滅びた世界でケモ耳少女を拾いました 作:空色
クソみたいな光景だ。氷雨は吐き捨てるようにつぶやき戦場を見渡した。
悲鳴と惨劇が響く。食料調達のため氷雨たちは外を歩いていた。そこで運悪く人間よりもはるかに巨大な獣出会ってしまったのが運のつきだった。旧世界のクマやライオンといった獣たちの大きさとは比べ物にならないほどの 巨大な体躯。出来の悪いキメラのようなその獣は、牙と爪を駆使して仲間たちを蹂躙していく。
「距離を取れ!近づくな!回避できる状態を保ってから攻撃しろ!」
「動く元気のあるやつ!ヒットアンダーウエイを心掛けろ!!!!!」
火薬武器はそれほど意味をなさない。それでも攻撃を続ける。決定打となる武器はあるからだ。
たまたま相手の動きがそれほど速くなく、加えて強力な遠距離武器を持ち合わせていたことが戦闘を成立させている。しかしそれは薄氷の上で踊るがごとき緻密と蛮勇で組み立てられた見るだけで胃が痛くなるような際どい戦闘であった。通常であれば、負けなかったであろう。だが、今は食料の調達のため装備は最低限な上、氷雨たちは先日の傷が癒えていなかったのだ。さらに、戦闘が苦手な人間を庇いながらの戦いを余儀なくされていた。
決して互角なのではない。こんな綱渡りがいつまでもつか。それともこちらが先だろうか?
「隙を作ってくれ!俺が何とかする!」
荒い息を飲み込んで大柄な男が叫ぶ。その声も疲労にかすれている。何とか隙を作って、氷雨たちは距離を取る。
刹那世界が漂白された。無音の閃光、遅れて爆発の爆音が響く。内部から圧縮電撃砲に襲われた獣はその意識を飛ばしその場に朽ち果てる。しかし代償も大きかった。電撃砲を体内に打ち込むために接近した仲間は見るも無残な 肉塊と成り果てていた。
―――――――――また仲間が死んだのだ。
世界に大穴が空き、正体不明の獣が侵略を始めた。後に『終末獣』と呼ばれるその化物はあっという間に都市を蹂躙し、国を粉砕し、その数を増やし、人類の半数以上を滅ぼした。残った一部の人間は、人類という種の生存のために若い世代と一部の人間を冷凍保存する計画を進めた。
未来を託すためにと冷凍保存されていた僅かな生き残りが崩壊した世界に息を吹き返したのが半年前。人類が滅んでから10年が経っていた。目覚めたのは一万人程。他の冷凍保存されていた人間は目覚めているのか、どこのシェルターに匿われているのか、どうなっているのかもわかっていない。わかっているのは、この世界は人間にとって優しくなく人類を滅ぼした獣たちに対抗するにはあまりにも時間が足りないことだけだった。
氷雨たちが目覚めたシェルターの中には大まかな現状と最後の生き残りが予測した事態が書き記されていた。
簡単に言えば、冷凍保存から目覚めてしまったのはエネルギー回路に不具合が生じた可能性が高いかららしい。滅亡寸前で急ごしらえした施設はその耐久性と性能にやや不安があったらしい。氷雨たちがいたシェルターは最後の方に作られたため、設計と作りが甘かったというわけだ。人類が滅びる直前に開発した獣に効く兵器とファンタジーじみた報告書、ないよりはマシだろうと用意された火薬兵器。
保存食が消える前に偵察に行こうという話になった。結果として、目覚めた1万人のうち半数が偵察に出てその日のうちに八割が殺された。
外は獣が跋扈する異世界だった。氷雨たちが知る街並みは僅かな原型のみを残し消え去り、獣たちの楽園と化していた。戦う術もましてや武器の使い方なんて知らない一般人が2割も生きてシェルターに戻れたのは奇跡に近かった。大半は異形の獣のその爪や牙、吐き出される炎や毒に成す術もなく殺された。ファンタジー世界丸出しの怪物たちに勝てるはずもなかった。
その日からシェルターは地獄絵図だった。絶望するものや自暴自棄になるもの、自殺する者もいた。最後には、食糧を巡ってシェルター内で殺し合いが始まった。気が付けば残っているのは氷雨を含め1000人程だった。
ただ怪我の功名というべきか一つ素晴らしいことが発覚した。それはSF漫画のような、できの悪いRPGのような、不思議な能力が使えるようになったことだった。
抗う力と決意を固めた生き残りたちはシェルターから出ることを決意した。
そして、現在。
「今日は何人死んだ?」
「29人。これだけ死ぬのは久しぶりだな」
氷雨の質問に壮太が答えた。二人とも無表情ではあるものの、そのやるせない感情は声色に乗って現出している。
「俺たちについてきてくれた200人の内生き残っているのは50人弱か」
