たまに寄り添う物語   作:ルイベ

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一時的頓挫

「…駄目ですか」

 

「すまない。彼を想う気持ちは分かるが、僕は話す訳にはいかない」

 

「見ているだけで…良いのですか?」

 

「前提が違う話なんだ。マンハッタンカフェ。君は彼が追い詰められていると思っている様だね」

 

「葛城さんは…『ウマ娘ちゃんは特に聞かない方がいい話だ。察するだけに留めてやれ』と」

 

「…燿夏に聞いたのか。話が早い。そう、君は入れ込まない方がいい。秋道君もそれを望む」

 

「本人が良いと言えば…それが正解とでも…?」

 

「……正解である筈がない」

 

「…奈瀬さん」

 

「もし君達が詳細を知ったら、後悔はせずとも必ず走りに障害は残る。特に君の様に流れに乗っている時期はね」

 

「ですが」

 

「慰める事も、介入もすべきでは無い。そして彼自信が向き合う試練でもない。結局の所、彼は妹の死に直面した自分を受け入れたからね。妹への感情には折り合いは付いてるさ」

 

「あの時動揺が、見えていたのですが」

 

「彼が最後まで分からなかった事は、妹が自身に向ける感情。如何にまやかしとは言え、死に別れた妹の姿で問われればそうなる」

 

「私は…放置すべきなのでしょうか」

 

「彼は君達を気遣っている。それと同じ様に、彼が気負わない様に支えるべきだ」

 

「……貴女は、彼にとっての何なのですか」

 

「さてね、本人に聞かなきゃ分からないよ。僕にとっては恐らく君と一緒で…」

 

「…」

 

「大事な人さ、とても」

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

此度は始春。

第一回アオハルプレオープンの日。

 

樫本代理が率いるチームファースト。

そして反管理体制のウマ娘が築いたチームキャロッツ。

 

チームファーストのメンバーを紹介しよう。

短距離のジュエルネフライト、アジサイゲッコウ。

マイルのデュオジャヌイヤ、タイドアンドフロウ。

中距離のビターグラッセ、ショートスリーパー。

長距離のリトルココン、ミニベロニカ。

ダートのドミツィアーナ、クラヴァット。

──計10名。

 

驚くべき事に、全く名が知られていないウマ娘が多いのである。だが、樫本代理がそれに目を付けてチームにした訳では無い。彼女等の成績が奮わなかったのも、樫本代理の元に集まったのも、全て前制度が身に合わなかった為である。

 

自由とはつまり、本人に依存するという傾向である。

想像してみてほしい。小学校の自由研究で悩んだ事を。社会人になってからの方が苦労を見せる人間達を。人は誰しも直ぐに自由に適応出来ない生物であり、人にあれこれ命令された方が楽という人間もいる。

ウマ娘の場合、成績を残せなければ最悪退学。その前に彼女等が自主退学を選ぶ。つまり『終わる直前』の存在だったのだ。

 

秋川やよいは気づいていたのかもしれない。

平等を語る自由の不平等さを。その為に代理をURAから呼び寄せたのか。本人にしか分からない。

 

 

「タイシン。正直に言ってみろ。彼女等を知ってるか?」

 

「……いや、全く」

 

 

ターフから少し離れた場で入場を拝むのは秋道邁、そしてナリタタイシンである。

トレーナーとして一通りウマ娘達の情報を得る権利をもっている彼は勿論ファーストの面子を知っているが、どの様な走りかまでは把握出来ていない。タイシンに関しては全くの無理解。誰かすら分からない。それもその筈、馴染めなかった者がファーストに存在しているのなら、普通にトレーニングを熟せているタイシンに知る由は無い。

 

 

「キャロッツ……にんじん?」

 

「…まぁ、名前は自由だ」

 

 

チームキャロッツは、管理体制を良しとしなかったウマ娘の中で、代理に直談判を試みた4人が結成したチームである。

面子はタイキシャトル、ライスシャワー、ハルウララ、マチカネフクキタル。但し、5種類のレースがある為もう一人は加入している筈であるが、未だ姿を見せず。

 

タイキシャトル、ライスシャワーはそれぞれマイルと長距離を担当し、この二人が勝ち筋である事は明白だ。

中距離のマチカネフクキタルも、運に頼っている節が見られるが決して結果はそれに限らない。本人の強さは保証されているのである。ハルウララに関しては…悲しい事に強いとは言えない走りだが、彼女の姿に励まされるウマ娘も多いだろう。

 

チーム戦と言いつつ結局1レースに付き一人の人材しか用意出来ていないのは、時間が無かったと言わざるを得ない。それは樫本代理の方も同じである。人材を集められても指導の時間は足りない。

 

つまり代理の勝ち筋は、同チームメイトのコンビネーションによるものだろう。

と言っても、通常のレースでは周囲全てが敵となる。相手によっては不倶戴天の敵と見なす場合も無くはないだろう。それがチーム戦だとどうなるかは、誰も推測出来ない。

 

 

「過去の記録は見たが……あれは別物だな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。結局一着さえ取ればそのチームの勝ちとなる。二着と三着は関係ない。アオハル杯はポイント制では無く、一着を取った回数の多いチームが勝つルールだからな」

 

「じゃあ、味方に勝たすって選択肢もあるの?」

 

「そうだ。しかし…自分を諦める事が出来るウマ娘は少ない。お前達が生きる勝負の世界では指を詰めてでも一着を取る気概だろ?」

 

「怖い例え止めて。……でもそうだね。結局キャロッツは勝てば管理体制撤廃に繋がるからそういう作戦考える可能性アリだけど、普段ならね…」

 

「第二回のプレオープンではキャロッツの面子も増えるだろう。その時に分かるかもな。お、短距離入場か」

 

 

 

キャロッツのメンバーが入場していき、最後に短距離。

そこに現れたのは…桜の委員長。

 

 

「…サクラバクシンオーを引き入れたとはな」

 

「結構…ガチ、なんだね」

 

「短距離の鬼にマイルの鬼…得体の知れない中距離に迫撃型ステイヤー…常に笑顔だから相手のメンタルには効くハルウララ……今日勝っても可笑しくないな」

 

 

代理は未だ悩みの渦中にいる。

だから3度のプレオープンで、一度でも勝てたら撤回すると言った。3回勝負でも可笑しくない話であるが、相手に有利な条件にしたのである。それはキャロッツの面子を知らされた後に放った言葉だった。つまり代理には勝算がある。

