「……やったか?」
足を引き摺りながら藤丸たちに近付いて来たエミヤが、小さく呟く。
「――フラグじゃないよね?」
互いに軽く笑い合う、藤丸とエミヤ。
「どうしたんだ?」
一方、二人のジョークが分からないピアーズはキョトンとする。
「いや、何でもない。 我々の間だけで通じる、緊張をほぐす為の軽口のようなものだ。 ――だが、気を引き締め直さなくてはな。 実際、これで終わったとは思えない」
エミヤは表情を引き締め、スペンサーが沈んでいった白い海を睨む。
「……そうだな。 俺もGウイルスのことは資料でしか知らないが、この程度の変異で終わるようなウイルスじゃなかった」
変異した右腕に稲妻を纏わせ、ピアーズは臨戦態勢を取る。
二人の姿を見た藤丸もまた、気を引き締め直す。
――そして姿を現す、更なる変異を遂げたスペンサー。
最早、元が人であったことを思わせるモノなど一つもない。
元は胸であったのだろう部分は陥没し、奥まで牙が生えた大口と化している。
体躯は異様としか言いようが無い程に無秩序に肥大化し、混沌が具現化したかのような体の各部からは腕のようなモノや爪、触手などが飛び出し形容する言葉が無い。
だが何より悍ましいのは、そんな形容しがたい異形の怪物が人の言葉を発していることだった。
「私は不滅だ! 神たる私に歯向かうゴミ共め、一人残らず踏みつぶしてくれる!」
巨大な体躯を振るわせ、スペンサーは藤丸たちを圧殺しようと押し寄せてくる。
ピアーズは藤丸を抱え、エミヤは痛む体を押して。
スペンサーの攻撃を躱すが、彼らが屋根に乗っていた工場は無残に粉砕されてしまった。
――不快な哄笑をあげ、スペンサーは巨体を持ち上げる。
「神に逆らう愚か者どもが! お前たち如き、私には届かん! Tウイルスは失ったが、このGウイルスの力があれば新世界の創造も叶うだろう! お前たちを皆殺しにした後、世界中に感染を広げ――」
スペンサーが言い終わるよりも早く、風切り音を立てながら飛翔してきたロケット弾がスペンサーの巨大な口に飛び込んだ。
――轟音と共に爆散する、牙に覆われたスペンサーの口。
「ギャアアアアッッ!?」
スペンサーは肉の吹き飛ぶ痛みに、絶叫をあげる。
そして爆炎の後に露になるのは、口内奥深くに隠れていた巨大な眼球。
――響く発射音。
風切り音をあげ、新たなロケット弾が剥き出しとなった眼球へと向かう。
ロケット弾は過たず眼球に突き刺さり、爆破し吹き飛ばす。
――眼球を吹き飛ばされた痛みから再び絶叫を上げ、悶え苦しむスペンサー。
藤丸たちが発射音がした方向を見ると、そこには警察署で別れたアスクレピオスの姿が。
――そしてその傍らには、未だ発射煙を放つロケットランチャーを構えた黒人警官がいた。
「あれは……」
警察署で出会った、名も知れぬ黒人警官。
目の前でゾンビとなってしまった彼だったが、アスクレピオスの治療により一命を取り留めた。
その彼が、助けに来てくれたのだ。
――黒人警官は藤丸たちの視線に気が付いたらしく、手にしていたロケットランチャーを投げ捨てた。
そして右手を額に当て、敬礼の姿勢をとる。
それが彼なりの、自らの命を救ってくれた者達への感謝の表明だった。
「ハハッ」
ピアーズは朗らかな笑いを浮かべ、藤丸に向き直る。
「マスター、あの令呪ってのを俺に使ってくれ。 ――限界を超えた最大出力で、アイツを倒す」
藤丸はピアーズの言葉に頷くと、最後の令呪が残った右手を掲げた。
「全力で、全ての元凶を倒せ!」
藤丸の言葉に令呪が輝き、その輝きはピアーズの体に移る。
「……これが令呪ってやつか。 悪くないな」
全身に漲る魔力に凄惨な笑みを浮かべ、ピアーズは異形化した右腕の発電能力を全開にした。
――周囲を歪めるほどの放電。
ピアーズは未だ藻掻き苦しむスペンサーに向かって駆け出し、白い海の先で悶えるスペンサーへと跳躍した。
「くたばれ、スペンサー!!」
跳躍した勢いのまま、ピアーズは右腕をスペンサーの巨体に突き刺す。
――そして令呪のバックアップを受けた最大出力の電撃が、スペンサーに放たれた。
全身を焼かれる痛みに、スペンサーは絶叫をあげながらピアーズを振り落とそうと暴れ回る。
だがピアーズは突き刺した腕を離さず、電流を流し込み続ける。
電熱はスペンサーの体内の水分を沸騰させ、遂に発火現象を引き起こす。
――炎に包まれる、スペンサーの異形の巨体。
全身を炎に焼かれながら絶叫を上げ、更に暴れ回り身を捩るスペンサー。
だがピアーズの放電は、周囲を炎に囲まれながらも更に続く。
それどころかその電圧は、令呪のバックアップもあって更に上昇していく。
「消し飛べ、化物」
最大出力の電流が、スペンサーへと叩き込まれる。
――その稲妻に、スペンサーの巨体は限界を迎えた。
爆発音と共に、スペンサーの絶叫が途切れる。
そしてスペンサーの炎に覆われた巨体は、無数の肉片となって微塵に弾け飛んだ。
「あ……ぎゃぁ……っ……」
弾け飛んだ無数の肉片の中の、一つ。
頭だけとなったスペンサーが、炎に焼かれながらも意識を保っていた。
「か……み……。 私の……新、世界……」
炎に覆われ酸素は届かず、刻一刻と細胞は焼け焦げ炭化していく。
ひとつの世界を地獄に変えた狂気の野望、狂気の思想。
裁きの業火に焼かれ、その全てが燃え尽きる。
「嫌だ……死にたくない……消えたくない……! 聖杯、もう一度、私に聖杯を……ッ!。 聖杯、聖杯、せい、は――……」
燃えカスとなって、スペンサーは死んだ。
申し訳ありません、あと一話だけ続きます。
次回投稿予定は10月11日です。