「おかげで食糧難に陥っていないのは皮肉な話ね。今回死んだのだって彰吾を除けば氷雨を敵視していたやつばっかりだしよかったんじゃない?」
氷雨の発言に茶々を入れた猫耳フードの少女に壮太は嗜めるような声色で名前を呼んだ。
「京香…」
「わかってるわよ。今のは私が悪かったわ」
拗ねたようにそっぽを向く京香。彼女も精神的に参っていた。シェルターからの脱出組は4つのグループに分かれた。そのうちの一つである氷雨たちのグループの平均年齢は恐ろしく若い。始めは平均的だったが、大人たちが子供たちを庇うことが多かったからだ。氷雨はこのグループのリーダーの様な立ち位置に立っているが、それは数か月前リーダーを務めていた30歳の男が死んだからだ。
パニックを避けるため、リーダーは事前に後釜を指名しておく必要がある。だから氷雨は事前に自分がリーダーになるであろうことはわかっていた。だが、なりたくなどなかった。
「お前のせいじゃねえよ」
「壮太に同意っすね。誰かを切り捨てなければもっと大事になっていた。それは誰もがわかってるっすから」
壮太と新太が声をかける。理屈ではわかっていた。気にしていないつもりだった。だが実際は少し顔に出ていたらしい。そう思った氷雨は改めて表情を消し仮面をかぶりなおす。
「散歩してくる」
3人は氷雨を止めなかった。それは氷雨の能力は単独で生き残るという条件であれば右に出る者がいないからだ。誰よりも死ににくい。それが後継に選ばれた理由だった。
根城にしている建物の階段を下っていく。下の階には他のメンバーがいた。氷雨のグループでは三つの役割がある。根城を守り隠す、防衛組。食料の貯達や戦闘を行う、戦闘組。武器のメンテナンスや食事の準備、その他の雑用を行う調整組。
声をかけてきたのは調整組の子供だった。
「何で…」
「………」
「何で父さんを殺したんだ!」
周りが止めに入るころには遅かった。幼い少年は自身の感情を叫んでいた。
大きな声ではなかった。小鳥の囀るような声だったと言える。そのくせドロリと粘つくような暗さと重さを孕んでいた。
しかし、氷雨は気圧されたりはしなかった。逆に、氷雨の昏く、暗い、黒い瞳に捕らわれ、子供の方が気圧されたように後ろに下がった。
「ッ!答えろよ!お前なら助けられたんじゃないのか!?いつもいつもお前だけが生きて帰ってくる!!!!!どうなんだよ!この悪魔!!!!」
今度は部屋全体に響くくらいの大きさを持っていた。氷雨は6歳の子供が自身に向ける焼けつくような怨嗟と嫉妬と、憎悪を無表情に受け止めそして一言。
「父親の死を汚すものではない」
彼の父親は獣と相打ちになって死んだ。だが、それは根城に食料を届けるためだ。自分の子供を生かすために命を張ったのだ。もちろん、止めなかった氷雨に対する怒りはわかる。だが、それでも怒りに身を任せて父親の思いを受け取れなくなってしまうのはあまりにも悲しく。これから生きるうえで必要な支えを投げ出すのと同じ行為だと思ったが故に言葉にした。しかし、目の前の子供が今それを理解できるとは思えない。だから、氷雨は子供を無視してさらに階段を下りた。後ろから、子供を叱責する声と氷雨に対する謝罪が聞こえてきたが振り向くことはしなかった。
根城の外に出た氷雨は改めて自身が出てきた建物を振り返る。そこにあるのは廃墟のような4階建てのビルだ。ここに獣たちが近づくことはない。このビルを覆っている灰色の光が人間以外に建物を知覚させないのだ。隠匿系の能力を持った人材がいたことは幸いだった。そんなことを思いながら氷雨は外を歩く。
人類が滅亡してから10年が経ったとはいえアスファルトや朽ちかけたビルや建物というのはまだ存在している。昔には存在しなかったような植物や人類を滅ぼした獣たちが徘徊している世界ではあるが、人間達が生きていた残滓というのは未だに残っていた。
ただ、アスファルトの地面はあちこちが砕け非常に歩きづらい。ビルもほぼ廃墟と化しており物を修復する能力者がいなければ、住むことはままならないだろう。氷雨は頻繁に調査も兼ねて建物の周囲を散歩している。単独で動く動いて生還することは、氷雨が得意とすることでありそれを知っているがゆえに危険とされる単独行動が許可されていた。
しばらく歩いたところで、氷雨は道路の脇に人のようなものが倒れているのを見つける。能力を使い自分が死ぬことはないと確認した後恐る恐る近づく。そこに倒れていたのは美少女だった。
ただの美少女ではなく頭から獣耳を生やした人間とは少し違う姿をした美少女だった。