たまに寄り添う物語   作:ルイベ

3 / 10
色物キャラでクッソ強いオペラオー好きです。
だから文字数が勝手に4万いった。


テイエムオペラオー

覇王は負けないのでは無い──負けられないのさ。

 

 

 

────────

 

 

シービーの菊花賞。

隣にヤケに興奮しているオレンジ色の髪が目立つウマ娘がいた。小学生か中学生くらいだったか?声と物腰が大人びている子だった。

 

 

『これが三冠…これが…ミスターシービー…!』

 

『気になるか?』

 

『…あなたはミスターシービーのトレーナーさん…?』

 

『一応な。どうだ?このレースは』

 

『凄い、としか言えないね。あんな走りが出来るなんて…』

 

()()()()()()?もしかして君は走りの経験があるのか?』

 

『あ、ああ!一応トレセン学園を目指している…』

 

『中央か?』

 

『そう』

 

『そうか、頑張れよ。モチベーションを保って、常に一番を目指すことが大事だ』

 

『…少し不安なんだけどね』

 

『む…そうだな。憧れの存在はいるか?または好きなものとか』

 

『ミスターシービーの様なスター…あと、その、オペラとかが好きだね…うん』

 

『じゃあいっその事理想になりきってみればいいんじゃないか?』

 

『え、どういう?』

 

『あ、その…いや。気にしないでくれ。変な事言って悪かった』

 

『…(わたし)は──』

 

『おっと、時間の様だ。中央でまた会った時は名前を聞こう』

 

 

去り際に、そのウマ娘はシービーを見てぼそっと呟いた。

 

 

あれ(栄光)が…(ボク)の理想…!』

 

 

 

 

 

 

翌年、そのウマ娘によく似た姿の子がやって来た。

だが王冠状の耳飾りと、その強烈なキャラクターから前に会った彼女では無いと分かった。一人称だって違う。

 

 

 

『ボクの名前はテイエムオペラオー。早速だが!君の指導を受けたい』

 

『何を目指しているかって?決まっているじゃないか!覇王だよ!』

 

『覇王とは、常に皆の前にいる存在であり、いつ如何なる時も強者として在り続ける。ボクの目指している境地はそこだよ』

 

『…模擬レース?いいね!やろうかナリタブライアンさん!』

 

『なぁに、君は気にしなくていい。これも試練と言う事さ』

 

 

 

 

  

 

『……完敗だ。大差、とはね……』

 

『どうやら、ボクはまだ理想を追える段階に至ってないらしい。恐ろしく、弱い』

 

『…今のボクはここに相応しくないな』

 

『止めないでくれ秋道さん。ボクは挫けてなどいない』

 

『これから、強くなる。だから──覚えていろ…ブライアンさん……!!』

 

『テイエムオペラオーは貴方より強くなる。次に会うときは…』

 

『覇王として、()()()()()時だ!!!』

 

 

 

───────────

 

 

 

 

「秋道くーん!!」

 

「たづなさん?どうしました?」

 

 

生徒達の授業が終わって夕方に入りかけ。

トレーニングを見る為に練習場に向かう途中、たづなさんに呼び止められた。

 

 

「何とですね!貴方のチームに入りたいウマ娘がいます!!」

 

「ホントですか!?」

 

 

現在俺が見てるウマ娘は4人。つまりあと一人でチーム登録が出来るってわけだ。チーム名義で無くてもウマ娘を出走させる事は出来るが、その分個人の成績として大きく見られる。

長かった…。トウカイテイオーの活躍で皆スピカに吸われるし、リギルは満杯だ。カノープスはターボを始めとした勧誘地獄によりじわじわ派閥を広げている。

 

 

「今回は他チームからの移籍となります」

 

「…え。何も話していませんが…」

 

「はい…今回はそのウマ娘が余りにも駄々をこねたらしく、そのチームのトレーナーも彼女の意思は承知の上だそうです」

 

チーム間の移籍には両トレーナーの承諾が必要だ。今回俺に確認の用紙は来ていない。手違いだろうか?

 

何にせよ、俺だったらスカウトしたウマ娘を手放さないな。

本人が自分の指導で悪影響がある場合なら別だが。

 

 

「そのチームのトレーナー曰く、会ってみて判断してほしいと」

 

「取り敢えず加入するならさせていいという事ですね?どのチームの誰ですか?」

 

「あー…それが本人に秘密しろと言われまして。取り敢えず、会ってみてのお楽しみだそうです…」

 

 

たづなさんにしては珍しい。

どんな時も仕事を全うする人だから、仕事に響く駄々は見過ごす筈が無い。納得できる理由があったということか。

 

 

「分かりました。ではそのウマ娘に伝えてください。『午後17時、秋道の部室へ』と」

 

「分かりました!秋道君も仕事頑張ってください!!」

 

 

そう言ってたづなさんはバタバタと走り出した。

忙しいのか、ウマ娘並の速度が出ている。

 

…いや、通常時でも同じようなもんか。

 

取り敢えず、練習予定のウマ娘達に連絡しておこう。いや、いっそ今日は休みにするか。この頃基礎能力向上に努めてたから、休ませてもいいか。新人歓迎会といこう。

 

何時もはどこに集合かメッセージアプリで伝えている為、練習中止のメッセージも反応してくれるだろう。

早速送る。どう返してくるだろう。

 

 

 

   

 

『今日は新しいメンバーが来る。お前らも疲れてるだろうし練習休みにして歓迎会しよう』既読4 16:03

               

『は?ドタキャンは無いでしょ』既読4 16:03

 

『同感だな。常識ねェのか?』既読4 16:05

 

『えと…私はお任せするので』既読4 16:05

 

『……誰が来る?』既読4 16:09

 

 

こ、こいつら…。

死ぬほど距離感近いな……。ドタキャンは怒るのもしょうがないが、そこまで言わなくても…一応トレーナーなんだけど。

 

 

『…実は知らされてない。17時に部室に来るからお前らも来て欲しい』既読4 16:10

 

『実はってなんだ実はって。聞けよそんくらい』既読4 16:13

 

『分かりました、17時に行けば良いんですね』既読4 16:14

 

『ほんと計画性無いんだね』既読4 16:14

 

『くだらん、帰る』既読4 16:17

 

 

……まぁアイツ等なら来てくれるだろう。

ボチボチ時間潰して部室に行くとするか。

 

 

「どんな問題児が来るのやら…」

 

 

うちのメンバーの半分は気性難だ。

どんなチームになるか楽しみだ。

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

16時40分。書類を少しだけ纏めてから部室に来た。

今入るところだ。

 

 

「…早いな」 

 

「お前が遅ェ。んで呼んだ側が最後なんだよガキでも分かんぞマナーは」

 

「こっちは練習休みにされたんだけど」

 

「すまん」

 

「ま、まぁお二人とも…この頃疲れが溜まっていましたし、いいタイミングだったかと…」

 

「偶然だな。ドタキャンする奴が機会に恵まれただけだ。コイツ甘やかしたら調子乗んぞ」

 

 

好き勝手言いやがって。

この癖強メンバーを紹介しよう。

 

 

エアシャカール。

ヤンキーじみた口調のヤンキーじみた見た目をした気性難のウマ娘。意外に数学脳だ。今は脳の回転を早める為に持ち込んだゲーム機をカチャカチャさせている。デビューしたのは最近だ。本人的にはレース検証の時間がたっぷり欲しかったらしい。

主なGⅠ戦績:皐月賞一着、東京優駿二着。

 

ナリタタイシン。

反骨精神たっぷりの追込みウマ娘。溜め込んだ末脚の開放は鋭く、俊敏だ。体格も相まって、抜かれる時は気付きにくいかも。今は趣味のスマホゲームを嗜んでいる。

主なGⅠ戦績:皐月賞一着、東京優駿三着、春の天皇賞二着、宝塚記念一着。

 

シガーブレイド。

シービーのゴリ押しでうちのチームに入った。強者に臆すること無くレース展開が出来る貴重なウマ娘で、執念は強い。そして常識人かつ真面目。今は過去のレース動画を見ている。

主なGⅠ戦績:皐月賞二着、東京優駿二着、菊花賞一着。

 

レリックアース。

気性難の最大手。何をしても言う事を聞かない。だが、本気を出したら誰よりも強くなれるウマ娘でもある。なぜ俺のチームに入ったかは未だに良くわからない。寡黙で目付きが多少鋭い為、相手を萎縮させる。今は寝ている。

主なGⅠ戦績:有記念二着、ジャパンカップ一着。宝塚記念一着。

 

 

我ながらスピカの様な面子だと承知している。

 

 

「ちなみに、今回はチーム間の移籍だ。本人の意向で元のチームと名前は伏せられている」

 

「…合理的じゃねェな。どんな奴でも名前を知らせりゃ功績が分かる。それが信頼に影響する事くらい解る筈だ。…ただの酔狂ならアホが来るって思っといた方が良いんじゃねぇか?」

 

「…そうかもな」

 

「もしお前が何でも受け入れるって思われてんなら…舐められてるって事だ。気に食わねェがな」

 

「お前がキレるのか」

 

「オレ達も結果は残してる。そのウマ娘を育ててるお前が舐められるのは理に適ってねぇだろ?」

 

「何方にせよ決めるのは俺だからな。お前も表情だけは柔らかくしてくれ」

 

「チッ…わァったよ」

 

シャカールは思慮深い。

ナニモノにも考察を欠かさないタイプだ。その本質を見据えた結果だからこそ、性格はキレっぽいのでは無いか?鋭すぎるという意味で。

 

 

「もう来ると思うけど…歓迎会って何すんの?」

 

「チーム登録をする為に名簿記入とチーム名を決める」

 

「歓迎会じゃないじゃん…てか以外と長い感じ?」

 

「20分くらいで終わるんじゃないか?」

 

「はぁ…早く来てくんないかな」

 

 

タイシンはほんとに面倒くさそうだ。しょうがないだろ急だったんだから。

と、ここでアースが起床。何かを感じ取ったらしい。

 

 

「誰かドアの近くに来てるな。歩幅的にチビ」

 

「おい、チビとか言うな」

 

「タイシン、悪かった」

 

「何でアタシなのぶっ潰すよ?」

 

「喧嘩すんな」

 

 

アースはこういう時に天然じゃ無いんだ。単純に他人の気分など知ったことかという性格。口も悪いし、今みたいにタイシンに飛び火させて喧嘩誘発なんてよくある事だ。

シャカールが絡めばもっと混沌と言う事もある。

 

もしかしてうちに入りたがらないウマ娘が多い理由って、こいつ等のせいじゃないか?

時計は17時丁度を差す。もう来るだろう。

 

 

「…ドアの前で止まったな」

 

「私が開けますね」

 

「助かる」

 

 

誰が来る。

チーム所属…黒沼さんのとこか?スピカもカノープスも脱退するような面々じゃないし、スズカみたいなレアケースを除けばリギルを脱退するメリットは無い。

 

 

…何だ、少し眩し──王冠?

そして勢いよく開いたドアにシガーが挟まれ…

 

 

「やぁ!やぁやぁやぁ!!ボクさ、テイエムオペラオーさ!!」

 

「ぐほぁぉぉぁぁ!!!」

 

「し、シガァァァァァァァァ!!!」

 

「お…お構い、無く…」

 

 

シガーが目をぐるぐるさせて気絶した。

しかしオペラオーか…何か用があったのか?

 

 

「オペラオー…生憎今は時間が無い。用事なら明日にしてくれないか?」

 

「む?それは困るねぇ…」

 

「困るも何も、コイツが人待ってんだ。今日の所は大人しく帰んなァ」

 

 

シャカールフォローが入った。

正論と威圧の混じった頼もしい援軍だ。それを聞きオペラオーはますます笑みを深める。何を興奮してるんだか。

 

それを見てシャカールは何か考えている。

 

 

「いや…まさかな。ありえねェ…」

 

「どうした?」

 

「何でもねぇ。とっととソイツ追返せ」

 

「だ、そうだ。済まないなオペラオー。また明日…」

 

「…ハハッ!ハッハッハッハ!!」

 

「ッ!やっぱコイツ!!」

 

「もう何がなんだか分からん!シャカール、説明!」

 

 

 

何だこの高度な情報戦は!?

シャカールは何かに気づいて驚いてるし、オペラオーはこの状況が楽しくて楽しくて仕方ないようだ。

 

混沌。動揺しているシャカール、状況を飲み込めない俺とタイシン、気絶したシガー、良い声で高笑いをするオペラオー、口笛を吹いているアース。

一番賢いシャカールに状況解説を求める。

 

 

「信じられねェがコイツ…お前の──」

 

「おっと!そこから先はボクの役目だよ?」

 

「……腑に落ちねェ。ああ、腑に落ちねェなぁ」

 

「ボクにも思惑はあるさ」

 

 

オペラオーは決して笑みを消さず、次は好戦的──獰猛な笑みを浮かべて白い紙を俺の前に置いた。

 

 

 

…おい、まさか。

 

 

 

「加入届けだよ。邁さん」

 

「………」

 

 

 

偽物では無いか、よく確認する。

下の著名欄。押されたハンコの文字は【東条】。

 

 

 

 

「………Wow」

 

「ワオじゃねェだろバカタレが!!!」

 

 

シャカールにひっぱたかれた。

めっちゃ痛い。そこから頭を掴まれ揺らされる。

 

 

「てめェどんな事したらリギルの奴抜きとれんだよ!?賄賂でも送ったのかああ゛!?」

 

「知らない!本気で知らないから!オペラオーが勝手に来たの!!」

 

「フフフ…やはり賑やかさは美徳だね」

 

 

何納得した気になってんだ!

俺はお前の決断も先輩の判断も理解できないからな!!

態々リギル抜けてまで何で俺のとこ来んだボケ!

