藤丸、エミヤ、ロバートの三人でバリケードを築いた後、ロバートは泥のように眠ってしまった。
娘が噛まれアスクレピオスを待っている間、ずっと。
いやそれ以前、街に怪物が溢れた時から一時も気が休まる時が無かったのだろう。
先に見張りを買って出た藤丸とエミヤの言葉にロバートは素直に甘え、作成した簡易ベッドに横になった。
そしてエミヤと二人きりになった藤丸は、この特異点に迷い込んでから今までの顛末を語る。
「――という訳で、アスクレピオスに連れられて此処に来たんだ。 それでエミヤは、何か病気に掛かっていたの?」
「……それに関しては、最初から話を始めた方が良いだろうな」
軽く嘆息し、エミヤは語りは始める。
「まず最初の記憶は、君と同じだ。 カルデアの地下図書館で気が遠くなったと思ったら、気付いた時には此の街にいた。 ……あまりにも、酷い有様だった」
胸の奥からせり上がる、何か重い物を飲み下すような顔でエミヤは言う。
その顔を見て藤丸は、この街の惨状はエミヤという英霊の根幹に関わる何かを想起させるモノなのだろうと思った。
エミヤは軽く頭を振り、話を続ける。
「ともかく、現状を把握しなければならなかった。 私は街を色々と調べた。 図書館や市役所、新聞社に隔離された施設などね。 それで色々なことが分かった。 此処はアメリカ中西部、本来の歴史には存在しないアンブレラという巨大企業が支配する、同じく本来の歴史は存在しない大都市。 ――君の想像通りだよ。 此処はかつて君がレイシフトした亜種異聞帯下総国と同じ、並行世界の過去だ。 もっとも現代に近いのもあって異聞帯という程に我々の編纂世界とは離れていない、通常の並行世界のようだがね」
エミヤの言葉に、藤丸も頷く。
そこまでは藤丸も考えていた。だが、その後に続くエミヤの言葉は予想外だった。
「ところで、マスター。 この並行世界はいつ、我々の編纂世界から分岐したと思う?」
「え……」
エミヤの問いに、藤丸は答えられなかった。
世界の分岐。そんな大事件が何によって引き起こされるかなど、想像もつかなかったからだ。
そもそも嘗てレイシフトした下総国からして、なぜ編纂世界から分岐したのかは分かっていない。
本来の歴史からは考えられない程に発展し、大規模な城と城下町が整備されていた下総国。
何故そうなったのかは、カルデアの誇る優秀な頭脳たちをして確定的な答えが出ていなかった。
「今まで君が訪れた異聞帯が誕生した原因は、様々だった。 巨大隕石の落下による氷河期の到来、
剪定世界、剪定事象。
それは何らかの事情により編纂世界から離れすぎ、発展する可能性の無くなった袋小路の世界。
そうなった世界は人類の総意によって不要なものとして伐採され、切り捨てられる。
「……その、何かって?」
「この街を支配する、世界的な巨大複合企業アンブレラ。 その設立で、間違いないだろう」
エミヤはハッキリと、そう断言した。
「先ほど街を色々と調べたと言ったね? 街にあったアンブレラの本社にも侵入し、その成り立ちについて調べた。 そこで分かったのだが、アンブレラ社の始まりにはヘンリー・トラヴィス著の博物総覧とアフリカ奥地に暮らすンディパヤ族が関係していた。 ――覚えているかな? 私たちが此処にレイシフトしてしまう直前に地下図書館で読んでいた、アレだ」
エミヤの言葉に、カルデアでの最後の記憶が蘇る。
確かにあの時、自分とエミヤとアスクレピオスは其れについての話をしていた。
「事故でレイシフトする時は、レイシフトする先に関係ある何かを見ていた時が多かった」
「ああ、我々がこの地にレイシフトしてしまった原因には、間違いなく博物総覧が関係しているだろう。 ――そして、覚えているだろうか? アスクレピオスに遮られる前、俺が話そうとしていた抑止の守護者としての仕事の話を」
表情を硬くし、声色から一切の感情を消してエミヤは言葉を続ける。
「……俺は、この世界ではない我々の編纂世界での話だが、彼らンディパヤ族を虐殺した。 老いも若きも男も女も生まれたばかりの赤ん坊まで悉くを鏖殺し、彼らと彼らの祖先が築き上げてきた全ての文化文明の痕跡を一片も残さずに破壊し尽くした。 ――俺は彼らの存在を、この星から完全に消滅させたんだ」
過去の罪を告白するように、エミヤは言葉を吐き出す。
その姿は痛々しく、藤丸は何か言葉をかけようとするも、言葉が見つからない。
一方エミヤは気遣い無用とでも言うように声色と表情を戻し、言葉を続ける。
「……アスクレピオスが言っていただろう? ンディパヤ族の話に興味を持ち、現地を調査に向かうも何も見つけられなかった調査チームがいたと。 その調査チームのメンバーの名簿には、君が戦ったというマーカスの名があった。 そしてその調査に資金を出した者の名が、この特異点の元凶と思われるオズウェル・E・スペンサーだ。 そしてそのスペンサーこそが、この世界特有の存在であるアンブレラ社の創設者だ。 ――この世界は、私が抑止の守護者としての仕事を行わなかったことにより我々の世界から分岐した世界なんだよ」
次回投稿予定は6月14日です。