たまに寄り添う物語   作:魔愛暴導富

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一話完結にしようとしてた名残で、連載としては結構読みづらい話かもしれません。


理想
ナリタブライアン


哀愁も白熱も全て飲み込み──ブッちぎる。

 

 

 

 

───────

 

 

一人、トレーナーがいた。

名前は秋道邁(あきみちすぐる)。彼は、一人のウマ娘を担当していた。そのウマ娘はミスターシービー。

彼女は簡単に言えば三冠を含めたGⅠレースに勝利し、数多くの名声を得た。やがて彼女は引退し、邁には次のウマ娘が現れた。

 

名前はナリタブライアン。

彼女もまた、強いウマ娘だった。

 

邁という人物の始まりはミスターシービーだが、彼が変化していったのはナリタブライアンによる影響と呼ばれる。

 

圧倒的な勝利、故障、ピークの過ぎ去り。

彼は、一つの夢を見ていた────

 

 

 

 

○○○○○○○

 

 

 

 

 

『トレーナー。ちょっと』

 

『シービーか。どうした?』

 

『アタシ達に用がある子がいるの。ここに連れてこいって聞かなくてね。忙しいなら後にするけど』

 

『ちょっと待て。今行く』

 

『この子なんだけど…』

 

『前置きは良い。アンタがトレーナーか?』

 

『ああ、シービーのトレーナーの秋道邁。君の名前は?』

 

『……ナリタブライアンだ』

 

『ナリタブライアン……ああ、先輩達の誘いを跳ね除けてるっていう』

 

『才能だけしか見ない奴と駆けて何が得れる?』

 

『…まぁいい。取り敢えず要件を』

 

『アンタのミスターシービー、三冠に王手をかけているんだったな?』

 

『ああ』

 

『レースをしろ。模擬でもなんでも良い』

 

『……シービー。良いか?』

 

『唐突ではあるけど…受けるわ。アタシも本番の調節に丁度いいし』

 

『調節?私との走り合いに?……舐めているのか?』

 

『舐められないよう礼儀くらい学ぶのが常道よ』

 

『喧嘩するなら他所でやれ。レースをするなら許可を貰ってさっさと行け』

 

『あれ?見に来てくれないの?』

 

『…そういえば俺にも用事があるんだったな。ナリタブライアン、デビューする気になったのか?』

 

『勘違いするな。私はアンタの指導目的じゃない。単純に今の自分について客観的な評価が欲しいだけだ』

 

『…………そうか』

 

『話は終わりだ。トラックで待つ』

 

『ちょっと距離は…あ、行っちゃった』

 

『…シービー』

 

『なに?』

 

『ボコボコにしろ』

 

『…ふふっ!りょーかい!』

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

『なんだと…?』

 

『アタシの勝ちね』

 

『……負けた事は引きずってもしょうがない。だがラストスパートで差しに行った私と中盤から追い上げたお前…体力の消費量からして私が追いつけない筈が無い』

 

『走り方の心得はあるみたいね。言うとすれば…』

 

『なんだ』

 

()()()よ』

 

『は?』

 

『俗っぽい言い方だけどね。君は勝つ気はあるけど前に行こうとしていない』

 

『どういう事だ』

 

『今までその才能をぶつけて色々勝負仕掛けてたんでしょ?君は意外と有名よ。だからもしかしてって思ったんだけど、特に夢とか無くて、ただ力を存分にぶつけ合える熱いレースがしたい、そう思ってる?』

 

『…そうだと言えば?』

 

『それが甘い』

 

『なんだと…!』

 

『デビューもせずにただ自分の満足で走っている。それは傲慢よ。そして怠慢。誰よりも前に行く、無敗で世界を変えてやる。そう言った気概と夢がウマ娘の力になり、全力を出させる』

 

『私の気概が劣っているとでも…!』

 

『そうは言っていないわ。だけどね、そんな狭い世界で熱いレースなんて馬鹿馬鹿しい。今回の着差、4バ身か。競り合えなくなったと分かった君、確かに遅くなってたよ。冷めてるの』

 

『そんな筈は…』

 

『アタシは君をボコボコにするつもりで走った。しろってトレーナーから頼まれたからね。ウマ娘の世界は、そんなくだらない意地でも死力を尽くすの。熱いレースで競り合いたい?()()()()?何時までも自分が強者面してると追い抜かれるのは君よ』

 

『…』

 

『アタシはね…誰よりも観客を沸かして驚かし、この広い世界の前に行きたいの。自分の走りで三冠バになってやる。目先でチョロチョロしてる君に負ける訳にはいかない。まずはデビューしなさい』

 

『デビュー…』

 

『そう、メイクデビューを済まさなければ君が埋もれるのは確定事項。トレーナーの目星は?』

 

『…無い。煩かったから、全部断った』

 

『はぁ…愛想は良くしときなさい。大人に嫌われたら面倒くさいわよ…』

 

『嫌味かシービー』

 

『来たわね、ていうか君は18でしょ、トレーナー』

 

『…アンタか』

 

『あ、そうだ。ナリタブライアン。ここに手頃なトレーナーがいるわよ?興味があるんだったら頼んでみたら?』

 

『…アンタ、いいのか?』

 

『嫌だ』

 

『……ぶん殴る』

 

『ぼごぁぁ!!』

 

『ちょっ!ああ!トレーナーァァァァァ!!』

 

 

 

─────────

 

  

 

 

『…おい、掛かってるぞ。3コーナーから仕掛けている』

 

『シービー…?』

 

『やる気が祟ったか…!おい!シービー!!まだ飛ばすな!ゆっくり…』

 

『いや、ブライアン。いい』

 

『そんな悠長な!』

 

『──勝った』

 

『………本当か?』

 

『シービーを見ろ。直接でもいいし、拡大映像からでもいい』

 

『…目が』

 

『そう。横も前も見ていない。いや、前に関してはこの言い方は適切では無いな。正確には見えていない』

 

『じゃあ、何の考えがあって…』

 

『ゾーンだ』

 

『ぞーん?あの集中が極まるとかいうやつか?』

 

『そう。優秀なスポーツ選手などが偶発的にその状態になる事が多い。まぁ一般人やスポーツを始めたての人間でもその片鱗を味わう事はあるかもしれん。今のシービーは完全に入っている』

 

『まさかとは思うが、ゾーン状態になったから勝てると言うか?』

 

