沙代…原作に登場した悲鳴嶼に育てられた子。10年前の事件を未だに悔いている
21話 盲目の剣士と沙代
俺はその日、単独任務に当たっていた。
鬼の被害が出てたまたま近くにいた俺が呼ばれ、東京府は神田付近に急行していた。
「追いついてみろ、間抜けな鬼狩りめ!」
鬼は俺を見るなり逃げ出しやがった。あまりにも清々しい逃げっぷりに、不覚にも鬼を取り逃がして走って追いかけることになってしまった。
鬼が逃げる先には2人連れ。杖を突いた年配の男性が、提灯を持った少女に腕をひかれて歩いている。まずいな、鬼が背後からこの人たちを襲う形になる。
「丁度良い、美味そうな女のガキがいるじゃねえか!」
鬼は2人連れに襲いかかろうとする気配を見せた。
「危ない、伏せて!」
俺は鎌鼬で動きを止めようとした。
男性は危険な気配を察知した様子で、少女を後ろに庇い杖を剣のように構えた。盲目らしく顔はあらぬ方を向いていたが、鬼が近くまで迫る頃にはぴたりと目標に向き直り、正眼の構えを取ったその体から巨大なオーラが吹きあがった。鬼もその異様な迫力にたじろぎ、わずかに襲いかかるのを躊躇した。しかし俺に追われているため深く考えている余裕は無かったのだろう。
「邪魔だ!どけ、じじい!」
と襲い掛かった。
「危ない!ご老人、逃げて!」
俺は必死に叫ぶが、次の瞬間。
目にも止まらぬ踏み込みからの電光石火の一撃。ガァン!と頭蓋を叩き割るほどの威力で杖が鬼の脳天に振り下ろされ、さらに喉に突きが決まり、その後も襲い掛かる暇も与えず鬼が滅多打ちにされている。老人は軽々とした杖さばきで鬼を打ち据え、その切先はセキレイの尾の様にちょんちょんと揺れている。
「……あれ?」
予想外の事態に俺は呆然としたが、相当な威力で打ち込んでも日輪刀でなければ止めは刺せない。
「グヘェ!」
老人が鉄砲突きを極め、鬼が無様な悲鳴をあげて俺の方に吹っ飛ばされて来た。
「ご老人、失礼!……おい、観念しろ」
前には老人、後ろには俺がいた。俺は抜刀し、一歩踏み出す。
「げええ!柱っ……!」
俺の正体に気付いた鬼は逃げようとしたが、あっさり頸を刎ねられた。手こずったが任務は完了だ。それにしてもこの人は一体……?
俺は改めて老人を見た。
老人はあれほど激しく打ち込んだにもかかわらず息も乱していない。ましてや怪我など全く無い。明らかに剣士として鍛錬の跡があった。
「お怪我はありませんか?」
怪我などあるはずもないのは分かってはいたが聞いてみた。
「盲いていても、物の怪などに遅れは取らぬ。と、言いたいところですが」
老人は笑って、
「助かりました。ありがとうございます。沙代もお礼を」
連れていた少女とともに、丁寧にお辞儀をした。やはり人外の物であることも分かっていたか。
「これは“鬼”と言いまして、人の血肉を喰らう化け物です。日の光か我々の持つ武器でなければ倒せません。私は鬼殺隊・水次柱 水原倫道と申します。お名前をお聞かせ願えますか?」
盲目、そしてあの太刀筋。俺の勘が正しければ、この人は、あの千葉家の。
「私はただの按摩ですよ。命を助けていただいてありがとうございました」
老人は去って行こうとするが、
「鬼狩り様でいらっしゃいますか?」
少女が意を決したようにこちらを見て聞いてきた。俺がそうだと答えると、
「鬼狩り様のなかに、悲鳴嶼……悲鳴嶼行冥さんと言う方はいらっしゃいませんか?」
さらに聞いてきた。個人情報、しかも鬼殺隊最高位の人のことでもある。すっとぼけても良かったのだが、あまりにも少女が必死の形相で聞いて来るので、
「悲鳴嶼という者はおりますが、どういったご関係で?」
と聞いてみた。
「悲鳴嶼先生が……」
少女が涙をこぼして呟く。先生?それから、少女は語ってくれた。
「私は、沙代と申します。小さい頃、同じように身寄りのない子供たちと一緒に、悲鳴嶼先生とお寺で暮らしていました。でも10年前のある晩鬼に襲われ、他の子たちはみな殺され、生き残ったのは私だけでした。その時は恐ろしくて分かりませんでしたが、悲鳴嶼先生は夜通し私を護って戦って下さったのだと思います。明るくなり、騒ぎを聞きつけてきた人たちに、上手く説明できなくて。私、悲鳴嶼先生が鬼を倒したのを見ていたんです。でも人が来た時には鬼は消えていたから……。それで先生が子供たちを殺したと疑われて……。悲鳴嶼先生は殺人罪で投獄されたと聞きました……。みんな私のせいなんです……!」
俺は黙って聞き入るしかなかった。
「それから後の事は、今の旦那様のところに奉公に出て分かりませんでしたが、何年か前、鬼狩り様に助けられたと言う人の話を聞いた時、盲目ですごく背の高いかた、とお聞きしたんです。もしやと思いました。ずっとお礼を言いたかった。ずっと謝りたかった。命懸けで護って下さった方に濡れ衣を着せて……10年、そのことばかりを――」
