両肩の巨大な腕を振りかぶり、飛び出た骨のような巨爪を怒らせて藤丸に襲い掛かるスペンサー。
「聖杯をォ、よこせェェェェ!!」
大振りの一撃を、地面を転がり避ける。
だが英雄ならざる身では最初の一撃は躱せても、連続で振り回される二度目は避けられない。
「死ねェェ!」
振り下ろされる巨爪。
しかし爪が藤丸の体を抉るよりも早く、一筋の稲妻がスペンサーの胸を貫く。
――カエルが潰れたような悲鳴を上げる、スペンサー。
その姿に、稲妻を放った張本人であるピアーズが吐き捨てる。
「俺の目の前でマスターをやらせるわけが無いだろう、化物が」
スペンサーが悶えている間に走り、藤丸は距離を取る。
「ありがとう、ピアーズ!」
藤丸の謝意に、ピアーズは親指を立てて応える。
一歩スペンサーは電流の痺れから立ち直り、屋上に備え付けてある貯水タンクに手を伸ばす。
「おのれェェェェ!」
全身を真っ赤に変色させ、凄まじい力で自分よりも大きな貯水タンクを待ち上げる。
「潰れろォ!」
ピアーズに向けて、スペンサーは貯水タンクを投げつける。
ピアーズと藤丸は躱すが、叩きつけられ破損した貯水タンクから大量の水が噴き出し視界を遮った。
――一瞬、ピアーズはスペンサーの姿を見失う。
その隙を見逃さず、スペンサーは跳躍しピアーズに爪を振り上げる。
――獣の如き咆哮をあげながら、スペンサーはピアーズを爪を立てた。
だがその爪がピアーズの体を抉るよりも前に、矢がスペンサーの肩に突き立ち爆発。
腕を振る勢いは殺され爪はピアーズの肉を抉ることなく、突き刺さり傷を与えるに留まった。
――スペンサーは爆発により肩の肉が抉れ悲鳴を上げ、ピアーズはその隙に爪を引き抜き距離を取る。
「大丈夫、ピアーズ?!」
藤丸は傷口を抑えるピアーズに駆け寄り、礼装の力で回復魔術を流し込む。
「……ああ、大丈夫だ。 異形化した右側だったのが不幸中の幸いだ、そこまで深く刺さらなかった。 だがアイツが援護してくれなかったら危なかった、感謝しないとな」
傷口が塞がっていくのを感じながら、ピアーズは矢の飛んできた方向に視線を向ける。
――そこには、傷だらけの体をおして弓を構えるエミヤの姿があった。
「まったく、マスターが前線に立つなど。 そんな状況で、サーヴァントが休めるものか」
そう呟くと、エミヤは弓を引き絞り再び矢を放つ。
矢は過たずスペンサーのもう片方の肩に命中し、爆発を起こす。
――悲鳴を上げるスペンサー。
スペンサーの両肩から生えた腕は根本の肉が爆発により抉れ、用を成さなくなった。
「おのれ、おのれ、おのれェ!!」
激高するスペンサー。
その怒声に呼応するかの如く、スペンサーの上半身が膨れ上がり始める。
「むっ!」
その変異に、エミヤは矢継ぎ早に弓を放つ。
「おおっ!」
回復魔術により傷が完全に癒えたピアーズも、スペンサーに向けて稲妻を放つ。
――矢は全て命中し、稲妻もスペンサーの体を貫いた。
だがそれでも、スペンサーの膨張は止まらない。
胸を覆っていた骨は広がり牙のようになり、その中には無数の眼球が蠢いている。
そして根本が抉れた両肩の腕は元からあった腕を取り込み一つになり、一対の巨大な両腕に成った。
――巨大な両腕を持った、牙の生えた大口。
それを不釣り合いに小さな両足で支えた、不格好な怪物。
スペンサーは、そんなモノと化した。
「オオオオォォッ!!」
肥大化した上半身に比して貧弱な両足では体重を支えられないのか、フラフラした足取りで藤丸たちに向かって来るスペンサー。
無様とすら言っていい姿だったが、体を肥大化させたことによる耐久力の向上は確かだった。
どれほど矢に射抜かれても稲妻に貫かれても、スペンサーの歩みは一切揺らがない。
骨が飛び出たような爪が生えた巨大な両腕を広げて迫ってくるスペンサーの姿は、正しく脅威だった。
「いい加減に倒れろ、化物め!」
エミヤの矢が、スペンサーの右膝を貫く。
ただでさえ巨大な体重を支え切れていなかった足は片方を失った事でバランスを崩し、スペンサーはもんどりうって倒れた。
「よし!」
拳を握るエミヤ。
だが足を失ったというのに、スペンサーの進撃は止まらない。
巨大な両腕を使い、膨れ上がった体を引きずりスペンサーは藤丸たちに迫る。
「クソっ!」
藤丸と共に走って距離を取りながらも、ピアーズは最大出力の雷撃をスペンサーに向かって放つ。
だがやはり、稲妻に貫かれてもスペンサーの動きは一切落ちない。
どころか貧弱な足ではなく強靭な両腕で移動することになったためか、体を引きずっているにも関わらずスペンサーの移動速度は上がり藤丸に追いつく。
己が巨体をもって藤丸を押し潰そうとする、スペンサー。
――だがその突進は、藤丸のガンドによって止まる。
真正の神の動きすら止める、カルデア技術の結晶。
神を騙るウイルスの化身如きでは、それに抗うことなど出来ない。
「今だ!」
響く、藤丸の声。
その声に従いエミヤは矢を撃ち込み、ピアーズは稲妻を放つ。
――いくら耐久力が上がり怯みもしなくなったとはいえ、仮にもサーヴァントの攻撃が効いていなかった訳ではない。
ガンドによる拘束から解かれたスペンサーは、獣が吠えるような呻き声を出しながらもがき苦しみ始めた。
胸から牙の如く突き出た骨。
その中に収納された無数の眼球から体液を吹き出しながら、スペンサーはもがく。
もがくスペンサーは屋根の端まで這って行き、そのまま下に――ニュクスの残骸、白い海へと落ちていった。
恐らく次回が最終話となると思います。
後しばらくだけお付き合いいただけると有難いです。
次回投稿予定は10月4日です。