たまに寄り添う物語   作:魔愛暴導富

10 / 10
マンハッタンカフェ

自身に追い付く、その時まで。

 

 

 

──────────

 

 

 

「ハァ…ハァ…!」

 

 

歓声が湧く。

あの人の安心した顔が見える。

 

皆の拍手が聞こえる。

 

 

でも、お友達は背中を向けるばかり。

まだだ。

 

 

まだ、勝てない。

 

 

 

「私が背中を向けるまで……絶対に」

 

 

追いついてみせる。

 

私はこの日から彼を"トレーナーさん"と呼ぶ事にした。

 

 

────────────

 

 

 

「…ここまでして貰えるなんて」

 

「デビュー後はこういうもてなしが恒例なんですよ♪ジュースはにんじんにしますか?」

 

「はい…ありがとうございます。シガーさん」

 

 

 

私はメイクデビューで負けた。

その後の未勝利戦で何とか勝って、今は部室でパーティの準備をしてもらっている。私は主役だから席に座って待っていろと言われた。少しむず痒い。

 

 

「それで…トレーナーさんは何処に?」

 

「お礼周り。お前は結構併走してもらってたからな」

 

「あ。アースさん今来たんですか!」

 

「張り切りすぎだシガー…。ま、お疲れ様だ。気合入った良い走りだったぞ」

 

「ありがとうございます…」

 

 

レリックアースさん。

自由奔放に見えて芯を持った人物。手が付けられない不良と煙たがられていたが、少なくともチームにいる時は大人しくみえる。

 

 

「よォ。お、もう飲み物の準備は出来てんな」

 

「相変わらず用意いいね」

 

 

ナリタタイシンさんとエアシャカールさん。

見た目不良コンビとよく言われているが、全くそういう分類の人では無い。

 

 

「あれ、オペラオーさんは?」

 

「様式美だがそうか…アイツカフェ来るまで一番の新人だったから祝いの事知らねェのか…?」

 

「いや、アタシ伝えた」

 

「じゃあ寝てんのか…?」

 

 

テイエムオペラオーさん。

このチームで最も勝ち星を挙げている人。少し変わった人だがとても優しい後輩。レース界においては先輩か。

少し抜けているところがあるのか集合時間に来ない。

 

そして、瞬間──光りだした。

 

 

「え…」

 

「やぁカフェさん。今宵は良い月だ」

 

「世界観が…違います……!」

 

「──これが覇王だ」

 

 

天井から光と共に現れたのはオペラオーさんだった。

そしてトレーナーさんも来た。悍しい量の袋を手に持って。

 

「集まったか」

 

「トレーナーさん」

 

「買い込んできた。肉が沢山食えるぞ」

 

「「「「イェーイ!!」」」」

 

「い、イェーイ…!」

 

「無理して乗んなくていいから」

 

「で、ですが…」

 

「疲れるよ、これから」

 

 

肉を見て喜ぶ4人。

それを見て呆れるタイシンさんは何処か遠くを見ている。

 

 

「にんじんも沢山ある」

 

「「「「イェーイ!!」」」」

 

「菓子もある」

 

「「「「イェーイ」」」」

 

「アホくさ、botかっつーの…」

 

「タイシンさんは嬉しくは無いのですか…?」

 

「ああ、アタシ少食だから。考えて食べなきゃなんないの」

 

「そうなんですか…」

 

「カフェは好きな物とかあるの?」

 

「強いて言えばコーヒー…自分で淹れる程度には気に入ってる飲み物ですね」

 

「へー苦いの好きなんだ」

 

 

苦いものが好きなウマ娘は少ない。

珍しい立場なのは理解してる。それでも趣向を共有出来ないのはほんの少し寂しいものだ。

 

 

 

 

「…そういえばトレーナーさんはお酒とかは飲まないんですか?」

 

「味は嫌いじゃないが、酔うのは怖いな。その経験が未だに無い。少なくとも生徒とがいる前では飲まないよ」

 

「テメェの酔う姿を写すのも一興だなァ?」

 

肩を組んで絡みに行くシャカールさんの方がよっぽど酔っているふうに見えますね…。

興味を持ったオペラオーさんが質問を畳み掛けます。

 

「飲み相手は誰なんだい?」

 

「成人したばっかりの時は葛城と一緒にたづなさんにお願いして…確か味目的で飲みに行ったかな。一杯だけ。後は打ち上げとか」

 

「うんうん。邁は奥手だからね〜」

 

「──とこんな感じでしれっとシービーが現れるが気にするな」

 

 

気にします。

何で急に現れるんですかシービーさん。

 

 

「カフェちゃん」

 

「は、はい」

 

「ツーショット撮ろうか!良い顔してね〜!」

 

「へ?あの」

 

 

肩を寄せて自撮りの準備に。

不味い、こういうのに疎いのだ。

 

「ハイ、チーズ!」

 

「………!」

 

 

取り敢えずピースは頑張った!

こういう経験は初めてです……何か自分で言ってて悲しくなってきました。

 

 

「真顔だねぇ…」

 

「すいません…」

 

「眼、キレイだね。金色だ。不思議ちゃんって感じがするけど凄くモデルさんみたいで可愛いよ」

 

「ありがとう、ございます…?」

 

「うん!じゃ、食べよ〜」

 

 

本当に風の様な人だ。

あっちこっちに話題が行って、それが凄く早い。

 

 

「カフェ、挨拶」

 

「は」

 

「主役の言葉、大事」

 

「トレーナーさん。そういう急な振りがどんなに残酷な物か想像した事がありますか」

 

「いただきますだけで良いから」

 

 

と、取り敢えず。

 

 

「いただきます!」

 

その言葉と共にパチンと音が鳴って、皆は食べ始めた。

 

ローストチキンにマルゲリータ、サラダにドレッシングも沢山ある。真ん中には恒例の人参ハンバーグ。ハンバーグはトレーナーさんの手作りらしい。

 

「シービーさんはトレーナーさんが呼んだんですか!?」

 

 

今更シービーさんがいる事に気付いたシガーさんが喜びをふりまく。しかし皆は真顔だ。シービーさんのノリに着いていける人は少ないから。

 

「呼んでない。アルデラミンじゃないから」

 

「専属時代の話ね。アタシは確かにここの部室使ってたし、そこのテレビもアタシが買ったやつだからここに居る権利はあると思ってる」

 

「…まぁ。一理あるから許してやってくれ」

 

 

神出鬼没とは当にこの事か。

 

 

「でも…こんなに食べて後日に響かないのですか…?」

 

「──」

 

瞬間、シャカールさんとシガーさんが真顔になった。

無粋な質問だったかな……。少ししてシャカールさんが口を開いた。

目が死んでいる。遠くを見つめて。

 

 

「カフェ。お前本格化は」

 

「少し前に終えました…多分本腰の練習は来週からだと」

 

「…食える時に食っとくもんだ。幸せは手放すと戻ってこねェ」

 

「は、はぁ…」

 

 

何を言っているのか分からない。

シービーさんが私の耳に口を当てて囁いた。

 

「本格化を終えた後は身体づくりの時期。キミが頑張りたい、もしくは頑張れるなら……地獄の様なトレーニングが待ってるよ」

 

「そ、そんなに…?」

 

「邁はスパルタもイケる口…望めばね。だけど、乗り越えたら強くなれる筈だよ」

 

「ほ、ホントですか!?」

 

「ちなみに完遂できたのはアマゾンちゃんだけかな〜。あ、他のウマ娘見てた時期があってね。アルデラミン出来る前の話」

 

「シービーさんは…?」

 

「ああ、アタシの時はまだ普通のメニューだったから。引退後で試しにやってみたけど死んだね。筋繊維どころか腹が裂けた心地だったよ。ブライアンが逃げ出すくらいって言えば分かる?」

 

「無理じゃないですかそれ」

 

「ま、頑張れ若者!」

 

 

軍の特殊部隊みたいなメニューをやらされるんでしょうか?

