さて、残る一人は俺の姉なのか。
俺はそれを確かめる為に彼女に声を掛けようと、したすんでのところで思い止まった。
よくよく思い返してみればつい先ほど両親か否かの確認をした自分の行動は割と軽率だった気がしたのだ。
そりゃ本当に俺の親なら俺の言葉に反応するのは当然だ。
だが俺はそもそもその試みを二人が俺の両親だろうという前提で行っていたのだ。
まぁ状況的にそう思ってしまったのは仕方がないとはいえ、それでももしその予想が誤りであったなら、間違いなく今より状況は厄介なことになっていただろう。
俺は声を掛ける前にもう一度彼女を見る。
両親と一緒の家に住んでいる時点で彼女が俺と親しい関係の人間であるのは間違いないだろう。
先に至った結論だが、環境的に彼女が俺の恋人ではなく姉か妹と考えた方が現実的だ。
あ、そうか。
俺はそこで次の悩みの種に気付いた。
彼女が本当に俺の家族だったとしても、姉か妹かまたは従姉妹なのか判らないのだ。
雰囲気的には姉っぽいととっさに感じてしまったが、窓に映った自分の顔を思い出してみるに殆ど歳の差を感じなかった。
寧ろ口調こそあんな感じだったが、俺より年下の妹である可能性も十分に考えられた。
彼女にどう声を掛けたら良いか困り果てた俺は、その時余程思いつめた表情をしていたらしい。
和やかな朝食の雰囲気の中、急に口元に手を当てて考え込んだ俺の態度の変化を気にしたのか、彼女の方から俺に話しかけてきたのだ。
「ケイネス? どうかしたの?」
「ん……」
残念ながらここで無難な返事をして会話を流すという器用さが無かった俺は、喉の奥から捻り出したような重い声で何とかこんな適当な事を言った。
「姉……妹……」
「は?」
彼女はわけが解らないという顔をした。
無理もない、縋る思いから無意識に出た言葉なのだ。
こいつ何言ってんだと思われても仕方がなかった。
だが口から出てしまったものはもう誤魔化せない。
俺は努めて平静を装い、彼女の反応を気にしていないような口ぶりで言葉を続けた。
「いや、姉とか妹……」
「……? 姉なら直ぐ側にいるでしょ?」
「……いや、妹だったら良かったのに、なんて」
「あ?」
心の中では彼女の立場が上手く判った事への喜びで小躍りをしていたのだが、流石にリアルの方ではそうすることはできなかった。
どやら姉で確定した目の前の人物は俺の言葉に機嫌を悪くしたようだ。
姉は横の席から俺の顔を覗き込むようにして機嫌を損ねたことによって据わった目を俺に向けて言った。
「なに? もしかして朝の事を言ってるのかしら? アンタ、もし私が妹だったら目の前で着替えてもあんな反応しなかったのにとか、そう言いたいわけ?」
よくもまぁそこまで俺にとって会話を続け易い方向に予想した話を振ってくれたもんだ。
機嫌が悪い姉には申し訳なかったが、俺は心の中で今度は姉に感謝しながら、あとは適当にトゲトゲしだした話を丸く収めるべく返事をした。
「ごめんなさい。アレは俺が寝坊したのが悪かったと思います」
「……解れば良いのよ。にしてもケイネス、あんた今日は何だか変ね。もしかして調子が悪い?」
「あぁ、まぁそうでも……」
「ま、今日は国王陛下に謁見するんだからな。少し緊張しているんじゃないか?」
「あ、だから朝もあんな格好だったのね」
俺が姉の疑問に答える前に今度は両親が良い方向に話を持っていってくれた。
俺はその流れを掴むべく、カップに注がれたスープを一口飲むと、頭を掻きながら如何にもそうですといった様子で口を開いた。
「……そういや、朝起きてその事を思い出してからそんな感じになったかも」
「なるほどねぇ。まぁそれは無理もないかも」
俺の調子が優れないように見える原因が特定できたからか皆苦笑し、再び和やかな朝の食卓の雰囲気が訪れた。
両親と姉が困ったもんだみたいな感じで苦笑する中、俺も「アハハごめんねー?」みたいなノリで笑い返していたのだが、その実、心の中は嵐が来る直前の波の如く、穏やかではなかった。
待ってくれ、今父親は俺が国王陛下に会う予定があるとかなんとか言ってなかったか?
なんだそのゲームというか捻りがない異世界ものみたいな展開。
もしかしてこの家は一般レベルに見えて実はそれなりに高い身分の家だったりするのか?
もしかして貴族?
そういや朝起きた時に俺の顔を映していた窓、何となく見過ごしていたが、考えてみればこんな中世っぽい文明の時代に一般家庭にガラス窓があるって結構珍しい事ではないか?
俺はここに来て思い当たったり、知らされる事実にすっかり気圧されて早々に白旗を上げて情けなく全て正直に打ち明けてしまいたい気持ちになっていた。
その方がきっと気は楽だろう。
だが楽というだけでその先にどれだけ面倒な展開が待ち受けているのかと考えると、挫け掛けた心も何とかもってくれた。
まぁ待て。
異世界転生でも転移でも夢でも何でもいいが、今俺の目の前に広がる世界が現実ならきっと元居た世界の常識からはかけ離れた常識や力的なものがあるに違いない。
つまり魔法とか、あわよくば俺にもよくありがちなチートの能力とか備わっていたりして、それでなんとか凌げるかも。
俺はそうして何とか自分を奮い立たせると、服を直してくるとか適当な事を言って一度部屋に戻ることにした。
背中に母親からもうあまり時間が無いから早くするようにという言葉が掛けられたので、そんなにうかうかしてられないなという焦りと共に、この世界にはこまめに時間を確かめる事ができる術があるのか、という小さな関心も一緒に浮かんだのだった。
腰を据えてキーボード打てる環境が出来たのが嬉しい。
これが投稿にも良い影響を与えてくれる……と思いたい。