まちがった青春をもう一度。   作:滝 

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由比ヶ浜結衣を諦めない。

 奉仕部の部室に、紅茶の香りはまだない。

 彼女がティーセットをここに持ち込み出したのは、一体いつ頃の事だっただろうか。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 長く続く静寂の中、ページを繰る音だけが時折微かに聞こえてくる。

 今日この日の事を、俺はよく覚えていた。奉仕部が二名体制となって初めての依頼。その依頼はシンプルなようで、その実伏線じみた出来事だった。

 トントン、とこの沈黙がなければ聞き逃してしまいそうなほど弱々しいノックの音が、部室を横切っていく。

「どうぞ」

 雪乃は視線を落としていた本に栞を挟むと静かに、しかし凛とした声で扉の向こうの来訪者に告げる。

「し、失礼しまーす⋯⋯」

 緊張を隠しきれず、少しだけ上擦った声。初めてこの部屋を訪れた彼女は、いきなり「やっはろー!」なんて元気のいい挨拶をするわけもない。

 俺と雪乃の、最初の依頼者。──由比ヶ浜結衣は、いつかと同じように、キョロキョロと奉仕部の部室内で視線を彷徨わせていた。

 今朝方も教室でその姿を見ていたものの、こうして近くで、そして視線を交わす事でようやく再会したのだと実感できる。

 ティーンエイジャーの結衣は、どこからどう見ても可愛らしく素敵な女の子だ。薄く桃色がかった茶髪に、着崩された制服。そしていつものお団子頭を見て、俺は自分でもよく分からない安心感から思わず笑みを浮かべてしまいそうになる。

「な、なんでヒッキーがここにいんのよ⁉︎」

 俺と目が合うなり、急に慌てふためく結衣。思えばその反応から、様々な可能性は推測できたはずなのだ。

「いや、俺はここの部員だし」

 いつかの記憶を呼び起こしながら、可能な限りその言動をトレースする。

 俺が椅子に座ることを勧め、雪乃はフルネームで彼女を名前を言い当てる。何もかもがあの日の通りだ。

 悪態とも冗談ともつかない態度の雪乃と俺の言葉の応酬に、今日はもう一人ゲストを迎えて会話は進んでいく。

 ここでの会話は一字一句として間違いたくなかった。もし何かの間違いであの当時と齟齬があっては、俺の知りたかった事は永遠に知り得る手段がなくなってしまう。

 

「必ずしもあなたの願いが叶うわけではないけれど、可能な限りのお手伝いはするわ」

 

 雪乃のその言葉が、結衣の依頼のトリガーだ。本題に入ると結衣は急に慌て出して、早口で言う。

「ああ、あのね、クッキーを⋯⋯」

 思い出したように俺を見て、結衣は言葉を途切れさせる。思えばこれが最初で最大のヒントだ。その答えは、彼女の口から聞かない事には分からない。

「比企谷くん」

「⋯⋯ちょっと飲み物買ってくるわ」

 雪乃に促されるがままに、俺は立ち上がり廊下に出る。バンと扉が閉まる軽い音の後に、俺は室内の声が聞こえるように僅かな隙間を作った。

 まったく、盗み聞きなんて趣味が悪いし、最低な行為の一つだろう。しかしここで得られる事実は、俺にとって非常に重要な事だった。

 俺は廊下の壁に背を預けると、部室内の声に耳を澄ませる。

「それで、要件は?」

「うん⋯⋯。クッキーをね、あげたい人がいるの」

 気付けば俺は、結衣の声を聞くたびに心臓の鼓動を早くさせていた。彼女たちの表情は窺い知れないが、その声から真剣さが伝わってくる。

「あの、さっきそこにいた、ヒッキーなんだけど」

「⋯⋯比企谷くんに? 何故?」

「その⋯⋯ちょっと気になってるっていうか。⋯⋯うん。そんな感じなんだけど⋯⋯」

「由比ヶ浜さん。あなたの為に言うけれど、人を見る目を養った方がいいわよ?」

「え⁉︎ な、なんで? ヒッキー、結構よくない?」

「⋯⋯正気なの? 全く理解できない価値観ね」

 雪乃の言い草は随分なものだったが、もうそこまで聞ければ十分だ。これで今日の俺の目的は、達成された。

 廊下の壁から背中を離すと、俺は音を立てないように歩き出す。少しだけ、ゆっくりと。そうすればまた彼女たちの会話は、終わっているだろうから。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

 家庭科室にはバニラエッセンスの香りで満たされていた。⋯⋯のは数十分前の出来事だ。

 今この場に置いては甘ったるい匂いに焦げ臭さが混じって、何とも食欲をそそるどころか減衰させる香りが漂っている。

 

「な、なんで⋯⋯?」

 

 愕然とする結衣の姿は、今の彼女からは想像できないぐらいだ。俺の知る結衣はいつの間にやらお菓子作りが趣味になっていて、今では雪乃と比肩できるほどの腕前だ。最初ってこんなんだったんだなぁ⋯⋯と思うと、時間の流れというのをありありと感じる。

