たまに寄り添う物語   作:ルイベ

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話の区切りにある───←これは場面転換です。

〇〇〇〇〇〇の時は視点変更です。

ちなみに今回の話は番外編ですが、2話編成です。


追憶①:始まりのCall、奏功のBoundary

───生まれて初めて、ターフを見た。

 

何とも思わなかった。ただ、緑が綺麗で…ダートよりかはこっちが好みだった。

 

 

───生まれて初めて、レースを見た。

 

風を感じた。途轍もない速度の女の子が走っていた。

何故か、俺も走りたいと思った。

 

 

 

───生まれて初めて、自分の髪を観察した。

 

黒い髪だ。でも前髪の真ん中に白い部分がある。

不気味だ。それを見て家族は喜んだ。何故だろうか。

 

 

───妹が生まれた。

 

身体が、弱かった。

 

 

───生まれて初めて、本気で走った。

 

運動会で一等賞を取った。俺は泣いた。

彼女達よりも遅かったからだ。シリウスに負けた。四学年も下なのに。

 

 

───妹が俺を見る。

 

走れない身体で。

何時も俺の走りを見て泣いていた。自分が嫌いになった。

 

 

───レースを見る。頭で誰かが囁く。

 

 

あの子はスパートをかけるのが早い。速度はあるのに何故スタミナ勝負に出るのだろう?

 

何を言っている?彼女は今先頭をキープしていただろう。

そう反論しようとしても、相手がいない。囁いたのは俺だったのだ。

 

 

ほら、減速した。

 

馬鹿な。最後の最後まで速度は落ちていなかった筈だ。

 

 

 

2400mなのだから、少しだけでも温存すべきだったな。

 

知った風に何を。1600mすら走った事が無いだろう。

 

 

 

───矛盾を抱え、直感に囁かれ、頭がおかしくなりそうだった。

 

 

「邁のご先祖さまはね、ウマ娘だったのよ」

 

知ってる。

 

 

「ウマ娘の母の運動能力を引き継げるのは、ウマ娘として産まれる子供だけよ」

 

じゃあ、何で俺はレースを求めている?

何故芝生を見れば走りたくなり、この運動能力に足りなさを感じている?

 

 

「ウマ娘の一番の特徴って何?」

 

再確認する様に母は問いかけてくる。

 

俺は答えた。耳、速さ、と。

 

 

「間違ってはいないわね。でもね、本当の特徴はね……走りたいという感情」

 

 

なに、を。

 

 

「邁にはその感情が遠い先祖から受け継がれちゃったのね。極稀に、ウマ娘の本能的なにかがヒトにも現れる時が来る。辛い?」

 

 

分からない。とにかく…レース…を……

 

長距離が見たい。分かりやすいから。

 

 

「…トレーナーって知ってる?」

 

 

ウマ娘を見る人。

 

 

「今度、私の姉を紹介するわ。そこで向き合いなさい」

 

 

そう言った母の顔は、何時もよりも凛々しく……

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

「娘のやよいよ。貴方と同じ、本能を理解している子」

 

 

 

目の前の女性と女の子。

女の子の髪はオレンジ色で、俺と同じ白い部分があった。

 

 

「貴方は教育者としての才能がある。人は他人の気持ちは理解出来ないと言うけれど、貴方はヒトでありながらウマ娘の視点を持っているのね」

 

「…だとしても、勝手な直感です。そもそも俺の妄想かもしれない」

 

「やよいも同じ物よ。ウマ娘の求めている物が理解出来るの。この子は組織運営に向いているわね」

 

「話が見えません」

 

「トレーナーやってみない?」

 

「…貴方が俺の事を理解しているのなら、それは残酷な質問なのでは」

 

「ええ。走りたいのに、走れない。近くで自分のウマ娘が走る様を延々と見続ける。貴方の本能に喧嘩を売る要望ね」

 

「ならば…」

 

「来なさい──変えさせてあげる。貴方の世界」

 

 

そう言って目の前の女性──母の姉は俺をトレセン学園へと連れ出した。

 

 

 

「これは…!」

 

「頑張っているでしょう?これがウマ娘達の努力」

 

 

目の前に広がる練習場の景色。

汗をかきながら、バテながら、痛みに耐えながら。

全てのウマ娘達がそうして苦労を隠さず走っているのに、何故か表情は喜悦に満ちている。

 

頑張れ。

 

 

…何故だ。走りたいと思わん。

 

 

「やっぱりね。貴方、大人なのよ」

 

「は?」

 

「走行欲があるのに、ウマ娘達の努力には一歩引いた立場にいる。レースで負けた子の評価をするのも、その子が勝てなかった──勝ちを逃した事への悲しみでしょう?」

 

「…」

 

「しばらく見ているといいわ。やよい、彼が迷子にならない様に側に」

 

「承諾!さぁ!見るぞ見るぞ邁!」

 

「うわっ!」

 

 

そう言って柵の近くまで寄せられる。

近くのウマ娘が寄ってくる。

 

 

「あ〜!やよいちゃんこんにちは!」

 

「うむ!」

 

「横にいるのは…?」

 

「いとこの邁だ!」

 

「は、初めまして…」

 

「初めまして!じゃ、私練習あるから!」

 

「頑張る事だ!!」

 

 

ウマ娘はすぐ行ってしまった。

 

 

「彼女は挨拶をしてくれるが、練習の時間は無駄にしたくないのだろう。だからすぐ戻った」

 

「…君はその…俺と同じ」

 

「同類!君と同じだ!だがしかし、ターフを求める程の欲求は現れていない!」

 

「…」

 

「そして、彼女達はそれ以上に…。──もっと学びたい、もっとターフにいたい、もっと──走りたいと!」

 

「…それは」

 

「それを感じて私は思った。助けようと。彼女達の求めている物に応えられるのはこの感情を理解出来る私だけだと」

 

 

達観している。俺と同じくして生まれ、苦しんだのに。

 

 

「で、これを見て君は何を思った?」

 

「───」

 

 

 

俺は──

俺は──

 

 

 

「──悔いなんか残させたくない。満足な終わりを彼女達に。走れ、走れ、走って──遂げて欲しい

 

「…やはり邁は私と一緒だ!」

 

「君はウマ娘の心を満たし」

 

「邁はウマ娘の門出を呼ぶ」

 

「俺はトレーナーになる」

 

「私はウマ娘を見守る」

 

 

 

ここから、俺の全てが始まった。

 

 

 

 

─────────

 

──数年後。

 

 

 

「ちょいちょいそこのキミ。そう、そこのキミ」

 

「俺か?」

 

「アタシ三冠目指してるんだけどさー。トレーナーやってくれない?」

 

「……あ?」

 

「中堅っぽい人達にスカウトされてこう言ったら撒かれてさー。ベテランの人もそのせいで微妙に来なくなっちゃったし、新人さんならどう答えるだろうなーって」

 

「あー…その、個人的に荷が重いとかそういう考えしたくないんだが」

 

「うんうん」

 

「自分のレース人生を賭ける相手としては…新人はやめておいた方がいいぞ…」

 

「なんで?」

 

「タダでさえサブトレーナーとして経験を積む為に動いてるのに、三冠目標のウマ娘と専属契約なんて博打をするトレーナーがいると思うか…?」

 

「じゃあ、何で今いるの?スカウトする場に来たのは君なんでしょ?」

 

「……さぁ?何でだろうな。言われて見ればおかしな話だ」

 

「あは!面白いねキミ!気に入ったよ!!それで私ってどう思う?」

 

「先輩差し置いてどうかと思うが…正直、君の走りを側で見てみたい気持ちもあるし、三冠という目標も果たしてみたいと………その、思う。でも…まだまだサブトレーナーの経験が必要だから無理だ。これは君の為でもある」

 

「…………」

 

「じゃ、じゃあまた……」

 

「決めた!!トレーナーになって!!」

 

「は!?えーと…まず、君の名前は?」

 

「おー選抜レース見といて良く聞こうと思った。うんうん。その質問敢えて返そう!」

 

「秋道邁……一応バッジは付けてるが新米(ぺーぺー)だ」

 

「ふふ、ぺーぺーだろうがベテランだろうがいいじゃない。アタシは君がいいの」

 

「…俺の何が良いのか」

 

「アタシを怖がらなかったから」

 

「…?」

 

「癖のある追い込み、目標は三冠を始めとしたスター。いっつもプラプラしてて自由人。ま、こんな感じかな。アタシがトレーナーだったらこんなウマ娘に関わらないよ。ぷっ!自分で言っててなんか面白くなっちゃった!あはは!!」

 

「別に…目標なんだからそんくらいは尊重しても良いだろう」

 

「三冠だよ三冠!セントライトとシンザンしかいないんだよ!?」

 

「なりたいんじゃないのか?」

 

「勿論なりたい!CB記念とか作られたい!」

 

「CB…?」

 

「そう!──アタシの名前はミスターシービー。目標は三冠!夢は風になる事!いぇい!」

 

「シービー……シービー…?あ…先輩がスカウトするって言ってた…!」

 

「先輩?」

 

「待っててくれ、呼んでくるから」

 

「だーかーら!!キミが良いって言ってるでしょ!」

 