いえ、任意と言っていましたから。強くなる為には地獄も許容できる物なのでしょうか……?

 

取り敢えず今は春休み。

明日への不安は努力で解決しましょう。

 

 

「いや、カフェにはやらせん」

 

「え?」

 

「身体が出来てない。ゆっくり丈夫にしていく。今は弱い」

 

「…そうですか」

 

 

まだ、弱いですか。

……ふーん。そこまでキッパリ言わなくていいじゃないですか。

 

「不機嫌だな」

 

「……どうでしょうか」

 

 

察せられるなら他に気を遣う場所があるのでは無いですか。

 

「……」

 

「オペラオー、頬にソース付いてるぞ。こっち向け。拭いてやる。というかどうしたらそこに付く」

 

無言の抗議も含めてチラ見したら既に眼中になし。

はぁ…食事を続けましょうか。

 

 

「シービーお前もか。めんどくさい。自分で拭け」

 

「えぇぇぇ!?」

 

「いい年して騒ぐな」

 

「…………ッ!まだ十代なんだけどぉ!!」

 

「っ待て!締まってる締まってる……ぐぇ」

 

「親しき仲にも礼儀ありィ!!」

 

「ぐぉぉぉ…」

 

 

騒がしいのも、美徳ですか。

この祝宴による賑やかさは夜まで続いた。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

「うう…ん」

 

 

黄昏(たそがれ)の光。

ですがこれは夜に向かう光ではなく朝に向かう物のようです。

なので彼は誰時(かわたれどき)というべきですね。

 

そして何時も見る寮のベッドではありません。

つまり。

 

「ねて、しまったのですか……」

 

それも寝落ち。今が春休みでなければ大変な事になっていましたね。取り敢えず周囲を見渡すと…今は4時50分。

 

 

「はぁ……二度寝…は」

 

今寮に行っても意味がありませんし…というか外出届け出してませんから消えた事になりますよね…。

長期休業期間は少し緩むにしても、ルームメイトくらいには連絡すべきでしたか…。

 

 

「えーと…」

 

 

確か記憶では昨日……食事の片付けを終えた後タイシンさんとシャカールさんが帰って……その後シガーさんが寝ちゃって、彼女をアースさんが連れて帰って。二人にオペラオーさんが着いていって。

トレーナーさんの本を借りて少し読んで、そのまま……あれ、トレーナーさんとシービーさんは…?

 

 

「………いましたか」

 

ソファで寝ているトレーナーさんと、その背中に抱きつく様に寝ているシービーさん。

まぁトレーナーさんの性格を考えれば彼が先に寝たようですね。()()()に悪いので秘密に留めておきます。

 

 

「しかし…以前までは考えられませんでしたね」

 

私がこうやって人と関わり、はしゃぎ回ることなんて。

楽しい…とは、少し違います。安心が適切と感じます。

 

 

『ねぇ…毎日なにみてんの?』

 

『友達…?なに、それ』

 

『信じるわけ無いでしょ。バカバカしい』

 

『…あんた、頭おかしいんじゃない?』

 

『──気持ち悪い』

 

『友達なんているわけないでしょ』

 

 

「──ッ」

 

………少し、浸りすぎましたね。

手を握りすぎたようです。血が…。大した出血でもないのでティッシュで拭き取って手を洗いに行きますか…。

 

「……忌々しい」

 

私を何と言おうが構わない。

だけど皆を否定する事は絶対に許さない。

 

「…はぁ」

 

朝にコーヒーはいけません。

でも、飲みたくなるほど鬱憤が。

 

「そろーり…」

 

…こっそりなら、バレませんよね。

 

 

冷蔵庫のコーヒーを………

 

 

「う、う……」

 

「!?」

 

い、今トレーナーさんの声が…!

気のせいなら、幸いなのですが。

 

 

「………すぅ」

 

……身じろぎの声でしたか。

深い深い眠りにまた落ちていった様です。

 

それじゃあ冷蔵庫を──

 

 

「朝はだーめ」

 

「ひっ………!!」

 

誰かに手を掴まれた…!

びっ、びっくりして腰が…

 

 

「おっと」

 

倒れ込みそうになったのを支えられ、顔を上げると。

 

「早起きだね、カフェちゃん?」

 

シービーさんだ。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

場所を変えた。

トレーナーさんを起こしてしまうかもしれないからだ。

 

 

「いつから起きて…?」

 

「カフェちゃんよりは後だよ。人肌ってのはいいもんだねぇ。ぐっすり眠れるよ」

 

「ほ、ほどほどに」

 

「ああ、奈瀬トレーナーの事?大丈夫だよ。アタシはそういうのじゃないから」

 

「ご存知でしたか…………」

 

「あの二人の付き合いは結構昔から見てたからねー。何だかんだリスペクト精神が強いからくっつかないと思ってたけどね」

 

「どういった経緯があったんでしょう?」

 

「簡単だよ。奈瀬トレーナーのお父さん分かる?」

 

「"魔術師"と呼ばれた人、でしたか。凄い腕のトレーナーと聞いた事があります」

 

「幾らトレーナーでも人の子。娘が生き遅れになると辛いでしょ。だから少し聞いたらしい」

 

「彼女はそういうの気にしない気が…」

 

「気にしちゃったんだよ、一回。だからお見合いとか計画してたらしいけど…」

 

「けど…?」

 

「丁度よく仲良しの男が近くにいたから…」

 

「はい。充分です。そんなものですよね」

 

「これでもアタシは最近知ったほうだよ。だからアルデラミンとクリークちゃんしか知らないだろうね。何せ人前どころか二人きりでもイチャイチャしないし」

 

「はぁ…」

 

「これでも奈瀬トレーナーのチームとは付き合い長くてね…あの人はアタシ、邁はクリークちゃんって感じでお互い意見交換してきたの」

 

「そうだったんですか」

 

少しだけ気苦労が見えて口数が増えるシービーさん。

ほんの少しだけ商店街等にいるおばさんみたいと感じてしまいました。多分言ったら殺されます。

 

 

「ま、深く寝る人だから起こさないであげてね」

 

「それは、はい。分かりました」

 

 

二人で話すことは珍しい。

この人と関わること事態無いからだ。折角だから何か聞くべきだろうか。

 

 

「シービーさん…」

 

「うん?なーに?」

 

「今でも走る事は楽しいですか?」

 

「…そうだね。走る事は好きだけど、もうレースじゃない。だから他の子の成長を見る方が楽しいというべきかな。でも、引退後の懸念とかそういうのじゃないんでしょ?」

 

「はい」

 

「今を楽しめるのかっていう点ね……うーん。難しいな。アタシは邁と一緒に駆けてた時期が一番楽しかったからねぇ……多分、人それぞれだと思うよ」

 

 

私は走る事を嫌ってはいない。

ただ、走っている最中…楽しんでいるのかと聞かれれば胸を張って肯定できる程でもない。ではなんの為に走るのか。お友達に追いつく為。なぜ追いつきたい。その解答を持ち得るのは私だけだが、分からない。

ワタシハナニヲシタイノダロウカ?

