ムネーメーは踊る   作:むにゃ枕

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6 群衆

 東京エリアではモノリスの内部に近づけば近づくほど地価が上がり、治安が良くなる。逆に、ガストレアが侵入する恐れのある外周区はゲットーとも呼ばれ、地価が低く治安も悪い。外周区では廃屋が目立ち、社会から排斥された呪われた子供たちや、ドロップアウトした人間たちが身を寄せ合って暮らしている。

 奈佐と喧嘩別れした織種がうずくまっているのもそんな外周区の廃屋の一つだ。織種はここまでどう来たかを覚えていなかった。

 

 身近な人間を傷つけたという事実は、織種の心を狂わせ、忌むべき記憶の蓋を開けるのに十分すぎる劇薬だ。

 三年前。半狂乱になって織種を見る彼女たち。救いを求める手。赤。不快な臭い。炎。叫び声。そして……その先には……

 次々に浮かぶ断片的な記憶を織種は頭の片隅に追いやろうとした。それでも、張り付いたイメージは消えない。じわじわと織種の精神を蝕んだ。

 

「ひぐっ。やだよ。殺したくないよ。お姉ちゃん……おねえちゃん……」

「やだよ。こんな世界やだよ……助けてよ。おねえちゃん。おねえちゃん……」

 

 織種は泣き疲れうずくまったまま眠りに就いた。

 

 

 ❡ ❡ ❡ ❡

 

 

 少女は狩りを終えた。狩りと言っても野生動物を狙ったものではない。少女が狙うのは閉店間際の個人商店だ。そこで、生きるために盗みを行う。れっきとした犯罪だが、そうでもなければ呪われた子供たちは生きてはいけない。

 ストリートチルドレンになるか、IISOという組織で戦闘訓練を叩き込まれガストレアと戦うか。事情があって一人で生活してる今の少女にとって二つの選択肢は論外だった。

 

 狩りを終えると少女はねぐらに戻った。住民が居なくなった廃屋である。崩れかけの二階建てアパートの一室が少女のねぐらだった。かつて、少女は他の子供たちと一緒に一人の老人とともに生活していたのだが、それは過去の話である。いろいろなことが有って今は、コミュニティから離れている。

 ドアに取り付けた仕掛けが地面に落ちていた。少女が用心のためにつけていた、仕掛けが動いていたのだ。何者かが留守の間に侵入している。少女は目の前の状況からそう判断を下す。

 

 普通の人間だったらこのねぐらを捨てて逃げるだろう。しかし、少女は腕っぷしには自信があった。それに逃げるのには飽きていた。自分が留守の間に部屋に侵入する卑劣な人間だ。自分に正面から勝てるという自信が無いのだ。

 少女は大胆にドアを開ける。しかし、そこには浮浪者もいなければ、敵対している子供たちもいない。

 

 おかしい。ドアを開けた人間に気付いていないのか? 慎重に少女は室内を捜索する。そして、部屋の隅に人間を見つけた。少女と同じくらいの年齢の人間だ。ベッドを使うこともなく部屋の隅にうずくまっている。

 うずくまっている奴の服は臭くなかった。それどころか良い匂いがする。洗剤の匂いだろう。それに引き換え自分が着ているもののみすぼらしさときたら。

 

 少女はすんすんと、犬のように自分の服の匂いを嗅いだ。洗っていない動物の匂いがした。うずくまっている奴は、この距離でも少女に気が付かない。

 間抜けな奴だ。良い匂いもするし、自分の子分にしてやってもいいかもしれない。少女はそう思った。実のところ少女は孤独にうんざりしていた。

 

 翌朝になっても、フードは目を覚まさなかった。近づくとすうすうと小さな寝息が聞こえる。死んではいなそうだ。

 フードが目を覚ました。ぼうっとした表情を見せるが、視線が合うと鋭い眼差しを向けてきた。瞳は赤い。髪は短く切りそろえられ、整った顔立ちと調和していた、しかしすぐに少女はフードを被って、うつむいた。

 

「おい。起きろ」

「…………うるさい」

「起きろよ。ここはわたしの家だ! わたしは大和田(おおわだ)七里(ななり)! お前は?」

「…………」

 

 七里の問いを、フードの少女は無視した。七里は、フードを無理やり引っぺがした。抵抗はしたが、随分弱弱しい抵抗だった。中から出てきたのは美少女だった。七里も自分がかわいいことは知っている。しかし、フードの中身も同じかそれ以上に顔立ちが整っていた。

 

「名前を言え」

「……うるさい」

「お前、人に名乗れねえのか? 名前も言えない奴は、わたしの家から出ていけ」

 

 少女の目には光が無かった。七里はその目を知っていた。辛いことが有った時に鏡に写った自分の目だ。

 

茶江洲(ちゃえす)織種(おりね)。名乗った。もうほっといて」

「なあ、なんで泣いてたんだ?」

 

 織種は、七里の問いを無視した。泣いていたということは否定しないらしい。

 