「す、少し考えさせてくれ!頭がこんがらがって」

 

「面白い…良いじゃないか。専属契約なら」

 

「東条先輩!?いつの間に!」

 

「お前がいつの間にかここに来ていたからな。ツッコみたいのは私だ。あまつさえミスターシービーを口説いている」

 

「ご、語弊がひどすぎる……」

 

「事実だ。まさかサブトレーナーに飽きた…とは言うまいな?まぁ無意識とはいえスカウトの場にいたという事はそういう事なんだろうが…」

 

「あ、あの……」

 

「そう!アタシの逆指名!!」

 

「ぎゃー!!やめてくれミスターシービー!承諾してないだろ!」

 

「なんだ、ウマ娘の願いを除けるのか。それとも彼女では不服か?」

 

「東条先輩…いじめてます?」

 

「ミスターシービー。これが契約書だ。コイツの印鑑は押してある」

 

「は?」

 

「本当は私がスカウトするつもりだったがな…こいつが先手を打った」

 

「なんでそういう事言うんです?俺はサブトレーナーとしてまだやる事が」

 

「契約したければ書き込んでおけ」

 

「はーい♪」

 

「ちょちょちょちょ待て待て待ってほしい!!おい!聞いてんのか!ミスターシービー!やめろ!おい!ミスターシービー様!辞めてほしいです!あ、まってほんと!あああああああ!!!!」

 

「じゃ、出してくるから!」

 

「待てェ!!」

 

 

 

なんだ、このクソみたいな展開は。

記者共。お前らが運命と書き連ねた俺達の関係は…こんな始まり方をしたんだぞ。

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

「え、邁が専属契約?」

 

「うん!秋川理事長。ほら、契約書」

 

「…貴方達が納得したなら止めはしないわ!」

 

ぼががぐぐが!!(おかしいだろ!!)ぼごぐわぁんごうぎぎぼぶぼで!!(この状況に疑問持て!!)

 

「シービー。貴女は類稀なる才能の持ち主だし…邁もトレーナーとしては天賦の才を持っているけど…その、良いの?新人よ?経験ないわよ?」

 

「気に入ったからヨシ!」

 

「ならいいわ!」

 

(馬鹿かこの理事長は!?俺が否定している様に見えないのか!!)

 

 

思えば横暴な人だった。

親戚とはいえ限度がある。俺の高校進学を打ち切ってトレーナーにする為に本漬けにして…いや自分で勉強は望んだが…それでも青春を奪った女だ。理事長とはいえ許さん。

 

 

ばがぼんが!(バカ女!)ばぎびばばぁ!!(パリピババア!!)べぇぐがっでぐがが!!(目ぇ腐ってんのか!!)

 

「ガムテープをいい事に好き勝手言われてる気がする……てかババアってはっきり聞こえたわよクソガキ」

 

 

 

 

 

シービーのおかげで今の俺がいる事は確かだ。そう思えば奇跡の出会いと言っても過言では無いかもしれない。

でもさ、これはおかしいだろ。

 

 

 

〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

「てなわけでショッピングモール!!」

 

「蹄鉄ショップは…4階か」

 

「ゴーゴー!」

 

「エレベーターは右だぞ」

 

「……エレベーターこわい」

 

「は?」

 

「なんだろう…あのグワー!ってなる感覚がやだ……」

 

「は?」

 

「こわい」

 

「行くぞ」

 

「ねぇ…まって…やだ」

 

「じゃあお前階段使えばいいだろ」

 

「なんでそんな冷たいの…?」

 

「昨日の横暴は忘れない…これで勝てなくても怒るなよ」

 

「自分の指導に自信ないの?」

 

「勝たせるが」

 

「だから気に入った」

 

「「フッ…」」

 

(シービーは変人だ。常識人の俺と正反対の存在。つまり…)

 

(アタシのトレーナーは思ったより変人だ。真面目な人だと思ったら結構ノリが良い。つまり…)

 

(相反する者同士の反発による化学反応!!)

 

(同類という完璧なコンビネーション!!)

 

((勝った……!!!))

 

 

 

この二人、バカである。

二人とも頭は良いが、バカである。

 

 

 

 

 

だが──レースに対しては総じてクレバーだった。

 

 

 

─────────

 

 

 

「まぁデビュー戦勝てないと話にならないよな」

 

「そうねー。でもいきなり飛ばしてもあれだし…追い込みやめよっか?」

 

「……主観だが、お前には速さもある。逃げてみるか?」

 

「オッケー!やってみる!」

 

 

 

こうして二人は日中レース研究をし、隙あらば模擬レースで検証していた。

シービーは堅苦しい空気を苦手とするが、勝つ為の勉強は不思議と嫌いでは無かった。

 

 

─────

 

 

 

「勝てたけどぉ…勝てんたんだけど…」

 

「なんだ?」

 

「何か気が散る…?ううん…何かイライラするなぁ…逃げって……」

 

「…まさかお前に気性難の面があったとは」

 

「追われてる感覚が楽しくないの……」

 

「分かった、辞めよう。ただ追い込みは皐月賞からにしよう。いや、皐月賞の為に弥生賞から始める。それでいいか?」

 

「それなら差しも試したいかも」

 

「差しが駄目なら差し陣営に混じって追い込んでもいい。とにかく目立ちすぎるなよ。対策されるかもしれない」

 

「分かった!」

 

 

 

───────

 

 

 

「負けた!」

 

「その割には元気だな」

 

「面白い子と走ったんだ。ボイズィーエースって子。先行っぽかったけど多分強いよ」

 

「差しはどうだ?」

 

「問題ないけど…追い込みとあんまり変わらないかも」

 

「そうか、じゃあ…」

 

「うん」

 

「「鍛え直し」」

 

 

 

───────

 

 

 

『何とメイクデビュー戦を制したのは……驚異的な末脚!ミスターシービーだ!!』

 

「ふぅ……負けるとは思っていないが…中々心臓に悪いな」

 

 

 

シービーのデビュー戦は難なく終わった。

走った後に彼女はトレーナーに向けて指でvサインを作った。2000mという速度戦を終えた後なのに余裕すら見える。その自由奔放な走りは周囲のウマ娘に恐怖と羨望、そして諦めの感情を与えた。

 

才能という、諦めを。

 

 

 

 

──────

 

 

 

「デビュー戦なのに新聞占領だと!?」

 

「そうなの?」

 

「ほら、見てみろ。ぎっしりだ」

 

「あはは!人気者ねアタシ達……え!?トレーナー17歳だったの!?」

 

「あ、言ってなかったな」

 

「学校は!?」

 

「行かせてくれなかった。理事長が」

 

「何か親近感と憐れみが同時に襲ってきた…名前呼びでいい?」

 

「いいぞ」

 

 

 

この日から二人の距離は縮まり、トレーニング等でもその相性を遺憾なく発揮していた。

 

と、同時に得ていたのは嫉妬。

黒松賞、そしてひいらぎ賞での敗北を活かし共同通信杯を勝ち進み、未だ底を見せない彼女の姿は、日々真面目に努力をするウマ娘達の余裕を奪っていった。無論シービーは努力家の側面が強いのだが、普段の自由奔放な姿勢からそう思われる事は少ない。

 

邁に関しては肩身が狭いという面だ。

未だシービーの才能にあぐらをかいていると思われている事が多い。東条トレーナーや黒沼トレーナーと言った優秀なトレーナーからは才能を認められているし、他のトレーナーからしても指導面には称賛の意見が多い。しかし、経験が少ないどころか初めての契約で三冠を達成できるのかと言われればノーだ。その面で良い意味でも悪い意味でもマスメディアに注目されている。何時もはウマ娘やチーム単位での記事が多いが、邁は最年少でトレーナーバッチを受け取った者として持ち上げられる事が多いのだ。

 

 

そして、二人は決めた。

どんなに取り繕っても今の環境は居辛い。

 

 

だから──ストレスを溜め込んでも、怒りを募らせてもいい。

半端に解消するよりは──

 

 

 

 

 

──レースで黙らせる方が良いだろう、と。

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

『強い強いミスターシービー!インを突いた彼女の新しい攻めです。以前よりもキレが増しているように見えます!弥生賞は彼女の物だ!!』

 

 

 

周囲の全てが、彼女を超えるべき強者として認識した。

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「勝負服きたー!!」

 

「サイズ確認は任せる。何かあったら言ってくれ」

 

「どれどれ…」

 

「じゃあ出てるから、着替え終わったら呼べ」

 

「おっけー」

 

 

 

 

 

 

 

「邁ー!入っていいよー!」

 

「確認終わったか…ん?何でまだ着てる?」

 

「え、こういうのってトレーナーに見せるもんじゃないの?様式美なんじゃないの?」

 

「さぁ?あと要望出す時におおまかなデザイン見たからもう知ってるしな」

 

「えー。つまんない」

 

「…コメント欲しいか?」

 

「うん」

 

「寒そう……」

 

「…え、それだけ?」

 

「うん…」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

──────

 

 

 

「皐月賞は速度戦だ。決して短くない距離だが、温存すると取り返しの付かない戦いになる。幸いスタミナ脚力共に優れるお前なら勝ちやすいかもしれない。注意すべきはタイミングと同じ脚質だ」