『勿論違う。ウマ娘が入るゾーンは大抵最終直線で追い詰められている時だ。今にも抜かれようとしているその時、自らの努力と経験、そして闘志が爆発する。無論簡単に入れるものではない。極集中状態に移行するのだから、追い詰められている状態での精神は噛み合わないだろう』

 

『シービーは…コーナーで入っている。しかも何時もの追い上げも速い。それは?』

 

『単純。静かに集中状態に入り、気を散らすことなく前に進むだけの才能とメンタルが備わっていたという事だ』

 

『バテるとは考えないのか?』

 

『まさか。元々あるシービーのスタミナ…それを更に突き詰め指導した。そして俺が教え込んだのは仕掛けるタイミングの見極め。追い込み戦法自体はシービーの立案だが、タイミングだけは二人で勉強した』

 

『それは今飛ばしていい理由にならん』

 

『前提が違う。ゾーンは全能感を味わえる数少ない機会だ。自らの意識が上空から自分の体を見下ろし、操っていると言われるほどのな。相手の行動は一挙手一投足読めるし、自らの動きを意識する前に身体が動く。つまり、今動いたという事は、シービーの意識は完全に正解だと判断し、3コーナーから仕掛けに行ったということだ。なにより…見ろ』

 

『笑っているだと…?』

 

『あんなに楽しそうに走ってるんだ。俺がシービーを信じなくてどうする』

 

『…なんというか、感情論というか』

 

『お前もトレーナーが付けば分かる。今まで俺が口添えする程度だったが、正式に誰かに指導を受ければ伸びる』

 

『…そういうものか』

 

『そういうものだ。ほら、勝ったぞ。歴史上3人目のクラシック三冠バだ。菊花賞はキツイとか抜かしてたにわか共……ざまぁみろ』

 

『陰湿さが人を堕落させると聞いた。お前の事だな』

 

『シービーの事を曲芸だけだとほざいた輩の顔を想像してみろ。お前ならぶん殴るかもな』

 

『…さてな』

 

 

 

 

『お前も目指すなら、三冠バか』

 

『なに?』

 

『お前は強い。本来なら強いからと言ってデビュー前のウマ娘をシービーと走らせたりしない。後輩いびりなどとアイツの評価が悪くなるからな。ただ、お前は悪い意味で有名だったから、悪影響が出る前に俺なりにお前の固定観念を破壊しておいた。余計なお世話だったか?』

 

『…フン』

 

 

 

 

───────────

 

 

 

『バケモノがいる』

 

『直球にも程があるでしょ』

 

『まさか連続して三冠バが生まれると思わなかったな。ジャパンカップで当たるか』

 

『シンボリルドルフ。"皇帝"…』

 

『ならばこちらは"演出家"だ。意表を突け。そして勝ってこい』

 

『ええ、見ててちょうだい。アタシの世界を』

 

 

 

───────

 

 

 

『…………ごめんなさい』

 

『謝るな。間違えたのは俺だ』

 

『でも10着は』

 

『だから何だ』

 

『……弱気だったわ。次は勝つ』

 

『それでいい。今回は俺の勉強不足、シービーの判断ミス。それで終わり。次は有記念だ。取り返すぞ』

 

 

 

 

──────────

 

 

 

『お疲れ』

 

『…』

 

『インコースのブロック。辛いだろうがよく粘った。今日は休め』

 

『……トレーナー』

 

『なんだ』

 

『今のアタシ…強いの?』

 

『それは結果が決める。ならお前がやることは?』

 

『次のレース』

 

『そうだ。俺がやることはお前を更に強くする事。シンボリルドルフがなんだ、お前も三冠バだぞ』

 

『ええ。頑張るわ』

 

『春の天皇賞はリベンジだ。その前の大阪杯で確実に勝つ』

 

 

 

───────

 

 

 

『おい』

 

『……』

 

『なぜシケた顔をしている。迎えに行け』

 

『…』

 

『くよくよしている暇があったら行動しろ!!オマエの担当だろうが!!』

 

『…シービーは?』

 

『…気丈に振る舞っているが不安定だ。早く行け』

 

『分かった。ブライアン、感謝する』

 

『………伝言。【春の天皇賞、必ず勝て】と』

 

『分かった』

 

 

 

─────────

 

 

 

 

『トレーナー…もう、駄目みたい』

 

『そう、か』

 

『今日の結果で確信した…。全盛期が過ぎたとか、足の調子が悪いとか、そういう現実的な物じゃない。三冠を狙ってた時の走りが分からないの。燃え尽きちゃったのかな…』

 

『お前の不手際では無い、とは言えないな。無責任な言葉だ。だから率直に言う』

 

『うん』

 

『俺の初めての担当ウマ娘になってくれてありがとう。お前といた時間は、とても楽しかったよ』

 

『…うん、こっちも。邁がトレーナーで良かった』

 

『三冠バを育て失墜させたトレーナーと、三冠バになり負けたウマ娘。俺達は決して完璧じゃなかった』

 

『…』

 

『割り切るぞ。俺はまだトレーナーを辞めるつもりはない。お前は?』

 

『…アタシは後進を見届け、才能を見初める』

 

『目的があるのなら何だっていい。お前は伝説を残した。例え敗北を語られようが、誇るべきだ。驕ってもいい。だから、だから…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『自分を責めないでくれ…お前は強いんだ…』

 

『…邁?』

 

『ごめんな…不甲斐なくて、勝たせてやれなくて』

 

『…ちょっと、泣かないでよ。こっちまで…諦められなくなるじゃない…っ!』

 

 

 

 

○○○○○○

 

 

 

 

 

走馬灯のような夢を見た。

疲れて部室で寝てしまっていたらしい。だが半端な眠りなのかかなり長い夢を見る事になった。実際経過した時間は一時間ほどだ。

 

今は丁度昼休み頃か。

 

 

「一人、か」

 

 

誰もいない部室で呟く。

もうあの頃の光景はない。と言っても大抵二人、たまに三人と言った程度だったが、寂しいものだ。

 

あの頃は全てがギラギラしていて、刺激しかなかった。中学を卒業して高校のトレーナー専攻に進路を向けたら、現理事長の母である前の理事長に親戚権限で急に就職させられた。中卒は勘弁してほしいと思ったが、ウマ娘の指導に関してはピカイチの才能があったのが幸いして、何とか仕事のノウハウを掴んでいる。いやピカイチの才能があったから俺は呼ばれたのか。

