たまに寄り添う物語   作:ルイベ

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闘争と追求

「……………っ」

 

 

気が付くと部室の机に座っていた。

と、言うことは…寝落ちか。電気ついたままだ。

 

 

「……うぇ」

 

言葉にならないうめき声を出しながらぼーっとする。

シャワー…いまなんじ…今日の予定……あさめし……うん、シャワーから。

 

 

「今は……5時か」

 

 

シャワー浴びて飯食っても間に合うな…。

安心してスマホを開くと、タイシンからメッセージが来ていた。

 

 

『光ってるけど』22:30

 

『消し忘れてる』22:35

 

『気になって眠れない』22:50

 

『クリークさんが行こうとしてるから早く消して』23:00

 

『消せ』23:10

 

『寝る』23:20

 

 

「………やっちまった」

 

 

俺は基本夜の10時までに寮に戻るから、電気が付いてる事に違和感を感じたのだろう。

起きた後に謝るか…。

 

 

 

結局、昨日はたくさん働いた。

食堂破壊が起き、後始末。シリウス達の様なはぐれ者への対応、メニュー作り、新体制移行期間中のトレーニングについて会議。

 

更に今日は教師達がウマ娘達の精神面を測るため緊急会議をしている為、授業は無い。

本来なら他の教職員が来るのだが、全員会議だ。

ちなみに、食堂で壊されたのは机と鍋の蓋だけだったので、何とか再生した。

 

取り敢えず、シャワーを浴びて適当に飯食ってスッキリしよう。

 

 

 

─────

 

 

 

「おはよう」

 

「…おはよ」

 

「寝落ちした」

 

「そんなんだと思ったよ。クリークさんに謝っといて」

 

「分かった」

 

「ん」

 

 

今日は特別な事情で授業は無い。

その為休日扱いだ。トレーニングをしても良いし休んでも良い。

取り敢えず今日すべき事を伝える為に部室に集まってもらった。

 

「…もう虜になったか」

 

「はい…これ…いいですね」

 

 

端に置いてあるクッション。

専用のマットを敷き、靴を脱いで上がる休眠スペースに配置されているソレは、所謂()()()()()()()()()()()()だ。しかも特別寝やすい形の物だ。

 

これのおかげでトレセン学園理想の部室ランキング一位を獲得した事もある(生徒アンケート)。

 

そしてその餌食となったのが──

 

 

──新メンバー。マンハッタンカフェである。

 

 

彼女との出会いも摩訶不思議な物だった。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

『いいわね。あの走り』

 

『そうだな。惹かれるものがある』

 

 

いつも通り選抜レースを見に行った時の事だ。

近くで先輩達が一人の少女を見ていた。それが気になったので、少し聞いてみたんだ。

 

 

『こっちのレースでは誰が上手く走ったんですか?』

 

『おお、秋道君か。あの長髪の彼女だよ。マンハッタンカフェだ』

 

『先を見据えた走り…デビュー前なのに見事なものよね』

 

『先を見据えた?』

 

『ええ。相手を追いかける大事さを理解している。誰を見ているかは分からないけど。さっき新人君がスカウトしに行ったから…彼女次第だけど遅かったかもね』

 

『スカウトの話は別としても…見てみたかったですね』

 

『動画で良いならここにあるぞ』

 

『拝見します』

 

 

そこで見た走りは中々にギャップを感じた。

静と動で言えば静のイメージがある彼女だが、貪欲に勝利を求める走りだった。だが、表情も変わらず、荒々しい側面も見受けられなかった。そこが気になる。

 

もし冷静なまま爆発力を持てるルドルフタイプだったら…。

 

『欲しいですね』

 

『欲しいな』

 

『欲しいわね』

 

『『『………』』』

 

 

少し、悔やんでいると新人が戻ってきた。

 

 

『ヤバイっす』

 

表情から察するに、彼女がヤバいらしかった。

 

 

『落ち着け。どうした』

 

『秋道先輩あれ何か憑いてますって!違うモノ見えてます!虚空に向けてお友達って何すか!?しかも一緒に走ってるって!?』

 

『煙に巻かれただけじゃないのか?リギル志望とかな』

 

『…ガチで言ってる顔でした。何なら会話もしてます』

 

『……らしいです先輩達』

 

『…気難しいのかしら』

 

『様子見、だな』

 

『……』

 

 

欲しかった。何としてでも。アルデラミンに。

直情的なメンバーに一石を投じたかった。

 

 

『行ってきます』

 

『え!?やめといたほうがいいッスよ!!』

 

『本人の人格に問題が無いのなら…呪いも許容するのがトレーナーだ』

 

『ガチだな。東条にしごかれるとああなるのか?』

 

『いえ、黒沼さんかもしれないわ』

 

『両方じゃないすか…?』

 

『『それだ』』

 

 

何か先輩と後輩に失礼な事言われたが、取り急ぎだった。

 

空を見て佇んでいた彼女に話しかけた。

 

 

『見事な走りだった』

 

『貴方は…秋道さんですね。有名ですので……』

 

『有り難う。率直に言いたい。アルデラミンに入ってほしい』

 

『……何故ですか?』

 

『惹かれたから』

 

『彼女よりも?』

 

『彼女…』

 

 

それがお友達か。

 

 

『いや、見えない』

 

『そうですか』

 

 

別談悲しそうな顔も見せずに流す。

不思議なウマ娘だった。

 

 

『君が見ている人物は速いのか』

 

『はい。とても』

 

『なる程』

 

電波な少女かと思ったが、本当に見えているのか。

 

 

『……本当に見えていないのですか?』

 

『…え?』

 

『お友達』

 

 

急に困惑されても困る。

彼女の走りから見れば、そのお友達の走りが前進的で、排他的で、効率的な事は理解できる…見える訳ないが。

 

いや…彼女が友達の走りを見ながら追いかけている事を旨とした場合の話だが。

 

 

『姿は見えないが…』

 

『…嘘は言っていないと?』

 

 

黄金色の瞳で此方の表情をジッと見てくる。

 

 

『でも…他の人と違う。私ともう一つ…見てませんか?』

 

『君を通して、彼女の走りを見ている』

 

『貴方から見てどんな走りですか?』

 

『後ろを決して気にしない』

 

『…!』

 

『あんなに後ろに差をつけた君が追いつけない。そして君は横に一切目を向けない。唯一見てる前方向だが、出方を探る反応が見受けられない。ただ一点を見ていると仮定するなら、背中だろう。そして、君のコーナリングが微妙に内から離れているのを見ると…友達は内を詰めるのが上手いのか?』

 

『その通り…です』

 

『そしてこれは妄想の粋を出ないが……君は彼女を追う事で強さを発揮している。…いや、失礼な言い方だな。変えよう。彼女の走りから何かを得て、その何かを強さに変換している』

 

 

追われるウマ娘よりも、追うウマ娘の方が強かなのは精神的な側面もあるだろう。

 

 

『もしかして……友達を参考にしているのなら、その友達は君と似ているのか…?走りも他の何かも』

 

『────』

 

4秒の沈黙。

 

そして

 

 

『──やっぱり。見えてますね』

 

『結論、契約は…』

 

『はい。お受けします。それと、私は名前が長いので…カフェと呼んでください』

 

ここでやっと、彼女が笑み──肯定的な感情を表に出した。

 

 

『彼女も喜んでます』

 

『そ、そうか』

 

『今、貴方に抱きついています』

 

『……………ぇ』

 

『首に手を回して…ご機嫌ですね』

 

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!

