織種のナビゲーションに従い、三人は林道へ出た。七星の遺産を奪還した影胤らが森林地帯に隠れている可能性は低い、という読みがあっての行動だった。
影胤たちが、常時ガストレアに襲撃され続けるリスクよりも、追っ手をくらませられる森林の利点を取った可能性はある。しかし、彼らの性格からするとその可能性は低い。
「蓮太郎、道がボロボロだ。ドーロコーダンとやらは税金泥棒だな」
「道ってのは、人間がいないと簡単に自然に還るんだよ。むしろよくもってる方だろ」
「ならば、良い仕事だな」
「お二人とも大型ガストレアがいます……静かにしてください」
織種の忠告に、蓮太郎と延珠は口を閉ざすことで応えた。闇夜に爛々と浮かぶ黄色い六個の瞳。一対は大きく、残りの二対はそれよりも一回り小さい。目玉の位置からして、三対の目玉を持つ巨大生物なのだろう。
「っ……」
巨大ガストレアは織種たちに気が付く様子はない。そのまま何事も無ければ三人を通り過ぎていくはずだった。が、爆発音がそれを妨げた。
「気付かれたッ! どこの馬鹿が爆弾なんか使ったんだよ」
「ステージⅣですね。お二人は避難を。私が倒します」
「馬鹿野郎、逃げるぞ」
蓮太郎の言葉を織種は無視した。そして、三対の目玉を持つ巨大なガストレアと向き合う。織種の決意が固いことを察して、蓮太郎たちもガストレアと向き合う。
「私一人で十分です」
織種は、地面を蹴ってガストレアに吶喊する。
「蜥蜴、蛇、鳥、なんだかよくわかりませんが、殴れば死にます」
巨大なバラニウム製の棍棒が、ガストレアの頭部に振り下ろされる。
「オ?」
ガストレアには、蚊が止まって程度の衝撃だったのだろう。だが、魔獣が織種の存在を認識するのには十分だった。織種にむけて鋭い爪が振り下ろされる。織種は、それを間一髪で避けた。カウンターで、バラニウム製のナイフがガストレアの皮を斬り割くが、如何せん刃渡りの短さから威力は小さかった。
「クソッやっぱ駄目か。逃げるぞ!」
蓮太郎は、ガストレアから逃げるという選択肢を取った。織種は静かにそれに追従した。ガストレアは追ってこない。それどころか、ガストレアは何かに苦しんでいるような悲痛な声をあげている。
「追ってこないな」
「蓮太郎、アイツ、死んだぞ……」
延珠はもがき苦しむガストレアが動かなくなったのを見ていた。びくびくと痙攣しているが、動く様子はない。それを延珠は死んだと判断したのだ。
「マジか……お前、神経毒系の因子か。だとすると……」
「里見さん、人の秘密を暴こうとするのは、良くありませんよ」
「ああ。すまん」
「蓮太郎はデリカシーというものを知らんのだ」
「知ってるからな。デリカシーくらい知ってるからな」
三人は、警戒をしながら進んだ。先程の愚かな民警が起こした爆発で、ガストレアたちは目を覚ましているのだ。
「むっ。蓮太郎、敵だ」
「いえ、あれは恐らく味方……」
織種の言葉を無視して、延珠は敵と思しきものが潜む茂みに蹴りを放った。延珠の蹴りは衝撃を起こし、木々が軋んだ。だが、延珠の蹴りはただ土埃を巻き上げただけだった。首に当てられた冷たい金属の感触に延珠は硬直する。
「お……」
延珠の首元に散弾銃を向けていたのは、傷だらけの少女だった。少女の傷口は急速に回復しているようで、ジュウという音を立て映画フィルムを逆回しにするように綺麗に戻っていく。
「お前は確か」
「伊熊将監のイニシエーター。千寿夏世です」
織種はIインジケーターでカンニングした情報を蓮太郎に伝えた。蓮太郎は夏世のことを知っていたし、織種も面識はあった。延珠だけが夏世のことを知らなかった。夏世を加えた蓮太郎一行は廃墟で小休止する。
「将監はどうしたんだ?」
蓮太郎が夏世に尋ねる。
「知りません。将監とははぐれました」
「どうして将監とはぐれたんだよ? お前らの序列は1000代じゃねえか」
「私が悪いんです。降下してすぐに青い光を見ました。青いライトを使う民警はいません。そして、それはガストレアの罠でした。私は咄嗟に爆発物を使ってしまい……」
爆発物を使い、森中のガストレアの目を覚まさせた愚かな民警は、夏世と将監だったのだ。
「お前のミスだが仕方ないだろ。ミスは誰にでもある」
「はい……」