 

「おい、これマジで食うのかよ」

 

 俺は朧げな記憶の引き出しを無理やり開いては、あの当時の俺の言いそうな事を重ねていた。

 先程の彼女たちの会話から、結衣が最初に奉仕部に来た時から、俺に恋心の火種のようなものを抱えているのは分かった。俺にクッキーを渡したい、そして仲良くなりたいという結衣の思いを、雪乃は最初から知っていたのだ。

 だからこそあの高校二年の冬、雪乃は結衣に遠慮するような行動を繰り返したのだろう。いや、遠慮なんて言葉では足りない。俺の決断の甘さから、彼女たちに過剰なまでの懊悩(おうのう)を強いる事になったのだ。

 何もかもが後悔にまみれているわけじゃない。

 何もかも間違いだったなんて、思うわけもない。

 ただもっと上手くやれるはずだったと、そう思う。

 

「食べられない原材料は使っていないから問題ないわ。それに私も食べるから大丈夫よ」

 

 コソッと耳打ちしてくる雪乃に、思わず背中がそってしまいそうになる。油断したところにパーソナルスペースに入られると、それが慣れ親しんだ距離だとしても思わず反応してしまう。

 この繰り返しの世界の生き方は、俺の中でほとんど決まっていた。

 俺は最終的に雪乃と一緒になる。その目的は変わらない。そして俺は雪乃と結衣の関係性も、諦めたくはないのだ。

 結衣の恋が実らずに傷つくことは、この段階で俺が雪乃への気持ちを表明する事で回避とまでは言えないにしても、彼女の傷を最低限にする事ができるだろう。

 しかし、それではダメだ。

 俺が気持ちを明かせば、結衣はあっという間に雪乃との距離を取り、絆は育まれない。雪乃にとっての結衣は⋯⋯結衣にとっての雪乃は、生涯に一人出逢えるかどうかの親友であり、かけがえのない存在だ。

 どのぐらい二人の絆が強いかと言うと、映画のコマーシャルを見てそのうち観に行こうと約束していたのに、結衣に誘われたら俺に断りもなく観に行っちゃうレベル。いざ俺が映画に誘うと「その映画ならもう結衣と観に行ったわ」なんて事後報告されるんだぜ? いやこれは俺がぞんざいに扱われているだけだな⋯⋯。

 

「⋯⋯死なないかしら?」

 

 さっきまでクッキーを見詰めていた目に不安を滲ませて、雪乃が俺を見ている。

 とにかく俺ができる事は、彼女たちが友情を育むのを邪魔しない事だ。基本的には、記憶のある限り元いた世界線での出来事をなぞることになる。その上で、適宜まちがいを修正していく。

 その過程で結衣が俺に恋心を募らせていくのは、自惚れと言われようと分かりきっている事だ。何せあの時も相当に情けない姿を見せたし酷い事をしたというのに、最終的に結衣は俺に惹かれていた。

 故に結衣が傷つかず、雪乃との友情も諦めないのは成り立たない。だからこれは、俺の酷く自己中心的な選択なのかも知れない。あの暗示めいた紙に書かれていた『救え』という言葉への答えとして、間違っている可能性だってある。

 それでも俺はその選択において、迷いはない。結衣と雪乃は、お互いにとって必要な存在であると確信している。

 

「俺が聞きてぇよ⋯⋯」

 

 黒焦げのクッキーを見ながら、まだ食べてもいないのに口の中に苦味が広がる。

 ああ、そうだ。あの頃の事を思い出すと、苦かったりしょっぱかったり。

 だから少しでも、俺はその苦味を取り除く。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

 それからの日々は、目まぐるしいものだった。

 クラスで三浦に詰問される結衣を雪乃が救うというよりは後々長きに渡る禍根を残し、材木座は相変わらずのクオリティだった。材木座の依頼についてはあの時より酷くこき下ろしておいたが、まぁどうでもいい。

 つづくテニス対決では、戸塚が天使だった。今やアラサーの戸塚は俺より先に結婚して子どもまでいる。無精髭を生やしたイケメンになった戸塚を見た時の俺の絶望と新たな扉が開きそうになる姿を想像してみて欲しい。いやしなくていい。

 

 そんな繰り返しの日々の中で、あえて変化を与えている事がある。

 あの、事故に纏わる話。

 ことこの話題について俺は避けて動いていた。あの事故で借りがあるから結衣が俺に気を使っているのだと自他ともに欺き、結衣を酷く傷つけてしまった。俺は雪乃は嘘を吐く事をしないと勝手に決めつけ、勝手に失望した。

 思えば加害者だ被害者だという感覚すら、滑稽だ。怪我をしたから俺が被害者という扱いになっただけで、理由はどうあれ俺がした事は自転車という軽車両による進行中車両への進路妨害。物損事故なら俺が加害者になっていた可能性の方が高い。