 

「ふむ」

 

「そして、天気予報によると悪天候になる。この意味は?」

 

「バ場が荒れて走りづらくなる!」

 

「その通り。お前の脚は他のウマ娘よりも伸び、強靭だ。余程丈夫な奴がいない限り有利だろう。後はなるようになる」

 

「いつも通りって事ね」

 

「そうだ……いや、一つだけあるな」

 

「うん?」

 

「最終直線で最後尾にいるようでは無理だ。だから抜きやすい位置にいるのは当然として、出来るだけ前に出ておく」

 

「でも、それじゃマークされて合わせられない?」

 

「ならマークごとぶち抜くしかない」

 

「脳筋ね」

 

「理論を詰めるのも良いが、才能は武器だ。それをそのまま振りかざしても誰も咎めない」

 

 

 

初めてピリピリとした空気が部室に訪れる。

学校全体に締まった雰囲気が流れ出したのは、クラシック三冠の一、皐月賞が始まるからだろう。

 

 

「これで全てが決まる。頑張ろう」

 

「うん!頑張る!」

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

 

邁。アタシが強請ったトレーナー。

別に、何も考え無しにトレーナーを選ぼうと思った訳では無い。でも、邁が良かった。自分でも驚いているが、余程彼を気に入っているらしい。

 

 

で、何だかんだアタシは強かった。

で、何だかんだ邁は凄かった。

 

それだけだった。

アタシは只、この走りたいという欲求を満たしたいと思ってトレセン学園に来た。でも、それは自由に走りたいという…傍から見れば舐めている動機だ。

ただ気持ち良くなりたい。そんな願い。

 

逃げ──取り合わない戦略。

先行──安定とアレンジが効く王道。

差し──溜めの爆発力。

自在──なんでもござれ。

 

──じゃあ、追い込みはどうかな?

そう思って授業で改めて走り方を学んだけど、これだけはしっくり来た。

 

何故か。

それは、自由にスパートをかけられる点にある。

他のウマ娘に気を使う先行や、ラストの位置取りを考えなければならない差しと違い、自分のスタミナの許す限りスパートのタイミングを測れ、尚かつ落ち着いて局面を見据える最高峰。

アタシはそこに痺れた。

 

 

三冠という、強いウマ娘のみが成し遂げられる称号。

それを得る為のレースで自由に走って勝ったらどんな存在になるか。少なくともスターは間違い無しだ。 

これまでのレースの結果からも皐月賞の勝ち目が薄いとは思えず、心に余裕を持った状態で挑める。

 

 

 

 

アタシはこれから一冠目を手にする。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

──皐月賞当日。

 

 

 

 

「ハァッ…ハァッ…!!」

 

「負けない!!」

 

 

状況が変わった。

天気予報通りの重バ場。それは良かった。自分の足は問題無く動いているし、何よりバ群が外に広がっていない。理想的だった。

 

 

───なのに。

自分は良い走りをしているのに、追い抜いて先頭にいるのに、何故彼女等との距離がだんだん縮まっているのだろう。

アタシのスピードが落ちている…?

 

 

いや、違う。

彼女が強いんだ。アタシに勝つ為に死ぬ程考えて鍛えたんだ。

メジロのウマ娘。只一人が後ろに付いている。

 

 

(はやくっ!はやくゴールさせて!)

 

 

やめろ。

追わないで。こわい。何で?前はもっと気持ち良く走れたのに。

 

 

やめて。やめて。やめてやめてやめてやめてやめてやめて

 

それ以上迫られたらアタシ──

 

 

 

『ミスターシービーゴールイン!三冠への第一歩は、ミスターシービーが勝ちました』

 

 

───あ

 

勝った…………?

 

 

 

走っている足を歩きへ戻そうとし、よろける。

膝を付いて荒々しい呼吸を繰り返し、掲示板を確認する。

 

 

 

アタシの番号が乗っていた。

勝ったんだ。勝てたんだ。逃げ切れたんだ。負けなかったんだ。

 

でも、明らかに追いつかれていた。

初めてレースに恐怖を抱いた。今までの感じていた、"気持ちの良いレース"はきっと努力していた気になっていたアタシの自惚れなのだろう。

GⅠというビックタイトル…それも一回しか出れないレースとなれば死にものぐるいで勝ちを取りに来ることは明確だった。

 

多分、今回はアタシが持っていたちょっとの才能があったから勝っただけで、次はこうも行かないと思う。

 

 

(次も…また()()()()()?)

 

 

日本ダービーへの不安が勝って、アタシはあんなに欲していた歓声を聞き取れていなかった。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇

 

 

 

重大な事実が発覚した。

シービーはナーバスな面があった。

 

以前から納得できない走りは絶対にしないというモットーがあったが、自分の走りが崩されかけると精神的に追い詰められて焦ってしまう。

そしてその焦りは恐怖へと変わり、レースへの思考が変わってしまう。

 

つまりシービーは追われる事に忌避感を覚えている。

自分が逆境から一気に前に出るというギリギリの戦いは得意としているが、その逆は不得手だったということだ。

 

皐月賞での2着ウマ娘。

彼女がシービーを追ったおかげで弱点に気づけた。結果的にシービーは負ける程追い詰められていなかった。しかしプレッシャーという物を初めて感じ取ったのだろう。この気づきをどう活かすか、俺は悩みに悩んでいる。

 

東条先輩曰く、皐月賞のウイニングライブも何処か覚束ない踊りで、声も心無しか震えていたらしい。

ダンスの指導をする先輩が言うのならば、多分そういう事なんだろう。

 

 

 

そして、ライブ後のトレーナー室に来た瞬間だ。

『外の空気吸ってくる』と言って即座に外出してしまった。外は雨だぞと、静止の声も聞かずにだ。

 

 

大雨の中立ちすくむシービーの姿を見かけたので、急いで傘を用意して向かう。

びしょびしょになりながら下を向く彼女の様子は、通常のシービーからは考えられない状態だった。メンタルも相当やられているようだ。

 

 

「ほれ」

 

「あ、邁……」

 

「濡れると風邪を引く」

 

「……」

 

「悩みは中で解決しよう。さ、帰るぞ」

 

「え、ただの散歩だけど」

 

「………………は?」

 

「いやー雨の中の散歩って意外と気持ちいいのよね。なんか普段味わえない清々しさと解放感」

 

「…」

 

「なんかごめん」

 

「…!」

 

「あっ!ちょっと帽子持ってかないでー!!」

 

 

俺はキレた。

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えず、シービーにシャワーを浴びせた。

そして翌日。

 

 

「話を聞こうかミスターシービー」

 

「あの…帽子かえしてください」

 

「話を聞こうか」

 

「使えないAIみたいな問答しないでよ!!」 

 

「だまらっしゃい!ダービー目標で風邪引きに行くバカがいていいはずあるか!」

 

「だってスッキリするでしょ!?」

 

「雨で得られるのは自然の有り難みと湿り気の不快感だけだ!」

 

「表現の自由って知らないの!?風邪なんて少しじゃ引かないわよ!」

 

「あぁそうだろうな!!お前はバカだからな!!」

 

「っ!あーもー怒った!!そのトレーナーバッチもぎ取ってアタシの帽子の装飾にしてやる!!」

 

「上等だ!お前の帽子に水入れて花瓶代わりにしてやるよ!」

 

「「ぐぬぬぬぬ……!!」」

 

 

俺は悪くない。シービーが悪い。

 

 

「…あのー」

 

「「たづなさん?」」

 

「シービーさんは授業が始まってます…」

 

「あ…忘れてた」

 

「学生で授業スルーってマジかお前!アハハハ!」

 

「ぶん殴っていいかなぁ!?」

 

「秋道君はトレーナー会議です」

 

「……!!!!???」

 

「ばーか!!!」

 

「早く行ってください二人とも!!」

 

「「はい!!」」

 

 

 

────────

 

 

 

トレーナー会議。

それはある種の確認事項である。理事長、生徒会、トレーナー陣がウマ娘達の傾向を観察し、運営をより良く円滑に行う為の情報交流。

現時点でウマ娘を指導しているトレーナーの中で、優秀な者が参加する会議と思ってもらって構わない。この会議の結果は理事長に提出する事になる。

開催はメイクデビュー後、皐月賞後、菊花賞後、有記念後の計4回。つまり年に4回会議がある。シービーのド派手な戦績のおかげで、今年から参加する事を許された俺は2回目に華々しい遅刻をしている訳だ。

 

ビクビクしながら会議室に向かう。

というかもうドアの前だ。どうしよう。いっそ風邪を装って帰ろうか?