 

『喜んでるのか!?』

 

『顔を見た事は無いので…あ、今頭をバシバシ叩いて…』

 

 

その日の夜こっそり塩を配置したのは内緒だ。

 

 

 

 

 

───────────

 

 

 

ともかく、契約がスムーズに進み、正式にチーム入りした彼女はクッションの欲に負けていた。

 

 

「確かに…だめになりますね」

 

「スペース的に一つしか置けない。交代で使うんだぞ」

 

「離れたくないです…」

 

「我慢」

 

 

このクッションはタイシンの疲労を癒やす為に配置した物だが、シャカール達がチーム入りしてからは皆が使う様になっていった。

 

ずっと使ってるとボロボロになっていく物なので、今のこれは三代目だ。

 

 

「…オイ」

 

「シャカール?どうした」

 

「さっきから急に物が浮いたりしてんだけどよ……これソイツのせいか…?」

 

「ああ、カフェじゃない。何でも幽れ……カフェの友達だ」

 

「…疲れてんのか憑かれてんのかどっちだっていう話は置いといてだな…参ってきたぜ…キチぃ…」

 

 

シャカールは幽霊とかそういう物は苦手だったな。

こればっかりは仕方ない。

 

 

「カフェの友達…今は何してるんだ?」

 

「貴方の背中にずっとくっついてますよ」

 

「……状態が違う気が」

 

カフェの友達は俺達の世界に干渉できるらしい。

シャカールの言っていた現象は、彼女が物を持ち上げた事による物だろう。

 

だが、俺は彼女の感触を感じられない。

 

 

「……そうですか。確かに貴方を掴んでいるんですけど」

 

「何も感じないぞ」

 

「そうですね…私が人より見える事と同じで、貴方は人より見えないし感じない質なのかもしれませんね。彼女を感じる事は出来ない。彼女にとって実らない恋というもので……あ、ごめんね…。言い過ぎたね…落ち着いて」

 

「どうした?」

 

「泣いちゃいました」

 

「慰める事すら出来ないな」

 

「背中ずっと叩いてますけど…分かりませんか?」

 

「ああ」

 

「…」

 

「まぁ…カフェの友達の事は信頼してる。それだけは分かってくれるかな?」

 

 

アルデラミンの混沌さは深まった気がするが…。

 

 

「…どうしたの?名前…?彼に?うん、分かった」

 

「次はなんだ」

 

「ちゃんとした呼び名が欲しいみたいです」

 

「名前は何だ?それを知らない」

 

「それが…私も知らないのです。取り敢えず今はサンって呼んでほしいと…」

 

「サン…?」

 

「略称らしいです」

 

「なる程」

 

 

何故カフェに名前も顔も明らかにしないのかは分からない。

 

 

「さて、本題だ。今日態々集まってもらったのは単純に午後に俺がお前らを見れないから、メニューを予め考えておこうって奴だ」

 

「…ふーん」

 

 

少し不満げに返事をしたのはオペラオー。

拗ねた感じだな。それを察してかシガーが口を開く。

 

「何の用事ですか?」

 

「昨日の帰り言われただろ?教員達が忙しいから授業は消えたけど、学ぶ時間も一応設けたいと。それでトレーナーによる講座が開かれたんだよ。GⅠの講座な。皐月、ダービー、菊花、春天レベルの長距離、短距離系、マイル系の計6つ。俺は午後の菊花賞担当だからな」

 

「あー確かに結構菊花賞勝ってるもんね。シービー先輩とブライアンもそうだし」

 

「タイシンの時はビワハヤヒデいたがな。私はそもそもクラシック三冠レースに出てない」

 

「…ボクは勝ってない」

 

「オペラオーはそもそもリギルの時だな」

 

 

確かに俺が担当した中ではシービー、ブライアン、シャカール、シガーが勝ってる。

そしてタイシンとオペラオーは中々に惜しいところまで走っている。アースは出てない。 

 

と、なると…。

 

 

「…なんですか。期待されてるんですか…これ…」

 

 

カフェに視線が集中する。

そういえば得意不得意を聞いていなかった。

 

 

「距離はどのくらいが好みだ?」

 

「…中距離の後半から長距離ですね」

 

「よし二冠いくか」

 

「圧かけるのやめてください」

 

 

すると横のペットボトルが急に浮いて俺の頭を叩いた。

……お友達め。

 

あ?ペンが勝手に動いて…何か書いてる。

ああ…サンって呼ばなきゃ駄目なのね。了解。しれっと読心能力持ちなんですね。え?今覚えたって?何で?

 

…俺を理解する為だって?

何か急に幽霊ぽいな。あ。

 

 

ごめんごめん幽霊じゃないな。お友達のサンだもんな!

分かったから紙破るな!それメモ用紙なんだから!

 

 

「何で誰も怪奇現象にツッコまねェんだよ」

 

「考えても無駄じゃん」

 

「あ、タイシン特有の現実逃避」

 

「アースうっさい。いちいち天然で煽んな。てか…ウチのトレーナーは毎回変な奴に好かれるね」

 

「特にタイシンみたいななんちゃって不良にな」

 

「アース、黙れ」

 

「zzz…」

 

「ねぇ契約切んない?この穀潰し」

 

 

いつの間にか何時ものじゃれ合いが発生してるな。

アースが寝たフリしてタイシンを怒らせてる。

 

というか穀潰しとか言うな。ノッてる時のアースは本当意味分からんくらい強いんだからな。JC勝ってるからな。

 

 

「で、講座自体70分だからそんなに長くない。早く終わる可能性もある。分かってくれるな?オペラオー」

 

「堪え性が無いと解釈しているのかい?悲しいね」

 

「納得がいっていない様子だからな」

 

「トレーナーさん達が働きすぎだとボクは思うんだ。いくらURAに任されたと言っても、毎日邁さんが疲れて帰ってくるのはやり過ぎだと思う」

 

「それはアタシも思う。URAって決断した後は学園に委ねてくるけど…代理の件も含めてあまりアタシ達の事理解してないよね」

 

 

寝落ちした身としては言い訳出来ないな。

 

 

「…分かった。少し休みを増やすか。アオハルについてはゆっくりやる。それで良いか?」

 

「うん」

 

 

納得がいったようだ。

それで、またもやカフェがこちらを見ている。

 

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「私は…その…魂の形が見えるんですが」

 

 

何だよ魂の形って。

霊的存在だけじゃないのかよ。

 

と、思ったらサンがスマホの検索エンジンを打って解説してくれた。

 

『カフェは、私の事を知覚してる。それで、私に近い雰囲気を感じるウマ娘には霧みたいに輪郭が見えるらしい。それは感情によって揺らいでるから魂。まぁ普通の子にも薄っすら見えるらしいけど』とのこと。

 

漫画の世界…?

 

『ちなみに魂はウマ娘にしか現れないらしい。でもナンチャラオペラオーの輪郭は全然見えないらしいけどね。ケッ!いい気味!ザマァ!』

 

オペラオーになんの恨みが?