 

 

「さぁ!輝かしい伝説の始まりだ…その第一歩として、ここにチームの名を刻もう!」

 

 

もうどうにでもなれば良い。

タイシンは放心して口をあんぐり開けているという…一般に言うアホ面を晒している。

アースはちょっと意外そうな顔をしている。

 

大騒ぎの俺達とは大違いだな。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「理由を」

 

「ふむ…ボクは過去、確かに『戻ってくる』と言ったがね…」

 

「リベンジという意味ではないのか?」

 

「誤解させてしまったなら謝ろう。しかしリギルに入ったのは力を付けるためで、おハナさんにその事は話していたよ」

 

「…」

 

 

先輩…それくらい教えてくれても良かったじゃないですか。

 

 

「本当に移籍するんだな?」

 

「ああ!」

 

「分かった。なら改めてよろしく、オペラオー」

 

 

正直未だに疑念が消えないが、本人が本気ならそれに答えるのが道理。

 

 

「で、チーム登録も同時に済ませるが、名前がまだ決まっていない。候補はあるか?」

 

「どのチームも星の名前つけてんだろ?何かそういう決まりあんのか?」

 

「俺もここに努めて4年になるが、そんな校則は無いな。様式美みたいなものだ」

 

「使い尽くしたらどんなシリーズが来んのか分からねェが、オレ達も奇をてらう必要はねェ。ある内に大人しく星を使おうぜ」

 

「アタシ星に詳しく無いから任せるよ」

 

「あ、私もです」

 

 

タイシンとシガーにこだわりは無いか。

かと言ってダサいのにしたら怒られそうだな。

 

 

「ん、あったぞ。こんなのどうだ?」

 

 

珍しくアースが星を探しているらしい。

スマホを見せてくる。

 

 

「【アルデラミン】か」

 

「自転がめっちゃ速いって書いてある。重力減光があって遠心力がどうとかで暗くて冷たいらしい。良くわからん」

 

「アルデラミンねぇ…いいじゃねェか」

 

「乗り気だなシャカール」

 

「逸脱した速さを求めんのがオレ達の特徴だろ?そのせいで冷えて凍って異質になってる星だ……尖ってるオレ達にピッタリじゃねぇか」

 

「…言われてみればそうなのか?」

 

「ボクは王道を征きたい!尖っては駄目なんだ!!」

 

「オペラオー…お前は尖ってンだろ」

 

「なに!?覇王が!?」

 

 

アルデラミンのムードになった。他に意見が無いなら採用するつもりだが、オペラオーも望みがあるらしい。

 

 

 

「一応オペラオーの意見も聞こう。どんなのがいい?」

 

「チームファントム!!」

 

「オペラ座は星座じゃねェ」

 

「えぇぇ!?そうだったのかい!?」

 

 

 

 

決定。チームアルデラミンにします。

やりましたよ、理事長(やよいさん)

 

 

 

───────────

 

 

 

 

「模擬レース開始3秒前ーーー」

 

 

 

アルデラミン結成の次の日だ。

練習として、5人での模擬レースを提案。幸運な事に、ウチのチームは全員中距離に強い為、同じ距離を課すことが出来る。今回は2400mを設定した。

 

 

「3、2、1、スタート!!」

 

 

真っ先に前に抜けたのはアース。その後ろには先行の構え、オペラオーだ。

アースの気分は逃げ。スタミナが持つか心配だが、自分の事は本人も良くわかっているだろう。

 

 

「面白いな」

 

 

この二人は良い。だがあとの三人は少し異質だ。

王道の走りとは言えない奇策のような行動、それが追込みだ。その使い手が三人いる。一応シガーは差しも使うが、追込みを選択することが多い。

 

いい感じに足を溜めてるが、それをいつ使うかだ。

5人という少人数。しかも逃げと先行が前にいる中で、後ろに留まる追込み。どれだけ冷静にスパートをかけるタイミングを見極められるか。

 

こういう事態に強いのがシャカールだ。

ペース配分を自ら計算し、実践で証明完了とする。ロジカルを愛する彼女ならではの強さだ。

 

タイシンは直線で言えば最も速い。皐月賞の最終直線、『どこから来た!?』と話題になった事もある。

ウイニングチケット、ビワハヤヒデと同じ時期に走る事を望んだ為、以前代理という名義でトレーナーをした。それ故に今一番付き合いのあるウマ娘だ。粘り強く勝ってほしい。

 

そしてシガー。

シービーが探してきたウマ娘だ。同じとは言えないが、その走り方はどこかシービーを彷彿とさせる。しかし師事している訳でもないので不思議なものだと思った。

 

現実の話をしよう。シガーには活躍できるだけの才能がある。それはレースで好成績を残せるという貴重かつ必須な才能だ。

だが、一着を取るには難儀する。世代的にはトウカイテイオーがいたからだ。だからこそ負けじと食い下がり、強者を焦らせる圧がある。俺はその特性を推す。

 

 

「勝負は最終コーナーからだ」

 

 

思考を巡らせている内に最終コーナーに入った。

アースは失速の兆しがない。恐らく好調だ。オペラオーも良い加速をしている。その上でだ。

 

 

「今回はタイシンだな」

 

 

シャカールは内から、シガーはオペラオーの横につくように向かった。外側から攻めるはタイシン。

今回はブロックが無いため、純粋な加速力を味方につけたタイシンが勝つと踏んだ。

 

 

「シャカールも追いつけて……シガーはキツイか」

 

仕方ない。逃げ1、先行1、追込み3の不安定なレースだ。運びを失敗しても文句は言えない。

それでも追いつこうとする意欲があれば十分だ。

そうして、レースが終了した。

 

「良し」

 

 

悪くない。

アースもオペラオーに抜かれる事が無かったし、シャカールも自分の考えでよくここまで追いついた。

 

総評を聞きにウマ娘達が集まる。

模擬レースをしたのは初めてでは無いが、オペラオーが加わった事で何時もの光景が消え、新鮮なレース運びを見る事が出来た。

 

 

「まず一着タイシン。人数差を見てコーナーから仕掛けたな。上手い。タイミングも見極めていたようでなにより」

 

「ま、本番でこうはならないと思うけどね」

 

「その時はまた、バ群を良く見て走ればいい」

 

「うん、分かった」

 

 

本人的にも型にはまったレースだったらしい。

経験値の差は伊達じゃないな。

 

 

「二着アース。逃げる気はあったが微妙に抜かれたな。パッと見でクビ差。もうちょっと飛ばしても良かった」

 

「コイツやりづらい」

 

「ハッハッハ!覇王の威光は絶えず、と言う事さ!」

 

 

アースはオペラオー独特の圧で少し弱気になったか。

その隙を突かれタイシンに抜かれた。それでもオペラオーより前に行ったのは見事か。

 

 

「三着オペラオー。恐らくこの面子で模擬レースをしたのは初めてだと思うが、良く走った。強いていえばタイシンに気付くべきだったな。最後の最後で抜かれている事に気づいていない」

 

「いや、ここで一位を取るつもりだったんだけどねぇ。中々に強い」

 

 

本人的には納得していないらしい。

 

 

 

「四着シャカール。仕掛けるのが遅すぎたな。オペラオーの強さを見誤ったか」

 

「…チッ。アースも言ったが、コイツはやりズレぇ。こっちが躱されてるみたいだ」

 

「オペラオーの走り方、それは先行とはいえ加速は差しにほんの少し近い。様子を見ずにとにかく抜き去ることをオススメしよう」

 

「そりゃあ無策だ。ロジカルじゃねェ。どんな奴にだって弱点と隙がある。それを突き詰めんのは無理な話じゃねぇ筈だ」

 

「俺としてはたまに突っ込んでくれても良いがな。それがまかり通る強さがお前にはある」

 

「…考えといてやる」

 

 

 

物分りが良い。

 

 

 

「そして、シガー」

 

「…はい」

 

「良く頑張った。終盤に勝てないと悟ってシャカールについていく形の走りにしたな?」

 

「…ごめんなさい。無気力的な走りでした」

 

「責めてない。お前は良い方向に現実が見えていた。このままでは勝てないと分かったから、少しの可能性を見いだせた訳だ。その判断力は力になる。励め」

 

「…はい!」

 

 

シガーは繊細だが、立ち直りも早い。

強い子だ。シービーが見初めたのは才能よりもその精神なのかもしれない。

 

 

 

「この後柔軟に入り終了とする。質問か要求あるか?」

 

「要求。アタシまだ走れるんだけど」

 

「模擬とはいえ全力レースの後なので却下」

 

「……分かったよ」

 

「要求。糖分摂取用のラムネが切れた。買ってくれねぇか?」

 

「分かった。買っておく」

 

「ありがとよ」

 

 

ウマ娘の機嫌を取るために要求タイムを作る。これは非常に大事な事で、我儘を許容出来るだけの財力があれば効果的だ。

 

 

「要求」

 

「ほう」

 

 

練習初日から順応力が高いなオペラオー。

しかも要求ときた。どうくる。

 

 

「完璧と、言ってみてくれ」

 

「……ははっ」

 

 

試されている。多分。

この結果でオペラオーに満足しているのか、はたまたこれ以上を彼女に求めるのか。それはトレーナーの判断だ。だからこそ彼女は俺が求めている物を把握する気だ。

 

覇王の姿か、中堅ウマ娘か。

無論──

 

 

 

「それは一着を勝ち取ってからだ。…そうだな、なんならGⅠをあと6回くらい勝ってみようか」

 

「…オイオイ」

 

「シャカール。オペラオーはどう答えると思う?」

 

「ハン、んなこたァ知ったこっちゃねえがな。まぁ、読めてるよ。コイツは()()()()()()

 

 

誰もが気付き始めている。

オペラオーの進化に。安定した成績を残しつつも、勝利は少ない。されどその走りに、恐ろしい何かを感じるとウマ娘達は言う。皐月賞の一着よりも、他のレースでだ。GⅡのレースなら3着以上は当たり前という次元。

 

そんな彼女の応えは。

 

 

()()()。やってみようかGⅠ7勝。それくらいじゃないと覇王は名乗れない」

 

 

 

トレーナーである俺に対しても、圧を感じさせる意思があった。

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

「ふっ、ふっ、はっ」

 

「よし、その呼吸だ。それを維持して尚かつ相手を避けろ。…そうだな、俺とタイシンがここに立つから、躱してみろ」

 

「え、アタシも…?」

 

「暇だろ?」

 

「ほんと言葉選べないよね」

 

 

渋々ながらもオペラオーの練習に付き合ってくれるタイシンは優しい。

それにしてもだ。オペラオーの飲み込みは早い。一回アドバイスしたら直ぐに応用に持ち込める。

 

オペラオーの課題はレース運びだった。

なまじフィジカル面で他人より秀でているオペラオーはマークをされれば不利になる面が多い。それを躱しつつ前へ進める自信と判断力が必要だ。

 

 

 

「よっ、とっ、はっ!」

 

「ステップっぽくならなかったのは良い。だが少し減速するな…。そうだ、次は俺達が動きながらやる」

 

 

直線を走るウマ娘を躱すことはできても、コーナーで内側に追い詰められ埋もれるウマ娘は多い。

 

 

「内か外か。自分で進み方を決める為には前を見なければならない。だがしかしそのタイムラグで抜かれるケースも多いな」

 

「…本番次第ということか」

 

 

ほんの少しの不安を見せたオペラオーに喝を入れる気持ちで言う。

 

 

 

「2着も3着も違う」

 

「む?」

 

「ずっと1着を目指してきたお前なら…まぁ、出来るさ」

 

「…君はウマ娘たらしだね」

 

「たらしじゃ無いとトレーナーはやってけないんだ」

 

「俄然頑張る気持ちが湧いてきたよ」

 

 

 

もうオペラオーは心配なかった。

悩みを解決した後はメニューを渡すだけでいい。問題は最近考え過ぎているシャカールだ。

理論的に考え過ぎてフィジカル面に頼る事が少なくなっている。

 

さて、どうしたものか。

二人とも結果を見てから指導法を決めようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

『宝塚記念!誰が彼女を止めるのか!?テイエムオペラオーだぁ!!』

 

 

「強ェな。いきなり結果出したぞ」

 

「ああ」

 

 

 

────────

 

 

 

『京都大賞典…GⅡでも気を抜かない精神力の強さ!テイエムオペラオー!』

 

 

「…」

 

「言うことなし、だ」

 

 

 

──────

 

 

 

『春と秋!これで天皇賞を統べました!テイエムオペラオー!!』

 

 

「………やべェ」

 

「こんな強かったか……?」

 

 

 

確かにオペラオーは強い。

しかし段々と力をつけているにしても、これで合計GⅠ4勝だ。勢いに乗り過ぎではないだろうか?

 

故障に気を付けなければ。

 

 

 

──────

 

 

 

 

『絶対的な強さ!まるで隙がありません!!ジャパンカップも何もかも!テイエムオペラオーの元に納められました!』

 

 

「ねぇ」

 

「…」

 

「なにアイツ」

 

「なんだろうな」

 

 

 

会場には、最早驚愕の声はない。

ただオペラオーを称える声。そして彼女の笑い声しか聞こえなかった。

一緒に走ったシャカールも呆然として見ているだけだ。オペラオーの1着に対してシャカールは7着。菊花賞での勝ち星から遠ざかる結果に会場はざわついたが、それもオペラオーの凱歌に飲まれた。

 

 

「ただ、あの子だ」

 

「メイショウドトウ…」

 

「毎回2着まで来る。皆がブロック等で対策を練ってる中、自分の走りだけでオペラオーに追いつこうとしている。ナイスガッツだ」

 

「…頑張ってるじゃん」

 

「そういえばシャカールと同室だったか」

 

 

シャカールが素直に応援する子だ。

純粋で良い子なのだろう。

 

 

「インタビューの時間だ。タイシン、先帰ってていいぞ」

 

「いや、折角だからライブも見るよ。シャカールも心配だし」

 

「あいつは立ち直れる奴だ。返って一人にさせる方が落ち着くだろう」

 

「分かってるよ。アタシはアンタも心配だけどね」

 

「…どういう事だ?」

 

「だってアンタ記者嫌いでしょ?」

 

「…」

 

 

それは質問次第だな。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

「テイエムオペラオーさん。今回はどの様に走る事を意識しましたか?」

 

 

「かなりギリギリだったからね。そう、前を見る事を意識したと言うべきか!横を気にしてはすぐ抜かれる所だったよ!」

 

 

「なる程…では、貴方から見て今回は圧勝したとは言えないと?」

 

「少し違うさ。圧勝というのは距離の差では無い……どんなに詰めても届かない境地。追い詰めても尚抜けない走りの事を言うのさ。つまりボクは今回も誉れある勝利を掴んだと思っているよ!」

 

 

うむ。

滞りなく進んでいて何よりだ。オペラオーは質問の受け答えが上手い。かれこれ四人目だが、記者共を不快にさせない言葉遣いで返答していく。このまま穏便に終わりたい。そして俺に質問はするなよ貴様等。

 

次の記者に変わる。乙名史さんという有名な女性の記者だ。

 

「次のレースの目処は立っていますか?」

 

「当然さ。年を締めくくる最高のレース──有記念に覇王は現れる!!」

 

「っ!素晴らしいです!!」

 

「是非大きく記事を書いてくれたまえ!『覇王は逃げない』と!」

 

「はい!!」

 

 

何か興奮している。

いつもそうだなこの記者。ウマ娘に詳し過ぎるのも怖い。

ただ、質問がかなり優しいのでありがたい話だ。

 

 

…次の記者に変わった。

 

(チッ…こいつか)

 

 

壮年の男。一番嫌いな記者だ。

 

こいつは以前、シービーが三冠を取った後のレースで敗北を重ねていたときにツッコんできた男だ。

 

『現状、三冠は運が良かったと思いますが…次のレースも運に掛けるつもりですか?』

 

そう聞かれたとき、(はらわた)が煮えくり返った。

努力も知らず、ただ結果だけで憶測を騙り、更には侮辱する。それを記事にし金を稼いでいる事が許せない。

 

ただ、話題性を纏めて公表する仕事だ。それはURAにとっても利益となっている為、感謝する必要はある。

こいつの場合、その方法が勝利の話題よりも敗北の話題性だっただけ。今回、オペラオーに喧嘩を売るのか俺に喧嘩を売るのか分からないが、冷静に対処したい。

 

 

「秋道トレーナーに質問です。チームリギルからの移籍で驚きの声が上がっていましたが、その点についてはどう思いますか?」

 

「私としても、その話は驚いたものです。ただ、双方の合意の上でしっかりと話を付け、より良い結果を残させられるよう彼女を指導しました。特に問題は無いと思っています」

 

「なる程。ですが同じチームアルデラミンのエアシャカールさんは7着です。それについてはどう思いますか?」

 

「本人の走りが出来ていたかどうか。それは私の実力不足と言えます。オペラオーの勝ちに喜ぶ一方、後悔の気持ちも絶えません」

 

(こう言えば満足か?オペラオーの会見でシャカールの話に持ち込むな…!)