あーもうどうでも良い。入るか。

 

 

 

 

「……申し訳ありません!遅れました!」

 

「おーやっと馬鹿野郎が来たぞ。なぁ…東条、黒沼?」

 

「本当に恥ずかしい…遅刻する様なバ鹿をサブトレーナーとして雇っていた事が」

 

「全くだ…」

 

「む、六平(むさか)さん…」

 

「早く座っとけ秋道。こいつ等今にも噴火しそうだぜ」

 

 

六平さん。年配の熟練だ。

そして東条先輩と、ムキムキサングラスマンの黒沼先輩。黒沼先輩に至ってはマジで怖い。

 

取り敢えず空いてる席に座る。

 

 

「君が遅刻…子供らしい面もあるんだね」

 

「あの…その…すみません」

 

「僕は気にしていないよ。そこまで遅れていないしね」

 

 

隣の席の奈瀬先輩。一人称は『僕』だが、立派な女性だ。

若いながらも高い指導力に注目されている。

 

 

「と、取り敢えず始めましょう!」

 

 

開始の号令は小宮山先輩。

長身の女性だ。東条先輩と真逆のタイプだろう。

 

奈瀬先輩が話し出す。

 

「先ずは今回の皐月賞の影響から。戦績で注目されるウマ娘がいますが、今回のミスターシービーは極端に目をつけられていると思いました」

 

「俺はいつも通りだと思うがね…皐月賞に出る奴事態小さな勝ちを重ねてる奴だ。それなりに注目されるのは当然じゃねぇか?小宮山はどうだ」

 

「え、私に振りますか六平さん」

 

「振らなきゃ言わねえだろいつも」

 

「……はい。じゃあ私から。皐月賞前はいつも通り引き締まるので、正確に目を付け始めるのは皐月賞後になると思います。その上でダービーはミスターシービーを始めとしたメジロルモンスニー等に注目。この世代はシニアのウマ娘達も目が離せない走りを持っています。あ、あの…ダービー出るって意向で良いんだよね?秋道君」

 

「三冠路線なので故障が無ければ出ますね。現段階シービーの奇抜な走りに対応しようとしているウマ娘が多いかと。こっちの手段をバラす訳にはいかないので詳しくは伏せますが、恐らく『ダービーだけは勝つ』と燃えているウマ娘が多数です」

 

「ほぉ…初指導で三冠とは大きく出たな小僧!」

 

「…彼女の目標ですから」

 

沈黙を貫いていた厳つい老年のトレーナー──確か六平さんの飲み仲間──が三冠というワードに反応する。

当然だ。殆どの人間が三冠を取った光景を見ていない。現時点での三冠バはセントライトとシンザンのみ。その二人は過去の人物となり、とっくに引退している。映像記録も残っているが、生での三冠を見たものは少ない。

 

 

「今回の結果で学園全体が引き締まったのは良い事だ。だが、個人への対応策を考える余り自身の走りを不意にしてしまうのもよくある事だ。そこはトレーナーの手腕に委ねるべきだな」

 

「同感。そこのバ鹿のシービーに崩されてる部分は各自で補ってもらわなきゃいけない」

 

宛行(あてが)ったの誰でしたっけ先輩…?」

 

「私よ」

 

性質(たち)悪!自覚してるならちょっとは言葉選びを…」

 

「そんなの知らないわ」

 

「ええ………」

 

「茶番はやめろ。遅刻したお前も悪いし、東条も口が過ぎるぞ」

 

 

黒沼先輩は公平の塊だ。

 

 

 

「とにかく、俺から言わせてもらえば、シービーは好きに走ってアレです。トリックスター気取りでも無く、只自然な走りの体系なんです」

 

「なんと…追い込みの気質を自然体として持っている…(ヌシ)はそう言いたいのか?」

 

「はい」

 

「追込みは作戦という側面が強い故に博打…!強き者の固有として活用するなら此度の結果も当然か!」

 

「けっ…楽しそうな(ジジイ)だな」

 

「おうよ六平。あれ程面白い娘はおらんぞ!」

 

 

この人はシービーを気に入ってくれているが、何故か俺はこの人の名前も知らない。六平さんの飲み仲間じゃ長いから、老年トレーナーと呼ぼう。

老年トレーナーは豪胆だが、合理的な指導を好む。合理的な上で熱血。いずれ性格の合うウマ娘が来たら強力な敵となるだろう。

 

続いて奈瀬先輩が口を開く。

 

「では次、JC(ジャパンカップ)について。今年の菊花賞に出るウマ娘ならJCはあり得ません。現状海外のウマ娘の力は大きく、学園のウマ娘達は萎縮しています」

 

「仕方がありません。一月経てば有記念です。連続して出場すると身体に負担が大きい。何方かといえば後者を選択するウマ娘が殆どです。何だかんだ言って両方出るウマ娘が多いのは…強迫観念みたいなものでしょう。黒沼先輩、どう思います?」

 

「前者を優先するウマ娘は海外進出を狙う者が多い。が、その場合ウマ娘の体作りに気を遣うべきだろう。海外では多少の肉体的接触は許容される。海外を狙うならそれなりの指導法を確立しておくべきだ。早い話教本でもあれば良いんだがな……」

 

「目指すウマ娘の母数が少なすぎるわね」

 

「いっそ来年でもいいから外国に度肝抜かす様な走り見せつけたいですね。俺前見ましたけど…何だったかな…シンボリ家の…とにかく凄い安定した走りのウマ娘いました」

 

「それは良い事を聞いたわ。少し見に行って見るかしら」

 

「無敗の三冠からの天皇賞とかJCとか有記念一気に勝てば夢が広がりますよね」

 

「「「「ないない」」」」

 

「ですよね…冗談です」

 

 

三冠…それも無敗の三冠で、JCと有を勝てば無敵だろうな。天皇賞も勝てば国民栄誉賞貰えるんじゃないか?

ま、そんなの*1いる訳ないけど。

 

 

「では次に…本題。我々の指導法について」

 

「げ…」

 

「どうした秋道?」

 

「いや…黒沼先輩。何でもないです」

 

「初めての契約でこの議題は辛いかもしれないね。頑張って」

 

「はい…」

 

 

奈瀬先輩の気遣いが身にしみる…。

この手の話題は自分としては重い。

 

 

「何も個人の指導法について議論するつもりは無いよ。全体的にどうあるべきなのかを議論するだけさ」

 

「安心せよ小僧。主に問題があるならこの席にはいないだろう」

 

「…分かりました」

 

「じゃあ俺から。三十年くらいこの爺とトレーナーやってるが…最近のトレーナーは故障を極端に恐れてるな」

 

「極端、とは?」

 

「奈瀬、お前はウマ娘の身体を整える為に待つ事が出来るトレーナーだ。しかしな…目標達成と怪我の心配を兼ねてるトレーナーが多いんだよ」

 

「故障が怖いのなら身体づくりの時間が必要…だが目標に目を取られてはレースへ勝つ為の違う努力が必要。だから両立しようとして崩れるウマ娘が多いという事ですか」

 

「ああ。ウマ娘の体作りに関しては極端に上手い野郎が一人そこにいるがな」

 

「……」

 

「で、でも!フラストレーションが溜まっては困るんじゃないですか?コンディションをバチッと決めなきゃ走る時も走れない状態に…」

 

「俺も小宮山先輩と同じ意見です。勿論両立出来るならそれな越した事は無いでしょうけど、ウマ娘はそこまで簡単では無い筈です」

 

「フラストレーションを支配するなんぞ大人でも無理だわな。やっぱりこの議題は迷宮入りじゃねぇか?」

 

「契約した以上その指導にはウマ娘は従わなければならない。余程合わないなら契約を切って他の相性の良いトレーナーを探すのが一番のようね」

 

「レースを我慢して身体を鍛えつつ、安定した精神状態で走れるウマ娘…いますかね」

 

「「「「ないない」」」」

 

 

そんな奴*2はいない。

 

 

「では、会議は終了します。今回の内容を総括すると──精神と肉体の釣り合いを取る事を指導の理想とし、海外のウマ娘についても視野に入れておき、新たな指導法を検討する必要がある──という内容です。書類はいつも通り東条トレーナーに一任します」

 

「「「お疲れ様でした」」」

 

 

 

 

─────────

 

 

何とか会議を終えて、色々書類作業などをこなしてから昼休みに部室に行く。

すると俺の机にシービーがいた。

 

 

 

「話を聞こうか秋道邁」

 

「真似るな」

 

「あはは…で、ダービーどうしよ?」

 

「どうしよ、とは…?」

 

「いやぁ…アタシ結構追われるの苦手みたいでさ、何だかんだメンタル持ち直したけど、皐月賞の日以降結構怖いのよ」

 

「それは杞憂だ。追われる感覚に慣れていなかっただけの話だ。実際の差は2バ身。危ない勝負では無かったぞ」

 

「それでも。ダービーは運の側面もあるんでしょ?」

 

「それは考え方によるな。運があれば勝てるというより、運が無ければ負けるという側面が強い。結果的に、余程位置取りや駆け引きを失敗しなければ強い奴が勝つ」

 

「うーん」

 

「2400に不安を抱いているか?」

 

「それはあまり。まだスタミナ保ちそうだしね」

 

「良し。後はお前のメンタルだな」

 

「うん…」

 

「……」

 

「……え、ケアとかしてくれないの?」

 

「実は構ってほしいだけとか無いよなお前」

 

「いやだってほら、トレーナーってそういうもんじゃない?」

 

「他人のメンタルをそう安安とケアできるものか……いや、出来るべきなのか?うーん…」

 

「あーあー萎れちゃうなー。無敵のシービーさんもこわいなー」

 

「はぁ…」

 

「こー見えて結構臆病なのよ?アタシ」

 

 

 