 ではその変化を与えた結果、どうなるか。

 

「でさー、このお店行ってみたくって」

 

 チェーンメールの一件の後。あの時俺は職場見学の折りに、結衣に「事故の事で気を使う必要はない」と言い、傷ついた彼女は奉仕部へ来なくなった。

 それをしなかったこの世界線においては、結衣が部活を休むという事自体が無くなり、俺の知らない状況が始まったのだ。

「そう。またそのうちね」

「えー、それ断る時のやつじゃん!」

 仲良きことは美しきかな。しかし俺には漠然とした不安と、焦燥が常に付き纏っていた。

 一体俺は、いつになったら元の世界線に戻れるのか。もし時間の流量が共有されていて、戻った時には何日も経っていたとしたら?

 焦っても仕方のない事は分かっている。だが毎晩我が子の事を思い出し、出産でやつれた雪乃の姿を思い浮かべていると、会いたい気持ちは日に日に大きくなるばかりだ。

 

「ねぇヒッキー」

 

 急に声をかけられて、俺は声のした方へ視線を向ける。

 結衣はグイグイと雪乃の二の腕あたりを引っ張って、僅かな抵抗を見せる彼女を逃がさない。

「ゆきのんがつれないんだけど。なんかいい方法ない?」

 ⋯⋯本人の前で聞くことじゃねぇな、それは。

 でもそんな無防備にじゃれつく姿を見れる事だけが、この世界線に来てからの唯一の救いだ。俺が俺についた嘘で傷つけられる事のなかった結衣は、こんなにも無邪気に彼女と戯れる事ができている。

「俺が知るわけねぇだろ⋯⋯」

「そうよ、由比ヶ浜さん。比企谷くんにそんなコミュニケーション能力があれば、こんな所にはいないわ」

「こんな所って言っちゃったしよ⋯⋯。けど見くびってもらっては困るな。ネズミ講の勧誘と堕転へ(いざな)う事に関しては俺の右に出る者はいないぞ」

「そうね。人の足を引っ張ることと他人の不幸が好物のようだしね」

 昔の俺の思考回路を思い出しながら、雪乃との応酬を繰り広げる。そんなやり取りを少し引き気味で見ている結衣の姿が、どこか懐かしい。

 けれど雪乃の一言に、俺は一抹の不安を覚えていた。

『比企谷くんにそんなコミュニケーション能力があれば』

 ありさえすれば、雪乃を遊びに誘えるだろうか?

 答えは否だ。誘ったとしても、まず間違いなく断られる。今の俺への対応を見れば、それは明白だ。それはもしもの時に、かなり困る事になる。

「とりあえずはあれだな、ゴリ押し合掌土下座、三種の神器でなんとか頑張れ」

「土下座は嫌だよ⋯⋯」

「酷い神器もあったものね⋯⋯」

 非難の目を向けられながら、俺はどこ吹く風で腕を組んで鷹揚に頷く。

 結衣ならきっと、ゴリ押しだけで簡単に雪乃を陥落させる事ができるだろう。まったくそういう点は、いつまで経っても結衣には叶わない。

「ねー行こうよー。ね? いつ行く?」

「由比ヶ浜さん、会話を戻すのはやめてちょうだい。行かないと言っているわけではないでしょう?」

 ほら、この会話の流れならばもう後五分とかからないだろう。

 

 ⋯⋯いいなぁ、JK雪乃とデート⋯⋯。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

 不安や杞憂というのは、基本的に大当たりと大外れの二種類しかない。

 今回のケースでいくと、大当たりという事になる。

 

 週末の土曜日。

 俺と小町は東京わんにゃんショーに出かけ、会場で雪乃に会った。ここで俺が変化を与えたのは、同行する際に結衣とのニアミスを避けた点だ。

 あの時の結衣は俺と雪乃がデートしていると勘違いしていたようだし、折角彼女たちが築き上げてきた関係性に刺激を与える事は避けたかった。

 俺にとっての間違いを、正した結果。

 結衣に奉仕部に戻って来て貰うために、誕生日プレゼントを雪乃と買いに行くというイベントが消失してしまった。それは(すなわ)ち、雪ノ下陽乃との初めての邂逅を避けるという事に繋がる。あの日初めて、今では義姉となった陽乃さんに出会ったのだ。

 どんな出会い方をするか分からないという状況は、何としても避けたかった。陽乃さんの行動を読むのは余りにも困難だし、より状況がコントロールしにくくなってしまう。それに何より女子高生の雪乃とデートしたい。したいったらしたい。

 

「⋯⋯どしたの、そんな深刻な顔して」

 

 ソファに座ったまま携帯を握り締めて項垂れている俺を見て、小町は心配そうに声をかけてくる。わんにゃんショーで歩き疲れたのか、俺の隣に腰を下ろす動作がいつもより乱雑で、僅かに身体が揺れる。

