たまに寄り添う物語   作:ルイベ

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今回の話は友情面が強いかも。
時系列は前回の話の少し前です。




ヒシアマゾン

身も心も熱くなれる……それがタイマンだ!!

 

 

 

 

 

────────

 

 

それは休日の事だ。

トレーナー寮の自室に東条先輩が来た。大事な話があるとの事だ。

 

 

 

「さて、態々をあなたに話をしに来たのは他でもない」

 

「…」

 

「サブトレーナーになって欲しい」

 

「リギルのですか」

 

「いえ、ただ一人の為に」

 

「誰の事です」

 

「ヒシアマゾン。リギルの追込み筆頭よ」

 

「なぜ?」

 

「伸び悩んでいるの。ライバルが入ってね」

 

「ブライアン……ですか」

 

「そう。メンタルケアなら出来るけど、走りの成長が遅れてはどうしようもない。だから頼みに来たのよ」

 

「具体的にどのような崩れ方を?」

 

「レース勘が悪くなった。ブライアンと競り合う事に無意識にこだわっていてね…本人はそれが悪い事だと分かっているけど、無意識の中で作用するから結果が伴わない」

 

「少なくとも、本人の走りは出来てるんですね?」

 

「ええ。アマゾンの意思は強い」

 

「分かりました。受けましょう」

 

「感謝するわ…本当に。でも、貴方はリギルを…」

 

「貴女としてもデメリットがある。俺に手の内を見せる事になるからです。ただの便利屋として扱われるなら断りますが、結果的に俺の経験に繋がりますのでお気になさらず」

 

「…分かったわ」

 

「出来るだけ軌道修正を兼ねて強くします。しかしブライアンに勝たせられるウマ娘には出来ないでしょう」

 

「──それは宣戦布告?」

 

「負け惜しみです、今は。マンツーマンで三冠に育てた()()ブライアンと、貴方が複数を兼ねて育てたヒシアマゾン。そう簡単に負ける程アイツも俺も不真面目じゃないですよ」

 

「生意気言うようになったわね。未だ因縁をつけてくるとは思わなかった」

 

「ブライアンをシービーの無念晴らしに使うつもりはありません。現に貴方のチームに入り活き活きとやっているなら結構。しかし俺個人としては未だ闘争心を捨てきれない」

 

「リギルは微温(ぬる)くないわよ」

 

「承知しています」

 

「なら、アマゾンに徹底的に向かって示す。貴方がトレーナーとして使えるのか、サブトレーナーとしてサポートしか出来ないのか」

 

「言われなくても。リギルをもっと堅固にして、改めて倒させていただきます」

 

 

 

生意気にも喧嘩を売ってしまったが構わない。

シービーがルドルフとぶつかった時点で、俺と東条先輩は敵同士になったのだ。それがブライアンの場合ヒシアマゾンだっただけの事。

実際、ブライアンの有記念ではヒシアマゾンを下している。東条先輩もそれで俺に敵対心を持ったらしい。しかしトレーナーとして、ヒシアマゾンの事を考えれば自身のプライドを捨てて俺に教えを頼む事は当たり前だろう。

 

本来ならば負けた相手のトレーナーに教えを請うなんてしたくないだろう。だが、東条先輩は一流だ。これくらいの自制なら容易にアドバンテージに変える。

その意志に敬意を評して俺も応えよう。

 

サブトレーナーとは、余裕の無いトレーナーが一時的に別のトレーナーに預ける目的で生まれた役職だ。メインのトレーナーの助けをする。また、担当ウマ娘の一部を預けることも。

今は別の視点から見た意見を参考にする為と定義づけられているが、東条先輩は俺に預ける気でいる。

 

さて、仕事を頑張ろう。

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

 

「…やはりここは広い」

 

「当たり前よ。常に最前線のウマ娘達が多数いるもの」

 

「最強のチームという功績。その分環境も良いと」

 

「ええ。取り敢えず皆に貴方を紹介するわ。知り合いは多いでしょうけど、形式上説明は必要だから」

 

「ヒシアマゾンは素直に受け入れてくれますか」

 

「当然。私の判断なら従うでしょう。ここはそういうチームよ」

 

 

 

広大なリギルの練習場。

多くのウマ娘が走っている。引退したルドルフは近くでグラスワンダーとエルコンドルパサーを見ている。差しと先行を合わせたような走りを得意とするルドルフなら、その二人へのアドバイスが出来るだろう。同じく引退したマルゼンスキーは見るだけに留まっている。

 

タイキシャトルはメニューを終えたらしい。

ヒシアマゾンは筋トレ中。ブライアンは走り込み。エアグルーヴもそれに続いている。フジキセキは休憩中。

テイエムオペラオーは…ダンスの練習か。

 

なる程、メニューに各自で取り組むスタイルか。

聞くだけだったが、見てみると真摯な態度の表れ。サボることなく練習しているな。

 

 

 

「集合!!」

 

 

東条先輩の声に反応し、一斉に集合する。

 

 

 

「お前達も知っているだろうが、秋道だ。今回はサブトレーナーとして私が呼ばせてもらった。三ヶ月間仲良くしろ。私はこの後も会議があるから、自己紹介の後は引き続き練習に取り組むように」

 

 

東条先輩は忙しい。

サブトレーナーとしての活動は明日だから、それまで顔を通しておくか。

 

 

「秋道邁だ。改めて、リギルのサブトレーナーとして働かせてもらう。宜しく頼む」

 

 

返答は『おおっ!』という声だった。

自分はサブトレーナーとして働くのは初めてでないが、回数をこなしている訳では無い。サブトレーナーをするという事は、担当ウマ娘がいないという事。仕事柄上自慢できない立ち位置だ。

実力の無い者、度胸が無い者。そういったトレーナーがやる仕事だと思われるくらいだ。だから、因縁がある先輩が俺にサブトレーナーを頼むとは思わなかったのだろう。

 

あ、ブライアンとは目を合わせづらいな。

なんか色々。

 

 

「秋道君、宜しく。リギルの風景が君にどんな感情を抱かせるかは図りかねるが、きっと刺激はあるだろう」

 

「此方も勉強のつもりで望むとするか」

 

「それが良い。私も君が来て安心している所だ」

 

シンボリルドルフ。

彼女は歓迎してくれている。彼女の対局を見極める目は凄まじい。きっと俺が誰を観るかは聞かされているだろうが、聞かされていなくても察するだろう。

 

 

「貴様か」

 

「俺だ」

 

「…まぁいい」

 

 

エアグルーヴ。

彼女は少し気難しい。

その態度は大人のプライドを揺するのか、一時期トレーナー契約を破棄していた事もあった。その後東条先輩にスカウトされリギルで結果を挙げている。

 

 

「私のドライブに付き合う気になったのかしら!いいわね!ベリグな旅に飛ばして行きましょう♪」

 

「断る」

 

「ガビーン!」

 

 

マルゼンスキー。

バケモノと揶揄するならルドルフと彼女だろう。古いが。

ちょくちょくドライブに誘ってくるが、女性に運転させるというのも微妙な気分だ。本人の楽しみだから良いけど。

 

 

 

「やぁ」

 

「フジキセキか」

 

「関わりは少ないけど、評判は耳にしていたよ。是非とも仲良くしよう」

 

「悪戯」

 

「うん?」

 

「するなよ。ビックリ系とちょっかいは苦手なんだ」

 

「……誰の情報かな?」

 

「さてな」

 

「そうだね…でも、するなと言われたら少し…やりたくなるってものじゃないのかな?」

 

「意地悪だな」

 

「ふふっ!」

 

 

フジキセキ。

イケメンだ。走り、精神、性格全てが良い。

後輩からの信頼も段違いだ。だが、秘めたる物として少し悪戯が好きな性分なので警戒対象だ。

恐らく相手の嫌がる事が分かるタイプ。レースでこれを使えるならかなり良いアドバンテージになるだろう。

 

スポーツに於いても(たち)の悪さは功をなす事があるからな。フジキセキの性格はとても良いので、そのような面が少しあるというだけだが。

 

 

「スグル!久しぶりデース!」

 

「タイキ。元気だったか」

 

「もうそれはそれは元気イッパイになりました!嬉しい事ばかりデス!来てくれてありがとうございマス!」

 

 

タイキシャトル。

マイルの鬼だ。彼女は嬉しい時、寂しい時には親しい人物にハグを持ち掛ける。

初めてハグをされたのは部室にいた時だ。落とし物を拾って、確かそれがタイキのだったかで感謝のハグだった。横には療養中のブライアンもいた為視線が痛かったのを覚えている。

 

その後部屋を空けたから経緯は不明だが、帰ってからはロッカーは凹んでおり、その日を境にタイキは二度とハグをしなくなった。……まぁそういう事もよくあるだろう。タイキがどんな恐怖を知ったかは想像に難しくない。

あの時期のブライアンの近くにいた事が彼女の不幸だろう。

 

 

 

「アンタのブライアンには一杯食わされたからねぇ…忘れてないよ。あの敗北は」

 

「闘争心は此方にも譲れない物がある」

 

「その気概いいねぇ…タイマンといこうか!」

 

「気概でもどうにもならんだろそれ」

 

 

