たまに寄り添う物語   作:魔愛暴導富

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シービー実装待てない民。
タマも待てない。


追憶②:奇跡の演出家

菊花賞。

 

距離──3000m。

場所──京都競バ場。

日程──11月13日。

 

 

ステイヤーの夢なのか、三冠の夢なのか。

それとも唯勝つ為の夢?

 

長距離、上り坂有り、2周編成。

間違い無くウマ娘にとっても辛いと言えるコース。足が疲れ、精神が疲れ、目が疲れ──

 

──そんなレースは、こう呼ばれる。

 

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ウマ娘に必要な要素は多々ある。

 

スプリンター──圧倒的な速度。

マイラー──微量のスタミナと圧倒的な速度。

ミドルディスタンスホース──圧倒的な速度を維持するスタミナ。

ステイヤー──圧倒的なスタミナと圧倒的な速度。

 

位置取りという基本的な要素を抜くと、これに尽きる。

つまり、距離が伸びるほど必要な要素が増えていくのだ。

 

距離が伸びればスタミナが優先される…?短距離ほど速度が必要…?それはノーだ。どんな時でも速度は必要だし、距離に応じたスタミナが要求されるのは当たり前だ。

長距離の菊花賞がその様に揶揄されるのも可笑しくは無い。

 

結局の所ウマ娘の気質に依る部分が多い。

才能だ。トレーナーに出来ることは、才能を見つけるか、伸ばす事だけ。才能を作る事は決して出来ない。

 

 

更に、才能あるウマ娘が引き起こすゾーン。

これを如何に発揮するか。

 

 

 

 

シービー。

お前が入れない筈がない。この世で一番ゾーンに向いているウマ娘はお前なのだから。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

『疲れるぞ…菊花賞は。だからこそ、精神は強く保て』

 

『その疲労の中では簡単に差したり出来ないし、逆に逃げ切れるウマ娘も少ない』

 

『シービー、頑張るしかないんだ』

 

『俺ができることはした。脚に負担をかけない走行法、スパートによるハロン刻みの感覚、ウマ娘の避け方…全部全部叩き込んだ』

 

『──健闘を祈る』

 

 

 

 

いやぁ…そんなつもりだったんだけどさ。

邁…本当にゴメンね。

 

アタシ結構ワガママだったみたい。

だって……

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

その時、ミスターシービーは風になった。

 

 

最後方から前に躍り出た姿はまさしく何時ものミスターシービーであり、けれども観客──秋道邁でさえも目を開いた。

 

最後の最後で抜き去る姿が彼女そのものというのなら、今やっている蛮行は何なのだろうか。

中盤の上り坂はスタミナ温存の最終地点。

その場所で──

 

 

───前に躍り出る彼女の思惑は…

 

先頭に立つ気概は何を根源としているのだろうか。

 

 

 

誰もがやってしまったと目を塞いだ。

彼女はもうズルズルと下位に落ちて負ける。誰もがシービーの夢を諦めた。

 

 

そう、彼女以外は。

 

 

 

 

 

領域(ゾーン)──選ばれしウマ娘だけが極集中状態に移行し、その力を更に増幅せしめるモノ。

タイミングはバラバラ。最終直線の入り、中盤、最後等様々。

 

 

もう一度言おう。ミスターシービーは風になった。

誇張表現では無い。彼女の目、加速力、曲がり方が全てを物語っている。

誰も侵さず、誰にも侵されない…そんな理想の領域に──

 

 

──今彼女は存在する!!

 

 

 

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EX2 奇 跡 の 演 出 家(ミスターシービー)

 

 

 

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大地が、弾んだ。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

『ミスターシービー上がった上がったー恐ろしい速さで上がってきたが終盤はどうなるか!』

 

 

 

信じられないものを見た。

菊花賞の走り方では無い。中盤からゾーンに入るという精神状態だ。

菊花賞の走りでは無いが──シービーの走りだ。

 

 

「シービー!飛ばしすぎだ!バ鹿!落ち着け!」

 

「ブライアン、これでいい」

 

 

 

ボイズィーエースに注目を集め、中盤からのスパート。

そこにゾーンによる減速なしの先頭走行が加われば、精神を揺さぶられずにはいられまい。

 

荒せ。

そして悠々と走れシービー。元よりお前は他人に縛られる存在では無い。

 

 

 

「三冠…三冠だ…征け!シービー!お前の世界だ!」

 

 

 

最終直線に入り、中盤に差し掛かるも尚その勢いは止まらない。

 

 

『強い強いミスターシービー逃げる逃げる逃げる!奇跡の脚!』

 

 

──残り200m。

 

 

 

「くそぉ!」

 

「負けるかァァァァァ!!!」

 

 

後続の差しウマ娘もシービーを追いかけるが…非情な事に、差が広まり続ける。

 

 

 

──残り100m。

 

 

「行け!」

 

「勝て!」

 

 

ブライアンと共に我を忘れて声を上げる。

 

 

 

──残り50m。

 

 

『これが…これが19年ぶりの三冠バ…!』

 

 

シービーが吠える。

 

「チェック…メイトォ!!!」

 

 

 

 

 

──ゼロ。

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

 

菊花賞──勝者、ミスターシービー。

タイム──3:08.1 。

着差──3バ身。

 

 

──日本歴史史上3人目の三冠バ。

 

 

彼女がゴールした今、会場は静寂に包まれている。

何故か。それは彼女の勝鬨を皆が待ち望んでいるのだ。

 

彼女自身で初めて勝ちを表現し、観客はそれに従うのみ。

まさに、この場はミスターシービーの世界だ。

 

 

「あ、ああ…」

 

彼女のトレーナー。

彼はきっと、ミスターシービーが勝つ事を理解していたのだろう。だが、その頬は涙で濡れていた。

隣の少女──ナリタブライアンが驚いた風に目を開いている事から、本来感情を決壊させる様な人間では無いのかもしれない。大泣きでは無いにしろ、薄ら涙でも珍しいものだ。

 

「すぐ、る…」

 

 

彼女は此方を見た。

正確に言えば、私の近くにいる秋道邁を見た。

 

 

「やったよ…アタシ…やった」

 

 

近づいて呟くが、ウマ娘である私でさえうっすら聴こえる程度だ。彼には聞こえていないだろう。

それでも彼にとっては理解出来るのか。正にパートナー。

彼女を三冠ウマ娘にしたのは、紛れもなく彼というトレーナーがいてこそだ。

 

客席の目の前まで近づき……あ、飛びついた。

 

 

ウマ娘の脚力を遺憾なく発揮し、彼女は自身のトレーナーに名いっぱいの抱擁を与えた。

そして抱きついたまま芝に引きずり込んだ。

 

 

何故だ。

いや、ツッコむのは野暮か?

 

幾ら芝にトレーナーを引きずり込むという奇行を目にしても、大泣きしている彼女に突っ込むのは駄目か…?