今の理事長も無茶をする。中央トレセン関係者で子供なのは理事長と俺だけだから、そのよしみで食事などを共にする事は多い。何より親戚で以前より面識がある。

 

理事長の親戚とはいえ年齢的に高校生ぐらいのガキ。

そんな輩の指導を受けたいと思うウマ娘はいない。当たり前だ。どうしたものかと困りこんだ中、ふと選抜レースを見に行った。

 

ぶっちゃけ同い年くらいの女の子にあれこれ偉そうに言いたくないし、ベテランでも無いのに知った風な口を聞かれても困ると思うので、本当に見るだけだ。

無論俺もトレセン学園に来てすぐトレーナーとして働いたわけではない。いくら理事長権限とはいえ、努力して勝ち取る免許を貰えるほど甘くない。寧ろそんな簡単にトレーナーになれるのだったら俺が断っている。運で得た生業などクソ喰らえだ。

 

だから、必死で勉強した。

トレーナーを目指すものとして、トレセン学園内を見学する事は出来たし、何より2年ほどベテランの先輩に教えを受けた事もあって、実に豊かな体験になった。その先輩は後にシンボリルドルフを引き入れ俺とシービーを完膚なきまでに叩きのめして来た為、少し恨みは…無い事は無い。

 

俺には一つの理念があった。

俺にトレーナーの何たるかを叩き込んだ先輩は、全てのウマ娘に安全で万能な教え方を良きとした。その上で俺は、ウマ娘個人の才能と願望を良きとした。

結果として、先輩はシンボリルドルフ、マルゼンスキー、ヒシアマゾン等といったバケモノ達を量産し、俺はシービー1人を三冠バとして強くした。

 

三冠バは偉業だ。

目標に抱え込む事すら恐ろしい。だからトレーナーはその目標を抱えたウマ娘を指導しない。()()()()()()()()()()

選抜レースで大差で勝利したミスターシービー。あいつは三冠バを目指す才能のある強者だった。

トレーナーがいなければレースに出れない為、シービーの人探しは難航した。勿論その時やっと免許を取った俺にしてみれば、声を掛けることなんて出来なかった。責任とかそういうのでは無く、身の程を弁えたからだ。

 

そして、そそくさと退散しようとしたら逆に目をつけられた。本人曰く、シービーを避ける俺の動機が『三冠バという目標が重い』からではなく、『子供の俺が先輩を差し置いて三冠バという目標に付き合うのは傲慢だ』という理由だからだ。三冠を達成させる事に対しては恐怖を抱いていない俺が面白かったらしい。

優秀なトレーナーというのは中々にぶっ飛んでいる人間が多く、多数のウマ娘を管理し正確に成績を残したり、オーバーワーク寸前の緻密なメニューを使いこなせたり、放任主義なのに何故か強いウマ娘が生まれるチーム。それらの無茶苦茶な手段は皆優秀なトレーナーが行っている事が多い。

 

それに賭ける、とこっちの意思そっちのけのシービーだったが、目の前の要望を断ると先輩…東条ハナさんに雷を落とされそうになった。そして無理矢理契約成立。

東条先輩率いるチームリギルは志願者が多すぎる為テスト制にしているが、元々三冠バを目指したシンボリルドルフを見初めた人物である。その為高い目標だからと断ったと知られれば、腑抜けや腰抜けと説教が始まる事間違いなし。

立場的には俺は東条先輩の弟子だ。師匠に見捨てられれば終わり。だから全力でシービーの相手をした。

 

 

…いつの間にか三冠を取ったときには、シービーと俺はお互い天才だと分かった。自惚れでは無い。東条先輩からの珍しい褒め言葉だったからな。

シービーは判断力スタミナ共に優れており、スパートをかけるタイミングを研究しミスを減らせば勝てた。俺はマークされた時の対策として早めのスパートを立案。結果的に勝ち星が増えた。菊花賞はゾーンに入ったシービーが自分で考え勝ち取った為、俺の立場を憂いた事もあったが、ゾーンは経験から生み出される超直感もあるので努力が実ったと安心した。

 

 

だが、シービーの三冠から一年。

東条先輩がシンボリルドルフをスカウトし、歴史を塗り替えた。()()()三冠。バケモノだ。

それ以前にシービーのピークが過ぎた事に気付かなかったのは、俺の永遠のミスだ。足は動き、体調も万全だが、ルドルフの圧倒的な力の前にシービーの奇策が揺らいだ。ルドルフの万能の権威を象徴するかの様な走りで、シービーの勘が崩された。

 

瞬間的なスピード。無限のスタミナ。圧倒的なパワー。負けを認めない根性。失敗を作らない賢さ。

全てが完璧だった。それを間近で感じたシービーは自分の走りを信じられなくなったのだ。

シービーは引退した。後悔しか残らない末路だった。その後生徒会に入り、合わないと辞めてしまったのには笑ったが。

今は元気に才能掘りの毎日らしい。

 

 

 

「ふわぁ…」

 

眠い。

ここ最近理事長から暇だからとたづなさんの手伝い、ヒシアマゾンのタイマン欲を抑える係等を任されてたからか疲れが溜まっている。トレーナー寮に帰って寝るのも面倒くさい。

どうせ誰も入ってこない俺とシービーの部室だから、もう一回寝てしまおうか…。

 

 

 

「ゴールドシップだけは来ませんように…」

 

 

 

そう呟いて、また意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

○○○○○○○○

 

 

 

 

 

『秋道トレーナー、貴方に話が』

 

『ビワハヤヒデか…今は資料整理が立て込んでてな。机に向かいながらで構わないなら』

 

『構いません。…たづなさんの手伝いですか?』

 

『そうだ』

 

『資料整理なら私にも出来ますが…』

 

『いや、大丈夫だ。一般生徒に事務を手伝わせるほどヘタレじゃない。要件は何だ?』

 

『妹を…ブライアンを担当ウマ娘として見てくれませんか?』

 

『………理由は?』

 

『ブライアンは…目標を決めました。クラシック三冠です。ですが、元々人混みを避けていた妹は少し信用も低く…何より三冠バを目指すとなればトレーナーからのスカウトが全く無くなってしまったのです。私は妹を走らせたい。トレーナーが付かず卒業する事だけは避けたい。だから前々からお世話になっていた貴方に頼みたいのです』