 

『ラ イ バ ル』

 

まぁ…頑張れ。

 

『うん!』

 

かわいいなお前。

 

 

「シャカールさんの魂は私のお友達みたいです…」

 

「…オレ?え、冗談だよな…?」

 

「いいえ」

 

「マジか…寿命近えのか?」

 

「幽霊扱いしたら怒るので気をつけて下さい」

 

「なんだそれ…」

 

「それで…人によって似てる輪郭があるんです。シガーさんはミスターシービーさん。トウカイテイオーさんはシンボリルドルフさんの様で…」

 

「にへへ…運命は嘘じゃなかったんですね」

 

 

シービーを慕うシガーは嬉しそうだ。

しかし似ている…か。走り方のタイプを絞れるか?スマホがまた動く。

 

 

『あ、そういうのじゃないよ。雰囲気的な感じ。それこそ親子とか兄弟とかのシンパシーに近い物だね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…理事長と貴方は何故ウマ娘みたいに魂が存在するんですか?」

 

 

 

………ひぃ。

 

 

 

 

「スゥ…ちょっと換気するわ」

 

「助かる」

 

「オウオウ気にすんな。なんか空気淀んでるしな。ロジカルじゃねぇしな」

 

「…あの、すみません。このような話は苦手でしたか…」

 

 

カフェって結構異次元の存在なのか…?

 

『まぁ()()()結構変わってたからねー』

 

前っていつからだ?

 

『前世……なんつって♪』

 

話は終わりだ。

スマホをポケットにしまう。するとメモ帳が急に開かれる。

 

『折角会話できてたのに』

 

メモ帳も閉じてやる。怖いからな。

ペットボトルで抗議してくる。知るか。

 

 

「話を戻す。絶対に戻す。メニューについてだ。予め用意しておいた物がある。これを見てくれ」

 

「んーと。アタシは…うわ」

 

「オレはいつも通りだな」

 

「私は筋トレですね」

 

「私は模擬レースをやれと」

 

「ボクもそれだね」

 

 

タイシンは勉強、シャカールは何時もの走り込み、シガーは筋トレ、アースとオペラオーはレースだ。

そしてカフェだが…。

 

 

「デビューもしていないし本格化も迎えていないから午後70分は我慢だ。近くでタイシン達が付く場合のみ軽い走り込みを容認する」

 

「分かりました…」

 

「まだ先の話だが…メイクデビューへの緊張は?」

 

「ありません」

 

「なら良い」

 

 

メンタル面で言えばカフェに勝る者はいないと感じる。

なにせ見ているものが違うのだから。靡かない。

 

 

「そういえば講座って何人出んの?」

 

「3人」

 

「…ま、菊花賞だからね。ハヤヒデくらい整理できてれば勝てるだろうけど」

 

 

基本的に菊花賞の事を考えるのはダービー後の夏合宿期間になる。

それは、皐月賞とダービーでも差異が大きい為、菊花賞で頭をパンクさせると本番での判断がズレるからだ。そういうジンクスがある。

 

「誰が出んの?」

 

「エイシンフラッシュ、サトノダイヤモンド、キタサンブラックだ」

 

「敵に塩送るのやめて。走るのアタシ達なんだけど」

 

「不可抗力だタイシン。あとまだ敵じゃない」

 

「二人はスピカ確定でしょ。もう一人はトレーナーもういるし」

 

「俺だって講座なんかしたくない」

 

「断れよ」

 

「シャカール。お前は他に菊花賞を任せられるトレーナーがいると思うか?」

 

「奈瀬文乃」

 

「百点の解答だ。負けた」

 

「なんだお前」

 

「だが甘い。マイナス五十点」

 

「ホントになんだよお前」

 

「春天の方に行ってる」

 

「…あー」

 

「しかも助っ人に引退したクリークがいる。無敵だな」

 

「じゃあお前もあのうっせェ三冠呼べばいいじゃねぇか」

 

「笑止」

 

「わり、オレが間違ってたわ」

 

「シービーさんの事を悪く言わないで下さい!」

 

 

しかし助っ人か…。

走った当人の意見も大事だが、お手本みたいな走り方で勝った奴じゃないと共感性が皆無だな。

 

お手本…強い……あ。

 

 

「ルドルフいたわ」

 

「ブラック企業だ。やめといてやれ」

 

「いや、何か最近ブライアンが真面目らしいからどうだろう。もうすぐ役職もエアグルーヴに引き継がせるらしいし」

 

「え!シービーさんは!?」

 

「シガー。諦めろ。あれはシービー以外無理だ」

 

「…最近会えてないのに」

 

 

よし、ルドルフにお願いしてみよう。

断られたらそれまで。

 

 

「てか、緊張してんの?」

 

「してる」

 

「珍しいね。アンタ教えるの結構好きじゃん」

 

「真面目で堅物で我が強い」

 

「…?」

 

「そんなウマ娘が苦手だ。何せレースどころか日常生活でも怖い」

 

「フラッシュのこと言ってんの?」

 

「ああ。グラスワンダーとはベクトルが違うが、あの細かさは恐怖に値する」

 

「しっかし自分のチャートを組むアイツが何で態々参加するかねぇ…知見を広めるつもりかァ…?オレには分かんねぇな」

 

 

グラスワンダーが一番怖い事には変わりないが、エイシンフラッシュには圧があるのだ。

絶対に例外は認めない。その時間と計画通りに進められなければ意味が無い。そんな意志が俺の胃に圧力をかける。

 

真面目で堅物で我が強いと言ったらブライアンやエアグルーヴ、あと…そうだな…アヤベが挙げられるが、彼女達はエイシンフラッシュと大きく違う。

 

端的に言えば、エイシンフラッシュは自分が間違ってるとあまり思ってないタイプだろう。間違いを指摘されても、『え、そんな筈は無いです』と一度は思う性格だ。それだけ情報を突き詰めるタイプなのは承知しているが、それだけは唯一無二。グラスワンダーは自身の間違いを修正しぶっ差してくるが、そのタイプとも異なる。

彼女のトレーナーには感服せざるをえない。

 

 

「旨は伝えた。解散」

 

 

返答はカフェとシガー以外の欠伸だった。

こいつら…。

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

「──と、言う訳だ。お願いしたい」

 

「ふむ。このような老骨で良ければ使ってくれて構わないよ。私もこれからの世代に興味がある」

 

「ありがとう。報酬は」

 

「いや、君にはアマゾンの件もある。その恩返しとでも思ってくれ」

 

「分かった。…しかし」

 

「うん?」

 

「羽目を外しているのか?」

 

「ははは。現役の時はかなりの制限も許容した。強さを求める故ね。それを鑑みれば引退後の日々もそう悪いものでは無いよ」

 

「だが…6人前だぞ?」

 

「その量でも飽きない食事を提供してくれるシェフを称賛すべきだな」

 

 

目の前でもっちゃもっちゃと食事をしているのは皇帝シンボリルドルフ。生徒会長としての職務はもう殆ど無いと同じらしい。

 

 

「美味しいね。うん、これも美味しい」

 

「…何というか、柔らかくなったか?」

 

「食事にまで気張る必要は無いだろう?ほら、君も食べると良い。疲れてる時こそ食べるべし、だよ」

 

 

現役は皇帝として、引退後も生徒会長として。

その重責から解放されそうな状態だからか、やけに子供っぽく見える。もしかしたらこれがルドルフの本質なのかもしれない。

 

見た目や口調は彼女に憧れるトウカイテイオーとは全く別だが、その他人に毒されない立ち居振る舞いは似ていると言えよう。

 

 

「お、シリウスがいるぞ秋道君」

 

「そうか」

 

 

右を向けばシリウスが一人で食事をしていた。

まぁ…だからどうしたという話ではあるが。とはいえ俺達の方を絶対見ない様にしているのは少し悲しい。

 

ルドルフが態々声をかけたのもシリウスへの気遣いか。

…いや、テンション上がってるだけだな。

 

 

「シリウス、世間話でもどうかな?」

 

「……」

 

「おや、()()されてしまった。()の居所が悪いのかな?」

 

「───ぷ」

 

 

──百点。

 

 

「アハハハはは!!ばっ、言われたら本気でムカつきそうだけどっ!ルドルフギャグは最高だ!!ぶ…は、ははは!!」

 

「ふっ。そう言われると考えた甲斐があったね」

 

「やばっ…笑いが…止まらっぶふ!ちょっとタンマ…!」

 

「落ち着いて言葉を咀嚼するといい。それがジョークというものだ」

 

 

震える頬を抑えて、シリウスを見ると…。

 

 

「ふぅ…!──落ち着け…殺すのはマズイ。いや…侮辱は何よりも重い…あのクソッタレの皇帝サマはアタシの尊厳をたった一言で崩しやがった…!!あんなくだらねえゴミみてぇなギャグ一つで…!!!」

 

 

……やばい。

笑わずにいられなかった自分の感性を恨むべきだが、これはやばい。

 

「シリウス。言いたい事があるのなら来るといい」

 

 

…ルドルフってこんなにKYだったか?シリウス限定か?