ふざけた雰囲気のシービーだが、最後の言葉だけは妙に実感の籠もった呟きだった。

傍から見れば誤差の範囲内かもしれないが、いつもの活発さに演技が生じている様に見える。…あの雨の日みたいに馬鹿を見る羽目にならなければ良いがな。

 

 

「じゃあ、ここで一つ俺の本音でも聞いてみるか?」

 

「…うん」

 

「まず、シービー。俺はお前の事を────」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「──ぶん殴ってやりたかった」

 

「え」

 

「中卒で勉強して、奇跡的に中央のトレーナーになれた。普通に見ればこれだけでも宝くじに当選するくらいの奇跡だな。だが、ここで失敗してバッジ剥奪でもされたら俺の人生が結構キツくなる」

 

「あの」

 

「だから怖い先輩にノウハウを叩き込んで貰い、更にはもう一人の先輩のサブトレーナーとして働いていた。その先輩はトップクラスの実力者だ。俺に才能があったからここまで面倒を見てもらったが、少しでもウマ娘達の害になることをしていればどうなった事か」

 

「ねぇ邁、アタシなんかした…?」

 

「頑張って頑張って頑張って経験を積んで、ウマ娘達の夢の為に戦っていた。いつの間にかそのチームのウマ娘から感謝されるようになり、充実した日々を送っていた」

 

「…」

 

「で、あの日が来た。目の前に俺をメチャクチャにしたウマ娘が現れたんだ。そいつの名前はミスターシービー」

 

「あ…」

 

「拒否権の無いまま縛られ、連行され、理事長の許可をバッチシ得たそのウマ娘はあろう事か俺と専属契約を結んだ」

 

「で、でも満更でも無かったでしょ?」

 

「ほざくな小娘」

 

「は、はい」

 

「俺は経歴だけ気にしてる金目当てトレーナーの思考は理解出来ないが、それでもお前をぶん殴りたかったのは、一回のレース人生を棒に振るうかの如く暴挙をお前がしたからだ」

 

「──それは違う。邁が良かったから選んだ。博打のつもりなんてない」

 

「…それだ。軽そうに見えてこだわりが強いお前は契約解除なんて視野に入れて無いと分かったから、俺は頭を抱えたんだ」

 

「解除なんてする訳無いでしょ」

 

「お前が不調に襲われ、レースが嫌いになってもか?」

 

「あーもうっじれったい!こう言えばいいの!?」

 

 

 

 

 

 

 

()()()()いないの!!」

 

「……なんでだ」

 

「キミだけがアタシの受け皿になってくれたから…!キミだけがこの走りを認めてくれたから………ねぇ、お願い…もっと頑張るから…一緒に戦って…」

 

 

 

…いかん。気が楽になるように本音を話したのだが、予想以上に俺がキレてると思われている。

 

俺からの不満は何一つない。

シービーが俺に不満を持つ事が当然なのだ。俺が物申したいのは、その不満を抱えたまま気を使って欲しくないという事。

 

 

「何か勘違いをしている」

 

「え…?」

 

「お前は俺が怒っていると……不満を持っていると思っているのか?」

 

「だって…」

 

「ぶん殴りたいと思ったのは事実だ。だがな、俺としては成り行きとはいえお前のトレーナーとして仕事をしていて、何というか凄く楽しい」

 

「…ほんと?」

 

「ほんとだ」

 

「……ダービーがんばる」

 

「ああ。頑張ろう」

 

 

 

意外だった。

申し訳ないという気持ちがあったのか。連行したというのも、実はトレーナーが見つからない事に焦った故の行動だったのかもしれない。自由人ではあるが、常識を持っているウマ娘で何よりだ。

 

 

 

「ああ、それと」

 

「ん?」

 

「ダンスと歌に困ったら東条先輩を頼ってくれ」

 

 

 

改めてメニューを作る為に資料が必要だ。

今日はトレーニングが休みなので、少しの買い出しに出かける。

楽しみだ。後悔の無いダービーにしよう。

 

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

邁は凄いと思う。

何だかんだアタシを前向きにさせてくれる。

 

あの日もそうだった。

雨の日は好きだが、大雨に打たれながら散歩をする程能天気じゃない。なのに外で邁に心配されていたと言う事は、多分そういう事なんだと思う。構ってほしかったのだ。

 

リギルの面々にも実はモテていたんじゃないかって今でも思う。アタシも落ちそうだもん。落ちないけどね。

 

それは兎も角、皐月賞での直線は本当に怖かった。

何故ギリギリの戦い中で、有利な方が怖いのか。それは簡単だ。先頭は勝利への道を失うが、後続は勝利への道を得るからだ。

 

勝利からの敗北と、敗北からの勝利は違う物だ。

単なるプレッシャーに押されていたのだ。

 

 

「勝たなくちゃ」

 

 

運が何だ。

マークが何だ。

 

 

アタシはアタシの走りをするだけだったんだ。

それだけで、アタシはミスターシービーでいられる。簡単な事だ。アタシから快活と自由が無くなったら何が残る。

 

邁がアタシを信じてくれているなら、勝てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

───なる程。

 

 

 

 

トレーナーが何でウマ娘に必要なのか分かった。

正確に指導できる身分とか、経験とか関係ない。

 

 

 

自分に寄り添ってくれる、心強いパートナーだからだ。

たまに。それだけでも何安心できるものか。

 

 

 

「勝った」

 

 

 

恐れを無くしたアタシは、負けない。

 

 

 

 

 

 

───────────

 

 

 

『3バ身リードをそのまま!後ろからメジロルモンスニーが追うが間に合わない!』

 

 

ごめんルモンスニー。

もう怖くないの。アタシを追うのは失敗だったね。

 

 

 

『今ミスターシービーゴールイン!2冠目達成強い強い強い!』

 

 

 

 

───ほら。

 

楽しい。レースが楽しい。

全てが心地良い。

 

 

風、風、風、風。

 

誰にも干渉されずに抜き去る。

その時に感じる風。果てしない爽快感の先にあるのはゴール。

 

 

『本当に集中している時は、何故か自分が自分じゃなくなってるの。でもそれは良い意味で、レース中には気付いていないけど私は笑っていたらしいわ』

 

マルゼンの言っていた事が少しだけ理解できたかもしれない。

まるで風になった様な──

 

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

「ミスターシービーさんのインタビューをこれより開始します」

 

「よろしく♪」

 

「日本ダービーおめでとうございます。今回のレースは皐月賞よりも後続との距離を突き放した結果となりましたが、何を意識しましたか?」

 

「そうね…特別何かをしたって訳じゃ無いから…気持ちの問題だね」

 

「誰よりも勝つ気で挑んだ、という訳ですか?」

 

「いや、『勝った気』で挑んだの」

 

「勝った気……とは?」

 

「言葉どおり。勝ったわーっていう気持ちで挑めば気が楽になって気持ち良く走れたよ」

 

「な、なる程…」

 

「質問じゃんじゃん来ていいからねー」

 

「では…年代最年少トレーナーとの契約となりましたが、相性はどうでしょうか?」

 

「あんぱんと牛乳並にバッチリ!!」

 

 

 

 

奇天烈な回答ばかりするシービーだが、場の雰囲気がやけに柔らかい。

記者達も彼女の言葉に笑っている。

良い雰囲気だ。変に重くない。

 

 

 

「あっそうだ!折角だから写真撮ってよ。ツーショットでバッチバチに」

 

「記者の皆様。私に構わず彼女にカメラを」

 

「大注目コンビのツーショット記事は売れるよー?」

 

「そ、それは後程…。三冠路線に進んでいますが、菊花賞はどの様に臨みますか?」

 

「チッ…撮ってくんないの…」

 

「シービー、舌打ち、ダメ」

 

「はいはい…。菊花賞ね、まぁいつも通りだよ」  

 

「具体的にお願いします…」

 

「うーん。じゃ少しだけ大口叩いてみようか。皐月賞からアタシの対策してたと思うけど、ダービーでアタシを追えないなら菊花賞はもっと辛くなるよ。アタシもう()()()()()()()

 

「シービー…ヒールキャラはやめろ」

 

「このくらい言わないと風格無いでしょ?」

 

「はぁ…」

 

 

挑発も挑発。

レース後にこれを言うのだから心を折りに行っていると勘違いされても可笑しくない。

また、メディアや世間に嫌われると面倒臭い事になる。

 

 

「…彼女はレース後なので少し昂ぶっています。あくまでもっと良いレースをするという旨の発言ですので…」

 

「は、はぁ…」

 

「ま、今後とも応援よろしく!」

 

「質問は以上ですか?」

 

「では、秋道トレーナーに宜しいですか?」

 

「俺に…?」

 

「邁、『俺』は駄目、『私』だよ」

 

 

…意趣返しか。

 

 

「私にですか…?」

 

「はい。菊花賞について、トレーナーである貴方からの視点をお聞きしたい。どう見ますか?」

 

「そうですね…主観ですがシービーに付いていけているウマ娘が多い事から、菊花賞にはより強くなったライバルと会う事になるでしょう」

 

「──厳しい戦いになると?」

 

「──でも負けません。全力で叩き潰します」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

この質問を最後に、インタビューは終わった。

 

