今回は普通の回。本当に平和。
「にいちゃん、にいちゃん!」
昔、近くに住んでいたウマ娘の姉妹は何故か俺によく懐いていた。特に妹の方は彼女が臆病な性格をしているのもあったが、べったりとオナモミのようにくっついて離れようとしなかった。
俺が帰ろうとすると必ずぐずり、その娘の姉や両親を困らせる。そこで、当時の俺は妙案を思いつき、試してみることにした。
「そんなに泣かなくてもまた会えるよ」
幼児特有の熱のある手。包むように握ると、こちらの心も温まりそうな快い温度。
「でも……にいちゃんとずうっといっしょが良いよぉ……」
「じゃ、約束」
小指を出すとその娘は不思議そうに顔を傾げた。
「なあに?」
「指切りげんまんだよ。約束を守るっておまじない」
ゆびきりげんまん〜と一つ歌うと、キラキラ目を輝かせて飛び跳ねる。
「じゃあじゃあ!ぜったいにあえる?」
「勿論」
「じゃあゆびきりするー!」
小指と小指とを結び、約束を誓う。
「ゆびきりげんまんーー」
その娘の名前はナリタブライアン。のちに俺の愛バとなるウマ娘である。
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「ブライアン、食事のバランスが良くないぞ。そもそもなーー」
トレセン学園のカフェテリアの一角で、少し顔の大きい芦毛のウマ娘の説教が行われていた。周囲も慣れているのか、気にしている様子は無い。
「……そうか」
俺ーートレーナーは見知った顔に駆け寄ると、芦毛のウマ娘、ビワハヤヒデが鼻息荒くまくしたてた。
「兄さん、ブライアンに野菜を食べるように言ってくれ!」
トレーナーの担当ウマ娘、ナリタブライアンとビワハヤヒデは実の姉妹で面倒見の良い姉とガサツな妹という関係性があった。
「まあ、後でちゃんと言っとくからさ」
「全く……兄さんはいつもブライアンに甘いのだからな。やはりーー」
また長いお説教になりそうだと二人して思っていたら、思わぬ助け舟がやって来る。
「どうしたの!!ハヤヒデ!!!!」
「ち、チケットか……」
「チケット、声大きすぎ」
ビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンのBNWと呼ばれる3人が揃っていた。彼女らはトレセン学園でも注目を集める存在で、クラシックのとある一戦は通だけでなく一般人も引き寄せるほどの、日本ウマ娘の歴史に名を残す名レースだ。三人は仲が良く、一緒に行動することもしばしばあった。
「そこまで騒ぐほど大したことではないさ。ブライアンが野菜を食べないという問題に対してだな」
「そういえばさ……まあそれはそれとして、用事があるんじゃないのか?」
ハヤヒデは今日用事がある、みたいな事を先日耳にした。普段の彼女なら忘れるはずは無いと思うが、今の彼女はそれなりにヒートアップしている。
「……はぁ。ブライアンはちゃんと野菜を好き嫌いなく食べるんだぞ」
「分かったよ、姉貴」
しぶしぶ皿の上の野菜を食べたが、しかめ面でなんとも言えない表情をしていた。
「えらいぞ、ブライアン」
「そうか、もっと褒めてくれ」
側から見ると変化が小さくて気づかないかもしれない。昔から彼女を知っているからこそ、判るのだ。かわいいブライアンをつい甘やかしすぎてハヤヒデに怒られてしまうのが常なのだが。
「よしよし、えらいぞ」
「く、くすぐったい」
あの堅物なナリタブライアンがデレデレと甘えている様子は周囲の時間を止めるほどに驚かせ、こっそりと動向を覗きたいと思わせた。
結局はナリタブライアンの普段の気迫を皆思い出して、すぐに止めた。
トレーナーは基本的に親しくてもウマ娘の頭を撫でることも、ウマ娘の側から撫でさせることもない。重要な感覚器官である耳は頭頂部近くにあり、あくまで一般的にはあまり好ましくないとされる。
重要な器官の耳や頭は余程の信頼がなければ触らせることはない。詰まるところナリタブライアンはトレーナーに全幅の信頼を置いているのだ。
「よし、そろそろ練習に行こうか」
「うん、兄さん」
(に、兄さんだと!?)