少しの懸念と共に私のトレーナーを見た。

 

 

「……ルドルフ、これが三冠よ」

 

「泣いて、いるのですか?」

 

「…そうね。少しだけ…ほんの少しだけ嬉しくて」

 

「嬉しい?」

 

 

確かに素晴らしいレースだった。

ミスターシービーというウマ娘の気質を見事に表現した究極の走り、圧倒…そして意地。一瞬にも満たないレース展開だったが、記録は永遠に語り継がれるだろう。

 

だが、泣くほどなのか。

 

 

「あの二人は、いつも燻っていた」

 

「燻る、とは。欲求不満ということですか」

 

「片や自身の境遇と未来に矛盾を感じ、サブトレーナーとしての立場で自分を誤魔化し続けた。片や自身の気質と現実の兼ね合いを選べず、自由な自分を他人に見せる事で自己を正当化していた」

 

「…」

 

「そんな者達が出会い、今や偉業を成し遂げた。それに秋道は私の弟子……少しくらい喜んでもバチは当たらないでしょう」

 

「ええ、そうですね」

 

 

私も分かりやすい後輩が出来ればその感情を共有出来るだろうか。

 

 

「取り敢えず…お疲れ様、ミスターシービー」

 

 

 

 

───次は、私の番だ。

 

 

 

 

「君を追わせてもらう」

 

 

夢現(ゆめうつつ)では終わらせないよ。

君を超え、頂点に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 

 

 

 

『な、何という光景でしょうか!19年ぶりの三冠…そのウマ娘が今ターフを転がり回っています!!』

 

 

「がぁぁぁぁ!!???」

 

「やった!三冠!やったやった!!」

 

「は、離…ぶが!?た、たすけ」

 

 

こちら三冠バのトレーナー秋道だ。

現在担当ウマ娘に抱きしめられながら芝を転がり回っている。夢心地だ。三冠もこれも。

 

全身がミンチにでもなりそうな勢いの横回転に加え、斜めに回転することによって三半規管がグチャグチャだ。てか立ちながらどうやって回ってるんだよ。

 

「おーい。気が済んだら離してやれよ」

 

「ブライアンも来るー?」

 

「主役はアンタ達だろ?」

 

 

いや、助けろよ。

 

 

「シービー…マジで吐く…」

 

「あと1分!いや5分!もう永遠にこれでもいいやアハハハ!!」

 

「ハイになってる…シット…」

 

 

結局3分程転がり続けたシービーは、落ち着いた様子でインタビューを受けた。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

インタビューで聞かれた事は3つ。

 

・どう意識して走ったか。

・これからの意気込み。

・次の目標。

 

シービーは全ての回答を一言で済ませた。

『楽しむ事』と。

 

これだけで全ての人間はシービーの異常性に気づいただろう。

今までの中で最もシービーらしき走りをしたというのに、彼女の走りの中で最も歪なレースだったからだ。

 

つまり、彼女が好きに走るとこうなる。

──これからも同じく走るのなら、恐ろしいウマ娘だ─と。

 

 

 

だが、そうもいかない。

体の負担。この菊花賞…長距離に対し中盤にスパートという暴挙を披露したが、脚にどれだけの負荷をかけたのか。

 

そして一言。

『痛くはないけど、脚に違和感』と。

 

 

 

……ゾッとした。

 

 

 

 

──────

 

 

──一週間後。

 

 

「秋道トレーナー!ジャパンカップは!?」

 

「回避します」

 

「ファン投票による票数は確実なものかと!有記念は!?」

 

「回避します」

 

「脚に違和感とは!?」

 

「そのままの意味です」

 

「ミスターシービーからは何か!?」

 

「これは私達の意志なので彼女の意思でもあります」

 

「その決断について詳し───」

 

「失礼します」

 

 

クソが。

三冠取ったら掌返しか。お前らが菊花賞前になんて言ったか覚えているのか?特に自称評論家のジジイ共。

 

『彼女は長距離ねぇ…少し厳しいと思うよ』

 

『結局大口叩いてボイズィーに負けたじゃないですか』

 

『対策されてるっしょ追込みなんて』

 

 

 

……素人(トーシロ)が。

人間は走れない癖に一端に分析してか好き勝手言いやがる。一応中高生なんだぞ。その言葉が走りに響くかもしれない。コイツ等の口の軽さが災いするようなら此方も考えたが、シービーのメンタルが強くてよかった。

 

 

今は記者に追われている。

理由は明白。シービーの長期休養を宣言したからだ。

菊花賞後の脚の違和感を申告され、詳しく見た所炎症や骨折は起きていなかったが、脚にズレを感じるらしい。

取り敢えずジャパンカップは回避。恐らく有記念も駄目だ。

ベストコンディションでレースをさせてやりたいし、シービーもそれを理解している為、死ぬ程悔しがっていたが納得してくれた。

 

とはいえ世間から見ればおかしな話だろう。

現環境最強のウマ娘をジャパンカップに出さないのは何故か、と。寧ろ外国勢が残念がっているらしい。

今日も朝から記者に突撃され、寮に避難してきた。

 

 

 

「精が出るね」

 

「…貴女の様にクールでいられれば良いのですが」

 

「最低限の対応は必要だよ。覚えておいて」

 

「…はい」

 

「お互いに休みだし、ゆっくりコーヒーでも飲んで話でもしよう。ちなみにもう淹れてある」

 

「いいですね」

 

 

日曜日。

貴重な休みだ。公共スペースで奈瀬先輩と飲むコーヒーは美味……苦っ!!こんな泥水何で大人は飲めるんだ!?

初めてそのまま飲んだけど地獄か!?フロムヘル!?

 

 

「君には厳しいかな」

 

「先輩は飲めるんですか…?」

 

「大人だからね。じゃあ…いただきます。………うぐっ!」

 

「駄目じゃないですか。砂糖いります?」

 

「…ありがとう」

 

 

本当に大人なのか?

クールな女性というのは認めるが、いまいち若さを捨てきれていない気が…。

実は俺とかなり年近かったり…?

 

 

「僕も成人したばかりではあるからね…慣れていないのさ」

 

「じゃあ、次からはお茶にしましょう」

 

「そうだね。それがいい」

 

 

 

お互いに気を使わなくていい関係だ。何だかんだトレーナー同士だと奈瀬先輩と関わる機会が一番多い。

それに、ウマ娘に対する視点も似ている。

 

 

「ああ、先日君に頼んだ物見だけど、クリークの調子はどうだい?」

 

「立派ですね。脚を整えるまで待てるウマ娘…それも中等部。爆発したらレースは荒れるでしょう」

 

「荒らすのではない…創るんだ」

 

「…?」

 

「僕達の物語を。主役(シンデレラ)は彼女だからね」

 

「…ロマンチストですね」

 

「デビューにはかなりの時間を要するだろう。だが、その時には身体が出来上がっている。後は適当にレースに出て微調整だ」

 

「本番を調整に使うのですか?」

 

「うん」

 

 

…肝が太い人だ。

流石新人最多勝記録を持つトレーナー。

 

 

「あんまり勝てないとGⅠには出れませんよ」

 

「その時はその時だ。長く強く走る為には仕方のない事だよ」

 

 

強いトレーナーは迷わない。

そして、最善の選択を初手に行える。揺らがない意思をウマ娘と共有し、勝つ。

 

それが俺の目指す道。

 

 

「うえー…これは飲めないわ〜」

 

「シービー、お前は特に無理………は?」

 

「み、ミスターシービー?」

 

 

シービーがいた。

いつの間にかコーヒーを口に含んで横に立っていた。いつの間にか入った?俺の後ろにはいなかった筈…。

てかそのカップ…

 

 

「やっほー奈瀬トレーナー」

 

「…君がどうやって入ったのかは知らないが、ここはトレーナー寮だ」

 

「トレーナーはウマ娘の寮には入れない。でもアタシがトレーナー寮に入るのは駄目と言われた?」

 

「はぁ…僕は黙認するけど、怒られたら大人しく帰るんだ」

 

「オーケー!それにしてもお二人だけで茶会とは……ラブラブで妬けちゃうねー!」

 

「こら、奈瀬先輩に失礼な物言いはやめろ」

 

「だっていっつも一緒にいるもん」

 

「彼の視点は唯一無二だ。こうやって情報を元に意見を交換し合うのも役に立つ」

 

「そういう事だ」

 

「ふむふむ」

 

 

納得してくれたなら、幸い。

奈瀬先輩に変な噂が付きまとっては申し訳ない。シービーはそこん所はしっかりしている筈だから大丈夫だろう。

 

 

「さっきさ、邁がクリークちゃんの事を分析してたよね。ならさ、奈瀬トレーナーがアタシを分析してみてよ」

 

「君を分析…難しい事を言うね」

 

「ダメ?」

 

「いや、面白い。やってみるよ」

 

 

 

そう言うと奈瀬先輩は手元のミニホワイトボードを持って、何かを書き込むとシービーに見せた。

 

 