 

 

 

───────

 

 

 

「宣戦布告としては上々かなー」

 

「挑発は良くないぞ」

 

「キミも充分してたけどねー」

 

「…気をつける。しかしお前…嫌われたらどうする?」

 

「それはないね。ほら、見て」

 

二人で帰路につこうと歩いている途中、幼いウマ達が此方に向かって来た。

 

 

「「「サイン下さい!!」」」 

 

 

「…なる程。書いてやれ」

 

「あいあいさー!」

 

 

小さなサイン会が始まった。

本当はファン感謝祭等で行うのが良いのだが、これもサービスだ。態々シービーを待っててくれた小さな勇者達へのエール。次代は彼女達かな、なんて古参面でもしてみる。

 

皆、それぞれ道具を持ってきている様だ。財布なり筆箱なり、あと色紙。

 

 

「名前言ってねー!じゃんじゃん書くから!」

 

 

本人も、ファンが出来るのは嬉しいらしい。

いつもより浮足立ってご機嫌だ。

 

 

「シガーブレイドです!」

 

「ほうほうシガーちゃん。キミは先行か差し…どっちが好きかね?」

 

 

おっさんのダル絡みか。ファン減るぞ。

 

 

「差しですが…本当に好きなのは追込みです!」

 

「…気に入った!トレセンに来たら可愛がってあげよう!」

 

「はい!!」

 

 

弟子を早くも作ったか…。

 

 

「ぜ、ゼンノロブロイです…」

 

「ゼンノロブロイちゃんね。その本に書けばいいの?」

 

「はい…!」

 

「良き良き。家宝にしてねー」

 

 

シービーは案外年下への面倒見がいいのかもしれないな。

引っ込みがちな子へも、頭を撫でて優しく正しく対応している。

 

 

…?一人が俺の方に来た。

何か用かな。

 

 

「サインよろしくお願いします!!」

 

「シービーはあっちだぞ?」

 

「ち、違うっす!オレは!」

 

「あら〜邁にもファンがいるんだ〜?」

 

「マジか」

 

 

マジかよ。マジか。マジなんだな。

こんな男にもウマ娘のファンが出来るんだな。人生捨てたものでは無い。

 

 

「名前は?」

 

「う、ウオッカっす!あの会見!シービーさんの事を信頼して啖呵切ったんすよね!?痺れたっす!!」

 

「あー…」

 

 

ノリで調子に乗って『潰す』だなんて言ってしまったが……てかこれアンチスレ立つやつだ…。

 

ウオッカは今見てみるとワイルドな髪型と格好をしている。

そういうのが趣味なタイプか。

一先ず目の前の存在がとても尊くて、不快にならない程度に撫でた。

 

 

「あと変にへーこらしないで何ていうか…座して待つって感じが!」

 

「よしよし。ウオッカ、君は正直だな」

 

「オレは真っ直ぐ進みますから!」

 

「夢は?」

 

「ダービーっす!」

 

「良し。頑張れ!」

 

「はい!!」

 

 

ウオッカは親の元へ戻っていった。

強くなって欲しい。

ああいう純粋なウマ娘が勝つ瞬間はとても気分が良いものだ。

シービーのサイン会も終わったらしく、此方に戻ってきた。

 

 

 

「終わったか」

 

「うん。まぁ10人程度だしね」

 

「じゃ、帰るか」

 

「あとさー邁」

 

「うん?」

 

「ウオッカちゃんにサイン書いた?」

 

「…………あ」

 

「案外似たもの同士かもね、キミと彼女」

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

──一月後。

 

 

「模擬レースをしろ」

 

 

そう言って目の前の生意気な女はシービーをターフへと連れて行った。

名前はナリタブライアン。デビューする気もない癖にクラシック期のウマ娘と模擬レースを行い、かつ勝利しているという…可能性の塊だ。

 

ついにはシービーにまで勝負を挑みに来た。

だからシービーにはボコボコと言っておいた。ああいうものを知らん正真正銘の『ガキ』にはいい薬だろう。

自惚れを知ると痛い目を見る。デビュー前なら尚更だ。アイツは気に入らんが、俺としてはアイツの為を思ってボコす。

 

 

で、結局シービーは勝った。

いや、負けていたら不味いのだが、とにかく勝った。勝ってくれた。

その後シービーからの説教を経て、ナリタブライアンはトレーナーを探すようになった。正確にはいきなり頼み込んできたから、選ぶ余裕を与えるのと、単純に丁度いいという理由で選ばれるのも癪なので断ってやった。

殴られた。

 

 

 

…で、これから菊花賞に向けての指導を考えるのだが、これが難しい。

3000mという長距離により一周分追加されたコース。スタミナ管理、スピード調整。

 

やる事が…やる事が多い…!

 

 

取り敢えずシービーには肉体づくりを課しているが、心配は否めない。

契約してない癖に、ナリタブライアンも走りのフォームを見ろと部室に突撃してくるし…もう疲れ気味だ。マンツーマンでもこの疲労…覚悟を決めなければならない。

 

そう、徹夜……!!

…しかし、徹夜した所でヒントが無ければ意味がない。

なにか…何かを。シービーに活かせる何かを…!

 

 

「ナリタブライアン。綺麗なフォームも大事だが、前への踏み込みがイマイチだ」

 

「踏み込み…?弱いのか?」

 

「ああ。シービーと走っている時…君が必死に追いかけていた時の走りの方が早かった」

 

「…分からない」

 

「よし。ならフォームを意識せずに本能に任せて走ってみろ。少し変わるかもしれない」

 

「…分かった。行くぞ」

 

 

 

そう言って彼女は再び走り出した。

ナリタブライアンは競走のスクールにでも通っていたのか、他のウマ娘よりも走り方を知っている。だが、何かが噛み合っていない気がするのだ。

これで速さがでれば良いが………なに?

 

 

「ナリタブライアン!止まれ!今すぐにだ!」

 

「!!!!」

 

「聞こえていないのか…!」

 

 

彼女の走り方が変わった。

低姿勢。それも顔を突き出すように走る姿勢。地面スレスレとまでには行かないが、抉るような獰猛。

猪突猛進という言葉が似合う。そんな異常な速さだった。

 

 

「不味い…転倒したら半端な怪我じゃ済まん…!!」

 

あんな姿勢で走り、顔面から地面に激突したら…想像もしたくない。

 

 

だが、そんな不安とは裏腹に…彼女は走り切った。

 

 

「…」

 

「アンタ、どうだった」

 

「…はっきり言って異常だ。あの姿勢、あの速度、あの角度を維持して何故走り切れる?痛みは?曲がる時の減速は?」

 

「無い」

 

「…あれが自然体だと?」

 

「私は普通に走った」

 

 

あんな走り方を…止まる気がない暴走特急。

だが、特徴は分かった。右脚の踏み切りから開始し、徐々に加速していきながら低姿勢に移行し、以後最高スピードを更新しながら直線を突っ切る。

 

正に速度の暴力だ。

 

 

注目すべくは踏み出し…踏み出し………踏み出し?

そういえばシービーの加速タイミングの足は…

 

 

 

──なる程。

閃いた。いや、最早悟った。この経験はシービーのトレーニングに活かせるかもしれない。 

 

シービーの筋トレ期間はまだまだある…。

ここで自分を追い込むとするか…!

 

 

 

「ナリタブライアン。感謝する。以後君はその走りをするといい」

 

「…これで良いのか?」

 

「何回か試して、足に違和感がないならそうすると良い」

 

「分かった」

 

「あと、少し頼み事がある」

 

「……?」

 

 

 

俺はナリタブライアンを部室へと連れて行った。

 

 

────────

 

 

 

「部室だ。そしてここが俺の机だ。パソコンもある。蹄鉄や書物なども全てがデータとして管理されている」

 

「…で、何の関係がある」

 

「今から俺はここから出なくなる」

 

「……は?」

 

「正確には徹夜──十徹程籠もる」

 

「狂ったか?」

 

「真面目だ。真面目に十徹して勝ちを突き詰める。そこで君にはシービーにメニューを渡してもらいたい」

 

「…はぁ、パシリか」

 

「その代わりいつでも走りは見てやる。もしその時俺が徹夜で錯乱もしくは、人を襲う程壊れていたら……迷わずぶん殴って正気に戻すか、牢屋にブチ込んでくれ」

 

「知るか。勝手にイカれてろ」

 

「まぁそう言うな。悪い話じゃ無いだろう?」

 

「悪い話だろうが」

 

「案ずるな。食事も摂るしシャワーも浴びる。それ以外はここだがな」

 

「不摂生の問題じゃない。単純にアンタが徹夜をした所で結果を出せなければ無駄になるだろう。時間されあれば何とかなると?」

 

「ならば具体的に説明しようか」

 

「…」

 

「シービーの過去のレースを繰り返し見返す。それでまず足運びやスパートのタイミングの特徴を理解する。秒刻みでの速度や歩幅等全て観察し記録する。そして次は今クラシック期のウマ娘のレース全てを視聴。パターンも全て割り出し完封する為の手段を作る」

 

「…待て。今クラシック期を全て見ると言ったな。本当に全員か?」

 

「ああ」

 

