東都情報社警備部の主な仕事は警護任務である。警護任務は対人戦闘の要素が強い仕事であり、現場に出るオペレーターのほとんどが、業務では対人経験しか積んでいない。
人類がガストレアとの生存競争に立たされており、ガストレアを一刻も早く駆逐しなければならないという状況は確かに存在する。人類のためを思うならガストレアの駆除任務をするべきである。というのは完全な正論である。しかし、モノリス内に侵入したガストレアの駆除任務というのは極めて採算性が悪いのだ。
モノリスは、ガストレアの嫌う金属であるバラニウム製の巨大な壁であり、東京エリアをぐるっと囲むように存在している。このモノリスがあるから東京エリアの人類はガストレアに滅ぼされずに生き延びていられる。
だが、モノリスも万能ではない。大抵のガストレアはモノリス内に侵入できないが、時たま侵入する個体がいるのだ。基本的にはそのモノリス内に侵入した個体を駆除するのが民警の仕事である。一部の貧乏な民警は便利屋じみたことをして生計を立てているが、本来の任務はモノリス内のガストレアの駆除なのだ。
ガストレアのモノリス内への侵入は規則正しく発生するわけではない。侵入は不定期である。民警は自分の担当エリアを持っており、そこにガストレアが侵入したら駆除するというサイクルが存在する。当初は警察の仕事だったガストレア駆除を民警が引き受けた形だ。
当初の警察の補助的な役割だったことや、ガストレアの侵入が不定期なことから、民警は極めて採算性が悪い。そのため大抵の民警はガストレアへの憎悪から民警という職に就いている。といっても金目当ての民警は、本来の職務などそっちのけで、モノリス外の非合法な鉱山の護衛や後ろ暗い仕事をしているのだが。
東都情報社民間警備部は、ガストレアを合法的に駆除できる資格である民警ライセンスを保持している人間を抱えているものの、ガストレア駆除には積極的ではない。
ガストレアとの生存競争に資源を多く割かねばならない状況から、東京エリアの治安はガストレア戦争前と比べて格段に悪化している。それゆえ警護任務の需要が豊富なのだ。安全マージンの取れる警護任務で採算が取れるなら、わざわざガストレアを殺さなくても良い。企業は営利団体であり、慈善団体ではないのだ。
しかし、ガストレアが危険なのは当たり前である。早急に駆除しなければ、ガストレアウイルスによるパンデミックが発生する。いかに営利団体であっても放置するわけにはいかない。そこで出てくるのが
織種を便利な駒として扱っている奈佐だが、織種の力が人類とガストレアとの勢力図を塗り替えるほどのものであるとも確信している。織種の能力は戦術兵器にも、戦略兵器にも、そして普段使いにも暗殺にも問題なし。織種が転生チートというのも無理もないほどのものである。もっとも、奈佐は織種の能力を、積極的にガストレアを倒し世界平和をもたらすためには使っていない。
奈佐の本質は傍観者であり、舞台をひっくり返すようなことは好まないのだ。織種という最強の手駒を使い事態を引っ掻き回しそれを肴に酒を飲む。愉悦に溺れた外道が奈佐である。
傍観者であるからして、奈佐自身の身の安全は絶対に保障されねばならない。そのために奈佐は後ろ暗い組織にも所属している。結局のところ奈佐の最大の武器は彼女が歪んだ愛情を向ける最強のイニシエーター、茶江洲織種だ。奈佐がどんなに悪人であっても織種は裏切らない。正確には奈佐が与えた希望が織種を裏切れなくしているのだ。
対ガストレア戦闘に向いた人物は少ないが、戦闘は織種をはじめとした個人ならば対抗出来るという状態が現在の東都情報社警備部の現状だ。そんな状況でありながら、東都情報社警備部は防衛省に招集される。根こそぎ動員のため、民警であれば小さな企業まで集まられるらしい。政府が探しているガストレアはよほど重要な個体のようだ。
防衛省で会議が始まるのは14:00からである。先ほど社員食堂で昼食を食べた織種は、防衛省に向かうランドクルーザーの席で外を見ていた。運転席には藤堂が、隣の席には新田が座っている。東都情報社警備部は、東都情報社とは会計が別であり、つまりは別会社であるのだ。ということで、責任者は新田となり奈佐は会議には出席しない。