「まぁ、ちょっとな⋯⋯」

 まさか将来の奥さんをデートに誘うのにどんなメールを送ろうか悩んでいる、などと正直に言えるはずもない。

 多分、余程巧妙にメールを送らないと、俺からのメールは業務連絡として扱われず奉仕部からさよならルートだろう。いや流石に即刻そんな事になるとは思っていないが、結局雪乃にとってみたら自分目当てに奉仕部に入ってきた輩になってしまう。まあ今この状況においてはそれが真実であるわけだが。

「何、結衣さんにメール?」

「⋯⋯違うけど」

 何故そこで結衣なのだろう。まあ、側から見ていて俺と雪乃は連絡先の交換していないと勝手に思い込んでいても仕方はない。

 俺から「結衣の誕生日プレゼントを買いに行きたいんだけど、付き合ってくれないか」と提案するのも、手の一つではある。しかしそうすると、雪乃からしたら俺が結衣に気があるように映るだろう。それもあまり具合がよろしくない。

 まさか自分の奥さんにメールを送るのがこんなに難しいとは思わなかった。色々拗れすぎだろあいつ⋯⋯。いや、俺もか。

「まあまあ、メールの添削なら任せてよ。気持ち悪いかどうか判定してあげるよ」

「判定項目がおかしいんだよなぁ⋯⋯」

 俺は空っぽのメールの画面を見られないように、スリープボタンを押して画面を消灯させる。すると画面が消えたその瞬間に、ポコンと通知バナーが現れる。差出人の名前を見て、俺は思わず画面を二度見してしまった。

「あれ、ひょっとしてもうメールのやり取りしてる最中だった?」

「いや、してない。アマゾンからだ」

 俺は携帯をポケットにしまうと、トイレに行くふりをしてリビングを出た。トイレに入った瞬間、メールの画面を開くと食い入るようにその文面を目で追う。

 

『明日の比企谷くんと小町さんの予定を教えなさい』

 

 無いよ無い! むしろあっても全部キャンセルするからオールフリー!

 と思わず打ち込んでしまいそうになるが、ここは冷静にならなくてはならない。差出人の名前が『雪ノ下雪乃』と書いてあるのを何度も確かめながら、俺は深呼吸して心を落ち着かせる。

 あの頃の俺なら、どう答えただろう。自分の事だから、こんなどうしようもない事をつらつらと書いたのだろう。

 

『明日は一日中家に居て十分に休養を取るという予定でいっぱいだ』

 

 俺は震える指先で紙飛行機のアイコンを押すと、頼りない音を立てて電子手紙は飛んでいく。なんで自分の奥さんにメール送るのに、こんなに緊張してるんだか。

 それにしても、なぜ雪乃は小町に直接しないのだろうか。てっきり川崎大志からの依頼で川なんとかさんの問題を対処した時に、連絡先をやり取りしたのだと思っていたが。

 そんな事を考えていると、またメールの通知バナーが画面に現れる。

 

『明日の午前十時、千葉駅集合。必ず小町さんも連れてくるように』

 

 有無を言わさぬメールの内容に、思わず笑みが溢れる。本来俺と雪乃が連絡先を交換したのはもっとずっと後の事だったから、この頃の雪乃とメールをするとこんな感じになるのか。このツンツンしてる感じの文面も、新鮮でいい⋯⋯。

 などと感慨に浸っていると、流石にそのメールのままだと一方的過ぎると思ったのか、すぐに次のメールが届く。

 

『由比ヶ浜さんへのプレゼントを、一緒に選んで欲しいの。小町さんに』

 

 こんなメールのやり取りに、あの頃の俺ならなんて返したのだろう。きっと面倒くさがってあの手この手で逃げようとするに違いない。

 しかしまあ、そんな事をしても無駄なのを、今の俺は知っている。

 

『了解。部長』

 

 だから俺はそれだけ書いて送ると、そっと携帯をポケットにしまった。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

 翌日、日曜日。

 雪乃と合流した俺と小町は、電車に揺られ南船橋駅へ向かった。目的の駅に着くとららぽに向かい、そして小町は失踪した。当時の俺は何してくれとんねんと思ったものだが、今の俺なら素直に言える。ありがとう小町。八万ポイント進呈します。

 

「小町さんが居ないとなると、困ったわね⋯⋯」

 

 立ち並ぶ店と店の間を歩きながら、雪乃は悩ましげにため息を吐く。

 フェミニンなフレアスカートにカーディガンを合わせた軽やかでお嬢様然とした服装。それにツーテールというまさしく美少女という出立ちの雪乃が眩し過ぎる⋯⋯。特にこの髪型なんて結婚してから一度も見たことがないぐらい久しぶりだ。写真撮りたい。携帯の壁紙にして一生眺めていたい。

「その言い方だと俺がまるで戦力外のように聞こえるんだが⋯⋯」

「その言い方だとまるで自分が有用な人間であるかのように聞こえるのだけど」

 何ともバカにしくさった言い草と視線に、俺は苦笑を浮かべるしかない。まったく、みくびらないで貰いたいものだ。毎年雪乃の誕生日プレゼント選びにゲロ吐くほど悩んでいる俺が戦力外のわけがないだろう。