 

「…カフェちゃん?」

 

「…すいません。少し考えてました」

 

「そう。話を戻すけど、例を挙げるとすれば…ブライアンみたいな戦う事を目的にレースをしてる子。テイオーみたいに目標を掲げて突っ走る子。とにかく走れればそれで良い子。何かの為に走らなきゃいけない子。君は当てはまってる?」

 

「…」

 

目標。

あの子に追いつくという目標。それはどのレースでも一緒。

だから私は常に意気に満ちているか、逆に疲れ果ててしまうかの二択。

 

 

「気が楽なのは常に楽しむ事。頑張れるのは目標を持つ事。強くなれるのは闘争心を持つ事。辛いのは走る事を強制されている又はしている事。さぁ──好きなのを選ぶんだ」

 

「…!」

 

目の前にいる先輩の様子が変わった。

三冠の演出家。ミスターシービーが此方を見据える。

 

 

「君は─どうしたい?目の前にいるのはいつかの離岸風。君の周りには既にその葛藤を乗り越えた強者。トレーナーは若き天才。選択肢は無数にある。アドバイスの要求?併走?なんなら違うチームに移籍しちゃっても結果次第じゃ間違いじゃない」

 

「っ…それは」

 

「まず、()()()。その悩みはデビュー前に解決するものだよ」

 

 

その言葉は、私の今を見透かしていた。

 

 

 

 

○○○○○○○

 

 

 

「おい」

 

 

朧気な意識が少しだけ開く。

 

 

「…おい」

 

無愛想で荒っぽい、だけど相手を離さない声。

 

 

「起きろ。朝だ」

 

……目を開ける。

 

 

「…ブライ、アン」

 

「電気のつけっぱなし。少し話題になってたぞ」

 

「…お前、今日休みじゃ…?」

 

「生徒会だ。ウマ娘の練習がある以上活動しなきゃならないからな。今の時間は朝の6時半」

 

「そう…か。早起きだな」

 

 

周囲には誰もいない。

カフェも、シービーもいない。二人が帰った記憶が無いから…恐らく俺が寝ている途中で帰ったか…?

それならそもそも電気を消す。なら、3人で寝落ちしたか?

 

 

「シービーの匂い。誤魔化すなら言い訳を考えておけ。私は分かっているが、誤解される」

 

「…どこから匂いが」

 

「背中。これで大方の状況は把握できたな」

 

「…上を着替える。あっち向いててくれ」

 

「…」

 

 

ウマ娘の嗅覚は鋭い。

加えて判別もつく。シービーにあらぬ誤解があってはならない。その為に着替えるのだが、ブライアンは頑なに此方を見続ける。

 

「なんだ。見るな」

 

「減るものじゃない。別に上半身くらい見られて恥ずかしい仲でも無いだろう」

 

「おこるぞ」

 

「女々しいな」

 

 

久しぶりのクソガキスタイルだ。

変に子供っぽい所あるからなコイツ…。

 

……仕方ない。

 

「…ふむ。良い身体だ」

 

「感心しないぞ、お前」

 

 

太り気味にすらならないお前が言うと説得力がある。

ルドルフですら最近少し太ったらしいからな。

 

 

「取り敢えずシャワー室に行く。購買で何か買ってくるか?」

 

「肉巻きおにぎり」

 

「分かった」

 

起こしてくれたお礼だ。遠慮の無い要求はありがたい。

俺はシャワーで身体を清める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2つで良かったか」

 

「ああ。昼は軽く済ませたいからな。このくらいでいい」

 

「朝は?」

 

「学食。昼は少し外出するんだ」

 

 

勤勉なブライアンは最近となっては珍しいものでも無い。

生徒会のメンバーとして日々働いている。それは、学園を見てきて気が変わったのか、ビワハヤヒデの様な責任感が移ったのか。

 

 

「メイクデビュー。初日から勝利とはいかなかった様だな」

 

「…ああ」

 

「アンタはメイクデビューへの気合が凄まじいからな。アイツも緊張しただろうさ」

 

「圧をかけすぎたか…?」

 

「圧をかけて走れなくなるならレースは向いていない。運もあっただろう」

 

「…そうか」 

 

「……アイツはどっちになるんだろうな」

 

 

マンハッタンカフェ。

速度よりも心肺機能の強さを持っており、体力を長く保たせる走りを伴えば菊花賞レベルも走りきれる。現時点では中距離クラスで精一杯だが、グングンと力を伸ばすタイプでは無いだろう。

じっくりやるべきである。

 

そしてブライアンは俺の担当に3つの規則を当てはめている。

①:絶対的な強さを持ち合わせる者。該当者はオペラオー、ブライアン。ブライアンにとってはシービーもソレである。

②:ライバルや強者に勝つ為に力を追い求め、やっとの思いで勝てる者。該当者はタイシン、シガー。

③:②の執念により敗北する者。該当者はシャカール。

 

そして、その規則に当てはまらない者は学園内でも曲者と揶揄される。該当者はアース。

大体は②と③である。

 

 

「カフェはカフェだ。それに一人で走る訳じゃない」

 

「チーム、か」

 

「元々アオハル杯が無くてもチームなんだ。何の為にあるかは分かるだろ?」

 

「ああ」

 

「結果を俺から求める気は無くは無いが、本人がどう思うかを先決にする。それがいい」

 

「…アンタがそういうスタイルなのは百も承知だが、敢えて聞かなかった事を今聞く」

 

「?」

 

 

敢えて聞かなかった?

何をだ。

 

 

「海外を目指す奴がいたらどうする」

 

「……ああ」

 

なる程。確かに一人が遠征に行って他は日本だと指導がバラバラになる。リモートでも出来なくはないが、現地で見ている方が怪我も防げる。

理想は優秀なサブトレーナーを雇う事だろう。ただし、助手としてチームに特化してもらう必要がある。故に難しい。メニューを読み上げるだけなら誰でも出来るが、ウマ娘の身体の機敏には長い学習が必要になるからな。

 

 

「確かに大変だ」

 

「そうだろう。私の時にシリウスの誘いを断っていたのを見て、どうなるかと想像した事があってな。恐らく無理だろう?」

 

「だが、アルデラミンなら出来る──そういうチームとして鍛えた。自身の身体について理解させたからな」

 

「という事は、海外側に着いていくと?」

 

「そうなる。ただ、カフェが海外に行くとは思えない」

 

「分からんぞ。人は誰しも一物を腹に抱え込んでる」

 

「海外まで進もうとする野望か?…はは、何だかルドルフのイメージだ」

 

「生憎失敗したがな。私もそこまでは及ばん。どっちもは難しいという事だ」

 

 

海外遠征。日本のウマ娘は一部海外でも活躍する事がある。しかし、海外の土地は彼女等にとって新鮮なる物。土地も、ターフも、相手も何もかも変わる。特に海外のウマ娘の体躯は日本のソレとは別物。パワー勝負が目立つ。

 

そして有名なのは凱旋門賞。

日本は毎年選ばれたウマ娘を参加させているが、一度も勝てていない。エルコンドルパサーですら2着という結果に終わった。歴代を見れば分かるが、2着というのも大変素晴らしい結果であり、祭りになっても可笑しくない騒ぎであった。

