俺はお館様に呼ばれ、鬼殺隊本部・産屋敷邸の会見の間にいる。お館様には初めてお目にかかるが、行燈の明かりではお顔の様子は暗くてあまり良く見えなかった。
「倫道。君は甲になったばかりだったね。早速で悪いが任務を頼みたい。那田蜘蛛山に、先遣隊と討伐隊20人を向かわせたが、相手は異能の鬼らしく苦戦している。十二鬼月もいるかもしれない。柱である義勇としのぶとともに、君も行ってやってくれないか?2人とはこの機会に顔を合わせておくといい。ああ、義勇は兄弟子だったね」
お話が終わった後、俺は会見の間の隣部屋、控えの間で彼らの到着を待っているのだった。
会見の間に義勇としのぶさんが到着し、お館様と話をしているのが聞こえてくる。
(足痺れてきた……。正座してるのつらくなって来たな)
痺れた脚をさすっていると、
「今日はもう1人呼んである。しのぶは初対面だね。――倫道」
丁度お館様に呼ばれた。しのぶさんと素面での初対面だ。
「はッ」
イキって返事をして颯爽と登場するはずが。
「あら?」
立ち上がろうとしたが痺れた脚がもつれ、ふすまがスローモーションのように眼前に迫って来る。お館様たちのいる会見の間に、俺は外れたふすまとともに転げ込んだ。
ばたーん、と大きな音が響く。お館様の命を狙う者と勘違いしたのか、義勇としのぶさんは片膝立ちになり、刀の柄に手をかけていつでも抜ける態勢になった。き、斬らないで。転んだだけだから。外れたふすまの上にどてっと転がった俺。自分で言うのも何だが見事なこけっぷりだ。どんなもんだい。
「えへへ、す、すみません……」
義勇、しのぶさんとばっちり目が合う。お館様に付き添っているお嬢様、ひなき様、にちか様とも。俺はしびれた脚をさすり、恥ずかしさに耐えながら照れ笑いする。数瞬の微妙な沈黙の後、事情が分かったのか、何事もなかったように義勇としのぶさんは前を向いた。
すんごい恥ずかしい。顔から火が出てお屋敷が全焼するくらいだ。よりによってしのぶさんの前で……。ああ、しのぶさんとの恋愛展開が消えて行く。
(※作者注 もともとありません)
「今の音は、どうしたのかな?」
お館様が誰にともなく聞いた。お館様、分かってて聞いてません?
「脚がしびれた水原さんが、転びました」
お嬢様たちが、笑いもせず報告する。
そんなこといちいち報告しないで良いです。義勇は俺をちらりと見ながら、
「派手な登場だな」
と余計な一言までかけやがった。くそう、ちょっとくらいフォローしてくれたって良さそうなもんだろ。兄弟子じゃないか。しのぶさんは、顔を覆って笑いを堪えているが、肩が震えて、「くっくっ」という声が漏れて来る。
「では、頼んだよ」
「「御意」」 「ぎょ、御意……(すみません)」
お館様が去ると、しのぶさんは涙をぬぐいながら、
「人も鬼も、みんな……ぶふっ!」
仲良く、でしょ?セリフの途中で吹き出して、しのぶさんはその続きが言えなくなってしばらく笑っていたが、少し落ち着いた後、
「大分お待たせしたみたいですね。蟲柱……、ぷぷぷっ、胡蝶しのぶです。くくくっ」
なおも笑いを堪えながら自己紹介してくれた。
「初めまして、水原倫道です。よろしくお願いいたします」
俺は、何かありました?的な態度で答える。もう頼むから忘れてください。
「どこかで会いましたか?」
しのぶさんは俺の顔をじっと見ながらにこやかに問う。
「いえ、初めてお目にかかります」
何度も会っているが、俺はすかさずとぼけて答える。
「そうですかあ?隠の隊員たちとも随分仲良しなのでは?」
しのぶさんはさらに追及するが、
「いえ、隠の皆さんなど知りません!」
俺はあくまで白を切る。
「まあいいでしょう、その件はいずれ。それに、水原さんの噂は、色々聞いていますよ」
しのぶさんは一旦矛を収めるが、新たな手段で攻撃して来た。えっ、どんな噂を?
「安心してください、良い噂ですよ」
うーん、怖い。だが可愛いなあ。そんなことを思っていると、
「お前たち、そろそろ行くぞ」
義勇が出立を促した。
義勇を先頭に、俺たちは那田蜘蛛山に走り出す。
那田蜘蛛山に到着し、登山口から登って行くと、先遣隊の隊員たちの亡骸が散乱している場所に着いた。村田さんたちが入山しているはずだが、大丈夫かな?
亡くなっている隊員の顔を確認するが、見知った顔は無かった。申し訳ない、後でちゃんと埋葬しますから、安らかに眠ってください。俺は手を合わせ、3方に別れようというしのぶさんの提案に従った。しのぶさんは西から、義勇は東から、俺はこのまま直進だ。
死ぬなよみんな。命令を忘れるな。
地面を這ったままの炭治郎に止めを刺そうとして、怒りに表情を歪ませながら、累が背後からゆっくりと歩み寄る。
「あの炎、妹の力か何か知らないけど……。こんなに腹が立ったのは、初めてかもしれないよ。もういいや、お前も妹も、バラバラに刻んで殺してやるよ……!」
血鬼術・殺目篭を放とうとした時、累はふと、視線を炭治郎や禰豆子よりも離れた前方に向けた。前方から、音もなく猛スピードで走ってくる人影があった。走る人影が、抜刀するなりその刀をビュン、と横薙ぎに一閃する。
同時に、ひゅっと風音が鳴った。己の視界に、急に地面が迫ってくる。転んだのか?累は混乱して、脚を踏ん張ろうとしたが、力が入らないことに気付く。
いつの間にか、腹のあたりで上半身と下半身が分断されていた。
人影は累の前から炭治郎と禰豆子を抱えて飛び退り、緑川の傍に2人を横たえた。緑川はその人物を見て、思わず流れそうになる安堵の涙を危うく堪えた。
「遅えよ。来ないかと……思ったぜ」
(この人が来てくれた。もう大丈夫だ。助かる!)
