーツを着たトレーナーに交じると一層目につく格好である。
もっとも、目立つ格好をした人物はもう一人おり、彼の方は黒を基調とし、所々に銀を配色した機能的な服の上に白いマントを身につけている。しかし、こちらは現生徒会長を育て上げ、無敗の三冠ウマ娘、さらには『皇帝』を冠するまでに仕立て上げた立役者である。さらに、当初出回っていた「担当ウマ娘の力量にかまけた御輿」という評価を跳ね除けるように『女帝』エアグルーヴ、『スーパーカー』マルゼンスキー、『怪物』グラスワンダーなど数々の名ウマ娘を育て上げ、去年トウカイテイオーをその末席に迎え入れている。彼女らの実力と人気ぶりは歴然たる事実として受け入れられており、それに不満を抱く者は学園にいない。今や彼のチームがトレセン学園の顔であり、皆の憧れである。彼を揶揄する者がいるはずがなかった。
さすがに見兼ねたのか、ルドルフがマイクを貰い受け、ヤンの紹介を引き継いだ。
「彼は今回、特例招聘されたトレーナーだ。私の知る限り、この制度が適用されたのは学園創立以来2回目で、どちらも私の在学中というから何か縁を感じずにはいられない。ヤントレーナーには前例の者を超える手腕を是非とも発揮してもらいたいと思う」
言葉を切った瞬間、講堂は拍手で、生徒たちはざわめきに支配された。彼女の言う前例とは、つまり彼女のトレーナー、ラインハルト・フォン・ローエングラムその人なのである。それを超えろ、というのはつまり……。皆の視線は一様に新トレーナーに注がれた。当の本人は帽子をうちわ代わりにしてあおいでいる。気取った様子がないとも、頼りないとも、受け取り手によって感想はまちまちだった。
鳴り物入りを果たしたヤンだったが、すぐにチーム結成依頼がやってきたわけではない。生徒のほとんどが彼の指導を受けてみたい、とまでは思ってもいないのだ。
理由としては主に2つあげられる。一つは、彼をよく思わない学園のトレーナーたちの流した噂。もう一つは、すでに正統派ウマ娘チームの頂点としてラインハルトのチームがあり、駆け出しのヤンのもとに飛び込む物好きなウマ娘がいなかったことにある。
実際、彼のチームが頭角を表す以前に彼の門戸を叩いたものはいわゆる気性に難がある者、こだわりが強い者など、扱いづらい者が多く、『イレギュラーズ』とも揶揄された。彼女らはむしろ、それを誇っているようだったが…。
ついにトレーナーとして勤務を始めたヤン。
担当するウマ娘はメジロマックイーン。
初の顔合わせの行方は如何に。
次回、ウマ娘英雄伝説『始動』
ウマ娘の歴史がまた一ページ。