 

『…正面から向かうべき話だな。一旦仕事は辞めよう』

 

『申し訳ありません。それで…返答は』

 

『断る』

 

『…理由を聞いても?』

 

『本人がいないからだ。君の話を疑っている訳では無い。ブライアンの将来を嘆いているからこそ俺に頭を下げてくれているんだろう?』

 

『…はい』

 

『なら俺は本人の意志が知りたい。本当に彼女が望んだ事なのか、本人がどうしようもないから君が動いたのか』

 

『…これは妹が言っていた事です。妹は、本当に貴方の指導を必要としている。しかし、シービー先輩の引退後……再び三冠バの重責を押し付けるのが怖い…と』

 

『ならば言っておいてくれ、「舐めるな。姉に頼らず自分で来い」と』

 

『分かりました。そして…本当に申し訳ない。私も焦って過保護になりすぎていたようです。時間を取らせてしまった。ブライアンが私に頼んだわけではないんです。私の勝手です』

 

『それでも、だ。しかし、むしろ安心した。一匹狼だったあいつにも頼れる存在がいたなんて』

 

『いや…寧ろ貴方を頼りにしていた気が…』

 

『……ジョークだな?俺は殴られたのを忘れてないぞ』

 

『なっ!?』

 

『痛かったぞ。君の妹の拳は』

 

『ブライアン…!何ということを……秋道トレーナー、本当に申し訳ありません!!』

 

『いや、君が気にすることでは無い』

 

『ブライアンめ……!!帰ったら説教の時間だ!』

 

(言えない…生意気すぎてトレーナー断って殴られたなんて言えない…。でもあの時点のあいつが俺にトレーナー頼んでもなぁ……信頼できるトレーナーの方がいいよな…東条先輩とか相性良さそうだし)

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

 

『……』

 

『部室に入ってきたからには用があるんだろう。何だ』

 

『…昨日、姉貴が来たか?』

 

『ああ。お前のトレーナーとして指導して欲しいと頼んできてな』

 

『姉貴…』

 

『で、何故デビューしない?』

 

『トレーナーが見つからない…スカウトの目星ももう無い』

 

『そんな事は知っている。俺が聞きたいのは、何故お前自身がトレーナーを選ぼうとしないのか、という点だ』

 

『…』

 

『お前が誰かに教えを請いたいと思った事はあるだろう』

 

『……アンタだ』

 

『じゃあ何故さっさと頼みに来ない?シービーが引退した今、リギルの手伝いやスカウトの遠征しかやる事が無い。懐は空いているぞ?』

 

『アンタは私が三冠バを目指すと言って、納得するのか』

 

『否定する理由がない。どんなトレーナーでも、その夢を重く思う事はあれど、否定する事は無い。無論適性が現実の範疇にあるのならの話だ。短距離しか走れない奴がダービーウマ娘になれるか?という事だな』

 

『アンタはいつもそうだな。無駄に説明が長い…気取った態度をする』

 

『お前を含めて今のウマ娘は走る前から不安を抱きすぎている。無駄なストレスが多いから、それをケアするのには理屈による説明或いは激励が必要だ』

 

『不安……ああ、姉貴か』

 

『妹思いのいい姉じゃないか。思いに答えてやるべきだ』

 

『なら、アンタは!!』

 

『何だ』

 

『……アンタは苦しくないのか。シービーが負け続けて…あまつさえ三冠は偶然とまで言われた事もある…。あんな後悔しかない終わりで!そんなアンタに…何で三冠の重責を押し付けられると思う…』

 

『後悔したからこそ、だ』

 

『……どういう事だ』

 

『俺は三冠バを達成させる為だけにシービーのトレーナーになったんじゃない。ただ、楽しんでほしい。後悔のない胸を張れる終わりへ導く為、トレーナーをしている』

 

『…そうやってアンタは』

 

『だから、三冠バを達成したからと言って…あんな終わりにさせたのは一生の恥だ。俺にとっても、シービーにとってもな』

 

 

 

『この通り俺は大人じゃないからな。ウマ娘の感情でしかトレーナーとしての存在意義を語れない』

 

『…』

 

『だから、お前も覚悟を決めろ。苦しさを背負わせる覚悟を。トレーナーの思念に同意する覚悟を』

 

『…私、は』

 

『ブライアン。お前は何になりたい?』

 

『……三冠バになって、頂点に立つ。常に勝ち続け…乾く事の無い圧倒的な走りをしてみたい』

 

『…』

 

『だから…』

 

 

 

 

『私の夢を……背負ってくれ。トレーナーとして』

 

『後悔はさせない。よろしく頼むぞ…ナリタブライアン』

 

 

 

 

『そういえば…』

 

『…?なんだ』

 

『オマエ…姉貴にチクっただろ?久しぶりに説教をされた。食堂で野菜も盛られた』

 

『……欲しかったゲームの発売日なんでな。買いに行ってくる』

 

『逃げるか。まぁいい、帰ったら……覚えていろ』

 

(…終わった)

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 

『すっぐーるーー!!』

 

『がはぁっ!!』

 

『あ、ごめんね』

 

『…シービー。幾ら引退したからと言って、お前の走りで背中に飛びかかるのは駄目だろう』

 

『あはは、そんな事より改めて…ブライアン三冠おめでとう!』

 

『ああ、ありがとう。俺の腕もまだまだ落ちていないらしい』

 

『じゃあ、他の子も少しずつ入ったりしてるの?』

 

『…それが何故か。ブライアンが突っぱねている』

 

『え』

 

『三冠バミスターシービーとナリタブライアンの評判に乗せられて、俺に教えを請いに来たウマ娘は3人。一人目は一方的にブライアンから模擬レースを提案され、大差で負けた。その後敷居が高いと勘違いして辞退。止めるも間に合わなかった』

 

『あ、うん…』

 

『二人目は仕組まれたメニューを嫌い、自由なレースを展開する事が出来る…所謂天才型だ。だが、練習しないなら出て行けとブライアンが追い返した』

 

『まぁ…それは練習しないのも悪いかな』

 

『この頃からブライアンに狂犬の異名が付いた。そして三人目。あの有名なゴールドシップが来た。純粋にお前の菊花賞を見て憧れたらしい』

 