「とりあえず雑貨店だな。色々置いてあるから、それを見ながら相手の生活スタイルを想像してみて、喜ばれそうな物のジャンルを見つける」

「⋯⋯案外まともな事も言えるのね」

 心底意外そうな視線が、居心地悪いを通り越していっそ気持ちいい。本当に当時の俺、どう思われてたんだろ⋯⋯。

 手近な雑貨店に入ると、雪乃は商品を手に取るわけでもなくひたすらに多種多様な商品たちに視線を送っていた。しかし雪乃から結衣に贈るプレゼントはいいにしても、俺から結衣に贈るプレゼントはどうしたものか。

 あの時はわんにゃんショーで結衣と会った時に、サブレの着けていた首輪が壊れていたから首輪を贈ったのだが、今回はそのきっかけ自体が存在していない。

「由比ヶ浜さんって、どんな生活をしているのかしら⋯⋯」

 その言葉に俺は、顎に手をやり昔の事を思い出す。まだこの時は、雪乃と結衣の関係は深いとは言えない。お互いの家を行き来するようになるのも、まだまだ先の話だ。俺は俺である程度知っている事もあるが、それを(つまび)らかに出来るわけもない。

「まあ、ゆるふわガーリーでちょっと頭のネジが緩んでそうな生活スタイルなんじゃねぇの」

「言い方に悪意を感じるわね⋯⋯」

 確かに言い方は酷いが、あながち間違った事は言っていない。ルームフレグランスで香りを楽しんだり、ただその空間を彩る為だけにオーナメントを飾るのも、良い意味で緩んでいるからこそだ。頭がガチガチだと、身の回りには実用的でミニマルな物しかないなんてよくある話。レスイズモアとか言い出して断捨離し始めるまである。

 俺の知り得る結衣の生活を思い出していると、思いの他早く彼女へのプレゼントを思い付いた。いや、目に留まった、というのが正しいかも知れない。

「俺はこれにする」

 そう言って手に取ったのは、デフォルメされた犬がプリントされた耐熱ボウル。お菓子を作るのにも料理をするにしても、ボウルは必需品だ。

「流石にそれは、当て擦りのように思われないかしら⋯⋯」

「お前の方こそ由比ヶ浜の事をどう思ってるんだよ⋯⋯」

 半ば引き気味の雪乃に、俺は苦味の走った笑みで応えるしかない。

 だが、彼女は知らないのだから仕方がない。きっと結衣は、犬のプリントが擦り切れるまで、このボウルを使ってくれるだろう。その頃には、とんでもなく腕の良いパティシエールの誕生だ。

「あとはお前の分だな」

「ええ⋯⋯。中々難しいわね」

 頬に手をやり首を傾ける姿は大変に可愛らしい。うっかりキスしてしまいそうになるから、自重して頂きたいものである。

 真剣に悩む雪乃の横顔を見ながら、俺は彼女の選ぶプレゼントを思い描いていた。きっと彼女は、この世界線でも結衣へのプレゼントにエプロンを選ぶのだろう。

 俺の知る結衣は、一度だって違うエプロンを着けた事はないのだから。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

 ららぽの長い通路を歩きながら、俺はそろそろかと気を引き締めていた。

 ここから先は、陽乃さんとエンカウントする可能性がぐっと高くなる。陽乃さんと初めて会った場所は大体覚えているのだが、時間配分も寄る店もあの時とは少しばかり変わっている。ひょっとしたら今日遭遇しない可能性だってあるのだ。

 そうなったら、まあ仕方がない。何から何までコントロールできるとは、端から思っていなかった。

 俺と雪乃は適当に服屋の商品を見た後に、いつかのようにキッチン雑貨の店に入っていた。俺から結衣に贈るプレゼントに着想を得たのか、雪乃は先ほどの店よりも本格的なラインナップに目を凝らしている。

「比企谷くん」

 俺も何となしに商品を見ながら歩いていると、不意に声をかけられる。確かこの時、雪乃はエプロンを──。

「こんなのはどうかしら?」

 振り向きざまにずい、と俺の目の前に差し出されたのは、猫耳の生えたミトンだった。パクパクと猫の口を開閉させて、雪乃は俺の様子を窺っている。

 ⋯⋯っべー、尊すぎて尊死するところだった。何もかもが同じではない、という事は、こんな風に個人的なサプライズも起こり得るという事なのか。

 しかしここまで来たら、JK雪乃のエプロン姿を見てみたいゾ! と欲張ってしまうのも仕方ない事だと思う。

「⋯⋯ミトンとかはもう家にあるだろ。エプロンとかならどうだ?」

「確かにそうね」

 エプロンの売り場まで歩くと、雪乃はほとんど迷う事なく黒い薄手のエプロンを手に取る。猫の足跡のイラストがワンポイントで入ったそれを、雪乃は俺が促すまでもなくさっと羽織った。