「勝てない奴は菊花賞に出れないと言うのに?」

 

「何らかのアクシデントにより空席が生じ、誰かが変わりに出場出来るかもしれない。そしてその誰かが一着を取る事も有り得なくは無い。そして菊花賞までまだ時間がある。その間のレースの戦績によっては今の所弱いウマ娘も菊花賞に出れるかもしれない」

 

「…全部だぞ全部。無理だ」

 

「ならばノートにでも書けばいい。記憶に限界があるのならモノに残せば良い」

 

「そもそも、見ただけでそのウマ娘の特徴が理解できる物なのか?」

 

「無理だ」

 

「マジで一回叩いた方が良いのか?言ってる事が滅茶苦茶だ」

 

「俺にはウマ娘の血が流れている」

 

 

 

 

 

 

 

「───は?」

 

「正確に言えば、ウマ娘の要素を持っている」

 

「…待て待て」

 

「言いたい事は分かる。そもそもウマ娘が子を産んだところで生まれるのはウマ娘、ヒトの男女だけだ。ウマ娘が生まれるならウマ娘だし、ヒトが生まれればヒトだ。混じることは絶対に無い」

 

 

混乱しているナリタブライアンに言う話でも無いが、徹夜の協力をしてもらう為なら仕方ない。

 

 

「不思議な事に、男でウマ娘並の身体能力を持つ者は絶対に生まれない。そもそも俺の母はウマ娘じゃない」

 

「話が分からん」

 

「簡単に言えば、祖先にウマ娘の血が流れている。この黒髪に混じる一つの白点もそれに由来する」

 

「道理でヒトにしては変な髪色だと思った」

 

「俺が現理事長の親戚という事は知っているな?」

 

「ああ。散々ニュースでやっていたな」

 

「俺達へ血を遺した祖先は一人じゃない。複数のウマ娘がいた。理事長の娘はオレンジ色の髪と白い線状の髪を持つが、俺は違う。遠い昔から遺伝するから髪色にばらつきが出る。不思議だろ?ウマ娘の子供は直接の遺伝子は受け継がない癖に……昔からの情報は()()()受け取るらしい」

 

「つまり…アンタは特別な存在で、遠い祖先のウマ娘の要素を貰ったって訳か」

 

「そうだ。だからかな──お前等の事が()()()()

 

「…」

 

「流石に一目で走り方は分からない。東条先輩の様なベテランならば分析によって特徴は割り出せるだろう。違う点を言うのならば、俺はお前等の視点を理解できる」

 

「…まさか」

 

「レースどころか陸上すらやっていない俺だが、何故か『この距離、この状況ならばこう走る』…細かく言えば『何m地点で何歩分踏み出す』というやけに具体的な確信が突然頭に流れ込んでくる。それも勝手にだ」

 

「先祖に乗っ取られてるんじゃないだろうな?」

 

「否定できん。まぁ少なくとも今の俺には自我がある。後はそのウマ娘的視点にお前等の情報を組み込んで、その個人と限り無く近い視点でレースを見ることができる」

 

「なら、何故今さらシービーのフォームを見るんだ」

 

「自由すぎて掴めないんだ。あの走りは。だから好きに走って好きに挑み、好きに勝つのならそれが一番だと思っていたが……どうやら違うらしい」

 

「…まぁいい。メニューくらいは渡してやる。後は好きにしろ」

 

「助かる」

 

 

 

ナリタブライアン、意外に責任感あるんだな。

久しぶりに身の丈を話してすっきりした。自分の頭の中にウマ娘の本能が刻まれているというのは、はっきり言ってかなり怖い。人格が分かれている訳でもなく、ただ知らない価値観をねじ込まれる異物感。

 

さて、これからどうなるのかね。

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

「は?邁が10日間閉じこもる?」

 

「正確には飯と風呂以外だ」

 

「ねぇちょっとブライアン。止めなかったの?」

 

「なぜキレてる」

 

「キレてないわよ」

 

「キレてるだろ。それに…私なりにアイツを見てみたが、アイツは多分やる奴だ。良かったなシービー」

 

「説明して。何でそんな事をするの」

 

「そんな事…?」

 

「一人で閉じこもってどうにかなる訳無いでしょ。アタシも一緒にやるわ」

 

「授業があるだろ」

 

「知らない」

 

「…アンタも大概トんでるな」

 

 

気に食わない。

邁がアタシから離れて何かをするなんて。そんなコソコソバカみたいな事やるよりアタシとやった方が進むでしょ。

 

 

「おい。メニューだ」

 

「…これ、一人でやれって?」

 

「辛い内容では無いと思うが…」

 

「一人、で?」

 

「ああ」

 

「……あったまきた」

 

「あ、おい待てシービー!」

 

 

アタシはトレーナーという物をダービー前で理解したけど、邁は契約したウマ娘という物を理解していないらしい。

上等だ。分からせてやる。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇

 

 

…シービーがドアをガンガン叩いている。

こわい。もう嫌になるほど彼女がブチギレているからだ。俺にキレるなんてシービーしかあり得ない。

 

…怖い。声は普段通りなのに叩く音は床まで響いてくる。

 

 

 

「ねぇーぇ邁〜?開けて?徹夜なんて良くないよ?メニューも一緒にやって初めて意味を為すと思うんだ」

 

「…シービー。ここ最近は身体作りの期間だ。教えたやり方で充分出来るはずだ。10日間だけだから…分析に集中させてくれ」

 

「別に邪魔もしようとしてないよ?ただ開けてって言ってるだけ。アタシもドアは壊したくないからさー」

 

「ひぃ…」

 

「開けて?」

 

 

ま、窓から逃げるか…はは。

 

 

「窓から逃げるならこっちも考えるからねー?」

 

「べべべ別に何もするつもりは無いし!」

 

「じゃあ何で開けないのー?」

 

「──」

 

「…邁?」

 

 

逃げよう。

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

「ふぅ…誰もいないじゃないか」

 

 

シービー。拍子抜けだぞ。

脅しじゃ俺の徹夜は止まらない。

 

 

 

「…確かにトレーニング放置はやりすぎだな。放任主義は嫌いだ」

 

「放置とは。ほう…?(ちまた)に聞く姿とは違うのかな?」

 

「ブフッ!!!」

 

「な、何故吹き出した!?」

 

「す、すまん…ダジャレに聞こえてな…ぷぷ…駄目だ…あははは!!」

 

「…気づいたのか!?」

 

 

俺は唐突なギャグに弱いんだ。

実は分かってて言っただろ?

 

 

 

 

なぁ───シンボリルドルフ。

 

 

 

「トレーニングは?」

 

「話す隙も与えてくれないのかい?」

 

「お前はシービーのライバルになりそうだ。情報でも抜き取られたら洒落にならん」

 

「やれやれ…まだデビューもしてないのにね。それに私のトレーナーが君の評価を聞いて態々スカウトしに来てくれたんだ。君には感謝をしているんだよ?」

 

「練習中の動きだけで分かる。お前は化物だ」

 

「ひどいな君は」

 

 

端的に言うと…走ればチーター、力はゴリラ、勘は猫並み。

今が中等部3年だからデビュー後は高等部。身体が出来上がるタイミングで来たか。

それまで何故デビューを我慢できていたのか分からないが、優先すべき目標があったのだろう。欲に任せてデビュー出来ない程に。強いな。

 

 

「まぁ下らない話だけでも聞いてくれ」

 

「なんだ」

 

「私はクラスメイトに『お父さんみたい』と言われてしまってね」

 

「…大人びている事は同意する」

 

「で、私は君を思い浮かべた」

 

「謎だな」

 

「ああ謎さ。ミスターシービーと話す君はまるで友人であり、恋人であり、家族の様な雰囲気を持っている。でも、マルゼン以外の他のウマ娘と話す時はまるで子を励ます父のようだ。たとえそれが世間話の時でもね」

 

「最近の中学生は多感だな。18歳の俺にそれを見出すとは恐れ入る。いや、マジで怖いからなお前の言ってること」

 

「私自身は君に対して父性を見出す事は無いんだがね…どうしても他の子と一緒に映るとそう見えるんだ」

 

「…まぁ、そういう奴もいるのかもな」

 

 

他のウマ娘と話す時か…

 

 

「そんな君は会話の時何を意識してるのかな?」

 

故障は無いか…とか?」

 

「……何故そこで故障というワードが出てくる」

 

「…何でもない。少し適当に答えすぎた」

 

「いきなり人が変わったと思ったぞ」

 

「はは、すまんな。何を考えてるかと言われれば…本当に世間話だからな…特にない」

 

「ふむ。そういう面は年相応なんだな」

 

 

 

何だコイツ。

 

 

「じゃ、私は失礼するよ。後が怖いしね」

 

「こわい…?」

 

 

何が怖いのか…?