『まさか…』

 

『そう。戦争だ』

 

『あちゃー』

 

『イジリ大好きゴールドシップとイジられ大嫌いナリタブライアン。逃げるゴールドシップと血眼になって追いかけるブライアンが暴れて、部屋が半壊した』

 

『……』

 

『今回は俺もキレた。ロッカーも半分がひしゃげた。東条先輩へ渡す資料も千切れて作り直しだ』

 

『…』

 

『で、二人まとめて生徒会長(ルドルフ)の御前に叩き込まれた。判決として、ゴールドシップは契約取り消し、ブライアンは謹慎処分を受ける筈だったが、本人による決死の土下座で事なきを得た』

 

『ぶ、ブライアンが土下座…』

 

『謹慎は不味いと思ったんだろ。悪態ついたゴールドシップはたづなさんにヘッドロック食らってたが』

 

『散々な結果ね…』

 

『そも、ブライアンに集中する必要がある一方、他のウマ娘も見る必要性がある。将来的にチームを組むのなら、最低でも三人同時に見るくらいの度量は必要だろう。だから少しブライアンには違和感を抱いている。俺の行動を阻むような事はしない筈だからな』

 

『……今だから言うけど。思春期の真っ最中、近くに自分の事を第一に気に掛けてくれる異性がいたら?尚かつ年が近いと…』

 

『まさか。ブライアンは色恋沙汰に縁がないだろう。トレーナーとウマ娘が引退後結ばれるケースは多いが、あいつにそんな余裕は無い』

 

『あ、朴念仁じゃ無かったのね』

 

『ウマ娘に対して鈍感な人間がトレーナーになれると思うか?少なくとも指導している間、恋愛的な視点で見る事は無いだろうが…』

 

『私もそんなんじゃないし、パートナーとしての側面が大きかったからかな。でも気をつけて…ブライアン、結構独占欲高いかも』

 

『やけにその線を押すな…何かあったのか?』

 

『勘。ウマ娘にとって走行欲は常に人生に付き添うもの。ずっと我慢してたブライアンにとって、それを開放させてくれる人間がいる事は大きいでしょう?』

 

『そんなコロコロ惚れるもんじゃない。カプ厨みたいな事言うな』

 

『君結構イケメンなんだからいいじゃない。クールガイはモテるわよ』

 

『生まれついての美顔種族に言われたくないな』

 

『はは、そうね。でも、油断してたら危険だと思うわ』

 

『何でだ?』

 

『君がブライアンにのめり込んだら…トレーナーとして致命的な終わりを迎える。邁は割り切れるだけのメンタルがあるから大丈夫だと思うけど』

 

『理想から抜け出せなくなる、という事か。東条先輩の考えに近いものだな。肝に銘じておくよ』

 

 

 

 

 

 

 

『10周、終わったぞ』

 

『お、速いな。無理はしてないだろうな?』

 

『まだ行ける』

 

『よし。ならあと5周攻めてみろ。足に違和感があるならすぐ言え』

 

『分かった。それと…』

 

『気になる事でも?』

 

『………シービーと』

 

『え』

 

『何を、話していた』

 

『見てたのか』

 

『答えろ』

 

『世間話だが…?』

 

『そうか』

 

 

 

 

 

『──()()()()

 

『………』

 

(ならいい、か。シービー、お前の言うことが正しかったのかもしれん)

 

 

 

────────────

 

 

『診察の結果はどうでした?』

 

『…右股関節炎?』

 

『はい、分かりました。安静にさせます』

 

『…ええ。しばらくはレースには出せませんね』

 

『"あまり目を離さないで"……?はい、分かりました』

 

『走り出すかもしれないからですか?』

 

『……気をつけます』

 

 

 

 

 

 

『りじちょう…仕事なくなりましたぁ…』

 

『たづな…邁に仕事あげて。タダ働きでいいから!』

 

『え』

 

『秋道君!頑張りましょうね!』

 

『あ、はい。そうですね』

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

『ランク899…廃人じゃん』

 

『暇つぶしで481の奴に言われたく無い』

 

『長くやってりゃこんなもんでしょ?あんたは暇人か』

 

『シービー引退後は少しな。今は休みの時に遊ぶくらいだ』

 

『トレーナーは休みの時にもメニューとかレース考えるんじゃないの?』

 

『考えながらやってるさ。だから適当に遊べるスマホゲーだ』

 

『それ出来るのあんたくらいだよほんと…』

 

『それでも今は暇人だ。仕事上金には困らんが…思いはひもじい…。というかお前が休みなのは珍しいな、タイシン』

 

『ハヤヒデが休め休めうるさいからね。ったく…別に無理してないのに』

 

『オーバーワークであろうと無かろうと、身体を休める機会は必要だな。ウチのブライアンも故障で休息を取っている』

 

『…それもそうか。はぁ、デビューどうしよう…』

 

『難航しているのか?』

 

『小さいからやめろだの身体が弱いだの好き放題言われちゃってさ…ムカついたから無視した』

 

『新人か中堅か知らんが…まぁ、注意くらいはしておく』

 

『いや、別に気にしてないし頼んでないけど』

 

『そう言うな。ウマ娘が精神的に潰れるのは良くないからな』

 

『だから気にしないって!あんたはどうなのさ?』

 

『何がだ』

 

『ナリタブライアン!ハヤヒデの妹だからちょっとくらい知ってるけど、三冠取ったのは見てたよ。強いんでしょ?』

 

『強いというか…自我が強い?』

 

『なにそれ』

 

『自分勝手とはまた違うしな…表現が難しい』

 

『確固たる意思を持ってるってやつ?』

 

『それもまた少しだけ違う』

 

『……気難しいってのは理解できたよ』

 

『最近なんだか集中できていないみたいでな。長い間トレーナーがいないまま強くなったから、人に見られる事は何か違う影響を齎しているのかもしれない』

 

『でも、滞りは無いんでしょ?』

 

『ある。ブライアンはどうやら俺にこだわりがあるらしい』

 

『こだわり?』

 

『こだわりというか…その、言いづらいのだが……』

 

『なに、ハッキリ言ってよ』

 

『俺が見てないと不機嫌になるし、俺が近くにいると集中力というか…落ち着いている感じになる。不機嫌度は俺が見てないときより、俺が違う奴と話しているときの方が高い。例えブライアンの練習を見ててもだ』