 

ヒシアマゾン。

驚異的な追い込みにより相手を突き放す。無双と呼べる程の勝ち星を上げていた彼女だったが、それを突き放し勝利したのがブライアンだ。だからこそ両者の因縁が深い。

同チームになった今でも続いていると見た。

 

 

 

「ふっ!ボクの魅力に当てられて君すらもリギルに依る事になろうとは……罪な存在だ」

 

「はい握手」

 

「そしてこの交わし手は語彙すらも霞ませ、悦脳に浸らせる…これぞまさに魔性の美!」

 

「よろしくな」

 

「君も至上の境地を目指す気になったという事だ…!!」

 

「……そうだな、多分」

 

「大衆を沸かせる比類なき存在…されど飽き足らず、その生はターフと共にあり!君もより強さを求める覇王の何たるかが分かったようだね!!」

 

 

 

テイエムオペラオー。

言ってる事は分からんでもないが変人だ。しかし強い。

いや、リギルにいるような奴は皆強いのだが、コイツは本当に強者の才能を持っている。

 

三冠は偉業だが強さの物差しとしては使えない。

間違い無く強いウマ娘が三冠バになるのだが、三冠を取ったから最強、という話にはならないからだ。

もし学園で現役の一番強いウマ娘を聞かれたならば、近い将来テイエムオペラオーはトップ3に平気で入る存在になると評価できる。現役時代のルドルフ、シービー、そして今のブライアンと併走させても見劣りはしなくなるだろう。

 

 

 

「戦績は聞いているぞ。エルコンドルパサー」

 

「ふむふむ!エルも評価される時代になったんですねー!」

 

「だが、筋肉を増やし過ぎるのは戴けない。そのまま保持していくのが妥当だろう」

 

「うぐ…気をつけマース…」

 

 

 

エルコンドルパサー。

少しだけ。ほんの少しだけデビュー前にアドバイスした事がある。強い体を持っているから、他より少し多めに筋トレしてもいいだろう、と。

 

こいつも強者だ。ライバルにも恵まれており、大成するタイプ。

 

 

「だから言ったのに…エル」

 

「グラスワンダー……」

 

「秋道さん、宜しくお願いしますね?」

 

「……ああ」

 

 

 

グラスワンダー。

俺は彼女に苦手意識を持っている。別に何かされた訳でも無いが、レース風景を見て恐怖を抱いた。

彼女の闘争心は隠れているのだ。穏やかな物腰から一転、レースでは精神的に屈する事無く前を見据え続ける。絶対に手は抜かない。

 

その恐ろしいとすら言える執念が、あの時の皇帝に似ていたからか。

いや、違う。絶対的な走りと感情による走りは同一化出来ない。だが、理性的な観点が必要なレースにおいて相手を萎縮させるプレッシャー──そのアドバンテージを持つ者は多くない。彼女もまた強者だ。

 

 

そして……ブライアンか。

どう会話したものか。

 

 

「……」

 

「………」

 

「…………」

 

「おや、ボクの威光で両者共に沈黙かな?人気者はつら──むがむご!」

 

「ハイちょっと空気読んでくだサーイ!」

 

 

ありがとうタイキ。

ブライアン。睨むのはやめてくれ。こっちとしては無視したく無いけど、何言えばいいか分からなくなるから。

 

 

「えーと、取り敢えずサブトレーナーとして働くのは分かってもらえたとして、俺が担当するのは一人だ」

 

「えぇ!?3人くらい見てくださいよー!」

 

「エル、静かに。説明の途中ですよ?」

 

「分かりました…」

 

「…まぁどんな感想を抱いても構わないが、東条先輩からある一人のウマ娘を担当しろと言われた以上、その役目を果たすつもりだ。無闇に主観的なアドバイスを振りまいていたら、そのチームのメニューが狂ってしまうからな」

 

「アンタがやる事は分かったよ。タイマン指導、良いじゃないか。それで、誰を担当するんだい?もしかしたらアタシなんてね!ははっ!」

 

「………ふっ」

 

 

ブライアンがほくそ笑んだ。余裕の表情だ。

仮にも最低一年は共に過ごした仲だ。何を言いたいのかは分かる。かなり機嫌がいいな。

『誰を担当するかって?そんな事も分からないのか。私に決まってるだろ?』と言いたげな表情だ。

 

いや、お前じゃないぞ。

 

 

 

「ブライアン…何がおかしいんだい?」

 

「アマさん。これは決まった様な物だ。過剰な変化を嫌うハナさんが指導方針も違うコイツに態々頼んだんだ。となれば、コイツの指導に慣れてるウマ娘が担当になると考えれないか?」

 

「…まぁ、そうなるね」

 

「そういうことだ」

 

 

確かに、俺の指導に慣れてるウマ娘はブライアンだけだ。

だが、リギルで鍛えた矢先に俺の指導に戻ったら意味が無いだろう。どっちのメニューが優れているかとかはどうでもいい。ただ、ここ最近の習慣が乱されるのが良くない。

 

だから、ブライアンの影響で乱れてきているヒシアマゾンを担当する事になったのだろう。軌道修正と、新しい視点の為に。

ブライアン、俺も本当に残念なんだが…お前じゃないぞ。

 

ルドルフとエアグルーヴは知らされているのか、少し呆れた表情をしている。フジキセキも何かを察して笑いを堪えている。ヒシアマゾンとは断定されていないものの、ブライアンでは無いムードという事に気づいたようだ。

タイキとエルコンドルパサーはブライアン論に共感したのか、落胆した表情だ。他は平常運転で話を聞いている。

 

 

 

 

「俺が担当するのは───」

 

「……!!」

 

 

そんなキラキラした目で見るなブライアン。

ほんとやめてくれ。辛い。

 

てかこの後どういう展開になるのか分かったよ。誰かがブライアンを止めるか、先に俺が死ぬかだ。そして、ヒシアマゾンに対して取っていたマウントを跳ね返され、新たな恨みを生むかもしれない。被害者は2名ほどだろう。上げて落とす感じになったが、勝手に上がったのはブライアンだ。

覚悟を決めて、口を開ける。

 

 

 

「ヒシアマゾンだ」

 

「…………………あ?」

 

「え、アタシ?」

 

ブチギレ5秒前。

 

 

「詳細は後ほど。さて、ヒシアマゾン。一緒に逃げるぞ」

 

「ああ、何かアタシでもヤバいってわかるよこれ」

 

 

3秒前。

 

 

「……脱兎の如く」

 

「合図で……駆け抜けるよ」

 

 

1秒前。

 

 

「脱!!」

 

「瞬!!」

 

 

俺達は瞬間的最高速度でその場を脱し、背後を見ないようにして駆け抜けた。無論ヒシアマゾンの方が早いが、それでも俺も人間の速さを超えた気がする。

 

だが、二つの足音に加え、大きく、怪物を思わせる様な足音が混じってきた。紛れもない……ヤツだ。

 

 

「私を──」

 

 

幽鬼の声が啼く。

心なしか涙ぐんでいる様な。いや、ただの羞恥心によるものか。

 

 

「ヒシアマゾン!振り返るな!逃げ続けろ!」

 

「分かった!!!」

 

 

もう遅かった。

 

 

「──弄んだな!?」

 

 

 

俺達はぐちゃぐちゃにされた。

前もって言伝をしない東条先輩。アンタは鬼だよ。

知っていたルドルフ、エアグルーヴ。ついでにバカ笑いしてるフジキセキ。許さない。

 

やっぱこのチーム嫌いだこんちくしょう。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

泥まみれでボロボロになった俺とヒシアマゾンの会議が始まった。

あの後ルドルフとエアグルーヴによるダブル拳骨を受けたブライアンは、正座で百人一首を暗唱させられている。過酷なのか、目が死んでいる気がする。

 

ちなみにグラスワンダーだけは心地よさげに暗唱を聴いている。

 

 

 

「ヒシアマゾン。俺が君を観る理由は分かるか?」

 

「さぁねぇ…でも、おハナさんが頼んだって事はアタシに何か足りない所があるって事だ」

 

「その足りない所は精神的な部分だ」

 

「なんだって?」

 

「ブライアンを追うばかり、それには気をつけているんだろう?」

 

「まぁ…言うほど同じレースには出ないからね。練習では一緒に走る事が多いけど、ブライアンだけ見て周りが見えなくなったら駄目じゃないか」

 

「意識は出来ている。だが、拙い」

 

「……聞こうか」

 

「自分の走りに…ブライアンを見ていないか?」

 

「どういう事さ」

 

「レース中に意識する他者、それに注目する場合広い視野が必要だ。君は冷静に見る事が出来ている。しかし、自分がどう走るか判断する場合は違う」

 

 

 

強いウマ娘ほど自分の走りを構築する事が出来る。だが、どんなウマ娘でも何かの比較対象がいる。

 

例えばトウカイテイオー。

ルドルフに憧れ、絶対的なバランスを良しとした走りをしているが、彼女はルドルフに比べ身体が柔らかい。それ故に関節への負担が大きく、ルドルフの走りに似ているが独自のペースを構築している。

 

 

ヒシアマゾンはブライアンに負けている。

その悔しさが悪影響を催しているのだ。

 