 

だが、勝てない。

ある種のジンクス…いや、呪いだろう。日本は未だに執念に取り憑かれている。

 

 

「最近は特に強豪が揃ってきている。運に任せるには笑えない状況になっているらしい。どうする」

 

「JCの結果を見ていれば分かるが、最早日本はあまり舐められていない。こっちの意固地に付き合うのは凱旋門賞を走りたいウマ娘でいいんだ。無差別に選んでくれるなよ。生徒会」

 

「…選抜の一助になってる事、バレてたか」

 

「その時期でルドルフの顔が疲労困憊。嫌でも分かる」

 

 

生徒会から解き放たれたルドルフは最早高校生。

シリウスをからかい、からかわれ、口論の末太り気味を指摘されて撃沈。学力に変わりはないが、最早別物である。

 

 

「…そういえば、次期生徒会長は結局」

 

「エアグルーヴだ。その次は恐らくあの二人」

 

「会長はどっちだ?」

 

「多分テイオー。自由な会長というのも悪くないだろ?」

 

「お前は…うん。無いか」

 

「私は横で見ている方が楽でいい」

 

そこはやはりブライアン。

自分が頭になるタイプでないと思っている様だ。カリスマ性で言えば悪くは無いと思うが…。

 

 

「ところで、今日は何かあるのか?」

 

「カフェは休み。他は筋トレの日だ。トレーニング室を使う」

 

「そうか。アンタは?」

 

「…いや、だから」

 

「アンタは筋トレしないのか?」

 

「……………はぁ?」

 

 

たわけ。

 

 

「なんで」

 

「何となく」

 

 

………今日の練習は昼から。

早朝なら或いは…てか何で乗り気なんだ俺は。

 

太ったか?いやでもさっきブライアンが良い身体だって…。

くそ…なんだこのもどかしさ…やればスッキリするか?

 

 

「……じゃあ、やる、か?」

 

「うん。やろう」

 

 

朝特有の働かない頭で俺達はトレーニング室に向かった。

 

 

「シャワー…浴びたんだけどなぁ…」

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

「…ッふ!ッ!」

 

「遅ぇぞ!!もっとバ(りき)上げろ!何の為に走ってると思ってんだ!」

 

 

 

………目の前には混沌。

ランニングマシーンで全力を出しているルドルフと、鬼教官の様に竹刀を肩に乗せているシリウス。

彼女等以外に人はいない。早朝にトレーニング室は大抵使わないからだ。

 

 

「あ?スグ。どうした?……それと、久しいなナリタブライアン…!」

 

「朝から騒がしい事だ。程度が知れる」

 

「これは…?」

 

「見たまんまだ…この腰を見てみろ。この贅肉、恥ずかしいだろうがよ」

 

「シリウス…!言うな…!!」

 

「まだ終わってねぇ。無駄口聞いてねぇで走れ」

 

「ッ……!!!」

 

 

そのままシリウスを殺しそうな視線を向けるルドルフ。

なる程。太り気味が苦痛なんだな。

 

 

「なんでお前が?」

 

「ああ、単純に私も運動だ。引退したと言っても、女にとってプロポーションは大事だ。なぁ皇帝サマ?」

 

「………」

 

「スグは?」

 

「俺も久々に身体を動かしたくなった。一応校則でトレーナーも使える筈だ。空いている場合のみだがな」

 

「良いねぇ。で、そこの無頼漢は?」

 

「私がソイツを連れてきた。暇だから見ているだけだ」

 

「ふーん。まぁ指加えて見てな。私達の併走を」

 

「……何を言っているんだ?」

 

 

ブライアンの疑問も分かる。

シリウスはブライアンに敵氣心を持っているからな。よく分からん会話もする。

 

 

「じゃあ走ろうぜ」

 

「速度は…えーと」

 

「スグだからウマ娘並で良いだろ」

 

「冗談」

 

「試しにやってみろよ〜」

 

「…マジか」

 

 

恐る恐るマシンを起動する。

…うわっ!

 

 

「うおっ…!早!洒落にならん!俺はやっぱり人間だ!!」

 

「何当たり前の事言ってるんだよ」

 

「くっ……いや、でも、あ。行けるかも」

 

「は?」

 

「走れそう」

 

「マジか」

 

「マジ」

 

 

そりゃランニングマシーンだからウマ娘の全力走行スピードには及ばない。しかし人間の全力疾走は超える。

でも、何か行けそう。実際走れてる。シリウスが負けじと食いついてきた。

 

 

 

「風になってる様だ…!」

 

「シービーみたいな事言ってんじゃねぇ!」

 

「というか!何か隣のマシーンが勝手に動いてるんだが!」

 

「はぁ!?んな訳……ガチだこれ!?」

 

「誤作動ってあったか…!?」

 

 

隣でグォングォン音を立てて作動しているランニングマシーン。だが誰も乗っていない。乗っていない様に()()()

…まさか。

 

 

「……ほい」

 

一時走るのを中断して、曰く付きのマシンの電源を切ってみる。すると…?

 

 

「うおっ!?」

 

突然手すりに打撃音。

シリウスが驚くのも無理は無い。これはサンだ。サンがランニングマシーンを使っている。視認できない故に怪奇現象。気持ち良く走っている中突然電源を切られたのだ。怒って手すりを叩くのも仕方がない。

 

少し離れるか。

スマホをチラつかせて室外のベンチに誘導する。

 

 

「多分もう動かない。安心して走るといい」

 

「……スグは?」

 

「急用ができた。また今度一緒に走ろう」

 

「……!ああ!」

 

 

またほんの少しの楽しみができたが、今はサンが先決。

スマホが宙に浮いたのを確認して外へ出る。

 

「おいスグやっぱおかしいぞ!?」

 

 

…説明は不要。

怪奇現象に動じない心が必要な時代だ。気張れシリウス。あとダイエット頑張れルドルフ。

 

 

「さて、何をしてるのか」

 

周りにウマ娘がいない事を確認して声を出す。

そういえばブライアンが消えていた。怪奇現象で面倒くさい事が起きると察したか。即座に逃げた。

 

逃げ足も優れているのかと少し感心していると、スマホの検索アプリに文字が入力された。

 

『走ってたんだけど。何で邪魔するの』

 

「傍から見れば怪奇現象。怖いだろ。後何で走ってたんだ?」

 

『何でって…ウマ娘だから走らないと遅くなるでしょ』

 

「お前はカフェの前を走ってると言ったな?」

 

『うん』

 

「カフェが追いつけないのはお前が強いからだと言っていた」

 

『嬉しいなぁ』

 

「……お前、コソ練してたのか」

 

『霊体とはいえこの世に干渉できるんだよ?そりゃぁ…筋トレも走り込みもするよ』

 

 

サンが元々強いのは間違い無いが、まさかカフェの前を走るのに練習していたとは。

 

「いつ練習しているんだ?怪奇現象の事例がもっとあっても良い筈だが」

 

『カフェが寝ている隙にちょこっとね…』

 

「………これは俺の落ち度だが、カフェは未だお前に依存している。本番ですら前を走るお前を意識しなくてはならない」

 

『試しに消えた結果がメイクデビュー初戦……まさか負けるとはね。今回のパーティー、邁がミスターシービーを呼んだんでしょ』

 