 

『つまり、ナリタブライアンはあんたを独占したいと考えるわけ?』

 

『…………そうだ』

 

『キモ』

 

『おい!』

 

『自意識過剰でしょ。恋愛ゲームでもやった?』

 

『違う!そうでもなきゃチームメイトを片っ端から追い返すか!!』

 

『それは独占というよりは嫉妬でしょ』

 

『お前も恋愛脳じゃないか』

 

『そこまでするんだったらあんたに入れ込んでるのかもね。私はそのままでいいと思うけど』

 

『どういう事だ』

 

『だって、下手に不機嫌にさせて爆発したらどうするのさ。私の腕でもあんたの首ぐらい簡単に折れるし…不満は溜め込ませるより現状維持で落ち着かせたら?』

 

『不機嫌極めたら暴力を振るうレベルなのか』

 

『あんたの対応次第で喧嘩になって怪我くらいはするかもね。あっちから一方的に殴りに来るとかは無いと思うけど』

 

『まぁ…今のままでも勝てるさブライアンは。強いからな』

 

『慢心?』

 

『これは事実だ。ブライアンは安定的すぎる強さだ。負けるパターンを考えた時、想像が難しい。長所を育てる時は短所の隙を減らすのが常道だからな。負け方を考えた方がいい時もある。その上で浮かばない』

 

『ハヤヒデもそうだけど…あの姉妹強いね』

 

『判断力は天性のものだろう。それに関してはビワハヤヒデの方が上だが、身体能力はブライアンだ』

 

『私の自信減るじゃん…やだやだ』

 

『追込みならシービーに聞け。何か分かるかもしれんぞ?』

 

『シービー先輩か……考えとく』

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

『ん、ブライアンか。どうした?』

 

『…』

 

『替えの勝負服が届くのは明日だ。もしかして次のレースの事か?まだ安静にしていろ。関節炎はゆっくり治すものだ』

 

『…』

 

『…ブライアン、言いたい事があるなら言え』

 

『……』

 

『何かあったのか?』

 

『…………なんで』

 

『うん?どうし────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴールドシップにナリタタイシン…次はどいつの方へ行く?』

 

『やめろ、ブライアン』

 

『…』

 

(押し倒されたか…何か道具……駄目だ、鞄は飛ばされたか。言葉は通じん、明らかにキレている。開き切った瞳孔に充血した目…相当なストレスか)

 

『やめろと言っている』

 

『嫌だ』

 

『お前は正気を失っている。その上で命令として言う。止めろ』

 

『私は…!』

 

『俺は降りん。だから次で聞き分けろ。退()け』

 

『嫌だって言ってるだろ!!』

 

『いい加減にしろ』

 

『っ!』

 

(拒絶したら力が弱まるか…余程精神的に弱っていたんだな。これは俺の落ち度か。だが、ここで引いたらブライアンはもっと堕ちるぞ)

 

『…ここであった事は誰にも言わん。だが相応の対応はさせてもらう』

 

『……!!!』

 

『……ぐっ!?』

 

(力が強まった!?俺がトレーナーをやめるとでも勘違いしたか…糞が!)

 

『アンタは私のトレーナーなんだろう……?』

 

『が、は……!』

 

『他を見る余裕があるのか?』

 

『ブライ…アン…!』

 

『別にアンタを私の物にしたい訳じゃない』

 

(首が…こいつ殺す気は無いだろうが、締めること自体異常だ。何とかして手を外せられないか?)

 

『ぐ、おお!』

 

『──ただ、私のトレーナーで()()()()()のか』

 

『…く、そ』

 

『他の半端な奴等に目を向けるのが…気に食わないだけだ!!』

 

(このままだとジリ貧、どうしたら…)

 

 

 

 

『ひっさーつ!!ゴルシ流奥義…暗黒精神失墜(当身)!!』

 

『な、ぐは……!』

 

『ごほっがは!…あ、おいブライアン大丈夫か!?』

 

『安心しな邁ちゃんよぉ!』

 

『お前は……ゴールドシップ!!』

 

『気絶しているだけだZE★』

 

『お前…何でそんな武術を』

 

『スキだらけの相手に打ち込むなんてそう難しい事じゃ無いぜ…何せここは部室だからな』

 

『…?』

 

『そして…何だかんだやるじゃねぇか邁よぉ!数秒間だがウマ娘のガチパワーに拮抗できるのは才能だぜ…』

 

『一応トレーナーだからな…鍛えてなくちゃいけない』

 

『努力は良いことだな!勤勉は美しい。金もまた美しい。そんな私はゴルシちゃん!!』

 

『あ、ああ…本当に助かったよゴールドシップ』

 

『追放された報復だ!このゴルシちゃんが痺れたシービーの走りを学べるチャンスだったってのに…近寄るの禁止になっちまったじゃねぇか!!』

 

『…で、なんでここにいるんだ?音、聞こえてたか?』

 

『大きな音がしたのは確かだな。外ではコイツが一人イライラして暴れた音だと勘違いされてるが、アタシが突撃してみたら昼ドラだこれ!?』

 

『…内密にしてもらえないか?』

 

『いいぜ』

 

『恩にきる…死ぬかと思った』

 

『結構シャレになんなかったな。でもよ、見てみろ』

 

『…』

 

『こいつ、泣いてるぜ』

 

『ブライアン……』

 

『アタシはお前のとこ荒らした奴だしよ、あんま偉そうな事言いたくないけど』

 

 

 

 

 

 

『寂しくて仕方なかったんじゃねぇの?コイツ…お前が他のウマ娘見てる時は大抵下向いてたからな。怪我の中きっとお前を手放したく無くて暴走してたんじゃねぇか?』

 

『…それでも俺は譲らないぞ。俺がブライアンの望むままになってしまえば、それしか見えなくなる。ブライアンが引退した後も…こいつの影を追ってしまう。この子はブライアンより弱い、強い…そんな視点になってしまうからな』

 

『そうだな…。結局、こいつが変わるしかないと思う。一匹狼の期間が長過ぎたな。こいつにとって、信頼できる人間の存在がデカすぎた』

 

『…だな。てかお前そんなシリアス出来たのか』

 

『わざわざギャグ展開に引き戻そうとする邁ちゃんのいけずぅー!!』

 

『まぁお前に見られたのは幸運だったか』

 