 

過去のアオハル杯出場というアドバンテージはあるが、相手も相手。綱渡りなのは間違いない話である。

 

 

「だと言うのに……引かないな、代理の顔は」

 

 

後方で腕組みをして見据えた対象はキャロッツでは無くファースト。不安の顔も見せずして眼中にも無き。

 

空恐ろしい事に、ファーストの面々も代理と同じく覚悟の宿った瞳をしている。ライスシャワー、フクキタル、ハルウララの3名はこれを見て気圧され、タイキとバクシンオーは好戦的な笑みを浮かべた。

 

何方にしても負けられぬ覚悟なのだ。

マイル最強の証明、王を背負った桜、刺客と呼ばれたステイヤー。彼女達のプライドもまた、ファーストを圧していたのは言うまでもない。

 

 

「さて、今日お前を連れてきた理由は分かるか?」

 

「自分の弱点くらいは分かるよ」

 

「つまり?」

 

「全容を把握しろって事でしょ?アタシの走りはソレしないと勝てないから」

 

「流石」

 

「何年追い込まれて来たと思ってんの」

 

「『追い込み』だけにな。ははっ」

 

「…ウザ」

 

「痛っ!蹴るなよ……」

 

 

周りを見渡せば余り多くない数のトレーナーがいる。

競バ場に一般の客はいない。第一回ではまだファーストとキャロッツしかチームとして参加しておらず、数合わせに立候補したウマ娘はいるもののあくまで今日限り。それ故一般人を呼べる程完成されていないのだ。

 

トレーナー達は自身が率いるチームを連れてきており、それはアオハル杯がどういう物かを知る為だ。

対する邁はタイシンしか連れておらず、同期である葛城や師匠の東条ハナに至っては誰も連れてきていない。

 

理由は明白。見た所で分析になる程の情報が今日に存在している訳が無いからだ。

たった2つのチーム。片や人数不足。何を分析しろと言うのか。長く彼女達を学ぶ仕事であるトレーナーが見る価値はあっても、一生徒の分析眼では話にならない。来ていないトレーナーがいるのもその様な理由である。チームを態々連れてくるぐらいなら、学園で練習していた方が正しいという意見は、ベテラントレーナーの中で一致していた。

 

 

─だが、タイシンだけは違う。

全ての情報を短く視野に入れ、最速で整理し勝ち筋を見つける。それが彼女の走りだ。邁の才能を持ってしても、タイシンが勝つには常人以上の努力が必須だった。後方で状況を正しく見据え、かつ位置取りとスパートのタイミング。これ等全てが噛み合わなければ勝てない程の体格と脆さ。初期を鑑みれば、GⅠに勝利している現状は奇跡の産物であった。

 

邁が彼女を連れた理由は、契約して以来ずっと行ってきた俯瞰技術の増強。つまり、これもトレーニングの一環である。

 

テイエムオペラオーがアルデラミンの強さを象徴する"脚"ならば、タイシンはアルデラミンの"眼"と言える。二年以上も相手の動向を探ってきたその洞察力は、新人トレーナーを軽く超える。

 

 

「それにしても…」

 

「なに?」

 

「キャロッツ…特にタイキの肉体の完成度が増している…追い込んだな」

 

「…え、双眼鏡で身体まじまじと見てたって事?」

 

「流石アメリカフィジカル…」

 

「やめて!世間体とかあるから…!ああほら……気づかれてたじゃん………手振ってるし」

 

「疚しい事なんて1ミリも無い」

 

「無いから逆に怖いんだけど」

 

 

結局駄弁る程の余裕がある時点で、タイシンにとっても価値が薄いレースなのかもしれない。

二人はリラックスした様子でレースを見た。

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

「あのアホはまた運に任せて……!」

 

「自信ありそうだったけどね」

 

 

第一レースの中距離はファーストの勝利。

理由はマチカネフクキタルが位置取りに失敗したからだ。レース前に予め何処を走るか占いで決めていたらしい。運が悪かったと言えばそれまでだが、やはり運だけに任せるのは宜しくないという事である。相手のビターグラッセも良い走りをした。

 

 

 

「頑張ったね」

 

「頑張ったな」

 

 

第二レースのダートは引き分け。

理由はハルウララが単純に弱いからだ。運動神経が悪いのと、華奢な身体が走行に弱みを見せる。だが、頑張った。

頑張って走る。それだけで偉いのだ。

何時もは笑顔な表情も、チーム戦とあって責任を感じているらしい。だが心配は無い。次はタイキシャトルなのだから。

 

同時にファーストのダート選手もまだ育ちきってなかった為、人数合わせに参加してもらったウマ娘が勝った。

 

 

「強…」

 

「それでこそ」

 

 

第三レースのマイルはキャロッツの勝利。

タイキシャトルは負けない。最強マイラーの異名を持つ彼女が無名に負ける理由が無い。

良いスタート。ブロック躱し。スパートのタイミング。速度の伸び。どれも一級品。

 

次はサクラバクシンオー。期待を持てる。

 

 

「面白かったね」

 

「小柄なのに良い走りだ」

 

 

第四レースの短距離は引き分け。

サクラバクシンオーの独壇場と思われたが、一般枠にニシノフラワーが参戦していた。一騎打ちになり、見事ニシノフラワーが勝利したのだ。結果キャロッツとファーストの勝ち負けは無し。

 

 

そして最後。

第五レースの長距離が今始まる。

 

 

 

 

────────

 

 

ライスシャワーは緊張していた。

経験を積み重ね期待に慣れた彼女にとっても、最後の決め手という存在を担うにはソレが伴う。

 

(まさかバクシンオーさんが負けるなんてえぇ…)

 

簡単に言うと、震えていた。

彼女の脳内では忌むべき記憶がフラッシュバックしていたのだ。デビューしてからの努力。ミホノブルボンの三冠を阻んだと蔑如され、それでも頑張り続けてやっとの思いで人気を得、一番人気のレースで故障した。

 

勘違いされるのは、彼女がミスを恐れているという意見だ。

では、トレセン学園関係者に『ライスシャワーは気が弱く、本番等に影響が出やすい性格なのでは?』と聞いたとする。

結果関係者の全てがこう答えるだろう。『ナンセンス』と。

 

