煉獄槇寿郎…杏寿郎、千寿郎の父。ダメ親父だったが、自らの責務に目覚める
朝日が差し始め、周囲がすっかり明るくなる。上弦の脅威が去り、隠のみなさんも来て本格的に救護活動が始まっていた。列車の200人以上の乗客は誰も死ななかった。
錆兎と千寿郎君は全身の打撲と激しい疲労で立つのがやっと、杏寿郎さんも多数の打撲があるが骨折や臓器損傷など重篤な外傷は無かった。俺は極度の緊張状態から解放され、大きくため息をついた。
「千寿郎君の事、すみませんでした。大事な弟ぎみをこんな所に連れ出してしまって」
千寿郎君本人の意思は確認しての帯同だったが、やはり杏寿郎さんに詫びなければならない。
「上弦が現れるのは予想外だったが、それにしてもよもやだ。稽古でも刀の色変わりすらしていなかったというのに、千寿郎が上弦と渡り合うとは。水原少年、何をしたのだ?」
杏寿郎さんは聞いてきた。今まで突っ込んでなかったけど、俺、杏寿郎さんと同い年ですよ。と言うか中身はもう初老ですから。
「俺は、きっかけを作っただけですよ。ただ……」
謙遜でもなんでもなく、ちょっと焚きつけただけだ。千寿郎君が俺の予想を超えた天才であったのは事実だが、その優しさが、兄を、人を護る方に作用した結果だ。しかし。
よく考えてみれば、本来ならば戦いに関わることなく過ごすはずであった千寿郎君を命の危険に晒すことになった。戦力の充実を図りたいばかりに、命懸けの戦いに巻き込むことになってしまった。今更ながらに俺のしたことは正しかったのだろうかと自問自答する。
「僕は兄上のお役に立てましたか?」
疲労困憊で座り込んだまま汗と血にまみれ、それでも充実した顔で微笑む千寿郎君を見ていると、戦いの道に引き込んだことに罪悪感が湧く。
「選んだのは千寿郎だ。君は、ほんのわずかにしか見えていなかった千寿郎の才能を見抜き、新たな可能性まで引き出して丁寧に磨いてくれた。自分を責めることは無い」
杏寿郎さんは心中を見透かしたように、俺の肩をポンと叩いた。
「あっ!」
千寿郎君が驚いた。どうした、何かあったのか。
「兄上、水原さん、僕の刀が……」
くっきりと赤い刃紋が現れ、色変わりした刀を見ながら、千寿郎君が涙ぐむ。今までの訓練では変わらなかったが、命を懸けた戦いの中でついに“煉獄の赫き炎刀”へと変わった。杏寿郎さんと俺は戦闘中に気が付いていたけど。
そして錆兎も。錆兎はとても分かりやすい天才だが完全復活だ。ただ義足は通常1年は持つのだが、現在のところ戦闘1回分しか持たないので改良を続けよう。
「錆兎、やっぱりすごいな」
と声をかけたら、
「いや、まだまだだ」
素敵な声で言い切った。中身は梶さんだからな、本当に良い声だなあ。
「上弦ノ参にこの程度では、先が思いやられる。死ぬ程鍛えるぞ。しかし」
と言葉を区切り、
「俺は剣士としてもやって行けそうだ。お前にまた救われたな。ありがとう!」
笑顔を見せた。
「錆兎……」
眩しい笑顔がちょっとにじんで見える。そんな嬉しいこと言わないでくれよ。
あの戦闘中の動き。
それ使いこなす為にお前がどれだけ頑張ったか、想像するだけで目から鼻水が出るんだよ。もうそれ以上言うな。歳とると涙もろくなっていけねえよ。
――ところで、また救われた、とは。もしかして最終選別のあれ、気付いてた?