 

 

やはり負けについてしか触れないか。

もしくは俺の失言狙いか?上等、躱してやる。

 

 

「では理想の走りが出来ていたら、エアシャカールさんは勝てたと?」

 

「少なくとも、上位入着は硬いと思います。しかしレースに絶対はありません。この結果を受け止める次第です」

 

「…ですが、アルデラミンでのテイエムオペラオーさんの戦績は圧倒的です。指導が偏っているのでは無いですか?」

 

 

……。

 

 

「つまり私がオペラオーに(うつつ)を抜かしていると?」

 

「個人的に今回のレースを見て、そう感じました。エアシャカールさんがミスターシービーさんと同じタイプなら仕方ないと思いますが…」

 

 

"同じタイプ"?

どういう事だ。おい、何が言いたい?

 

 

「それはどういう趣旨の質問ですか?」

 

「クラシック三冠のレースを終えて、燃え尽き症候群に陥っているウマ娘は多いと聞きます。ミスターシービーさんの様に…。だからエアシャカールさんもそのような状態だと感じました。その真意を聞いています」

 

「あり得ません」

 

「…それは憶測では」

 

「憶測にしても、()はトレーナーです。貴方よりもウマ娘について見てきているし、少なくとも現在ウマ娘を5人育ている。レースだけで心情を見抜ける程彼女等は単純ではありません」

 

「ミスターシービーさんはそのまま引退し、ナリタブライアンさんは移籍しました。本当に成功していると考えられますか?」

 

「それは結果が示します」

 

 

糞が。喋るな。

知った風な口で彼女等を語るな。俺を貶す為に彼女等を利用するな。もういい。質問を切り上げて次の記者にしてやろうか。

 

 

「しかしそれでは──」

 

「むむ!!」

 

「…ん?」

 

 

オペラオーが大きく声を上げる。

質問を断ち切ってくれた事には感謝するが、何かあったのか?

 

そして、それを見た乙名史記者がニヤリと笑みを浮かべて声を出す。

 

 

「テイエムオペラオーさん、どうしました?」

 

「済まない、お腹が空いてしまった。レースの後だからね……どうやら覇王にも休息が必要らしい」

 

「確かに白熱したレースでしたからね。お疲れ様です」

 

「正直、倒れそうだ。質問はここまででいいかい?」

 

 

 

…まさか、俺を助けてくれたのか?

 

 

「質問はまだ──」

 

「本当に済まない!!その質問は次の機会に取っておいてくれ!」

 

「…彼女も疲れていますし、記者の皆様方…申し訳ありませんが質問は以上とさせて頂きます」

 

 

ありがとう。オペラオーと乙名史さん。

あのままだと俺は憤死していただろう。

 

 

「次は有記念一着の会見でね!!」

 

「素晴らしい結果を期待してます!!」

 

「ありがとう!あーそれと君達、空腹の部分はカットしておいてくれたまえ?覇王は弱みを見せられないのでね」

 

「了解です!!」

 

 

 

そうして俺はオペラオーに押されて会見場を後にした。

結局助けられてばっかりだ。

 

 

(俺は恵まれてるな)

 

 

優しいウマ娘を担当できる今を…そう、実感した。

 

 

 

──────

 

 

 

少し長めで暗い廊下をオペラオーと歩く。

上機嫌な彼女は鼻歌が目立つ。ミュージカルで使われる様な雄々しい歩き方も交えて。

 

 

 

「オペラオー」

 

「なんだい?」

 

「本当にありがとう」

 

「……はは!ボクはお腹が空いたと言っただけじゃないか!」

 

「とびっきりの飯を奢ろう。今回はお疲れ様会だ」

 

「いいじゃないか!!」

 

 

俺達はもう一人を迎えに歩いている。

 

到達地点には、影がそこに立っていた。

勝負服からジャージに着替え、ポケットに手を突っ込んで壁にもたれかかっている。

 

 

「…よう」

 

「シャカール。お疲れ」

 

「別に疲れてねぇよ。少し感傷に浸ってただけだ」

 

「まだやれるな?」

 

「当たり前だ。次は死ぬ程突き詰めてやる」

 

 

もう立ち直っている様だ。

安心した。これならこの後の食事も着いてきてくれそうだ。

 

 

「シガーとアースは先に帰った。俺はタイシンと合流するぞ」

 

「…何かあんのか?」

 

「今決めた。今日の夜はアルデラミンで飯だ。お前等は俺の奢りで食え……単なる労いの印だ」

 

「シャカール君、好意に甘えるとしよう!」

 

 

オペラオーは更に機嫌を良くして一足先に休憩所に向かう。

それを見たシャカールは俺の肩を叩いた。

 

 

 

「……悪ィな」

 

 

それだけ言ってシャカールはオペラオーの後を追う。

菊花賞を勝ち、二冠を達成したシャカールは皆に期待され続け、それを無下にする様な結果に申し訳なさを感じているのだろう。

 

 

「……不甲斐ない」

 

ウマ娘に気を遣わせた事も、謝らせた事も。

 

 

『指導が偏っているのでは無いですか?』

 

 

忌々しい質問が蘇る。

それが正鵠を射た言葉かは分からないが、今思うとその可能性もあるのかもしれない。

 

 

「……ごめんな」

 

 

本人に届かない…意味の無い謝罪が響いた。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

「ふーんふふふーふふふー、ふふふふーふふふふー♪」

 

「……中山のファンファーレか?」

 

「当たりだ。流石だね」

 

「何回行ってると思ってる」

 

 

ジャパンカップから一週間後。俺達は雨天の下で歩いている。お出かけというやつだ。

 

以前、上機嫌なオペラオーは鼻唄が目立つと言ったが、勝利を重ねてからはGⅠのファンファーレを再現する様になった。

 

 

「しかし物好きだな。雨の日に外出したいなんて」

 

「風情があって良いものだよ。ボクの美しさも際立つしね!」

 

「風邪だけは引かないでくれよ」

 

「心配無用!さぁ行くよ!!」

 

 

オペラオーが指差した方向は…ゲーセン?

 

 

 

「何でまたゲーセンなんて」

 

「おや?知らないのかい?最近ボクの人形目当てでファン達が殺到していたのさ」

 

「そうなのか。元から人気あったと思ったんだが」

 

「連勝ブーストと言うやつさ。しかしボクの人形…言うなれば写し身をボク自身が持っていないのもおかしい話だと思わないか?」

 

「おかしくないぞ」

 

「へぇ…。君はボクの人形がいらないと?」

 

 

そう言って頬を膨らませながら睨んでくる。

割と本気でオペラオーのキャラが分からない。リギルの時はナルシストキャラだったのだが、アルデラミンでは少し違う。

他人に自己を認めさせる事で頭がいっぱいの様だ。

 

 

「ふん。いいさ。ボクはボクを愛でられれば十分だからね」

 

「財布の中身は?」

 

「300円さ」

 

「……もしかして自分のグッズばっかり買ってるのか?」

 

「…野暮だよ、邁さん」

 

「はぁ…やる事やったらすぐ帰るぞ」

 

 

 

そうして俺達はゲームセンターに行った。

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「むむ!案外難しいものだ」

 

「…」

 

 

UFOキャッチャー。

ウマ娘の人形の入手方法は大体これだ。そのまま売ってる物もあるが、やや値が張る。

 

オペラオーは早速3回中の1回目で失敗した。

当然だ。バランス良く掴めば取れるなんて設計はされていない。取れそうな雰囲気を出して子供に金を浪費させる事が本懐のゲームなのだからな。

 

 

「次は中心を…よし取った!!……なんで落ちるんだい!?」

 

「人形が重いからな」

 

「おかしいじゃないか!!ボクは確かに掴んだ!きーれーいーにーつーかーんーだぁー!!」

 

「ほら、あと一回だぞ」

 

 

 

悔しそうに異議を唱えるオペラオー。

悲しきかな、そのマシーンに金を入れているのはお前自身なのだ。数々のGⅠ勝利による賞金は余る程あるだろうが、流石に貯金しているだろう。

 

だからこその金欠。

レース用道具は俺が負担しているから、日常的に使う財布が空になるのは少しまずい。これで反省して節約するだろう。

 

 

「横に倒れている人形があるだろ?それをアームでがっしり掴めばマシな結果になると思うぞ」

 

「むむぅ…」 

 

 

ズラして落とすにしても、落とす穴が上にあるから持ち上げて落とさないといけないし、引っ掛けるタグもない。

難易度で言えば上。効率的な集金体制だ。

タイシンなら出来るだろう。

 

 

「ああぁぁ!!」

 

「無理か…」

 

 

浅く持ち上げてしまった為、自重で落下。

オペラオーの夢は浅く散った。

 

 

「帰るぞ」

 

「くそぅ……この覇王が…これしきの事でぇ…うう」

 

「……はぁ。五百円だけだ」

 

「え…?」

 

「俺が取る。モチベーションを下げられては困るからな」

 

 

涙目になられては目覚めが悪い。

少しだけ手伝ってやるとする。

 

狙うは立っているオペラオー人形、その足には違うウマ娘の手が握られているが、深くに埋まっているので誰かは分からない。

 

 

「首らへんに引っ掛けて…よし」

 

 

 

俺も中学時代は友達と良く遊びに来た物だ。

この手のゲームなどやり尽くしている。一発で捉える事など造作もない。

 

が、この人形少し重い。

恐らくオペラオーの足にくっついてるウマ娘と、更にもう一人の三人セットな訳だ。

オペラオー人形が持ち上げられ、その手を握っているウマ娘が現れる。

 

 

「…狙ってるのか?」

 

 

何と、オペラオーと共に上がってきたのはメイショウドトウの人形だった。オペラオーにしがみつく様に上がってきたメイショウドトウの姿は、レースで一着を目指す姿に重なったのだ。

 

…ならあと一体は?気になって目を凝らすと。

 

 

「なる程、いいね」

 

「…なんだかなぁ」

 

 

メイショウドトウの足にはもう一体のオペラオー人形があった。

 

 

「邁さん、ボクが二人もいるんだよ?」

 

「お前が二人になろうが一着は一人だろ」

 

「くっ…確かに覇王は唯一の存在……幾らボクが二人いようが争う事は必然……!」

 

「お、ふにふにしてて気持ちいいな」

 

 

胸に手を当て苦しむオペラオーをよそに人形の頬を触る。

大人気のウマ娘がデフォルメされた人形になり、更には品質が良いとなると流行る事は確実だろう。

コレクションしたい気持ちも分かる。

 

 

「取り敢えず三つ。ビワハヤヒデの邪魔にならない所に置けよ」

 

「いや、一つは君が持っていてくれ」

 

「ダブったオペラオーか?」

 

「ああ。ドトウはライバルとして見る為に敢えてボクの横に置く。だが覇王は二人と要らない」

 

「…部室にでも置くか」

 

「………むぅ」

 

「不満か?」

 

「部室に置いては公共の物になってしまうじゃないか。ボクは君に持っていて欲しいというのに」

 

 

 

我が強い。

ウチはこんなのばっかりだ。

タイシンは取れすぎてウイニングチケットに押し付け始めるし、シャカールは取れなくて台を蹴り壊しそうになる。アースは取れても捨てる。

 

今回は取っても文句を言われる。

シービーの安寧が恋しい……いや、アイツ金使いすぎるから駄目だ。

 

 

「早く決断し給えよ。ボクがトスカになる前に」

 

トスカ…?

ああ、有名なオペラか。

 

…人形なんて柄じゃない。少し恥ずかしいが。

 

 

「分かった、自室に置く。………仕方ないからな」

 

「ふむふむ。ちなみにどこに置くつもりだい?」

 

「そうだな…ベッドの棚」

 

「枕元…?リビングじゃないのかい?」

 

「俺は子供の時犬の人形とか横に置いて寝てたからな。かわいい物を置くと癒やされるだろ?お前ともなればご利益がありそうだしな……いや、別に人形が好きな訳じゃないぞ。家にあった人形が俺の枕に置かれてただけで俺の所有物じゃないからな。勘違いしないように。ほんと」

 

「……ふふ、ふははは」

 

「…?」

 

「少し寄るといい」

 

 

オペラオーは人差し指を数回曲げてこっちに来いとジェスチャーする。

また何かするつもりかと、近くに寄ると──

 

 

「っ!離せ!」

 

「嫌だね。大人しく覇王の抱擁を受け止め給えよ!!ハッハッハ!」

 

 

腕による拘束。

所謂ハグだ。ウマ娘の力で締め付けられると割と本気で怖いので、抜け出そうとする。

 

 

「これでも人形の事にはとても感謝している。君が愛おしいあまり抱きつくくらいにはね!!!」

 

「乱心!これはまずいから離せ!!」

 

「至って正常さ!!」

 

 

こ、こいつ。まじか。

俺だって血が通う人間だ。女子に抱きつかれて冷静でいられる程メンタルが硬くない。

 

だが…頬が紅潮し、目が渦巻模様になってるオペラオーを見れば恥ずかしさなど消し飛んだ。トリガーが全く分からんが、極度の興奮状態だ。

 

 

「人に見られたらどうする!お前にはファンが多いんだぞ!!」

 

「人がいなければやっても良いと言うのかい!素直じゃないなぁ君は!!」

 

「そういう事では…!!」

 

「むふふ…!抱きつくという行為は両者に多幸感を与えるらしい……デジタル君が言っていたァ!!」

 

 

………バカタレが。

こういう経験は初めてじゃないぞ。対策くらい練っている。トレーナーならば誰しも味わう事だからな。

 

 

説明しよう。思春期まっしぐらのウマ娘は自分の欲を満たせると、とてもやる気とテンションが上がる。ウマ娘にとっての欲は走る事。つまりトレーナーは噛み合えば常にウマ娘の喜びになる存在なのだ。

故に幼いウマ娘のダッシュハグを受けて入院したトレーナーは過去に沢山いる。だが、人類の叡智は止まらない。数々の対策法が練られ、それはトレーナーの心得として百種類以上存在する。

 

如何にくだらない事にでも、ウマ娘と適切な距離を保つ為に教わる事はある。たづなさん直伝の力だ。

 

 

「──トレーナーの心得その⑬」

 

「さぁ!ボクと新たな喜劇を作ろう!!題名は……」

 

 

 

さらばオペラオー!!