「ああ。だが、周りには隠した。パーティーはカフェが最後の一人になる様にしたが、やはり悩みを隠している。シービーには聞き手になる様に伝えたが、朝まで進展が無かったようだ」

 

『結論から言うとね、カフェは塞ぎ込んだよ』

 

「シービーは優しいが甘い訳ではない」

 

『この後のメンタルケアは?』

 

「先ずカフェにとっての言い訳を作る。身体が出来ていないだとか、本格化を終えていない等、自信にはならないがそういう物として受け入れさせる必要がある」

 

『実際身体を判断力で補ってたのが今までだもんね。レース的な頭脳は私との走りで培われてる筈』

 

「そして、筋トレを見学させる。生憎と身体の理不尽はタイシンが乗り越えた。希望はあるだろう。それでやる気を出さないならば併走地獄だ」

 

『地獄?』

 

「併走は大事だ。先輩と走れば勝てなくとも拮抗という結果次第で自信が培われる。同世代ならば負けても闘争心を刺激できる。後輩ならばその意気に触発される。難しいのはカフェの人付き合いが良くない事」

 

『……うーん』

 

「同世代のアグネスタキオンは予め数個のチャートを組んでいるが故に迷いが無い。更には脚も良い。カフェに劣等感が芽生えるかもしれない」

 

『つまり?』

 

「矯正」

 

『把握。それじゃあね』

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

─午後3時45分

 

 

「シガー!呼吸が乱れている!全盛期は過ぎた等とは言い訳出来ないぞ!」

 

「はい…!頑張ります…!」

 

「シャカール!身体が動いていないぞ!ロジカルだけか!?根性が足りない!!」

 

「うっせェ…!舐めんな…ッこれからだ…!!」

 

「他は言うこと無し。励め!!」

 

 

身体をつくる根幹は、壊して作る事。

筋肉痛はソレの分かりやすい例だが、毎回筋肉痛にしては意味がないだろう。際限もなくなる。

 

先ずは負荷に身体を馴染ませる事。負荷をかけて、そのウマ娘それぞれに適した量のウェイトをこなして、その結果筋肉痛にならなくなるのが理想点。

だが、苦痛は伴う。レースとは違う臨界点。現在を超えるという意識は走る事以上に求められるかもしれない。

 

筋肉が付きすぎて身体が重くなる事も避ける必要がある。カフェ以外はもうそれ等を気にする程の状態では無いが、オーバーワークというのも存在するのだ。

トレーナーとして特別な技能が必要ない分野の指導だが、だからこそミスを絶対に出来ないのである。

 

俺は横に立つカフェに念を押す。

 

「いいか、正しい呼吸法を見につけろ。声を張り上げても良い。練習では偶像(アイドル)性を全て捨てる。周囲への世間体(自尊心)は──」

 

「何の価値もない、という事ですね…?」

 

「そうだ。寧ろ、周りも俺達を気にしない」

 

「…私は、貧弱な身体をしていますか?」

 

「不相応と言うべきか」

 

「…?」

 

「本来本格化に合わせて行う練習が、カフェの場合…サンが前にいた影響か一段踏み込んだ物になっている。つまり、段階が合っていないのに無茶な走り込みをし過ぎていたということだ。サンには何か言われていなかったのか?」

 

「確かに…余り脚を使わない様に、と言われていました」

 

「…中々天然だな、カフェ。苦という概念をすっ飛ばしてるぞ」

 

「失礼です…」

 

 

カフェは謂わばオーバーワークを日常的にしていた部類に入る。教官が平等に課す走り込みも前のサンを追いかけていた為に飛ばし気味に。

脚だけはサンに注意されていたおかげか護られているようだが、それ以外はまともな身体に鍛えられていない。肺活量が唯一の成長点だろう。

 

何故なら、本格化を迎えていない状態は成長が遅い事に加え、肉体の酷使により筋肉と脂肪が削がれて不健康に陥りかけている事。

つまり走るのが辛い身体になっている。その点を踏まえて修正したいが、最早年単位の積み重ねだったようで、中々時間が

かかりそうだ。かくなる上は…。

 

「…もし、本当にままならないなら。長期休養も考えている」

 

「トレーナーさん…!それは……!!」

 

「サンのいた世界はお前にとって当たり前だったのは分かる。だが、それでも追い越す気には早すぎた。今のお前の身体は予想以上に弱っているぞ」

 

「…っ」

 

「土曜は併走をしてもらう。その時に改めて判断を下す」

 

「…分かりました」

 

 

納得はしているが、いつ鬱憤が漏れるか分からない状態だな。

デビュー出来て勢いに乗りたい時期だが、事情が変わった。その時に備える為には見極めが必要。

 

「今は死ぬ気で学べ。一番の課題は身体を作ることだからな………そこ!アースお前今サボったな!」

 

「げっ!?」

 

「そういうとこだぞお前!」

 

「大目に見ろよぉ!」

 

「愚問!」

 

 

カフェ以外にも目を配ら無きゃ駄目そうだ。

 

 

 

 

──────────

 

 

─土曜日 午後2時30分

 

 

 

「集合!!」

 

 

グラウンドに存在するのはカフェ、オペラオー、シガー、アース。

他は休憩中だ。

 

 

「併走の予定時間かい?」

 

「その前にもう一人にいる」

 

「…何方ですか?」

 

「今呼ぶ」

 

覚悟を決めてある名前を呼ぶ。

そう、今までずっと避けてきた相手。相手を差して()()()退()()の覚悟を持つ者。

 

 

その名は──

 

 

 

「グラスワンダー!お願いします!」

 

「何故敬語………でも、確かにお受けしましたよ」

 

 

ベンチに座っていたのに俺で隠れていたグラスワンダー。

ぬるっと忍者の様に俺の背後から現れる。

 

 

「ぐ、グラスさん!?」

 

「久しぶりですね。オペラオーさん」

 

「トレーナーさん…どういう伝手ですか?」

 

「リギルには貸しがあったんだ。…それで、併走をお願いします…」

 

「ええ、ええ。アルデラミンと走れるなんて願ってもない機会です。皆さん、楽しみましょうね…?」

 

 

グラスワンダー──黄金世代の一人。

マイル、中距離、長距離のGⅠを勝ち得た。と言ってもあくまで2500mまでが安牌か。

鋭い差し足に執念深いマーク。本当に正しい意味で相手を追い詰める走り方は彼女が第一人者では無いだろうか。あのエルコンドルパサーやスペシャルウィークと競り合い、譲らない戦いを繰り広げた。

 

 

今までまともに話した事のない相手だった。

いざお願いしてみると含みのある表情で薄ら笑い。しかも此方を見定めてくるかのような視線。俺の意志は彼女に怯えきってしまった。話し始めても最早敬語。名前だけはそのまま呼んでいるが、もし気を損ねたら……。

 

 

「何か勘違いをされている様ですが、私はとても嬉しい提案でしたよ。……聞いてませんね」

 

「その…グラスさんの事が苦手なのかもしれないね」

 

「とても心外です………とても」

 

「グラスワンダーさん!握手良いですか?」

 

「良いですよ〜」

 

 

グラスワンダー怖い………

 

 

「トレーナーさん。そろそろ戻って来て欲しいです」

 

「……ああ、すまん。カフェ、走れそうか?」

 

「私とシニア期を超えた方々では差がつきすぎるかもしれませんよ…?クラシックすら走っていないのに…」

 

