ムネーメーは踊る   作:むにゃ枕

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5 仮面舞踏会

「──黙って聞いてりゃあ、ごちゃごちゃと。ぐだぐだうるせぇんだよ」

「要はここでテメェらが、死ねばいいんだろォ!」

 

 将監だ。バラニウム製の鈍く光る黒大剣が、影胤に襲い掛かる。筋肉質な見た目とは裏腹に将監は速い。不意を突かれたのか、影胤は構えすらしない。だが、棒立ちが油断からではなく、強者の余裕から来るものだと分かったのは数瞬後だった。

 確実に影胤を捉えたはずの大剣が、バチリという破裂音と共に宙に舞った。大剣を弾いた青白い燐光の残滓とオゾンの匂いが漂う。

 

「夏世ッ!」

 

 将監のイニシエーター、夏世が宙に舞った大剣を蹴った。蹴飛ばされた大剣は影胤に向かいまっすぐに飛ぶ。が、それだけでは無い。加速した大剣を将監が掴む。そして、勢いを殺さずに影胤に渾身の突きを放つ。

 将監には確かに手応えがあったのだろう。だが、将監は油断はしていない。すぐに追撃に移れるように慎重に影胤の動きを見定めている。

 

 戦闘で飛び散った塵芥が晴れ上がり、哄笑が部屋に響いた。耳障りなそれは影胤のものだった。

 

「いやいや、さすが大口を叩くだけのことはある。ちょっとだけ見直したよ。だが、残念ながらキミでは及ばなかったようだ」

 

 将監の大剣の切っ先は影胤の目と鼻の先で止まっていた。青白い光を放つ斥力フィールドが大剣を完全に受け止めている。

 

「下がれ将監!」

 

 三ケ島の指示に従って、将監は後方に飛び去った。十数人の民警が、護身用の拳銃を影胤に向ける。

 

「無駄だよ」

 

 影胤はそう呟いたが、民警たちは躊躇しなかった。多種多様な拳銃の乾いた発砲音が部屋中に響く。将監と小比奈の周囲360度に斥力フィールドのバリアが展開される。銃弾は一発も影胤には当たらなかった。それどころか、斥力フィールドに弾き飛ばされ跳弾となったものが、発砲者たちに襲い掛かる。数人の人間が地面にうずくまった。

 

「斥力フィールドだ。私は『イマジナリーギミック』と呼んでいる」

 

 そんな緊迫する場を無視して、織種は冷ややかな目で藤堂を見ていた。正確には藤堂ではなくその右手の義手をだが。藤堂の義手は盾状に変形し、影胤と同じ斥力フィールドを纏っている。右目の眼帯は取り払われ、眼窩からは一目で機械だと分かる義眼が覗いていた。

 

「改めて名乗ろう! 私は元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊、蛭子影胤だ。新人類創造計画との被験者だと言えばわかるだろう」

 

 影胤は藤堂をじっと見つめながら言った。

 

「えっ、なんでしょうか? 小官は存じませんが……?」

 

 藤堂は何も知らないようだ。先ほど発砲した緊迫の表情を浮かべた男が、思わずといった感じに呟く。

 

「ガ、ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊……実在するわけが……」

「信じるか否かはキミの勝手だよ。そこの彼女にでも聞けばいい」

 

 影胤は蓮太郎にプレゼントボックスを渡した。中に入っているものを織種は既に知っている。この会議に欠席した大瀬の首だ。影胤と小比奈は、派手に穴が開いたガラス窓に近づく。そこから降りるのだろう。

 

『さて、腕試しと行こうじゃないか。さあ追うんだ! 早くしないと逃げるよ!』

「はぁ……薄々わかってましたよ……」

 

 奈佐が織種に指示を出した。織種に伝えられた役目は、新田と藤堂を守ることである。二人が無事な以上、追撃というのは不思議ではなかった。

 

(絶対に事前に影胤を把握してましたね。それに、ドローンを播いた時に問題が無くなったというのは、その時刻に大瀬社長が死んだからですか)

 

 織種は背後から小比奈を狙って二十式小銃でバースト射撃を行う。軽快な三点バーストの射撃音が響く。しかし、弾は一発も小比奈を捉えなかった。

 

「小比奈、それには構うな。目的は達成したよ」

 

 影胤は優先順位を違えてはいないようだ。颯爽と割れたウィンドウガラスから飛び降り、その後に続いて小比奈も飛び降りる。

 

『何してるんだい? 追うんだよ。(ドローン)はまだ潰されていない。今なら追えるよ』

「嫌です……ここは、慎重を期しませんか」

『おっと君は上に従えない無能なのかい? さあ行け!』

 