 

「ブライアンならこう走る。ブライアンに勝つならここから追い上げる。そういった無意識の闘志が日々の走りに偏った悪影響を与える」

 

「……なんだい、お見通しって訳か」

 

「見通したのは東条先輩だ、俺はその原因の考察をしたに過ぎない」

 

「その謙虚さが、一流トレーナーたる所以ってわけか」

 

「評価に預り光栄、と。まず君には二つの道がある」

 

「アタシが選ぶのかい?」

 

「俺が全部決めたら君の習慣が崩れるだろう?だからなるべく好きなのを選んでほしい」

 

 

 

この為になるべくヒシアマゾンに合ったメニューを考えてきた。過去のレース記録は東条先輩に言えば貸してくれたし、メニュー表も見せてくれた。

 

 

「一つ目、数々のレースで強さを発揮できるようブライアンへの過剰な情熱を緩やかにしていくものだ。レース展開をその場その場で判断できるよう勉強中心の毎日…勉強が好きなウマ娘は多くないが、強さの為に必要な事だ」

 

「…勉強、ねぇ」

 

「ちなみに学校での成績は?」

 

「……ノーコメントで」

 

「悪いんだな」

 

「言葉を選びなよアンタ!レースの為なら何だってやってやるさ!」

 

「ま、赤点常習犯よりはマシか」

 

 

レースに情熱を注いでいる以上、成績優秀者は悲しい事に少ない。

ルドルフ、ビワハヤヒデ、ダイワスカーレット、トウカイテイオー、メジロマックイーン、マヤノトップガン等は極めて高い。シービーは安定していたし、ブライアンは練習の為にビワハヤヒデから勉強を教わっていたので、赤点で練習が無くなる事は無かった。

 

 

「二つ目、死ぬ気でやるメニューだ。精神的な影響を跳ね除ける程の肉体作りをする」

 

「意外だね、根性論かい?」

 

「いや、寧ろ緻密なものだ。全身にオーバワーク寸前のトレーニングを課し続ける。怪我をしないギリギリのラインを常に意識する。無論身体が限界なら勉強だ。頭も限界になってやっと睡眠の時間となる。夜ふかしにはさせないがな」

 

「うへぇ…」

 

「自分の身体が故障するかもしれないという恐怖、逃げられない机との時間。相当なストレスだ。成功例はそうだな…適性距離を広めたブルボンがいい例か。黒沼先輩の指導に似ている」

 

「違うのはスタミナの増減では無く、身体能力の大幅増加って事か……ゴリ押し理論だね」

 

「オススメはしない。実際俺も血眼になって君の特徴を見抜く必要がある為、俺のメニューを信じる信頼関係も大事だ。迂闊にやっては酷いことになる」

 

「………失敗したら?」

 

「君が終わる」

 

「ふーん」

 

「さぁ、どっちだ?」

 

「……アンタさぁ、今の説明で後者を選ぶ人間がいると思うのか?」

 

「…………どっちだ?」

 

「明らかに前者を選ばせようとしてるよな?」

 

 

 

し、仕方ないだろ。

方法としてはあるけど、こっちだって責任が伴うんだ。これいいよ!なんて言えるわけないだろ!

 

いや、選ぶんならこっちも全力でサポートするけどね…。

 

 

「まぁ信用はしてるよ。アンタの事は知らなくても、アンタのブライアンは知ってるからね」

 

「ブライアンは隠れて…というか、メニューにない自主練で怪我をした事がある。君の勝負欲次第だ」

 

「安心しなよ。無理しない程度のタイマンは得意さ。あと、『君』じゃなくていい。『ヒシアマ姉さん』って呼んでよ」

 

「じゃあヒシアマ」

 

「やっぱ『お前』で良いよ……」

 

 

年下に姉さんは痛えよ…。

 

 

「アタシは後者にするからね?」

 

「別にこっちも勉強はするからな?」

 

「舐めんな。勉強程度でうなだれるヒシアマ姉さんじゃあないよ!」

 

「じゃ、改めてここに契約の書き込みを」

 

 

 

ヒシアマゾンは過酷な道を選んだ。

どうなるかは俺の頑張り次第だが、首尾は上々…ということでいいだろう。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

アタシはおハナさんのスパルタ訓練に耐えてきたんだ。

幾ら辛いメニューといえど、やり切る覚悟はあったさ。

 

ただ、勘違いしていたのは。

コイツのタイマン指導は、おハナさん以上に苛烈だったって事だ。

 

 

 

一日目。

死ぬ気で筋トレと走り込みをやった。これはリギルでもやった事だから慣れっこだとは思った。

 

 

 

────

 

 

 

二日目。

寝起きから恐ろしい筋肉痛を体験した。柔軟はやった筈だが、限界を超えていたらしい。

 

「身体がいたい…」

 

「…失礼。足を見せてもらうぞ」

 

「ほい」

 

 

ズボンを捲ってふくらはぎを見せた。

何か分かったのか、納得した表情だ。

 

 

「全身の筋肉痛か。走ってれば慣れる。やれ」

 

「おま、オーバワークだろこれ!」

 

「……?」

 

「ガチで困惑すんな鬼畜が!」

 

「やれ」

 

「うがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

────

 

 

三日目。

また走り込みだ。流石に筋肉痛が続くのも不味いと判断されたのか、マッサージを受けた。やべぇ、気持ちいい。

ウトウトしちまって、眠くなった。

 

 

「マッサージは休憩と勘違いされがちだが、意識を向けろ。その部位が柔らかくなっているのを自覚して初めてその機能を使いこなせる」

 

「うーい……」

 

「無論寝たら……ヒシアマゾン?」

 

「…zzz」

 

 

そう、寝ちまったんだ。

油断してな。中々優しい所あるじゃんって気が緩んで、瞼がピクピクしてきたんだ。

したらコイツ、優しく起こしてこう言いやがった。

 

 

「マッサージ後に腹筋背筋腕立て100本」

 

「……あぁぁぁ」

 

「手抜きしたのはお前だからな」

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

 

怪我の心配は無いとか抜かしやがって…。

本当に怪我しないのが不思議でならなかったよ!

 

────

 

 

四日目。

その日は図書館に呼び出された。そうだ、勉強だよ。

コイツ曰く、勉強は体を休めて更にレースへの対策もできる素晴らしい時間らしい。ほざけ。煙が出てきたよアタシは。

 

くそ、レース鑑賞程度だったら楽しめたのに…レース走法の基本が書いてある分厚い本の写し作業って…。

 

 

「ぐわぅぅぅ……」

 

「まだ2時間」

 

「……アンタは何してるんだ」

 

「明日やる小テストを作ってる」

 

「え」

 

「写すだけじゃ覚えられないだろ。ちゃんと読み返しておけ。テストで70点未満を取った場合、勉強の日を増やすとする」

 

 

ぶん殴らなかったアタシは大人だな。

 

───────

 

五日目。

作られたテストの日だ。テスト後は実質の休みでもある。

幸いテストの内容はそこまで難しくなかったと思えた。実際会長に見せたら簡単だと言っていたからな。

 

 

「…なる程、出来たほうだな」

 

「ほんとか!?何点だ!」

 

「67点」

 

 

休みの日が勉強の日に変わった。

 

 

─────

 

六日目。

筋トレの日だ。私はつい気になって聞いた。

 

 

「ブライアンは本当にこのメニューをこなしていたのかい…?」

 

「いや、辛い日はサボったぞアイツ。まぁやる気が無い状態でやってもアレだからな」

 

「アンタブライアンに甘すぎだろ!身内贔屓って人を駄目にするんだぞ!!」

 

「お前が選んだんだからな」

 

「呪いの言葉か!?それ言えば何でもやる程軽くないよアタシは!」

 

「だって…東条先輩に厳しめにやってくれと頼まれたから」

 

 

コイツに地獄を見せてやりたくなった。

 

 

───

 

七日目。

日曜日だ。朝早くから練習が始まって、早めの昼に終わるらしい。

実践として模擬レースをやってこいと言われた。相手は既に引退した会長さんだ。

結果はクビ差で私の負けだ。幾ら皇帝とはいえ、ニ年前に引退したウマ娘に負けるとは情けない。自分を恥じた。

 

 

が、アイツは何を言うわけでも無く部室に呼び出してきた。

入って早々目の前に置かれたのは鍋。

横にあったのは皿に乗せられた多くの野菜。そして調理前の薄い豚肉だ。

 

 

「まさか…これ!」

 

「しゃぶしゃぶだ」

 

「!!!」

 

「月曜から今日に至るまで頑張ったからな。まぁ褒美になるか分からんが、一応良い肉だ」

 

「サブ公…アンタ」

 

「全部お前のだ。冷やしゃぶにするから一応食べやすくなる筈」

 

 

誇張抜きでヨダレだらだらだった気がする。

ブライアンが懐くのも無理はない。飴と鞭を使い分けられる人間は信頼関係を築くのが上手いからだ。

 

 

「野菜を除けるブライアンには食わせなかったが、何か良い事があった時、シービーに振る舞っていた。お前の場合、週終わりの恒例行事と思ってくれて構わない。三ヶ月だからな」

 