所々つかえながら絞り出すように語り、沙代さんは感情を抑えきれず嗚咽した。
そうか、君はあの沙代さんなんだね。とても後悔して、10年間ずっと気に病んでいたのか。
あの切ないエピソードの主が俺の目の前で泣いている。痛々しくてかける言葉もなく、俺も必死で涙を堪えた。
沙代さんは少しの間泣いていたが、やがて落ち着きを取り戻し、
「鬼狩り様の御噂を耳にして、もしお会いしたら必ずお聞きしようと思っておりました。お会いできてよかった」
涙を流しながら微笑んだ。
「悲鳴嶼さんは正しく物を見通した人が救いだして、今ではみんなから慕われ、信頼されるお兄さんです」
彼女が笑ったので少し安心して、俺はそう声をかけた。
10年間罪の意識を持ち続けていた彼女にも、この懺悔は良い転機となるだろう。死んでいった子供たちの分まで、これからの幸せを願わずにはいられなかった。
「悲鳴嶼さんには必ず伝えます。貴方の思いはきっと届きますよ」
俺は最後にそう告げ、
「それでは、失礼いたします」
と挨拶し、この場を後にした。
沙代さんが盲目の人に今も仕えているのも何かの縁なのか。そんなことを考えていたが、それにしても市井には未だ化け物のような人がいるものだ、としみじみ思う。
おそらくあの人は、北辰一刀流始祖である千葉周作のお孫さん、千葉勝太郎勝胤さんだ。あの人が日輪刀を手にしていたなら、とも思うが。
俺は帰宅後早急に悲鳴嶼さんに面会し、あえて簡潔に報告した。悲鳴嶼さんは例によって涙を流し、感慨深そうではあったがその胸中は分からなかった。やはり、子供は純粋で残酷な生き物、そう思っておられるのか。
「事情をお聞かせ願えませんか?」
俺はどうしたものか迷ったが、何も知らないていで聞いてみた。
悲鳴嶼さんは原作で炭治郎君に語った通りに話してくれた。
身寄りのない10人程の子供たちとともに寺で暮らしていたが、ある晩鬼に襲われて沙代以外の子供たちは殺されてしまった。自分の傍を離れないよう言ったが、ほとんどの子は寺から逃げようとして殺され、言いつけを守ってくれたのは沙代だけだった。
「私はあの夜、命をかけて沙代を護った。しかし、駆けつけた者たちにあの子は言った。――あの人は化け物。みんなあの人が、みんな殺した――」
悲鳴嶼さん、違うんだ。沙代さんは悲鳴嶼さんの事を言ったわけじゃなくて。
「まだ四つの子供だ。恐ろしい目にあって混乱していたのだろう。それでも私は、沙代にだけは労って欲しかった。私のために戦ってくれてありがとうと言って欲しかった」
悲鳴嶼さんも当時は十七、八歳。しっかりしているとは言っても、まだ少年だ。
命をかけて守った人に殺人の罪を着せられる。
どれだけ深い絶望を味わったのだろうか。
悲鳴嶼さんの淡々とした語り口が一層切なくさせる。あ、いかん。鼻の奥がジンと熱くなって来て、目から鼻水が。
「お館様が救って下さらなければ私は処刑されていた。それからの私は、本当に疑り深くなった。だが今、君の話を聞いて少し心が晴れた気がする。沙代は元気で生きていることが分かったし、あの事件のことを覚えていて、謝りたいと言ってくれたのだろう?それだけで私には十分だ」
悲鳴嶼さんが語り終え、俺はやはりちょっと泣いてしまった。そして、原作では最後の戦いで悲鳴嶼さんが死ぬ間際、あの時の子供たちが迎えに来て話すのだが、俺から言ってしまおうと決めた。
俺は、悲鳴嶼さんやみんなが死なないように頑張る。
悲鳴嶼さんがこの先ずっと生きていくならば、子供たちは悲鳴嶼さんの言うことを聞かなかったのではなく、理由があったと分かってもらった方が良い。
(悲鳴嶼先生にお話しするよ。あの時のこと)
鼻水をすすりながら、心の中であの時死んだ子供たちに呼びかける。
「どうかしたか?」
考え事をしているのに気づいたのか、悲鳴嶼さんが問いかけた。悲鳴嶼さんは盲目だが本当に鋭い。
「いえ、お話を聞いていたら、目から鼻水が出てしまって。すみません」
俺は涙と鼻水を拭いて、気持ちに一区切りをつけた。
「沙代さんの気持ちは本当だと思います。胸に刺さって、本当にこちらが辛くなる位でしたから。それと、もしかしたら子供たちは、助けを呼びに行ったり戦える武器を取りに行ったり、悲鳴嶼さんを助けようとしていたのかもしれませんね」
俺はさも自分でそう思ったかのように言った。
悲鳴嶼さんは、何か思い当たることでもあったのか、はっとした顔をしてから、
「そうだったのかもしれんな。――今日は、良い話をありがとう」
そう言って穏やかに微笑んだ。
この戦いが終わったら、いつか2人を会わせてあげたい。俺は強くそう思った。
他の二次創作でも登場することが多いですが、私もやはり沙代さんを救ってあげたかったのでオリジナルエピソードを考えてみました。