(うぅ…皆の期待が重いよぉ)

 

前提として説明すると、彼女自身は負けると()()()()()()()()

それは相手を見下している訳でもない。客観的に自分を見つめているだけだ。淡々と状況を無意識に俯瞰している強者の習性というべきか。

 

菊花賞でミホノブルボンを打ち負かした時に走るのが嫌になったのは、自分が勝つと相手が不幸になるという一種の確信である。つまり、勝つ事を疑っていない。

 

天皇賞でメジロマックイーンを倒した時は少し状況が違ったが、最強格のステイヤーである彼女にさえ不幸にしたくないという感情を持っていたのは間違い無い。

 

つまり図太い。

今となっては走る時に豹変すると揶揄される程の気迫を見せる走者となったが、メンタルの持ち用は案外変わっていないものである。

勝つと相手が不幸伝々の話は相手への侮辱と自戒したが、やはり外見に変化は無い。

 

では何故フラッシュバックが起きているのか。

単純に期待される程の存在になってしまった自分への不安。そして故障後に明らかに弱体化した肉体への不信。

 

不安に怯えておずおずとターフを見つめて───頬を両手で張った。

 

(うん、これでもう大丈夫。ライスはやれる)

 

 

恐ろしい事にその不安に耐えられるのがライスシャワーである。

その姿を見てキャロッツのメンバーは影で安心していた。

 

 

「ふむふむ…大丈夫そうですねぇ〜。厄避けはしておきましょうか……」

 

「ライスちゃんは大丈夫だと思うよ〜?」

 

「ウララの言う通りデース!ライスはああ見えてタフですからね!」

 

「ぜぇ…はぁ…そう、ですね!私も長距離…は、得意ですが委員長たるもの…おぇ…兎に角応援しましょ…ごほぉ」

 

「…取り敢えず彼女を休ませた方が良いのでは?」

 

「それもそうですね…フクキタルはドリンク持ってきてください。ワタシはバクシンオーを休ませます」

 

 

後ろで騒がしい何かが起こっていても、彼女の視線は変わらない。自らの短剣と青薔薇。

短剣は自らの在り方を、薔薇は不屈の証。

 

どこまで行っても喰らいつく。

──刺客、ここに在り。

 

 

 

彼女の右隣に立っているリトルココンは一瞬睨んで──直ぐに視線を前に戻した。

邪な感情を抑えたというべきか。

 

 

(散々楽して才能もあって強くなれたんでしょ……何が不安なの…!)

 

だがその激情を消す事は出来なかった。

完全に一人の世界に入ったライスシャワーには知る由もない。言葉通り眼中に無いのだから。

 

 

一方その頃。タイシンと邁は未だに駄弁っていた。

 

 

 

「短距離以外は層が厚くないね」

 

「3月は短距離の準備が沢山あるからな。逆に経験ある奴ばっかり集まったんだ。現役の奴は忙しいからな」

 

「ふーん」

 

「ニシノフラワーは美濃山トレーナーからのお願いだったかな」

 

「世間の目はヤバかったけど、本人達は仲いいもんね」

 

「ああ。で、層が薄いのは事実だが…リトルココンは上位安定は狙えるな」

 

「勝てると思う?」

 

「そうだな…あの子を見てると、お前と契約した時のデビュー戦を思い出す」

 

 

その言葉を聞いたタイシンは空を見つめて過去を追想した。

どんなに頑張っても失速する己の体躯。それ故に脆く、スピードすら出せないという欠陥。それでも二人の友達は自分を対等に見ていた事。

契約した後も馬鹿にされていたが、先にデビューしたお節介な後輩(シガー)が自分を守っていた事。自身のトレーナーのメニューが死ぬ程大変だったが、成長を感じて苦では無かった事。新しい戦術を身に着け、それでもメイクデビューはギリギリで勝った事。

最初の契約者(シービー)次の三冠ウマ娘(ブライアン)が離れる時も泣かなかったと言われるトレーナーが感極まって泣いてしまい、それにほんの少し優越感を感じてしまったのは未だに誰にも知られていない*1

 

輝かしい思い出。

だからこそ──

 

 

「──まさか。勝てるわけ無いでしょ」

 

 

現実を直視しなければならない。

 

 

「死ぬ程頑張ったって、それは本人だけじゃない。周りも同じ…それ以上に努力してるかもしれない。あいつ(リトルココン)がアタシに似てるなら、そういう事だよ」

 

「そうだな」

 

「帰ろ?見る必要ないよ」

 

「…最初が良くて、段々駄目になる。よくある話だ」

 

 

何を話し始めたのかとタイシンが疑問を覚えると同時に、邁の視線はリトルココンに集中した。

小紫色の瞳、その中の瞳孔が引絞られ、何処か殺気立つ様相に変化した。

 

タイシンは言葉が出なかった。ただ率直に思ったのだ。

『似ている』と。

これから走るライスシャワー。その覚悟の瞳と似ている。そういえば目の色も同じだったなと良くわからない気付きを心の隅に追いやって、耳を傾けた。

 

「相手は同じ世代どころか先達とも争う。チーム戦という視点からその様な不利は否めない。だが…」

 

「…」

 

「チーム戦だから、勝てるかもしれんぞ」

 

 

 

二人がターフを見る頃には既にレースが始まっていた。

 

 

 

 

────────

 

 

指定された距離は3000m。

長距離としては王道の部類に入るだろう。

 

デビュー前なら走れもしない距離だが、ファーストの面々はデビュー自体はしている。結果が奮わないだけで、トゥインクルシリーズのレースの経験がある。

リトルココンとビターグラッセはクラシック期を既に終え、肉体の衰えをこれから迎えるか否か。ライスシャワーは既に衰えている。その差はこのレースで分かるだろう。

 

全盛期程の出力が得られないにしても、ライスシャワーは冷静を保っていた。

 

 

(スタートは譲る…その代わりライスは位置を貰う!)

 

(チッ……流石に判断が早い…!)

 

欲張らずに周りを良く見て走り出しを決めた彼女の位置取りは素直かつ即決。行くべき場所を最速で見つけそこを位置どった。馬群の外。温存には丁度いい箇所である。

 

リトルココンは少し焦る。

思い切りが良いタイプとは思っていたが、ここまでとは。

 

だが。

 

『リトルココン。焦る必要はありません。ただ意識だけはしておいて下さい。ミニベロニカと貴女、何方かが鍵を握る。ただし勝つのはその鍵を握っていない方』

 

『は、はぁ…』

 

『自身の負けが確定した所でミニベロニカに道を譲る必要はありません。全力で走り切るのです』

 

自身を見初めた代理の言葉を反復し、思考を冷静に保つ。

 

(こんな連中に奪われてたまるか…唯一の光明を!)