「どうかしら?」

「いい。とても似合う。すげぇ可愛い」

 本当に、悶絶するぐらい可愛い。のたうち回りながら言わなかっただけ褒めて欲しい。

 コンマ一秒の間も許さず返された答えに、雪乃はポカンと呆気に取られたような表情を浮かべている。たしかこの時も褒めたはずなんだけど、ちょっと反応が大袈裟だったかも知れない。

「⋯⋯けど、由比ヶ浜に似合うかどうかというと、微妙だな」

「そ、そうよね⋯⋯」

 僅かに頬を朱に染めて、雪乃はさっとエプロンを脱ぐと綺麗に畳む。いつかと同じで、商品棚に戻すような事はしない。

 それに少し、安心する。このエプロンが大分くたびれてきて俺が新しい物をプレゼントするまで、大事に使ってたもんな。しかしうちの奥さん、俺に褒められたから即買いとか本当可愛らし過ぎでは? 史上最強ツンデレに素直属性とかカオス過ぎて最早キメラなんですが?

「もっと由比ヶ浜に似合う色とか柄とか、想像して選んでみたらどうだ。普段着てそうな服とかさ」

「⋯⋯比企谷くん。慣れているのね」

 含みのある言い方が、妙にひっかかる。いやこのノウハウ、あなたへのプレゼント選びで培ったものなんですが⋯⋯。

「まあ、妹がいるとな」

 俺がそう誤魔化すと、そうねと言わんばかりに雪乃は小さく頷いた。そして結局手に取ったのは、見覚えのあるピンクのエプロンだ。

「これがいいと思う」

「おお⋯⋯。悪くない」

 努めて大袈裟なリアクションはせず、静かに同意する。俺の反応に少しだけ安心したような表情をして、雪乃は二つのエプロンを胸に抱いてレジに向かう。

 その後ろ姿を見ながら、ふと思いついてしまう。けれどもう手遅れだ。

 ピンク色のエプロンも、試着して貰えばよかった⋯⋯。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

「あれー? 雪乃ちゃん? あ、やっぱり雪乃ちゃんだ」

 

 いつかのようにゲームセンターに寄ったあと。

 全然陽乃さんに会う気配もないし、そろそろ帰るかと通路をそぞろ歩いていると、不意にその声が耳に届く。

「姉さん⋯⋯」

 出会う場所は微妙に違うにしろ、これで予定調和は完了だ。陽乃さんは同行していた友人らしき人たちに声をかけると、嬉々としてこちらにやってくる。

「こんなところで──あ、デートか。デートだな? やるじゃん雪乃ちゃん。このこのっ」

「⋯⋯⋯⋯」

 肘で小さく雪乃を突く陽乃さんと、冷め切った表情を浮かべる彼女。あの時は随分居心地の悪い思いをしていたものだが、今この時に限っては安心しているぐらいだ。

 そんな全力不機嫌の雪乃を気遣う様子もなく、陽乃さんは矢継ぎ早に続ける。

「ねぇ、この子は雪乃ちゃんの彼氏? 彼氏なんでしょ?」

「⋯⋯違うわ。ただの同級生よ」

 いえ、将来の旦那です。

 ⋯⋯と言うのは心の中だけにして、俺は陽乃さんと雪乃やりとりを見守り続ける。相変わらず雪乃は凄い不機嫌だし怒っているぐらいだというのに、陽乃さんは嗜虐的な笑みを浮かべて楽しそうだ。

「雪乃ちゃんの姉の陽乃です。雪乃ちゃんと仲良くしてあげてね」

「⋯⋯どうも。比企谷です」

「比企谷⋯⋯へぇ」

 その表情を見て、俺はしまったと口を噤んだ。

 あの時と、全く同じ表情。俺の全身を確認するような視線。

 この視線の意味が、事故の後遺症がないかどうかを確認する意図があったとしたら?

 高速で頭の中のパズルが組み上がっていく。

 もうすぐやってくる夏休み。雪乃はほとんど軟禁状態で結衣とのメールはほとんどまともに出来ず、遊びの誘いにも応じる事は無かった。

 恐らく陽乃さんは、このやり取りによって事故で怪我をしたのは俺だと認識した。その俺と雪乃が一緒にいた事が雪ノ下家に伝わり、外部との接触を絶たれていたとは考えられないだろうか。

 少なからず雪乃は、入学式当日の事故にショックを受けていたはずだ。事故の件から接触を避けさせようとするのは、理解できる話だ。

「比企谷くんね。うん、よろしくね」

 にっこりと柔和な笑みを向けられて、俺は間違いに気付く。

 結衣からの口伝だから判然としないが、確か雪乃が連絡を取りづらくなったのは、千葉村から帰った後だったはずだ。総武高校へ戻った俺たちの前に現れたのは、あの時のハイヤーだった。事故の当時から運転手が変わってなければだが、都築と呼ばれたあの運転手から伝わった可能性の方が高いだろう。