 

 

「──どんな事態であろうとも担当ウマ娘の精神を預かるべし!!」

 

ロマンス・ロード(覇王の熱情)がいいとおも…………zz」

 

「一時間ジャストの睡眠…正気になれ」

 

 

技の名は練舞即宙意(ねぶそくちゅうい)

それは運動のし過ぎで常に疲れているウマ娘への癒やしを目的とした技だ。相手に密着した状態で、高速かつ優しい手つきで相手の頭を撫でる。その恐ろしいリラックス効果により相手は即睡眠の境地に至る。はしゃぎ過ぎて疲れるオペラオーにはクリティカルヒットと言う事だろう。その間実に一秒。

 

一般人が来る前に終わらせた。

だが、この光景を見たウマ娘が一人いる。そいつは影に隠れて俺達を覗き込んでいた。

 

 

「あ、あれ?尊……いやなんか違う。計画通りだとこのままゴールじゃ……?」

 

 

さて、愚者(ゆうしゃ)の始末に行こうか。

オペラオーを近くの椅子に座らせ、裏を取る形で向かう。

 

 

「アグネスデジタル」

 

「あ、これはこれで寝顔が拝め………ひゃぁ!?何でここが分かったんですか!?」

 

「お前の事だからな。オペラオーにいらん知恵を与えた上で結末を覗き込みに来ると踏んだ」

 

「あうぅ…その、聞いてください」

 

「……いいだろう」

 

 

アグネスデジタル。

ウマ娘至上主義のやばい奴。涎を垂らして登校する姿は畏怖の視線で目撃される。

 

だが、弁明なら相応の説明があるだろう。

こんな奴でも頭は悪くない。

 

 

「ごちそうさまでしたぁ!!」

 

「……」

 

 

…まぁ、そういう事だ。

 

 

「粛清!」

 

「ぎゃふぅ!!!」

 

 

 

 

覇王を倒して勇者を粛清する。

今日は変な日だった。

 

 

 

────────

 

 

 

「説明」

 

「申し訳ありませんが親愛なるウマ娘ちゃんの心持ちに反する行為は出来ませんので、答えかねまする」

 

「説明」

 

「ですからほんとにあたしのスローガンに反するというか」

 

「教えないと今までの奇行がお前の待遇に牙を向く。いつまでも近くでウマ娘を見られると思うなよ」

 

「はい、すいません。言います。実はオペラオーさんから相談事がありまして…」

 

「お前に?珍しいな」

 

「何でもトレーナーである貴方に感謝の念を伝えたいと仰ったのですが、何でもオペラオーさんは貴方に話しかけると強張ってしまい、いつもの調子が出ないそうなので私めは言ったのです。『いっその事抱きついてしまえ』と」

 

「で、行き当たりばったりの結果混乱してああなったと」

 

「はい。あのグニャグニャの表情…ぐるぐるおめめ………はあ、尊いですぅ…ぐへへ……失礼、涎が……ジュルリルレ」

 

 

うわ。

 

 

「仮にも学生で中央のウマ娘なのだから自分の行動には気を使えよ」

 

「あ、あたしが気を使うのは他のウマ娘ちゃん達だけなので。……やっべ覇王の寝顔たまんねぇなオイ」

 

「反省してる?」

 

「してませんとも!後悔も反省も忘却の彼方へ!!」

 

 

こいつ無敵か。

 

 

「取り敢えず今日の事は責任を持つこと。オペラオーを背負って寮へ帰れ」

 

「へへぁ!?いいんでしゅか!?」

 

「良いも何もお前が起こした騒ぎだ。オペラオーもこれ以上用は無かったらしいしな」

 

「───三女神様の加護に感謝を」

 

 

突然真顔になって十字を切り始めたぞこいつ。

トレセン学園はいつから変態収容地区になったんだ?

 

 

 

 

そして、俺はさっきの光景を撮った人間がもう一人いた事に気づかなかった。

 

 

 

 

─────

 

 

『焼却!!邁よ、良くない傾向にあるぞ!』

 

 

理事長室に呼び出されて言われた言葉だ。

ある紙面を見せられて詳細説明の後、俺は部屋を出て怒りを滾らせた。

放課後の今に至るまで、地獄だった。

 

 

「新聞部めがぁ……!」

 

 

トレセン学園新聞部。

面白い風景などを写真に撮り、記事をつけて面白おかしくしたものだ。

例としては寮内の食料を夜な夜な漁るオグリキャップや、バイク乗りごっこをしてるウオッカだ。このように本人の預かり知らぬ所で記事にする為、本来許可を通さなければならない生徒会も認知できないのだ。

故に見つかった場合即すべての記事を燃やされることになる。

 

今日載った記事は、あるウマ娘とトレーナーが抱き合っていると書かれた記事だ。写真の2名は首から下しか映っていない為、最低限の考慮はされている。だからこそ正体不明で済んだ話なのだが…。

 

アグネスデジタルだけはその二人を知っている。

ついこの記事を前にして、『むむむ…この尊さを感じられるのはあたしだけなのにぃ…ああ、ごめんなさいオペラオーさん…』と口を滑らせてしまった為、正体がバレた。

 

生徒会の情報操作により、倒れそうになったオペラオーを支えた場面というカバーストーリーが展開されたが、知人にはまぁおちょくられた。故に俺の心はボロボロだ。

 

 

 

「ぷっ…学生に抱きつくおじさんとか…」

 

タイシンに嘲笑され。てか俺21だぞ。

 

 

「バ鹿、変なとこでネタにされんな」

 

シャカールに説教され。

 

 

「目立ったとこでやるのは良くない事かと…」

 

シガーに諭され。

 

 

「お前何してんの?」

 

アースに困惑され。 

 

 

「アタシもネタ提供しようかな〜〜♪」

 

シービーに便乗され。

 

 

「サブ公!あれももしかしてトレーニングだったりするのか!?」

 

ヒシアマゾンに勘違いされ。

 

 

「スキャンダル誌のスキャン(だる)〜。と言った所だな」

 

ルドルフに遊ばれ。

 

 

「貴様は悪くないぞ。私も元トレーナーとの記事を作られた事がある」

 

エアグルーヴに同情され。

 

 

「隙を見せたら終わりって三億年前言ったのによぉ!!」

 

ゴールドシップに宇宙に飛ばされ。

 

 

「大丈夫ですよ…ライスはこんなの信じませんから。まったく駄目ですよね!こんな記事で人を困らせたら!」

 

ライスシャワーに励まされ。

 

 

「……あなたでもこういう事するんですか」

 

メジロドーベルに軽蔑され。

 

 

「わぁーオペちゃん暖かそう!!今度ウララもトレーナーにやってもらおーっと!秋道さん、お仕事頑張ってね!!」

 

ハルウララに癒やされ。

 

 

「あの記事に何の意味が…?」

 

ビワハヤヒデに考察され。

 

 

「おい。何だコレ。なぁ、真実を言えよ。何をしている?ワザとやっているのか?待て、逃さんぞ」

 

ブライアンに〇〇れた。

幸い中央のウマ娘達は善なる心を持っている。一部を除いてあの記事の内容を信じていない。

悲しいのは、真実を曲げなければマズイ事態だったということ。

 

 

 

「何だか賑やかだね…」

 

「……オペラオー。あの後どうした?」

 

「さて、君から人形を貰った後の記憶が無くてね。気が付いたら寮のベッドさ。実に良い睡眠だった。君はやけに疲れているように見えるね……大丈夫かい?」

 

 

 

…都合のいいやつめ。

 

 

 

〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

「…おや、イキシアが…」

 

 

放課後、何気なく部室に来てしまった。

イキシア。ボクがジャパンカップを勝ったときに強請って買ってもらった花だ。暑さと寒さに強いので手入れも楽で良い。

 

何故この花にしたのかは分からない。

一目見た印象としては美しいのだが、態々これを選ぶ事も無かったろうに。だが、雅な花瓶に生けると悪くない。ボクの劇に使おうかと思ったくらいだ。

 

そんな強き花びらが散った。

一枚だけ、露骨にゆっくりと見せびらかす様に。人はこんな時、不吉な何かを覚えるらしい。大事な人が危険な目に遭う予兆だとか。

 

ボクはまぁ気にしないがね!!

 

 

「この仲間外れの一枚は有記念での暗示だ。他を出し抜いてボクが一人勝つ。その予兆と言えよう!うん、何だか気分が良くなってきた!!」   

 

 

邁さんは理事長のエスコートらしい。

ふっ…彼も紳士な様だ。

 

 

「ゆっくり待たせて貰おうか。話したい事が一杯あるのだから」

 

 

ボクは彼の事を未だによく分かっていない。

信頼もしているし、友愛も抱いている。

オハナさんはボクを一流に羽化させてくれて、彼はボクを強者に育ててくれた。

しかしこれじゃ足りない。強者にはまだ先がある。覇王だ。このまま無敗で行くくらいの勢いが必要だ。その為には彼が望む事をしっかり認識して、最良の関係を気づかなくてはならない。

 

アルデラミンは個性派に見えて個々の芯がしっかりしている。邁さんはオハナさんのように集団の育成が上手い。

タイシンさんとは最早阿吽の呼吸と言える関係を築いているし、シャカールさんの性格にも合わせられている。移籍してから6ヶ月程経つが、もうボクの指導法を確立している気がする。

 

だからボクも彼を知ろうとしている訳だ。

()()事もあるしね。

 

 

「気づかれていないのは幸運と言っていいのかなぁ…?」

 

 

ボクに似つかわしくないため息が溢れた。

 

 

 

〇〇〇〇〇

 

 

 

理事長の荷物持ち兼エスコート役の秋道だ。

ポケットマネーをふんだんに使う彼女は、最低でも一人付添がいないと荷物を持ち帰れない。昔から俺が付添に努めていた。

 

色々なものが入った袋を持ち、都内の道を歩く。

 

 

「有記念まであと4日。邁よ、テイエムオペラオーはどうだ?」

 

「絶好調です」

 

「快調。私は個人を応援する事は無いが期待はしている。是非とも後悔の無い走りをするといい!」

 

 

週に一度、日曜日にはトレーニングを休みにするのがアルデラミンのルールだ。そして、レースが近くなると調整も兼ねて動作確認のメニューを増やす。その為走り込みなどはしない。

 

オペラオーはこのレースを以て完成する。

これだけ勝ち星を挙げればどんな人間でも彼女を注目する。逆に考えれば、【オペラオーさえ封じてしまえば楽になる】と考えるウマ娘もいるかもしれない。若しくは、純粋な力で勝とうとする──メイショウドトウの様なウマ娘。

実際徒党を組まれた訳でもなく、ただマークが重なりブロック状態に陥るウマ娘は多い。そのブロックをかいくぐり、かつ前のウマ娘を抜き返す速度が必要だ。

 

はっきり言おう。

勝ち目は無いに等しい。オペラオーを信じないのでは無い。運と強さが噛み合ってやっと勝てるレースだ。オペラオー程の才能を持っても、それは難しい事だ。

 

記念は日本ダービー並に白熱するレースだ。ダービーウマ娘を目標にし、有記念でレース生涯を終える。そんなウマ娘は多い。

だからこそ、オペラオーに食い付く者は多いだろう。

 

 

 

 

…と、そんな事を考えていたら理事長に扇子で突かれた。

 

 

「浮かない顔をするんじゃない。君はもう大人だ。ウマ娘と一緒の感情を共有する存在ではない。支える事が大事なのでは無いか?」

 

「仰る通りです。本人に弱い顔は見せられませんから」

 

「うむ。そして時代は変わりつつある。君の全てだったシービーからルドルフに始まり、ナリタブライアンやBNWの時代を経て……黄金世代。トウカイテイオー、メジロマックイーンの二強を終えて今に至る。テイエムオペラオーも二年後には過去になるのだ」

 

「寂しいですか?」

 

「今の面々が思い出深い物でな…。正直に言うと、今の生徒会メンバーが変わったり、食堂でオグリキャップの姿が見えなくなったり……いつもの光景が見られなくなるのが想像出来ない」

 

 

そう語る理事長の表情には哀愁が漂っている。

理事長として就任した当時は小さい子供で、それ故の純粋さと思い切りの良さで学園を引っ張っていた物だ。

数年経った今では思慮深く、活発な雰囲気も抑えられた。

 

未だ十代後半の彼女だが、環境は人を変えるという事を如実に表していた。

 

 

「立派になりましたね」

 

「たづなの様な事を言うのだな」

 

「はい。一応俺は年上ですから」

 

「……言うようになったな」

 

「少なくとも、貴女の努力に関して異論がある者はいないでしょう」

 

「だとしても、私の努力が足りていない。ルドルフが生徒会長として未だ貢献してくれていなければ……私はウマ娘達の努力に報いられていなかっただろう」

 

「背負込み過ぎですよ理事長。貴方が焦らなくてもウマ娘達は走ります。怪我だって減ってきている。アグネスタキオンの研究のおかげです」

 

「…そうか。そうだな」

 

「ええ、そうです」

 

「…夕食にする。もうすぐ今年も終わるからな。思い出づくりでもしておくか」

 

「お供しますよ。やよいさん」

 

身内贔屓(奢り)はしないぞ?邁(にい)

 

 

 

───────

 

 

 

 

「満足。あの店は変わらないな…何時でも昔を忘れない様に引き止めてくれる味だ」

 

「此方としてはすっかり舌が肥えていると思ってました。意外に家庭的な味覚ですね」

 

「私の資金はウマ娘達にしか使わないさ。高級料理なんて出されもしない限り口にしない」

 

「……」

 

「特にゲームばっかり購入している君を見れば無駄遣いなんてしなくなる」

 

「…担当にちゃんと使ってますよ」

 

「その割には頻繁に外出しているそうじゃないか」

 

「…ちゃんと考えてますー」

 

「まぁいい。何が言いたいかと言うと、不変だ。変わらなきゃいけない物は変え、変わるべきで無い物を見守る。そういう形が理想だと思ったのだ。昔の私とは正反対だがな」

 

「答えはありませんよ?」

 

「承知の上。しかし…URAファイナルズは正しかったのかと思えてきてな。ウマ娘に要らぬ負担をかけているのではないかと」

 

「………それは貴方が一人で1から準備して作ったレース。今では誰もが開催を望み、熱狂に身を投じる。新しいレース世界を作ったのは紛れもなく貴方の頑張りですよ」

 

「君は優しいな」

 

「同じ血が通っていますから、嫌でも親身になりますよ」

 

「だからこそプライベートでの敬語は要らないとそう何度も言っているじゃないか」

 

