NEXT PAGE 作:うんこたれ蔵
「……ん? おや、よく来たね。いらっしゃいポニーちゃん」
……あれ、来る場所間違えたかな?
それは、私の煎餅を奪ったまま脱兎の如く逃げたゴールドシップを追うのが面倒になり、一人で寮へと向かい、扉を開けた瞬間の事だった。
なにやら気障ったらしい、おっぱいの付いたイケメンが私に向かって流し目を送ってきたのだ。おかしいな、寮に来たつもりだったんだけど……。彼女のそれは、まるで客を迎える歌舞伎町のホストのようだった。
……はっ! そうか、私はホステスに来てしまったのか! は、初めて来てしまった……! なるほど、こんなイケウマ(イケメンウマ娘の意)に接待されるのであれば……や、やぶさかではないな。うん。
とはいえ私にそんな金銭的余裕は存在しない。お暇させていただく。
「失礼しました〜」
開けた扉をスッと閉じる。ふ〜、危なかった。まさかこんな場所にホステスがあるなんて思いもしなかった。というか開店するのちょっと早すぎじゃない? まだ夕方ともいえない時間だぞ。
さて、気を取り直して、改めて寮へと向かうとしよう。住所が〇〇の△△だから……んん?
タタッと走って門の前の看板を見ると、トレセン学園の寮といった文言がしっかりと書かれている。
……やっぱここじゃん。なんでホストがいるんだ? 雇ってんのか? 確かにウマ娘っていうくらいだから女しかいないんだけど、この歳でホストを知るのはまだ早過ぎるだろ。学園は生徒を将来的に沼にでも沈めるつもりなのか?
「おーいポニーちゃーん。いったい何をしているんだい?」
そう思っていると、扉から出てきたホストが何かしらを呼ぶ声が聞こえた。いったい誰を呼んでいるのだろうか。キョロキョロと見渡す。
「いやいや、君! 君のことだから! 艶やかに煌めく黒鹿毛のポニーちゃん」
ピクリと顔が歪むのが分かったが、堪える。
「……まさかとは思いますが、私のことですか?」
「その通りだよ。というか、今この場所に私たち以外の存在はいないよ」
先程から神経を苛立たせるを何度も突き付けられているので思わず知らないフリをしてしまった。
よく見てみるとトレセン学園の制服を着ているので生徒である事は間違いない。つまりここはホステスではなく寮だと言う事。
ならばこの人は先輩である可能性が高い。挨拶を交わさなくてはなるまい。
「初めまして、
「私はフジキセキだ。よろしく頼むよ、
ピクピク!
………………ふぅ、落ち着け私。
これはあれだ。多分新入生に対する洗礼というやつだ。こんな事で怒っていては中央ではやっていけないぞという洗礼なのだ。そうでなければならない。
そうでなければここまで辱めを受ける理由が見つからない。一度や二度であれば、まぁまだ許せる。この学園は良くも悪くもスポーツが盛んに行われている(というか競走だけだけども)体育会系の学園の為、このような事態も想定はしていた。
しかし、これは予想以上に、こう、クるものがあるな。こうも容易く許容範囲を超えて追撃をしてくるとは思いもしてなかった。D4Cである。
しかし、まだだ。まだ私は耐える事ができる。
「……どうしたんだいポニーちゃん? ここで出会ったのも何かの縁だし、せっかくだから寮を案内してあげよう」
あ^〜、尊厳破壊されりゅ^〜。
しかし、まだだ! まだ耐え……ない! もういいや! 私は耐えない!いざ、本能の赴くままに!
「……一言いいですか?」
「なんだい、ポニーちゃん?」
「さっきからポニーちゃんポニーちゃんって……私に喧嘩売ってるんですか? 売ってますよね? 言い値で買いますけど!?」
「ど、どうして怒ってるんだい!?」
そう、この私をポニーちゃんと呼ぶたぁ一体どういう了見だ!? 背は確かに……まぁ、百歩譲ってどっちかって言うと低い方かもしれない。そういう意見もない事はない。
しかし、私はポニーじゃあ断じてぬぁい! ポニーとはちっちゃい馬の事だ! 競走ウマ娘とは、遠い別世界でめっちゃ頑張ったという競走馬から受け継いだ生き物であるからして、私は確実にサラブレッドな筈なのだ。知らんけど。
そんな私の事をポニーちゃん呼ばわり……これは私というウマ娘が体格的に小さい為、走りが不得手だという事を暗に示しているのと変わりない。
無論、私は速い。体感100kmは堅い。その気になれば木を投げてそれに飛び乗る事も出来るだろうし、撃たれた弾丸をまるで時が止まったかのように余裕で避ける事だって可能なのだ。いずれイスカンダルにも辿り着く事だろう。
なのでこんなこと意に介す必要もないのだが、ここまで言われたらいくら仏のネクストページと地元で恐れられている私とて怒りを禁じ得ない。|他人に小さいと言われる事だけは我慢ならないのだ《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
怒髪天を衝く勢いとは、まさにこの事であった。
「ま、待ってくれ! 喧嘩って、いったい何が気に障ったんだい? ──ポニーちゃん」
「あああああまた言ったあああああ! 一体どれだけ人を愚弄すれば気が済むんだあああああああうああああああ!!!!」
やはり暴力、暴力は全てを解決する──!