「姉さん、もういいかしら。用がないなら私たちはもう行くわ」

「えー、用ならあるに決まってるでしょ? 雪乃ちゃんの彼氏のこと、もっと知りたいなー」

 そこまで言われて、俺は自らの口で否定していなかった事に気付く。

「⋯⋯⋯⋯いや、彼氏とかじゃないですけど」

「んんー? でも顔にもう付き合ってますって書いてあるけどなー」

 陽乃さんに詰め寄られる度に、胃の中にゴロゴロとした異物感を覚える。おかしい。あの時の俺は、こんな風に詰問されるような事はなかったはずだ。元来行動の読めない陽乃さんだが、この繰り返しの世界線に置いてもまったくその先が読めない。

「いえ、ほんとに付き合ってないです⋯⋯」

 だってもう結婚してるんだもの。しかしだからこそ、俺の態度が雪乃に慣れ過ぎていたのだろう。それを訝しんだ陽乃さんの追撃は、休むことを知らない。

「またまたー。それで? 二人はいつから付き合ってるんですかー?」

 ぐいぐいと身体を押し付けるように詰め寄ってくるその姿は、いつかの光景と同じだ。しかし今回は、陽乃さんの中に確信めいたものが見て取れる。

「姉さん、しつこいわよ。人の話を聞いてちょうだい」

「んー。まあ付き合いたての頃って恥ずかしいから一旦否定したくなっちゃうよねぇ。でもわたし、雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ。嘘は将来の事を考えたらお勧めしないなー」

 試すような口振り、愉悦にまみれた声が不穏に耳朶に響く。⋯⋯やっぱりこの人は苦手だ。今では多少落ち着いたからいいものの、この頃の彼女が一番厄介な手合いだったように思う。

「ねえ、これからお茶しない? お姉ちゃん、比企谷くんの事もっと知りたいなー、なんて」

「いい加減にして!」

 どこか遠くで爆発が起きたような、重い衝撃が身体を震撼させた。

 今のは一体誰の声だ? 目の前で発せられた言葉に信じられないでいると、近くを通りがかっていた人々まで何事かと俺たちの方を見てくる。見目麗し過ぎる彼女たちに、ねっとりと絡みつくような視線が注がれては、すぐに興味を失ったように剥がれ落ちていく。

 言った本人のはずの雪乃ですらその声の大きさに驚いているようで、はっとして口を押さえた。怒りを静かにしか表現しない彼女にして見れば、ブチ切れたと言っていい程の感情の発露だった。

 十二年も一緒にいる俺ですら、こんな雪乃は初めて見る。一体何が、雪乃にここまでの感情を与えたのだろう。さっきまでのやり取りだって、いつかの会話とそれほど大きな違いはなかったはずだ。

「あ⋯⋯。ご、ごめんね。お姉ちゃん、ちょっとしつこかったかな⋯⋯」

 きっと陽乃さんだって、こんな雪乃を見るのは初めてだったのだろう。俺の記憶の中でもここまで狼狽する陽乃さんなんて、初めてだ。元の世界線ではちょっと申し訳なさそうに謝るだけだったが、今のは本気の謝罪だった。

 何かが少しずつ変わっていく感覚。それがマイナスの感情を伴って現れたという事実に、妙な不安を覚える。

「じゃ、もう行くね。比企谷くん、本当に雪乃ちゃんと付き合うようになったら、お茶しようね」

 さっきまでの殊勝な態度はあっという間にどこかへ押しやったみたいに、陽乃さんは明るくそう言いバイバーイと手を振る。

 お茶、ね⋯⋯。陽乃さんとはお茶どころか、今では盆正月その他彼女の気の向くままに引き摺り出される身にとってみれば、まだ生易しい誘いだ。

「「はぁ⋯⋯」」

 思わず同時にため息をついてしまって、お互いを見る。バッチリ合った目は即座に外され、雪乃はかぶりをふりながらこめかみを押さえた。

「ごめんなさい、急に大きな声を出したりなんかして⋯⋯」

「いや⋯⋯」

 何とも微妙な空気になって、俺たちはただ床を見詰めていた。

 この後に続けるべき台詞を、俺は知っている。

 

「すげぇな、お前の姉ちゃん」

 

 俺はあの時よりも、ずっと実感を込めてそう言った。

 

 

 

       *       *       *

 

 

 

 翌日の月曜日。

 放課後になり早々に部室へ向かうと、当然のように先に来ていた雪乃と二人、結衣の到着を待っている。今日は彼女の、誕生日なのだ。

 結衣に誕生日プレゼントを渡すに当たってはサプライズでも仕掛けようかとも思ったのだが、今の雪乃とでは上手く連携が取れそうにないのでやめておいた。元の世界線では毎年サプライズをやり過ぎて最終的に今年も何かあるんでしょ? とバレバレになってしまっていたので、新鮮な結衣の反応を見たくもあったが。