 

普遍に馴染めなかったリトルココンは管理されてこそ光るウマ娘だった。それを奪われる危機に黙れる程自分に嘘を付ける質では無かった。

 

 

最初のコーナーを曲がる。

戦局が変わるにはまだ…早い。

 

 

 

○○○○○○○○○

 

 

 

 

ライスは幸せでした。

ライスは頑張りました。

ライスは走りました。

 

 

 

ライスは足が折れました。

トレーナーさんを泣かせてしまいました。

ライスは悪い子でした。

青薔薇は散りかけでした。

 

 

でも。

負ける理由には出来ない。ライスはヒーローなのだから。

誰かの為のヒーロー。

 

だから、負けられない。

皆が楽しそうに走っているあの光景を…踏みにじっていい筈がない。走る事は、楽しいべきなのだ。管理されていいものじゃない…!

 

 

そうでしょ…?

秋道さん(お■さま)……!!

 

 

今何を。

 

 

 

そんな事はどうでもいい。

ファーストに勝つ。勝つ。勝つ。

 

リトルココンさんが後ろにいるって事は…差しか追い込みかな?若しくは状況を伺っているだけで先行かな。

 

でも追い込みは無いよね。

こっちを常に伺っているならあり得ない。自分のペースを構築するのが追い込みだもんね。

じゃあミニベロニカさんの種は割れた。あの人が追い込みだ。

 

じゃあ先行か差し…。

断定は出来ないけど、ライスは知ってる。常に喰らいつく目付きは先行のソレだけど……その中で此方を見張る温存体制は差しの動き。

 

──なら、付き合う必要は無い。

 

 

「ライスシャワー常に位置をキープしています。先頭のイダテンを視界に添えている!そして内側にコバルトジェネラルとサンライトがジワジワと迫っている!プレッシャーを与える為か?」

 

 

スタミナには自信ある。

このままキープしたいけど、皆好位置を取りたいよね。変に譲ると後が厄介だし…意地でもここは通さない事にする。

 

勝負は2周目の第3コーナー。その場でどれだけ前を保持できるかが鍵。

追込みが出張るならコーナーの後だけど、油断大敵。

 

 

「さぁ第1コーナー曲がった!未だ戦局は変わりません!しかしバ群が少し伸びてきているか?」

 

 

もう少しで2周目。

まだ足は大丈夫。重くもないし痛くもない。呼吸も乱れてない。速度はともかく体力はまだ衰えていない。それだけ分かればライスは走れる。

 

でもあの研ぎ澄まされた感覚はもう味わえないのかな。

天皇賞のあの、神経が集中した様な感覚。

 

周りが真っ白になって、でも目の前のマックイーンさんだけは見えてて、ライスは真っ黒だった。

あれは……あの不思議な領域(世界)は。

 

 

「さぁ第2コーナーを過ぎて2周目に突入します。ここからが苦しい所…!チームキャロッツのライスシャワー未だ健在か?だがファーストの両者も落ちていない!イダテンはまだまだ前を走っています。逃げがいない中のキープとしては安定している速度か」

 

 

これから、これから…。

目の前の障害を跳ね除ける…!

 

 

 

「負けない…!」

 

 

 

 

○○○○○○○

 

 

 

「これは」

 

「順当すぎ、と思ったけど…」

 

 

誰もが思い描くレースの光景。

ライスシャワーが位置取りに勝ち、リトルココン達が隙を伺う。寧ろ順当にやらねばならないのだが、やはりファーストが勝つビジョンが見えないという事か。

 

第3コーナー。

明らかにペースが上昇するも、坂道を考慮して抑えなければならない箇所。

一部ではここで飛ばせる猛者もいるが、余りにも異例。

 

「ああ。荒れる」

 

「うん。決め手は──」

 

 

だがしかしレースとは時に奇妙な事態が起こる。

それは当に不条理。

 

 

「「──ミニベロニカ」」

 

 

時は既に第3コーナー後の中間。追込みはそろそろ迫っても良い頃か。

 

それを察知して周りが横の列を作った。つまり最終コーナーの構え。菊花賞のコースでは横よりも縦の列が多く、ゴール時の距離差も大きい。

つまり立ち回りの問題か純粋な強さか。

化けるウマ娘がいるのか。それに限る。

 

だからライスシャワーは誰よりも先に──否。

一番目はミニベロニカだ。

 

 

「ミニベロニカ上がってきた上がってきた!この直線を振り切れるか!?しかしライスシャワーが2番手!刺客を躱すには余りにも近い!」

 

「簡単に譲るかァ!」

 

「………スゥ──」

 

 

ここで前に出てきた両名は競り合いに持ち込まれた。

ミニベロニカは気迫、ライスシャワーは静寂。

 

げに恐ろしきはライスシャワーが冷静だという事。

一番手を譲った?だから何だと自身の姿勢をより攻撃的に尖らせていくのみである。

横を一瞥、ミニベロニカ確認、前進──この機械的な思考は決して一人には崩されない。

 

 

一人には。

 

 

(行ける。ミニベロニカさんには追い付ける)

 

 

「まずい」

 

 

その言葉は邁の物だった。

 

 

「内側に寄り過ぎている」

 

 

 

 

「ここでリトルココン並ぶ!ミニベロニカ少し速度が落ちるが必死に持ちこたえるか…!?しかしライスシャワーここは譲らず前に出る!」

 

 

「ッ!ライスシャワー中々前に出られない…!先頭はリトルココンであります!」

 

 

「必死で喰らいつくライスシャワー!しかし距離はもう足りないか!?」

 

 

「リトルココン!勝ったのはリトルココン!!繭から解き放たれた小さな勇気!」

 

 

 

「勝ったのはリトルココン!!」

 

 

 

 

キャロッツの計画は頓挫した。

 

 

○○○○○○○○

 

 

 

──ミニベロニカさんは抜けたけど、諦めなかった。

 

 

──だから外側を固められて、抜けるには狭かった。

 

 