 

 

「…ああそうかい。そのカスみてぇなノリも全部アタシを誘う為の計画かい」

 

「カ…!?ま、まぁいい…取り敢えず話をしようじゃないか。………カスって言われた

 

「で、なんだよ。何が話してぇ」

 

「なに、世間話さ」

 

 

シリウスは腑に落ちない顔を見せるが、大人しくこちらの席に椅子を持ってきた。

いや…態々俺の隣に来なくても。あのギャグ笑った人間なんだが…ナイスネイチャですら耐えるギャグを笑える男なんだが…。

 

 

「とはいえ私には目ぼしい話題がない。秋道君。君のアルデラミンはどうかな?」

 

「これからのチーム戦…そして新メンバーに期待しろ」

 

「新メンバー…だと」

 

「マンハッタンカフェ」

 

「ほう…彼女か。意外だね」

 

「ルドルフも知らなかったのか?」

 

「仕事はエアグルーヴ達に一任している。アオハル後に私は生徒会長を譲る予定だ。だから知らなかった」

 

「なる程」

 

 

ある意味退屈していた可能性もあったのか。

道理で講座の助っ人を秒で受け入れてくれた訳だ。

 

 

「…どんな経緯でチーム入りしたんだよ」

 

「俺がスカウトして、運良く入ってくれた」

 

「運良く…?」

 

「事情があるという事だ。これ以上はプライバシーに関わる」

 

「…」

 

「俺はまだスピカやリギルの様にはなれない。だが、アルデラミンはまだまだ強くなる」

 

 

 

まだまだ知られていない。

アルデラミンの強さはまだ止まらない。

 

タイシンの執念も、シガーの努力も、シャカールの深慮も、アースの気概も、オペラオーの栄華も。

そして…カフェの未知も。

止まらせるつもりは無い。

 

だが、ブライアンの強さは止まっていた。

俺が未熟だったからだ。本人の初期値が限りなく優れていたから、三冠も取れただけ。

誰が何と言おうと、実際に指導した俺が感じた事だ。事実間違っていない。

 

 

「…何時もそうだな」

 

「…?」

 

「スグがチームの事を話す時は何時も…後悔が見える。大方ナリタブライアンの事だろうがな。気に食わねぇ。結局のところアイツがスグに甘えてゴタゴタ騒ぎがあって、それでも三冠は取った。何の落ち度がある?」

 

「シリウス。言い方が悪いぞ。その件は当事者同士にしか分からない事もある。一方的に決めつけるものでは無い」

 

「事実だ。大体リギルに飛ばしたのもルドルフ、アンタだろ?」

 

「苦渋かつ最善。退学になるよりはマシだ」

 

「その退学の原因はスグには無い。それが全てだろ?」

 

「……それは確かだ」

 

 

俺がブライアンに危害を加えられた?()()()()はどうでもいい。

 

 

「死ななきゃ何でもいい。俺もフラフラしてたからな。ブライアンだけが悪い訳じゃ無い」

 

「何でそんなにアイツに甘いんだ…!」

 

「妹気質なんだ。何処まで行っても」

 

 

如何に強さを持っていようと、何かを拠り所としていないと走る理由を見つけられない。それがブライアンだった。

競い合い…ハヤヒデ…ライバル…そんな理由を持たずして走れない性分だった。

 

アルデラミンを担当して分かったのは、結局の所才能と精神に一定の規則が働く事は無いということだ。

どんなに余裕を持って走っても、どんなに焦って走っても、結果は分からない。

そして…悶々とした気分で走っても、ブライアンは勝ってしまう。

 

ブライアンの隣には誰かがいないと駄目なんだ。アマゾンでも、ハヤヒデでも、マヤノトップガンでも、エアグルーヴでも──取り敢えず、隣にいればアイツは…何かが出来る。

 

 

「目が離せないんだよ…………ブライアンは」

 

 

最初から強かったせいで、得るよりも失う経験の方が多かったのだから。

タイシンが見つけた希望も、シャカールが編み出した戦術も──そんな物を努力で得る必要の無いくらい…ブライアンは完成されていた。

 

 

それに加えルドルフの様な絶対的な精神も持ち合わせていない。ただの女の子だ。

 

 

「お前みたいに強くないんだよ。シリウス」

 

「……ま、いいよ。それよか辛気臭い話になっちまった…。オイ皇帝サマ。まさかこの雰囲気を作る為に呼んだわけじゃねぇよな?」

 

「あ、うん。そうだね」

 

 

嘘吐きめ。ノリで呼んだんだろうが。

ちょっとつついてやるか。

 

「そういえばオグリキャップがトレセン学園に来た時な、彼女がダービーに出たいと言ったんだ。ベルノライトに聞いた話なんだがな…その時ルドルフが」

 

「やめろ」

 

「『中央を無礼(なめ)るなよ』って言ったらしい。結構怖い顔して。自分で中央に誘った癖になんか威圧しちゃったと。ケッ!偉そうに」

 

「オイオイ高慢ちきな皇帝様もいたもんだなぁ!?ケッ!」

 

「仲良しそうで何よりだよ!!」

 

 

ションボリルドルフにしてやった。

ザマァみろ。シービー、仇は取ったぞ。

 

 

「ちょっと威圧しとかなきゃ中央の立場を理解しないからって雑に言い過ぎたな。格差が大きいのに、中央そのものを神格化するかのように語るのは良くない。青かったな無敗三冠」

 

「…覚えていろ秋道邁」

 

「丸くなったのはトウカイテイオーが来てからか…?シービーもシガーが来てから後輩にダダ甘になったしな。そういう時期があるのか」

 

「あ、スグもナリタタイシンくらいから人間味出てたぞ」

 

「人間味ってなんだ」

 

「指導中は無表情極めてたからな」

 

「あー…思考している素振りを見せたら本人達が不安がるからな。タイシンに怖いから止めてって言われて普通にしたが」

 

「後は黒沼トレーナーの影響…だろうね」

 

「復活したかルドルフ」

 

「借りは講座で返す」

 

 

ルドルフだからネチネチしていないと思いたい…が、怖いな。

 

 

「最近は優秀なトレーナーが増えている。例えば…そう。桐生院トレーナーはどうかな?新しい芽といえば彼女が合っている」

 

 

周りに聞いているウマ娘やトレーナーがいない事を確認して、小さな声で話す。

 

 

 

「年上なのに俺の事先達扱いして敬語使って来るんだ。そこがむず痒い」

 

「いや、聞いてるの評価だろ」

 

「…ノーコメントと言いたい」

 

