ギャグもシリアスもない健全な話   作:名無しの権左衛門

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5:隠された表情の裏側で

「御嬢、君は諦めたのか?」

「はて、なんのことでしょう?」

 

 ここはトレセン学園の敷地内。薄紫の長髪を持つ娘と対峙するは、若干風貌が老獪な青年。

第三者の視点であれば、飄々とした雰囲気の中で会話する者どもであるはず。

だが主観でみれば、娘である少女の目線が揺らいだことが容易に判明するだろう。

 

「目を反らすんじゃない」

「反らしておりません。確認したい資料があるからです」

「その資料がないようだが?」

 

 手持無沙汰である。そこまでして焦っているのは何か。すると徐に青年は、机の下を覗き込み椅子に座り机に隠された少女の脚部を見やる。

 

「なっ、貴方デリカシーという物がございませんの!?」

 

 突飛な行動に一拍置いて行動するも、結局真相というものを隠しきれなかった。

羞恥に顔を赤らめる少女だが、対照的に青年の表情は徐々に険しいものになっていく。

 

「デリカシー? そんなものは、母親の腹の中に捨ててきた」

 

 覚悟は便所に流すものと風来坊。

少女と青年は顔見知りかつ、結構な時間を共にしてはいる。

だが秘密を明かすために社会的な死をも恐れない蛮勇さは、まさに破天荒といえるだろう。

 

「最っ低ですわ!」

 

 少女はスカートを履いているが、青年が見たいものはそんなちんけなものではない。

むしろ注目すべきものが、脚に巻かれていた。

それもブーツやニーソックスで見えないように、だ。

 そもそも家の中で他者に見せるわけでもないのに、豪奢な白い金をあしらったブーツ。

勝負服といわれるG1レースに使われる衣装の一部のものだ。

 

「骨折したのか」

 

 青年は呪い殺すかのような刺す視線を少女に送る。

 

「違います。ただの捻挫ですわ」

 

 が、素知らぬ顔で受け流されてしまう。

 

「ならば、この領収書と報告書、退学届けは何なんだ」

「……なぜあなたが持っているのです」

 

 本来ならば理事長が管理すべき書類が目の前に提出され、光の下にさらされている。

少女は可憐な雰囲気をかなぐり捨て、青年に殺意と憎悪を抱いた暗雲を宿す目を向けた。

 

「此方には専用の情報ソースが存在する。甘く見ないでほしい」

 

 青年は少女の目の前にしゃがみ込み、娘の命である脚を触診する。

そこには確かな金属の支柱や筋肉や骨に負担を与えないような、テーピングの技術を

応用した繊維が練りこまれている。

 少女は胸に抱く熱い気持ちを感じながら、青年が触診する様を見守る。

青年は今にも泣きそうな表情で、優しく触っていく。

 

 暗いため息を長くつくと、乱暴に椅子に座る。

 

「もう出られないのか?」

「ええ」

「天皇賞はいつだ」

「半年後ですわ」

「……あいつの治療を受けてくれないか」

「テイオーに殺されてしまいますわ」

「冗談だろ?」

「ふふ」

 

 冗談であってほしかった。

 

 そう心の中で愚痴る青年。

 

 もうあきらめた少女。彼女は天才と、名家の生まれであると、走りに関して頂点に立っていると。

あらゆる人や娘の希望や羨望を、一身に受けターフを風の様に駆け抜ける。

そんな麗しの少女も一つの怪我で地に落ち、名誉も栄誉も得られぬまま箱入り娘として世間はあざ笑うだろう。

 

 重要ではないレースで、炎症や剥離・骨折を起こして引退へ。

 

 わりとありふれた日常の一幕。 

 

 それなのに、諦めきれない彼がいる。

相手は一騎当千の娘、トウカイテイオー。

彼女が疾風の成り手や日本総大将・逃亡者たちを、一瞬で差し切ってゴールする。

いつから彼女は、そんなにつよくなってしまったのだろうか。

 怪我をしたからか、シンボリルドルフに惨敗を喫したからなのだろうか。

それは全く分からない。

 

 だが青年は知っている。あれの存在だ。

 

 名状しがたき何かをいとおしそうに抱くトウカイテイオーを、トレセン学園の者が見ている。

勿論上層部より何かお小言があったのかもしれない。

だが絶対王者である彼女に、面と向かって物申すことはできなかった。

空前絶後の娘フィーバー。

 愛らしさもそうだが、時折見せる表情に老若男女問わず魅了されてしまったのだ。

 その表情は、すべて名状しがたき何かに向けられたものなのだが。

 

「あれを連れてくる。トウカイテイオーの骨折を瞬く間に直した存在だ。

確実に連れてくるさ」

「貴方にできるのかしら?」

 

 嘲笑でも呆れでもない。少女の声はただただ心配する声色だ。

殺気を放っていた表情から諦め、そして優しく包むような雰囲気とコロコロ変わる少女の感情。青年は彼女を見て思う。

 まだ、彼女は生きている。覇気はないが、闘気だけは心の奥底にある。

そうでなければ、無理だできるわけないというはずだから。

 

「できるか? やるんだよ。 明日連れてきてやる。だから、諦めることはしないでくれ」

「諦めませんわ。あなたが私に夢を抱いてくれている間は」

「云ったな?」

 

 口角を上げる青年は、椅子より立ち上がり退室する。

名状しがたき何かを連れてくるため、色々算段を練り次の日に備えようとした。

あの少女の走りをまた矚るがために、全身全霊を以て応える。

 

それが青年の答えでもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがここで青年は勘違いしている。

少女は別に治したいとは言っていない。

 

「あなたは本当に、怖い顔して熱血なんですから。

ただ私は、貴方に見てもらいたかっただけなんですよ」

 

 少女は青年が出してきた資料の中にはないとある資料を出す。

念のためにと用意していた輪切りのレントゲン映像だ。

プロの医者でなければ、それがどんな意味を示すのか一切不明なもの。

勿論当該者である少女は説明を受けている。

 それはまさに、軽い炎症かつ難病ではあるが時間をかければ治るというもの。

本来ならば固定とギプス、脱着後のリハビリでどうにかできる。

しかし少女は医者に頼んで、少々大袈裟にしてもらったのだ。

 

 渋い顔をして難色を示す壮年の医者を、30分間説き伏せた意味はあったみたいだ。

 

「締め付け過ぎの血行不良や筋力低下、骨組織の歪曲……すぐに外しますわ」

 

 少女はいささか残念そうに、手厚すぎる装備を外していった。

 

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