「織種ちゃん。大人なんだから自分の身くらい自分で守れる。そう過剰に警戒する必要はないよ。こんな格好だが一応は戦闘訓練もしているんだ」
新田は、腰に吊った二十式拳銃を撫でた。二十式拳銃は自衛隊が採用した国内開発の拳銃である。同時に採用された二十式小銃との弾薬共有が考慮され設計されている。二十式小銃、拳銃をはじめとする二十式シリーズのコンセプトは小型軽量であり、拳銃、小銃ともに強化プラスチックや樹脂が使用されている。弾薬が金属薬莢ではなくプラスチック薬莢を使用していることも特徴の一つである。
織種の装備は二十式小銃及び、二十式拳銃そしてナイフとなっている。東都情報社民間警備部の一般的な仕様である。鼠色のスーツを着た新田と、運転席にいる藤堂の武器は拳銃のみである。いつものようにパーカーのフードで顔を隠した織種が一番の重武装だった。
「過剰ですか?私はマスターから護衛の命を受けています。それに戦闘力に関しても私が一番高いです。何の問題もありません」
「君が強いことは知っている。でもね、子供を盾にして自分の身を守る大人というのは、どうも決まりが悪いんだよ」
「安全は無料では買えませんよ」
「知っているさ。僕は仮にも警備会社の社長なんだよ」
新田は困ったように眉を寄せた。子供を盾に使いたくない、か。織種は未だに正気を保っている新田の感性に驚いた。それが本来は常識だったのだ。子供は守られるべきものだと、はっきり言える人間はこの世界では少ないだろう。新田は貴重な狂っていない人間だった。そこから織種は自己嫌悪に襲われた。フードを更に深く被る。
「すまないね。君の役目を奪うつもりはないんだ。拗ねないでほしい」
「……別に、拗ねていませんよ。これは自己嫌悪です」
「君のような子供が、自分を嫌うことはとても不幸なことだ。少なくとも僕はそう思うよ」
新田の善性が織種には眩しかった。しかし、新田の気持ちに素直に甘えることは出来ない。織種には奈佐との契約があるし、新田の気持ちに甘えていたら自分が揺らぐという確信があったからだ。昨日、奈佐が告げた、正気の証明を奈佐に求めているという言葉は、ある意味では正鵠を射ていているのかもしれない。
「到着しました。茶江洲課長相当官、新田社長、ここからは私にお任せください」
藤堂はノートパソコンと謎の箱を後部座席から取り出すと、PCで何やら操作を始めた。
「完了しました。これでIインジケーターとの連携が可能になりました」
「ああ、法野さんが言っていた新システムか。しかし防衛省だぞ。ここで展開するのはどうなんだ」
「どうも法野さんから、会議が荒れるからという指示がありまして」
織種は完全に初耳だった。脳内で疑問符が踊っている。Iインジケーター?会議が荒れる?ぽかんと口を開けた織種に、新田が説明を始める。
「Iインジケーターというのは、この装着型のインフォメーション端末だ。航空支援ドローンや監視カメラ越しの映像、端末付属のカメラで捉えられた映像が、本部のサーバーで分析され、この画面上に映し出される」
新田に渡されたIインジケーターは、スポーツサングラスのような形をしていた。サングラスのレンズに相当する部分が有機EL製モニターになっているようだ。試しに掛けてみると、少し視界に違和感は有るものの支障はなくガラスの先が見えた。
新田の方を見ると、フルネームと武装についての情報、所属に関する情報までもが映し出された。新田の二十式拳銃が収まっているホルスターを凝視すると、視線誘導によって二十式拳銃の情報が画面隅に表示された。
「すごい……!」
織種が感嘆の声を挙げると、新田が微笑ましいものを見るような視線を送ってきた。
「うん。僕も試してみたんだがすごかった。どうもテストが行われて試験運用もされていたらしい。君がやったかと思っていたんだけど、違うみたいだね。法野さんも秘密が多い人だよ」
新田の話から織種はこのIインジケーターのテストを行ったのが、例の隠し玉だと推測した。ワルキューレプロジェクトの連中である。意地の悪い奈佐のことだから、織種に教えたくなかったのだろう。
