異星の神を名乗る何者かにより漂白され、白紙化した地球。
その地球におけるかつて大西洋と呼ばれていた地。その地に異空間として隠れ潜む、神代の魔術を信奉する魔術師たちの牙城『彷徨海(バルトアンデス)』。
そのエントランスに築かれた今や地球、そして人類の最後の希望ともいえる人理保証機関カルデアの彷徨海ベース、ノウム・カルデア。
その地下に存在する地下大図書館にて。
地球白紙化という危機に挑む人類最後のマスターたる藤丸立香は、久しぶりの余暇を読書に勤しんでいた。
「やあマスター、読書中かな?」
白い短髪に浅黒い肌。
細身に見えるがその実筋骨逞しい体躯に紅い外套を纏った男―――サーヴァントアーチャーが、図書館の椅子に腰掛け分厚い本に視線を落とす藤丸に声をかける。
「ああ、エミヤ。 うん、少し探検談をね」
視線を上げ笑顔を見せる藤丸に笑みを返し、エミヤは藤丸の隣に立ち藤丸の見ていた本に視線を落としてみる。
「『博物総覧』 ヘンリー・トラヴィス著、か。 19世紀に行われたアフリカ大陸探検の探検史か。 当時暗黒大陸と呼ばれ、まったく未知の風土・風俗・植生・地形・気候に満ちていたアフリカ大陸を多数の学者と共に巡った一大紀行だな」
「うん。 植物学とか地質学みたいな俺ではよく分からないところも多いけど、現地の人たちと交流しながら伝承や言い伝えを聞いて色々なところを探検していくところとか、すごく共感出来て面白いんだ」
マスターの言葉にエミヤは頷く。
特異点にしろ異聞帯にせよ。このマスターはそうやって問題解決に取り組んできし、これからもその旅は続いていくだろう。
目的こそ違えど、こういった冒険譚から得るものが多いだろうことは間違いないと思えた。
「ふむ、それはいいことだな。 楽しんでアフリカの文化や伝承について知れるなら、今後の役にも立つだろう。 何しろアフリカの文化や伝承については情報が少なく失伝しているものも多い。 幸いにも今のところアフリカに由来する特異点などは発生していないが、人理が不安定ないま。 今後ともそうとは限らない。 例えばゾンビ伝承の起源となったコンゴの地母神ンザンビなど、アフリカの神性で特異点の原因となりそうな存在も―――」
本に視線を落としながら雑談を続けていたエミヤの目がページの一点に釘付けになり、言葉を失う。
「エミヤ?」
「―――いや、マスター、何でもない」
「……この部分が、どうかしたの?」
咄嗟に取り繕ったが、やはりこのマスターに隠し事は出来ないとエミヤは内心嘆息する。
このマスターは凡庸ではあるが人をよく見ており、共感性も高い。
その力によって多くの英霊たちと縁を結び絆を高め協力を得、遂には人類悪を打倒し人理を救ったのだ。
自分がこのページに書かれた物のうちの何に衝撃を受けたかなど、簡単に察してしまう。
「……ンディパヤ族……太陽の階段……神聖な花。 エミヤ、生前に何かあったの?」
「……いや、マスター。 生前の話ではないよ」
別段隠すようなことではない。
自分がどうような英霊であり、どのような事をしてきたのか。
このマスターは既に知っている。
あまり気持ちのよう話では無いが、具体例を一つ話すのも悪くはないだろう。
「マスターも知っての通り、私は抑止力のサーヴァントだ。 抑止のサーヴァントは様々な時代や場所に召喚され、人類に仇なすモノを排除する。 私は抑止の守護者として―――」
「おい、うるさいぞ。 読書中だ、図書館では静かにしろ」
エミヤの語りを遮ったのは、アフリカの伝承についての本に目を通していた医神アスクレピオスであった。
「あ、アスクレピオス。 そんな本も読むんだね、医学書しか読まないと思ってた」
「僕を舐めるな。 最新の医学書には既に全て目を通している」
若干ズレた返しをするアスクレピオスだったが、読書に飽きてきていたのか話をそこで中断せずに会話を続ける。
「アフリカの地には未知のウイルスなどが原因の未知の病気も多い。 そしてそういった未知の病気についての話は、医学書ではなく民間伝承の中に残っていることもある。 僕は医療の更なる発展のため、そういった病気についての話を探しているんだ。 ―――例えば先ほど話していたンディパヤ族の聖なる花だが、それには毒があったようだぞ」
「そうなの? これには花を食べた王が強大な力を得て偉大な国を作ったって書いてあるけど」
「その話には続きがある。 王のように偉大な力を得ようと多くの者が花を食べたが、そのことごとくが死んだそうだ。 あまりにも多くの者が花を食べ死んだため、遂には文明そのものが衰退してしまったとある。 ―――まあそれはどうでもいい。 大切なのは、その毒がどのようなものであったのかということだ」
文明の衰退をどうでもいいと言い切るアスクレピオスに苦笑を浮かべる藤丸だったが、そんな事には気付きもせずアスクレピオスは話を続ける。
「仮にこれらの話が全て真実だった場合、王には花の毒への耐性があったのだろう。 王は数百年の時を生きたという。 僕の仮説では花の毒が王の体に何らかの変異を起こし、王は人の領域を超えた寿命を得たのだ。 ――毒が薬の基となることは多くある。 僕の蘇生薬の基となったメデューサの血も元は毒だった。 是非この花を手に入れ、研究してみたい」
「――それは無理だな。 その花は、花を守っていたンディパヤ族もろとも完全に消滅した」
エミヤの固い声に藤丸は心配そうな目線を向けるが、アスクレピオスは気にしない。
「そうだな。 僕と同じように興味を持ち現地へ調査に向かった数名の学者によって、ンディパヤ族は守り続けていた遺跡もろとも消滅したことが確認されている。 残念なことだ」
「エミヤ、大丈――――?」
アスクピレオスの話が進むほどに無表情になっていくエミヤを心配して声をかけようとした藤丸だったが、その眼前が暗転する。
「あ、れ?」
何度か覚えがある感覚。
下総国に意識だけが飛ばされた時と同じように意識がどんどん薄くなっていく。。
「マスター、大丈夫か?!」
駆け寄ろうとするエミヤだったが、それよりも早くアスクピレオスが倒れこもうとする藤丸を支え素早く触診する。
「飲め」
そして懐から薬瓶を取り出し藤丸の口に含ませるが、それでも意識が薄くなることを止められない。
「む、グ……これは?」
それどころかアスクピレオスまで頭を抱え、意識が朦朧となっていく。
ドサッ。
そして意識が完全に失われる刹那。
藤丸が最後に視線の端に捉えたのは、図書館の床に倒れ伏せるエミヤの姿であった。