『あ、でもよー』

 

 

 

 

 

『会長さんは見たと思うぜ』

 

『……え』

 

『言い訳、考えとけよ』

 

『ルドルフ、いたか?』

 

『私が入る時に丁度通った。結構深刻な顔して生徒会室行ったぜ』

 

『やばい…契約破棄になるかも』

 

『寧ろそのままトレーナーやろうとしてるお前のメンタル宇宙かよ』

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

『…この通りブライアンは未熟な故…ルドルフ様、どうか今一度御一考願いたい!』

 

『駄目だ。そんな時代劇風でも駄目だ』

 

『…ルドルフ、ブライアンには休みを与えてる。気持ちの整理中だ。だから』

 

『駄目だと言っただろう。秋道君…君は襲われたんだぞ』

 

『不安に気付かなかった俺の落ち度じゃ』

 

『逆に想いに鋭すぎたんだよ君は。親身になりすぎたんだ』

 

『……こんな爆発するものだとは思わないだろう』

 

『私も意外だった。何せシービーが温厚だったからね。気難しいとはいえ、ここまで荒れるとは思わなかった』

 

『…君はどうするつもりだ』

 

『無論一時的に君から彼女を引き剥がす』

 

『それは認められない』

 

『認めさせる。私の権限だ』

 

『一人になったブライアンはどうするつもりだ』

 

『リギルで預かる。チームに所属させる事でトレーナーは専属では無いことを気づかせる』

 

『東条先輩は認知しているのか』

 

『当然至極。幾ら生徒会長とはいえ、ウマ娘とトレーナーという関係は切り離せない。私が話を付けた』

 

『ブライアンが納得すると思っているのか』

 

『君は何か勘違いをしている。本来なら停学、退学も妥当な線だ。前回の件は許したが、こうも問題を起こされては私も危険性を考慮する必要がある』

 

『…』

 

『本人の範疇で決められる話では無いんだ』

 

『…分かった。厚意に感謝する』

 

『私とて三冠の同士を悲しませる様な事はしたくないからね。それ故に残念だ』

 

『俺もだ。恨み言じゃないが聞いてくれるか』

 

『何かな?』

 

『俺のシービーを倒した君のチームにブライアンが取られる…中々心に来るものがあるな。辛い意味で』

 

『それは恨み言じゃないのかな』

 

『……俺もガキだな』

 

『いや、君も純粋なトレーナーだったって事さ。ふふ。ああ、それとメディア関係については気にしないでもらって構わない。緊急の問題という事で済ませておく』

 

『喜んでいいのか分からないな』

 

『キャリアを気にするのなら喜ぶべきだが、トレーナーとしては悔しがるのが普通…事実として受け止めて貰おうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

『秋道』

 

『エアグルーヴ…?』

 

『あんまり気負うものでは無いぞ。ナリタブライアンが戻ってくる事も念頭に置いておけ』

 

『…ありがとう。踏ん切りがついた』

 

『貴様の情けない顔は見たくない。堂々とした態度で望め』

 

 

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

 

『………脱退届だ』

 

『律儀に渡さなくても…経由でいいのに』

 

『世話になった』

 

『待て待て。これ』

 

『…そうだったな』

 

『替えの勝負服。最悪のタイミングで渡すことになったが、リギルでも頑張ってくれ』

 

『ああ…』

 

『…本当に大丈夫なのか』

 

『気にしないでくれ…じゃあな』

 

『ブライアン』

 

 

 

 

 

 

『何か辛い事があったらここに来い。聞き手くらいにはなってやる』

 

『…だからだ。アンタがいつも私にそうやって優しくするから…私がおかしくなる』

 

『冷たくする理由が無い』

 

『…アンタが思いっ切り拒絶してくれたなら、私も逃げられたのに』

 

『それは無理だ。お前は俺のウマ娘だったからな』

 

『やめてくれ。甘い言葉は聞きたくない』

 

『何度でも言おう、お前は俺の誇りだ。だからこれからも暴れろ。でも東条先輩には従え。怖いから』

 

『先の事は言わないでくれ。ここから出られなくなる』

 

『……分かった』

 

『アンタは私に走り以外の何かを植え付けた…だから──』

 

 

 

 

『──恨むぞ、()()()()()。こんな気分にさせて』

 

『──またな。ナリタブライアン』

 

 

 

 

○○○○○○

 

 

 

 

 

俺は死ぬのか?

こんな過去の出来事綺麗に辿る夢2連続で見れるかね。

 

 

 

「起きたか」

 

「…ブライアン。サボりにここを使うのは」

 

「自由に使えって言ったのはアンタだ。あ…またキャラ弁か」

 

「ヒシアマゾンの弁当か」

 

「むぐ…うまい」

 

 

 

ヒシアマゾン。

トレセン学園にある2つの寮の片割れを統べる女傑。その溢れんばかりの姉御肌と、意外にも高い家庭的スキルからアマさんと呼ばれる。彼女は偶に遊び心で相手の顔を象ったキャラ弁を作る。味が落ちないのは不思議であるが、ブライアンが唯一野菜を除けない弁当なので、相当なものだろう。

 

 

 

「どうせバレるから違う所に行けば良いだろう」

 

「……うるさい」

 

 

ブライアンはリギルに所属した後、生徒会に入った。入ったというよりはルドルフが入れたんだろう。意欲的では無いのかよくよくサボり、連れ戻しに来るエアグルーヴから逃れる為に部室に来る事が多い。

 

しかし最近では目星を付けられたのかすぐここが割り出される。その上でコイツはここに居座るのが良く分からない。

別に大して話をする訳でもないし、したとしてもエアグルーヴがすぐ来るから意味がない。

 

 

「メンバーを募集してるんだったな?」

 

「させられた。サブトレーナーだけじゃ駄目らしい。理事長に怒られてな」 

 

「生徒会である以上こっちにも情報が入ってくる。……やけに人気だな」

 

「俺も功績は立ててるからな」

 

「……フン」

 

 

ブライアンは少し不快げに鼻を鳴らす。

そう睨まれてもこっちだって仕事上限界がある。学歴上トレーナーが出来なくなったらどうしようもないのだ。

 

 

 

「どうしてもアンタに見てもらいたいウマ娘は確か……エアシャカールとタイシンか」

 

「どうしても…?」

 