「ドローンによって、Iインジケーターの精度はもっとあがるらしい。藤堂が法野さんから小型ドローンを預かっているらしいから、それも使ってみよう」
藤堂がコンテナを開くと手の平に収まる程度の大きさのドローンが静かに空に浮かんだ。30機程度はあるだろう。ドローンはぶつかることなく空中を浮遊する。すごい技術だが防衛省でこんなことをしていいのだろうか。
「しかし壮観だな。法野さんが大丈夫というから大丈夫なんだろうけど、怒られないかどうか心配になってきたな」
「しょ、小官も不安です。仮にも防衛省です。大丈夫なのでしょうか?」
『やっほー僕だよー。感度は良好かい?ドローンはばら撒いちゃって大丈夫だよ。上には話を通してないけどね。言い訳は確保できてるから。心配せずに会議に出ていいよー』
「チッ、マスターの声が耳元から聞こえるのは不快です……」
織種の眉間に皺がよる。新田と藤堂にも通信は入ったようで、二人は露骨に安堵していた。
「さて、会議室に行こうか」
新田が案内人を捕まえて織種たちは今日の会議が行われる会議室へと向かった。第一会議室のプレートが下げられたそこは、巨大な部屋だった。学校の教室三つ分くらいの広さがその部屋にはあった。既に何組かの民警が到着しているようで、室内からは物音が聞こえる。
「どうも案内ありがとうございました」
案内人が扉を開き、織種たちは部屋の中に入った。部屋の中にいた民警たちは、織種の予想した通りにこちらをジロジロと眺める。数人は目を逸らすが、嘲笑を受かべる人間も少なくはない。織種たちは強そうには見えないのだ。
鼠色のスーツ姿の新田は、会社員だと言われれば十人中九人はそれを信じてしまうオーラのなさ。織種は小銃を担いでいるとはいえ、フードを被った少女である。唯一藤堂にのみ威圧感がある。右目を覆う黒い眼帯に、バラニウムの地金が露出した右腕の義手。歴戦の傭兵と思わせる凄味はあった。
とはいえ、この会議に呼び出された民警の多くは歴戦の猛者である。藤堂を見ても恐れはしない。どころか、女ということで侮蔑と性欲の混じった視線で身体中を眺めていた。
「すごい。これ……」
室内の視線をよそに、織種はIインジケーター越しに並みいる民警たちを眺めていた。藤堂も同じものをしているのだが、織種のようにきょろきょろと辺りを眺めたりはしていない。
プロモーターとイニシエーターはこの会議に参加する民警の社長の護衛である。民警会社の社長とプロモーターとイニシエーター、一社につき三人しか参加しないのに、広い会議室が用意されということは、相当な人数が会議に参加するのだろう。
新田の後ろに立ちながら、織種はぶしつけに観察を続けた。Iインジケーターでは、視界に入った人間を凝視するとIP序列や、会社情報が表示される。誰がどのくらいの順位にいるのかを観察するのは織種にとって暇つぶしになることだった。
「ねえ、何見てるの?」
織種の動きが不審だったためか、隣にいた人物から声が掛けられる。声の高さからして少女だ。この場にただの少女がいるわけないので、彼女はイニシエーターだろう。織種が視線を向けるとそこには、甲冑に身を包んだ少女がいた。正確には強化服の一種で甲冑ではないだろう。しかし甲冑を模している装備だ。
民警の中にはエキセントリックな服装をしている人間もいるが、隣にいる初老の男と少女は甲冑を模した装備をしている。なかなかにぶっ飛んだ格好だ。織種の服装はいつもの地味な色合いのフード付きパーカーに黒の綿製の頑丈なボトムだ。フードを被っているのが珍しい程度で普通の服装である。
「部外秘です」
「そう」
甲冑少女はすぐに興味をなくしたようだ。織種が甲冑少女を凝視していると、画面上に情報が現れる。壬生朝霞、IP序列275位。ひぅっ……! と織種の喉からは失敗したしゃっくりのような声が出た。甲冑コスプレ少女は、とても強いイニシエーターだったのだ。プロモーターである奈佐が働かないせいで織種のIP序列は1235位と低い。イニシエーター単独のIP序列としては高いが、織種は自分が強いと自信をもって言い切れるほど自信家では無かった。