「親しき仲にも礼儀あり。1トレーナーと理事長。その関係は切り離せません」

 

「変わらないな、昔から」

 

 

 

感傷に浸る様にゆっくりと歩く。

賑やかで豊かな景観と、それを追う足音が心地よい。

 

だが、

 

 

 

 

 

「──!?」

 

「なっ!何事だ!?」

 

 

背後から聞こえる過剰な程の衝突音がそれをかき消した。

店にめり込む様に突っ込んだ小型車。すこし近くで発生した事故の様だ。

 

 

 

「帰りましょう。ここは危険です」

 

「賛同。迅速に帰宅しよう」

 

 

 

レースが近い。振り返って帰路に着く。

近くで何か問題が起きたなら関わらない様に努めるのは当然だ。一応救急車を手配してお───

 

 

 

 

 

 

目の前にトラックが

 

 

「すぐ──!!」

 

「失礼っ!!!」

 

 

 

即座に理事長を抱え横に飛ぶ。

不幸なのはトラックだった事か、そもそも避けきれてるのか疑問だが、横に動けたのは上出来だろう。

 

 

しかし、既に吹っ飛んでいる自分を見た。

走馬灯も何も無い。ただの事実。

そのまま頭に強い衝撃を感じ、意識が遠のいた。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

「……が、ぐ…ぅあ…」

 

 

遠のいた意識が少しだけ開く。

腕の中にはやよいさんが。

 

 

「だい、ちょうぶですか…?」

 

 

返事が無い。

意識は無さそうだが、外傷は見当たらない。頭を打った事への懸念はあるし、内出血の恐れもあるが…病院へ行けば少しはマシになるだろう。

 

 

「……っ」

 

 

目が染みる。次に視界が赤くなる。

なる程。重体なのは俺の方か。

 

 

「や、ば…い」

 

 

頭から赤い液体が止めどなく垂れる。

背中に何かが刺さっている気もするが、頭の重さの方が問題だ。立とうとしたが、それも虚しく膝から倒れる。

 

 

思考が鈍くなる。

 

 

 

「た、たづなさ……違う、えと、救急車……」

 

 

つごうよく目の前に落ちているおれの携帯を手に取り、でんわ番号をにゅうりよくする。

 

 

「でてくれ…はやく」

 

 

直ぐにはんのうした。

たぶんまわりの人が呼んでいるだろうが、いちおう。

 

 

『もしもし邁さん?どうしたんだい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんだ?

きいたことのある声。オペラオーみたいな。

 

なまえよばれた。電話ごしで。

いや、おれがまちがったのか?

 

 

 

『……もしもし?君のテイエムオペラオーだが』

 

 

やっぱり。

オペラオーだ。なんで連絡したんだ?

こんらんして…だめだ、頭まわらない。

 

 

 

きゅうきゅう者……こうつ、じこが、あれ、レースはいつだっけ。明日?あさって?それともきょうか?

 

 

 

「オペ、ラオー……」

 

『……大丈夫かい?』

 

「ありまきねんは、絶対にかこまれる」

 

『……』

 

「そとも、内も、全部」

 

『それは帰ってきてからでいいじゃないか。その方がゆっくり』

 

「聞け」

 

『…分かったよ』

 

「だから、足をためなくてもためてもいい。一瞬だけ空いたその空間をつきぬけて……ぶち抜け…」

 

『邁さん。ボクの声は聞こえているかな』

 

「がんば、ってくれ…………」

 

 

 

ての力が…携帯がおちた。

 

 

 

『邁さん?ねぇ!邁さん!!聞こえているか!?』

 

 

 

めが、まっくらだ。

 

 

「ギャー!!これ血が出てますってヤバイヤバイ!!!」

 

「す、救いはありますよーー!!」

 

 

 

さいごに、何かきこえた。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

 

 

今日のアルデラミンには暗さがある。

それもその筈。自分達のトレーナーが事故に合い、意識不明の状態なのだから。

2回連続の事故。1回目の飲酒運転による事故の音に気を取られ、背後から来た居眠り運転のトラックに吹き飛ばされた。

 

だが、幸運にもぶつかり方は直面では無かった。

その為、吹き飛ばされた後の頭部への打撲が傷となった。2名とも命に別状は無く、理事長に関しては軽症レベルだ。

 

 

「………シャカール」

 

「なんだ」

 

「今の容態は?」

 

「意識は戻ってねぇ。少なくとも目ェ覚ますのに3日は掛かるそうだ」

 

「そう…」

 

「タイシン、今日でこの質問八回目だぞ」

 

「そう、なんだ」

 

 

シガーブレイドとレリックアースは、命に別状が無いならばそれだけでも良いと気を持ち直したが、長い付き合いのナリタタイシンは簡単には立ち直れない。

 

やっとの思いで巡り会えたトレーナーなのだ。路頭に迷っていた自分を救った存在。

彼を失う事が何よりの恐怖なのだろう。

 

 

 

「オペラオーは…」

 

「病院」

 

「…また行ってるの?」

 

「ああ」

 

「まだ面会できないのに」

 

「アイツにゃ精神的な余裕が必要だ。明後日は有記念だからな。今更出走取消も出来ねぇし。一応コネでリギルのトレーナーが代わりに調整手伝ってくれるらしいが…」

 

「心配だね…」

 

「………おう」

 

 

 

記念目前でのアクシデントは、アルデラミンの体制に大きな影を落とした。

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「……秋道邁さんの病室は」

 

「テイエムオペラオー様ですね。申し訳ありません……未だ面会の許可は降りていません。今は親族のみの面会が可能になっております」

 

「いつ病室へ入れる様になるんだい?」

 

「お答えできません。ですがご安心下さい。様態が安定していると判断されれば直ぐにでも連絡いたします」

 

「そうか…ありがとう」

 

 

 

テイエムオペラオーは今、病院にいた。

秋道邁に会いに行っていた。臨時的に東条ハナによる調整を終え、誰に話す訳でも無く、何処に寄るわけでもなく、ただここを目指した。

 

これで三回目の訪問だが、一度も病室に入っていない。

当然だ。いくら担当ウマ娘とはいえ、意識の無い患者と会わせる医者が何処にいようか。

それでも尚、少しの可能性にかけオペラオーは来る。

 

眠っている彼に会えたら、少しは自分を取り戻せるかもしれないからだ。

今のオペラオーには何もない。覇気も、自信も、目標も、何もかも有耶無耶になってしまった。

 

 

「君はこんな時でもボクに有記念を走れと言うのかい…?」

 

 

意識を失う直前の彼は確かに言った。

 

『絶対に囲まれる』

 

『外も内も全部』

 

『足を溜めなくても溜めても良い』

 

『一瞬空いたその空間をぶち抜け』と。

 

 

「明後日にはレースか」

 

 

こんな状況で走らなければならない。

失意の中でのレース。走れる足も考える頭も万全だというのに、何故か走る気になれない。

 

 

──彼女は初めて絶望を知った。

 

 

「ははっ……何が強者か」

 

 

自分の情けなさで怒りを知る。

 

 

「何がっ……覇王だ…」

 

 

トレーナーである彼は最後まで自分の事を考えてくれていたのに、その自分は何もできる気がしない。

その事実に彼女は苦しんでいた。

初めて流した嬉し涙でも悔し涙でも無い、単純な涙。

 

 

「くそっ…くそっ…」

 

 

 

そんな時だ。

鋭敏な聴覚が騒ぎを聞き取った。その騒ぎは、段々と近づいて来る。ドタドタと2つの足音。

 

 

患者衣を着た秋川やよいが病室から抜け出し、それを一人の看護婦が止めている。

 

 

「秋川様!!危険です!まだ安静にしていないと……!」

 

「どけ!私は理事長だぞ!!」

 

「貴女は患者なのです!!軽傷と判断されても、何かあって死んでしまったら元も子も無くなります!」

 

「ならば私は死ぬまで──全力で理事長を遂行する!!」

 

「訳のわからない事を言わないで下さい!!」

 

 

 

血眼になったやよいが看護婦を押しのけようと必死だが、患者と健康体な看護婦では話にならない。

直ぐに止められた。

 

オペラオーは、やよいがワーカーホリック気味である事を薄々感じ取った。

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…退院はいつだぁ…?」

 

「秋川理事長……」

 

「ん…君はテイエムオペラオー…見舞いか?」

 

「……そうさ」

 

「彼とは未だ面会が出来ない筈だ。何故来た」

 

「……」

 

「…気が変わった」

 

「え?」

 

 

そう言ってやよいは受付に話しかける。

 

 

「テイエムオペラオー。そう、彼女だ。許可を出しても構わない」

 

「ええ…ですが、ご両親の許可が無いと」

 

「トレセン学園理事長が安全と判断したウマ娘だ」

 

「……分かりました」

 

 

何が起きているか把握出来ていないオペラオー。

それに構わず、やよいは話す。

 

 

 

「たった今面会許可を取った。会うといい」

 

 

返事を言うまでもなく、オペラオーは病室へ駆け抜けた。

見届けた理事長は少し笑い、小さく口を開く。

 

 

 

「…やれやれ。愛されたものだな」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁ………邁さん!」

 

 

病室にたどり着いたオペラオーは静を知った。

入れなくとも病室の番号だけは知っていたから、直ぐに辿り着いた。

 

 

「あ…ああ」

 

 

そこにはベッドに横たわるトレーナーの姿が。

小綺麗に寝かされた風貌。その顔に付けられた酸素マスクが、嫌でも彼が起きない事を示唆していた。

 

 

「正直、見せるつもりは無かったのだがな」

 

「…そう、か」

 

 

後を追ってきたやよいが憂いを帯びた様子で話す。

数年前の彼女を知る人間からすれば、その変わりようは容易に伺えるだろう。

 

オペラオーにそれを感じる余裕は無いが。

 

 

「軽度の脳挫傷……いや、脳への傷に軽さは無いか。ともかく、彼が意識不明になった理由は他にある」

 

「他に…?」

 

「本来ならばトラックに吹き飛ばされた後、そのまま気絶していればここまで寝込むことは無かったらしい。だから、この傷で数日跨ぎの意識不明はありえない。恐らく、動いたのだろう」

 

「────あ」

 

 

 

オペラオーは、その行動が彼の電話によるものだと気付いた。

途切れ気味の喋り方と、消え入りそうな声量。

 

 

「あ、あのとき、ボクは彼の声を……あ、あああ!」

 

「落ち着け。君に電話したからこうなったとは言わない。そもそも私を守ったから必要以上の怪我を負ったのだ」

 

「貴女…を?」

 

「近くにいたマチカネフクキタルとメイショウドトウが血を止めてくれていなかったら、彼も危険だっただろう」

 

「ドトウが……?」

 

「偶然近くにいたのだ。傷口を優しく抑えていたおかげで、圧力もかかっていなかったらしい。彼女等には感謝の気持ちしか無い。そして──」

 

 

やよいはオペラオーを正面から見つめ、頭を下げた。

 

 

「──謝罪。君のトレーナーを傷つけてしまった。君のレースを奪ってしまった。君に暗さを与えてしまった……本当に、すまない」

 

 

 

トレセン学園理事長が、一生徒に頭を下げている。

それに対し過敏に反応する程、オペラオーは子供では無かった。

 

やよいを見つめるオペラオーの目に、少しだけ火が灯る。

 

 

 

「まだ、負けていない」

 

「…」

 

「有記念はまだ…始まってない」

 

「…そうだな」

 

「彼はボクに言った。囲まれようと、邪魔されようと、ボクの全てで抜き去れと」

 

 

 

オペラオーは感じた。

ただ絶望するだけの愚かさを。対面せずに萎縮する弱さを。そんなものはいつだって退けてきた。リギルでも、アルデラミンでも。

 

今眠っている彼は自分に希望を残した。

残された側がするべき事は、その希望を受け取る事。決して希望を絶望に変換する事では無い。

 

覚悟の籠もった瞳で、オペラオーは語る。

 

 

 

「昔、ボクに希望を与えてくれたのは彼だ。(三冠)に憧れていただけの一般市民に、覇王への道を示してくれた」

 

「…君は随分彼を気に入ってる様だな」

 

「リギルに入ったのも、何もかも全て邁さんの指導を受ける為だった」

 

「何故そこまで彼に拘る?」

 

 

 

オペラオーはほんの少しだけ──気付かれないレベルで頬を赤らめ、口を開いた。

 

 

 

「好き……なんだ」

 

「へ?」

 

「いや、その…………やっぱり今のは聞かなかった事にして欲しい」

 

「……………審議」

 

 

 

やよいは現時点の脳をフル回転させ、結論を導き出した。

それは、思考停止の末の結論だが。

 

 

「まぁ、担当ウマ娘がトレーナーに恋する事は珍しくないからな。大人になるまでその気持ちを我慢すれば良いんじゃないか?」

 

「あ、あの!無かった事にしてほしいと…!!」

 

「邁にそこまで惚れる要素が……?いや、確かに顔も身長も整っているが……だらしない男じゃないか?私が求め過ぎなのか……?むぅ……何で好きなんだ?」

 

「……」

 

「パートナーとしての好きなら……そもそも抱きついている新聞が出回ったりしない筈だ。ナリタブライアンといい、良くわからないな」

 

「だって…」

 

「言ってみてくれ」

 

「い、いっつも気にしてくれて……夢を叶える為に協力してくれて、ボクの我儘を聞いてくれる!好きにならない筈が無いじゃないか!!」

 

 

 

──オペラオー。この世に生を受け、初めて愛を叫ぶ。

 

 

鬱憤した雰囲気からオペラオーの覚悟、その流れで何故ピンク色の会話になったのか。やよいも疑問しか浮かばない。

 

 

 

「初めは…ただ彼に教えて貰いたくて。どうやれば強くなれるとか、どんな走りがいいか、とか。でも、彼のブライアンさんに負けてから…強くなってから彼に磨いて貰おうと思ったんだ」

 

「あー…どのぐらいのタイミングで好きになった?」

 

「…………最近」

 

「最近……まさか」

 

 

 

やよいの脳裏に過ぎったのは、新聞部が撮った写真。

オペラオーが邁に抱きついている様に見える写真。

 

 

 

「彼に…人形を取ってもらって……」

 

「それだけで…」

 

「ボクが失敗したから……邁さんがお金を使ってくれて……」

 

(こ、この恋愛脳がぁぁーー!)