「どこか痛いのか?」

「…………」

「腹が減ってるとか?」

「…………」

「……無視すんなよ」

 

 七里は織種の背中を撫でた、七里に悲しいことが有った時に、誰かがやってくれたのだ。少し気持ちがマシになったことを七里は覚えていた。

 

「…………やめて」 

「そうかよ」

 

 七里は織種の態度に少し腹を立てた。一瞬、追い出そうとも考えたが、織種は態度が悪いだけであって、七里を傷つけようとしたわけでも殺そうとしたわけでもない。単に自分に対する態度が悪いだけの同じ子供を追い出すのは器が小さいように思えた。

 七里は、盗んできた缶詰を無理やり手でこじ開けた。

 

「食えよ。食って元気出せ」

「別に……いらない」

「置いとくからな。食えよ」

 

 七里は良いアイデアを思い付いた。七里は、美味しいものを食べれば元気になる。ならば、織種も美味しいものを食べれば元気になるのだ。単純なアイデアだったが、七里にはそれが素晴らしいものに思えた。

 七里は織種を仲間だと思いはじめていた。ならば、仲間を元気にするのは、リーダーたる自分の役目だろう。七里は単純な性格であった。

 

「美味いモン取ってきてやるよ。そうすれば元気になるだろ」

 

 織種からの返事はなかった。七里は、少しでも怪しまれないためにマシな服に着替えることにした。今着ている服は酷いものだ。七里を見た人間を確実に警戒させてしまうだろう。

 少し前に盗んだ白いチェニックに、デニム生地のミニスカート。七里に出来る精一杯のオシャレだ。これなら呪われた子供たちであることが、バレないかもしれない。

 

 七里は、織種を家に残し、スーパーマーケットに狩りに出ることにした。いつも狙う個人商店ではロクなものを狩れない。多少危ないがスーパーマーケットなら上質なものが狩れるはずだ。

 計画は順調に進んだ。スーパーマーケットには入ることが出来たし、カゴに食料品を入れることは出来た。だが、十歳の少女が考えた計画には当然、穴があった。

 

「君、それ、どうするのかな?」

 

 七里に声を掛けたのは、警備員だった。威圧的なその制服を見た七里は計画の失敗を悟った。店に入るときから既に目を付けられていたのだろう。七里は静かに後ずさる。そして、籠を抱えたまま店の入り口に向かって走った。

 警備員はそれを見過ごさなかった。七里の首筋を掴み、動きを止めようとする。七里の脳内に嫌な記憶が蘇った。咄嗟に七里は、警備員を殴った。

 

「がっ……」

 

 警備員は口から血を吐いた。七里が殴った腹部からもどくどくと血が流れだした。七里の思考は真っ白になった。背中をいやな脂汗が伝う。殺してしまった! わたしは人を……殺した

 青白い顔をして、血走った赤い目をした少女を人々は見逃さなかった。憎しみと怒りを滾らせた人々が七里を囲もうとした。

 

「泥棒だ! 赤目が盗みをしやがった!」

「殺せ! 赤目はガストレアだ! 殺せ!」

「死ね! 人殺しが!」

 

 路上まで逃げても、群衆はじりじりと七里を追いつめる。七里はカゴを抱えたまま、人垣の隙間から逃げ出した。前には、少女と青年の後ろ姿があるのみだ。息を切らしながら七里は走った。前を歩いている二人組を抜かそうとしたとき、後ろから伸びた手が、七里の頭を掴んだ。

 七里は、頭から地面に倒れ、押さえつけられた。必死に逃げようとするも、次々に手が伸びてきて七里を地面に釘付けにした。押さえつけた手が、七里の骨を軋ませる。

 

「放せぇ!」

 

 七里は叫んだ。

 

「泥棒め、貴様等は東京エリアのゴミだ」

「よしよしよくやった! ざまぁ見ろガストレアめ」

「喚くなうぜぇんだよ。この人殺しが」

「貴様ら『赤目』が俺の親戚を皆殺しにしなければ!」

 

 群衆は、口汚く七里を罵った。七里の前に立っている青年と少女は違った。静かに、しかし確かな同情をもって七里を見ていた。七里は少女の顔に見覚えがあった。以前、外周区にいた少女だ。青年は彼女の知り合いだろう。

 七里は僅かな希望にすがるように、無意識に青年に手を伸ばした。しかし、現実は非情だった。七里の伸ばした手は青年に払われ、地面を掴んだ。

 

「貴様ら、何をやっている!?」

 

 群衆がざわついた。現れたのは警察官だった。痩せた男と体格がいい男の二人組だ。警察官は、侮蔑を隠しもせずに七里に手錠をかけた。七里は抵抗しなかった。ケイムショとやらにぶち込まれるのだろう。地面に散らばった食品を見て、織種に美味しいものを食べさせてあげられない。と七里は思った。

 

「乗れ」

 