悪態をつきながらも確信した。
「倫道さん……」
炭治郎もやっと声を絞り出す。
「ごめんな、遅くなっちまった」
倫道は微笑んで、累に向き直った。
「次から次へと、僕の邪魔ばかりするクズどもめ!」
累は事態にようやく気付き、すぐに体を再生した。
「血鬼術・刻糸輪転!」
怒りに燃える目は一層赤く光り、歯噛みしながらを血鬼術を繰り出すが、全ての糸は倫道に届く前に霧散してしまった。
(糸が全部切れた!何でだ、もう一度……!)
「えっ?」
累は、一瞬倫道が微笑んだように見えた。
最高強度の刻糸輪転を再度繰り出そうとして、累の視界はぐるりと垂直に回る。視界には、頸のない自分自身の胴体と、刀を鞘に納める先ほどの鬼狩りの姿。
数秒の後、斬られたことに気づく。
累の中で、不意に人間だった頃の記憶が蘇る。
病弱だった俺を、無惨様が鬼にした。強い体となったが、日の光に当たれず、人を喰わねばならなくなった。父や母はそれを知り、嘆き悲しんだ。
父は俺を殺そうとした。――涙を流して。
「一緒に死んでやるからな……」
確かにそう言って。
俺は怒りのあまり父を殺し、父を止めなかった母も殺した。
「丈夫に産んであげられなくて、ごめんね……」
母はそう言って事切れた。
あの夜、自分自身の手で一番大切な絆を切ってしまった。父や母は、本当に俺の事を想ってくれていたのに。
ぼくは。
ずっと、謝りたかったのだと今さらながらに気付く。もう遅いと言うのに。
父と母の幻が現れ、いつの間にか僕の傍らで手を取ってくれていた。人間だった頃、いつもそうしてくれていたように。
「鬼になってたくさん人を殺した僕は、地獄へ行くよね……。父さん、母さんと同じところには行けないよね。……ごめんなさい」
僕は父と母に謝った。
「父さんと母さんは、地獄でも……。累と一緒に行くよ」
父と母はそう言って僕を抱きしめた。僕の中で、感情が弾けた。
「ごめんなさい!全部僕が悪かったよ!!ごめんなさい!ごめんなさい!……ごめん……なさい……」
意識が無くなって行く。僕を斬った鬼狩りが傍に来た。止めを刺すのか。僕は十二鬼月だからな、当然だ。だけど、彼は。
倫道は、片膝を突き、倒れた累の背中に手を置いた。
「両親もきっと一緒にいてくれる。安心して逝きな」
そう声をかけた。累は涙を流しながら灰化していった。
伊之助を助け出し、遅れて到着した義勇は、十二鬼月を倒した倫道をさほど驚きもせずに見ていた。(良くやった。だがまあこのくらいの相手なら当然か)
俺は累の背中に手を置いて声をかけ、ウロウロしている茶々丸を呼び、炭治郎君の代わりに血を取って渡した。
――茶々丸、だから俺の羽織で爪を研ぐなと言ってるだろ!
一旦は退けたのに、またやって来て爪を研いでいる茶々丸をそのままにして、並べて寝かせた炭治郎君と緑川君を簡単に診察する。
炭治郎君は全身に多数の切創やら打撲、無理をしてヒノカミ神楽を使ったためのスタミナ切れ。緑川君は全身に多数の切創、打撲、複数の肋骨骨折と肺挫傷、左前腕の橈尺骨骨折といったところか。致命的な損傷が無いのは不幸中の幸いだった。
その頃山の西側では、村田たちが奮闘していた。7人で探索中に木にぶら下がった巨大な繭を幾つも発見し、やっとのことで切り開くと、中から溶けた人間の死体が出て来た。残りを落とそうとしていると姉蜘蛛鬼が現れ戦闘になった。村田と尾崎以外は繭にされたが、2人は粘って戦い、しのぶが到着して姉蜘蛛鬼を瞬殺、繭にされた隊員も全員が無事救助されたのだった。
そろそろ、しのぶさんが来る。どうしよう、禰豆子ちゃんを隠すか、いや間に合わないし、まず見つかるだろう。
などと考えていると、しのぶさんが禰豆子ちゃんを串刺しにする勢いで飛び込んで来た。義勇がしのぶさんの剣をはじく。
「冨岡さん、どういうおつもりですか?」
顔は笑っているが、しのぶさんのその声には冷たい殺意が籠っている。
険悪な雰囲気が漂うが、カラスの伝令が間に合った。
「竈門炭治郎、禰豆子ノ両名ヲ拘束シテ本部二連行セヨ!」
という指令のもと、隠たちによって2人は運ばれて行った。
それにしても、良く戦ったと思う。十二鬼月相手に、よくぞ。おじさん感動したよ。
「良くやったよ。本当に良くやった」
隠の隊員に運ばれる緑川君に、そう声をかけた。
「俺はヘマして、あの癸に護られたんだよ。情けねえ」
緑川君は血だらけの顔で苦笑する。
「でも命令は守ってくれたんだな。ありがとう」
俺がまた声をかけると照れたように笑い、手を差し出して来た。俺も涙ぐみながらその手を握り、また生きて再会することを誓い合った。