 下唇を嚙みながら、織種は割れたガラスから壁面に出た。超人的な能力を持つイニシエーターなら、ビルの壁面を駆け下りるくらいは平気なのだ。とはいえ好んでやりたいことではない。壁面を駆け下りる敵の姿はなかった。もう、地上に降りたのだろう。すぐに地上に降りねばならない。

 

 ビルの壁面を勢いよく駆け下り始めた瞬間、ゾクリと、嫌な予感がした。咄嗟に小銃を盾にするも、それは重力を伴った斬撃に対して余りにも軽い防御だった。

 

「手、無くなっちゃったね」

 

 織種の右腕は、半ばから断ち斬られていた。斬り落とされた右腕と、小銃の残骸が地面に落ちていくのが見える。極めて単純な策だった。影胤は織種が壁面を降りることを予想していたのだ。上階に潜んでいた小比奈が、死角から織種に斬りかかったのだ。小比奈だけが待ち伏せをしている。当然そんなことは無かった。

 

「チェックメイトだ。キミには用心深さが足りなかった」

 

 影胤の二丁拳銃が、火を噴いた。

 

「バカ……マスターが……っクソ…………ぅ……」

 

 拳銃弾を何発も受けた織種には外壁に立つ気力は無くなっていた。少女は力を失い、そのまま地面に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 元はパーカーだったボロ布と、辛うじて原型を保っているボトム。ボロボロな姿で織種は小さく息を吐いた。小比奈の一撃は腹部まで斬り割いていたらしく、織種の腹に外気が触れている。肌寒い。右袖は斬られてしまったので無い。その代わりに斬り落とされたはずの右腕があった。腹部の傷は完全に癒え、傷跡すら残っていない。Iインジケーターは完全に破損しており、耳障りな奈佐の声は聞こえない。

 

「給料から引かれるのでしょうか……」

 

 こうなってしまってはIインジケーターは修理不能だろう。新品を買った場合、経費として落ちるのだろうか。奈佐のことだから織種の給与から引きそうではあった。もっとも、織種にとってショックだったのはボロボロになったパーカーだ。ブランド物でそれなりの値段がしたのだ。小比奈に斬られただけではなく、影胤にも拳銃で撃たれたので穴が開いている。落下の衝撃は和らげたものの、パーカーがぼろ布になるのは避けられなかった。

 

「右腕とお腹を斬られて、穴だらけにされるなんて、最悪です。やっぱり厄ネタでした。マスターはもっと私に優しくするべきです……」

 

 遠くに見覚えのある背恰好があった。新田と藤堂だ。それに何故だか蓮太郎と木更もついてきている。四人とも慌てふためいているようだった。

 

「織種ちゃん無事かい? 落ちていくのが見えたから心配したよ」

「無事じゃないです。服がボロボロになりました」

「それはご愁傷さま。君に怪我が無さそうで良かったよ。詳しいことは法野さんの指示を仰いでからだ。法野さんは君を大事にしているからね。ここで勝手に君に追撃させるわけにはいかない」

 

(大事にしていれば、あの場面で無理やり追撃はさせないのでは? 私が死なないのを良いことに私で遊んでるのが嫌なんですよ)

 

「そうですね。帰ります」

「ああ。君たちもわざわざ心配してくれてありがとう」

 

 蓮太郎は、織種の右腕をじっと見ていた。斬り落とされたのを目撃したのかもしれない。

 

「なあ織種。怪我は本当に大丈夫なのか?」

「ロリコン……ゴホン。ええっと里見さん。心配でしたら無用です。これでも私の序列は千番台です。これぐらいじゃへっちゃらですよ」

「お前、本当に大丈夫か。右腕とか無事なんだよな?」

 

(里見さん、確実に私の腕が斬られたの見てますね。めんどくさ)

 

「無事ですよ。それよりも、私といちゃついてていいんですか? 里見さんの想い人の木更さんが、私に嫉妬するかもしれませんよ」

「なんかお前、延珠みたいだな……」

「私は私です。木更さんもどうせ里見さん好きですよ。強引にキスでもすればいいんです」

 

 織種は木更の耳に入るように、わざわざ大きい声で言ってやった。蓮太郎はびくりとした後に、怖い顔を作った。

 

「ちょっとは声量を考えろよ。この馬鹿が」

「痛っ、ちょっ、このロリコン! ペドフィリア! 小児性愛者!」

 

 ふざけ気味に落とした軽い蓮太郎の拳骨。それを織種は大袈裟に痛がった。別に痛くはなかったが。

 

「ちょっと里見くん。痛がってるじゃない」

「いや、コイツの演技だからな。騙されないでくれよ木更さん」

 

 織種が、キスでもすればいいんですと言った瞬間の木更は可愛かった。頬を微かに赤らめ唇を無意識に触っていたのだから。織種以外からは見えない位置だったが。

 

 