二人の話を聞いていると、延珠が腹を立てているのももっともだった。蓮太郎は幼女に対して非常に距離が近い。そして口調は荒いが心根は優しい。幼女の心を掴む要素を持っている。
「ロリコンの里見さん、あれって何です?」
「ロリコンじゃねえよ! ああ。あれは
「なるほど。名前を聞いたことはありましたがあんな巨大だったんですね。もっとも無駄な努力に終わったようですが」
「そう言えばそうなんだが、言い方ってもんがあるだろ。もしかしたら使われるかもしれないだろ」
「まさか」
馬鹿な会話を終えた時にインジケーターから影胤が見つかったという連絡が入った。恐らく傍受したものを気を聞かせて流したのだろう。そして、すぐに夏世の無線機からも通知音が流れる。
『夏世、何処にいる? 仮面野郎を見つけた』
将監の野太い声が、無線機から聞こえる。
「おい、それ本当かよ」
蓮太郎が思わず、声を発した。幸いにしてそれを無線機は拾わなかった。蓮太郎は漏れ聞こえる将監の声を頼りに、手持ちの地図にポイントを記載する。夏世は負い目があるのか、蓮太郎の行為を妨害しなかったし、将監にも黙っていた。
「延珠、影胤の居場所が分かった」
蓮太郎が、地図で指示したのはここから最寄りの海辺の市街地だった場所だ。ガストレア戦争で廃墟となった市街地である。一行の目的地はそこに決まった。夜闇もあって森に呑まれた道は非常に歩きにくい。しかし、そこはプロモーターにイニシエーター。難なく踏破する。一時間程度を費やし、一行は街を見下ろせる高台に辿り着いた。
そこには野営の跡が残っていた。将監と民警たちが、つい先ほどまでここにいたのだろう。
眼下に広がる市街地だった廃墟。静寂に包まれていたそこは、突然、発砲音に包まれた。民警たちが影胤に襲い掛かったのだろう。情報によれば十組のペアによる襲撃である。質より量という言葉もあるように、十組、二十人もの民警に襲われれば影胤といえども、勝つのは厳しいだろう。蓮太郎ならずともそう考える。
「敵です」
織種が小さく呟く。それから地面を蹴り、背後から襲ってきた鹿のガストレアの脳天にバラニウム製の棍棒を叩き込んだ。鹿は小さく痙攣し、地面に倒れる。
「ガストレアに追跡されていたようですね。誰が足止めします?」
「全員ですればいい」
「里見さんはロリコンの上に頭脳まで不明瞭なんですか? 目標はケースの奪還ですよ」
小馬鹿にしたような織種の口調に、蓮太郎は小さく神経をささくれ立たせた。
「私が残ります」
「夏世!」
「私はモデル・ドルフィンです。イルカの因子を持つ私は長期戦が得意だったりします。さあ皆さん行ってください」
覚悟を決めた夏世の目に、蓮太郎は反論する言葉を持たなかった。
「無理はするなよ」
夏世を残し三人は、市街地に降り立った。荒廃した街中を発砲音がした方向に走りだす。
「なんだよ……これ……」
血と臓物で地面が赤く染まっていた。遺体は下半身と上半身が離れていたり、手足がバラバラに切断されたりしていた。
「剣を……俺の……剣は……」
物にぶつかりながら、老人のようによたよたと男が歩いていた。
「お前。伊熊将監か……」
もう目が見えないらしい。音を頼りに蓮太郎の方へと歩み寄ってくる。
「剣が有れば、俺はまだ……戦える」
そう言い残して将監は死んだ。背中には折れた大剣が刺さっていた。記憶が正しければそれは将監の持ち物だった剣だ。蓮太郎はしばしの間、呆然と将監の死体の前に立っていた。
「里見さんには死体を眺める趣味でもあるんですか? それともまさか、怖気づいたとか?」
「違う。俺よりも強い将監が、こうもあっさり死んだんだ。感傷に浸るくらいいいだろう」
「里見さんの方が、その死体よりも圧倒的に強いですよ。なんでしたっけ、超人計画みたいなやつ」
「新人類創造計画だ」
それきり蓮太郎は黙った。延珠も泣き出しそうな顔をしている。三人は、影胤を求めて街を彷徨った。
「里見くん、きっと来ると思っていたよ」
桟橋の先頭に立った仮面の怪人は、大仰な身振りで蓮太郎を迎えた。蛭子影胤だ。イニシエーターの蛭子小比奈は、対照的に小さく振り向くと刀の鯉口を切る。二十人の民警を退けたのに二人の身体には傷一つない。
「終幕が近い。決着を付けようじゃないか」
銀閃と、発砲音が戦いの幕を切って落とした。
「私はアレを」