自制の糸がブチ切れた私はケースの中からあるものを取り出し、それを彼女へと放り投げる。
「こ、これはなんだい……?」
「あ? 何って……見れば分かりますよね。
拳にテープを巻く。怪我は流石にまずい事は理解しているので、このグローブはウマ娘用の36オンスというド級物だ。
力の比べ合いとは、生物としての本能だ。ボクシングに限らず格闘技の全てにおいて勝敗というものがある。野生においても喧嘩が強い奴がモテる。そう、勝てば官軍なのだ! 文句があるのならば誰でもかかってこい! いつでも相手になってやる!
グローブをその手に嵌め込み、そしてアフロを被る。よし、準備は万端だ。
私は右手を顎につけ、左手をゆらりと腹部の方まで構えて左右に振る。これが私のファイトスタイルであるヒットマンスタイルだ。
リーチは然程長くは無いのでこのスタイルは全く合っていないのだが、はじめの一歩を読み込んでいる私からすればどうという事もない。むしろハンデとして丁度良い。
「ほら、はやくつけてくださいよ。ご待望のタイマンですよ」
「いや、その、全く意味が分からないのだけれど……」
「何も分からない事なんてありません。貴女が私に喧嘩を売り、私はそれを買った。それだけ、たったそれだけのシンプルな答えです」
「だ、だから喧嘩なんて売って──」
「なんだいフジ! タイマンやるんだって!?」
ここから少し離れた建屋の一部屋の窓がガラリと勢いよく開かれると、誰かしらがフジキセキへと声をかけた。褐色肌の彼女はキラキラとした笑みをフジキセキへ向けていた。
「ひ、ヒシアマ! 丁度良いところに! 早く、早く来てくれ! 何やら酷く誤解をされてるみたいなんだ!」
このアマ、何を抜かしおるか!?
「はぁ!? 誤解だって!? 私は何も誤解してない! 私は何も間違えない! 仮にそうだとしても誤解させる事を言う方が悪いに決まっている! 知らないのならば教えてやる! 私が言われて嫌な言葉は“ゲートに入れ”、“ゲートから出ろ”。そして一番は……
──“小さい”と言われる事だああああああああああ! おらあああああ校舎のシミにしてやらああああああ!」
「う、う、うわあああああああ!!!」
私が近年稀に見るほどの猛々しい吶喊をかました瞬間、フジキセキは脱兎の如く背後へと駆け抜けた。その瞬発力は目を見張るものがある。
「逃がすか! ハラワタを塩漬けにしてやる!」
「た、啖呵が怖すぎる!? 何が気に障ったか皆目検討も付かないが、私は君を侮辱する意思を持ち合わせていない! 許しておくれ、ポニーちゃん!」
私は激怒した。
怨み骨髄に入る思いであった。
咬牙切歯も当然であった。
切歯扼腕の面持ちであった。
必ず、かの傲岸不遜のアマを分からせなければならぬと決意した。どれだけ泣き縋られようとも漆黒の意思を持って、私を二度と莫迦にできないように教育を施さなければならないのだと。
「○す! 絶対に○す!」
「ひぃやあああ〜〜!!」
フジキセキが逃げる。奴は速かった。流石に私を莫迦にするだけのポテンシャルは持ち合わせているようだ。
しかし奴は私服で、しかも運動靴ですらない。そこは私も同じ条件なわけだが、私は先程までゴールドシップとの激戦を繰り広げており、身体は元々温まっていた。それに対して奴はどうだ? 寮の中から出てきた為、明らかに運動をしていた様子ではない。
つまり、この勝負──私の勝ちだ!