「最高だよアンタ!さぁ食おう今すぐ食おう!!」

 

「ちなみに疲労回復の為にレモン汁をポン酢に入れる。好き嫌いは?」

 

「ない!」

 

「よし。食え」

 

 

獣の様にがっついた。

美味すぎる。湯で油を落とした為、凄く食べやすい。野菜も新鮮でみずみずしく、肉多めのサラダを食べているようだ。

 

 

「あれ」

 

 

あんなにあった肉達がもうない。野菜もだ。

皿が空だ。どうしよう、急に泣きそうになってきた。

 

 

 

「なんだこの飢えは…サブ公!どうしたら!?」

 

「案ずるな!まだある」

 

「ああーーー!!!」

 

 

幸せすぎる。

美味い肉を独り占め。しかも栄養豊富で疲労回復もバッチリだ。神。

ん、ドアが空いた音がした。ブライアンが入ってきた。そういや暇な時ここに来てるって噂あったな。

 

 

「…何でアマさんが?」

 

「ブライアンか。今飯を食わせてる所だ」

 

「む、しゃぶしゃぶか。じゃあ私も」

 

「駄目だ」

 

 

自然な流れで肉を湯に通し食おうとしたブライアンが、サブ公に手を掴まれ阻まれる。

本気で訳が分からないと言いたげな表情をしたブライアンの目が修羅に変わる。

 

あー肉最高。

サブ公とブライアンのタイマンが終わるまでに食い尽くすか。悪いねブライアン。サブ公はアタシにも甘々だよ。

てかしゃぶしゃぶの事を知らなかったなら、何のために部室に来たんだ?

 

 

「よりによってアンタが私の邪魔をするのか?」

 

「肉しか食わないならかえって悪循環だ。野菜も食ってこそのメニューだからな」

 

「くだらん。一切れの肉で何の不満がある?どけ」

 

「だから食わさなかったんだ。これは全部ヒシアマゾンの物だ。決してお前にはやらん。こたつすらも、お前の駄々に過ぎなかったから置かなかった。何でもまかり通ると思うなよ」

 

 

変なところで意固地だね。

別にそこまで拘らなくてもいいのに。一週間真面目にやってきたからかな。真面目な人には優しいって評判だからね。

 

アタシはサブ公が少しおハナさんに似ていると思った…たまに見せる優しさが。そういえば師弟関係だったか。年が近いから友人的感覚になっちまうよ。

 

 

「去れ」

 

「断る。私を怒らせたアンタが悪い。機嫌を取りたかったら食わせろ」

 

「東条先輩、ルドルフ、ビワハヤヒデ。連絡するなら誰がマシだ」

 

「………チッ、興が削がれた。帰って寝る」

 

 

 

ありゃりゃ、ブライアン帰ったよ。

喧嘩っ早いね二人とも。やば、食いすぎて腹でちまってる。

引っ込むまでここにいさせてもらうか。

 

「悪いな。食事の邪魔をして」

 

「気にしなくて良いよ。アンタ、喧嘩は結構するのかい?」

 

「いや、別にアイツも俺も仲が悪い訳じゃないんだが…ブライアンは結構ワガママでな?末っ子気質というべきか…甘やかされてきたんだろう」

 

「アンタも譲らない性格だからね」

 

「こたつを置けと言われたこともあって流石にな。信頼の裏返しと思えば甘えられるのも不快ではないぞ。断るが」

 

「たまには甘やかしてやりなよ。ふわぁーあ…」

 

 

まずい。眠くなってきた。

時間は…14時か。食っちゃ寝は駄目だ。

シャワーも浴びてないのに…あーだめ、寝よう。

 

 

「さぶこぉ…」

 

「どうした?」

 

「いいかんじのじかんでぇ…おこして…」

 

「寝るのか?」

 

「だめかぁ…?」

 

「今回だけだ。次からは身体を洗ってから」

 

「おっけー……」

 

 

アタシは瞼を閉じた。

ん、温かい。サブ公が何か掛けてくれたのか。

 

 

(できるおとこだなぁ……)

 

 

そう思いながら、蕩けた意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

歓声がする。

アタシは今、恐ろしい速度で走っている。周囲のウマ娘を抜き去り、前にいるブライアンに迫っている。

 

 

『ナリタブライアン!やはり先頭はナリタブラ───おおっとここでヒシアマゾンだぁ!』

 

『やはり女傑は怪物にも匹敵した!恐ろしい追込みのプレッシャー!あのナリタブライアンに影を踏ませました!!』

 

『有記念を制したのは!ヒシアマゾンだぁ!』

 

 

何という爽快感。

何という景色。

ああ、アタシの追い求めていた物はこれだったんだ。

 

 

『アマさん…アンタには負けたよ』

 

『…………』

 

 

でも、悲しいね。

こんな結果、アタシは知らないよ。

 

 

『いや、勝ったのは──』

 

 

 

アンタじゃないか、ブライアン。

忘れられない…敗北の味。それを勝利に変えるほど、アタシは卑怯じゃないさ。

 

 

何だかんだタイマンで勝ち負けを繰り返してるけど。

表舞台で負けているのはアタシだ。まったく自分の夢なのに意地が悪いね。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

「……ヒシアマゾン?」

 

「うー……あぁ?サブこぉ…」

 

「寝ぼけてるのか?ほれ、起きろ。16時だ」

 

 

グースカ寝てたヒシアマゾンが起きた。

いや、正確には起きかけていたから起こした。寝すぎて生活リズムが崩れても困るからだ。

 

 

 

「サブこぉ…あたしがんばるよ」

 

「どうした急に。良い夢見たのか?」

 

 

 

ウマ娘は気分屋だ。

少しの事でやる気が落ち、練習が身に入らない。逆に機嫌を取ればすぐ言う事を聞くようになる。

 

シービーは自由な旅と、風を感じるのが好きだった。

ブライアンは…肉を食わせるか、短い単純な映画を見るかだった。

それ等の事柄から、ヒシアマゾンの気分を良くする何らかの夢を見たのだと推測する。

 

が、それは違った。

 

 

 

「ブライアンに…かつ夢………ぐぅ、ぐぅ……」

 

「………そうか」

 

 

一週間の激動。2時間の睡眠では足りんか。

気絶するように机に突っ伏してしまった。

 

 

「勝ちたいんだな」

 

 

ヒシアマゾンの闘志は消えない。

いや、消そうとしてた俺が間違っていた。彼女はずっと追い求めて来たんだ…勝利を。

 

 

「悪かった」

 

 

俺はまだまだお前の事を理解していなかった。

ブライアンに匹敵するレベルじゃない。ブライアンに勝たせてやろう。

 

だから。

 

 

「もうちょっと、頑張ってくれ」

 

 

ヒシアマゾンの耳を撫でて、背中におぶった。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

「…まだ起きんのか」

 

 

死んでないだろうな?

おぶって歩いているから少しは揺れてる筈だが、ピクリとも動かないぞ。

 

美浦寮が近くにあって良かった。

トレーナーから入る事は出来ないが、誰かいれば代わりにヒシアマゾンを部屋に運んでくれるだろう。

 

玄関に立ち、呼び鈴を鳴らす。

 

 

「は、はい!」

 

 

控えめで、おどおどした声が聞こえた。少しして、小柄な少女がやってきた。

長い黒髪に引き締まった肉体。ライスシャワーだ。

 

 

「ど、どなたですか?」

 

「俺はヒシアマゾンのサブトレーナーをやらせてもらっている秋道という。この通り死ぬほど疲れてるから、部屋に運んでもらって欲しいんだが」

 

「秋道さん、ですね…分かりました。アマゾンさんはライスが運んでおきます。よいしょっと…」

 

 

…分かっていたことだが、俺より格段に細い腕なのに…片手で簡単に持ち上げた。

凄いギャップだ。レース中はそれが特に顕著になるのだから面白い。

 

 

「ありがとうライスシャワー。じゃあここら辺で失礼させてもらう」

 

「あ、あの!」

 

「何か?」

 

 

結構大きめな声で呼び止められた。

意外だ。人見知りじゃなかったのか。

 

 

「アマゾンさん…無理してないですよね」

 

「あー…確かにこれ見たら不安だよな」

 

「あ、いえ…別に文句が言いたい訳じゃないんです…ただ、ライスもボロボロになるまでトレーニングやったけど…その、結構()()()()

 

 

ライスシャワーは、自らを追込み極限まで肉体を絞った事がある。その後のレースでは、強者であったメジロマックイーンを退けた程にだ。

 

しかし、その代償は大きい。

引退とまでは行かなくても、長期間の療養を強いられる程の故障をした。しかも、レース中にだ。

それは彼女にとって苦い記憶となり、その二の舞を踏んでほしくないのだろう。

 

 

「安心してくれ。怪我をしない程度に無理をさせてるんだ」

 

「それって…良い事なんですか…?」

 

「いや、良い事かは分からない。ヒシアマゾンが選んだんだ。自分で選んで、考えて、ヘトヘトになる道を」

 

 

少し屈んで、ライスシャワーに目線を合わせる。

高等部らしからぬ風貌をした顔が、此方を見つめる。

 

 

「俺はそれに報いたい。一着でも、二着でも」

 

 