──ライスは小さいから、横が見えなかった。

 

 

──気が付いたら、リトルココンさんが前にいた。

 

 

──追いかけたけど、速かった。

 

 

──純粋に負けた。

 

 

──周りの人達に勘づかれない様にやったのに。

 

 

──ライス、またやっちゃった。

 

 

 

 

──()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

○○○○○○○

 

 

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

「凄いじゃないかリトルココン!!」

 

 

勝者に激励を与えたのはビターグラッセ。

それに対しリトルココンは。

 

 

「……その言葉、は…ミニベロニカに…」

 

「なに!?」

 

「アイツのお陰で……勝てた…から」

 

「分かった!」

 

 

リトルココンがそう言うのだ。そういう事なのだろうと理解したビターグラッセは即座に走って行った。

 

リトルココンはまだ立てない。

膝を付いて下を向く。そして納得する様に微笑んだ。

 

「勝者はチームの命運を握らない者……樫本()()()()()の言う通り。でも悔しい。普通に勝てたら……でも、今日はいいか」

 

 

今日は満足に寝れそうだと安心していると、来訪者が一人。

 

 

「お疲れ」

 

「……え」

 

「飲みなよ。何、ただのスポドリだけど」

 

「は。何でアンタがそんな義理を」

 

「別にアタシは中立だし。強制的にやらされたんじゃ文句もあるけど、このレースは双方の話し合いの結果でしょ?」

 

「……貰う」

 

「ん」

 

 

あのチームの。

あの男と来ていたのかと、リトルココンはそれを意外に思った。

 

「…これ、アンタの金?」

 

「違うよ。アイツの金。アタシが態々買う奴に見えんの?」

 

「そうだね、見える訳ない。無愛想」

 

「じゃ、他の奴にもやってくるから」

 

 

少しの煽りにも取り合わず小柄なウマ娘はスポーツドリンクを配り始めた。リトルココン以外には一度も話しかけず、最後まで表情を変えずに去っていった。

 

リトルココンは彼女の事を"案外、良い奴なのか"と思ったがそれを改めた。

あれは自分のトレーナーに素直なだけだと理解したからだ。何だかんだ面倒事を断れない質なのだろう。

 

 

 

 

一方その頃。

 

 

 

 

「わぁー!ありがとーございます!!」

 

「良く頑張ったな。走り方、良くなってたぞ」

 

「えへへ…」

 

「私の時と扱い違いすぎませんかねぇ…!」

 

「ふむふむ!まぁ貴女の走りはお世辞にも良いとは言えませんでしたからね!」

 

「バクシンオーさん直球!!遠慮って知りませんか!?」

 

 

控室。スポーツドリンクが邁から配布された。

ハルウララを労う邁。

それを見て納得行かないフクキタル。横にはバクシンオー。

 

 

少し横にはベンチでタオルを被って項垂れるライスシャワーとそれを心配そうに見つめるタイキシャトル。

 

敗者はライスシャワーだけでない。

キャロッツ敗北の責任を一人に追求するのは薄情だ。だがしかし声は掛けない。

変に励まさず、自分を見つめる時間を彼女に設けさせる情がキャロッツの面々には存在した。

 

レースを終えたライスシャワーの一言は謝罪に尽きた。

ごめんなさい、と。

 

それは、勝たなければならないという強迫観念から来ているのかもしれないし、純粋にチームの勝利の事を思っているのかもしれない。

少なくともレース前は後者に見えたが、レース後は前者に思えた。それくらい、弱っていた。

 

息は整っている。強力な心肺機能故に。

そのせいで涙を堪える声が目立つ。

 

邁はタイキシャトルへ無言のサムズアップをした。

言葉よりは此方の方が状況に適しているだろう。彼女は少し無理をして笑顔を作り、サムズアップを返した。

 

そしてやっと口を開いた。

 

 

「あと2回。今回、チーム戦としては何方も粗末。ファーストのアレは普通のレースでも起きる可能性があった。そしてミニベロニカが諦めていればリトルココンが負けていた」

 

「それは……そうですが」

 

「メンバーを集めろ。ファーストはあと一人ずつ集めるつもりらしい」

 

一同の顔が一人を除いて引き締まる。

 

 

「走りたい奴は居るはずだ。誘うといい」

 

「分かりました」

 

 

タイキシャトルが決意の籠もった口調で答えた。

それでも…

 

 

「ごめんなさい……ライスのせいで…」

 

まだ立ち直れなかった。

フクキタルは自身を恥じた。菊花賞の時は運のノリで勝ったのだから、自分が頑張れば運が導くと思ったのだ。その思想はライスシャワーを見て吹き飛んだ。

 

実際はビターグラッセの走りが要因だが、彼女もまた自分を攻めている。

 

 

邁はライスシャワーの前に立った。

思わず彼女は顔を上げた。涙が溢れたが、気にしなかった。

 

 

「……」

 

「……あ」

 

 

沈黙が痛かった。

フクキタルの胃は傷んだ。空気を読むにしてもその空気が濁っていては取り込むのも一苦労というもの。

 

同じ髪色、同じ眼。

2つの視線が交差する。

 

やがてライスシャワーが口を開いた。

 

 

「ごめん…皆、二人にしてくれる…かな?」

 

 

断わる理由も無く、キャロッツの面々は一足先に帰宅したのだった。

 

 

 

 

────────

 

 

 

「…」

 

(…えぇ)

 

取り敢えず黙っていたが、ライスシャワーから二人きりの要求──しかも本人の意思がそこに無い。

邁はどのように声をかけるべきか測りかねていた為、これは立派な不意打ちになった。

 

タイキシャトルから見れば二人の視線がアイコンタクトの様に意思の疎通を図り、それから話を始めたという場面だろう。

しかしこれは全くのテキトー。

 

娘に引っ張られる親の様な物だ。

繋がったウマソウルはかくも数奇な状態を作り出すものなのか。だがそこは大人。会話は先に始める。

 

「責任は?」

 

「ライスだけには無いって皆言ってくれています……でも、勝つべきレースでした」

 

「そうか」

 

「……」

 

 

コミュニケーション失敗。

邁は引っ張られるタイプだ。故にひ弱タイプへの会話がそれなりに下手であり、年下には奥手。

 

「………水宮トレーナーは?」

 

「チームの指導をしています…ライスが勝手にキャロッツに入ったから怒っていたんです」

 