 

「やっはろー!」

 

 元気よく扉を開けて、結衣は今日も謎挨拶を雄叫びが如く部室に響かせる。何とも微笑ましい光景だ。

「うす」

「こんにちは」

 結衣の「やっはろー」を十としたら三ぐらいの声量でもって返すと、結衣は何とも機嫌が良さそうに自分の席へと座る。ひょっとしたら教室で、プレゼントの一つでも貰ったのかも知れない。

 あの時結衣はおっかなびっくりと部室の外で部屋の中を窺っていたものだが、今回においてはそれがない。朗らかな表情を浮かべる結衣は、ある意味俺にとっての救いだった。

「由比ヶ浜さん」

 雪乃は読んでいた本に栞を挟むと、殊更丁寧に机に置く。鞄から綺麗にラッピングされたそれを取り出すと、んんっと咳払いしてから雪乃はそれを結衣の目の前に差し出す。

「その⋯⋯。誕生日、プレゼント⋯⋯。いつもお世話⋯⋯はしている気がするけど、お世話になってもいるとも思うから」

「ゆきのん⋯⋯」

 ゴニョゴニョと言い訳めいた言葉と共に差し出されたプレゼントを手渡されると、結衣はそれをギュッと胸に抱き締める。なんの奇の(てら)いもない渡し方だったが、雪乃からプレゼントが贈られるというだけで十分にサプライズになっているらしい。

 ふぅ、と息をついて俺は立ち上がると、後ろの机の山に隠したプレゼントを取り出した。さすがにボウルなんて大きな物を教室に持っていくわけにはいかなかったから、朝の内に隠して置いたのだ。

「ほい。おめでとう」

「え⋯⋯ヒッキーも?」

 俺からも贈られるとは思っていなかったのか、結衣は俺と雪乃を交互に見ながら目を白黒させていた。

「あなたね、もうちょっと気の利いた一言でも言い添えれないの?」

「お前の一言は気が利くどころか気を落としにかかってただろうが⋯⋯」

 雪乃にダメ出しを受けながらも、しっかりと結衣は俺からのプレゼントを受け取ってくれる。流石に抱え切れなくなって結衣はその二つのプレゼントを机に置くと、クリスマスに玩具を貰った子どものように目を輝かせていた。

「ね、開けていい?」

「どうぞ」

 雪乃からのプレゼントの包装を剥がすと「おぉっ」と結衣は反応し、続く俺からのプレゼントの正体を知ると「おおぉっ」と更に大袈裟に反応する。

 着けてみるねと言って結衣はエプロンを着ると、やはりそのピンクのエプロンは彼女によく似合っていた。

「さっそく明日何か作ってくるね!」

「いえ待ちなさいそれは私の管理監督下で行って貰う事にするわ」

「えぇ⋯⋯」

 秒で返した雪乃に、結衣は思いっきり引いていた。まあ今の説明では、結衣には伝わらないだろう。

「家庭科室の鍵を借りてあるの。それと、ケーキの材料も準備してあるわ」

「え⋯⋯?」

「自分で自分の誕生日ケーキを作るってのもおかしな話だとは思うが⋯⋯。そのボウル、早速使ってみてくれるか?」

「う、うんっ!」

 結衣はそう言うとガバッと雪乃の抱きつき、感動しきりといった様子で目に涙を浮かべながら彼女に笑いかける。割りかし雑なこの提案も、結衣にとっては思ってもみなかったサプライズ。

 ⋯⋯しかしそうは行かない事を、俺は残念ながら知っている。

 ダンダンダン! と焦ったようなノックの音が、部室に響き渡る。部室の外から聞こえてくるのは、およそ人間のものとは思えない、獣めいた(いなな)きのみ。

「⋯⋯どうぞ」

 努めて冷静に雪乃は入室を促すと、恐る恐ると言った調子で扉は開けられ、次の瞬間にその獣は突進してきた。

「うぉぉーーーん! ハチえもーん!」

 まったく、お呼びでないもいい所だ。まあこいつが空気を読んで最高のタイミングで登場したことなんざ、ただの一度もなかったが。

 

「帰ってくれねぇかなぁ⋯⋯」

 

 変わっていくもの、変わらないもの。

 それを一つ一つ選び取る事ができたら、どれだけ素晴らしい事だろうか。

 そんなありえない願望を抱きながら、俺は溜息を一つ吐き出すのだった。

 

 

 






お読み頂きありがとうございました。
少し長い話になりましたが、第二話はいかがでしたでしょうか?
僅かだったり、大きくだったり変わっていくにつれて、彼も彼女もその反応を変容させていきます。
原作との違いを確かめながら読むのもまた一興ですが、流石にそれは面倒くさいと思うので単体で楽しんで貰えるように書いているつもりです。
感想や評価を頂けると(例えそれが悪いものでも)励みになりますので、是非よろしくお願いします!


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