ヒーローでも、ヒールでも。

 

 

「いつだって勝者は努力の人だ。それを否定するなんて、俺には出来そうにない」

 

 

トレーナーとしては、それを出来ているべきなのだ。

俺もまだまだ未熟。

 

 

「秋道さんは……優しいんですね」

 

「…そうか。俺は優しいのか?」

 

「はい、とっても優しくて温かい。安心できる人です」

 

「ありがとう。ライスシャワー、君も強く在り続けて欲しい。自分の走りは見失わないように」

 

 

 

何だか照れくさくって、早足でその場を後にした。

 

 

 

────────

 

 

 

 

「……」

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

二週間が過ぎた。もう夏に差し掛かる時期だ。

暑さも不快に感じるレベルまで来たが、ヒシアマゾンは進化していた。

 

最初の一週間。それはこのメニューがどれだけ苛烈な物かを味合わせる目的もあった。それ故に普段に比べ更に辛い指導をしたが、ヒシアマゾンは耐えきった。

ちなみにブライアンは勉強の日でリタイアした。

 

そして、二週間目は抑えめだ。

ほんの少し控えめにしたが、それも杞憂だった。少なくとも疲れで寝落ちするなんて事は無くなった。意欲と根性のなせる技だ。俺も見習おう。

 

そして、三週間目に入った今。

ヒシアマゾンは、余力を残せるレベルで練習に望んでいる。根性面もあるのだろうが、驚く程に安定した動きを見せている。

 

 

「ヒシアマゾン!終了だ!」

 

「…はぁ、はぁ。大丈夫、まだ行けるよ?」

 

「どんなに余力があっても身体は痛むものだ、今日はここまで。不完全燃焼は何かで補え。以上」

 

「ちぇっ…最近やっと楽しくなってきたってのに…」

 

「そんなお前に朗報だ」

 

「うん?」

 

「東条先輩からのお達しだ。6月に始まった指導は9月に終わるよな。その月のレースに出るぞ」

 

「……んと、ローズS?セントライト記念?オールカマー?」

 

「オールカマーだ。2200mのGⅡ。これに出て結果を残してみろとの命令が来た」

 

「へぇ!」

 

「更に、7月にはリギルでの夏合宿。そこで実力を底上げし、オールカマーで答え合わせって訳だ」

 

「くぅぅーー!!痺れるじゃないか!」

 

 

と、こんな感じで勝負欲を嬉しい情報や模擬レース等で発散させればストレスの無い練習を要求できる。

ヒシアマゾンは我欲に正直と思われがちだが、実際は冷静だ。何が必要で、何が不要な事かを理解している。引く時には引ける性質だ。

 

ずっと俺の指導に明け暮れていたから、合宿等で皆と交流する時間を取らせてやりたいと思う。

 

 

「サブ公!もう我慢できない……タイマンだぁ!!」

 

「はぁ……」

 

 

 

偶に相撲みたいな突撃を仕掛けてくるのは何だろうか。東条先輩には出来ないからタイマン欲が溜まっていたのか。

取り敢えず、こういった時にワチャワチャするのは新鮮な感覚だった。

 

ちなみにウマ娘相手なのでどんなに鍛えても吹っ飛ばされる。

レースやウマ娘について学ぶ、良くわからん絡みに耐える身体を作る、両方やらないといけないのがトレーナーの辛いとこだな。

 

 

───────

 

 

 

 

「何故」

 

「…………クジ」

 

 

夏合宿の時期が来た。

トレセン学園が手配したバス。

夏合宿の為に用意された小型のバスだ。それに搭乗するのはリギルの面々と俺。引退したルドルフとマルゼンは補助役として来る。生徒会も数日間休みにして、今から夏合宿の地点に向かう所だったのだ。

だが、席決めでくだらん騒ぎが起きた。

発案者はエルコンドルパサー。奴は態々クジを作って席を決めようとした。

 

はっきり言って、俺と東条先輩で隣に座ると思っていたから、巻き込まれたのは心外だった。東条先輩にはそういう拘りが無いから好きにさせたらしい。

そして隣に来たのはブライアン。神は運命というコントローラーを使って俺で暇潰しをしている様だ。どうせ寝るから誰でも良かったが。

 

 

「ルドルフ。今生徒会は何やってるの?」

 

「来年に向けてプレゼン用のpvを作る予定です」

 

 

東条先輩、ルドルフ。

 

 

「食べカスを落とさないようにしろよ」

 

「ハイ!気をつけマース!」

 

 

エアグルーヴ、タイキ。

 

 

「グラス!あれ見てくださいカラスの群れです!!」

 

「まぁ、凄い量…」

 

エルコンドルパサー、グラスワンダー。

なんかいっつも一緒にいるな。

 

 

「運転手さん。もっとグイグイ飛ばして進みましょう!」

 

「…それは辞めましょう。ね?」

 

マルゼン、フジキセキ。

 

 

「ほらほらアンタらもっと笑いなよぉ…グヘヘ」

 

「ふっ…偶には他者の物語も尊重すべきさ。自分だけに焦点を当てても駄作が生まれるだけだからね!」

 

 

ヒシアマゾン、オペラオー。

真後ろにいる。凄くウザい。ヒシアマゾンに関しては俺の頭をワシャワシャして煽ってくる。もう片方は知らんがヒシアマゾンに乗せられてるな?ま、模擬レースの相手をしてもらっている恩があるから、菓子でも渡してやるか。少し高めの、甘くて人気のやつ。ブライアンには塩味のお菓子を。ヒシアマゾンにはやらん。ムカついたから。

 

 

「オペラオー。ほれ、菓子」

 

「おお!ありがとう!」

 

「サブ公!アタシにもくれ!」

 

「……」

 

「…サブ公?」

 

「オペラオー。足りなくなったら言え」

 

「おい、あんまりだぞ。くれ」

 

「ボクはもう満足さ、足るを知る事は大事だからね!ハッハッハ!!」

 

「そうか。ならイヤホンして寝る。何かあったら起こしても構わない」

 

「チッ無視しがって!ブライアン、アンタも何か食ってるのか?すこーしだけ、分けてくれないか?」

 

「……嫌だ」

 

「アンタの弁当は誰のもんだ!恩知らず!」

 

「アマさんうるさい」

 

「いぎぃぃぃ!!!このはねっかえり共が!アタシを怒らせると怖いんだからね!それはもうほんとぐちゃぐちゃにするからな!!」

 

 

 

高等部だろお前。菓子程度でわーギャーうるさいっての。

それとも、合宿でテンション上がってるのか?こっちはどんなに煩くても寝れる質だから暴れなければどうでもいい。

 

ブライアンも食べ終わったらどうせ寝るだろう。

イヤホンを耳に挿して、瞼を閉じる。最近メニュー作りであんま寝れてないんだ。ちゃんとした睡眠じゃなくても、寝た感じだけは出しておきたい。

 

 

「サブ公…?おいまて本当にこれで終わるつもりか?今のところ多分アンタの愛バだぞ」

 

「茶化すな。愛バねぇ…」

 

「アタシに愛着湧いてきたんじゃないか?」

 

「先輩に頼まれて生まれた関係だからな」

 

「情に訴えても無駄か…あー食べたかった!おいしーお菓子食べたかったなぁ!!」

 

 

俺としてはオペラオーがヒシアマゾンに菓子の一欠片ぐらい上げると思ってたから、意外だったな。

良い菓子だからか、一人で食いたいのだろう。食べる際に無駄な口を開かないのも好印象だ。

 

 

「じゃあ、寝る……」

 

「勝手にしな!後でお返ししてやるから震えて眠るんだね!!」

 

「ほう、邁さんはよく寝るタイプなんだねぇ」

 

 

俺としては、常に元気なオペラオーは凄いと思う。

 

 

「……ふぅ」

 

 

一息ついて、意識を手放した。

 

 

 

最後に感じたのは……肩の衝撃?

なんだ?まぁ…良いか。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

サブ公のやつ…意固地になりやがって。

ちょっとおちょくったら怒るんだもんなー。ちぇっ。

 

…なんだかオペラオーが楽しそうだ。

 

 

「オペラオー?」

 

「……これは」

 

「あ、どした?」

 

「ヒシアマさん…意外な光景だよ」

 

 

オペラオーはそう言って前の席を指し示した。

サブ公がやましい画像でも見てるのか?ははーん、サブ公も男だったか。オペラオーは初心だし、というかアタシも絶対見ないけど、とにかく衝撃はあるだろう。

 

…でも、サブ公寝たよな。

あれ?じゃあ何があるってんだ?