「案ずるな。少し抑える様に言ってある」

 

「手加減と言う事ですか?」

 

「手を抜く訳じゃないが…カフェには合わせるだろうな。無論勝ちに行け」

 

「…ままならない物ですね」

 

「不満か?」

 

「私が、どれだけ自分について無知だったのが分かりました……でも、頑張ります」

 

 

カフェそう言うと曖昧な笑顔でサムズアップをした。

心が浄化されたのが判った。今すぐこの聖人を褒め称えて学園中に紹介したいレベルで嬉しかった。今を楽しんでいる様だ。

 

 

「スタートまでに5分の時間を与える。それまでにアップを改めて済ましてくれ。カフェ、シガー、オペラオー、アース。やり方は問題ないか?」

 

「問題ありません!」

 

「大丈夫そうです…」

 

「ああ」

 

オペラオーは無言の決めポーズと。そしてグラスワンダー。

 

 

「グラスワンダー、時間は問題無いでしょうか」

 

「元より準備は完了していますよ。あと、敬語はいりません。ヒシアマ先輩の時の様にしてください」

 

「……分かりまし──」

 

「──はい?」

 

「分かった」

 

 

いや、わかるんだ。

グラスワンダーは別に相手を怖がらせようと圧をかけている訳では無いし、穏やかで優しい子だと言う事も承知している。でも、レース中の覚悟の格が違いすぎるんだ。

それを日常の彼女に投影してしまう。

 

 

「それと、序盤は少しカフェに合わせて欲しい」

 

「はい、それも承知していますよ。貴方がヒシアマ先輩を強くした恩の為、カフェ先輩が強くなれる一因になるという趣旨。そうトレーナーさんから言われましたから」

 

「東条先輩が…?」

 

「やはり、以前の事については恩を感じていたようです。報酬も何も無し、という訳では納得出来なかったようですね。無論、私も同じ考えですが」

 

「…でも、体の良い併走として頼んだのは申し訳無いと思っている」

 

「たった一度の併走です。構いません」

 

「…ありがとう」

 

「それに…私、もう大分足が遅くなって来たんです」

 

「!」

 

「ドリー厶レースには参加させてもらっていますが、もう前線は引いた身。それ以降走る事がこんなに楽しみだなんて思ってもいませんでした」

 

「……なら、もう一つ引き受けてくれるか?」

 

「ご意思のままに」

 

「ラストスパート…全員潰すつもりでぶち抜いてくれ」

 

「"潰す、ぶち抜く"だなんて…まぁ」

 

口調では汚い言葉を咎めるようだが、その表情は喜悦に満ちていた。

 

 

 

「私は以前の様に──冷静に猛る。それだけですよ?」

 

 

 

その3分後、併走トレーニングが始まった。

 

 

 

 

○○○○○○○○

 

 

 

──併走レース──

出走者:テイエムオペラオー、シガーブレイド、レリックアース、マンハッタンカフェ、グラスワンダー。

距離:2000m。

特別ルール:テイエムオペラオー、シガーブレイド、レリックアース3名はマンハッタンカフェの速度に合わせて前を走る事。グラスワンダーもそれに伴うが、最終直線のみ本気を出す事を許可する。

 

 

「ルールの確認は以上。改めて協力に感謝する」

 

「いえいえ…では、合図を」

 

 

併走というのはレースの実演では無い。

それは模擬レースというものが存在する。併走は、速さと体力の度合いを図るもの。強者とどれだけ渡り合えるかを目的とした物でもあり、下級の者を受け入れる儀式の様な側面もある。

 

邁は今回、カフェがどれだけ順当に走れるかという点に着目している。全力で走り、身体に何らかの不具合が発生するならば休養も止む無し。もしくはそもそも全力を出しきれない程に弱っているならば即断もあり得る。

 

だが、カフェに緊張は無かった。

自分を客観的に見つめる事は難しい。しかし彼女は自身のトレーナーにそれを促されたのだ。客観的に見つめる様に意識をすれば出来てしまう。隔絶された視点を持っているという理由でそれが出来てしまった。それが、カフェの強みだった。

 

だが、人が持ち得ない視点─お友達を意識しすぎてしまった事。一般の意識から離れ過ぎた事が彼女を弱める原因でもある。

だからこそ──

 

「──盗みます」

 

「ええ、出来るのなら」

 

ニッコリと笑みを絶やさないグラスワンダーに圧をかける。

カフェには彼女程の執念を持っていない。彼女程鋭くない。彼女程()()()()

 

そう、()()

有名な話ではタマモクロスの差し足。数多くのレースを超えてきた猛者たちを涙させた程の圧。

 

 

圧倒的な逃げは感嘆である。

圧倒的な先行は納得である。

圧倒的な追込は驚愕である。

 

 

 

──圧倒的な差しは恐怖である。

 

相手に恐怖を与える差し足を持つ者は強い。

カフェはそれを持ち得ないと自覚しているが、差しの技術を盗もうとしている。

この時点でのカフェのコーナー周りは非常にスムーズで、シニア期のウマ娘にも匹敵する程に洗練されているが、スパートで先頭に追いつけるだけの感覚が備わっていない。

 

カフェは覚悟を決めた。

自ら恐怖に突っ込んでいく気概を。

 

そして、刹那の時…カフェはそれを見た。

グラスワンダーの笑みが消え、相手を萎縮させる殺意の潜心に変わった瞬間を。

 

 

「スタート!!」

 

 

元来、スタートは運である。

位置と自身の感覚が織り成す阿弥陀クジ。ただ少人数の併走では実力が物を言う。

覇王(オペラオー)、快活のスタートであった。

 

だが、レースを作るのは逃げである。

 

 

(手加減は苦手だ)

 

アースは乗り気では無かった。

だがこれが単純な併走では無い事を理解している。カフェにとって大事な何か。

 

アースは興味を持たない。

彼女にとって大事なのは走る事と、どう走る事が自身と付き合う事になるのか、という点である。気分屋は無意識では無い。気分屋というのは気分屋本人が一番自覚している天性の習性である。

そんな彼女が少しだけ、カフェに同情した。

 

(誰よりも広い世界に住んでるのに、誰よりも狭いとこしか見てないなんてな。それはそれとして、簡単にへばるなよ…!)

 

 

彼女はほんの少しだけギアを上げた。

逃げはレース全体のペースを作る上で欠かせない存在。邁にとっても、今回特に必要なのはアースとグラスワンダーであった。

 

 

「着いてこれるか!?」

 

「望むところです…!」

 

多少手を抜いたとしてもシニアを経験した逃げ足はかなりのハイスピード。負けじとカフェが食らいつく。

やはり基礎スタミナが異常に多い。呼吸器系に心配は無いだろう。問題は筋肉への疲労。

 

その光景を見てグラスワンダーは分析する。

 

 

(なる程。私がデビューした時よりも圧倒的に強い肺を持ってますね。しかし、長続きするタイプに見えないのはきっと……()()がまだ速いのでしょう)

 

カフェの後ろにゆっくりと着いているグラスワンダーはスパートを待っている。

未だ走って1000m。焦る時間では無い。

 

 

そして逃げの後ろを走るオペラオーは静寂に包まれている。

カフェが心配で仕方ないシガーと違い、自分の調整をしているかの様に慎重だ。

 

 

(……やはり、カフェの足には光る物がある。が、同時に今では諸刃の剣に何ら変わらない。最後はアースからグラスワンダーに意識が引っ張られるだろう。その時に観察をしてもらいたいが)

 

 

邁は確かに優れたトレーナーである。

だが、チームの指導という物に対してはリギルやスピカに一際劣る。専属契約での指導ならば過去最優と揶揄される彼だが、純粋に経験が足りないのである。

 

アルデラミンの加入順はタイシン、アース、シガー、シャカール、オペラオー、カフェである。

癖があると言っても一人に時間を割けたタイシンとは違い、カフェの問題は並行処理しなければならないのだ。中でもオペラオーは未だ健在。目をそらせない環境がそこにはあった。

 

 

「残り約500m……出るか、グラスワンダー」

 

 

アースがそろそろ後ろとの差を縮める。

オペラオーが変わらず前を走り、シガーが一気に脚を収縮させた。そしてカフェは…まだ走れていた。

 

 

(太腿が………重……裂けてるみたいで、す…!)