「気になるものだね」

 

「…優秀には変わりない。ハッピーミークはURA決勝までには行けるからな。でも……指導法が均等すぎて強いのに秀でている部分が無いんだ。万能と言ってはそれまでだが、勝てるビジョンが見えない」

 

「…なるほどね」

 

「でも同期のトレーナーに影響を受けて、踏み込んだ指導をしているらしい。今後に期待だ」

 

「ああ…彼か。スカウトを自分からしないという変わった性分の。しかも…君と違って本当に才能を欲しいと思わないタイプ」

 

「でも、ウマ娘を惹き付ける何かがある。時代が違えばリギルの面子やBNW等を指導していたかもしれないな。ウマ娘にとって魅力があるらしい」

 

「彼は…誰を担当しているんだったか…」

 

「カレンチャンというウマ娘だ」

 

「ふむ…」

 

「…ルドルフとスグはいっつもそんな事考えてんのか?アタシは目先の後輩しか考えれねぇな」

 

「ある時代を経験すれば君も分かるさ…」

 

「…どんな時代だよ」

 

「大引退時代。担当したウマ娘の学園卒業後、そのウマ娘と結婚してトレーナー業を引退。そのラッシュにより中央は人手不足に陥った」

 

「…あったかもなそんな話」

 

「幸せで何よりだ。卒業まで待てたのは評価する」

 

「だが…在校中に何らかの関係に至ったのなら……」

 

ルドルフは無言でバッテンマークを作った。

トレーナーは即注意か謹慎…場合によってはたづなさんからクビ宣言を言い渡される。

 

 

「結婚かー…。考えた事あるか?」

 

「そもそも相手が居ない時に考える物では無いと思うよ」

 

「ああ…………………考えた事無い、な」

 

 

…………。

 

 

「オイ、今の葛藤は何だ。スグ。お前に聞いてんだぞ」

 

 

あ。

 

 

 

 

 

「………逃げる──ルドルフ付いて来い!」

 

「やれやれ。私の方が速いんだがね…!」

 

「待てやァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「ふぅ…逃げ切ったな」

 

「なぜ君が逃げ切れたのかは本当に分からないが、ともかく意中の相手が居たとは驚きだな」

 

「……一年前にお付き合いする事になってな」

 

「…私の知ってる人かな?」

 

「ウマ娘では無いから安心してくれ。…はぁ。隠すつもりだったんだ。お互いの為にならないからな。でも…アルデラミン(アイツ等)にはバレた。相手も同じ感じにバレたらしい」

 

「…と、すると。相手はトレーナーということか」

 

「あ」

 

「情報統制が下手だよ。まぁ相手には見当がつく。私には恋愛の経験が無いが、君達が成功する事を祈っているよ。無論、他言無用にしておく」

 

「お前…何ていい奴なんだ…!」

 

「…これが普通じゃないかな」

 

 

困った様に笑うルドルフ。

あの日、部室では雷が落ちたかの様に皆騒いでいた。何処から情報を仕入れたのかは分からないが、シガーが目をキラキラさせていた事は覚えている。

 

 

『くっそ…何か気に食わない…』

 

『あの!相手はあの人なんですかトレーナーさん!』

 

『ハハ!誤情報に決まってるじゃないか!覇王にはバレバレだよ?………え、うそー……じゃ、ないとか…?』

 

『オマエ等……ま、おめでとさん』

 

『zzz………』

 

『お、おい…何処から情報が漏れた…?』

 

『ああ?まぁ…その、あれだ。あんなに仲良さそうだったら嫌でも勘繰っちまうて訳だ。分かりな』

 

『理由になってない……』

 

『他の奴には喋らねェから安心しな。あ、でも()()()()で一人にバレたらしい』

 

『…おい、タイシンお前まさか』

 

『え?いやいや…!アタシばら撒いてないよ!あっちが知ってただけで…!』

 

()の前にはお見通しって訳だな。御愁傷様』

 

『………この際お前等には隠しても無駄か』

 

俺が認めるとオペラオーは顔を机に突っ伏してしまった。

付き合い自体はオペラオーと契約を結ぶ前から始まっていた。世間体として交際は隠していたが、チームの皆にバレているとは思わなかった。

 

 

…オペラオーにだけは話す予定だった。

その、責任があった筈だった。

 

 

『ボクは……諦めない……!!うう……』

 

『調べようって言ったのアンタでしょ?ほら、クッション開けてあげるから、ちょっと休んでたら?』

 

『タイシンさん……恩に切るよ…』

 

数日後オペラオーと話して、お互い気持ちに整理をつけた。

その女性と付き合う事になった理由は──

 

 

「──お互いに、色々あったからな……」

 

「…はは。オハナさんにもそれくらいの勢いが欲しいものだな」

 

「まだアタックしないのか…先輩は」

 

「恋模様は人それぞれという事だね」

 

 

高校生が大人の恋愛を分析するという中々に面白い絵面だが、きっとルドルフは親バカになるだろう。トウカイテイオーにすらダダ甘なのだ。

 

 

…本題に戻そうか。

 

 

「で、講座でやってもらいたい事だが…」

 

「む、聞こう」

 

「彼女達にモチベーションを与えてほしい」

 

「実質的なアドバイスでは無く、勇気付けろと?」

 

「ああ。才能も脚質もそれぞれ別物なんだ。後は本番までに自分の走りを見つけ、かつ発揮する事。だがそれは走る者にしか分からない焦りだろう。ルドルフにはその緊張を少し解して欲しい」

 

「分かった。あ、それと──」

 

「なんだ?」

 

「──君に至らぬ点があるのならその場で指摘するので宜しく」

 

 

…急に皇帝になるな。

まぁ、でも…。

 

 

「──中央トレーナーを舐めるなよ」

 

「だからやめろってぇ!!」

 

お前はまだまだ子供だ。

 

 

 

 

○○○○○○○

 

 

昼食の後、私は友人のダイヤちゃん──サトノダイヤモンドと一緒に講座の会場に来ていた。

広々とした空間の会場だが、これで3人しか受けていないのだから少し虚しい。一番前の、教壇の近くの席には一人の女性が既に座っていた。背筋はピーンとしていて、静かな雰囲気の女性だった。確か…エイシンフラッシュさんだっけ?

 

ともかく、菊花賞どころかデビューもしていないのに何で参加しているのかと言うと、クラスの先生に出て損は無いと言われたから。いや、トレーナーすら見つかっていない私がそんな軽々と参加していいのかと質問したんだけど、そもそもデビューもしていない時期だからこそ、遠くの事を考える余裕が生まれるらしい。走り始めると、目先の事にしか注目出来ないとも言われた。実感は無いけど、講座の担当は皆優秀な人達だから、安心して良いらしい。

 

 

 

「ねぇ…キタちゃん…本当に出るの?」

 

「申し込んじゃったんだから仕方ないよ…」

 

「テイオーさんはなんて言ってたの?」

 

「『んー別に出なくてもいいかなーって思ったけど、そのトレーナーなら安心だね!キタちゃんラッキー!』って…マックイーンさんは…?」

 

「『菊花賞よりも、彼の言葉や走る意義を意識するべきですわ』って言ってたよ」

 

 

二人で不安を払拭し合いながら、配られたプリントを見る。

それには講座と担当者が書いてある。

 

午前はこうだ。

・皐月賞(2000m系統)──東条ハナ

・東京優駿(2000m超系統)──西崎リョウ

・短距離系統──木戸颯(きどはやて)

 