 

身体を起こして前の席を上から覗く。

そこから見えた景色は…

 

 

「ほー。これはこれは。甘い景色だね」

 

 

 

ブライアンがサブ公の肩に頬を乗せて一緒に寝てる。

ブライアン…アンタそういうキャラだったかい?というかやっぱりトレーナーやってたんだねサブ公。ブライアンに信頼されるなんて意外に難しいのに。

 

 

「まったく…そんなに仲いいならさっさと戻ればいいのに」

 

「彼等にも事情があるんだろう。だが彼等が立てた功績は消えていない。輝かしい過去と、栄光の未来ってやつさ」

 

「珍しく良いこと言うねアンタ」

 

「ふふん。ボクも憧れはあった身さ。言うなれば彼とシービーさんのファンかな」

 

「強さとスター性を兼ね備えると言ったらシービー先輩だもんねぇ…」

 

 

特にダービーと菊花賞は無限に見れるよ。

あの途中からの追い上げは絶対に無理だ。アタシは直線型だからね。

 

 

「……何してんだい」

 

「いやね、ちょっと一個人として興味があるというか」

 

「スヤスヤ寝てる人間の耳からイヤホンとって自分の耳に入れるって…なかなか出来ないよ」

 

「彼は寡黙だからね。どんな日常生活を送ってるか分からない。さて、どんな曲を聞いてるのかな…?」

 

 

オペラオーはサブ公の右耳からイヤホンをとって自分の耳に挿した。怖いもの知らずというか…何でもやるというか。

というか関わりあったのか二人は。

 

 

「……!?」

 

「ヤバイ音楽かい?」

 

 

あの仏頂面がバチバチのロック聞いてたら面白いけど、オペラオーが少し驚いたんだ、相応のものだろう。

 

 

「これは…」

 

「なんだい?」

 

「星のカ〇ビィ」

 

「いやゲーム音楽かよ!!!」

 

 

 

サブ公は少し愉快な人間なのかもしれない。

アタシもまだまだコイツの事を知らない様だ。

 

 

 

 

─────

 

 

現地に着いた。

あの後ブライアンが先に起きて何かおかしな様子だったから触れないで上げた。無意識だったのか…。

 

そこから水着で着替えて、体操をしてから開始だ。

 

 

「砂浜5週、開始!!」

 

 

 

おハナさんの号令で皆が一気に走り出した。

そこそこのペースで走るから大変だが、ダート慣れしてるエルとタイキは流石だね。オペラオーも余裕そうだ。さて、3週間の成果を出せるか、勝負だ。

 

サブ公の指導はかなり後だね。夏合宿はおハナさんがほぼ主導だし、皆と違うメニューをしても意味がないらしい。

 

 

「アマゾン…飛ばしすぎじゃないかい?」

 

「え、そうか?いつもの感覚なんだけど」

 

 

フジがそう思うならそうかも知んないけど、ペース配分には気を使ってるし、何より軽さもある。

早くしたら足踏みが重くなるから、それを指標にしてるけど今のところその感覚は無い。

 

 

…もしかして、アタシ成長した?

 

 

「悪いねフジ…先行くよ!」

 

「あ!それは…!」

 

 

アタシは今風になっているんだ。

砂を巻き上げる風そのものに。こんな程度じゃ疲れにもなんないよ!

 

 

「ワオ!?アマゾンさん!」

 

「随分飛ばしますねー!」

 

 

タイキとエルに驚かれた。

終盤にラストスパートを掛けるアタシが前に進むなんて意外だろ?

 

 

「このまま行くよ!!」

 

 

この合宿はアタシの手中だ!!

その全能感を胸に、残り4週を駆け抜けようとした。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

「ぐぇぇ…」

 

「このバカモンが!!」

 

 

 

おハナさんに拳骨を食らった。

理由はアタシが途中でバテた挙げ句、5週を完走出来ず途中でぐでっと倒れたからだ。

調子乗りすぎた。この暑さの中で先行みたいな走り方したのが間違いだった。

 

今は横になってサブ公の団扇を味わってる。

ルドルフ先輩にも『軽挙妄動…情けない事だ!!』と怒られてしまった。怖かった。

 

 

「何故飛ばした」

 

 

サブ公も怒っている。

怒鳴りはしないが、調子に乗ったアタシに疑問を抱いているのだろう。

 

 

「いやぁ…何か行ける気がして…」

 

「お前の脚質は先行か?逃げか?」

 

「追込みです…」

 

「お前がさっきやった走り方は?」

 

「序盤で飛ばして中盤で飛ばして終盤で飛ばしました…」

 

「バ鹿」

 

「すいません…」

 

 

アタシは怒られるの苦手なんだよぉ…。

ほら、喧嘩の後のギスギス感はキツイだろ?あれと一緒だ。サブ公、どうか見捨てないでぇ…。

 

 

「もう少ししたら練習に復帰させる。驕るな、慎重にやれ」

 

「はい…」

 

「飯からも人参は抜く。体力回復の為肉と他の野菜は残してやるから感謝しろ」

 

「アタシの扱いひどくない…?」

 

「無茶して怪我するよりよっぽどマシだったが、貴重な夏合宿を無下にするのは俺としても許せん」

 

「……偏屈男」

 

「反省はしているようだが態度が悪い!!」

 

「ぐぉわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

コイツアタシにはほんと容赦ないな!

ヘッドロックなんて何処で身につけてるんだ!?

 

 

「ぎぶ!ギブです!」

 

「元気で何より!行け!」

 

「おぼえてろよぉ…」

 

 

クソ強くなって見返してやるからなサブ公ぉ…。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

やらかしやがった。

ヒシアマゾンがやらかした。ランニングレベルの最序盤。何を勘違いしたのか先頭をキープし続けた結果撃沈。

 

 

「貴方ヒシアマゾンに何を教えたの?」

 

「先輩、違います。俺悪くないです」

 

「まぁ…オペラオーやエルコンドルパサーにもあんな時期があったけど…」

 

「ルドルフやエアグルーヴが真面目すぎるんですよ」

 

「そうね…」

 

 

今は筋トレだ。

砂浜で負荷をかけることで脚力の強化を促す。体づくりの上手いルドルフが積極的に声を掛けている。

 

 

「ヒシアマゾンはどう?」

 

「偉いですよ。難色を示しつつもやる事はしっかりやる」

 

「そう。ならいいわ」

 

「あっさりですね。この指導法は嫌いでしょう?」

 

「嫌いではないわ。ただ私は使わないだけ。多数の指導では難しいからね。だからいつも黒沼トレーナーは凄いと思うわ」

 

「研修に行った時はめっちゃ怖かったですけれど、寡黙なだけで熱い人でしたよ」

 

 

懐かしいな。

新人研修の時に東条先輩と黒沼先輩から手ほどきを受けた。二人とも凄い厳しくて怖かったが、いや黒沼先輩に関してはムキムキのヤクザみたいた印象だったから死を覚悟したが、普通に優しかった。

 

ヒシアマゾンに課しているメニューも、彼の【精神は肉体を超えられる】というモットーを参考にした、【肉体で精神を無視する】というものだ。

完璧な肉体づくりを経て、圧倒的な力で叩き潰す。それによって自信向上の相乗効果を狙う。ヒシアマゾンも突っ込んだが、ゲームで表現するなら【レベルを上げて物理で殴る】といった感じた。

 

無論、そう簡単に行くなら体格差が物を言う世界になってる筈なので甘くない。レースでの賢さも極限まで上げる。ヒシアマゾンはレース経験が豊富なので余り心配は無かった。

そして決め手は才能だろう。こればっかしはどうしようもない。中央の強者は努力した天才だ。ヒシアマゾンに天賦の才は無い。強いて言うなら秀才なのだ。

 

あとは運と機会。

全盛期に恵まれたレース運を持てば勝ちは硬い。

 

 

「東条先輩。天才ってなんだと思いますか?」

 

「私の基準から言えば、何らかの場面で歴史を変える存在。既存の概念が通じない()()()

 

「俺もそうだと思います。その者たちは強いのは勿論、周りとは何か違う…理解できない境地がある」

 

 

新しきを魅せる者(ミスターシービー)

絶対を報せる者(シンボリルドルフ)

敗北を知らない者(マルゼンスキー)

疾さに生まれた者(サイレンススズカ)

恐れを踏み砕く者(ナリタブライアン)

壮健の走りを持つ者(エルコンドルパサー)

逆境を顧みない者(テイエムオペラオー)

 

この者たちは他と違う点を持っていた。

 

 

 

「だけど私は思うの。そんな天才達でも苦難を知っているから、逸脱しているとは言い切れないと」

 

「例えですが、エルコンドルパサーにはグラスワンダーやスペシャルウィーク。いつだって必ずその猛者達を追い詰める者がいる。だからこそ、レースに絶対は無いと言われる」

 

「その通り。…全てのウマ娘に可能性と夢を与えるのがトレーナーの仕事。そう、貴方に教えたわね」

 

「はい。ですが綺麗事は通用しない。あくまでその者に相応しい可能性を与え、その道に誘導する騙しが必要です」

 

「…辛いと思う?」

 

「いえ──だからこそ、そのウマ娘が勝つ事に尊厳も余力も注ぐ。トレーナーの存在価値はウマ娘に依る。俺達はいつだって()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そのくらい尖った考えで結構。まともな人間にトレーナーはやっていけない。どうせなら死ぬまでその心持ちでいなさい」

 

「はい」

 

 

 

シービーの時はパートナーでいようと思った。

ブライアンの時は拠り所になってやりたいと思った。

 

ブライアンの指導をしていた時、教えを請いに来た三人。

その中で、ブライアンに模擬レースを提案され大差で負けたウマ娘はオペラオーだった。

オペラオーは負けた時こう言った。

 

『…今のボクではここは相応しくないね』

 

『だが』

 

『ボクは敗北を知った。故に来よう、敗北を与える強者となって。再びね……!』

 

『だから覚えていろ──ブライアンさん…!!』

 

 

大差だ。

鼻で笑われるくらいの差だ。心が折れても仕方がない。

だが、オペラオーは精一杯の闘志を向けてブライアンを睨んだ。

 

その闘志に報いるのは誰だろうか?