「そうか」

 

(彼女は見に来ていたのだが、気づかなかったか。バッドコミュニケーション)

 

 

自分を棚に上げて批判をするなと突っ込む者はいない。

そして遂にライスシャワーが本題に入った。

 

 

「……ライスは」

 

「うん?」

 

「何がいけなかったのかな…?」

 

「…それは」

 

 

ライスシャワーの敬語が剥がれる。

邁と二人の時に感情的になると、自然と口調が変わってしまうとは本人の言葉。

アグネスタキオンが疑問に思う程の、異質な関係が二人にはあった。■■■■■■■とライスシャワー。確かにそれは繋がっているのだから。

 

 

「……ミニベロニカよりも早くスパートを掛ければ或いは……いや、分からない」

 

「ライスは迷ったのかな」

 

「"迷い"とは程遠い性質なのは分かっているだろう?」

 

「必然の結果にはしたくない」

 

「指導者を用意しろ。話はそれからだ」

 

 

少々意固地になっているライスシャワーに邁が諌める。

 

 

「キャロッツは油断していなかったかもしれない。だが、そもそも相手は元一流のトレーナーが育てた"チーム"だ。幾ら地力が強いからと言って5人で勝てると思ってしまった落ち度。それを理解しているな」

 

「……うん」

 

「なら引きずるな。準備が足りなかったのは事実。次までに解決する事」

 

「秋道さんは…こっち側なの…?」

 

「中立。樫本代理の思想も理解出来るし、一般生徒の反感も理解している。現状が最もマシなんだ」

 

 

人間の邁は樫本代理を信頼している。

トレーナーの邁はウマ娘を信頼している。

 

「次いで、アルデラミンが手を貸す事は無い」

 

「…!」

 

 

これはライスシャワーにとって意外だった。

強制的な物を生理的に受け付けなそうなウマ娘しかいないのに、中立を維持するなど。

 

 

「他に何か?」

 

「…ううん。何もない。ライス、やるべき事が分かったから」

 

「そうか」

 

邁とライスシャワーは立ち上がった。

二人並んで歩き出して、ふと邁が口を開いた。

 

 

「そういえば」

 

「うん?」

 

「脚は大丈夫か」

 

「え…あ、うん。大丈夫」

 

「そうか」

 

「…何かあったの?」

 

「…いや、()()足が悪かったから気になるんだ」

 

「そうなんだ…今は?」

 

「問題ない。ただ、大事にするに越した事は無いだろうな」

 

 

二人は再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

ここで一つの訂正をしよう。

邁には脚に関する持病は無い。骨も筋肉も一般人のソレと同じ体型を成している。少しだけ脚が速いだけで、決して不備は無い。

そもそも人間の範疇でたまに走るくらいだ。簡単に怪我はしない。

 

 

 

なら何故──先程脚が悪かったと言ったのか。

今思えばウマ娘の足を気にするのに対し、自身の足を引き合いに出すという会話。普通の会話だが、トレーナーとしての意識が非常に高いであろう彼が、その様な答えを出す事が通常ありえない。

しかし淀なく滑らかな語り口であったので、ライスシャワーもその違和感に気づく事が出来なかった。

 

シービーとやよいに並んで邁の本質を理解している彼女ならば気付くかもしれなかったが、疲労からか脳が鈍っている。

 

 

 

 

 

邁の中の■■■■■■■はずっと彼女を見ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

ライスシャワーはキャロッツと合流し、共にトレセン学園へ帰宅した。

それを見届けた邁は部室にて電話をしている。

 

「ええ…いい走りでした。もしリトルココンが先に出ていたら勝ったのはライスシャワーでしょう」

 

「…運ですね。ミニベロニカの意地とリトルココンの差し込みが噛み合っていたのと、ライスシャワーが内側に詰められた事があの状況を作った」

 

「いや、貴女は凄い人ですよ。自信持ってください。天皇賞連覇なんて出来る方が少ないんですから」

 

「…見てたんでしょう?ならライスシャワーを褒めましょう」

 

「グッドコミュニケーションですよグッド」

 

「え…移籍を考えているって?」

 

「アルデラミン…?嫌です。貴女が責任持って幸せにしなきゃ駄目です」

 

「今何してるんですか。何か息荒いですけど」

 

「さけ……!?」

 

「昼間から飲まないで下さいよ…!」

 

「"酒の肴はファーストの敗北に決めた"って……」

 

「憎しみは人を駄目にします」

 

「実体験です」

 

「…はい。では切ります。お疲れ様でした」

 

 

なにやら物々しい会話をしている邁。

ライスシャワーのトレーナーは先程のレースで自棄酒をしているらしい。

 

電話を終えて辟易としていると、ドアがノックされた。

 

「今開けます………樫本代理?」

 

「急で申し訳ありませんが、少し話しませんか?」

 

「ええ、是非。取り敢えずお茶はありますが…」

 

「お構いなく」

 

 

訪れたのは樫本代理だった。

 

 

「差し入れ、感謝します」

 

「配ったのはタイシンですよ」

 

「彼女にも言いました。無視されましたけどね…」

 

「はは。でも、良い子でしょう?」

 

「はい…とても優しい子です」

 

 

素っ気なくも思いやりを内包する彼女にほっこりする両者。

本人が聞いたら赤面ものである。

 

 

「私は、やはり迷っているようです」

 

「…そうですか」

 

「今回の勝負は時期尚早すぎました。勝つのも賭けに近い物でしたが、彼女達は頑張った」

 

「見事な走りでした」

 

「ありがとうございます。でも途中でこう思ってしまった。学園中を強制的な管理で包むより、溢れたウマ娘達を私が育てあげれば良いのでは、と」

 

「その理論は確かに正しいかもしれないですね。貴女と同じ思想を持つトレーナーがいれば人数の制限もマシになる」

 

「ですが、それは認められない。この学園には影が多すぎる。シリウスシンボリの騒動で分かったのです。平等が少なすぎると。才能の平等やトレーナーの平等ではありません。機会の平等です」

 

「強いウマ娘と強いトレーナーが契約を結ぶ事は至極当然ですが、最近は逆が多い。優秀なトレーナーを求めるあまり道が狭まったり、優秀なウマ娘を追うあまり自身の実力が及ばない。そんなグチャグチャの関係です」

 

「早熟か否か。それは分からないものです。ただ早熟の方が得する世界である事は事実」

 

