ファル子を育てたのですが、まあこれがめちゃくちゃ強い。馬身をかなり着けてゴールできるし、固有スキルの発動も面白いタイミングだった。
どけ、俺はファル子のファン第1号だぞ!!(お兄様)
「マックイーンのトレーナー。率直に言います、助けてください」
「はい?」
突然やってきたのは、俺の担当ウマ娘と同室のイクノディクタス。冷静沈着な彼女の眼鏡がズレていて、それに気づいていないことからも状況が相当なものと窺える。
「一体、何があったんだ?」
「私の睡眠にも支障が出る上、貴方やマックイーンに一番大きな影響があるので手短に説明します」
彼女から聞かされたのは恐ろしい事実だった。
「これは……チョコレート?」
イクノディクタスは自室に帰る際、ドアの前でチョコレートの濃密な香りに耳を震わせた。
「マックイーン、チョコレートの……」
「あら、イクノディクタス」
「そ、れは……」
「チョコが一番ですわ、ワッフルですわ!」
「……」
「種類いっぱいありますけども、チョコですわ。これだけあれば勝ちですわ!!!」
部屋を埋め尽くさんとする量の、ベルギーチョコレートをふんだんに使用した巷で人気のワッフル。ワッフルワッフルワッフルと山のようなワッフル。
しかし、驚くべきはマックイーンのゴミ箱いっぱいにワッフルのゴミがパンパンに詰まっており、それでも収まりきらなかったゴミは床に散乱していることだった。普段のマックイーンなら、太るからと少しだけに留めるはずが、理性的な彼女は見る影も無い。
「マックイーン、あなた、何をしてるのか……」
イクノディクタスは奇妙な白昼夢を見ているのか、このドアが異次元に接続されたのではないかと真剣に検討しようかと思い始めていた。
そして、あらゆる手を尽くす前にトレーナーの力を借りようと彼女はここまでやってきたのだった。また、それは丸投げとも言う。鉄の女と呼ばれる彼女でも、勘弁願いたい事くらいはあった。
「いるか、マックイーン……」
「ワッフル……いえ、なんでもありませんわ」
急にシャキッとする辺り、思考回路はマトモなようだった。理性は無さそうとイクノディクタスからは聞いていたが、トレーナーはますます分からなくなってきてしまう。
「入るぞ」
そう一言断ってから、トレーナーは部屋に侵入した。そこは甘ったるい匂いが染み付いたゴミ屋敷!
イクノディクタスからはワッフルだけと聞いていたが、パンの耳を揚げて、砂糖をまぶしたラスクをメジロマックイーンはバリバリと齧っていた。意外なことに、砂糖が床に落ちぬようにトレーの上で前掛けを付けて貪っているのを見ると、辛うじて残ったメジロ家の令嬢らしさが生き残っていたのだ。
「……これは」
「なあ、マックイーン。お前、ヤケ食いだな?」
以前にも大負けを経験した時に、軽くヤケ食いをして太り気味になったのはトレーナーとしての記憶に残っている。責任感が強く、抱え込んでしまうが故にストレスの発散方法が歪になる。これはマックイーンの責任でもあったし、トレーナーの責任でもあった。どちらが悪い訳でもなく、ただそうなのだというだけだ。
「話、聞くからさ」
トレーナーはどうすれば良いか分からない。以前なら、レースで悩んでると分かるから、方策は取れた。今は目標だった天皇賞を勝ち取り、恐らく彼女の絶頂期に当たる時間だった。だからこそ、『トレーナー』は分からない。
「貴方、先日……女の方と会ってた……」
「……ああ、そうだが」
冷たく、そっけない返事しか返すことが出来ない。先輩トレーナーなら、気の利いた返答くらい易々と出来るのだろうが、その答え以外を思いつくのは難しい。そうトレーナーは思った。
「貴方ッ!……いえ、違いますの。その、あの……」
マックイーンの心底からの憤怒。風船のようにすぐさま萎んでしまう。耳が垂れ、悲しげな彼女は劣情を昂らせるが、鋼の意志を貫き通す。俺はマックイーンのトレーナーなのだと。