それはトレーナーの役目だ。彼女等が自分に身を預けているのだ、こちらが全てを捧げなくてどうする。

 

 

「ヒシアマゾンは強くなります」

 

「ブライアンよりも?」

 

 

以前にした会話を繰り返す。

先輩は確認する様に問い掛ける。

 

 

「いや、もうプライドは捨てました」

 

「じゃあ、どのくらい?」

 

「誰にも負けないくらい。ブライアンを叩き潰せるくらい」

 

「それは楽しみね。そうなったなら、彼女も喜ぶでしょう」

 

 

 

何を得たのか分からない、そんな少し黒い会話だった。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

昼だ。今日はこれで練習終わり。

今度はヘマしなかったぞアタシ。飯の時間だから楽しみだ。

 

 

「はい串焼き」

 

 

サブ公はバーベキュー風の串焼きを渡してきた。

ご丁寧にアタシ用の人参抜きバージョンを作ってやがる。

何か肉だけバージョンもあった。アンタ結局ブライアンには甘々かい。もう分かってた事だけど。

 

 

「美味いのが腹立つ…」

 

「なんか言ったか」

 

「いえ何もー?高級料理店のA5和牛並みに上手いなーって思っただけだよサブ公」

 

「それは無い」

 

「冗談だよブライアン…」

 

 

肉にうるさいなブライアンは。

A5和牛なんて食ったことも無いし、分かりやすい誤魔化しだと思うんだけどねぇ…。

 

 

「…これは確かに美味だ」

 

「うん、バッチグー!」

 

 

サラッと引退組も味わってるな。

サブ公が料理得意なのは喜ぶべき点だね。今度お礼も兼ねて弁当でも作ってやるか。……好きな物外して。

 

 

この後はホテルでウハウハかー。

肝試しもやるみたいだけど…あれだね。すぐ寝るか。ホントは遊びたいけど、さっさと寝て次の練習に備えよう。

 

 

 

「別にそこまで詰めなくてもいいぞ」

 

「んあ?」

 

「適度に楽しみ、練習はしっかりする。健全な精神でいる事が大事だからな」

 

「アタシ遊びたいって言ったかな…」

 

「そんな顔してた」

 

 

 

ふーん。はっちゃけてもいいんだ。

なら、ちょっとフジに協力してもらうか。

 

 

 

「…なぁフジ」

 

「なんだい?」

 

「アイツの驚く顔、見てみたくね?」

 

「確かに見たいとは思う。だけど本気で怒られたら嫌だよ。苦手って言ってたからね」

 

「大丈夫だろ!何だかんだ優しいし!」

 

「…はぁ」

 

 

呆れたような顔をするフジ。

そこで日和ったら駄目だろー。アタシはやられっぱなしなんだ。少しは思い知らせてやりたいね。

 

 

 

「くくく…決行は夜、サブ公の部屋だぞぉ…」

 

「これは痛い目見ないと分からないタイプだね。私はやらないよ」

 

 

ええい、一人でもやってるよ。

サブ公にアタシの強さを思い知らせてやる。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

「ふぃー…」

 

 

練習が終わってホテル。

夕食も食べ終わって温泉に浸かる。高い金を払ってるだけあって露天の景観も良い。

 

ちなみに肝試しは中止にしたらしい。

何だかんだ言って彼女等も怖いのは苦手だからだ。部屋に集まってトランプでもやるんじゃないか?

 

…本当にゆったりできて良い温泉なのだが、隣が女湯だ。

絶対に覗けないよう極めて高い仕切があるのだが、声が聞こえる。本当にあったのかこういうシチュエーション。

 

 

「ブライアン…アンタまた大きくなったんじゃないかい?」

 

「ふん、邪魔なだけだ」

 

「!!!!!」

 

 

あ、ああ…駄目だ、聞いてはいけない会話だ。

深呼吸して耳を塞ごう。うん。俺はトレーナーだぞ。劣情を抱いてはいけないんだ。

 

 

「すー、はー。すー、はー。よし」

 

耳を塞ご──

 

 

「そういやさぁ、さっきサブ公の鞄から部屋の鍵くすねてやったんだよ」

 

「ホワッツ!?ドロボーだから捕まっちゃいますよ!?」

 

「安心しなタイキ。悪用するつもりは無い。ちょっと先に部屋に行って驚かせてやるだけさ。幸いエアグルーヴはルドルフ先輩の背中流しで今は中に入ってる。バレないさ」

 

「アマさん…そういうのは良くないと思うぞ」

 

「だってサブ公がアタシを雑に扱うんだ…アタシを怒らせると怖いって事を思い知らせてやる!ケッケッケ…」

 

「…勝手にしろ」

 

「なんだい?もしかしてアンタも来たいってのか?」

 

「…はぁ、行く気なら直接行ってる」

 

「え、それはちょっとまた違う意味でまずい気が………ともかく、サブ公の驚く顔が見たいねぇ…グヘヘ」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

──舐めやがって。

 

 

「ヒシアマゾン。お前は中々にかまちょだな」

 

 

粉砕してやる。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

ちょろいな。

サブ公、ちょろいよ。ちょっとからかって気を向ければ鞄が隙だらけなんだから。

しかもこんな時にのぼせちゃうんだからねぇ…ますます先に部屋に入りやすくなっちゃったよ。

のぼせて横になってるサブ公はタイキに介抱されてる。

今がチャンスだ。

 

鍵が無い事に気付かないサブ公は部屋の前に立ってやっと焦り始めるだろう。そして何故か鍵が掛かってない自分の部屋。

そこで入ってきたサブ公に向かって威嚇。完璧だ。

 

カワイイ悲鳴を聞かせてくれよぉ…?

 

 

「326号室と…ここだね。おじゃましまーす」

 

ま、アタシ以外いないんだけど。

部屋は一人部屋で、特別アタシ達の部屋と変わった風景などは無い。

 

 

本来ならばサブ公を待つ為に潜伏しなきゃいけないが、のぼせているから時間はかかるだろう。だから少し気になる物を見る。

サブ公のトランクケースだ。チラ見した時は衣服の他に写真みたいのがあった。あと束ねた紙も。

 

 

「ナルホドね。記念写真か」

 

 

G1勝利ごとの記念写真。シービーとブライアンしか担当していない筈だが、他も混じってる。恐らく違うチームのサブトレーナーをしていた時の写真だろう。

輝かしい思い出なのだろう。

 

 

「そしてコレは……え」

 

 

少しボロボロなプリントを束ねたもの。

それに書いてある物は、なんか凄かった。手紙の様なもの。しかし本人の字では無い。誰の物だ…?

 

 

 

【私もシービーさんの様になれますか?】

 

【ミスターシービー先輩の様な三冠バになりたいです】

 

【模擬レースで勝てません。ナリタブライアン先輩はどうやったんですか?】

 

【少しの間だけでも良いです。強くしてください…ナリタブライアンさんの様に】

 

【ターボね!てがみ書けばトレーナーになってくれるって聞いたの!あのね、前にいって差をつけたいな!大逃げっていうの?だからおねがい!】

 

 

 

「………気味が悪いね」

 

 

アタシは恐怖した。それは誰が見てもウマ娘がサブ公に意見を願う手紙に過ぎず、普通の文章だ。

 

 

だが、数十枚の内容…どれを見ても呪詛の様に書かれているのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。嫌な程に、繰り返される。一枚だけは違うものもあったが。

 

…まるでシービー先輩とブライアンをダシに呼び寄せてるみたいじゃないか。サブ公はそんなことをしないだろうけど。

 

 

 

「ああ、それを見たのか」

 

「サブ公…なんだいこれ?」

 

「これはな。戒めみたいなものだ」

 

「戒め…?サブ公それってどういう……………え?あ、あの、なんで、その、あ、サブ公?」

 

 

アタシ一人でいたよな?

何で、まさか後ろにいたのか?

 

 

()()()。部屋にヒシアマゾンがいるもんだから」

 

「あー……。サブ公、鍵落としてたぞ!」

 

「そうか、それは助かったな。夕食後のお前との会話の時、鞄から無くなってたのに気付かなかったよ」

 

「や、やけに詳しいね落とした時間に」

 

「何で音がしなかったんだろうな。床は木製なんだから鍵を落としたら音くらいする筈なのに」

 

「さ、さぁ…」

 

 

あれ、サブ公盗んだ事に気付いてない?

好機!このまま逃げる!

