会議室が人で埋まってゆく。東京エリアにはこの広い会議室を埋めるほどの民間警備会社が存在したらしい。そのうちの何割が非合法な依頼に手を染めているのかは不明だ。しかし、これだけの会社があって民警の生計は大丈夫なのだろうか。そんな益体もないことを織種は考えた。
会議室に入ってくる民警の多くは良く言えば個性的な、悪く言えば変な格好をしている。そしてまた、部屋に変な格好の人間が入ってきた。背中には大剣。口元にはスカルモチーフの黒いフェイススカーフ。筋肉質な上半身を覆うものは黒いタンクトップのみ。太い腕には、スカルの刺青が。金色に染まった髪型もかっちりとセットされている。
Iインジケーターによると、男の名前は伊熊将監というらしい。IP序列は1584位となかなかのものだ。所属は三ケ島ロイヤルガーダー。三ケ島ロイヤルガーダーという名前を聞いても織種には分からない。東京エリアには民間警備会社が多すぎる。防衛省の会議室を埋めるほどの数というのは、並大抵の数ではない。ガストレア戦争後に雨後の筍のごとく生じた民間警備会社を全て覚えている人間は、民間警備会社マニアか政府の民警管理の専門職員くらいだろう。
将監の背中に隠れる形で、少女が部屋に入ってくる。横髪を編み込みにした灰色の髪の少女だ。Iインジケーターに表示された名前は千寿夏世。髪色と同じ灰色のジャケットにスパッツという格好であり、相棒の将監に比べると大人しい服装をしている。
それからまた、民警が部屋に入ってきた。全身に包帯を巻いたプロモーターであろう男。大きなリボンをツーサイドアップに付けたメイド服のイニシエーター。民警というものは変な服装をしなければならないという決まりでもあるのだろうか。そんな織種の趣味が良いとは言えない人間観察も、そろそろ終わりそうだ。用意された椅子の大部分が埋まっている。時間も時間であり、入ってくるペアはもう一組か二組くらいだろう。
扉が開き、制服姿の男女が室内に入ってきた。公的な場での高校の制服は本来は常識的だが、メンツを大事にする荒くれ揃いの民警の間では非常識だ。確実に侮られる服装である。当然、室内の民警たちの目が二人に集中する。
「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ? ガキまで民警ごっこかよ。社会科見学なら黙って回れ右だぜ」
将監が高校生に絡んだ。将監は大剣を背負った刺青を入れたいかつい男である。そして千番台の序列であり実力派だ。しかし、街中で見たら思わず距離を取ってしまいたくなる服装をしている。荒々しさが華の民警をよく体現しているが、織種は並んで歩きたくはないと思った。
(高校生を護衛に雇うなら将監の方がマシかもしれませんね。しかし将監はあの恰好。なんか裏切りそうです。実績は有るけど、見た目が……)
織種は最低なことを脳内で考えていた。それからIインジケーターで高校生二人組を見る。男は里見蓮太郎。女は天童木更という名前らしい。
(あっ、ロリコンの里見さんですね。もしやこれってチャンスでは? クソマスターが注目している里見さんは多分強いでしょうし、丁度いい機会です。存分にやりあってください!)
織種の打算的な思考は裏切られなかった。二人は何やら言い争っている。そして、将監が蓮太郎に頭突きをかました。突然の出来事に蓮太郎はそのまま吹き飛ばされ、地面に背を着くかと思われた。が、蓮太郎は無様に倒れるのではなく、受け身をとりそのまま体勢を立て直す。観戦している民警がそんな蓮太郎を囃し立てる。蓮太郎の動きは織種も思わず息を呑むほどのものだった。
蓮太郎が拳銃に手を伸ばしかけ、将監も大剣の柄を握る。こんな場所で武器を抜けば両者とも処罰は避けられないだろう。だが、頭に血が昇った人間はそんなことを気にしない。織種は心の中でやれ! 戦え! 武器を抜け! と両者に声援を送った。声に出しはしない。声に出したら品性を疑われてしまう。
織種の願い虚しく両者は矛を収めた。木更と三ケ島には、ここで自社のプロモーターに武器を抜かせない程度の理性は残っていたらしい。蓮太郎たちの後に部屋に入ってくる人間はいない。織種が目ざとく見つけた空席は大瀬ヒューチャーコーポレーションという会社のものだった。
(多分、面倒を嫌ったんですかね。クソマスターも言ってましたが、これ厄ネタですもん。後から上から圧力掛けられて業界を追われそうですけど、頑張ってほしいですね)
織種は大瀬ヒューチャーコーポレーションの人間を全く知らないが、心の中でエールを送った。