午後はこれ。

・菊花賞(3000m系統)──秋道邁

・長距離系統(3000m超)──奈瀬文乃

・マイル系統──小内忠

 

テレビで見た事がある人ばっかりだ。

リギルとスピカのトレーナーに加えてサクラバクシンオーさんを始めとした短距離専門の木戸トレーナーに、天才トレーナーの奈瀬トレーナー、そして未だにレコードが破られないディクタストライカさんのトレーナーもいる。

 

今回私達が受けた講座の秋道トレーナーは、上位チームの一つ、アルデラミンを担当している。

現在のNo.1はスピカで、次点にリギルが位置しているが、アルデラミンはTop5には入っているのでないかと思う。

そのくらい、驚きのあるレースをするのだ。

 

だけど…聞いた話では表情筋が死んでる人らしい。

テイオーさんに相談した時は『ニシシっ♪』と笑われただけだったけど、大丈夫だろうか。

東条トレーナーの弟子とも聞いたし、その東条トレーナーは怖かったし…少し不安だ。

 

そして、ダービーの講座を受けてびっくりしたのが、お手伝いか何かでスペシャルウィークさんが隣にいた事だ。皐月賞では誰もいなかったから新鮮だった。とても緊張してたけど、優しい人だったなぁ。

 

で、もし…秋道トレーナーが誰かを連れてくるんだったら…

 

 

「ダイヤちゃん…!もしかしてミスターシービーさんに会えるかな!」

 

「えぇ…!?でも見たこと無いよ…?」

 

 

二人で前から二番目くらいの席に座る。

少し楽しみになってきた。もし誰も連れてこなくても、そもそもあの独特の走りを指導した人の話を聞けるから、それが面白そうでワクワクしていた。

 

そうしていると、ガラガラと音がして…

 

 

「秋道邁だ。率直だが今回参加するに当たって不安も多いだろう。その不安を払拭する為に助っ人を呼んだ」

 

「…!!」

 

「え…本当に?き、キタちゃん…!」

 

「うん…!」

 

その後に続いて入ってきた人物は───

 

 

「宜しく。未来の英雄達」

 

 

──シンボリルドルフだった。

 

 

「「そっちぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」」

 

 

唐突に偉人が出現して、結構失礼なツッコミをしてしまった。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

「ごめんなさいっ!」

 

「気にしなくても良い。確かに彼とは敵同士だった身だ。驚きも理解できる」

 

「俺の頼みも唐突だったな。驚かせてすまない」

 

 

ダイヤちゃんと二人で頭を下げながらもニヤケが止まらない。テイオーさんの憧れ、シンボリルドルフさんが目の前にいるのだ。

 

 

「で、今回の講座ではこの3点を重視する」

 

黒板に箇条書きで3つの事柄が記される。

何というか、恐ろしくキレイな字だ。消しづらそうなくらい濃いし。

指に力が入り過ぎてるのかな?

 

 

…集中しなきゃ。余計な事に目が向かない様に。

 

 

「一つ、中距離とは別次元の世界である事。二つ、身体づくりは前提条件である為、夏合宿をそれだけで無駄にしない事。三つ、決して他人に影響されない事」

 

「特に二つ目は大事だ。彼の言う通り、夏合宿は身体に関わる機能を伸ばす為の行事だが、それだけじゃないよ」

 

「ふむふむ…!」

 

「頭の片隅に置いておけば、その時が来た場合にトレーナーと話し合う事が出来るだろう。メモは必要ない。ほんの少し覚えておけば良いんだ」

 

そう言われても…真下で恐ろしい速度で腕を動かしてるエイシンフラッシュさんを見たら…。しかも顔は秋道トレーナーの方見てるし…。

 

 

「では一つ目だ。この中で模擬レースの長距離の経験がある者は?」

 

「はい」

 

「エイシンフラッシュだけか。じゃあキタサンブラックとサトノダイヤモンド、簡単に説明するぞ」

 

「はい!」

 

「まず、長距離はかなり疲れる。だから中距離よりも体力を温存しつつ走り切る、と思われがちだ」

 

 

…違うの?

 

 

「間違ってはいないが、走った者には分かる。これが本当に疲れるのは、そもそも長い時間での駆け引きが行われるからだ」

 

「補足をしよう」

 

 

今度はシンボリルドルフさんがチョークを持って中距離と長距離の図を作り、中身を書き込んでいく。

 

 

「中距離の辛い所は速さを求めつつも相手を出し抜かなければならない点だ。それに反し長距離は中盤のペースで思考の余裕が出来る。だが…」

 

「その余裕が牙を向く。分かるか?」

 

「えっと…考え過ぎちゃうのが駄目ってこと…ですか」

 

「…」

 

私が反射的に答えると、二人は驚いた顔をした。

まさか素っ頓狂な答えしちゃった!?

 

…助けてダイヤちゃん!

 

 

「凄いな。分かるのか」

 

「本質を良く見ている。良いね」

 

 

何か褒められちゃった。

ちょっとダイヤちゃん、『ぐむむ…』って顔しないで。ごめんって。

 

「キタサンブラックの言った通り、行き過ぎた思考は疲弊と判断力の低下を引き起こし、無駄に攻め方の選択肢を多く作ってしまう。尚恐ろしいのは、混乱してしまいそもそもスパートが遅れる事だ」

 

「ある種の傾向と言えば…そうだね。菊花賞に勝つウマ娘は何だかんだ図太い精神を持つ子が多い。それはつまり──()()()()()()()()()と言う事だ」

 

「ざっとイメージしてほしい。目の前にいるルドルフ、そして君達も見たライスシャワーの姿。レースで恐ろしい程の執念を見せる者が勝つ。これはそういうレースだ」

 

 

迷ってるようじゃ勝てない…。

でも、私は勝ちたい。あのテイオーさんが成せなかった景色を…少しでも見てみたい。

 

テイオーさんを憧れているからと言って三冠を追うつもりは無い。

私は在り方に惹かれた。後は私の世界だ。全てをテイオーさんに依存してちゃ駄目なんだ。そう思ったのだ。

 

 

「そして脚質が近い勝利者を参考にし過ぎても駄目だ。周りも違うのだから意味が無い。諸行無常。つまり全てが移り変わる世界だと思ってくれ」

 

 

しょ、しょ?

えーと……後で調べよ。ダイヤちゃん程頭良くないからなぁ。

 

 

「そして、二つ目の話だが。簡単な話だ。そもそも菊花賞に於いて身体づくりなんて当たり前だからな。夏合宿=身体づくりと言う訳でもなし。だが、他に何をやるかと言われればそれはトレーナーによる。俺から言える事は、決して視野を狭めるなという事だ」

 

 

スピカはどうやるのかなぁ…。

 

 

「最後に三つ目。他人に影響を受けるな。これさっき言ったな…勝利者を参考にし過ぎるなって」

 

「…じゃあもう説明は終わったのかい?」

 

「そもそもコース概要は授業とかでやってるらしいし…。ルドルフ、今何分経った?」

 

「丁度10分経った所だ」

 

「…え、後60分?」

 

「…ああ」

 

「…………すまん。ネタ切れだ」

 

「嘘と言ってくれれば有り難い話なのだが」

 

「菊花賞は本当にそれぞれ違う攻め方をするからな…。正解は無いし自分で勝ち筋を見つけなきゃいけない。どう70分使えば良いんだか」

 

「生徒の前で職務の愚痴は駄目だよ」

 

「ああ…気を付ける。あと…質問あったら是非」

 

「…」

 

 