あのナリタブライアンが異常なほど素直な理由が、兄だからというのは十分に納得のいく理由。このニュースはひっそりと、しかし、光のような速さで学園中に広まった。
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「なあ、兄さん」
「どした」
「お願いが、ある」
「お、ブライアンがお願いなんて珍しいなあ。できる範囲でなら良いぞ」
ブライアンはハヤヒデもそうだがお願い事をするタイプではない。兄貴として、トレーナーとしてもっと頼って欲しいと思うが、中々に難しい。
構いすぎるとウザがられるらしいと知り合いから聞いてからは嫌われたらショックだ、と時々悶々としている。
「これ」
「ん?遊園地のチケットだな」
最近有名で、テレビでも特集が組まれるほど人気の遊園地。そこのチケットを二枚持っている。
「今度、一緒に行かないか?」
「いいよ、いつ行く?」
すぐに返事を返すと驚きの顔をしていた。かわいい。
再来週の日曜日、ブライアンとの予定が決まった。
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私が兄さんと初めて会ったのは、物心ついた頃。
「ちわーっす」
兄さんは近所に住んでいて、親同士が友人であったからよく家に訪ねてきていた。初めは大きくて、怖かった。
「お前、ブライアンって言うのか。一緒に遊ぼうぜ」
小さな私よりも大きな手で、広い外へと兄さんは連れ出してくれた。あんなに怖くて姉貴や親と一緒でなければ出られなかった外。兄さんは私だけのヒーローだった。
兄さんと会って、触れる度に心が暖かくなるのを感じた。それは幼いながらに芽生えた恋心だったのかもしれない。唯の親愛の情と思い込むことだって出来た。
「母さん、にいちゃんと会うたびに心が……きゅっとするの」
母さんはいろんな事を教えてくれた。美味しいステーキのこと、プールでの泳ぎ方、背の伸ばし方。兄さんへの気持ちもきっと教えてくれると思い、聞いてみた。
「まあ、ブライアンがこんなことを言うなんてね」
クスクスとこちらの気持ちを一方的に見透かされるのにヘソを曲げた私はプイッと後ろを向き、不貞腐れた。何でもお見通しの母親に対する最大限の抵抗だった。
「ブライアン、それは大切な思いよ。忘れずに、大切に持っていればきっと素敵な大人になれるわ」
恋を認めてしまったらーー居心地の良いこの関係が取り返しのつかないことになると思うと、臆病で小さい自分に塗りつぶされた。
シャドーロールの怪物だとか、強いウマ娘と周りから囃し立てられようが、あの頃の影に怯えていた自分が、兄さんの前でだけ現れてしまう。
母さんの言葉を思い出して、ぐっと拳を握る。
昔よりもずっと強くなったこの感情が恋でなければ何なのだろう……
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「よし、何処から回る?」
やはり、遊園地は今日も盛況。人の群れでごった返していた。
「私に聞くな。予定は立ててるんだろう?」
「まあ……そうだけどさ。ブライアンの為に来たんだから、ブライアンの好きなところに行けたら俺は嬉しいよ」
「っ、行くぞ」
グイグイと俺を引きずって動き出す。こんなにツンツンしているが、部屋で遊園地のリサーチをしているのは生徒会を介して知っていた。
ジェットコースター、コーヒーカップ。色々と周り、かなり楽しめたと思う。昼を食べ終えてのんびりしているとパンフレットのお化け屋敷が目についた。
「お化け屋敷、行ってみたいなあ」
ついつい悪戯心が疼く。ブライアンのひそかな苦手、それはお化け屋敷。昔はお化けで泣いてたっけ。と俄に思い出す。
「あまり、好きではない」
「ブライアンとなら行けそうだと思ったんだがなあ……」
「……仕方ない、行こう」
やれやれと言った調子のブライアンだが、尻尾は正直者だった。
(や、やべえええええええ!なめてた……)
どうせバイトとかで大したことはないのだから、ブライアンに頼りになるカッコいいところを見せてやろう。そんなしょうもない事を考えていたが、10秒ごとに醜態を晒していた。最近のお化け屋敷は手が込んでいて、脅かすのが上手すぎる……
「大丈夫か?兄さん……」
俺の酷い怯え方で逆にブライアンは冷静になったみたいだ。素直に成長したブライアンに喜ぶべきか、よくわからない。
「あ、ああ……ぶっ、ブライアンは離さないでくれよ……」
ブライアンの手のひらだけがあたたかくて安心できる。
「大丈夫、私がいる」
頼もしすぎるブライアンのお陰でなんとかチビらずに脱出できた。緊張が一気に解けて、どっと疲れた。
「すまん、俺がビビりまくってたな。……カッコ悪いかな」
ベンチで項垂れている。ブライアンに兄貴としてカッコいい所を見せたいと、見栄を張ったのが裏目に出てしまった。情けなくて仕方なかった。
「そんな事ない。まあ……楽しかった」
空を紅く染める夕陽で表情は判別できない。しかし、その声色で俺は安心した。
「さ、帰るか」
「待て」
力強く腕を握られた。思えば、こんなにしっかりと掴むのは小学校低学年以来だなあとトレーナーは思った。
「何かあったか?」
「……これ」
綺麗な小指をピンと立てて、トレーナーの胸の前に突き出した。マニキュアが塗られており、そういった事とは無縁そうな彼女にも大きく変化が訪れていると気付かされる。もうあの頃の怖がりで可愛いだけの少女ではないのだ。
「ゆびきりか」
「また、二人で出かける約束を……したい」
「約束、だな」
『ゆびきりげんまんーー』
ナリタブライアンと更に絆が深まるのを感じた……
ナリタブライアンのトレーナーに対する呼び方
普段:トレーナー、兄貴
身内だけ、または気が緩む時:兄さん