 

 

…あ、シービーが追ってきてるのか。

はは。ふざけんな。

 

 

「すーぐーるー?」

 

「にんじんハンバーグ奢ります」

 

「殊勝だね。でもアタシこう見えてブチギレてるから」

 

「ごめん」

 

「謝罪遅いよ。あとさ、キミ誰?」

 

「やぁミスターシービー。私はシンボリルドルフ」

 

「シンボリ…ああ、名家の」

 

「おや、私の家を知っているとは光栄だね」

 

「名前だけ。それじゃあね」

 

 

シービーはぶっきらぼうにそう言って俺を担いだ。

…警戒しているのか?シンボリルドルフに。

 

つれない反応をされたシンボリルドルフは何故か怪しく微笑んでいる。コイツ等の情緒が分からない。

 

シービーが不機嫌なだけかもしれない。

いや、俺の責任か。やらかしたな。反省しよう。

 

 

──────

 

 

 

「あのね、邁。皐月賞勝てたのは何で?」

 

「お前が強いからだ」

 

「……ふーん。じゃあダービーは?」

 

「お前が頑張ったからだ」

 

「全部アタシのおかげ?」

 

「…お前以外なら無理だったと思う」

 

「アタシは勝てる気がしなかったよ。怖くて怖くて、レースが嫌いになりそうだった。才能にあぐらかいて、あたかもアタシ強いですって顔しながら悠々と走って、負けてもそんなに気にならなかったのに、皐月賞で初めてギリギリまで追いつかれそうになって…心が折れたの。メンタル豆腐以下よ」

 

「…」

 

「じゃあ何で勝てたと思う?」

 

「…俺が」

 

「そう、キミがいたから。キミが少しでもアタシを信じて、少しでも気を使ってくれた。それだけで頑張れた」

 

「そう、なのか」

 

「なら、菊花賞はどう勝てばいいの?」

 

「それは…」

 

「皐月賞はアタシの力で勝って、ダービーはキミがアタシを支えて勝った。ならさ、菊花賞は二人の力で勝とうよ」

 

「…ごめんな。勘違いしてた」

 

「いいよ。分かったなら。じゃ、以前と変わらず()()()メニューと戦略考えよ!」

 

「ああ」

 

 

 

何でだろうか。

最近はシービーに導かれてばっかりだ。

 

 

本来なら俺が…

 

 

…ああ、それか。

その義務感が不要だったのか。俺はただシービーが勝つ為に出来ることをして、シービーはそれに答えてくれる。そんな関係で良かったのに、俺一人で何もかもこなそうとするその心が邪魔をした。

 

 

もういい。

年上としてのプライドもいらない。パートナーで在ろう。

 

 

そうすればきっと──勝つさ。

そうだろう?シービー。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

───うん、きっと勝てるよ。

 

 

結局あの後一回だけ二人で徹夜したのは笑ったけど。

だって皆アタシに勝とうと鬼になってるんだもん。

 

でも、それは当然。

今度の京都新聞杯…分析の為に出ると決めた。それは勝ちに行くというより、負けに行くという作戦。

そして、負けに行くというより勝たせに行くという作戦。

 

余程余裕なら勝ちに行くけど、そうでないなら油断を誘いに行く。本気でやりすぎたら足痛めそうだもん。

敢えて良い位置で負ける事で、アタシに届くと誤認させる。

ホントは死ぬ程負けたくないけど、菊花賞の為。これを提案した時、邁はこれ以上に無い嫌な顔したけど…。

 

 

「やろう。うん、やる。勝つ」

 

 

 

 

 

菊花賞に勝つ。

三冠を取る。

楽しむ。

 

楽しもう、邁。

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

───菊花賞当日。

 

 

 

「ブライアン」

 

「なんだ」

 

「京都新聞杯はどうだった」

 

「わざとらし過ぎる。ちょっと粘れば勝てただろう」

 

「ボイズィーエースが気張ったからな。あそこで競り合ったら今日に響きかねなかった」

 

「シービーはあの時2着…1着の奴に注目を向かせたな」

 

「そういう事だ」

 

「ズルい奴だなアンタ」

 

「立案はシービーだ」

 

「ふん…」

 

「何はともあれ、シービーは絶好調中の絶好調。負けたら俺のせいなくらい完璧だ」

 

「…私も走りたいな」

 

「ならトレーナーを探す事だな。さて、見るぞ」

 

「………チッ」

 

「こら、舌打ちするな。他の人が怖がる」

 

「うるさい」

 

 

ナリタブライアンにはシービーとの併走に付き合ってもらった。

その恩がある為、菊花賞を間近で見れるよう席を取っておいた。レースに対する勉強は好きな筈だ。

 

あとは皆がボイズィーエースに注目し、シービーから少しでも視線を誘導できれば良し。

 

 

 

 

 

「魅せるぞ、シービー」

 

 

 

遠い未来から先人達へのプレゼント。

三冠を見せてやろう。

 

 

 

 

───勝てよ。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

───勝つよ。

 

 

「魅せよう。アタシ達の世界を」

 

 

楽しませて、勝つ。

楽しんで、勝つ。

楽しかったと言って、勝つ。

 

 

「ねぇボイズィー──レースって楽しいね」

 

 

精神統一をしているライバルへ。

出場していないけど、アタシを追い詰めたルモンスリーへ。

 

 

「こうやって、ウマ娘は笑うんだ」

 

 

晴れ晴れとした天気では無いし、少し暗いぐらいだけど、アタシは今ここが光り輝いている様に見える。

 

 

「……風が吹いてきたね」

 

 

 

今、伝説を創るよ。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

『スタートしました!先行争いは誰が取るのでしょうか?』

 

 

 

「良い。気張らず行け。常にタイミングを探れ」

 

 

 

シービーの足取り等は不明瞭で、朧気な特徴しか読み取れなかったが、それでも気付いたことがある。

 

目だ。常に前を見据えている、はたまた横を見て周囲を分析する為の目だ。

だが、シービーはスパートをかける時、前のウマ娘を決して見ない。眼中に無いわけでもない。ただ走り、勝つだけのシービーの才能を具現化しているのだ。

 

 

「だが渋るな。行けると思ったら絶対に踏み込め。それで勝ってきた」

 

 

 

ウマ娘の走力を持てば、3000mなんてあっという間だ。

もう中盤に差し掛かる。

シービーは内側最後方。バ群に埋もれて崩れる位置だ。

 

勿論、それで終わると思う人間は一人もいないだろう。

才能を開花させ、ダービーだけの為に鍛えてきたウマ娘すら絶望させた()()()は、そんな程度では終わらない。

 

競うという観点で見ればシービーは最強では無い。

だが──走るという観点で見れば彼女の脚は日本一。

 

 

このターフ全体が彼女の領域だ。

 

「俺達で、世界を驚かせよう」

 

 

 

 

ミスターシービー、駆けろ。

 

 

 

 

「了解♪」

 

 

シービーは刹那の時、こちらを見据えて力強い頷きを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EX1 Call(貴方を呼んだ)Boundary(走行の境界)

*1
後にデビューするシンボリルドルフが達成。そんなウマ娘が生まれるとは夢にも思わないだろう。

*2
シンボリ(以下略)




トレセン学園理事長
・娘に秋川やよいを持つ。

奈瀬トレーナー
・シンデレラグレイに登場したトレーナー。邁と一番仲のいいトレーナー。若くして大成した身同士ウマが合うのかもしれない。あの菊花賞に向かう前。

小宮山トレーナー
・シンデレラグレイに登場したトレーナー。白い稲妻とは出逢う前である。邁にとっては良い先輩。

六平さん
・シンデレラグレイに登場したトレーナー。尊敬すべき先人。後に怪物と出逢う。

老年のトレーナー
・シンデレラグレイに登場したトレーナー。公式設定だと六平の飲み仲間という情報しか無い。

黒沼トレーナー
・邁にトレーナーとしてのイロハを叩き込んだ人。トレーナーとして模範的な存在。

東条トレーナー
・邁をサブトレーナーとして雇い、鍛えた。ミスターシービーをスカウトするつもりだったが、彼女の気質を見て自分の指導とは最悪に相性が悪いと感じ、身を引いた。そして、欲求不満の邁を見てシービーを宛行った。両者の成長を信じて。

ボイズィーエース
・ミスターシービーは彼女から何かを感じ取ったが、未だ成績は平凡。一年後、二年後にはどうなることやら。

シガーブレイド
・シービーガチ勢。シービーと運命的な何かを感じた。

ウオッカ
・邁のインタビューの態度に感銘を受け、『この人寡黙だけど相棒に信頼寄せてるカッケェー!!』みたいなノリでサインを貰いに行った。ちなみにサインは貰えていない。加えて本人は未だにその事に気づいていない。後の同室には『秋道さんのサイン初日に無くしちまったんだよなぁ…』とぼやく。

メジロルモンスニー
・皐月賞とダービー両方2着を取ったが、シービーに近づく事は叶わなかった。皐月賞の後に邁とシービーが話し合っていなかったらダービーウマになっていたかもしれない。

皐月賞
・速さが必要なレース。シービーはその才能を遺憾なく発揮し勝った。恐らく追込みを認めないトレーナー以外なら誰がトレーナーでもシービーは勝てる。

日本優駿
・運が必要と言われるレース。二冠バの大抵はここを落としている。中距離にしては長めで、かつ万全の位置取りを必要とするレース。シービーの精神状態によって結果は変わる。

菊花賞
・一気に距離が伸びる三冠目。シービーはどう走るのか。



キャラの感情がごっちゃになってて見づらいかもしれませんが、後編でまとめますので…

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