 

 

ランニング初心者に良くある、太腿が真っ先に疲れる現象。それに類する苦痛を味わっていた。

そこを見逃すグラスワンダーでは無い。

 

 

「……!」

 

 

相手の隙を突くのが差しの強さでもあるが、グラスワンダーはそれに加え自身の才能とも言える身体能力を押し付けるレースを作った。

宝塚で腑抜けた宿敵(スペシャルウィーク)を倒した時もこの様な感覚だっただろうかと、彼女は追憶する。

 

(…いえ)

 

追憶したところで、違うと判断した。

スペシャルウィークの場合は迷走。カフェは走る地点に立ってすらいない。何方がマシかどうかは各々の裁量次第だが、彼女は後者を救える存在だと判断した。

 

 

ならば──発破をかけるのみ。

 

 

「来ないのですか…!?」

 

「なん、ですか…?」

 

「痛み程度で着いてこないのかと聞いているのです!!」

 

 

カフェが思わず敵意を向け、痛みを堪えながら進み続けた。

それを見てオペラオーが笑った。

 

 

(走っている途中に発破…珍しい事もあるね。グラスさんはレース後に(さと)す様にしていたのに)

 

彼女なりの感情の変化があったのか。

それは誰にも分からない。

 

残り100m。

 

アースが完全に落ち、オペラオーが前に走るもルールによりグラスワンダーに先を譲る。

そこをカフェが駆け抜ける。ただ差は広まる。

 

 

(良い気迫です。敬意を評します…カフェさん)

 

「くっ…!」

 

 

結果は予想通りだった。

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

レース後のダウン。

汗を拭き取り、皆がストレッチを終えた。

 

そんな中で邁はグラスワンダーに頭を下げていた。

 

 

「本当にありがとう」

 

「頭を上げてください。私も良い刺激になりました」

 

「それで…どうだ?評価的に」

 

「間違い無く走る気概に満ちています。しかし、体作りの順序が乱れている様です。本来筋力と体力を両天秤にかけて鍛えるものが、体力に偏っているせいで無茶を強制している。何があったのですか…?」

 

「簡単に言えば、教官の指導時代に鍛えすぎたと言う事だ」

 

「…オーバーワークは止められるのでは?」

 

「カフェは表情を変えない。加えて教官は100人単位でウマ娘達を見る。分からないのも無理は無い」

 

「そうですね…本人の気質ゆえ、という形に…」

 

「もっと早く目をつけていればこうはならなかったのかもしれない……タイミングが悪いな、俺も」

 

 

邁はベンチに座って空を見ているカフェに近づいた。

 

 

「取り敢えず、結論から言うぞ」

 

「…………」

 

「カフェ?」

 

「………」

 

「どうした」

 

「………」

 

「グラスワンダー。こういうのって何だ?」

 

「無気力状態……?いえ、白熱し過ぎて自分の世界に籠もりましたか?…失礼」

 

 

グラスワンダーに頬をツンツンされても戻らないカフェ。

柔軟の時は意識があった様に見えたが、何かあったのか二人は焦り始める。しかしそれは杞憂に終わった様だ。

 

 

「……すいません。少し浸っていました。それで、結論は」

 

「あ、ああ。結論、レースに出走させる事にした」

 

「……!ということは!!」

 

「だが」

 

「…?」

 

 

こういう時の「だが」は、大抵良くない事を言うものである。それを察したカフェは、苦手な紅茶を淹れられた時の如く顔を歪ませた。

気にせず邁は話す。

 

「2回で判断する。掲示板入りを果たせなければ休養。そして練習中に問題が発生すれば即座に休養。良いな?」

 

「随分…上位主義ですね」

 

「譲歩はした。やはり危うい。本来ならば休養にするが、様子を見たい」

 

「分かりました…では、頑張ります」

 

 

 

 

 

 

──結果から言って。

カフェは二度目のレース─アザレア賞で11着を取り、体調不良を理由に休養を迎えた。

 

アルデラミンの新星として注目されていたカフェだが、その期待を大きく下回る結果となってしまったのだ。

記者会見で見せた彼女の不愉快極まりないと言った表情は違う意味で有名となったが、世間の対応は殊の外優しかった。

 

時代は変わった。

ウマ娘の感情を優先させるあまり故障を連続させていた根性精神の時代から、単純に身体を思い図る時代になったのだ。

今の時代はスターを求めてはいない。ただ、純粋な走りを。

 

 

 

 

一方同時期。

アオハルプレオープンでキャロッツが勝利した。

 

チームメンバーを増やし、出来ることを追求した結果だ。当然と言える。

 

 

 

しかし──ライスシャワーは一度も勝てなかった。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

─4月某日。

 

 

「……なぁ」

 

「何でしょうか」

 

「お互いに見つめ合って、何時間経った」

 

「3時間です」

 

「バ鹿か」

 

「お互い様です…」

 

「それで、結局現地はいいのか?」 

 

「はい…テレビで構いません。私と彼女の関係はそれでいいんです」

 

「タイシン達は見に行ったぞ」

 

「トレーナーさんも行けば良かったじゃないですか」

 

「動く度に『行ってしまうのですか…?』なんて言われれば行っちゃ駄目なのかってなるだろ」

 

「ふふ…あれは冗談です」

 

「……大分ここに染まってきたようで何よりだ」

 

「それで…タキオンさんは勝てると思いますか?」

 

「勝つ。嫌な自慢だが敵の勝ち予想は死ぬほど当たる。自分のウマ娘が走るレースでさえ、相手の勝利を感じるんだ」

 

「勘じゃないですよね…?」

 

「少しだけ勘も混じる。だが、身体的特徴からして調子は分かる。葛城ならもっと理論的に説明出来るだろう。俺はアイツよりトレーナー学の成績が悪いからな…」

 

「葛城トレーナーは頭が良いのですか?」

 

「天才というやつだ。実家が農家だぞ…何で目指しただけで中央試験満点取れるんだ…?」

 

「それは…凄いですね」

 

 

 

 

 

 

「……それで」

 

「ん?」

 

「話していただけないでしょうか」

 

「何をだ」

 

「妹さんの事…です」

 

「何故知りたい」

 

「私は霊的存在を機敏に感じ取ります。だからこそあの時の霊が化けた妹さんの気持ちに同調してしまった………だからこそ、本来の妹さんについて知っておきたいのです」

 

「……分かった。だが、暗い話になる」

 

「…お願いします」

 

 

 

 