あれ、講座終わりそう。

質問タイムで一時間も無いよね…?あ、エイシンフラッシュさんが手を上げた。

 

 

「差し支え無ければ、貴方が菊花賞においてどのような指導をしたのか教えて頂け無いでしょうか」

 

「──それは?」

 

 

…秋道トレーナーの目が変わった。慎重な顔つきだ。

 

 

「…情報収集のつもりか、はたまた自身の力にするつもりか」

 

「情報収集を目的としています」

 

 

それもそうだ。

先程、他人を参考にするなと言った彼の情報を抜き取ろうとしているのだ。凄い度胸だなと思った。

 

 

「教えても構わない。今と昔は別だからな。誰の菊花賞だ?」

 

「出来れば全員」

 

「そうか」

 

「秋道君。本当に良いのかい?」

 

「どの道過去の記録で抜き取られる。秘策でもない限り教えてもデメリットにならない」

 

「まぁ…それもそうなんだが。私としては理解しかねる」

 

 

少し呆れ顔で質問者を見つめるシンボリルドルフさん。

でも、質問をした本人の顔は至って真剣そのもの。茶化す事は許されない雰囲気だ。

 

 

「シービーは特例だから省く。データにならん。ブライアンはリギルにいる為俺に権限は無い。それは良いか?」

 

「はい」

 

「先ずはシガーブレイド。トウカイテイオーがいなかったから、必然的に注目された。彼女を追っていた為に菊花賞は難儀したが、最後の最後に捲った。他のウマ娘の目にはズルズルと失速していく様に見えただろうが、最後に全走力を賭ける…追い込みの強みを利用した」

 

 

なんか、歴史を知る感じで面白い。

ダイヤちゃんは私よりも頭が良いから、ますます興味津々な顔をしている。

 

 

「エアシャカールは完全に逆算だ。最低限の体力を獲得し、相手の疲労のタイミングに合わせてスパートをかけた。以上だ」

 

「ありがとうございます」

 

「エイシンフラッシュ。悩んでいても、それは誰にも解決し得ない重要な事だ。かくいう私も人並みに悩んだものさ。一先ず自身の才能に向き合ってみるんだ。秀でている部分は武器にする。模擬レースで相手を萎縮させてしまっても良い。本番で相手の力を引き出すきっかけにもなるけどね。とにかく、楽しむんだ。日常を積み重ねてのレースというもの。…これはシービーの言葉だけどね」

 

 

なにか、心に響いた言葉だった。

 

 

「君達も質問があるならどうぞ。無いなら帰っても構わない。練習は大事だからな」

 

エイシンフラッシュさんは一礼して帰っていった。

最後まで何を考えているか分からない真面目な人だった。

 

 

「ではお言葉に甘えて…キタちゃん?」

 

「あ、先行ってて!聞きたい事あるんだ!」

 

 

努めて、憂いを見せないように返事をする。

この人達に聞けば、どうにかなるかもしれない。

 

 

この苦しみが。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

「………なる程。よくある話だ」

 

「私の経験には無いけどね」

 

 

私が悩みを打ち明けると、二人は納得した表情を見せた。

 

 

「確かに、目標がはっきりしていないとトレーナーの目星も付かない。かといってトレーナーに判断を委ねてもモチベーションが続かない、と」

 

「はい…」

 

「テイオーの様に走りたい。だけど三冠を目指すとは少し熱意が違う。うん、難しい話だね」 

 

「…こういうメンタルケア、生徒会は慣れてるか?」

 

「テイオーの悩みには向き合ったつもりだが…自己完結──いや、ツインターボ達か。ともかく、私自身が彼女を変えたつもりは無い。他のウマ娘も同様だ。最終的に変わるのは自分自身さ」

 

「残念だが、トレーナーもだ。無責任な発言はできない」

 

「うぅ…」

 

 

確かに、少し我儘だっただろうか。

テイオーさんに憧れて、トレセン学園に入ったのに…そもそもの目標が無い。『凄い事』を成し遂げたいという思いはあるけど、それが明確に決まっている訳では無い。

 

ダイヤちゃんはマックイーンさんに憧れてるから、スピカに入ろうとしているけれど、それで良いのだろうか。

()()()()()()()で良いのだろうか?

 

 

「それにしても秋道君。さっきの情報提供だが、やけに内容が薄いね」

 

「エイシンフラッシュか。彼女に嘘は言っていない。だが、根本的な勝ち方も教えていない。客観的な情報のみだ。それはあっちも分かっているだろう。だから直ぐに帰った。有益な情報は無いとな」

 

「中々豪胆な子だ。面白くなりそうだね」

 

「だが、表面的なデータを幾ら集めても仕方が無い。更に奥の自分に気づかなければならない」

 

 

 

更に奥の自分。それは何だろう。

 

 

「キタサンブラック。一つだけ言いたい」

 

「な、なんでしょう!?」

 

「どうか気張らないで過ごして欲しい。自分の強みを自分で認めて上げてほしい。弱みを相手に合わせる為に強くするのでは無く、強みを相手の弱さに叩きつける。苛烈だが、そういう単純な力も大事なんだ」

 

「ルドルフさんの様に…ですか?」

 

「おや…お目が高い」

 

「…本当に本質を見ているな。スピカが強くなりそうだ」

 

「キタサンブラック…リギルも悪くないよ?」

 

「断りづらくなるからやめろ」

 

「あ、あの…」

 

「君は少し諦め癖が強い。スカウトもそうだ。一人くらいしか連れ帰らない。纏めて指導する気概を見せてみては?」

 

「本人の意思の尊重。お前は尊敬されているんだから、影響力を考えるんだ」

 

「スピカよりはリギルの方が過ごしやすいと思うけどね」

 

「…それは分かる」

 

「あっ…あの!」

 

「「む?」」

 

 

これだけは言わせてもらいたい!

 

 

 

「私…スピカに入るつもりは………無いんです」

 

「……ほう」

 

「吃驚仰天という奴だね」

 

 

 

 

あ、何か二人の目が怪しく光った気が…。

 

 

「しかし分からないな。最強のチームに入れる機会だ。気に入らなかったのか?」

 

「い、いえ…その…」

 

「他のチームが良いのか?」

 

「違うんです。確かにテイオーさんは憧れで…スピカも凄いチームだと思います。だけど…それだけでスピカに入って、テイオーさんがいたという理由だけで走ったら…自分を見失ってしまうんじゃないかって…」

 

「理由がちゃんと出来たらスピカに入ればいい。でも君はさっき入るつもりは無いといった。何故だ?」

 

「……我儘なんですが、聞いてくれますか?」

 

「ああ」

 

「──テイオーさんと戦ってみたいなぁって………」

 

「………」

 

 

…恥ずかしい。

デビューもしていないのに憧れの存在と戦う夢を持つなんて…しかもダイヤちゃんがスピカに入るなら、お互いに戦う事になる。それが嬉しい自分が変だ。

 

 

「渇き、か」

 

 

秋道トレーナーだけは納得した表情をしている。

 

 

「キタサンブラック。来月の選抜レースの予定はあるか?」

 

「え、あ、はい。あります」

 

「沢山来る」

 

「へ?」

 

「トレーナーが沢山来る。その時に君が最大限を発揮できれば、望むままの選手生命を迎えるだろう」

 

「で、でもプレッシャーが…」

 

「気にするな」

 

 

気にするなって…。

 

 

「ああ、すまない。彼は結構言葉足らずだからね。でも、本当に楽しめるなら、外野は気にならないものさ。言っても、これから外野で無くなるパートナーが見つかるかもしれない。はたまた月日を跨いで燻り、来年になるかもしれない」