 七里はパトカーの座席に投げ出される。物を扱うような態度だった。パトカーの窓から見える景色が、どんどん荒れたものへと変わっていく。七里に馴染み深い外周区の景色だ。ケイムショとやらは、随分と七里のねぐらの近くにあったらしい。

 

「ここらでいいだろ」

 

 一人の警官が、車から降り、周囲の人影を確認していた。周囲に人影がないと判断したのだろう。七里は、車から降ろされた。

 

「犯罪者には、刑罰が必要だ。これから俺たちが言うとおりにしろ」

 

 罰が下されるのだ。七里は、逃げなかった。これが終われば帰れるのだろうか? 悲しそうな織種の姿を思うと、早くねぐらに帰りたい。

 

「もっと下がれ。もっとだ。よし、そこだ」

 

 警官に言われるがままに、七里は動いた。そして、下を向いて次の指示を待つ。

 

 ダン! という轟音と、衝撃があった。何が起きたか分からなかった。頭が痛み、暖かいものが垂れた。そしてそれは赤かった。

 

「え?」

 

 七里が、撃たれたと思ったときにはもう遅かった。怨嗟から歪んだ正義感を迸らせた警官が、続けざまに発砲したのだ。衝撃と、そのあとすぐに焼けるような痛みが全身を襲う。力が入らなくなって、七里の目の前は真っ暗になった。

 血だまりの中に倒れた七里を見て、警官は殺したと判断したのだろう。大きな達成感から生じた笑顔を顔に張り付けて、その場から去っていった。

 

 

 ❡ ❡ ❡ ❡

 

 

 七里の顔見知りの少女、イニシエーター藍原延珠のプロモーター、里見蓮太郎は一部始終を目撃していた。市民を守るべき警官が、呪われた子供たちである少女を殺したのだ。警官たちの満足げな表情が蓮太郎の脳裏からは離れなかった。すぐに、少女の死体に駆け寄る。呪われた子供たちの驚異的な生命力に賭けたのだ。

 蓮太郎は、服が血にまみれることを無視して少女を抱えた。余りにも蓮太郎は無力だった。

 

 少女が、小さく咳き込む。気道に血が入ったのか、咳は激しくなった。少女は辛うじて生きていた。蓮太郎は迷わなかった。すぐに、少女を病院へ連れていかなければならない。少女を抱いて、徴収したスクーターに乗ろうとした時、肌が粟立った。殺気が蓮太郎を包んだ。

 

「……その子を殺したんですか?」

 

 声の主に蓮太郎は心当たりがあった。視界の隅に首元に突き付けられた鋭利な刃物と、それを握る細い腕が映った。

 

「違う。邪魔をするな。俺はコイツを病院へ連れて行かねぇといけないんだよ!」

「……私に、任せてください」

 

 殺気の主、茶江洲織種は、蓮太郎から少女をひったくり、パーカーを脱ぎそれを地面に敷いた。そしてその上に少女を静かに寝転ばせた。それから爪を肥大化させ、自らの手首を斬り割いた。あふれ出た血を少女の銃創に流し込む。

 蓮太郎には、意味が分からなかった。輸血としては無意味だし、仮に有効な輸血だったとしても血液型が違えば、少女を殺してしまう。

 だが、蓮太郎のそんな心配は杞憂だった。逆再生のように、少女の傷は回復していく。生命の因果を冒涜するような現象が発生する。

 

「外傷と体内は治しました。あとは専門家に任せてください」

「一体、何をしたんだ?」

「秘密です。あくまで応急処置なので早く病院へ行ってください」

「あ、ああ」

 

 蓮太郎は、少女を抱いたままスクーターに乗った。織種はちゃっかり、蓮太郎の後ろに座った。

 

「元はと言えば、私が悪いんです……私が転がり込んだばかりに……彼女をこんな目に遭わせてしまいました」

 

 織種は涙声だった。何やら事情がありそうだと、蓮太郎は思った。

 

「お前は悪くねぇよ。コイツを撃ったのはお前じゃねぇ」

「……でも」

「うるせぇ。子供は笑ってればいいんだよ」

「はい」

 

 病院に運び込まれた七里にはすぐに処置が施された。医者は、まるで誰かが応急処置をしたようだと驚愕の表情を浮かべながら織種たちに告げた。支払いに関しては、貯金が乏しい蓮太郎の代わりに織種が電子決済で支払った。蓮太郎は自分だけで払うつもりだったらしいが、織種が頑として譲らなかった。

 

『織種ちゃん、偽善かい。出荷された彼女たちは助けなかったじゃないか。彼女たちが出荷先でどんな目に遭ったかは予想がつくだろう?』

 

 電子決済をしたことで、奈佐に居場所を掴まれたことは確実だ。そのせいか、奈佐が織種の行動を嘲笑う幻聴がした。

 

「うるさい。黙れ。私は……」

「大丈夫か?」

 

 ぶつぶつと呟く織種を心配したのだろう、蓮太郎の暖かい手が織種の頭を撫でる。蓮太郎の手の暖かさが織種を現実に引き戻した。

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