――――もう、20年ちかくなる。
あの洋館での悪夢。そして全ての元凶とも思えるあの町でのバイオハザードから。
あの事件から、世界は狂い始めた。
人を怪物に変異させるウイルスを皮切りに、プラーガと呼ばれる寄生虫。
そして今度は、未知の真菌ときた。
とある一家を破滅させ、多くの人をカビ人間とも言える化け物に変えたB.O.W.生物兵器。
あの事件の以前、世界はこうではなかったはずだ。
世界を元に戻すため、ずっと戦い続けてきた。
多くの友を失いながらも、この悪夢を終わらせるべく戦い続けてきた。
だが今だ目覚めは訪れず、夜明けは遠い。
――――あの日始まった悪夢は、まだ覚めない。
………
……
…
欠けた夢を、見ていたようだった。
藤丸立香が目を開くと、そこに広がる光景は炎に包まれる街であった。
耳に聞こえる音は爆発音と悲鳴。
鼻腔には物が焼ける悪臭と血臭が広がる。
「ここは……!?」
素早く周囲を見渡す。
周囲に広がる町並みは見慣れた近代的なもの。
しかし町の雰囲気や看板に描かれた文字が英語であることから日本ではなく、おそらくはアメリカの地方都市あたりだろうと当たりをつける。
となれば次の問題は、なぜ町が炎に包まれているかだ。
ヴォオオオオォォォォ。
その疑問は響く唸り声と、緩慢な動きで群れる人影によって氷解した。
「……ゾンビだ」
動死体、リビングデッド。一部では死徒とも言うらしい。
特異点を巡る旅の中で幾度か遭遇してきた、かつて人間であった怪物たち。
「俺は図書館にいたはず……レイシフトした?」
今まで何度かこういう事はあった。
何かのきっかけで、あるいは何の脈絡もなくどこか別の場所に飛ばされる。
幾度となく経験してきた危機だが、それにしても状況が良くなかった。
現状は完全に孤立無援。
頼れるサーヴァントは一人もおらず、令呪こそ手の甲に確認できるがカルデアとの繋がりが感じられず助けも呼べない。
こういう時はカルデアと連絡が取れるまで、とにかく逃げ延び生き延びる必要がある。
――ここはほぼ間違いなく特異点。
人類最後のマスターである自分には、特異点を発生させている元凶を取り除き時代を修正しなければならない。
だが悔しいことに、ただの一般人に過ぎない自分に出来ることは多くない。
助けてくれる誰かがいなければ、一人では何も出来ないのだ。
だからその誰かに出会うまで必ず生き延びて見せる。
――そう決意した時、異様な姿をした一体のゾンビと目が合った。
元は女性であったと思われるそのゾンビは全身が赤く変色しており、更には両の手足が大型肉食獣のようになっていて鋭い爪が生えている。
他のゾンビと比べれば機敏に動くそのゾンビは一歩前に出でると、口を大きく開けた。
そして次の瞬間開いた口から槍のように先端が尖った舌が飛び出し、かなりの距離があるにも関わらず藤丸の首を貫かんと迫ってきた。
「うわっ!?」
間一髪それを避けられたのは、李書文を始めとするサーヴァント達に特に身を守ることを重点的に護身術を習っていたおかげか。
藤丸は体を大きく横に反らして舌による攻撃を回避した。
必殺の一撃を避けられた異様なゾンビはしかし動揺もなく、伸ばしていた舌を引き戻し追撃の構えを見せる。
そして同時に。
周囲のゾンビたちが震えだし倒れこみ、その姿が変異していく。
最初に攻撃を仕掛けてきたゾンビと同じように体が赤黒く変色していき口が裂け、元の歯が抜け鋭い牙が生えてくる。
更にその両手足は鋭い爪を備えたものに。
だがもっとも異様なのは頭部の変異だ。
脳が頭蓋骨を突き破って露出しながら肥大化し、口を除く頭部のほとんどを覆ってしまっている。
「逃げないと!」
眼前の異様な光景から意識を切り替えるべく、自分がこれからすべき事を強く声に出して。
藤丸は駆け出した。
レオニダス王を始めとするサーヴァント達の指導の下鍛えてきた足腰。その速度は決して遅くない。
――背後から野獣が唸るような声と、四足獣が駆けるような音がする。
ちらりと背後を振り返ると、完全に異形の怪物と化した元ゾンビたちが牙をむき出しにして追いかけて来ていた。
その姿からは既に人であった頃の面影は完全に消えている。
(四足獣相手に、走りじゃ勝てない!)
そう判断した藤丸は横道に逸れ、パルクールの要領で壁を上り塀を飛び越えて障害物を利用しながら駆ける。
アサシンのサーヴァントである風魔小太郎から教わった、忍者の体移動と逃げ方。
――それから数時間。
藤丸は遭遇するゾンビや怪物たちを避けながら、崩壊した街を逃げ続けるのだった。