 

「…そうですね」

 

「励むんだ。君が後悔さえしなければ、きっとこのまま強くなるよ」

 

「……はい。頑張ります」

 

「これは先達からの言葉だ。何時でも刻み続けてくれ」

 

 

シンボリルドルフさんは優しい表情で微笑み、口を開いた。

 

 

 

「──GOOD LUCK(幸運を)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○○○○○○○

 

 

 

 

「ルドルフ」

 

「なんだい?」

 

「渇きと言っても、それはブライアンが強すぎたから持ち得た物だ。だが、遥か先のステージにいる者と戦いたい精神は何と言うべきだろうか」

 

「…そうだね。ブライアンが退屈ゆえの渇きならば、キタサンブラックの感情は闘争を求める本能」

 

「サトノダイヤモンドはどうなるだろうな」

 

「私から見れば、彼女には闘争心は無い。だけど、憧れを追い続ける気概は見て取れた。ライバルになるのならそれも面白い」

 

「ライバルを踏みにじってこそ勝者とは、よく言った物だ」

 

「──勝者は孤高にあらず、敗者が存在してこそ勝つ所以足り得る。確かに間違ってはいない。数年前私が言った言葉だが、良く出来ていると自負する」

 

「残酷だが、確かにそうだな」

 

 

キタサンブラックは、純粋でいられるだろうか。

彼我の差に押しつぶされないでいられるだろうか。もし、サトノダイヤモンドが類稀なる才能を持っており、負け続けるのなら……更なる努力を続けられるだろうか。

 

それが心配だ。

 

 

「………一回だけ、考えた事がある」

 

「なんだ?」

 

「"君が私のトレーナーで、シービーがオハナさん側だったら、どうなっていたんだ"とね」

 

「…どうだかな」

 

「私達、相性は悪くないと思うんだ。でもシービーはそうはいかない」

 

「東条先輩を見縊るな。あの人が気質を理解出来る事くらいお前にも分かるはずだ」

 

「それでも、ウマ娘側は分からない」

 

「…それは、トレーナーとウマ娘の失敗回数の差か」

 

「うん。トレーナー指導に失敗すれば、後悔し次のウマ娘の時には治す。だけどウマ娘は失敗出来ない。だから不安が大きいのさ」

 

「…俺は、アオハルを一種の証明装置だと思っている」

 

「どのように?」

 

「トレーナーが合同でチームを組んだ時、ウマ娘も思うだろう。何が足りなくて、逆に何が秀でているのか。それは相対性の確認でもある」

 

「二人…ライバル……因縁。それ等以外で自身を認識する手段か」

 

「伏兵もありだ。オベイユアマスターの様に、かき回してくれれば考える機会が生まれる」

 

「…」

 

 

結論を言おう。

 

 

「なぁ、ルドルフ。何故、ウマ娘は()()()()()()()()()()()()を依り代にしなければいけないのか、分からないんだ」

 

「私は、君達を邪魔と思った事は決して無いよ」

 

「俺は何回考えても分からなかった。パートナーである事が大事なのは身を持って知っている。……だが、ウマ娘が育つのはレースだ。レースの経験が強さに繋がる。メニューはそれを補う物に過ぎない」

 

「それは…」

 

「ライバルがいなくても強かった奴もいれば、ライバルがいたから強くなった奴もいる。外的要因が強さにつながるとすれば、その世代だという運もある」

 

「確かに……そうだ」

 

「俺は、その問題だけは解決出来ないと分かった。だからこそ、トレーナーとして人事を尽くしている。彼女達の不安にならない為に」

 

「仮に…ウマ娘が全て自分で判断して、メニューも何もかも考え、自立した存在になったとしよう。どう思う?」

 

「トレーナーなんて要らない。そうなるな」

 

「そうだろう?でも、決してそうはならない。私にとってそれが何よりも嬉しい」

 

「何?」

 

「私はね──トレーナーとウマ娘の営みが好きだ。要するに、パートナーという関係を人以上に好んでいるのさ」

 

「そうなのか」

 

「ウマ娘から見れば、トレーナーほど心強い物はいない。感情を分かち合い、結束し、共に喜び共に泣く。それがあるから走れるのさ」

 

「…お前が幼い感情を見せたのは初めてだな」

 

「失礼な。私とてウマ娘だ。それにね…ウマ娘とトレーナー絆には、果てしない力が眠っている。それを忘れてはいけないよ、秋道君」

 

 

 

…少し、これからの方針が定まった気がする。

 

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 

午後の練習は滞りなく終わった。

良くなった点を言うとすれば、カフェがチームに馴染んできたという事だ。 

 

何時ものように日記に簡潔な記録を残し、明日に備えて早く眠る。夢も見ないような熟睡が好ましい。

 

 

 

 

 

──なんて、言っていれば変な景色に。

これは…青い空間にミステリアスな外形。

 

 

カフェから聞く、彼女が見る景色と似ている。

 

 

「───ッ!!」

 

 

 

足音が聞こえる。

背後からだ。ゆっくりと、ソレは近づいてくる。

 

 

 

「………」

 

 

少し怖くて、それでも後ろを振り向いた。

 

 

「……カフェ?」

 

 

マンハッタンカフェだ。

黒いコートの様な衣服に金色のネクタイが目立つ。それは勝負服の様に見える程の完成度。

 

顔を下に向けている為に顔は余り見えないが、紛れもなく─────

 

 

 

 

 

────違う。

 

 

 

「お前」

 

「…」

 

「誰だ」

 

「……………!」

 

「何か、違うぞ」

 

 

 

 

俺に向けたその顔は、不気味な程に良い笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

EP5 静寂と追求(…Are you Cafe?)

 

 

 

 

 

 

 




秋道邁
・トレーナーの彼女がいる。その事を知っているのはアルデラミンとルドルフともう一人だけ。お互い良い感じの関係だったが、決め手は相手からの提案だった。
キタサンブラックの察しの良さに心底驚いた。一人のウマ娘の行動だけで前方の走者の動きを把握できる結構な変態。

シンボリルドルフ
・引退後の生活を何だかんだエンジョイしている。生徒会の激務を終えて更にスッキリ状態。頼られると嬉しい年頃だが、少し張り切りすぎている。

シリウスシンボリ
・邁に相手がいると最初は思ったが『アイツに限ってそんな事はねー』と思い直した。邁に抱いているのは恋心とは違う。ただ、少しドロッとした何かかもしれない。

マンハッタンカフェ
・『実績と、何より信頼出来る』という理由でチーム入りを果たした。その信頼は彼女のお友達を通したもので、彼女自身から最大限の信頼を得るのは少し先。

カフェのお友達
・邁と理事長の在り方に対しては絶対に干渉できない。でも見方を変えれば近しい存在である為、理解は出来る。その結果が彼に対しての読心術。カフェ以外にも知覚されて嬉しかった。お友達の存在と邁達の存在はこの世界の根本に関わる。
ちなみにアグネスタキオンが最近邁を追い始めた。カフェがこの事を話したからである。

キタサンブラック
・ダイヤちゃんやテイオーさんと一緒のチームで走りてぇけど!それ以上に二人と戦いてぇんだ!!!

エイシンフラッシュ
・レースで自身のチャートを組むのには他の選手のデータもいるが、何か講座で要らないみたいに言われて不機嫌。邁はデータだけじゃ駄目だと言っただけで否定はしていないが、言葉足りないというか分かりにくい。説明が下手な邁が悪い。トレーナーは既にいる。

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