しばらくして、ガチャンと扉が開く音がした。軍靴の音を響かせてテーブルに向かうのは禿頭の男だ。金モールを下げ、煌びやかな勲章をぶら下げている。間違いなく幕僚クラスの人間だ。
「ふむ、空席一か」
幕僚の後ろに控えていた部下が、何やらタブレットに打ち込んでいる。防衛省は大瀬ヒューチャーコーポレーションに確実に目を付けただろう。織種は、まな板の鯉とはこういうことなのだなあ、と思い黙祷した。
「本日集まってもらったのは他でもない。諸君等民警に政府関係者からの依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」
「本日の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち、退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることが出来ないことを先に言っておく」
幕僚の言葉を聞いてこの場を立ち去るものは誰もいなかった。防衛省は民警にとって上司に相当し、この依頼は強制依頼と言っても過言ではない。また、民警が臆病であることは無能の象徴である。この場から立ち去ろうものなら嘲笑と共に業界から排除されるだろう。敵前逃亡する無能な味方は敵よりも厄介なのだから。
「よろしい。では辞退はなしということで進行する」
幕僚はぐるりと居並ぶ民警に視線をやった。そして一呼吸すると部屋にしつらえられた有機ELモニターに身体を向ける。
「説明はこの方に行ってもらう」
『ごきげんよう。みなさん』
リアルタイム通信が行われているであろうモニター。そこに映されたのは白皙の美女だ。肌のみならず髪も白い。瞳は一種の宝石のようだ。上質な黒真珠という表現が一番近いだろう。アルビノではないが、その美貌は美女の範疇を易々と飛び越える。髪と同色の帽子とウェディングドレスにも見えるシルクのワンピースが、人形じみた印象を強める。この完成された女の名は聖天子。齢十六の東京エリアの最高権力者だ。
画面に聖天子が映し出されると同時に、居並ぶ民間警備会社の社長は立ち上がった。多種多様な服装にも関わらず、一糸乱れぬ起立だった。
(気持ちが悪い。理想論を植え付けられた哀れな傀儡の美女に盲従する人間の群れ。不快感しか覚えませんね)
聖天子の後ろには白髪の老人が付き従っている。Iインジケーターに表示された名は、天童菊之丞。この老人が操り手だろうと織種は予想した。菊之丞がモニターに映った瞬間、烈火のような殺気が室内の一角で湧き立つ。かと思うとそれはすぐに消えた。気づかないものがほとんどだろう。殺気の主は女子高生だった。天童木更。菊之丞と同じ天童という苗字である。何らかの確執を抱えているのかもしれない。
(木更さんはクソマスターが注目する里見さんの会社の社長。さらに聖天子の操り手と因縁があるとしたら……地雷ですね。関わったら確実に面倒に巻き込まれます)
『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』
聖天子の言葉はあくまで建前であり、誰も席に着こうとはしない。最高権力者の前で悠々と椅子に座る度胸のある人物はこの場にはいないようだ。
『依頼自体はとてもシンプルです。民警の皆様に依頼するのは、昨日東京エリアに侵入して感染者を一人出した感染源ガストレアの排除です。そして、このガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください』
ELモニターにシルバーのジュラルミンケースが映し出される。スパイ映画やアクション映画で登場するような代物だ。そしてその横に成功報酬であろう数字が映し出される。映し出された数字は通常依頼のもの比べると、桁が四つか五つばかり多い。それを見て会場内に困惑した空気が広がる。
将監の属する三ケ島ロイヤルガーダーの社長である三ケ島が手を挙げた。聖天子が、身振りで発言を許可する。
「ケースはガストレアが飲み込んでいる。もしくは、ガストレアに取り込まれているということでしょうか?」
『その通りです。ガストレアが飲み込んだか、形象崩壊の際に内部に取り込まれたと推測されます』
「感染源ガストレアの形状と種類。潜伏場所について政府はなにか情報を掴んでいるのでしょうか?」
『形状と種類に関しては、感染者がモデルスパイダーに変異したことから、同種のスパイダーではないかと推測されています』
聖天子は織種のいる場所に一瞬だけ視線を投げる。
『東都情報社からの報告によると、感染源のガストレアは、モノリス内の監視カメラでは存在を確認できていないとのことです。詳しくは配布する資料に書かれています』