「さっさと往生せいやあああああああ!!」
「うおおおお! ちょっと待てページイイイイイ!」
鬨の声を上げた瞬間、後ろから急に羽交い締めにされてしまった。私の全力に対抗できる力といいこの声といい、まさかこいつは……!
「ゴールドシップぅ! 離せコラ! 私の邪魔をするなァ! あのアマ、私に何回ポニーって言ったと思う!? 1000も言ったんだぞ!?」
「なんで二進数で答えんだよ! 8回って言えよ! いいから落ち着け〜!」
「なんで二進数って分かるんだよぉ! ああああいたたた! バカバカバカ! パロ・スペシャルはダメだってばー!」
ゴールドシップが禁じ手を使用してきた為、私もこの為に伸ばしていると言っても良い長い髪をブンブンと振り回し、顔を攻撃する。
「おわっ、あてっ、いてっ……この髪、鬱陶しいな! ダイヤモンドカットしてジャスタウェイにお歳暮として送るぞ!」
「ジャスタウェイは本当に食べそうだからヤメロォ!」
「……よし、正気に戻ったか!? おいあんた! ページに対してポニーつったのは悪気があっての事か?」
「悪気なんて一切ないよ! 小さい事を揶揄する意図は含んでないし、そもそも初対面の娘にはポニーちゃんで統一しているだけさ!」
「ほら、なっ? 聞いただろ?」
「悪気が無いからって何でもかんでも許されると思うな! ごめんで済んだら警察はいらないんだよ! 裁判沙汰にしてやるぅ!」
私はゴールドシップの足を払い、後ろへ倒れ込む。柔道的なあれだ。
ぐえっ、と呻き声を上げたゴールドシップは地面に「犯人は毛利小五郎」とダイイングメッセージを残すと止まるんじゃねぇぞ……し、私はようやく解放された。
「はぁ……はぁ……さて、続きといきましょうか」
「ま、待ってくれ! ポニーちゃん呼ばわりが気に障ったのなら謝る! すまない!」
「絶対許早苗! 私は今、頭が沸騰しているのだ! 何を言われようともこの怒りが鎮まる事はない!」
「ひ、ひぇ〜〜!」
「──待ちな!」
その声と同時に、フジキセキの前に褐色肌のウマ娘が現れた。さっき窓から叫んでいた奴だ。
「そこのちっこいの!」
今なら悪魔に魂さえ売ってもいい。だから、力を……!
「フジの奴は悪意を持ってウマ娘を、ましてや新入生を馬鹿にするような奴じゃない! きっと何かの間違いだよ」
「ひ、ヒシアマ……!」
おっぱいの付いたイケメンが感動したように強気なアマへと視線を送る。
「聞く耳持たん! 悪意がない? 何かの間違い? そんな事はどうでもいい! 何を言われ、そして言われた私がどう思ったか、重要なのはそれだけだ!」
「……なるほど、これは重症だねぇ……。つまり、タイマンで片を付けるしかないって訳だね」
お互いに構える。
ア・マ・ゾーン! な感じで爪を立てるアマ。大切断など喰らってたまるか。
……と、その前に。
「怪我したらまずいんで、ちゃんとグローブつけてください!」
「お、おう……意外と冷静なのかい?」
そして先程とは打って変わり左手を頭より少し上に、右手を腰の位置にまで下げ、肩幅ほど足を開いた。これを“天地魔闘の構え”と呼ぶ。
緊迫した状況下にて一時の均衡状態を保っていると、騒ぎを駆けつけたのか数名のウマ娘が私たちに声を掛けてきた。いつの間にか野次も集まっているらしい。
「おい! これは一体どういう状況だ!?」
「え、エアグルーヴ! 頼む! どうにか彼女を説得してくれないか!?」
「彼女……? フジ、それはそこの黒鹿毛のウマ娘の事か?」
「……ネクストページ?」
聞き覚えのあるような声も聞こえてきたが、私は今、目の前のアマ二人にどう攻めていくかで頭がいっぱいだ。
片方を攻めると片方に逃げられる。もしくは攻められる。ヒシアマなるウマ娘は構えからしてステゴロもいけるようなので警戒が必要だ。くそっ、こっちにゴールドシップさえいればどうにかなったのだが、生憎とあいつは今伸びている。一人でどうにかするしかあるまい。
「おい貴様、見慣れない顔だな! 所属と名前を言え!」
「まぁ、待ってくれエアグルーヴ。彼女は私の知り合いだ。少し話をしたい」
「は、はい。会長がそう仰るのなら……」