「お前、あれで正体を隠したつもりか?……気付いてはいたがわざわざ言う程の事でもない、いや何なら言うのも悪いかと思ってな」
錆兎は呆れていた。え、そうなの?……なんだか気を遣ってもらってすみませんね。
「錆兎さん、すごかったですよ!」
炭治郎君も目をキラキラさせている。
(すげえ!すげえぜこいつら!帰ってすぐに稽古だ!)
伊之助君は既にギラギラしている。君たちも強くなってくれ。協力は惜しまないぜ。心を燃やせ。俺のセリフじゃないけど。
「良くやったぞ千寿郎!」
杏寿郎さんがデカい声で千寿郎君を褒めそやし、千寿郎君が照れていて微笑ましい。
「みんなも良くやった!錆兎も素晴らしかったぞ!……それに水原少年、今回の君の働きは大きいな!」
えへへ、どうもありがとうございます。まあ知ってたので。言えないですけど。
杏寿郎さんも死なせなかった。千寿郎君も覚醒、錆兎復活。そして、式神を無限城に送り込むことができたし、勝利と言って良いと思う。
杏寿郎、千寿郎が帰宅し、父の槇寿郎にも今回の報告がなされた。千寿郎も立派に戦い、“煉獄の赫き炎刀”へと色変わりを果たしたこと。討ち漏らしたが上弦の鬼を撤退に追い込んだこと。槇寿郎は、ふすま越しに杏寿郎からの報告を聞き、
「下らん、それがどうしたというのだ!」
そう怒鳴っては見たが、上弦と戦って2人ともに生きて戻り、撃退するという快挙に少なからず驚いていた。あの千寿郎までも目覚めたというのか。最近ぐんと逞しくなり、以前よりもずっとはきはきとした様子になったのは感じていたが。
「瑠火……。俺はどうすれば良い?杏寿郎は、人のために喜んで死地に向かう子だ。千寿郎もそうなるのだろう。それに比べて、俺は一体何をやっているのだろうな……」
槇寿郎は亡き妻にそっと語り掛ける。
槇寿郎は自嘲して天を仰いだ。自分のふがいなさに涙が零れる。もちろん彼は、その剣の腕で多くの人を助け、柱にまでなり、ベテランとなってからは若い柱たちのまとめ役としても鬼殺隊に多大な貢献をしている。彼自身にも柱として長年責務を果たして来た自負はあったが、自分の力などたかが知れていると思い知らされた。
日の呼吸、神の御業と言われたそれに比べれば、自分の剣技など一体何程の意味があるというのか。
後に派生した呼吸など、日の呼吸が劣化したまがい物の技。炎も、水も、風も、日の呼吸の後追い、ただの猿真似に過ぎない。
打ちのめされた思いでいた時、最愛の妻、瑠火まで逝ってしまった。結局、何一つ成せないまま、半ば投げ出すように職を辞した。
(このままで良いのか?俺自身は、本当にこれで良いのか?)
槇寿郎は目を瞑りしばし黙考する。答えは決まっている。自分自身がそれをやり抜く覚悟を決めるかどうかだ。
「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務。そうであったな」
揺るがぬ決意を持って、再び目を開ける。そして、自室の隅に立てかけたまま、埃を被った愛刀に歩み寄り、抜き放つ。
表面に多少錆が浮いているが、その刀身は未だメラメラと燃えるように赫い。
(我が主、ようやく目覚めたか。待っていたぞ)
愛刀はそう語りかけるようにしっくりと手に馴染んだ。幾多の戦いをくぐり抜けた、“煉獄の炎刀”。彼自身も燃えるような情熱を持っていた事を思い出させてくれる。
「済まなかったな」
愛刀にも語りかける。研ぎ直してもらおう、そう思った。自然に笑みが零れた。
「なに、遅すぎると言うことなどあろうか。俺は元炎柱・煉獄槇寿郎だ!」
そうはっきりと声に出す。もう迷いは無かった。自分に出来る事を。
煉獄家の男として誰にも恥じない生き方をしなければならない。
ここにまた1人、目覚めた者がいた。