「脚質には4つ…逃げ、先行、差し、追込みだね。僕は君の脚質は差しと追込みの中間くらい…そう思っていた」

 

「中間…」

 

「タイミングが測れないからさ。差しなら後方もしくは中列で溜めるし、追込みなら露骨に最後方だ。でも君は終盤は意外に前にいるし、抜くのも差しより早い。そこが面白い」

 

「ま、アタシは風だから!」

 

「でも、それとは違うと思わされたのが菊花賞だ」

 

 

先輩は目を鋭くして何故か此方を見る。

 

「差しと追込みの二択では間違い無くあれは追込みだ。でもね、中盤からの飛ばす追込みは普通無いよ。あれは最早新たな走り方だ。君にだけしか出来ないと思うけど」

 

「何故俺を見るのです」

 

「いや、ミスターシービーにはアレができる才能があったと思えば理解は出来る。僕が真に理解出来ないのは、それを可能にさせた君の指導さ」

 

「…」

 

「奈瀬トレーナー…実はあれアタシがテンション上がって無我夢中で走った結果なの」

 

「いや、おかしい」

 

「えー」

 

「ゾーン。トレーナーならば当たり前の知識だ。それを加味したらあの加速は非現実的では無い。だが、加速できたところで、走り切れるだけの肉体が何故君に備わっている?スタミナの問題じゃない…速度維持の問題だ」

 

「恐らく身体作りが奇跡的に噛み合ったのかもしれません。詳しくは俺も分かりません」

 

「アタシもー」

 

「…巷ではあの走りを『シービーする』というらしい。唯一無二の真似できない走り方を形容するなら、正鵠を射ているかもしれないね。名前はナンセンスだが」

 

 

コホン、と咳払いし、先輩は次の書き込みを見せた。

 

 

「次に距離適正。君はマイルなら走っても負けないんじゃないかな?速度があるし」

 

「んー。でも中と長が一番楽しいのよね。余裕と接戦の二律背反が一番感じられるから。何が言いたいかと言うと…レースは楽しい!」

 

「いい事だ」

 

 

 

…この人シービーに慣れるの早いな。

完璧超人トレーナーか?

 

 

「次に性格。これはね…その…自由だね」

 

「えっへん!」

 

「気を使われている事に気付け」

 

 

 

 

結局この後3人で仲良く過ごした。

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、楽しかったんだ。メイクデビュー勝利ですら感動的で、皐月賞では夢が見えて、ダービーでは叫んだ。

三冠を取った時の感情はもうグチャグチャだ。

年度代表ウマ娘に選ばれた時は発狂に近しい感情を二人で共有した。

 

だが…。

年が明けてもまだ脚の調子が治らなくて、なけなしのファン感謝祭。

激励と期待の言葉が沢山来て、本当に嬉しかった。

 

シービーも早く走りたいと言いつつ、無茶をしなかった。それが自分を苦しめる事を知っているからだ。或いは俺を信じてくれたから。

 

シービーは何時も帰省しなかった。

親と喧嘩をしてトレセン学園に来たらしい。それはそうだ。ただ自由に走りたいと、(世界)が狭苦しいと、そんな言葉を持ってレースへと顔を出したのだから。

 

 

無論勝手な娘には生活費の仕送りはするが、心を許さない。

彼女の両親は三冠を取った時ですら労いの言葉をかけなかった。

 

だが、脚の事について声明を出したとき…初めて俺に連絡が来た。

 

『お願いします。勝手な娘ですが、何卒最後まで付き合ってやって下さい』と。

 

脚の心配もしていたが、彼女が今を楽しんでいるかを重要視したらしい。

良い親御さんだ。意思を尊重している。

彼等では彼女の夢を理解出来なかったのだ。だから、俺。

 

『助けられているのは此方もです。最善を尽くします』

 

俺は応えた。シービーは終らせない。

俺達に終わりは無い、と。

そう──思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイクデビュー──シンボリルドルフ

サウジアラビアRC──シンボリルドルフ

弥生賞──シンボリルドルフ

皐月賞──シンボリルドルフ

日本ダービー──シンボリルドルフ

セントライト記念──シンボリルドルフ

 

 

 

──怪物。

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

「脚は」

 

「大丈夫」

 

「具合は」

 

「ちょっと、母さんじゃ無いんだから」

 

「俺は心配で仕方がない」

 

「何でアタシより焦ってんの。ふふっ」

 

「…頑張ってくれ」

 

「…なんかさ、アタシ達って変わったね」

 

「…?」

 

「今までは勝つって思って走ってたし、邁も勝てってアタシに言ってきたでしょ?」

 

「ああ」

 

「でも今は頑張るって気持ちになってる。目線が下からだね」

 

「気に入らないか?」

 

「いや?アタシはこれでも楽しい。でもね、余裕が無いのは事実。それは受け入れる。だから見ててね」

 

「…」

 

「アタシの時代は、そう簡単には終らせないから」

 

 

そう言ってシービーはパドックに向かった。

休養の宣言から約一年が経ち、二度目のレース。

 

復帰最初のレースは毎日王冠。

1800mのGⅡ。GⅡの中ではかなり有名な物だ。

それを二着。復帰戦にしては上々すぎる出来だが、一着がボイズィーエース。シービーのライバルとして研鑽を積み、強くなって此方を打ち破った。

シービー不在の中、宝塚記念を制した彼女は最早強者だ。

 

それがシービーの闘争心に火をつけた。

──似ている…菊花賞の時に。

 

 

今回のレースは秋の天皇賞。

詳細は言わずもがな。日本人なら誰だって知っている。 

 

 

勝てるのか。

勝ってくれと、祈りに近い心情で望み──

 

 

 

 

 

 

 

───勝った。

 

 

やはり、シービーは最強だった。

馬群に埋もれ、最終盤まで抜け出せずにいたが、その末脚は以前よりも成長している様に見えた。

ボイズィーエースをねじ伏せた王者の風格。

 

 

そんな力を俺は誇るべきなのだろう。

これがミスターシービーだと。まだ終わっていないと。

 

 

 

 

 

 

 

──そんな事を言える口が欲しかった。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

シンボリルドルフの三冠。

無敗の三冠。

シービーに続く偉業。

 

その情報は瞬く間に広まったし、俺もリアルタイムで確認していた。

奇跡の世代だと、メディアから持ち上げられた。

 

無敗のマルゼンスキー、無敗の三冠シンボリルドルフ、四冠のミスターシービー。そしてシービーのライバルであるボイズィーエース。

クラスは違えど逸材が一つの学年に収まっている。

 

特に次のJCはシービーも出る。

シンボリルドルフも、ボイズィーエースも出場する。日本は海外を超える気でいる。

 

その上で一着を取る事は、難しい事だろう。

 

 

 

「ねぇ、邁」

 

「どうした?」

 

 

pcで情報を集めていると、シービーが何時ものように話しかけてきた。

 

 

「今から出掛けない?」

 

「…買い物か?」

 

「それもあるけど気分転換。お互い疲れたね」

 

 

朝早くから作業しているので、今は11時か。

シービーも過去の動画を見返して自身の糧としている。だが、反復作業の様に自分と他人の比較をするのは思ったより疲労が溜まる。休みの時間も必要か。

 

 

「分かった」

 

 

断る理由も特に浮かばなかった。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

「お腹空いたね」

 

 

ショッピングモールに着くやシービーは呟いた。

昼時だ。

 

 

「何を食べたい?」

 

「うーん…イタ飯」

 

「それ死語だぞ」

 

「えー皆使ってたよ」

 

「過去形か…まぁ、イタリア料理は美味しいからな」

 

「わかる!?パスタも文句無しの味よね!」

 

「宅配ピザでは味わえないピザ本来の熱さもな」

 

 

数回しか言った事はないが、普通の店でもイタリア料理の満足度は高い。

自分で作るパスタの何億倍も美味いのだから。

ピザもアッツアツの出来たては何かが違う。チーズの伸びもそうだし、サクサク度も段違い。

イタリア料理の中毒性は高い。

 