 織種は新田と藤堂と共に会社へ戻った。Iインジケーター経由で奈佐が部屋に来るように言ったらしい。壊れていることを名目に織種はバックレようかとも一瞬だけ考えたが、デメリットの方が大きかったので、渋々奈佐に会うことにした。織種は、酷い格好をしているので着替えてから来ていいと奈佐は言ったらしい。そう新田に伝えられた。

 

「やあ織種ちゃん無事で良かったよ」

「無事に見えるというならマスターの眼はガラス玉か何かなんですね」

「そんな減らず口を叩けるのは無事な証拠だよ。無様に失禁して嫌だって泣き喚けば僕だって、君を秘書か何かにしてあげるのにさ」

「殴りますよ……マスターは虚弱なので、やりませんけど」

 

 キャスターを転がして、奈佐は織種を抱きかかえた。奈佐にとって織種は縫いぐるみか何かのようなポジションなのだろう。織種は奈佐の腕から脱出して、元の椅子に座った。

 

「そうそう織種ちゃんはあのケースの中身を知っているんだっけ?」

「聞いていませんが予想はついています。核兵器に纏わる書類ですね!」

「残念。ハズレだ。そんなんだから不意打ちを喰らうんだよ」

「……うるさいですね」

 

 奈佐は獲物をいたぶる猫のような目を織種に向けた。

 

「教えてほしいですにゃん、って言えば中身を教えてあげないこともないよ。なんなら新しいIインジケーターの代金も給与から引かないかもしれない」

「………………ぐぬ。……お、おしえて……」

「何か言ったかな? 全く聞こえなかったんだけど?」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情が織種の顔に張り付いている。

 

「教えてほしいですにゃん!!!!」

 

 顔を真っ赤にしながら、逆ギレ気味に織種は言った。

 

「もう一回と言いたいところだけど、僕は寛大だから許してあげよう。しかし君はいい表情をするよなぁ」

「早く本題に入ってくださいよ!」

「ああいいよ。あのケースの中身はね」

 

 奈佐はもったいを付けて話だした。実は隠しカメラで織種の痴態は録画されていたりする。奈佐は織種に告げるつもりはないが。

 

「あのケースの中に入っているのは七星の遺産。悪人に渡ればモノリスを破壊でき、東京エリアを破滅に追い込めるものだそうだ」

 

(それって核兵器の設計図とかなのでは?? ミサイルがどこかに隠されていて、それを動かせるとか……)

 

「おっと、訝しんだね。そうともこれだけでは何のことか分からないだろう。もちろん私も分からない。でもね、情報っていうのは武器なんだ」

「未踏査領域を君は知っているだろう?」

「はい。モノリス外に存在する場所です。非合法なバラニウム鉱山があります」

「そう。でもね、未踏査領域にあるのは、非合法バラニウム鉱山だけじゃないんだ。人が移動する以上、どれほど慎重に行動しても痕跡というのは必ず残る。運が良ければそんなことはないかもしれないって? ガストレア対策のために東京エリアには綿密な監視網が引かれているんだよ」

 

 奈佐は奇術師のように指を振った。

 

「遺産というからには誰かが、どこかが、何かが残したものなんだ。そしてそれは厳重に保管されていた。何しろ遺産だからね。レガシィというわけだ。七星というのは何を表しているんだろうな?北斗七星。七星剣。ナナホシテントウムシ。セブンスター。ドラゴンボール……色々な候補がある。いやぁ、実に謎解きのしがいがある。」

「で、結局何が言いたいんですか?」

「纏めると、七星の遺産。例のジュラルミンケースはヤバイ代物ってことさ。回収しないと東京エリアが滅ぶかもね。じゃ、頑張って回収作業だ。もしかしたら、これは君のルーツに関わるかもしれない。知らないけどね」

「私について何を知っているんですか?」

「知らないよ。何も」

「茶化さないでください! 私の目を見てください」

 

 “自分のルーツ”という言葉を聞いた織種は狂気の混じった悲壮な顔をしていた。それを見た奈佐は珍しく真面目な表情を浮かべる。

 

「……話してください。全部、話してください。私のことを()()()()のことを話してください。お願いします。お願いですから」

「嫌だよ。僕は君を壊したくないんだ。全てを知っても君に出来ることは無い。それなら大人しく僕の玩具でいればいいんだ」

「分かりました……もう、いいです」

「うん。素直でよろしい」

 

 織種の絶望と怒りがないまぜになった表情が、奈佐には見えていた。しかし、敢えてそれを無視した。そして、マグカップを傾ける。

 

「語尾ににゃんを付ければ話すかもしれない……」

「にゃん」

「冗談だよ」

「痛ッ、やめ、髪を引っ張るな。悪かったから。謝る許してくれ。死ぬ! 死んじゃうから!」

 

 奈佐は松葉杖をつくことになった。泣きながら織種が飛び出していくのが、監視カメラの映像に残っていた。

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