 

平行線。

どうしようもない話題ではある。トレーナーも人手不足。専属を恨めしく睨むウマ娘も増えてきている。

 

まだまだ解決すべき事は多い。

と、そこで話題を変えるように代理が口を開いた。

 

 

「…そういえば、まだ言っていませんでしたね」

 

「…?」

 

「マンハッタンカフェ、デビューおめでとうございます」

 

「ありがとうございます…!」

 

 

マンハッタンカフェはメイクデビュー戦で3着だった。

その後の未勝利戦で無事勝てた為、安心の一言に尽きた。

 

 

「独特な走りをする様ですが…まぁ、分析する機会は多いです」

 

「…あの、根に持ってますか。以前名前バレさせたの」

 

「いえ、全く。お陰でトレーナーとしての勘が戻ってきました」

 

(ちょっとキレてる……)

 

 

樫本、舐められると少しムキになるタイプである。

 

 

「──存外、楽しい物なのですね」

 

「嬉しくもあるでしょう?」

 

「…ええ」

 

「トレーナーとは、そういうものです」

 

「次。次です。次はファーストを完璧にする。運や状況を使いこなせるチーム」

 

 

代理の言葉は心がこもっていた。

それは管理制を遂行するという目的の為でなく、ファーストを思う気持ちから来たものだ。

 

邁は嬉しかった。

何が嬉しいかはよく分からなかった。だが、嬉しかった。誇らしげに思えた。

 

…が。

 

 

「……ん」

 

「どうしました?」

 

「……いえ、少し。視線を」

 

「…?」

 

 

視線を感じたのか急に窓の外から寮の方向を向き出す邁。

気のせい以外あり得ない距離。

 

「すみません。何でもないです」

 

「そうですか。ではこの辺で失礼致します」

 

 

どんな人間にも気まぐれがあるものだ、と代理は理解しているので大して踏み込まず、用を終えて仕事に戻って行った。

 

邁は未だ納得のいかない顔をして寮を見つめる。

 

 

「…あほらし」

 

最終的に気の迷いとして腹にしまう事を決めた。

 

「アグネスタキオンか…?しかし…」

 

彼を最近実験体として狙っている者。

度々気配を感じる事があるので彼がクレームを入れたら、彼女は邁にこう言った。

 

『今週でもう5回…?おかしいねぇ。私は君の事は初回で諦めたつもりだよ?ああ勘違いしないでくれたまえ。あくまで不意打ちを諦めただけさ。近々了承を取りに行く。覚悟しておきたまえ……アハハハ!!』

 

 

アグネスタキオンは嘘を好んでつくタイプではない。

だからこそ最近の何らかの気配が気に食わない。

 

 

「なんなんだ…」

 

 

しかしその視線は確かに存在して───

 

 

 

 

「秋道邁」

 

「22歳」

 

「血液型はAB型」

 

「家族構成は父、母、妹」

 

「身長175cm…体重70キロ」

 

「初の契約でミスターシービーさんと三冠を取った後、ナリタブライアンさんと契約しまたもや三冠。両者共にその後もGⅠを数回制す。特にミスターシービーさんの菊花賞はジンクス破りとして有名」

 

「ジンクス」

 

「上り坂でスパートをかけレースを荒らす」

 

「ジンクス破り」

 

「ナリタタイシンさんとの契約では走るに適していない彼女をGⅠウマ娘として走らせた」

 

「既存概念の破壊」

 

「テイエムオペラオーさんの年間無敗」

 

「キタちゃんが最近気になっている人」

 

「ジンクス破り」

 

「……いいなぁ。講座の時は緊張して帰っちゃったけど。キタちゃんはあの後」

 

「残ったもんね」

 

 

ある一室から双眼鏡を目に押し当てる少女がいた。

少女の目は濁っていたが、直ぐに元に戻り、そして慌てるように身を隠した。

 

 

「……!!!」

 

「何で…!?学園まで相当離れてるのに!」

 

 

双眼鏡越しに見ていた者に勘付かれたらしい。

 

 

「後を追いかけるのは危険だし何よりストーカーみたいで駄目…だから高性能の双眼鏡を用意したのに」

 

「これも、駄目なの…」

 

「…こうなったら」

 

何か危険な目をして策を弄する少女。

しかし…

 

 

「■■■ちゃーん!いるー?」

 

「!!!」

 

 

その人物の幼馴染に当たる存在がドア越しに声をかけた。

 

 

「き、キタちゃん…」

 

(不味い。見られるわけには)

 

少女は、ジンクスを気にかける。

ジンクスというものを、打ち砕く。

決定された運命を、嫌う。

 

彼女の名前は───

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

「うおっ!」

 

「……」

 

「ビックリした…こんなとこに邁さんが…」

 

「ウオッカか…こんにちは」

 

「うっす。てかどうしたんですかこんな所で」

 

 

邁は項垂れていた。

ベンチに座って、首を垂れ下げていた。

 

アグネスタキオンに確認を取った。

『お前以外に俺を狙ってる変な奴がいるか?』と。

 

彼女はこう答えた。

『私以外にいると思うのかい?』と。

 

ここで過る三つの可能性。

一つ、アグネスタキオンが嘘を付いている可能性。

二つ、単なる勘違い。

三つ、本当にストーカーがいる。

 

三つ目の場合、アグネスタキオンよりも危険人物な可能性がある為笑えない。

人間は案外視線に敏感である。それはこじつけという説と、生体を覆う微弱な電気がそれを察知しているという説が存在する。

 

ウマ娘は嗅覚と聴覚、更には目の見え方も特殊だが、こういう感覚器官は人由来。

つまり常人よりも敏感な人間はいる。それが正しければ邁の後ろには…。

 

ここまで考えて、彼は少し疲れて怯えた。

 

 

「聞いてくれるか」

 

「何かあったんですね…。ここはオレが悩みをビシッと聞きますよ!」

 

「ありがとう…。実は最近後をつけられている感じが」

 

「…ストーカーってやつですかね」

 

「気のせいなら良いんだが…校内だと必ず。トレーナー寮や外出時には感じない。何か背中を見られてる気がして」

 

腕を組んでウンウンと頷くウオッカ。

彼女にとって邁は尊敬すべきカッコいい人種であり、それだけに弱った姿は珍しかった。

 

