「ふむ。 目に見える変異は右半身に集中しているが、それだけではないな。 内蔵、筋組織、神経系にいたるまで体全体に変異がみられる。 方向性としてはこの街で出会った患者たちと類似性があるが、より広範囲で深刻だ。 くくく、面白い」
「お、おい、あんた。 なんだ、いきなりベタベタ触って……」
「触診の邪魔をするな、愚患者が。 治りたくないのか?」
「ピアーズ、彼は俺の契約してくるサーヴァントで、アスクレピオス。 知ってるかもしれないけど、とても腕の良い医者だから診てもらった方がいいよ。 ……逆らうと、色々面倒だし」
世に名高い医神の名を聞いたことにより、過去の英雄を呼び出し力を貸してもらう英霊召喚というものを実感として理解し思わず固まるピアーズ。
一方のアスクピレオスはそんなピアーズの精神的衝撃には一切興味を示さず、的確に診察を行っていく。
無論、間近で繰り広げられるハンターとリッカーの戦いなど完全に無視である。
「ふふふふ、面白い。 僕の医学の更なる発展のためにも、ぜひとも治療せねば。 ……だが、ひとまずは保留だな。 おい、マスター。 僕はこの先の病院に用がある、手を貸せ」
「あれ、ピアーズの治療は後でいいの?」
何時いかなる時も、患者の治療と医学の発展を第一とするアスクレピオス。
そんな彼がピアーズの治療を後回しにしたことに思わず驚きの声をあげる藤丸だったが、そんな藤丸にアスクピレオスは煩わしそうに告げる。
「トリアージ、というやつだ。 この男の症例は面白いが病状は安定していて、悪化の傾向はなく死亡する危険は希薄だ。 ――僕は今、死の淵に瀕した患者を抱えている。 僕の施術によって病状の悪化を防ぎ安定させてはいるが、根本治療には程遠い。 早急に治療法を確立しなければならないが、そのためにはより多くのデータが必要だ。 この街を襲っている、ゾンビ化の病。 医者であれば後に続く者達のために、必ず病の情報をカルテに残しているはずだ。 病院には必ずそれらが残っている。 患者を救うため、僕にはそれが必要なんだ」
話は終わりとばかりに歩を進めるアスクピレオスだったが、そこでようやく目前で繰り広げられるリッカーとハンターの戦いに興味が移ったようだった。
「ほう、また新しい症例だな。 ぜひ研究したいが、今は病院だ。 ――お前たち」
アスクピレオスは振り返り、背後のゾンビたちに指示を下し始めた。
「こいつ等を排除し、病院への道を拓け。 ただ一体は研究用に確保しろ、出来る限り生かしてな」
アスクピレオスの合図と共に、ゾンビの群れは手にした鈍器や鉈を振り上げハンターの群れに駆け出して行った。
始まるハンターとゾンビ、リッカー連合の大乱戦。
それにはまったく興味を示さず、アスクピレオスは歩を進める。
「では行くぞ、マスター。 あとお前、ピアーズといったな。 お前も付いて来い。 現状悪化の傾向が無いとはいえ、この病は未知の部分が多い。 何らかの変調が見られた場合、早急な治療が必要だからな」
そう言い、どんどん先へと進んでいくアスクレピオス。
その背を、藤丸とピアーズは困惑しながらも追いかける。
「ちょ、ちょっと待って、アスクピレオス!」
「なんだ」
「えっと……なんでゾンビたちが命令を聞いてるの?」
「治療を試みた。 失敗したがな」
ゾンビとリッカーの壁を乗り越えて攻撃を仕掛けてきたハンターを新選組の影たちが切り伏せる中、アスクピレオスは歩きながら淡々と話しを続ける。
「皮膚の壊死などの表面的な損傷はもちろんだが、特に脳組織の損傷が著しかったからな。 脳の機能回復を主とした対症療法を試みたが、上手くいかなかった。 脳の身体制御機能の回復により歩行の改善、物を扱う能力の改善は見られたが残念ながらそこまで。 ある程度の言語を理解できるまでには思考能力も回復出来たのだが、これ以上の治療は現時点では不可能と判断せざるを得なかった。 仕方がないので助手として扱っている。 この街は物騒だからな」
「ゾンビを、治療しようとしたのか……?」
信じられないといった様子のピアーズに、アスクピレオスは断固とした口調で告げる。
「当たり前だろう、彼らは病を患った人間だ。 そして全ての病は、治療法を確立し克服しなければならない。 今は無理でも、治療を通じて彼らから得たデータは決して無駄にはしない。 必ずこの病の治療法を確立させて見せる。 そのためにも、病院にあるカルテが必要だ。 分かったら無駄話をしていないで、先を急ぐぞ。 こうしている間にも僕の患者は死の危険に晒されているんだからな」