 

そうして俺達は店に入り、店員達の視線を受けながらメニューを見る。

視線の理由はシービーが変装をしていないからだ。というより気にならないなら変装なんて必要ない。

 

「俺はボロネーゼ」

 

「アタシはカルボナーラ」

 

「ブルスケッタは」

 

「当然。マルゲリータも小さいの頼も!」

 

「チーズとチーズか。好きなのか?」

 

「ホントはペペロンチーノが良かったけど、匂いが残るからね。カルボナーラもクリームの側面強いし」

 

 

ボロネーゼ。

日本のミートソースパスタに少しだけ近い。男なら肉が好きだろう。ひき肉がゴロゴロ入ってたら好きだろう。だから俺は好きだ。

 

カルボナーラ。

クリームのパスタ。皆好き。

 

ブルスケッタ。

トマトとモッツァレラチーズを小さく切ってパンに乗せる。

そのパンはニンニクを刷り込んだトーストだ。塩味は強いが美味し。

 

マルゲリータ。

トマトとバジルのピザ。美味し。

 

 

まぁ…なんというか、好きなものだけの食事。

その幸福度は世界一だろう。

 

 

 

「代金は俺が払う」

 

「いいの?じゃ甘えよっかな」

 

「但し追加は二品までだ」

 

「追加なんてしないよ。運動後でも無いし、アタシ燃費いいから」

 

「そうだったな」

 

 

ウマ娘は大抵健啖家だ。通常時でも朝からご飯は大盛り、パンは通常サイズを5個から。ハンバーグは特大。

運動後になると揚げ物は山盛り、デザートは別腹を通り越して別次元へ飛ばしている。そんな感じだ。

 

シービーはウマ娘の中ではかなりの低燃費で、運動後は勿論人より食うが、成人男性より少し多いくらいだ。

 

それに…燃費と言っても太る。

走ればすぐ痩せるほど都合のいいエネルギー循環はしていないのだ。食欲に身を任せ太りきったウマ娘の姿は珍しくない。レース前にやらかす者もいるくらいだ。特に甘いものが好きな彼女等はデザートで潰れる。

 

 

「この後はそうだねー…映画でもどう?」

 

「何の映画だ?」

 

「恋愛は冗長に感じちゃう質だからパスかな」

 

「最近流行りの『泣けて熱いレース』が主題のヤツは?」

 

「少し気になる。それにしよっか」

 

「上映まで1時間…先に蹄鉄ショップだな」

 

 

計画を練っている途中に料理が運ばれてきた。

良い香りだ。

 

 

「「いただきます」」

 

 

無言の食事だった。

 

 

 

 

 

─────────

 

 

 

 

突然だが、ウマ娘という生物について語ろう。

少なくとも歴史上で初めて確認されたのは古代エジプト。壁画に記されているのは紛れもなくウマ娘の耳だった。

更新世の時代──人類が出現した時にいたかは分からない。だが、その確率は高いと推測されている。何故なら4足歩行のヒト型生物…頭頂部の横に耳が生えているという内容の壁画が見つかったからだ。それをウマ娘と断定するには早いが、可能性は高い。

 

そんなウマ娘の記録は、エジプト古王国で明らかとなっている。まずは身分。ファラオ(統治者)は人間だ。その点から奴隷或いは共生生活を送っていたと見える。

…部族間として争っていた可能性があるのではないかって?

それは違う。明確な証拠があるからだ。

 

 

ピラミッド。

あれを作ったのは主にウマ娘だからだ。

 

均等かつ完璧な計量。

古代から知に優れていた人類にはそれが出来た。だが、大の大人が数十人集まってようやく持つ事が出来る岩石を、あの形に乗せられるだろうか?後世まで崩れない程の精密な作りで?

無理だ。だが、ウマ娘ならば一人で持てる。

 

古代エジプトの遺跡には象形文字、神聖文字(ヒエログリフ)でその記述があり、現代のアラビア語にはこう訳された。

 

──أسست المرأة الوحشية الدولة(獣の女が国を興した)、と。

 

 

 

その後の歴史は学校で習う事は無い。

当然だ。今や世界中の注目を集めるレース世界において、過去の歴史は目を瞑るべきものだからだ。

 

ウマ娘が反乱を起こした。人が蹂躙された。

人が策を練った。ウマ娘は殺され、統治された。

人がウマ娘を利用した。戦争が効率的に進んだ。

 

悲しい事に、レースの起源も戦争で活躍できるウマ娘の厳選だ。

刃を持ち、槍を持ち、火器を持ち、銃を持ち……走った。

 

 

 

そんな彼女等は歴史を良い意味で忘れさせてくれるだろう。

自らの為に、走り、楽しむ。

俺が今見ているアニメ映画もそんな内容だった。

そう、()()()

 

 

 

(俺の立場からしたら…見てられんな)

 

 

シービーにも悪影響かもしれない。

 

 

その映画の始まりは、主人公であるウマ娘の鬱憤とした日常から始まる。

 

他愛ない日々。主人公は中学生である。気の良い友人達と遊び、授業中にはウトウトと頭を揺らし、机を着けて給食を食べ、放課後は遊びに行く。そんな描写があった。

 

最初はただその光景を見続けていたのだが、その日々が続く様子を見て俺は思った。

 

【レースが無い】と。

露骨にレースという単語と映像が作られない。

避けているようだった。それは杞憂では無かった。主人公は生まれつき持った足の脆さからレース生命を最初から絶たれ、他が享受している幸福を妬み憎んでいた事が発覚した。

最初の平凡な日々は、主人公の目線から見た世界だったのだ。生々しい世界だ。他人から見れば日々を楽しんでいるが、主人公が望む走りだけが行われない世界。

つまらないと思っているのは主人公と、映画を見ている人間だけ。俺達は彼女の感情との共有を強いられていた。

 

 

日々を写し続けるのは普通の様に見えて、ずっと続くと飽きが来る展開。

ウマ娘でありながらレースをしない、()()()()()()()()()()()。そんな感想が一度でも頭に過ぎった瞬間、俺はこの映画を作った人間に踊らされているのだと悟った。

 

段々と主人公の心が明らかになっていく。

その中で、主人公は一度だけ本気で走った。脆くとも、速い…中央に匹敵する走りだった。

偶然、偶然だ。スカウトが来た。近場にトレセン学園のトレーナーがいたからだ。

 

そのウマ娘はトレセン学園に来ないかと誘われ、そこから回想が始まった。

 

ウマ娘なのに走らないというだけで虐げられてきた過去。

中学で沢山の友を得ても、決して満足できない自身の本能。自己嫌悪の日々。

それを脱出する為に、彼女は転校を選んだ。

 

 

(面白さの為には悲劇が必要なのだな)

 

 

この映画は面白い。

だが偶に胃がキリっと痛む瞬間がある。それもまた味なのだろう。

 

彼女は体力トレーニングに打ち込み、長い時間をかけて身体を本格化させていった。彼女をスカウトしたトレーナーは優秀で、彼女の足の問題をフォームの矯正で緩和した。

彼女はメイクデビューで勝利し、その次のレースで勝利し、GⅢのレースで敗北を知った。

 

それでもやっと手にした楽しいという感情を逃さず、GⅡに勝ち、GⅠに出場した。

当然負けたが、彼女は笑顔だった。

 

そしてついに…GⅠを勝ち取ったのだ。

 

 

 

暫くしてレースと鍛錬を繰り返した彼女は有名人になった。エピソードを世間に知られ、不屈の精神と揶揄された。

 

だが、その脚は彼女とは違い──変わらなかった。

ある日のレースで先頭を取った瞬間、足が崩れた。

 

 

骨折。

そしてスパートの速度で転んだ結果…気絶。

彼女のレース人生は終わった。

 

 

(精神衛生上マジで良くないな。だが、広告の泣けるという意味はこういう物では無いだろう…大丈夫だ)