織種が、二刀を構える小比奈を相手取り、蓮太郎と延珠が影胤に向かい合った。
「私の娘を甘く見過ぎじゃないかな?」
「お前こそ、俺を甘く見過ぎだ」
蓮太郎の拳が異常に加速し、影胤をバリア越しに殴りつける。肘からは、巨大な薬莢のようなものが弾け飛ぶ。ばらばらと蓮太郎の皮膚が零れ落ちる。だが、それは皮膚では無かった。義手を覆っていただけの樹脂だ。
「そうか! 私が君に執着していた理由が分かったよ。君が私の同類だからだ! 君も新人類創造計画の実験体だったのだな!」
「そうだ。だからどうした」
「君はこちら側にいるべき人間だ。この世界は間違っている、君には世界を恨む権利がある。さあこれが最後だ。私の手を取れ」
「断るッ!」
蓮太郎は、再度、加速した拳で影胤を殴りつける。影胤は、仮面の端から血を流しながら不気味に笑った。
「そうか。そうか。君とは分かり合えないのだな。ならば死ね!」
「避けろ延珠ッ!」
影胤の銃撃は蓮太郎を狙ったものでは無かった。それは延珠を狙ったものだった。電動鋸のような唸り声をあげ。発射された銃弾。その一発が延珠の腕を食いちぎる。
「ぐぁっ」
「延珠、下がれ」
延珠を庇いながら、蓮太郎は影胤の弾丸を捌いた。恐るべき速度のクイックリロードが、影胤に一方的な有利を与えていら。
「はぁ、まだ終わらないんですか……?」
「貴様ッ、小比奈を!?」
「はい。面倒でしてので奥の手を使いました」
織種は全身を血で染めながら、欠伸をした。
「服がボロボロになりました。あの子を壊すのに三回も蘇生するはめになりました。あの子、強かったですね」
影胤の視界の端に、倒れている小日向がいた。織種が、小日向を行動不能にしたということは事実のようだった。
「つまらない。実につまらない結末だ。私は里見くんとゆっくり語らうつもりだったのだがね、こんな邪魔が入るとは」
影胤は苛ついた様子を見せる。それから、不意に織種の視界から消えた。蓮太郎も、延珠も影胤の移動速度を目で追えなかった。
「消えろ」
織種の耳元で声がした。蒼白い光が、織種にまとわりつきやがてそれは巨大な槍へと変わった。
「ぐぎゃっ」
「斥力フィールドの神髄は攻撃にある。エンドレス・スクリーム。私はこれをそう呼んでいる」
「チッ、修復が遅いですね」
「まだ、喋れるのか。まあいい。里見くん、殺し合おうじゃないか」
影胤は、蓮太郎に向き合う。だが、身体に力が入らずに、地面に膝を付く。
「馬鹿な、何だこれは!? 貴様、何をした!?」
「私の血です。再生に回さなかったリソースをこっちへ回しました」
「毒かっ、クソっ! いや、違うこれは毒ではない!? まさか貴様っ」
「蓮太郎さん、やっちゃってください」
蓮太郎は、バラニウム製の黒い義手を構えた。
「悪いな。俺はお前を許せない」
蓮太郎の渾身の一撃が、影胤を襲った。膝を付いた影胤は、もろにその一撃を喰らい海へと沈んでいった。蓮太郎は、肩で息を吐きながら、しれっと元気に歩いている織種を見た。
「終わったのか。あとはケースを回収してミッションは達成だな」
小比奈は目を瞑りぐったりとした様子で壁に寄っかかっている。延珠が小比奈の処遇について蓮太郎に尋ねた。
「あいつは無力化されているから、後から来る回収班が何とかするだろ。それよりもケースを見つけねぇと」
三人は、影胤が拠点にしていたと思わしき場所を捜索する。果たして、ケースはそこに有った。後は、ケースを回収班に渡せば、蓮太郎たちの任務は完了する。これで、莫大な報奨金が蓮太郎たちに支払われるのだ。
──パチパチ、パチパチ
拍手が天井に反響し、やけに大きく聞こえた。
「里見くん、君たちは実によくやった。そのケースは君たちの敢闘に応えてお返ししよう。だが、もう遅い。君たちは遅すぎたんだ。フィナーレが近づいている。君たちはこれでも足搔くんだろうな。ククッ」
「何がおかしいんだよ?」
「なに、じきに分かる。では、君たちの検討を祈るよ」
小日向を連れて、影胤は去っていった。
『東京湾中に「ステージⅤ」のガストレアの出現が確認されました。直ちに避難を始めてください。繰り返します──』
蓮太郎の無線機から流れ出したのは、最悪の知らせだった。世界を破滅に追い込んだステージⅤの一体が、東京湾に出現したのだ。