「君の素性を教えてくれ」
「え、え?」
馬娘である少女は、早朝に気晴らしと眠気覚ましのランニングを行っていた。
トレーニング外ではあるが、軽いもので10分で終わらせようとした。
だがその矢先、名状しがたい何かを発見した。
その何かより発せられた言葉は、君の素性を教えてくれと。
「えっと……? ひゃっ!?」
「ふむ、君の素性を教えてくれ」
さらに少女はその何かより腕に触手を這わされ、得体のしれない感覚を味わわされる。
いきなりの事に気色悪さと共に恐怖が心の底より湧き出でて、その場に硬直してしまった。
伸ばされる触手は、手・肘・二の腕と侵食していく。
脇の寸前までいくとその侵食は止み、味わうかのように舐る。
「っ! ――――! やめっ」
不気味な感触が、ぞわぞわと腕をしびれさせ脳を何らかの物質に溢れる。
氾濫する感情はもはや、誰にも止められず口より白状される。
「ボクはトウカイテイオーだよっだから、やめ、て」
「ふむ、君はトウカイテイオーというのだね? 君の関節は非情に柔らかく脆いようだ。そのケアを自分はやれる。どうだ、契約しないか?」
名状しがたき何かは、悪魔のようなささやきを少女に問いかける。
それは声を発してはいない。それは彼女の脳内に直接語り掛けているかのようで、
その甘いささやきは少女を蠱惑する。
先ほどの謎の感情により、頭が正常な判断を下せない今、少女はそれに対して後悔する行動をとる。
なんとその名状しがたき何かを持ち上げて、膝に乗せるのだ。
幸い近くにベンチがあるので、そこで試みた。
名状しがたき何かは触手を這わせ、膝より太もも・ふくらはぎ・足首・股関節まで這わせる。
別に何物もない。ただの触診の様にしか見えない。
だが正常な判断ができなくなった少女にとって、それは求めていた結果であった。
熱くしめった吐息を呼吸に交わし、熱を帯びた恍惚の表情でその何かが自身をどうするか見守っている。
「なるほど。これは危ないな。軽い運動でも過剰な訓練になってしまうだろう。
何自分にまかせてほしい。これくらいならば、如何様にでもできる」
「うんっ」
少女に名状しがたき何かの言葉はあまり聞こえないようだ。
自身に降りかかる神経伝達物質の氾濫が、少女の判断を遅滞させている。
おかげで少女はその何かの言いなりになってしまった。
「そうだ。自分はとあるチームに所属している。君も入ってくれれば、更に良い手ほどきをしてあげよう。どうだね?」
「はいるっ、はいるよおっ」
名状しがたき何かにとって、ただのマッサージでしかない。
しかし触手やそのものにつく吸盤で得られる謎の感覚は、少女に新たな経験を刻ませる。
無垢な少女にとって、それはもはや劇薬であった。
脳内に溢れる物質は、少女をそれだけに夢中にさせる麻薬になる。
そしてその何かによってもたらされた新たな経験を得た彼女は、さらなる未知の経験を得る為ただただ首肯するだけだった。
身体は新たなる経験で正常な判断ができないほど麻痺し、脳内は異常に分泌される物質が麻薬並みの中毒性をもって満たされる。
苦痛の体に与えられた唐突な天国は、少女を堕落させるには十分だった。
「ねえっねえっ」
「む?」
「ボクの首に触手の跡をつけてよ。ボクが逃げ出さないように、ね?」
「いいだろう」
そうしてその名状しがたき何かは、触手を脚より這わせて首元を通る。
そこには赤い首輪のような模様が並ぶのだ。
ロボトミー手術もびっくりな堕落の呪法を受けたトウカイテイオーは、
全身をケアしてくれるそれをただただ愛おしそうに撫で続けるのであった。
「タコ焼きにして食べちゃいたい」
「切れた脚なら食っても構わん」
「ほんと? じゃあ、ボクの……何かあげる。 これで一心同体だよ」
「では皮脂で構わない」
「ふふっ、大好きだよ」
ロボットだけど高度なAIを持ち、感情といえるものを子供に見せればそれは好意の対象となるだろう。