 

 

 

トレセン学園退学にはならないが、走れない彼女の居場所は減っていった。

それでも周りの助けもあって、リハビリ開始。

 

それも無駄に終わる。

医者の発言によると、次に本気を出したら歩く事すら叶わなくなる、と。

ぐるぐると感情の混乱が始まり、主人公は外を歩いていた。

 

街のファンは何時も頑張れと言う。

それは、復活しろという意味では無い。ただ、彼女の憂鬱な日々を変えたいという願いである。人生への激励だ。

 

長い時間が過ぎて、彼女は決断した。

最後のレースに。走り切るまで足を生かす。そんな決意と共に最後を迎えた。

 

投票により出場が決まるあのレース。

彼女の走りは崇高にさえ思えた。全てを出し切った彼女は笑顔でターフを出た。

 

描写はベッドから起きた彼女が車椅子に乗って終了。

3時間もの大作はここで幕を閉じた。

 

 

 

美しい話だった。

現実にもあり得る話だからこその共感性。

 

エンドロールで余韻に浸り、劇場に明かりが灯される。

シービーの方を向いた。

 

 

彼女は一筋の涙を流していた。

彼女自身も気づかなかったようで、我に返ると慌てて俺の未使用ハンカチを奪って顔に押し当てた。

微妙な空気の中、無言で映画館を後にした。

 

客も皆泣いていたし、変な事ではないと思うが、シービーにとっては恥ずかしい事だったのかも知れない。

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「…大丈夫か?」

 

「あー…うん。変なとこ見せた」

 

「別に。良い映画だったじゃないか」

 

「うん、ほんとに。綺麗な話だった」

 

「お前達から見たら…また視点も変わるのかもな」

 

「そう、だね…少なくとも序盤は二度と見たくないかな…」

 

「現実としてあのようなウマ娘がいる事も事実だ。だが、お前が負い目を感じるには若すぎると思う。いや、そもそも他人が負い目を感じる事自体が間違っている」

 

「アタシも同情は嫌い。少しでも共感したら、心が揺さぶられるからね」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

「…邁は何でトレーナーやってるの?」

 

「なりたいと思ったから、なるべきだと思ったから、ならねばならないと思ってしまったから。理由としては色々だな」

 

「なるべき?」

 

「俺の持つ才能の全てをウマ娘の為に使い、完璧なる終わりへ導く。そんな使命感だ」

 

「………一番驚いたよ、今までで。そんな考え方だったんだ」

 

「元々走るのが好きだったし、陸上にも興味あったんだけどな……こっちの方が俺にとっては向いていた」

 

「足は遅かったの?」

 

「いいや、早い自信はある。今もな」

 

「100メートル走何秒?」

 

「先月走ったときの記録だが、10秒19」

 

「普通に早いね。でもトレーナー選んだんだ」

 

「俺の生来の性分のせいだな。ここが恋しくてたまらない」

 

「…頼むから『俺はトレセン学園と結婚する』なんて言わないでね」

 

「言わないが…困るのか?」

 

「困るよ」

 

「何で」

 

「分かれ」

 

「ええ…」

 

 

 

 

 

「そういえば、最近仕事多いけどどうしたの?」

 

「…かなりの問題だ」

 

「…?」

 

「ウマ娘と結ばれるトレーナーの存在は知っているな?」

 

「うん。多いからね」

 

「結ばれるって事はゴールインしたという事だから……つまり、その、駆け落ちなんだ。結婚するのはウマ娘が卒業した後だし」

 

「でも、トレーナーやりながら結婚生活すればいいじゃん」

 

「トレーナーは永遠のパートナーを誓ったから他のウマ娘を見る事は無いんだ。何故か、本当に何故か分からないが」

 

「…」

 

「トレーナーが最近不足しているんだ」

 

「え」

 

「専属のトレーナー達は皆何処かへ行ってしまった。そう、遠い…そして幸せな何処かへ」

 

「ウマ娘にとっても死活問題だね…」

 

「教官が平等に課すトレーニングにも限界がある…。地方のトレーナーでもいいからとにかく人手が欲しい」

 

「…ねぇ。アタシ考えたんだけど」

 

「ん?」

 

「引退したら、アタシは生徒会の…スカウトとかの役割に付きたいかなって」

 

「何故」

 

「そうすれば、トレーナーも見つかるかもしれないじゃん?」

 

「シービー。お前の目指している物は本当にありがたいものなんだけどな……今から引退後の事を考えるのは良い事ではない。意識だけで走りは変わるんだ」

 

「……あれ、何で急にそんな事考えちゃったんだろ」

 

「…まさか」

 

「それ以上言わないで。今腑抜けた自分を矯正して叩き直してるから」

 

「…信じているぞ」

 

 

 

 

 

 

○○○○○○○○○○○○

 

 

 

 

 

 

「──以上が私達の最盛期です。そこからは転落です。ありふれた話ではありますが、決して許容出来ない事実として私の頭に残りました」

 

「秋道トレーナー。JCのあの時ミスターシービーに何があったのですか?」

 

「彼女の脚は弱くはありませんでした。骨折もしていなかったですし、炎症も起こしていなかった。ですが、彼女の走り方に合う程の耐久性は持っていなかったのです。天皇賞…いえ、菊花賞の時点でガタが来ていたのかもしれません」

 

「走り方が合っていなかったのですか?」

 

「性分の問題です。気持ちだけで追込みを出来る天才がシービーですが、生まれ持った脚がその才能に依る事はありえないでしょう。気分だけであの走りをして、尚かつ勝っていたのがシービーですから」

 

「…大丈夫ですか」

 

「何がです」

 

「貴方のデビュー当時から追っていた身としては、活気が消えた様に見えます」

 

「大人になったと言う事でしょう。落ち着いたと思えば良い事です。というか乙名史さん…俺の事追ってたんですか」

 

「あ、はい」

 

「辞めてください。主人公はウマ娘です」

 

「奈瀬トレーナーにも同様の事を言われました。そういえば彼女とはどんな関係が」

 

「シービーの話に戻しましょう。時間も限られています」

 

「そうですね…では聞きたい事が。アルデラミンの面々はかなり個性的です。3名は追込み。追込み自体にミスターシービーの影響は?」

 

「全くありません。タイシンは…本人には言えませんが、苦肉の策です。溜めるしかないからこそ、最後に勝負に行く追込みに頼った。本来ならシービー同様何回も走れる走り方ではありません。足のケアが上手く行ったおかげ今も走れていますが、もし俺が最初に指導したのがタイシンだったらメイクデビューで潰しているでしょう」

 

「な、なる程」

 

「絶対にタイシンにこの事は言えませんね。で、シャカールは自分で計算しながら走っていますし、シガーは精神性こそ負けず嫌いのシービーと似ていますが、走りは整っていますよ。好きに走るシービーとは対極かもしれません」

 

「そのことを踏まえて、ミスターシービーの指導に後悔はありますか?」

 

「…すいません。少し考えます」

 

「…あっ…すいません!失礼な質問を!」

 

「いえ、考えは纏まりました。後悔ですか…沢山ありますね」

 

「…」

 

「まず、菊花賞後の意識の変化に気づくべきだった。シービーの無意識界では既にレースに満足していて、足も弱っていた事で少し老成的な思考になっていたのです。だから、直面している事にのみ焦点を当てて生きていたシービーが急に……結果に悔いを探る様になった」

 

「現在形の思考から、『〜できる様に走ろう。〜と誇れる結果にしよう』という未来を推定する思考に変わったという事ですか」

 

「死ぬまでに悔いを残さんとする老人と一緒です。だから老成的と表現しました。達観の悪い側面です」

 

「なる程…」

 

「それと、これだけは誰にも言わないでください。シービーにも面と向かって言っていない事です」

 

「は、はい」

 

「シービーはルドルフに負けたのです。それも精神的に。彼女の完璧で堅実な走りに気圧され、ペースが壊れてしまった」

 