聖天子は織種ではなく新田に目をやったのだろう。奈佐が上に送った情報は有効に使われているらしい。三ケ島はひとまず納得したのか、発言を続ける様子はない。聖天子が、口を開こうとしたそのとき、木更が手を挙げた。
「回収するケースの中に、なにが入っているか聞いてもよろしいでしょうか?」
ざわりと周囲の社長が色めき立つ。好奇心は猫を殺すというのに、木更はわざわざ質問をするらしい。藪をつついて蛇を出すような行為だ。
(国防に関しての機密書類でしょう。もしかしたら核兵器に関しての書類かもしれませんね。ウイルスに核兵器というのは定番ですし)織種は勝手にそう予想した。
『おや、あなたは?』
「天童木更と申します」
『……お噂はかねがね聞いております。それにしても、天童社長は妙な質問をなさいますね。依頼人のプライバシーを暴こうというのですか?』
聖天子の対応が妙だった。木更のことを知っているようだし、天童に妙なアクセントがこもっている感じがする。織種の中の木更の扱いが確定した。絶対に厄ネタだ。関わったら天童とやらの確執に巻き込まれかねない。
「納得できません。仮に、そのガストレアが隠蔽能力に優れていたとしても、これほどの大金をたかが一体の討伐報酬に支払う理由が分かりません。ケースの中身が危険だと邪推するのは異常なことでしょうか?」
民警たちの目が聖天子に注目している最中、僅かな物音しか立てずに会議室の扉が開いた。部屋に入ってきたのは白い仮面をつけた怪人物だ。アバンギャルドなファッションセンスを有する民警だが、仮面の不審者といいうのは頭一つとびぬけている。織種が密かに付けているこの会場の変人ランキングの上位が変動した。
聖天子と木更の言い争いを無視して織種は、仮面の人物を凝視した。不審人物の名は、蛭子影胤というらしい。IP序列は134位だ。
(はぁっ!? おかしいですよ!? なんで? あんなのが?? ヤバイ奴ですよ!?)
織種の隣に立っているいろんな意味でヤバそうな甲冑少女は序列275位である。影胤はそれよりも上なのだ。見た目からも狂気が漂っているヤバイ奴である。プレゼントボックスを影胤は持っている。Iインジケーターで提示されたプレゼントボックスの情報を織種は忘れたくなった。
「そんな不確かな情報でウチの社員を危険に晒すわけにはまいりません」
そうしている間にも聖天子と木更の会話は決裂したようだ。木更は聖天子に背を向けた。険悪な空気を打ち消したのは影胤の笑い声だった。部屋中にビリビリと響く馬鹿デカい哄笑だ。
『誰です』
「私だ」
聖天子の質問に影胤は挑発的に答えた。織種の目は、影胤がIP序列134位の身体能力でもって大瀬社長の椅子にダイナミックに座ったことを捉えていた。しかし、両隣に座っていた社長には突然仮面の不審者が現れたように見えたのだろう。滑稽なほど驚いている。それから、影胤は巨大な円卓の上に行儀悪く飛び乗った。
『……名乗りなさい』
「これは失礼。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。私は蛭子影胤。端的に言うと君たちの敵だ」
影胤は演劇のような芝居がかった礼を聖天子に送った。並みいる民警たちは絶句している。聖天子も影胤を睨んだまま言葉を発さない。影胤は近くにいた蓮太郎と何やら言葉を交わしはじめた。そんな折に、Iインジケーターの骨伝導スピーカーから織種の嫌悪する人物の声が聞こえた。
『やっほー織種ちゃん。僕だよ』
「なんですか? 今取り込み中なんですよ」
『知ってるよ。見てるからね』
「じゃあ黙っててください」
『ええーー。仕方ない。情報をあげよう。影胤は改造人間だ。超人であり目立った弱点はない。斥力フィールドっていうバリアを使う。あれいいよね。君は新田くんと藤堂ちゃんを守ってくれればいい。じゃ健闘を祈るよ』
「なんなんですか! 覗き魔がッ!! ああ、もう!!」
つい、織種は大声をあげてしまった。影胤が仮面を織種に向ける。蓮太郎も何やってんだコイツという表情を織種に向けた。
「パパ。こいつきもい。殺していい?」
影胤の娘でありイニシエーターでもある小比奈が織種に刀を向けた。影胤が冷静に言葉を返す。
「駄目だ」
一瞬弛緩した空気が張り詰めたものに戻る。
「諸君! 茶番はここらでいいだろう。『七星の遺産』だ。私と君たち、どちらが先に遺産を見つけられるか勝負といこう! 掛け金は君たちの命だ!」
影胤はふてぶてしく、並みいる東京エリアの民警に宣戦布告を行った。