この特異点は、エミヤが抑止の守護者としてンディパヤ族を滅ぼさなかった事により分岐した並行世界。
そう言ったエミヤの顔は何か重い物を飲み下すようだったが、その事についての追及を拒むように話を続けた。
「……まあ、そういう訳で。 私は探索の中でこの特異点の成り立ちについて理解したのだが、それと同時にこのラクーンシティにおけるアンブレラの秘密についても知った。 君も知る通り、この街の地下水路から繋がる秘密研究施設NESTについてだ。 また地下水路自体も、危険な実験生物の実験場として使っていたようだ」
そこまで言ったエミヤは、今までとは違う怒りの表情を浮かべる。
「 ――街全体に広がり住民の生活にも密接な関わりのある地下水路に、危険極まりない生物兵器を放つ。 アンブレラという企業の悍ましさが良く分かる話だ。 この街の惨状は、特異点化だけが原因じゃないだろう。 アンブレラという企業に支配された時点で、遅かれ早かれこの街は同じように破滅していた。 非道な人体実験を繰り返していただけではなく、普通に暮らす人々への配慮も微塵もない。 神秘の秘匿が主目的とはいえ、最低限の配慮はする魔術師たちよりも劣る連中だよ、アンブレラは」
怒りに満ちたエミヤの言葉に、藤丸はアンブレラという企業の恐ろしさを理解する。
今までもピアーズの言葉などからアンブレラに良い印象は持っていなかったが、その認識は甘いものだった。
人々や社会の安全をまるで考慮せず、むしろ積極的に危険に晒す存在。
そんな存在が巨大な力を持ち街一つを支配していたという事実に、藤丸は今までの旅で感じてきた恐怖とは別種の恐怖を感じずにはいられなかった。
「すまない、脱線したな。 話を続けるが、私はNESTについて調べるため下水口から地下に侵入した。 そして地下には、地上波また違った形の地獄が広がっていた。 生物兵器やそれらが放たれたことにより偶発的に発生したのだろう巨大化した生物たちによる、まったく未知の生態体系が構築されていた。 ワームとでもいうのか。 牙を持ったミミズや、恐竜並みに巨大化したワニに襲われたよ」
そこでエミヤはいったん言葉を切り、何かを思い出すように視線を下げた。
「そういった脅威を退け、NESTまで近づいた私が見たのは――地下の壁一面に広がった、乳白色の不気味な肉塊だった」
「肉塊?」
反芻した言葉に、エミヤは頷く。
「ああ、脈動して増殖していたことから、生物として生きてはいたのだろう。 壁を伝って浸食を続けていて、いずれは街を飲み尽くしてしまうのではないかと空恐ろしくなった。 私はその肉塊の正体を探るため、更に先に進もうとしたのだが――そこで、感染してしまった」
「感染って……ウイルスに?」
驚愕から、声が上ずる。
「そうだ。 あのピアーズという男から聞いているのだろう? この街を地獄に変えた元凶、Tウイルス。 サーヴァントである私が、それに感染したんだ」
エミヤが言っていることは、有り得ないことだった。
サーヴァントは霊体、この世のモノではない。
仮に核兵器であろうとも、魔力が通っていなければダメージを負うことはない。
たとえ生物を怪物化させる規格外のウイルスであろうとも、サーヴァントが感染するなど考えられないのだ。
「だが、感染した。 ウイルスが元々魔力を宿していたのか、それとも他に原因があるのか。分からないが、肉塊に近付いた瞬間、私は空気感染でウイルスに侵された。 対魔力である程度は抵抗できるようだったが、それ以上の探索は不可能と判断し私は地下から撤退した。 しかし撤退中も症状は進行していき、なんとか地上に帰還した時は半死半生の有様だった。 あのままの状態でいれば、いずれは街を徘徊する怪物の一人になっていただろうが、奇跡的に同じようにこの特異点にレイシフトしていたアスクレピオスに出会ってね。 応急処置を施してもらい、このガンショップに運び込んでもらった」
そこでエミヤは、大きく息を吐く。
「後は君も知っての通りさ。 私はこの店で、ロバートの娘であるエマと共に臥せっていた。 ――君たちには、感謝しても仕切れないよ。 君たちがワクチンを持ってきてくれなければ、エマと私は死んでいただろう。 本当に、有難う」
「いや、そんな……」
笑みと共に向けられる感謝の言葉に、藤丸は顔を赤くして頬をかく。
サーヴァントに感謝することは多くても感謝されることはそう多くないため、つい照れてしまうのだ。
「謙遜することはないさ。 実際今回の事だけに限らず、君にはいつも助けられている。 君には、あまりその自覚がないようだがね。 ――ふむ、だがこれで情報の共有は出来たかな」
エミヤは口を閉じ、アスクレピオスによるピアーズへの手術が行われている部屋へと視線を向ける。
部屋にはまだ明かりがつき、何かしらの音が聞こえてくるため手術は未だ続いているようだった。
「あちらは、まだ時間がかかりそうだね。 マスター、見張りは私がしておくから君は睡眠を取ると良い。 知っての通り、サーヴァントである私には本質的に睡眠は必要ない。 今までずっと眠っていたようなものなんだ、寝ずの番の仕事くらい私に任せてくれ」
柔らかな笑みを浮かべ、ウインクを送るエミヤ。
藤丸はそんなエミヤの言葉に甘え、用意した仮説ベッドに向かう。
「うん、じゃあ、そうさせてもらうよ。 おやすみ、エミヤ」
互いに簡単な挨拶を交わし、藤丸はベッドに横たわり瞳を閉じる。
興奮からか頭は冴えていたが、そんな状態からでも即座に眠れるようにする技術は今までの旅の中で体得した。
ほんの少しの時間で藤丸の意識は闇の中に溶けていき、やがて穏やかな寝息を立てながら眠りへと沈んでいくのだった。
次回投稿予定は6月21日です。