「…まさか」

 

「はい。シービーは臆病なんです。とはいえシービーはそれを自覚し、日本ダービーで解決しました。……したつもりでした。結局の所シービーの才能を打ち負かすウマ娘がいなかったからか、本当の窮地を知れなかったのです。だから一気に崩れた」

 

「確かに本人には言えませんね」

 

「責める事になりますからね。ですが、メンタルの回復はルドルフ単一と考えれば容易い。…本当に影響を与えたのは、そのルドルフを抑えて逃げ切ったボイズィーエースです」

 

「ボイズィーエース…!あの不屈の!」

 

「はい。ルドルフに完全に負け、更にそのルドルフを負かすボイズィーエースとは自分にとってどういう存在なのか。ただのライバルとして見ていたシービーもショックを受けたでしょう。俺も精神がグチャグチャになりました」

 

「あれは完全なダークホースでした…。シンボリルドルフへの期待が大きかったですからね」

 

「俺の指導もかなりの悪影響でした。ルドルフへの対応を考えすぎて、結局ルドルフにも叶わずボイズィーエースに欺かれた。恥ずかしい事です。あの才能を閉ざしてしまった」

 

「…質問は以上です。個人的に言わせてもらうと」

 

「…?」

 

「彼女のトレーナーは貴方しかいませんし、恐らく貴方がいなかったら彼女は走っていなかったのでは?」

 

「そう言っていただけるのなら、トレーナー冥利に尽きますね………あと、シービーにはJCの事は聞かないようお願いします。あのレースだけは許せないそうなので」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

○○○○○○○○

 

 

 

 

 

「──と言うことなのでJCは聞くなと」

 

「別にそこまで引きずってないってのにねー。全く邁は…」

 

「…本当によろしいのですか?私は秋道トレーナーの体験談を個人的な理由で聞いていましたが、貴女からも話して頂けるなんて…」

 

「いいよ。減るもんじゃないし…登場人物二人、二人の視野があった方が分かることも多いでしょ?」

 

「ありがとうございます!!!」

 

「そんなに嬉しいんだ」

 

「貴女は人気者すぎるのです……私にとってはそれが素晴らしい事と思うのですが、記者としては会えるチャンスが全く無いものですから……最近は特に姿が見えないような」

 

「実はスカウトで地方にちょくちょく行ってるよ。あと、アタシ引退してるから…そんなに出しゃばっても見苦しいでしょ?女性アイドルに中年がいないのと一緒。全盛期以外は大人しく引き下がる。世代は交代するものだからね」

 

「偶に貴方が高校生という事を忘れます。旅人の様に飄々…」

 

「旅人、ね。それもそうかも。人生は旅。色んな事をして、色んな物を見て、喜んで、失望して、驚いて、最後に終わる。アタシのレース人生ってのもそんな感じと思ってくれていいよ」

 

「ではまず…トレーナーについて」

 

「邁はね、イケメンなんだよ」

 

「え、えと…」

 

「あ、ごめん。別にそう言うんじゃなくて、精神的って言うのかな…顔も良いんだけどね?アタシの事を理解して気遣って、寄り添ってくれた人間。トレーナーなんて皆そんな感じらしいけど、アタシにとっては特別な人だよ」

 

「な、なる程」

 

「大丈夫だって〜高校生に恋愛感情見出すほど邁は節操無いわけじゃないから」

 

「……惚気ですか?」

 

「やめやめ!アタシ達はパートナーでいたいんだから!」

 

 

そういえば結構いい年だったな乙名史さん。

恋愛面では上手く行ってないのかもしれない。結局の所変人の記者だからね…。

 

 

 

「で、JCについて邁に聞いたと」

 

「はい」

 

「一つ教えてあげる。JCで本当に壊れてたのは邁」

 

「…え?」

 

「アタシには怒らなかったどころか励ましまでしてくれたけど、多分ボイズィーとかルドルフに本気で………いや、オブラートに包むとね?その、キレてたというか……違うな…」

 

「…どんな感じですか。誰にも言わないので教えて下さい……気になります」

 

「邁は皆が思ってるよりかは大人じゃなくて、子供っぽいんだ。だからもうルドルフ本人とか…特にボイズィーのトレーナーとかにはそれはもうツンツンしてて。本気で殴りに行くんじゃないかってヒヤヒヤしてた。顔合わせた瞬間歯食いしばってたからね」

 

「意外です…」

 

「怖かったよあの時は」

 

 

 

本当に怖かった。

思い出すだけでもゾッとする。ブライアンパンチが無かったらどうなってた事か。

 

 

そう、あれはJCの一週間後──

 

 

 

 

────────────

 

 

練習方針の話し合いが終わって、あの時アタシは寮に戻って休むつもりだった。

邁はまだ部室に残っていた。次のレースはちゃんとやろう…そんな感じで廊下を歩こうとしたら、声が聞こえた。

邁とブライアンの会話だ。

 

 

そういえばブライアンも口下手なのに無理をして励ましてくれた。『お前は頑張った。まだ挫けるな』だよ?

可愛すぎる。妹にしたい。ハヤヒデちゃん羨ましい。

 

 

…それはさておき、アタシは夜の廊下で誰にも会う事無く壁に耳を当てて会話を聞いていた。

 

 

「夜も遅くなる。ブライアン…お前も帰れ」

 

「駄目だ」

 

「何だと?」

 

「アンタは今一人になっちゃ駄目だ。見張る」

 

「それなら尚更シービーに付いてくれ。俺が病んでるならアイツはもっとだ」

 

「本当に気づいていないのか?」

 

「やめろ。お前に説教されると何かキツイ」

 

「いいから鏡を見ろ」

 

「……俺の顔だが」

 

 

そう。

アタシも邁も普通だ。確かにJCは散々な結果で、深い反省をして…それでも鬱々とした気分だったけど、次に頑張るって話で終わった筈。

 

アタシ達は変わっていない。

でも、ブライアンだけはナニカに気づいた。結局、アタシ達がそのナニカに気づいたとしても、もう遅かった──いや詰んでたって言ったほうが正しいかな。

 

 

「よく見ろ。何かに取り憑かれた様なイカれた顔だ。お前はシービーの為にこれから何をするつもりだ?」

 

「新しいメニューと対策を練る。もう出来たがな」

 

「……一週間でか」

 

「俺が()()()()()()()はやったつもりだ。有記念はシンボリルドルフもボイズィーエースも出るからな」

 

「一人でか」

 

「シービーが頑張っているのなら、今度は俺が頑張るしか無いだろう。シービーが身を削っているのなら、それを癒やし俺が自らを削ればいい。無論今回の結果が全て俺の実力不足とは考えていない」

 

「オイ、アタシの目を見ろ」

 

「お前が何を考えているか理解出来ないが、少なくとも反論を許すつもりは無い」

 

「ッ…シービーとの約束を破ってまでか…!?」

 

「ああ」

 

「お前!!!」

 

 

ブライアンの怒号に嫌な予感がしてドアを開け、邁の胸ぐらを掴んだ手を止めた。

 

 

「やめて、ブライアン」

 

「止めるな。ぶん殴ればマシになる頭の筈だ」

 

「やめてって言っているの」

 

「何故止める。コイツはお前以上に不安定だ。戻さないと」

 

 

耳を後ろに倒して怒りを顕にするブライアンを宥めて、邁に話しかけた。

 

 

「邁。メニュー見せて」

 

「…ああ」

 

 

その時のメニューは今の邁と遜色無いレベルの物だったと自負する。

邁のトレーナーとしての才能を、執念と意地で更に押し上げた物。全てのトレーニングが完璧なバランスで成り立っていて、余計な事をせずその通りに行えばGⅠウマ娘を量産できる様な…そんな恐ろしい代物に見えた。

 

でも、今と違って人間味が感じられなかった。

アタシの事を考えているメニューだが、人が作った物の様な気がしなかった。精密機械が作ったかの様にも感じられた。

 