 

 

 

ナリタブライアンの時と違う。彼女は親愛を極めた様な物だが、オペラオーはガチ恋だ。

邁へ思いを拗らせたウマ娘は癖が強すぎる為、盲点になりやすい。

 

テイエムオペラオーというキャラクター性に恋は程遠いと感じていたやよいは、その意外性の爆弾に押し潰されていた。

邁がよく『シービーは胃薬』と言っていた意味を、やよいは実感を以て理解した。

 

 

 

 

 

だが、やよいはこれが狙いでもあった。

 

 

 

「ところで、気付いているか?オペラオーよ」

 

「な、なにがだい?」

 

「君の心から、曇りと迷いが消えている事に」

 

「……!」

 

「有記念、走って見せてくれ」

 

「ああ…!」

 

 

 

オペラオーの精神は、強い事が利点では無い。

()()()()()()()()()()()が利点なのだ。

 

記念でも、彼女がそれを体現する事をやよいは信じている。

 

 

 

「彼から受け取った走り(ヒント)。活かせぬ君ではないな?」

 

「当然だ」

 

「期待している。最高の走りを見せてくれ」

 

「ボクは明後日に覇王…いや、世紀末覇王として君臨する」

 

 

やよいは満足げな視線を向け、大人しく自分の病室へ戻っていった。

オペラオーに残っているのは覚悟。後悔も絶望も吹っ切ってしまえばどうという事はない。オペラオーとは、そういう性質なのだ。

 

 

 

────────

 

 

 

 

横たわる邁の横に立ち、オペラオーは優しい笑みで言う。

 

 

 

「君が起きた時はトロフィーが目の前にある様にしよう。君がトレーナーだから勝てたのだと。君がボクをここまで育ててくれたと」

 

「でも、もしだ。もし、君がレース前に起きてくれたなら……」

 

「見てて欲しいなぁ……」

 

 

心底愛おしい者を見る様に、ゆっくりと口を紡ぐ。

 

 

 

Vissi d'arte, (私は歌に生き、)vissi d'amore,(愛に生き、)non feci mai male ad anima viva!(他人を害することなく)Con man furtiva (困った人がいれば)quante miserie conobbi aiutai.(そっと手を差し伸べてきました)

 

 

 

それは、小さく、優しい歌だった。

 

 

 

「おっと……病院だからね。すまない、ちょっと口ずさんでしまったよ」

 

「ボクはこの独唱曲(アリア)が好きでね。いつも聞いているんだが、人前で歌うのは初めてさ」

 

「愛のこもった健気な歌なんだが…全て聞くと、何分報われない事もあって、歌うに歌えないのさ」

 

「だから最初のこの歌詞。優しい愛の言葉。それを君に伝えたかった」

 

「自分の気持ちを伝える事は難しい物だ。今だって、眠っている君に一方的に話しかけるボクがいる。君が起きていたらこんな話もしないだろうに」

 

 

それは、二人での──否、一人だけの告白。

オペラオーの心が漏れるときだ。先程、やよいが精神を持ち直したと判断する程の演技力。

 

確かに後悔も絶望も元々あり、先程消えた。彼への恋心も嘘偽りない。

だが、希望に満ち溢れているといえば…嘘になる。

 

オペラオーの理想は、アルデラミンで迎える大団円なのだ。彼女にとって一番望んでいた存在と終幕を迎えられないのは、如何に強かな彼女でも───

 

 

 

「───私も、寂しいって事さ」

 

「頑張るから」

 

「せめて、信じていてくれ」

 

 

 

誰よりも純粋な笑顔でオペラオーは病院を去った。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

12月24日。有記念。

一番人気のオペラオーには、観客の不安が巻き付いていた。

 

彼女のトレーナーが事故により入院、それに伴う意識の低下。最悪のタイミングで起きた惨事に、オペラオーの精神力は重要視される。

 

加えて、二番人気メイショウドトウ。

絶好調の彼女だが、未だオペラオーに勝てていない。とはいえ、オペラオーが一着のレースでは大抵二着という好成績を残しており、期待は十分だ。

 

 

パドック入りを果たした両者が向き合っている。

 

 

「ドトウ。この場で言うのは不粋だが聞いてくれるかな?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「ボクのトレーナーを助けてくれてありがとう」

 

「よ、良かったです!救いはあったんですね!?」

 

「その上でボクは君に突きつけるのは──啖呵だ」

 

 

オペラオーの目が変わる。

それを形容するなら──戦士、王者、強者。日常で感じられる気楽な傲慢とは違い、風格を押し出している。

 

だが、ここで引くメイショウドトウならば……オペラオーにしがみつく精神力は持ち合わせていないだろう。

 

 

「前と同じく君を倒す。()()()()()でもね」

 

「……なら、私はオペラオーさんが()()()()()()にいても勝ちます」

 

 

 

決闘の誓い。

オペラオーにマークが集中するという予測は、メイショウドトウのトレーナーにもできたらしい。

 

 

だが、二人は気付いていない。

 

 

 

 

出走する大半のウマ娘は勝ち負け関係なく。

オペラオー()()見ていない事に。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

──観客席。

 

 

 

「…」

 

「な、なんです…この空気…」

 

「タイシン、重い」

 

「…アタシのせいなの……」

 

 

 

アルデラミン3名。

ナリタタイシン、シガーブレイド、レリックアース。

 

 

そして、横に無言の腕組み。

東条ハナだ。やよいに頼まれオペラオーの調整をし、更には引率を受け持ったが、その雰囲気にウマ娘達が萎縮してしまっている。

 

が、それは大人。

この空気を察し即座に口を開く。

 

 

 

「どうしたナリタタイシン。やけに静かだな?」

 

「いや、あのその…おかまいなく」

 

「春天や宝塚の時はもう少し鋭さがあったのだが」

 

「…」

 

「まぁいい。このレースをどう見る?」

 

 

 

ナリタタイシンは経験豊富だ。

チームメイトの中では最古参であり、リーダー的側面も持っている。何より、貪欲に勝利を求めていた時代の彼女を良く知るハナからすれば、見る目も良いだろうと判断した。

 

 

 

「なんか…有記念なのに。ターフの奴等の雰囲気がおかしいっていうか……何だか嫌な感じがする……」

 

「そうなんですか?」

 

「別に殺気立ってるだけじゃないのか?」

 

 

シガーとアースは精神統一を図るタイプ。

会場は盛り上がっていても、走る側は殺気立っている事に違和感は無い。

 

 

「いや、ナリタタイシンの言う事は間違っていない」

 

 

どうやら、ハナも何かを感じている。

 

 

 

「お前等のトレーナーはオペラオーに勝つ為、マークが集中するという予測を立てていたらしいじゃないか?」

 

「そうです。オペラオーは先行ですから」

 

「私も同意見だ。しかし、今は違うと思っている」

 

「……それはどういう事ですか?」

 

 

ターフを見た所でレースの何を感じているのか。

タイシンは訳が分からなかったが、一方腑に落ちた部分もあった。

 

──それは恐らく体格面で、侮蔑の視線を浴び続けた彼女だから気づけたのだろう。

 

 

薄っすらと漂う悪意。

 

 

 

「マークは作戦だ。勝つ為のな」

 

「一番人気になった途端勝てないウマ娘も多いですからね」

 

「ああ。そして、何より運が悪ければ多重マークに引っかかり……予想以上の惨敗をもたらす事もある」

 

 

 

雲行きが怪しい。

 

 

 

「だが、リギルにも徹底的なマークで勝利したウマ娘がいる。そいつを間近で見た私が思うに…」

 

「…まさか」

 

「そう。オペラオーへの視線は()()では無く()()だ」

 

 

 

勝ってやる、追い越してやる。そんな気概がウマ娘を強くするのなら、敵意とは何なのだろうか。

 

敵意とは生易しいものでは無い。

目の前の存在を排斥する意思。それを表明する仕草。

 

オペラオーに勝つ事が目的では無い。

彼女等の目的は……

 

 

 

自分達の栄光からオペラオーを消す事だ。

 

 

 

「勝ちすぎて、注目されすぎた。その結果オペラオー以外は日の目を浴びる事無く埋もれた」

 

「気に食わない…!こんな…」

 

「勝ち続けると、全てのウマ娘達が敵になる」

 

「だからといって…!レースでそんな事を!!」

 

「聞け。ナリタタイシン」

 

 

珍しく明確な不機嫌を表すハナの表情にタイシンは閉口した。

 

 

「彼女達にも夢があった。三冠。最強のステイヤーでも良い。とにかく、何らかの夢があってここで走っている」

 

「なら、なんで…?」

 

「簡単だ。オペラオーが夢を奪っていったからだ」

 

「……!」

 

「お前も苦労した身だ。分かるだろう?多くのレースに出ては勝利をもぎ取っていくその姿が、他のウマ娘にとってどんな姿に映るかを」

 

 

 

ナリタタイシンはその小柄さ故に軟弱・短命と嘲られてきたが、驚異的な末脚とそれを開放するまで待つ我慢強さによって、皐月賞を取った。

彼女を弱者と見ていた者、眼中に無かった者にとってどんなにプライドが傷つけられたかは想像に難しくない。

 

だが、オペラオーはリギルにいた為、強い事は前提として見られていた。

 

 

しかし、だ。

元々持っていたGⅠ2勝の成績に加え、アルデラミンに加入してからの4連勝。その内GⅠレースは3回。

結果的にGⅠを5回制している。

 

シンボリルドルフの様に初めから明白な強さを見せていた訳でなく、好成績を残して──ただの強者でいられた筈。

 

 

「完全に予想外だ。私が育てていた頃にも得体のしれない強さがあると踏んでいたが、ここまでやるとは」

 

「…ですけど、アイツはオペラオーにこう言ったんです。内も外も封じられるって」

 

「つまり、度を超えたマークすら見越していたと?」

 

「はい」

 

「……はぁ」

 

 

ハナは頭を抑え、まるで懸念していた事態が起きた様な素振りを見せる。

 

 

 

「お前等は秋道を過信しすぎだ。幾ら優秀なトレーナーだとしても、これは予想に過ぎない」

 

「過信…」

 

「先見の明は未来予知とは違う。あくまで高密度な予測体系というだけで、鵜呑みにしては元も子もない。参考程度が丁度いい」

 

「じゃあ…!アタシ達はアイツを信じない方が良いって言うんですか!!」

 

「逸るな。要点はそこでは無い。私から見れば、秋道が育てたウマ娘には特徴がある」

 

「特徴…?」

 

 

 

トレーナー毎に指導法が異なるのは周知の事実だろう。

チームを束ねるトレーナーなら尚更ウマ娘にその特徴がある。

 

 

「リギルでは勝つ為の堅実で正しいレースを課している。スピカはそのウマ娘の強さを最大限活かす指導法だ。だからこそそのウマ娘にしか出来ない走りを何時も披露し、対処を遅らせる。良い例がゴールドシップ、ウオッカだな」

 

「…じゃあ、アタシ達は」

 

「アイツの指導法は黒沼トレーナーと少し似ているが、結果は全くの別物だ。黒沼トレーナーのウマ娘は失速しない粘り強さを持つが、アルデラミンは」

 

 

 

その語り口にシガー、そしてアースまでもが惹かれていた。

単純に気になるのだ。自分達の特徴を把握すれば強さにも繋がる故に。

 

ハナは再確認させるよう語った。

 

 

「判断力が著しく高い。完璧と言えるほどにな」

 

「…まぁ、確かに我慢が上手いって言われますけど」

 

「追い込みはタイミングが重要だし、何よりアルデラミンには3人もいる。その様な指導に秀でていると言われれば納得するが…だとしても、逃げと先行は前を走る戦法。レリックアースとオペラオーにまで広い視野を持たせられるのは秋道だけだろう」

 

「え、そうなんですか?」

 

「そうだ。そもそもレース的視野なんてウマ娘の性質に依存するものだ。本来ならば教える物では無い。教えられないからな。強いウマ娘というのは…()()()()()()()()存在だ」

 

「…つまり、勝つ為のタイミングを唯一正しく教えられるのがアイツって事ですか?」

 

「ああ。必ず勝つ訳では無いにしろ、お前等は自分の走りが出来たとレース後に思うだろ?」

 

「確かに…負けた時は悔しいけど、『こんな筈じゃなかった』なんて一度も思わなかったです」

 

「それが他と違うのだ。強いウマ娘にとって負け=自分の走りが出来ていないという事だ。その精神を解消しているお前等は強い」

 

「な、なんか照れちゃいますね…えへへ」

 

 

有名なリギルのトレーナーに褒められたシガーは嬉しそうに微笑むが、話を聞いていたアースが疑問を口にする。

 

 

「でも一着が必ず取れるわけじゃない。シガーだってトウカイテイオーに負け越して来ただろ」

 

「うぐっ…」

 

「そう、その通りだレリックアース。何故理想的な走りをしているのに勝てないのか。身体づくりも体力面も心配いらないのに、だ」

 

 

 

眼鏡の位置を整え、しっかりと言い聞かせる様に話す。

 

 

「それは、先程言ったように…秋道を信じすぎているからだ」

 

「……分かった。考えればいいんだな」

 

「ほう…中々な鋭いなレリックアース」

 

「え、なに。ちょっとアース納得してないで説明してよ」

 

「こういう時に残念なのがタイシン」

 

「あ゛?鈍いってこと…!?喧嘩売って…うげっ!?」

 

「話が進まん。一旦黙れ」

 

 

喧嘩っ早いタイシンにチョップ。

ハナの粛清はアルデラミンにも効くらしい。

 

 

 

「なまじ勝ててしまうばかりに、秋道のアドバイスを鵜呑みにしてレースを進めてしまう。それで勝てるのならば良いが、2着の時に思わなかったか?」

 

「……なにを、ですか?」

 

「『もしかしたら、もっと良いタイミングがあったかもしれない』と」

 

「他に…?」

 

「そうだ。勝ててないのだから、足りない物がある事は道理。お前等は気付いていなかったようだが、まぁ…トレーナーだから自分達よりレースに詳しいと決めつけたな?」

 

 

図星を突かれた3名は黙るしかない。

普通気付けていた事が気づけていなかったのだから。

 

 

 

「はぁ、だからあれ程精密すぎるアドバイスは辞めろと言ったのに……バカ弟子が」

 

「それは…駄目なことなんですか?」

 

「レースに絶対は無い。どんな事が起きてもおかしく無い。だから予想を鵜呑みにしてはかえって不測の事態に対応できん」

 

 

 

ハナはオペラオーを一瞥した。

 

 

 

「要するに───私が心配するのは、オペラオーが秋道の言葉に縛られていないか、という一点だけだよ」

 

 

 

 

3人は思わず固唾を飲んだ。

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

──とある病室。

 

何故かエアシャカールが眠っている秋道の横に椅子を置き、不機嫌極まれりといった風貌で座っている。

 

 

 

(あンの野郎……!)