「どうやってもトレーナーが見つからない。エアシャカールは気性が荒いし、タイシンは私と同じだ」

 

「……最近は実力でグイグイスカウト行くトレーナーが少ないんだな。人格面で尊重されてきたか」

 

「相性の問題を検討している、という事だろう。あとサブトレーナーとしてならカノープスのツインターボがお前を狙っている」

 

「それターボが頼んだんじゃなくて南坂先輩が忙しいからだろ」

 

 

チームカノープスのトレーナーである南坂先輩。

チームの一員であるツインターボは大逃げを信条として走る。それ故に無茶苦茶なレース展開だからか、勝ち星の少なさに反してファンが多い。

 

だがツインターボは勝つ事が目的。大逃げで勝つ事は難しいので、指導にも悩みが多いだろう。サブトレーナーとして信頼されるのは嬉しい事だが、これは難しい。

チームを作るのならサブトレーナーなんて出来ないので、断らせてもらおう。

 

 

「ならエアシャカールとタイシンに話をしなければな」

 

「二人ではチームとして足りんぞ」

 

「自分で見つけるさ。俺もスカウトをするべきかもしれん」

 

「…私の時はスカウトに来なかったじゃないか」

 

「生意気だったからな。無礼な奴は嫌いだ」

 

「…!ガーン」

 

「何その擬音」

 

 

さて、もうすぐエアグルーヴが来る頃だろうか。

言い訳の準備をしておくか。お、ドアが開いた。

 

 

「秋道!ブライアンはいるな!?」

 

「いるいる。連れて帰ってくれ」

 

「全く貴様という奴はブライアン…会長から与えられた責務を全うせねば、信頼を失うぞ!」

 

「…別に良いが」

 

「な…!お前には徹底的に礼儀というものを叩き込まねばならん!ついてこい!!」

 

 

 

エアグルーヴに連れてかれるナリタブライアン。

心底げんなりしている事から、生徒会という仕事は忙しいのだろう。

 

 

そういえば…ブライアンのうまぴょい練習は面白かった。

ヒシアマゾンのサブトレーナーとしてリギルのチームにお邪魔していたとき、東条先輩からダンスの指導を受けていたブライアン。結構ガチで踊ってて吹き出しそうになったのを覚えている。

 

 

「一人だとこういう面白い事起きないからなぁ…」

 

 

 

夜のトレーナー寮だと南坂先輩や黒沼先輩に会えるが、結局各々がトレーニング等で忙しい為に話す余裕も無い。

またまた、寂しい一人の時間がきた。

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「さて、エアシャカールは後に回すとして…タイシンにコンタクトを取らねば。やはり身近な事から話すのがいいか…?」

 

机からゴソゴソとトレーナーになる為の契約書を出す。

その時、ある物が目に止まった。

 

 

「……ああ、これか」

 

 

 

ブライアンが辞めるときに出した脱退書。

辞退の理由を書く欄があり、それをきっちり書いて提出する必要がある。生徒会から紙を受け取り、トレーナーに渡す必要があるが、見たくなかったので綺麗に折られて封筒に入れてある。

 

 

「……アイツ、なんて書いたのか」

 

 

 

今じゃナリタブライアンとの仲は普通の段階に戻っている。

リギルでも良くやってるらしい。アイツは今でもこっちに戻る意志があるらしいが、リギルで引退するのも悪くないと俺は思っている。

ブライアンを引っ張れるトレーナーだからな。

 

そして、辞める理由をどう書いたのか。

ふと、気になって封筒を開ける。

 

 

「……」

 

 

そこには、震えて書いたような。

たとたどしい字体でこう書いてあった。

 

 

『迷惑かけてごめんなさい』と。

 

 

 

 

「……俺も、未練タラタラか」

 

 

最近のブライアンの笑顔を見て、そう思った。

 

 

 

 

 

○○○○○○

 

 

 

 

 

 

「……長い」

 

「なんだと、サボりの分際で良く偉そうな口を…」

 

「説教が」

 

「貴様…」

 

「帰っていいか?」

 

「駄目に決まってるだろ!」

 

「…寮で怒られるんだよ」

 

「門限か。それなら仕方が…おい携帯をいじるな」

 

「疲れたんだよ……あ、おい待て!返せ!」

 

「何をそんなに焦って……ほう?」

 

 

 

 

仕事が面倒くさいあまり、携帯で何か気になる情報が無いか探し始めたブライアン。

痺れた切らしたエアグルーヴは彼女の携帯を奪い、仕事に集中させようとしたが、そこで二つの画像を見つけた。

 

 

 

 

パスワードのロック画面。

一人の男と、涙を流しながら喜んでいる様子のウマ娘。そのウマ娘が持っている旗には菊花賞と書いている。

上空には『三冠おめでとう』と書かれたバルーンが飛び交っていおり、真ん中にはムスッとした表情のナリタブライアンがいる。記念に撮ったスリーショット写真らしい。

 

 

 

少しして画像が変化した。

今度はツーショット。先程の男とナリタブライアンだ。朝日杯と、書かれた旗を持っている。

男の顔は笑みで満たされており、彼女も自信を得た表情だ。

 

 

「朝日杯…初めてのG1勝利の時か。撮ったのはシービー先輩だな?」

 

「も、もういいだろう!返せ!」

 

 

 

また、画像が変化した。

今度はナリタブライアンが三冠を勝ち取った時───

 

 

「だーーーー!!!」

 

「あ、おい!」

 

「これだけは駄目だ…これだけはぁ!」

 

「見られて困るなら何故待ち受けに!?」

 

「…絶対に見せんぞ…絶対に…!」

 

 

 

3つ目の写真。エアグルーヴが見る事は出来なかったが、ナリタブライアンにとっても見られたくないものだった。

 

 

それは、ミスターシービーが瞬間的に撮った一枚。

三冠を取ったナリタブライアンが、トレーナーである男に────

 

 

……ともかく。

 

 

 

「秋道に会う為にわざわざ部室に赴いている事も含め…」

 

「うう…」

 

「貴様…未練タラタラじゃないか」

 

 

 

秋道邁とナリタブライアンという存在は、決して相性が悪く無かった事が伺える。

 

 

 

 

 

 

 

EP1 影をも恐れぬ怪物(ナリタブライアン)

 




ナリタブライアンはこんなキャラじゃないって思った貴方。
そのとおりです。
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