これが、自身を犠牲にするという事なのだろう。

担当ウマ娘(ミスターシービー)を勝たせる為に自分のプライドも指針も全てを捨てた、そのウマ娘の為だけの紙。

自暴自棄では無い。これじゃなきゃもう勝てないという邁の覚悟と判断、そこに隠れた傍観も見えた。

 

 

 

 

…アタシも余裕なかったんだろうね。

そんな悲しい覚悟に対して、こっちも変に覚悟を決めて受け取ってしまった。

 

 

「アタシは明日からこれをやる」

 

「…は?」

 

「ブライアン…ごめんね。気を使わせて。でもアタシはこれしかない」

 

「お前まで何を」

 

「勝つには、やるしかないの」

 

「……もういい。好きにやればいいさ」

 

 

ブライアンは本気で悲しそうな、リギルに移った当初と同じ様に……泣きそうに睨んでアタシ達の前に来た。

 

次の瞬間にはアタシ達は殴られていた。

弱々しく、一片の痛みも無く、そして突き放す様に。

 

 

「私が見たアンタ達は何時も笑っていた。楽しそうだった。私もこうなりたいと思う様な関係だった」

 

「…」

 

「もう、それも無い。確かに勝つ為に何かを尽くすのは間違いじゃないと思う」

 

「ブライアン…」

 

「自分を蔑ろにし合ってまで勝つ事が正しいとは思えないし、それで勝てるとは思わない。寧ろそんなアンタ達には勝ってほしくない」

 

 

初めての本音だった。

そして、誰よりもアタシ達をちゃんと見ていた。

見ていただけだったから、過ちを指摘できたのだろう。

 

 

「…アンタ達には良くしてもらっているから、最後までちゃんと見届ける。だが、このままでは無理だぞ」

 

 

──今のアンタ達は不自由だ。

 

そんな警告を視線で感じながら、ブライアンが部屋を立ち去るまで黙って噛み締めていた。

 

数秒経って、邁が口を開いた。

 

 

「怒られ…いや、諭されてしまったな」

 

「…そうだね」

 

「…胸が痛い、とはこの事か」

 

「うん…痛い。痛いよ、本当……」

 

「だが、分かるだろう。レースに負けた奴は上を追いかけるしかない。自由に走れるのは勝者だけだからだ。今の俺達は追いかける側。それはつまり、惨めに、必死で勝利を取りに行かなければならないという事。今の王者はシンボリルドルフと考えれば、二番手はボイズィーエースか」

 

 

強者に今やアタシ達の名前は無いものとする。

そう考えなければ勝てないだろう。最早全盛期は過ぎたのだから。

 

 

記念へ向かうアタシ達は、決して良い存在では無かったのだろう。

結果で分かった。

 

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

『内からミスターシービーが準備を始めています!先月の雪辱晴らしに駆けるか!?』

 

 

(行ける!勝てる!あのシンボリルドルフに…!!)

 

 

あの時アタシは横にボイズィーがいないことに安心して、以前の勘を取り戻そうと躍起になっていた。

それでも最終直線、先頭に立てたのは良かった。

 

…アイツさえ来なければ。

 

 

 

『シンボリルドルフです!やはり皇帝が見逃す筈がない!シンボリルドルフの差し込みであります!』

 

 

「…あ」

 

 

アタシが減速した訳じゃなかった。

ルドルフが速すぎたのだ。

 

 

「あああああああああああ!!!!!」

 

 

あの三日月の様な前髪が見えた瞬間、アタシは飛びつくように追いかけた。足が壊れてもいい。せめて、せめて最後の勝利として皇帝に勝ちたかった。

 

 

(……奪うな。そこは……アタシ…の……!!)

 

 

「アタシの景色だァァァァァァァ!!!!」

 

「……!」

 

 

これは後に聞いた話だが、ルドルフは決して油断はしていなかった。

でも、アタシがほんの少し迫って焦ったらしい。

レースで叫んだのってあの時くらいだからね……。先頭奪われてブチ切れるのはアタシとタマちゃんとオグリちゃんくらいだし。皆温厚でえらいと思う。

 

 

「………そうか、君は」

 

 

あの時の察した様な表情は忘れない。

ルドルフはアタシの終わりに気づいていたのだろう。

 

 

「敬意を───君に…否、君達に」

 

 

 

その言葉から先は覚えていない。

アタシが二着で、ルドルフが一着。

 

人生というのは、そういうものなんだよ。

 

 

 

 

そこからの話?

これがターニングポイント。

勝ったらあと一回くらいは勢いに乗れたかもね。でも負けたからズブズブ落ちてくだけ。

 

話す必要もないでしょう?

 

 

 

……ああ、引退の時はまぁ…ね。

アタシは沢山の人に支えられてきたんだって思っただけ。

 

 

 

 

○○○○○○○○○

 

 

 

「──ってな感じで、アタシの全盛期は菊花賞で終わり!後は煮るなり焼くなり好きにされたって訳」

 

「…」

 

「どうしたの?」

 

「誰も彼もが記事にした貴女の後期……その誰もが貴方を理解していなかったと言えます」

 

 

 

ミスターシービーの人気は根強い。

多くの者はその独特な走りに身を惹かれ、楽しませる事に関しては最も人々を魅了した。

 

 

「それに、過小評価が過ぎる。GⅠ4勝にGⅡ1勝…出場したレースはJCと大阪杯以外全て2着以内。何の不満があるのか」

 

「戦績じゃなくて、負け方なんだろうね」

 

「皆、貴方達の心の強さに甘えています」

 

「その人達のおかげで良いファン達に巡り会えたの。乙名史さんも沢山記事作ってくれたでしょ?だからあまり気にしてないよ」

 

「…ありがとうございます」

 

 

乙名史は最後まで納得の行かない表情で帰宅した。

きっと、純粋にウマ娘が好きなのだろう。今の時代ただ関わりたいという願望だけで記者になる人材は珍しい。

 

 

「あ、折角だから邁に会おー」

 

 

人の本質は変わらないと言うように、今もミスターシービーのファンが多いのは、本人が変わらないからだ。

その自由さは、数多くの人を救った。

 

 

 

 

○○○○○○○○○○○

 

 

 

 

 

夜は好きだ。

いや、特に理由も無いのだが…とにかく静かに眠れる良い期間だと俺は思っている。決して孤独が好きとか、暗闇が好きとかじゃない。寝る為に最適な状態が好きなのだ。

 

そんな時、理事長から電話がかかってきた。

 

  

「…ええ、分かっています。理事長代理ですか」

 

『ああ。彼女ならば私がいない間に学園を運営できる。と言っても、私の理念とは相反するがな。だから敢えてこの時期に寄越す』

 

「樫本"元"トレーナー……彼女の育てたウマ娘は大変優秀だったと聞いています。ですが、今はもう廃止されたアオハル杯を期にトレーナーから身を引いた」

 

『そのアオハル杯何だが…再開の目処が立った』

 

「チーム対抗戦…専属契約のトレーナーは一人になるので、合同もありえますね。というか全距離分のウマ娘を揃える必要があるので大抵はそれでしょうが…」

 

『無論。開催自体の決断は既に済ませた。問題は樫本代理がこれを受け入れるか、だ』

 

「不問。そういう可能性も?」

 

『考慮。これは彼女自身の変革の機会だ。納得すれば開催も時間の問題となる』

 

「了解。予め新人達に話を通しておきます」

 

『任せた』

 

「あと、海外に行ったら買い物とか大丈夫ですか?面倒ならば業者を手配しますが………」

 

『…舐め過ぎではないか』

 

「本当に心配です。お釣りの計算すら自分でやろうとしないじゃないですか。あっちじゃ円使えないんですよ?」

 

『羞恥ッ!!隣にたづながいるんだぞ!!言うな!!』

 

「あっすいませ」

 

『切断!!』

 

 

……電話切られた。

 

それにしてもチームか。

アルデラミンには中距離と長距離しかいない。誰を頼るか…。

いや、そもそもトゥインクルのチームとか関係なく組む事も出来るのか。ならばスピカやリギルもバラバラになるかもしれない。余計難しいな。トレーナー同士の組合が大事になる。

 

 

「短距離、マイル、ダートか…」

 

 

短距離とダートの指導はやったことが無い。

学んだ事はあるにしても、実践していない。

 

 

「さて、どうするか…ん?」

 

 

電話だ。誰だ……シービー?