 

 

彼女の怒りの矛先はタイシンに向かっている。

本来ならばシャカールも中山競バ場にいた筈なのだが、とある理由でここにいる。

 

それは、朝のタイシンの一言で始まった。

 

 

『ねぇ、レース中にアイツ起きたらどうすんの』

 

『ハァ?どうするも何も医者に安全確認されるだけだろ』

 

『…アイツはさ、多分レースの事しか頭にないんだよ。だから隣でレース見てたら、起きた時にすぐ映像見せてあげれるじゃん』

 

『…それもそうだな』

 

 

オペラオーの勇姿を見届けさせたい。

その気持ちはシャカールにもあったが、何分急な話だ。タイシンが言い出したのだから、彼女が付き添うのが道理。トレーナー思いの彼女の事だ。自分から進んで病院に向かうこと間違い無し。

 

邁の病室にはテレビがあり、親族以外の入室も可能になった。十分果たせる提案ではある。

 

 

 

『じゃ、アイツの面倒任せたぜ』

 

『え、何言ってんの?アタシが行くの?』

 

『そりゃオマエが言い出しっぺだろうが。急に言っといてオレにやれってか?』

 

『嫌なの?』

 

『別に。だが、親しき仲にも礼儀ありって事だろうなァ?』

 

『良いじゃん。心配なんでしょ?アタシもう会ってきたから』

 

『ハァ?入室出来るようになったの昨日の真昼だろ。お前夕方まで練習してた上に夜外出してねぇじゃねぇか…いつ行った?』

 

『……』

 

『まさか…昼休みに抜けて病院行ったんじゃねぇだろうな?』 

 

『っ…ああもううっさい!!会ったものは会ったんだからいいでしょ!2回も行くのはずいっての!』

 

『なら最初から病室行くなんて言うんじゃねぇよ論理破綻してんぞ』

 

 

 

タイシンプライドは無駄に硬い。

シャカールの弁論術ですらゴリ押しで切られる。痛ましいものを見たシャカールだが、タイシンはまだ納得していなかった。

 

 

『ねぇ、ジャン負けで行かない?』

 

『負けなのかよ……ハズレ引いたみたいな言い方しやがって……』

 

『じゃあ男気じゃんけんで……!』

 

『くだらねぇ。現地で見る』

 

 

そもそも医者がまだ起きないと言っているのだ。

黙って回復を待つだけで良い。寧ろ要らぬ刺激を与えて身体を弱らせては元も子もない。

 

シャカールは不可侵を決めた。

が、そこで煽るはタイシン。

 

 

 

『ふーん……逃げるんだ』

 

『あ?』

 

()()は苦手なのにね』

 

『──上等じゃねェかオイ!!』

 

 

 

まんまとキレてしまったシャカールはタイシンの思惑にハマった。

 

 

 

『言っとくがじゃんけんにもロジカルは通用する』

 

『ふーん。ま、運の範疇から出ないでしょ』

 

『舐めんな。少し相手揺らしゃあこっちだって勝つわ。……まぁ、ムカついたから運でねじ伏せてやるけどな』

 

『じゃあ、行くよ』

 

 

この時のタイシン曰く、不思議とこのシャカールには負ける気がしなかったらしい。年長者の余裕というものだろうか?

 

 

『『じゃーんけん…ポイ!!』』

 

 

 

タイシンはグー。

シャカールはパー。

 

男気じゃんけんなので勝った側が面倒を見て、且つ結果に喜ばなければならない。

敗者、シャカール。

 

 

『……あー!勝ったぞやったァァァ!!オレ丁度病院行きたかったんだよなぁ!』

 

『いやぁ…アタシ行きたかったんだけど…じゃんけんで決まった事なら仕方ないよね…………ぷぷっ』

 

 

シャカールはタイシンの連絡先を非表示にした。

どうせ今日一日だけだろうが、彼女のささやかな抵抗なのだろう。

 

 

(クソが、オレはこんなキャラじゃ…)

 

 

 

頭を抱えながら先の行動に後悔している中、彼女は気付いた。

 

そう、自分の指が触られている事に。

 

 

「ウォぉァ!?」

 

「……おはよう」

 

「変な声出ちまった…てか今戻ったのか!?ちょ、呼吸器外すな!!」

 

「呼吸器系に傷を負った記憶は無い。もう外して大丈夫だr……痛い」

 

「大丈夫か!?今先生呼んできてやるから!」

 

 

だが、シャカールの指を離さない邁。

彼の痛いとは頭の事だ。手術を終え、外見は綺麗に取り繕っても、衝撃の負担はまだ消えていない。今のところ後遺症は見られないが、不快感のある重さを感じているだろう。

 

 

「いい。そんな事より今何時だ?」

 

「……15時30分」

 

「何曜日だ」

 

「日曜日」

 

「ということは出走まであと十分か。で、何故ここにいる」

 

「うるっせェバーカ!!!」

 

「ええ…」

 

 

彼としてはオペラオーのレースを見に行くのはチームとしても当然なので、こんな時間までシャカールが近くにいるのは驚きだった。

 

だが、彼女の表情は嬉しさと不安で作られている。

今の邁に言いたい事があるのだろう。

 

 

 

「…テメェ、心配させやがって。なぁ?」

 

「理事長は?」

 

「アァ?元気一杯だよ。それよりテメェの心配しやがれ」

 

「いや、起きれただけ幸運だ。最悪死んだかと思ったからな」

 

「…だからアイツに電話をかけたのか?」

 

「……何だったか。そこら辺で意識飛んでいた様な気がしたからな……偶然、というか無意識にだった気がする」

 

 

 

朦朧としていた意識。

その中で、無意識にでもオペラオーに言葉を残せた。それは良い事だったのかはレースの結果で決まる。

 

 

「…まぁいい」

 

 

シャカールは溜息を零し、邁の背中に手を添え上体を起こさせる。

介護人の様な立ち居振る舞いに、その姿とのギャップが際立つ。彼女の表情は穏やかだった。

 

 

「ほら、一緒に見んぞ」

 

 

そう言ってテレビを付けた彼女に邁は思った。

練習をカメラで取らなければ即不機嫌。レースで2着以下、1着でも納得がいかないと即不機嫌。そんな獰猛な彼女の変革は信じられないと。

 

故に、理事長譲りの現実逃避を選択した。

 

 

「……お釈迦様?」

 

(ドタマ)かち割って見てやろうか」

 

 

 

未だボケているのかと、真面目に心配したシャカールであった。

 

 

 

─────

 

 

 

 

競バ場の観客席。

その上の方に立っているのはリギルの面々。皆元チームメイトとしてのオペラオーの勇姿を見届け、かつライバルとなった彼女を見定めに来た。

 

その横で黙しているのはシンボリルドルフ。

 

 

(キングヘイローのシニア最終レースになるのか…数々の出走はまさに意気衝天。彼女の精神力には私も見習う物があった)

 

 

出走する一人一人を見定め、黄金世代の精神的支柱に目を向けた。

たちまち彼女を応援する…主にスペシャルウィークやエルコンドルパサー等の声援が聞こえてきた。

 

それを満足げに耳に入れていると、隣にいるナリタブライアンが獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「いいな…勝負の匂いだ……!!」

 

 

オペラオーの活躍を聞くたび、何を思ったのか股関節炎になる前の走りを少し戻せた事で、怪物としての側面が戻ったブライアン。

そのせいで渇きが増し、レース狂の兆しが見えてきている。

 

恐らく、以前完膚なきまでに叩きのめしたオペラオーが今や絶対的な強さを持った事で、自身の過去を触発されたのだろう。ドリームトロフィーリーグに向かう現シニア最強のウマ娘。それが今の彼女だ。

 

 

 

「私はそうは思わないが」

 

「不機嫌だな」

 

 

憤るルドルフ。

どんなに他者に才能の違いを見せつけようと、どんなに絶望を与えようと、自身に挑んてきた者の顔は忘れない。

 

それは、同じターフで戦った者に対する敬意。

誰よりも他者を恐れさせた皇帝だからこそ、自分以外の顔は目に映る。数々の猛者を見てきたルドルフは、今日勝利よりもオペラオーの敗北を掴みに来たウマ娘が少なくないことに気づき嘆いていた。

 

 

「だが、アイツらにも引け目はあると思うぞ」

 

「笑止千万。勝つ気以外の感情は必要無い」

 

「ふっ…そうだな。それはそれとして、アンタだったらどう走る?」

 

「ふむ…」

 

 

既に現役を離れ、走る脚を持ち合わせていないと自負するルドルフにその想像は難しかった。

しかし、展開だけで言うのなら──と、少しだけ考える素振りを見せて口を開いた。

 

 

「まず大外枠を狙う。運だ」

 

「……アンタらしくもない」

 

「内、中は駄目だ。全盛期の私ならば大外で抜ける可能性はある」

 

「私は中に入る。渇いているからな」

 

「君の渇きは最早持ちネタだな…」

 

 

渇き、という概念があればいつだって走るのがブライアンの在り方だ。彼女が引退した後はどうするのか。

ルドルフは真面目に彼女の将来を心配している。就職する事を願うのみだ。

 

 

「ところで…」

 

「ん?」

 

「秋道君の理想は何なんだい?」

 

「理想?」

 

「少し、彼と話をした事があってね。シービーと契約を結んだ時にふと思って、君を手放した時に決心したらしい。どんな構想があるか知らないが、その理想を注いだ結果がアルデラミンのオペラオーだと私は踏んでいる」

 

「それをなんで私に聞く」

 

「君は担当だっただろ?今でも仲の良い君なら聞いているんじゃないか?」

 

 

 

 

それを聞いたブライアンは即座に脚をガンガン地面に打ち付け、誰にも見せた事の無い様な顔を見せた。

その表情はまるで、親に注意されていじけた子供のようだ。

ムスッとしている。

 

「言わん」

 

「…えー」

 

「言わない」

 

「と言う事は知ってるんだね」

 

「……理想だなんだを追い求めた癖に、アイツは私にそれを強要しなかった」

 

「…ほう」

 

 

結果論だが、と予防線を貼った上でルドルフは思う。

トレーナーとウマ娘という関係で言えば、邁とブライアンの相性は悪かったのかもしれない。

 

クラシック期のブライアンはその余りある強さで周囲をねじ伏せ、戦略もクソも無い速さを見せていた。

もし、邁が無理に自分の考えをブライアンに押し付けていたら、考え過ぎる癖がついて走りのキレが悪くなっていたかもしれない。そう思うと単純な強さに任せた指導は正解だった。

 

シービーが三冠を取れたのも邁の指導に起因する。シービーにはブライアン並の走力は無かったからだ。

素の強さに加え判断力に優れるルドルフに負けたのも当然だ。

 

ブライアンも邁の意思に沿っていたからこそ、自分に考えを押し付けてくれないという事実に少しの不満を覚えている。

邁の元へ戻らないのも、ハナの指導の方が合っていると判断した邁がブライアンを拒否していたからだ。そのせいで二人の間で軽い戦争が起きた事もある。

 

 

 

「私は、アイツの理想になっては駄目だったのか」

 

「そんな事はないさ」

 

「…まぁいい。アンタになら話してやる。アイツの理想とは、"自分で考えるウマ娘"だ」

 

「考える…?」 

 

「正確に言えば、どのレースでも精神を乱されることなく最適解に近い走りを行うウマ娘だ」

 

「…だが、それはトレーナーという存在を揺さぶる存在にならないか?」

 

「そう。だから私は何時も疑問に思っていた。トレーナーという自身をおざなりにしてまでソレを求める必要があるのかとな」

 

 

 

どんな状況下でも勝ち続けるウマ娘なら、トレーナーの指導が良かったということ。どんな状況下でも好きに走って勝ったということは、そのウマ娘が強いという事だ。

 

存在否定に等しい理想だ。

だが、歴史上トレーナー無しで大成したウマ娘はいない。だから理想。

その場しのぎの判断が偶然勝ちにつながる事もあれど、勝ち続ける事はほぼ無い。

 

努力の連勝と、計画の連勝は全くの別物だ。

 

 

「私がリギルに入ってからソレを求めるようになったのなら、タイシンにはその特徴がある筈だ。エアシャカールとの相性が良いのも、ソイツが自分で考察して突き詰めるタイプだったからだな」

 

「なる程。ではオペラオーはどう見る」

 

「純粋な強さもある。そして負けん気も人一倍だ。だが、アイツにとっての考えるウマ娘の完成形だとアンタは言った。私はそうは思わない」

 

「何故だい?」

 

「アイツが勝てていたのは、最後の最後まで勝ちを諦める気がない精神の図太さにある。判断力があるのならギリギリの勝利をそう何度も繰り返せるものか」

 

「……では、このレースでは」

 

「ああ。このレースの結果で、オペラオーが完成するかもしれん」

 

 

 

不安に思っていたルドルフとは対象的に、ブライアンは新たなライバル出現の兆しに喜んでいた。

 

 

 

ゲートが上がる。

 

 

 

 

「まぁ、素直に応援してやろう。オペラオーにとってもそれが一番助けになるさ」

 

「そうだな。せめて私達は彼女を信じよう」

 

 

 

自身を信じきれていないオペラオーに、強者はエールを送った。

 

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

 

───走る時は、何時もこうだった。

 

 

 

最終コーナーの先は、何時も暗闇で満ち溢れていて、光となったボクがそれを引き裂くように駆け抜けた。気が付けば何時もレースが終わっていて、取り繕うのに必死な自分がいた。更に、その感覚を味わった後の着順は何時も上位だった。

 

 

でも、流石にレース中に幻を見るのはオカシイと思って、おハナさんに相談した。何かの病気だったら怖いからね。

そして、彼女が言うにはそれを"ゾーン"というらしい。極集中状態のことを指していて、最終局面で入っているのなら良い傾向だと言われた。

 

後に邁さんにこう言われた。

ウマ娘のゾーンは人間のそれと違っていると。ウマ娘がゾーンに入ると、雷や風、不定形のエネルギーのような物を纏って走る感覚に陥ると。

 

そして、更に深いゾーンに入ると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。ボクのゾーン──周囲が暗闇になり、自身が光になるという感覚もそれに与する。

 

 

 

 

 

ゲートに入る。

体制を作る。

神経を整える。

走る。

 

何時も軽くこなしていたゲート入も、すごく重いんだ。

臆しも、緊張も無い。目の前の勝利を掴むという責任。それだけがボクの脚を掴んで離さない。

 

 

 

──あ、開いた。

 

 

 

反射的に身体が動く。

レースが始まった瞬間、ボクの聴覚が消え去った。必要なのは視覚と脳だけ。視覚から得た情報で脳味噌を動かし、身体の動きを最適化する。

いつもやっている事だ。

 

 

 

(駆け出しは上々。それは皆も同じだね…!)

 

 

 

キングさんは後方。ドトウは少し前か。

リョテイさんも何をしてくるか分からない。警戒対象だ。

 

 

 

早くもコーナーを曲がり、少しずつ脚質による走りの差異が現れてくる。

 

 

 

 

(不味いな…後ろ過ぎるか)

 

 

先行という脚質にしてはかなり後方へ下がってしまった為、前へ行こうとするが、かなり密集している。この序盤で大外回しをする必要性は皆無。我慢だ。

 

 

(ジワジワ内に入って、皆がスパートをかける際に穴が開く。そこを突こうか)

 

 

我ながらリスキーと思う。

ふと思うと、今までギリギリの戦いが多い。今回もその形になるか。心臓に悪いよまったく。

 

まぁ───負ける気は毛頭ない。

 

 

 

均衡が保たれたまま進む。邁さんの予想通り、相手のボクに対する封じ込めには成功している。だが、勝つのならその封じ込めを解いて自ら進む必要がある。ボクはそこを見極めれば良い。

 

それに──

 

 

(…君達はドトウを忘れているんだよ)

 

 

ボクに必ず追いつくドトウ。

彼女が前に出れば追いかけざるを得ない。その駆け引きがある分君達も相当追い詰められる事になる。

 

 

 

(最終コーナー…ここで決まる…!!)