「まず、名前はガーベラロベルト。と言ってもその名前で呼ぶのは家族と葛城だけだ」

 

「競争名…」

 

「だが、走れる身体に産まれなかった。更には病弱で、俺が18の頃には余命も宣告されていた」

 

「……」

 

「そして、亡くなった。シービーが休養から復帰する少し前にな」

 

「そう、なんですか」

 

「ロベルトは明るかった。学校でも人気者で、皆笑顔で車椅子を押していた。そのくらい、ロベルトと一緒にいるのが楽しかったんだろうな」

 

「私とは正反対の様ですね」

 

「…スルーするぞ。ロベルトは気を遣うのが上手かったが、唯一俺にはおねだりをして来た」

 

「おねだり…?」

 

「ゲームセンターに連れて行って欲しいと」

 

「遊ぶのが好きだったのですか?」

 

「遊んでみたいという事だった。だがゲームセンターの機器は殆どが身体を動かす物ばかり。結果的にボタン操作のUFOキャッチャーで遊んでいた。人形が取れなくて、初めての我儘泣きだったな…あれは」

 

「分かります…」

 

「それで、当時中学生の俺に取ってくれと言うのだから、やってみたが…俺も取れなかった」

 

「それで…どうしたのですか」

 

「その日を堺に俺は週末、友達とUFOキャッチャーの修行に励んだ」

 

「え」

 

「俺の友達もロベルトの為に尽くす変な男だった。だから皆で鍛えまくった。お小遣いは新聞バイトだ」

 

「そこまでしますか」

 

「全てはロベルトの笑顔の為。そして無事俺が人形をプレゼントした。母さんからは怒られたがな」

 

「…」

 

「そして中卒トレーナーになれと言われて、勉強が忙しくなって……ロベルトは俺の横でずっと応援してくれていた」

 

 

 

「……最期まで、笑っていたよ」

 

 

 

 

 

「…こんなものだ」

 

「…失礼を承知で聞きますが…あの時化けた妹さんは全くの別物。侮辱を通り越して冒涜…。何故、真に受けてしまったのですか」

 

「厳しいな」

 

「妹さんの死を哀しんだからこそ…貴方ほどの意思の強さを持つなら跳ね除けられた筈です」

 

「……何で、だろうな」

 

 

 

「本当に、妹の霊だと期待してしまったんだろう」

 

「……ごめんなさい」

 

「会話に於いて後から謝るのは駄目だぞ」

 

「…」

 

「だから言うのは嫌だった。カフェなら問題無いと思うが、他の奴が聞いたら駄目だ。俺の周りには優しい奴しかいないから、俺の事を気遣ってレースに無理して勝とうとする。余計な責任感を持たせたくない」

 

「タイシンさんとか…ですね」

 

「誰だって抱え込んでるんだ。色々。タイシンはその傾向が強いだろうな。こう言っては何だが、引退の決意をしてくれて安心したよ」

 

「え」

 

「知らなかったのか。ドリームリーグにも出ないそうだ。トゥインクルでタイシンの脚は限界だ。ファンの期待に答えて壊すよりはよっぽど上等だろう。アイツが一人で考えて決めた事。立派だ」

 

「引退後は…どの様に」

 

「そこは俺の知る余地は無い。社会でも活躍できるウマ娘だ。心配は無い」

 

「そうですね…」

 

「それよりも心配なのはブライアンだ。アイツときたら社会を舐め腐っている。何もせずとも需要があれば雇われるものだと勘違いしている。ルドルフと違って頭が特別良くも無いのに……ほんと…どうするつもりだ…」

 

「私もタキオンさんが捕まらないか心配です。いえ、彼女が捕まらないこの国の司法自体が心配ですね」

 

「違いない」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばアグネスタキオンは足が脆いと聞く。速度が重視される皐月賞に於いて懸念点は多いが、大丈夫か?」

 

「ああ見えて努力家です。文字通り"何でもやる"スタイルですから」

 

「自らの身体も知り尽くしている、か」

 

「はい。なので心配はあまり」

 

「…そうだな」

 

 

 

その後、アグネスタキオンは皐月賞を勝ち取った。

後々復帰するマンハッタンカフェにとっては乗り越えなければならない壁として認識され、邁にとっても明確なライバルに映った。

 

…1ヶ月後までは。

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

─5月某日。

 

 

「すいません…態々時間をいただいて」

 

「いえ、お構いなく」

 

 

邁はアグネスタキオンのトレーナーに案内され、実験室に訪れていた。

昼食中に呼ばれたものだから相手も申し訳なさそうに振る舞ってはいるが、それよりも邁はタキオンを恐れた。自分の身体を狙っている怪しい人間。しかも先日に実質の犯罪予告をされた身だ。まさか自身のトレーナーを使って呼び出すとは思わなかったが、いつでも窓から逃げられる準備は出来ている。

 

 

「タキオンは二人で話したいと…」

 

「…」

 

覚悟を決めて、邁はドアノブを撚った。

 

 

「やぁ。よく来たね」

 

「俺自体を呼び出すという事はそういう事だな。一定の距離を保たせてもらう」

 

「え〜…私は大声を出すのが好きじゃないんだ。出来れば近くに寄ってくれるかな?」

 

「…」

 

「あ、そうだ。準備室の方なら外の娘達に聞かれる心配も無いねぇ」

 

「嫌だ」

 

「そう言わずに。さぁ、来たまえ」

 

 

目にも止まらぬスピードでタキオンは邁の手を掴み、準備室の奥へ進んでいく。邁の目には、タキオンが通常に比べ若干テンションが高く見えたが、もう一方で嘘っぽい要素も感じられた。

 

要するに、取り繕った感情が見えたのだ。

 

 

「さて、楽しい楽しいお話だよ。何から話そうかなぁ」

 

「話題は一つだけなのに何を隠している?」

 

「…バレてるねぇ。なら、話が早い」

 

 

タキオンは左足のソックスを踵あたりまで捲り下げた。

 

「……!」

 

「分かるかい?」

 

「……これ、は」

 

「そう。屈腱炎だよ」

 

極わずか、ほんの僅かだが腫れた脚は、トレーナーが見れば顔を真っ青にする程の情報が含まれていた。

 

 

「今すぐ病院へ」

 

「無駄だよ」

 

「無駄じゃない諦めるな絶対に行け」

 

「既に行ったのだから」

 

「………すまん」

 

「はは、君が取り乱す光景は沢山見たことがあるけど、まさか私でも焦ってくれるとはね」

 

「当然だ。お前も一人の学生だろう…」

 

「ふゥン…」

 

痛ましい物を見るように視線を逸らす彼を見たタキオンは、何かが腑に落ちた様に瞳を揺らしながら悲しく笑う。

 

 

「どうやら、私の脚は方向性に抗えなかった様だ」

 

「…自分でも、脆さを理解していたのか?」

 

「当たり前だよ。その為に多くのプランを用意したものさ。そして残ったのが二つ。結果は芳しくないけどね」

 

「…」

 

「さて、本題に入ろう」

 

 

彼女は脚を組み、邁を見据えた。

 

 

「カフェをどう導く?」

 

 

それは、自身を諦めた者だけが持つ…他者への関心だった。

 

 

 

EP8 マンハッタンカフェ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





もう一つの作品に集中するので、この作品の更新は止まります。
長らくお待ち頂いた皆様、大変申し訳ありません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。