 

 

「茶番終了。粛清」

 

「あっ」

 

 

無理っぽい。

フジ、いつだってアンタが正しいよ。

 

「あと、のぼせたと言ったが嘘だ。タイキも演技に付き合ってくれたぞ」

 

「そ、そんな」  

 

「ネタバラシも済んだことだし、覚悟しろ」  

 

 

あ、まって。

 

 

 

「ぐぎゃぁぁぁぁ!!!!」

 

 

凄絶な、耳絞りを食らった。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

「サブ公」

 

「なんだ」

 

 

アタシはマッサージを受けた。

アタシが強請った。こんなにも耳にダメージを受けては練習に支障が出るぞ、と。結局全身を解してくれるのはサブ公の良いところだ。

 

で、マッサージを終えて暇だから、会話ついでにアレの事を聞いてみた。

 

 

「あの手紙たちはなんなんだ?戒めって…?」

 

「…そうだな。あれはシービーが引退して、ブライアンが三冠を達成した直後の時だ。若手トレーナーとして話題になって、入学したばかりのウマ娘やデビューできていない中等部が俺に目を向けた」

 

「ふーん」

 

 

記事にもよく書かれていたね。

それでも若すぎる上に担当したウマ娘が二人だけだから、批判的な目も多かったけど。

 

 

「俺はスカウトをあまりしない質だったから、俺の担当ウマ娘になりたいという意思表示をすればトレーナーになってくれるという噂が立った」

 

「デマなの?」

 

「いや、実際正しい。だからか、俺に会えない奴は手紙としてソレを部室に送ってきた。名前を見てみろ。戦績が乏しいウマ娘ばかり…何をすればいいか分からずに置いてかれた奴等だ」

 

「確かに…」

 

 

G1レースに出場すら届かない者が多い。

サブ公が担当していたらどんな強さに育っていたんだろうか。

 

 

「だが、同時に俺は駄目なトレーナーになっていたんだ」

 

「なんでだ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()見られていたからだ」

 

「…?」

 

 

どゆこと?

シービー先輩やブライアンがいないとサブ公はこの世に存在できないとかそういう話?サブ公は幽霊?

 

 

「分かりやすく言うと、シービーの様になりたいからとか、ブライアンの意見を参考にしたいとか。そんな感じで俺は秋道トレーナーとして見られていなかったんだ」

 

「…まぁコレを見たら分かるよ。シービー先輩に憧れて、ブライアンの様になりたくても、アンタに育ててもらいたいとは書いてないもんね…」

 

 

少し難しいね。

確かにサブ公に指導をお願いしてるんだけど、それは三冠を達成した二人に近づきたいからで、二人の有名性に引っ張られた形で優秀と称されるトレーナーになってしまった事が気に食わないんだろう。

 

 

「別に彼女等の手紙が嫌な訳じゃない。ただ、シービー達の名に依存する形になった自分が情けないと思っただけだ。もし、担当したウマ娘の成績が振るわなかったら、俺は見向きもされていないだろうからな」

 

「で、蹴ったのかい?」

 

「…ああ。ブライアンが怪我をした事もあって少し精神に余裕が無かった時期だ。今じゃ結局デマだったと言うことにされてるが、全部断ったのは申し訳ないな…」

 

 

 

…へぇ。サブ公にもそんな時期があったのか。

 

 

「これからも俺はトレーナーをする。その時に【秋道トレーナー】じゃなくて【シービーのトレーナーだった人】と呼ばれる様な人間であってはならない。担当ウマ娘の名声にあぐらをかいてるようでは意味がないからな。その紙は自分を見つめ直す為に持ち歩いているものだ」

 

 

そう語るサブ公は少しシュンとしてしまっている。

その時は本当に苦労していたんだろう。

 

 

「タイシンやゴールドシップ等は自分のやりたい事に全力だったから、そういう姿には助けられた。ターボに関してはデビュー直前まで見た。チームがいい感じに見つかったからそちらに預けたよ」

 

「確かにそういう奴等は経歴で人を見ないね。自分そのものを見てくれるかで評価する」

 

 

アタシもそうだ。

おハナさんがアタシを見つけて、アタシもおハナさんを見て、だから選抜テストに出てリギルに入った。

 

スズカは合わなかったけど、あんなにウマ娘の走りと身体の事を考えてくれて、安全にレースに出させてくれる人は余りいないだろう。

 

 

 

「ま、安心しなよ」

 

 

サブ公の髪を掴んで顔をアタシに向けさせる。

そうだ。アンタは前を向いてた方が良い。ただいつもの様に勇気づけてくれたら良い。

 

 

()()()()、アンタを見てるから」

 

 

 

 

サブ公の頬が濡れた気がした。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

 

大歓声。

溢れんばかりの観客と、それに続いた声が響き渡る。

 

 

 

「何だかんだ決勝、か」

 

 

URAファイナルズ。

秋川理事長が作り出した、あらゆるウマ娘が参加出来る理想のレース。芝とダート、短距離から長距離まで全ての距離に対応しており、予選から準決勝に渡り決勝に至る。

 

当然殆どのウマ娘が参加するのだから数多くの予選を設け、その一着しか前に進めない。結果的に決勝戦は歴戦のウマ娘が集まることになる。いわばオールスターと言っても過言では無いだろう。

 

これはその第一回。

これからは年に一回年明けに開催するらしい。

 

 

「リギルばっかじゃないですか先輩」

 

「アマゾンにブライアン、エルの三人だけよ」

 

「だけってなんですかだけって。予選と準決でいい感じにバラけて決勝行くなんて偶然でもなんか酷いです」

 

「文句言わない。こっちだって苦労したんだから」

 

 

ロングコートを着た男の襟元にはトレーナーバッジが付けられている。

やっとチームを作ろうとしている秋道邁である。

横には東条ハナ。

 

 

 

「苦労?ブライアンが何かやらかしましたか?」

 

「アマゾンの方よ」

 

「…心当たりは無いですが」

 

「オールカマーで良い勝ち方をしすぎたのか、アナタのメニューが忘れられなくなったのよ」

 

 

 

オールカマーで快勝したヒシアマゾンはサブトレーナー契約を終え、またリギルのメニューに戻った。

あの指導はメンタル改善のつもりで、ヒシアマゾンの根本を変えるつもりは無かったからだ。

 

しかし、彼女は邁のメニューが身体に染み付いてしまった。いつものメニューに体力的な余裕が出来てしまい、精神的な欲求不満に陥った。

そして、気がつけば彼女は自身にスパルタ訓練を課していた。それも正確に、自身の身体を傷つける事なくだ。

 

 

「怪我をするから辞めろと言っても、怪我をしないようにやってたから文句言えなかったのよ。リギルは私の指示を聞く事が最優先だけど、アナタのメニューが余りにも彼女に合っていたから、個人的に変えたく無くなった」

 

「トレーナーがいてこそのメニューだから、3ヶ月間の中だけって言ったのに…」

 

「それだけ身体に刻まれていたって事よ。実際に故障は起きていないし、何よりありえない速度で強くなり続けている」

 

 

 

この中距離部門。

準決勝はどれも凄まじいものだった。ペースが落ちないナリタブライアン。追い上げの極地に至ったヒシアマゾン。マークを無意味にするエルコンドルパサー。

 

──準決勝でヒシアマゾンに敗れたビワハヤヒデはこう語った。

 

『後ろから来た筈なのに、前を走られていた気分だった』

 

追い上げるヒシアマゾンから逃げる展開。次に目を向ければヒシアマゾンを追いかける展開。抜かれた意識が無いほど、圧倒的な走りだと、そう言っていた。

 

オールカマーを見届けた邁ですら、その光景は驚愕に値するものだったのだ。

 

 

「さて、改めてトレーナーとして三人育てている貴方だけど、今回はどう見るの?」

 

「……運、ですね」

 

「そう」

 

「安定感で見ればブライアン。位置取りが上手く行けばヒシアマゾン。引っ張るのはエルでしょう。正直判断に困る」

 

「レースに絶対は無い。でも間違い無く強者が勝つ。見届けましょう」

 

 

 

───────

 

 

 

 

ターフで見つめ合う二人がいた。

空間が歪んでいると錯覚する程のプレッシャーがそこには存在し、精神統一を図っていた他のウマ娘達も、ソレを意識したら乱れるだろう。

 

ヒシアマゾンと、ナリタブライアン。

 

 

 

「アマさん」

 

「なんだい?」

 

「──勝つぞ」

 

「二度はないよ。勝つのはアタシだ」

 

 

 

語るべき事は済んだ。後はゲートに入るだけだ。

直前、彼女等の目に映ったのは自身のトレーナーと、その横にいる男が向けた真摯な瞳。

 

 

(アンタは今何を思ってる?)

 

 

誰が勝つのか考察しているのか、はたまた誰かの勝ちを願っているのか。それは本人にしか分からないことだ。

少なくともヒシアマゾンは男に恥じないよう走る、そう心に決めた。

 

ナリタブライアンも同じだ。

進化とはいえ簡単に抜かれるほど鈍ってはいないだろう。

 

 

 

(アタシが───)

 

(私が──)

 

 

両者は闘争心を滾らせる。

 

勝つのは、怪物か女傑か。

ゲートが開く。

 

 

 

「「勝つ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

結果はその場の者にしか分からない。

怪物が怪物のままであったのか、女傑が再燃の兆しを見せたのか。

 

 

どの結果であれ、人々は言うだろう。

『最高のレースだった』と。

 

 

 

 

 

EP2 女傑(ヒシアマゾン)


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