ザッザッと近づいて来る足音が聞こえる。
「まさか入学前に問題を起こす新入生がいるとは……さっき振りだな、ネクストページ。少し落ち着こうか。そう張眉怒目していては冷静な判断が出来ないぞ?」
……確かにその通りだ。私は深呼吸を幾度か行うと、ようやくその声の主が誰なのか気が付いた。
「その声は……もしかしてシンボリルドルフさん? 良いところに来てくれました。あの悪虐かつ卑劣極まるウマ二匹を捕らえたいので、良ければ手伝ってくれませんか?」
「な、なに……?」
「彼女達は初対面にも関わらず、私の身体的特徴をあげつらって何度も何度も莫迦にしてきたんです! 最初は聞き流そうとしたんだ! 聞き間違いだと思おうとした! けれど、八回だ……っ! 八回もこのネクストページを侮辱した……っ! 貴女の七冠よりも多い回数だ!」
「いや、それは関係ないような……」
「ならばっ! 私のこの憤りはどう発散すればいい!? 狸寝入りでもすればいいのか!? ──私を莫迦にする……そういう奴らを、どうしたらいい!?」
そう呼び掛けると同時に私のスマホと、細工を仕掛けていたゴールドシップのワイヤレススピーカーから「○せー!」とコールが返ってきた。ぶへはははは!
「行くぞオラァ! 桜肉に加工してやらァ!」
「ま、待つんだ! ネクストページ!」
「もうっ! なんですかっ! 怒るのだって疲れるんですよ!? さっさとしないと落ち着いちゃうじゃないですか!」
しかし尊敬する七冠ウマ娘の言葉は無碍には出来ない。私はクルリと振り返った。
「一つ提案があるんだが聞いてくれないか?」
「レースですか? 生憎今日は走る気分ではないので駄目です」
「レースで──って、そ、そうか……」
耳が垂れたシンボリルドルフさんの制止を振り切り、敵軍陣営に向かって吶喊した。味方などいない、たった一人の最終決戦である!
駆け抜けた先に存在するはヒシアマゾンなるアマ。右の拳を握り締め、グオッと振り上げる。
──しかし
「──貴女、誰ですか」
「私は生徒会副会長のエアグルーヴだ。これ以上の狼藉はこの私が許さん!」
シンボリルドルフさんの隣にいたウマ娘──エアグルーヴが私の前に立ちはだかった。この人もG1で何度も一位になった事のある凄いウマ娘だ。
とはいえ、今はそんな事は関係ない。
「じゃあ聞きますけど! あーたは初対面かつ得体の知れない誰かに第一声で『頭大きいですね』とか言われたらどーいうキモチになりますか!?」
「……まぁ、不快になるだろうな。だが今はそんな事──」
「そうでしょうがッッ!! だったら黙って見といてください!!」
「だからと言って暴力は──」
「36オンス!!!! こんなもんで怪我する人なんかおりゃせん!!!!」
私はこれ見よがしにグローブを掲げた。こんな超弩級のグローブなんか、威力としては枕投げに等しいだろう。怪我なんて心配するだけ無駄だ。
「そしてこれは拳闘です!! レースと同様に歴としたスポーツであり、決して暴力なんかではありません! 貴女、自分がレースでトップレベルだからって他の競技の事をバカにしてませんか!?」
「そ、そんな事はない! しかし、万が一顔に怪我でも負ったら──」
その言葉を聞き、私は鞄の中にしまっていたヘッドギアを二つ取り出し、片方をヒシアマゾンなるアマに投げ渡した。
「用意がいいじゃないか。……というかその鞄の何処にそんな容量があるんだい?」
「私は片付け上手なんです。ほら、これで文句は無いでしょう?」
「し、しかし、ボクシングなんて格闘はウマ娘に……」
「レースもスポーツで、拳闘もスポーツだ! そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」
はい論破! もうこれ以上は我慢の限界だ。私の中に眠る、闘争を求めし秘めたる心が今にでも爆発しそうな──。
「──はい、当身。ようやく隙が出来たぜ。ったくよ〜、こんな面白い事、次からはアタシ抜きでやるんじゃねーぞ?」
耳元から声が聞こえてきたと思うと、私の意識は遠のいていった。
書いてて荒いって分かるけど、推敲する気力が出ない。なんで?