 

 

内が空ききった。

そこに身体をねじ込み真ん中から前へ進む。

 

 

 

 

 

…意外だ。もう集団の中に入り込めた。

後はタイミングを…………?

 

 

 

 

─────は?

 

 

 

(君達は、なぜ)

 

 

 

ボクの真横を()()()()()()()……?

 

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

目が肥えた観客──いや、素人でも勘づくくらいは出来る。

 

 

舌打ちをするハナ。

異変に気付いたタイシン。

言い表せない異質を感じたシガーとアース。

 

 

 

「これは多重マークじゃない!意図した悪意のブロック!!」

 

 

怒りで歯を極限まで噛み締めたタイシンが叫ぶ。

全ては最終コーナーへ入るその瞬間だ。

 

 

 

まず、オペラオーが偶然開いた馬群の中へ進んだ。

()()()()、内に一人が進んだ。

()()()()、外に一人が進んだ。

何方もオペラオーの横に限りなく近い場所で、最終局面にも関わらず真ん中を()()しているのだ。

 

 

 

(くっ…レース前の雰囲気……あれは多数のマークの前兆ですら無かった!潰しに来たな!?)

 

 

前代未聞の封じ込めに、会場の面々…ベテラントレーナーであるハナですら驚愕していた。

 

 

 

「このままだと…奇跡が起きて前に行ける事を祈るしかない。だが…前に来るのはメイショウドトウだろう。内にはダイワテイシャもいる…競り合う時間はあるか……?」

 

「クソ…こんな事で……負けんなオペラオー!!アンタなら覆せる!!」

 

「オペラオーさぁぁぁん!!!」

 

「抉れぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

ハナとアルデラミンの計4名は、具体的な勝ち方を見いだせない故、オペラオーの根性に賭けるしか無かった。

 

ざわめきの中の会場で、泥臭くとも応援の言葉を口に出せただけ彼女等も諦めが悪いと言える。

 

 

 

「ふざけやがって……!!!!」

 

「ッ……」

 

 

同じく会場にいるブライアンとルドルフ。

マークならばそれを避けて勝利する。辛いだろうがそれは意志のぶつけ合いだと考え、熱い戦いになると踏んだブライアンだが、走りそのものを邪魔される行為にはとことん嫌悪感を隠さない。

 

 

 

(まさか…勝利の執念がここまで捻曲がる事になるとは)

 

 

ルドルフも、マークどころかオペラオーを勝たせない走り方に薄ら寒い物を感じている。

 

 

 

 

…だが、オペラオー以外に()()

現実的に勝ち筋を検討している者がいた。

 

 

 

その二人は、会場にいない。

病院にいるシャカールと邁だからだ。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

(いつだ!?いつ抜けられる!あと6…いや、5秒で周りが前へ行くか?)

 

 

シャカールは自身のレースでも無い現状に、頭を巡らせていた。

数多くの事象から参考となる事柄を捻りだし、それを組み合わせて検証する。そんな彼女が目の前の不意打ちに対し馬鹿正直に対応しているのは、それだけオペラオーの敗北を認めたく無いからだろう。

 

 

 

邁も一緒だった。

一つ違う点があるというなら、シャカールと違って冷静だということだ。

 

 

「……オペラオーにとって不幸なのは、敵を作りすぎた事だ」

 

「あ!?諦めムードかテメェ!!」

 

「そして──」

 

 

 

邁は表情を変えず、余裕も不安も感じられない口振りを見せる。

 

この状況に置いて、運もタイミングも左右しない。ただ唯一にしてどのウマ娘も体験した事のある走り方。

ウマ娘であるシャカール本人も自覚できない方法。

 

 

 

「──オペラオーにとって幸運だったのは」

 

 

 

オペラオーの左斜め前を差し。

 

 

 

 

「喰らいついてきた一人の存在がいた事だ」

 

 

 

純然たる目で、そう言った。

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

(今理解した。君達はボクが嫌いだね)

 

 

封じ込めの動揺が強すぎて、寧ろ吹っ切った頭でオペラオーは過去の事を追憶していた。

シャカールとの会話だ。

 

 

 

『いいか?オマエには縁のない話だと思うが一応言ってやる。ロジカルってのは下準備、検証、実演の3段階を経て完成する。具体的に言えば、下準備はレース研究と自身の練習。検証は模擬レースとかでその確実性を高めるんだ。そして実演はモノホンのレースって訳だ』

 

『ふむ』

 

『そして、その実演でミスをしたら全てが水の泡……今までの努力全てが無駄になる』

 

『そうなのかい?』

 

『…とか、浅ェ事思ってる奴もいるが』

 

『あ、浅い…』

 

『実際は違う。数学の答えそのものを暗記するバカが成功しない様に、国語の文章問題そのものを暗記するバカが苦労する様に、そもそもそんな穴だらけな行動してねぇんだよこっちは!!』

 

『落ち着いてくれシャカールさん!後輩にバカにされた事は確かに腹立たしい事だが、現に君は強いじゃないか!!』

 

『オレより強えテメェに言われても何も嬉しくねぇんだよ!!』

 

『わ、悪かった!!』

 

『…ふぅー。キレたら落ち着いたぜ』

 

『あはは…』

 

『要するに、実演で経験した失敗点を次に活かせばそれなりの結果が帰ってくるってこった。所謂経験論だな。無意識にペースが作りやすくなったり、自身の身体にも改善点を見つける事が出来る』

 

『なる程。ロジカルは皆が思っている程難解で遠い物ではないと』

 

『寧ろ言い方変えてるだけで、誰もが走る上でやってる事だ。ロジカルはそれに科学的視点を混ぜただけ』

 

『…でも、ボクにそれをやるのは難しいかな』

 

『いや、逆にオマエが凄えんだよ』

 

『え?』

 

『根性と瀬戸際の判断だけでギリギリの勝利を何度も繰り返せるのは異常だ。誰もが途中で敗北し、崩されるからな』

 

『異常…?』

 

『要するに──』

 

『…』

 

『オマエの努力と勉強はレースにおいて絶対無駄になってねぇんだよ。積み重ねの結果だな』

 

 

あの時のシャカールの笑顔は中々忘れられる物では無いと、オペラオーは感じた。

 

 

(ありがとうシャカールさん。ロジカルは使えないけど、ボクの全ては今ここに来ても使えると信じるよ)

 

オペラオーに不安と疑念の表情はない。

ただ目の前ゴールを見据えて走る。その目はまた、アメジスト色に輝いて───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──オペラオーの世界が変わる。

 

 

全てが暗闇に侵食され、自身が光と化す。

今までのゾーンと異なるのは、周囲に人型の魔物の様な影が走っているのと、前にもう一つの光があることか。

 

 

 

(君、は──)

 

 

 

その光の名はメイショウドトウ。

オペラオーに喰らいついて喰らいついて離れず、負けの一着を掴み続けた者。その光が此方を一瞥し、オペラオーはその目に秘められたメッセージを汲み取った。

 

 

 

(──勝負です)

 

(──ああ、受けて立つとも)

 

 

 

 

 

2つの光が、魔物()を裂いた。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

ドトウが外から上がり、破竹の勢いでスパートをかける。その勢いは誰に止められず、内側にいるダイワテイシャとの一騎打ちが始まると、誰もが思っていた。

 

 

 

『っ!?テイエム来た!テイエム来た!!真ん中からテイエムがきたぁぁぁ!!』

 

 

実況が驚くのも無理は無い。

その瞬間、ドトウに吸い付くように真ん中からオペラオーが侵攻してきた。

一瞬、笑みを浮かべたドトウは雄叫びを上げる。それに応じたオペラオーが脚を回転させる。

 

その表情、決死。

まさに覇王。

 

 

 

 

「負けません!!!!!!」

 

「勝負だぁ!!ドトウ!!!」

 

 

 

 

「行け!!!」

 

「オペラオー!!!」

 

「勝って!」

 

「負けるなァァァ!!」

 

 

アルデラミンの星。リギルのトレーナーという立場を忘れてハナも叫んでいた。

周囲の声が全てが自身を褒め称える声に聞こえるというオペラオーの特性が、現実に投影されたかの様に吸い付き、人の目には先頭の二人しか映らなかった。

 

 

 

『メイショウドトウとテイエム!どっちだ!?』

 

 

「「ハァァァァァァ!!!!!」」

 

 

 

ハナ差。

どっちが前か。刹那の時。

 

 

 

 

 

『僅かにテイエム!!僅かにテイエム!僅かにテイエムだァァァァ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───勝者、テイエムオペラオー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

 

 

「ドッヒャぁ………」

 

 

結果に安堵したのか、シャカールは心臓を抑え息も絶え絶えにぐったりとする。

 

 

 

 

邁は思った。

自分で考え、行動するウマ娘が強いのは当たり前だ。だが、今回のような不条理を抜けれたのはドトウによる奮起が理由。本人の負けん気が触発された奇跡の勝利。

 

 

だからこそ、彼女の今までの全てが報われたこのレースを称賛せざるを得なかった。

 

 

「パーフェクト」

 

 

 

硬派で理想を語る男が、この泥臭い勝利に誰よりも。

オペラオーの勝利に満足していた。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

「マスターからの見舞い品です」

 

「ああ、ありがとう」

 

「マスターは出張により不在ですので、言伝を預かっています。『くれぐれもトレーナーとしての立場を忘れるな。テイエムオペラオーの勝利に喜ぶのは良いが、不可抗力だったとしても、直前まで面倒を見切れないのはトレーナーとしての恥と思え』と」

 

「…そうか。分かった」

 

「私個人としても貴方の復帰を心待ちにしています。ご自愛下さい」

 

 

 

今、俺はまだ入院している。

あの時無理矢理起きたせいで、医者の安全確認の目が厳しくなった。オペラオーの勝利の翌日だが、今日に退院は叶わなかった。

そして、昨日のレースを見に行った者が多い為、逆に色々な人物が見舞いに訪れているらしい。放課後に練習無いのかお前等…。

 

 

 

 

最初の客はミホノブルボンだ。

レアな微笑みを見せて帰っていった。黒沼先輩は人一倍トレーナーとしての意識が高い。言葉に厳しい物があったが、見舞いの品は用意してくれている。優しい。

 

 

 

 

「…後遺症等は大丈夫だったんでしょうか?」

 

「ああ、幸運でな。何も無かった」

 

「それは良かった。では手短に…バナナです」

 

「バナナか」

 

「消化の速度、食べやすさ、栄養。理想の食べ物です」

 

「…」

 

「ブライアンは肉しか持ってこないので来させていません。退院後に会ってあげて下さい。では」

 

「…ああ」

 

 

ハヤヒデはバナナ推しがすごいな。

実際良い食べ物なんだけど、個人の好み入ってないかコレ?

 

 

 

 

「ヒシアマ姉さんが来たからにはっと。栄養管理もバッチシ見るよ!」

 

「…まぁ、飯の味が薄いのは悲しいかな」

 

「退院後に肉じゃがでも作ってやるよ!じゃな!」

 

「おい、何しに来た」

 

「顔見に来たー」

 

 

マイペースだなヒシアマゾン。

 

 

 

 

 

「ハイ!はちみー!」

 

「………」

 

「…うん?なにさー!はちみーだよ!これ結構高いんだから!!」

 

「…すまん。今は喉が乾いていなくてな。気持ちだけ受け取っておく」

 

「ちぇっ…しょうがないなー。ま、ボクは寛大だから許してあげるよ。ごくごく……ぷはー!ウマーい!!」

 

 

 

はちみーだけ飲んで帰ったトウカイテイオー。

正直あんなクソ甘いドロドロ飲みたくない。割と重い病気になりそうな糖度だ。だから真面目に断った。

トウカイテイオーは純粋で良い子だから余り棘のある言い方はしたくない。やんわりと断る。

 

 

 

 

「あ、オペラオー。レース凄かったよ!!どうしたのそのトロフィー。え?二人にしてくれって?いいよー」

 

 

入口からトウカイテイオーとオペラオーの声が聞こえる。

 

 

…え。オペラオー?来たのか。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「あの、なんか言ってくれないか邁さん」

 

「トロフィー持って病院まで来るな!」

 

「あだっ!?」

 

 

勝利の記念品。

それを外に持ち出して来るなんて。紛失でもしたらどうする。

 

 

 

 

「だってぇ…貴方に見せたかったんだよぉ…」

 

「改めて部室で見せてもらうって昨日の連絡しただろうが」

 

「ボクは頑張って……孤独で…それでも勝ったんだ……。ちょっとくらい良い目に合ってもいいじゃあないか…」

 

 

 

な、何だこのしおらしいオペラオーは。

お前、もしかして褒めてほしいのか…?昨日携帯で死ぬほど褒めて泣かしたのに、もっと褒めてほしいのか?

 

 

 

 

 

「はぁ…ちょっとこっち来い」

 

「…うん」

 

 

二人だけだから。

オペラオーの求めている物が分かっているから。

 

こうするんだ。

 

 

「わ、わわ」

 

「頑張った。辛い中、よく耐えて走った。お前は俺の誇りだよ。これからも頑張ろうな、オペラオー」

 

 

友情の証だ。

一瞬だけ抱きしめてから、頭を撫でた。思春期のウマ娘は不安に苛まれる物だ。だからこれをやると落ち着くとハナさんに聞いた。

 

 

 

「こ、恋のじょう、じゅ……」

 

「…んん?」

 

「幸せぇ…ああ、死むぅ……」

 

「………おい」

 

 

 

また気絶した。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

 

「───でねでね、カイチョー!あの後オペラオーはすぐ起きたけど!無言で顔真っ赤にして帰っちゃったんだ」

 

「…テイオー。余り他人の事情を簡単に喋るな。会長は余りその様な会話を好まない」

 

「えー!エアグルーヴだって恋バナ好きでしょー?ねーカイチョー?」

 

「たわけ!そんな暇があるか!会長、そうですよね!?」

 

「……」

 

「…カイチョー?」

 

「どうなされました?」

 

「……ふふ」

 

「「……?」」

 

「テイエムオトメオーだな。ふふっ…傑作」

 

 

 

 

オペラオーが記録的勝利を果たした翌日、テイオーは初めてルドルフに対し恥という言葉を覚えた。

 

 

これもまた、一つの記録だろう。

 

 

 

 

 

EP3 世紀末覇王(テイエムオペラオー)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。