「言っとくが、あの人はただの知り合いだからな。偶々、久しぶりに会ったから一緒にショッピングに振り回されただけだ。……本当に」
「嘘つき」
ポツリ、とそれだけが小さく聞き取れた。その豆粒のようなか細い声が、トレーナーは何故か根源からの恐怖を呼び起こされるように感じた。
「嘘つき、嘘つき、あの女を見る目は……そんなんじゃありませんわ」
突然、マックイーンはトレーナーを組み伏せ、マウントポジションを奪った。ウマ娘の力は人間とは比較にならない程強い。幼稚園児程度でも大の大人よりも怪力なのだ。重賞、GⅠを連覇出来るメジロマックイーンの力がどれ程のものか、トレーナーは彼女以上に熟知していた。
「お、おい……流石に冗談がきついぞ?」
ちょっと過激なスキンシップ程度とメジロマックイーンをトレーナーは信じたかった。
「私が、私が、貴方の一番の筈なのにぃっ……」
トレーナーにとって、
「!」
トレーナーの口内が甘い味で一杯になった。弄るように、請い願うように、乱暴に、ガラス細工を扱うようにマックイーンはトレーナーを凌辱する。
「ップハ〜っ……」
唇と唇の間に銀色の糸が引かれる。トレーナーは興奮と恐怖をミックスしたカオスな頭で頬を染める彼女の痴態を受け入れる他無かった。
「すきっ、大好きっ」
ぎゅうぎゅうとトレーナーの肉体を軋ませながら、
「ま……まっくいーん……どうして……こんなことに」
呆れる程長いキスで酸素が奪われ、残りの空気も肺から押し出されたトレーナーは息絶え絶えに、失いかけの意識のまま、気力で言葉を捻り出す。
「ワタクシをこんなにしたのは、トレーナーの所為ですわ。ずぅっとワタクシだけを見ていれば良いものを、ライアンやパーマー、ドーベルにまで手を出して。おまけにあの女も……いくら、メジロ家の令嬢と言えど我慢の限界というものがありますの。……わかりますか?」
「わけが、わからないよ」
「大丈夫!目が覚めたら、ワタクシのことが好きから大好きになっていますし、ワタクシ無しでは生きていられないようにさせてあげますから。ね、旦那様?」
ドロドロと濁り切った眼は、瞳孔がすっかり開いていた。
「じょうだん……きついぜ……」
意識はブラックアウトしていく……
# # # # #
ーージリリリリリリリリッ!!
「ハッ!!!はぁ、はぁ、はぁ……なんだ今の」
けたたましい愛用の目覚まし時計は午前6時半を知らせてくれる。はっきりと先程の気味の悪い悪夢を憶えていた。
「……風呂に入るか」
身体の水分を残らず吐き出したような汗が寝巻きとシャツに張り付いていた。ごくごくと水を欲する身体に与え、トレーナーはシャワーを浴びる。
着替えた後はぼんやりした脳みそで朝食を作り、身だしなみを整えてから、トレーナーとして出勤する。
「おはようございます、トレーナー」
「ひょわッ!?」
比喩抜きで心臓が止まるかと思った。
「大丈夫ですか、トレーナー?」
不安そうな目でこちらを見つめるが、俺は少し錯乱していた。
「待てっ、ステイ、ステイだ……」
「?」
錯乱を察したマックイーンはトレーナーが落ち着くのを暫く待った。そうして、落ち着いたトレーナーは口を開いた。
「すまん、変な夢を見てしまってな」
「そうですか。でも、体調管理をしっかりとして下さいね」
「うん、そうだな」
一応、しているかもしれない誤解を解く為に(一部を伏せて)トレーナーは夢の内容を説明した。
「まあ、トレーナーの中のワタクシはどうなってますの!」
カンカンに怒っていたが、あの夢に出てきたマックイーンよりは随分とマシに思えた。
「もうっ、聞いてますの?」
良かった、マックイーンは『普通』なんだ。トレーナーは安心を抱いた。絶対的な安心だ、石橋を叩いて壊すほどの。
「そう言えば、ライアンと昨日、何をしてましたの?」