正確には弱ったというより自分の直感が信じられなくてナーバスになっているだけだが。取り敢えず放っておけるものでは無かった。

 

 

「後ろ振り向くとかしないんですか?」

 

「校内は人で溢れてるだろ?だから分からないんだ」

 

「んー…でも、偶然目が合うとかそういう気になり方じゃないんですよね」

 

「ああ、黙々と見られてた感じ」

 

「今日は?」

 

「…後からは何も。でも遠くから見られてる気がした」

 

「うーん…」

 

 

ウオッカは頭がよくない。

授業中は寝てばっかりだし、バイクの動画にばっかり見て勉強もあまりしていない。そんな彼女が出した結論は。

 

 

「邁さん。疲れてるんですよ」

 

「……そうか?」

 

「そうです。アレですよ。疲れた時の幻覚幻聴…あと…ま、何でもいいです!寝ればどうにかなりますよ!」

 

「そう、か。そうだな、うん」

 

「もし本当にストーカーがいたらオレがぶっ飛ばしてやりますよ!デンプシーロールで!シュシュ!」

 

「ボクシングにハマったのか…?」

 

「カッコいいじゃないですかアレ!」

 

「そうだな…あはは」

 

「あはははは」

 

「「あはははは…!」」

 

 

バカ2名。

ウオッカの言葉により邁は少しの間休む事にした。

 

 

 

────────────

 

 

 

「集まったな」

 

「当然。これは流石にね」

 

「ボクも看過できない」

 

「先に言いますが…お友達ではないそうです」

 

「zzz…」

 

「アースさん。寝る時間ではありません」

 

 

アルデラミンは殺気立っていた。

自分達のトレーナーは寮に帰って休んだ。それがあまりにも早い時間帯だったので理由を聞いた。

 

彼はストーカーがいるという幻覚を感じているので休むと言った。

アルデラミンの目付きが変わった。多分ガチ、と。

 

単純に変態なら話は終わりだが、ストーカーが何か危険な思想でも持っていたら……彼に危害が加わったら…。

もう二度とオペラオーの時のような事故は起きて欲しくない。そう感じたのだ。

 

ちなみに彼がストーカー被害を受けている範囲は学園内。学園関係者に限る為、危害自体は気にしなくていい筈だが、彼女達はそれを知らない。一般的なストーカー被害と勘違いしている。

 

 

「ストーカー…ストーカーねェ…」

 

「簡単。炙り出して潰す」

 

「笑えない事態だよ。覇王の余裕にも限界がある」

 

「普通にたづなさんに言えば良いのでは…?」

 

「カフェさん。正論は流行りません」

 

「zzz…」

 

「あ、待て。仮に、仮にだぞ。学園内にストーカーがいるとしたらだ。アイツと一緒に歩いてたら分かるんじゃねェか?」

 

「タキオンさんっていうオチだと思いますが…」

 

「いや違うよ。アイツすぐ消えたもん。アタシが少し睨んだら」

 

「じゃあ一般人かぁ?どちらにしろ潰す」

 

 

態々食堂でヤバい会話をしているあたり彼女達も焦っているのが分かるだろう。

シャカールとタイシンも急に過保護になるあたりトレーナーが大事なのだろうか。

 

 

そして肝心のストーカー犯は横の席でビクビクしていた。

 

 

(何この人達…怖すぎる…!なんでちょっと後ろから観察してただけでこんなに怒ってるの…!?やっぱりジンクス破りの秘訣を盗み見ようなんて思った私が…やばい…本当に殺される…!)

 

「■■■ちゃん?どうかした?」

 

「だ、大丈夫…」

 

(こうなったら彼の情報だけをもっと集めて…!)

 

 

「取り敢えずアイツの周囲に気を配るか。そうすりゃ絞れるだろ。毎回いる奴がクロだ」

 

「方法変えてきたらどうすんの?」

 

「急に消えても違和感マシマシだからな…分かんだろ。もしかして今も近くにいたりしてなァ……?」

 

(ヒィィぃ!!)

 

「ボクを怒らせたね…その人には相応の対価を」

 

「あの…勘違いって線は無いんですか」

 

「無駄ですカフェさん…常識は淘汰されます」

 

「そんな…」

 

「てかさ、別にアイツ凄え奴だから見られてもおかしく無くね」

 

「急に起きて正論言うなアース。まぁ…それも有り得るなァ」

 

(ありがとうございます寝てた人っ!!)

 

「…何かアホらしくなってきたな。帰るか」

 

 

 

アルデラミンのストーカー会議。

秒で決着。実際にストーカー行為が起きているのだから救えない。

またもやすれ違う。

 

 

(取り敢えず秋道トレーナーに関わるのは避けておこうかな……)

 

 

一時的に頓挫した管理制撤廃。

その間にも着々とアルデラミンに運命が迷い込んで来る。

 

次は誰が加入するのか。

 

 

 

 

 

候補は───二人。

選ばれたのは──一人。

 

 

 

 

EP7 一時的頓挫

 

 

 

 

 

 

 

*1
実際はシービーの時に泣いた。





〜とある記録〜


──好物は?

邁「人参」

燿夏「五目ご飯」


──尊敬する人を一人。

邁「……東条先輩」

燿夏「奈瀬ちゃん」


──好きなゲームは?

邁「ス○ブラ」

燿夏「レ○トン教授」


──好きな勝負服は?

邁「ナカヤマフェスタ」

燿夏「グラスちゃんのやつ」


──即興でダジャレを。

邁「シャカールがシャカシャカポテトをシャカシャカ振って食べている。振り方がなってないと指摘され、それを釈迦に説法と一蹴」

燿夏「………常識に欠ける上司、気にかける」

──秋道君は長い。葛城君は見事。

邁「お前の趣味だろ」

──さて、次の質問だよ

邁「…」


──指導したかったウマ娘は?

邁「オグリキャップとオベイユアマスター」

燿夏「同じく」


──ライバルは? 

邁「…」(無言の指差し)

燿夏「…」(無言の指差し)


──自分が負けたと思った相手は?

邁「フジキセキ」

燿夏「いない」


──自チーム最強は?

邁「オペラオー」

燿夏「ドーベルちゃん」


──自チームの良いところは?

邁「一時間くれ。語りきれない」

燿夏「二年くれ。語りきれない」


──……OK。質問は以上。二人とも、お疲れ様。



質問者──シンボリルドルフ









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