 

 

「もしもし」

 

「『アタシCBさん。今アナタの()()()にいるの』」

 

「戯言を」

 

ここはトレーナー寮だ。

鍵締めてるからどうやっても入れないぞ。

窓の方角見てるからお前入ったら分かるぞ。

はい完封。

 

悪戯に乗って後ろ見てやるか。

 

 

「やぁ」

 

「ぎゃァァァァァァァァァァァぶもっ!?」

 

「はいはい人が来るから静かにねー」

 

 

な、ナンデいる!?

 

 

「落ち着いた?じゃあしんこきゅー」

 

「………スゥ。で、何でいる」

 

「またスカウトに行くからその前に会いに来たよ」

 

「たかが2週間くらいだろう」

 

「アタシに会いに来てもらえる名誉を享受すべき」

 

「記者には顔一切出さないくせに」

 

「あの人達は過去を見すぎ。今を見たほうが良い記事書けるってのに」

 

 

シービーは前進主義だ。

進みゆく時代を尊重する。

 

 

「それにね、アタシ引退してから直ぐブライアン見たせいで話する機会も数回じゃない!」

 

「一週に五回くらい話してる気が……」

 

「すーくーなーい!!」

 

「めんどくさ」

 

「なにをー!ブライアンが直ぐ三冠取っちゃって凄い複雑な気分だったんだからね!何かアタシの時より簡単そうだったし!」

 

「お前を育てたお陰かな。正統派の指導の何と簡単な事か」

 

「………はぁ。シガー以外に尊敬されなくて萎える」

 

「尊敬は皆してるさ。真似できないから憧れにはしないけどな」

 

「アマゾンちゃんにはして欲しいなぁ…」

 

「駄目だ。変な事吹き込むなよ」

 

「むむ……ん?あれ、オペラオーちゃんのぱかぷち」

 

「前偶然取れてな」

 

「一つだけとか甘いね邁。アタシの部屋にはね…」

 

「何だ」

 

「オペラオー7つにアース2つにシガー20個にシャカール2つにタイシンちゃん5個」

 

「アルデラミンオタクじゃねぇか!」

 

「金は死ぬ程あんのよ」

 

「貯めといてくれ……大人になったらどうする…」

 

「大丈夫よ勉強はするから。あとブライアンは10個ね」

 

「うわ」

 

「シガー以外1つになるまでファンの子供達にあげてきたから」

 

「シガーは…?」

 

「やる訳ないでしょアタシのよ」

 

 

この弟子バカが。

 

 

「何やかんやで振り返るのも楽しいね」

 

「何を言っている?」

 

「乙名史さん」

 

「…聞いていたのか」

 

「いや、アタシと話したそうな顔してたからつい話しちゃって…そこで邁と先に会ったことを知ったのよ」

 

「なる程」

 

 

あの記者…あれだけ言っておいたのにシービーに縋ったか。

ブライアンには絶対触れては駄目だと釘を指しておこう。

 

 

「アタシが卒業したら邁は泣く?」

 

「泣かない」

 

「……アタシが卒業したら邁は泣く?」

 

「泣かない」

 

「………アタシが卒業し」

 

「ループやめろ」

 

「何か薄情なんだよねー…タイシンちゃんにはあんなに優しいのに」

 

「真面目に頑張るからな」

 

「ライスちゃんには死ぬ程甘々なのに」

 

「無いだろう」

 

「いや、甘やかしてるでしょ」

 

「あの子のトレーナーでも無い俺が?何を思ってそう言う?」

 

「お菓子あげる。誕生日に絵本と教本を沢山プレゼント。柔軟をマンツーマンで教える。スイーツ券をプレゼントしてマックイーンが横で発狂する。これ甘やかしてるよね」

 

「……?頑張ってるし、何より本人が自分に厳しいのだからその分を与えるのは可笑しいのか?シービー、価値観を問わねばならないぞ」

 

「駄目だこりゃ無自覚………あの子も本気で嬉しがってるのが凄いよ………」

 

 

おかしなシービーだ。

ライスシャワーは良い子だぞ。

 

 

「ともかく!これから遠出するアタシに一言」

 

「あー明日のメニューどーしよっかなー」

 

「アタシの怒らせ方を理解出来てるねぇ…!!そんな事をしたら……こうだ!」

 

「………」

 

 

手首掴まれて転がされた。

マウントポジションを取られて完全に打つ手なし。

 

 

「ガムテープで地面に固定してやるからなぁ………ぐへへ、謝るなら今だよ?」

 

「どんなに取り繕っても無駄だ。寂しがり屋のシービー」

 

「……カッチーン」

 

「構ってほしい時のお前は分かりやすい。横暴癖が目立つからな」

 

「人が怒るのは図星を指摘された時だよ邁」

 

「……分かった分かった。素直に言うさ」

 

「うんうん!」

 

 

あの時からの変わらない合言葉のような物だ。

 

 

 

 

「「明日も頑張ろう」」

 

 

 

これからを進む俺達にはピッタリだ。

 

 

 

 

 

 

 

Next───アオハル編。




秋道邁
・ウマ娘の本能を先祖から持ち込んだ人間。優れたトレーナーとしての能力を持ち、それは本能によるウマ娘と同様の視点から活かされる。度々容姿端麗と称されるが、支持者はミスターシービーとテイエムオペラオーしかいない(公には)。
何故かライスシャワーに甘い。実はシリウスシンボリと同じ小学校卒で、彼女の学年のお世話係だった。

■■■■■■■──その()は確かに走り、子を成した。だが子供達は足が脆く、特に□□□□□□□は優秀な成績を残しながらも儚く希望が無い終わりを迎えたと言う。
だが、彼等もきっと別の世界では──。


秋川やよい
・ウマ娘の本能をほんの少し先祖から持ち込んだ人間。組織の運営者として優秀であり、ウマ娘の理想を理解出来るのだという。成長した今の姿は美人と話題。一般女性に嫉妬され中。

■■■■■■■■──その()は数多くの子に恵まれ、レースの世界を広げたという。


ウマソウル
・ウマ娘の世界に概念として存在しているが、馬の名を冠する彼女達にこれを知る余地は無い。この小説の独自設定で、極稀に人にその要素が入る事がある。邁とやよいにウマ娘の様な特徴があるのもこの設定の裏付けとした。


ミスターシービー
・自由に頑張ったウマ娘の終着点。シンボリルドルフに敵わなくとも、その走りは人々の瞼に焼き付いた。邁には恋心を全く抱いていないが、構ってくれないといじける。スカウト時にはサングラスを掛けて硬派を気取る。皇帝の胃が痛む原因。


ライスシャワー
・邁には特別何かを感じるらしい。それはトウカイテイオーがシンボリルドルフに、シガーブレイドがシービーに、リオナタールがマルゼンスキーに感じた物に近いらしい。謎が謎を呼んでいる。


樫本理事長代理
・もうすぐトレセン学園に来る予定。


ボイズィーエース
・覚醒の時。


シンボリルドルフ
・今となってはシービーと仲が良いが、競い合っていた頃はバチバチの関係だった。主にシービーが嫌っていた節もある。他の者の功績を自分の事の様に喜ぶという感情が理解出来なかったが、トウカイテイオーを見てそれを理解した。


ナリタブライアン
・シービーの終わりを見て自己を高めようと意識した。だがシービーと邁の関係性に憧れた以上、その実現は彼女にとって毒になったらしい。


ボイズィーエースのトレーナー。
・後で登場します。
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